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WINGBEAT COFFEE ROASTERS
ああ、首里城 その2 / ふたくん
入場料を払って奉神門をくぐり、城の有料地域へ入っていくと、正面に正殿があり、左に北殿、右に南殿があって、間に広い庭があって箱庭の様子です。

3時からガイドさんが案内してくれるということで、集合場所の南殿入り口のあたりに行きました。
ガイドさんがやってきました。そのガイドさんは昔の首里城内で着られていたかもしれない和服姿です。さすがに有料なだけにいい雰囲気です。

「案内をさせていただきます伊○といいます」
その名はいかにも沖縄風で二十代前半のきれいな方なのですが、沖縄テイストの美人ではないのが残念です。コラコラぜいたく言うなっ!

最初の説明は傘でした。行列の時に使う布製で大きなものです。黄色でふちのあたりはぐるりと布が垂れています。黄色が琉球王朝のシンボルカラーだそうです。
「龍が描かれていますが、中国の龍とこの龍とは一箇所違うのです。どこだかわかりますか?」
という質問がガイドさんからでました。
絵を見た瞬間、龍の爪というか指の数が3本だったので、中国の分は5本ということを知っていたぼくは、指を曲げながら左手のひらを上に向けて胸のあたりに一瞬あげました。

ガイドさん、しっかり見ていたようで、「おお、こいつ知ってるぞ」となって、そのあとの説明なんかも、こちらを意識してくれたようでした。
いやべつに、たまたま「開運!なんでも鑑定団」で中島誠之助さんが言ってた、中国の龍のことを思い出しただけなのですが。

この首里城は、あの大戦で激しい爆撃にあったそうです。沖縄の日本軍総司令部があったそうで。そりゃ〜、徹底的にねらわれるでしょ。それでいろんな宝物が破壊消滅したそうです。そんな貴重な場所に総司令部なんかを置くなよと今言ってもしょうがないのですが。

琉球王国の金印もなくなったそうです。ああもったいない。あれば国宝か!?
じつをいうと、沖縄の国宝というのは2006年(平成18年)までは無かったそうです。その年に「尚家関係資料」が国宝に指定されたそうです。
おっと、あとで調べたら「正殿」は、戦前は国宝だったそうです。
ただ「宝物庫」は戦災を免れたのですが、中の財宝はすべてアメリカ軍に略奪されたそうです。

いろいろ説明を受けて、最後に首里城の小型模型がおいてありました。よく見ると、正殿入り口へ続く道が少し斜めなんです。この道どおりに進むと、国王の横のあたりへ抜けるんです。
それをガイドさんに指摘すると、ガイドさんもそれは知っていたようです。
「それはなぜなんでしょうか?」
と、ぎゃくに聞かれました。

おそらくは、魔よけだろうと思います。中国の「魔」というのは、真っすぐにしか進めないそうです。したがって、真っすぐ進んだ「魔」は、国王の横を通りすぎてゆくことになります。ああ、この「魔」の話しは、コミックの「課長 島耕作 中国編」で読んだネタです。これらの説でそうなったのかどうかわからないので、
「正しいことはわかりません」
と答えました。

そのあとにはみやげもの売り場がありました。
「ここでは、おつりに2千円札が出ますよ」
とガイドさんが教えてくれました。
「えええっ!まだ2千円札が印刷されてるんですかっ」
と聞きました。あとで調べたら、今年は印刷されていないそうです。
収集趣味があるひとは、首里城内みやげもの売り場へ行かれればよろしいかと思います。
ていねいにお礼を言って、一緒に写真に写って、それでお別れしました。

首里城の外へ出て、首里駅へ向かって歩いたのですが、どうも方向感覚が狂ったようです。
高校がありました。首里高校です。沖縄のトップクラスの高校です。
ガレッジセールのゴリさんやスリムクラブの真栄田賢(かすれ声の方)さんがOBです。
コラ〜、お笑いだけじゃなく、かしこそうな連中もいるだろ〜と言われそうです^^

途中で首里高校の女子高生に道を聞いて、首里駅へと向かいました。この女子高生は、アメリカとのハーフもしくはクオーターと思われます。なんとなくオキナワを感じました。

それでは、また。
No.655 - 2013/08/08(Thu) 00:06:29
感激、首里城 その1 / ふたくん
沖縄の那覇市を走るモノレールは、「ゆいレール」というそうです。
那覇空港駅から首里駅まで15の駅をまたいで走っています。
いざ、首里城めざして、ゆいレールで首里駅へ向かいました。

15分ぐらい歩いたでしょうか。沖縄県立芸術大学のキャンバスの中の道を歩いて、首里城へ入っていきました。この大学は、印象として首里城の中にある大学のように感じます。こんないい環境の中にあったら、芸術感覚がさらにみがかれるに違いありません。
お城の中にある大学としては、日本の金沢大学(1995年平成7年に金沢城から出た)とドイツのハイデルベルク大学(ネットで見たら特に書いてない!?)の二つだと本で読んだ記憶がありました。
ところが、なんと、なんと、国立琉球大学も首里城の中におかれていたそうです。1977年昭和52年から城外への移転が始まったそうです。国内で金沢以外で城の中に大学があったなんて、本当に驚きました。
沖縄県立芸術大学は、首里城内に今でもあるといってもいいのではないかと思います。

南国の樹々が繁っています。種類を書いた板を見たら、デイゴと書いてありました。
おおお、これがデイゴかっ!「デイゴが咲きみだれ〜、風をよび嵐がきた〜」などという歌が当然のようにうかんできました。

首里城の石垣は、本州の城の石垣とは違っていて、琉球石灰岩の黒っぽい色です。歩いて本丸へ行くのは、なかなか楽しいです。お城マニアの友人が何人かいますが、ぜひこのお城へも来て欲しいものです。
丘の上へ行くと、広いスペースがあって、そこでくつろげます。800円を払って、門をくぐって中へいけば、広い庭と首里城の建物があります。
まっ、別にそこまで行かなくてもいいやと思って、ベンチでくつろいでいました。暑い日なのですが、やわらかい風が吹いていて、ここちよくすごせました。エアコンのなかった昔でも、こんなかんじで城のひとたちはすごしたのだろうと思いましたさっ。

4、50分ぐらいボ〜ッとして、さあ帰ろうと思ったのですが、ふと気が変わり、800円を支払って中へ入っていきました。時計は午後2時50分ごろでした。
ちょうど放送で、「3時からガイドが案内します。希望の方はどこそこでお待ちください。15名ほどまでです」ということで、参加しました。
いや〜、いいタイミングでした。これより早い時間でも、遅い時間でも、参加できなかったと思います。

とりあえず、今回はここまで。
それでは、また。
No.654 - 2013/07/18(Thu) 22:53:28
沖縄の旅♪ / ふたくん
一度は行きたい沖縄へ、と思っていましたが、行ってきましたよ5月下旬。
結果として一度ではあきたりず、多分何回か行くことになりそうです。

ジェットスターで行ったのですが、じつは名古屋にはLCCの沖縄行きは来ていません。
関空まで出て、そこから乗って行ったのです。午後3時5分大阪発で5時5分那覇着です。わずかに2時間です。ただ名古屋から関空が長かった。それでも名古屋からLCCではない航空会社を使うと、ずいぶん高いのです。
ああ、早く名古屋のセントレアに沖縄行きのLCCがきて欲しいものです。ジェットスターでもピーチでもエアアジアでもいいからさあ。

4泊5日の旅です。最初の宿は、国際通りから歩いて15分ぐらいのところで、最初に行った観光地は、国際通りでした。1.6キロの間にいろんな店があり、とてもにぎやかでした。制服姿の中学生や高校生がたくさん自由に歩いていました。
「どこから来たの?」
と、真面目そうな男子中学生に聞いたら
「兵庫県です」
と答えてくれました。そうだ、5月は修学旅行の季節なんだ。

沖縄には、沖縄風味というか沖縄テイストの女性がたくさんいると思ったら、国際通りではまったく見かけなかったのが意外です。沖縄テイストというのは、例えば国仲涼子さんや篠山輝信くんのお母さんの南沙織さんや、沖縄じゃなくて奄美大島出身なんだけど元ちとせさんなんかにそれを感じます。
この旅行で、沖縄テイストの女性を見かけることが、はたしてあるのだろうかと思いましたさっ。

それでは、また。
No.653 - 2013/07/01(Mon) 23:35:54
「元寇防塁」in西南学院大学 / ふたくん
福岡市博物館へ行くには、地下鉄西新の駅で降ります。そして階段を上がって外に出ると、すぐの場所に高校があります。修猷館高校です。そして高校のすぐ隣に、西南学院大学があります。

どちらも優れた学校なんですが、修猷館高校を卒業して西南学院大学に進学というのも、なんだか日常の生活に変化がないように思えます。でもその学生は多いようです。

西南学院大学のどこかの門の近くに、「防塁跡が校内にあります。中に入って自由にご覧ください」という看板がありました。「防塁」というのは元寇の時に作られた、兵の進出を防ぐ川の土手のようなもので、石がつまれています。高さ・幅は平均2メートルで、20キロもの長い距離にわたって作られたそうです。防塁の中には、元の兵は進めなかったようです。
ただ江戸時代に福岡城築城の際、大半が失われたそうです。
校内に残っている防塁を、外部の人に開放している西南学院大学に、深く敬意を持ちました。

いざ校内へ。警備員さんに場所などを確認して大学の中に入っていきました。
おお、学生が多い。みんな元気がある。お昼の休み時間だったようで、あちこちのベンチで、お弁当をひらいてる女子大生たちがいました。
中庭に防塁があるという建物に入ったのですが、うろうろと見てもわかりません。それで女子大生グループに、場所を聞いてみました。な、なんと、誰も知っていません。防塁ということばも知っていません。いいのか!それで!

もう一度外へ出て、近くのベンチに座っていた女子大生にも聞いたのですが、やはり知らないとのことでした。
しかたなく、また建物に入っていって、・・・おおお、見つけました。
扉を開け中庭へ出て、防塁を観賞しました。何枚も写真を撮りました。機械もない昔によくこんなものを、20キロ近くも作ったものだと感心しました。写真をアップしたいところですが、ネットで検索していただきたいところです。
中国の万里の長城を、ぐっと小さくしたようなものです。

建物を出ると、さっきの女子大生を見かけたので、声をかけて写真を見せました。
はなしを聞くと、新入生でした。そうだったんだ、そりゃ〜新入生だったら、防塁なんてわからないでしょう。4月上旬ということは、入学して一週間たっていないでしょう。
お弁当も、ひとりで食べていたので、どこかの地方からポツンと出てきた子かもしれません。

「じゅうぶん大学生活を楽しんでくださいね」
「今は入学したばかりでわからないでしょうけど、卒業の時、4年間は一瞬だったと思いますよ」
「あなたはかわいいし(だから話しかけた訳じゃないけど)、性格も良さそうだから、いい友達がたくさんできますよ」
などと言いたかったのですが、それは言いませんでした。というのは、チャイムがなって時間がなくなったからですけど。

この中庭のほかに、外の別の場所にも防塁があるとのことで、そちらも観賞しました。

この学院は、西南女学院大学、西南女学院短期大学という学校をもっているのですが、なんと西南学院大学も女子が男子より少し多いそうです。いいのか!それで!、まっ、いいんだけど。

大学の雰囲気、元気な学生たち、気持ちのいい警備員の方たち、自分が九州の人間だったら、この大学で学びたいと思ったに違いありません。それなりのレベルですので、入れてくれるかどうかはわかりませんが。まっ、大丈夫でしょうけど。
ああ、そういえば学生時代、土曜の夜から月曜の朝まで、西南学院大学のOBのミュージシャンが住んでいる六本木の高級マンションの管理人を、短い期間やっていたことを思い出しました。関係ないけど。

この大学訪問が、福岡観光のラストとなって、そのあと空港へと向かいました。
国内への旅行もとても面白いんだということを、福岡旅行から感じました。
そうだ、いつか沖縄へ行ってみたいと思っていたんだけれと、実行しよう♪
などと思った、福岡旅行でした。

それでは、また。
No.652 - 2013/06/28(Fri) 12:55:44
金印♪福岡市博物館にて / ふたくん
福岡市を訪ねたら、必ず行きたいと思っていたのは福岡市博物館です。
何が見たいかといえば、あの「金印」です。
「漢委奴国王(かんのわのなこくおう)」という文字が彫ってある金でできた印鑑は、日本史の教科書にでていました。国宝です。機会があれば見てみたいと思っていたのです。

展示室の入り口を入るとすぐの場所に、ガラスケースの中に入って展示されています。ケース近くに目をやれば、国宝を4、50センチの距離で見ることができるのです。
すぐ斜め後ろに、椅子に座ったお姉さんが、持っていかないかチェックしていますので、ご安心を。
この金印は、57年に後漢の光武帝から奴国の王に渡されたものだそうで、1981年に中国の古墳で発見された印鑑との比較検討で、偽物疑惑は消滅したそうです。
二千年前に中国からやってきた印鑑を、実際に目の前で見る感激を味わいました。

そういえば、中国からもらった印鑑というのは、まだいくつかあるようです。
邪馬台国の卑弥呼がもらった金印がどこかから出てきたら、その地は邪馬台国があった場所ということになるようです。

この時期、福岡市博物館では黒田家の宝物を展示していました。こちらの方も感激でした。黒田官兵衛を描いた掛け軸は、歴史小説でいろいろ見ていたので、おおこれが本物かと感動しました。
黒田節に出てくる、母里友信が福島正則からもらった槍も展示してありました。思ったよりケバくて、こまかな螺鈿(らでん)がたくさんほどこされていました。

おお、そういえば来年のNHK大河ドラマは、黒田官兵衛の物語じゃないですか。
「まともな大河ドラマを作る」なんてネットに書いてあったっけ。とても楽しみです。

去年、おととしはひどいドラマを作っていたよ。
あの江姫が主人公だったドラマのトークはひどかった。秀吉の扱いも異常だった。
去年の平清盛はさらにひどかった。源義朝と平清盛の二人が、回りに人がいない中で、直接に対決するなんて、監督は何を考えているのだろうと思ったものです。天皇家を「王家」と呼んだり、もうメチャクチャでした。
どちらも、途中からはまったく見なくなりました。

展示室をみてまわり、二階の大きな喫茶スペースで昼食をとり、そのあと持参のパソコンをさわってインターネットをやっていたら、近くに母親と小さな女の子がやってきました。
聞くつもりでもなく聞こえるままに聞いていたら、女の子がとても賢いのです。会話の内容を覚えているわけじゃないので、書けないのですが、「来週も来る〜」といった一言はよく覚えています。
そのあと、一階のスペースでこの二人を見かけたので、声をかけました。
「かしこいお子さんですね。何歳ですか?」
「三歳です」
ここから、少し話し込みました。この親子は博物館の「体験学習室」へやってきたようです。名古屋からやって来た旅人に三歳の時にほめられたということが、女の子の個人的な伝説になればと思います。

じつはこの福岡市博物館、福岡訪問第二日目のはなしを書いたのですが、四日目、昼過ぎの帰りの飛行機に乗る前に、もう一度来ました。金印をもう一度見てすぐ帰るつもりでしたが、「体験学習室」がどんなものなのか知りたくて、訪ねて学芸員さんにいろいろ聞きました。そこは、アジア各国から集めてきたもので小さな子ども達に遊んでもらう場所だそうです。来た子どもたちは、なかなか帰りたがらないそうです。
福岡市、なかなかやるねえ。すばらしい!
津江さんの息子君も、来たら帰りたがらないほど、楽しい場所にちがいありません。

それでは、また。
No.651 - 2013/06/25(Tue) 23:29:06
ああ、太宰府天満宮 / ふたくん
せっかく福岡県にやってきたんだから、そうだ大宰府天満宮に行ってみようということで、天神の駅から西鉄電車に乗ったのでした。

太宰府天満宮は菅原道真公つまりは天神様をお祭りしてある神社です。
実をいうと天神様は、北陸人にとってはなじみの深い神様なのです。男の子は多くの場合、天神様を描いた掛け軸をもらいます。
その掛け軸を、お正月に飾るのです。富山・石川・福井がそうらしいのです。もちろん富山県出身のぼく自身もそうです。
理由として、加賀藩の前田氏の祖先が菅原氏だからということだそうです。しかし福井県は加賀藩じゃなかったぞと思うのですが、越前松平家の藩主がすすめたというはなしです。

そういえば、子どもの学力調査では、1位、3位、4位に福井・石川・富山がはいっています。関係あるのでしょうか。
余談ですが、2位には秋田県がはいるそうです。先日発表されたNHKの視聴料支払い率の一位は秋田県だそうです。秋田県は真面目な県かもしれません。
そして自殺率の第一位が秋田県ということなので、何か考えなくてはいけないのかもしれません。

雨の中を西鉄電車は走って、一度乗り換えて一時間弱で大宰府天満宮の駅へ着きました。
長い参道に入いっていくと、雨がやんで傘はいりませんでした。
平日の11時まえにもかかわらず参拝客は多くて、両脇のおみやげやさんや食べ物やさんは、なかなか元気そうでした。コーヒーチェーンのスターバックスがあったのには驚きました。

入り口の案内所らしきところへ行くと、無料でボランティアが解説しますという書き込みがありました。「一人でもいいですか?」と聞くとOKだったので、お願いすることとしました。受付の方が電話で呼び出しをかけると、5分ぐらいして解説のおじさんがやってきました。
「きょうは一日雨だと天気予報でいってたので、案内希望はひとつもないと思っていましたが、晴れてきましたねえ」
というわけで、そのあといろいろ解説いただきました。大宰府天満宮に菅原道真公が埋葬されているというのを聞いて驚きました。

そういえば思い出したのですが、自分が神社へ行くと晴れるのです。
神社とは少し縁があるのかもしれません。

伊勢神宮に何回か行ったことがあるのですが、参拝時に御正殿の白い幕がふわりと舞い上がった状態になりました。まあ、風を受けてそうなるんだろうと思っていましたが、いやいやそれは意味があって、歓迎の意図だよとひとにいわれました。いつもそうなるので、偶然でわりとだれにでもと思っていましたが、そうでもないようです。
ただ、ぼく自身はべつに立派なやつではないし、じゅーぶんすけべ〜ですし、神様に好かれるような人間ではないと思うのですが。

時間的にちょっと跳びますが、この旅行から帰って二・三週間後にBS日テレで、高樹澪さん(注:大麻の別人は「高木沙耶」)が大宰府天満宮を訪れる「日本100巡礼」という番組をやっていました。
正式参拝をすませたあと、おもしろいことをいっておられたので、書き留めておきます。

「こちらほんとすごいところですね。あのー、いらっしゃいますね。っていうのは、ひがん(?)で玉串を献上させていただいたじゃないですか。で、戻って目をつぶらせていただいたら、あちらの真ん中から暖かいものが、ブアァッて、あれっ、どなたか暖房のあれをつけたのかなって、いやそんな場所ではないなって、いらっしゃいますね、道真公は。すばらしいと思いました」

だそうです。また、撮影隊のワイヤレスマイクが、高樹さんが本殿に上がるとガシャっと音がして、切れてしまいました。

さて、参拝者の中からは、意外と韓国語が聞こえてくるのです。ツアーの客が何組もいました。
おいおい、島の領有であれだけ日本を嫌っているのに、ツアーでやって来るのかい、と思いましたが、「あちらの国も受験地獄で日本以上に大変ですから、こういう学力に縁のある神社は好むのかもしれませんねえ」ということを聞きました。
韓国は平気で来てますが、同じく島の領有でもめている中国は見かけませんでした。金はあるだろうに。

一時間ほどで、案内は終わりました。お参りしてガイドさんにお礼を言って、大宰府天満宮を出ました。
ついでながら、晴れていた空がくもってきて、九州国立博物館に歩いて着いたころには、雨が降り始めました。
ふ〜む、太宰府天満宮、たいしたものです。ぼくがいる間、晴れにしてくれるなんて。

機会があれば、津江さんの息子君も参拝していただいて、さらにかしこく、そして芸事の才能も伸びればなあと思います。よけいなおはなしでした。

それでは、また。
No.650 - 2013/06/19(Wed) 21:52:13
大濠公園のスズメくん / ふたくん
福岡の地下鉄大濠公園駅で降りて、4、5分歩けば、その大濠公園にでます。
大濠公園には大きな池があり、中に3、4この小さな島があり、それをつないで橋があります。池の真ん中あたりを歩いて渡れるのです。
午後の時間帯で、池のまわりはたくさんの高校生らしき人たちが走っていました。福岡の運動部高校生たちは、なんだかとても強そうです。

池には、海の鳥らしき白い鳥がたくさんいます。水辺にはすぐ近くに鴨が泳いでいます。おいおいそんなに近くにいて、怖くはないのかいと思ったのですが、もしかしたら時間帯によって、福岡市民からエサの差し入れなどを受けて、人に対して好意的なのかもしれないと思ったのでした。
池の回りを歩いて、そのあと池を渡る道を歩きました。半分を越えたあたりで、ベンチがあったので座って休憩しました。

足元から少しはなれたところで、一羽のスズメくんがチュンチュンさえずりながら、草むらをあさっていました。ひまなぼくは、スズメくんに答えるように、ちゅんちゅんないたのです。
「チュンチュン」「ちゅんちゅん」、「チチ」「ちち」、「チュチュ」「ちゅちゅ」
こんな繰り返しを10分ぐらい、いやもっと続けたのです。

スズメくんは足元からベンチの上へやってきて、背もたれの上にもやってきました。視線も会ったりして、軽く友情なんかも生まれたかもしれません。
その時でした。そのスズメくんがパタパタと飛び去ったのです。

「おお、どこかへ行っちゃったか。まあ、ちょっと楽しかったよ」
と思って、そろそろ歩き出そうかと思っていたら、4、5分たったころ、パタパタパタと音がして、何と3、40匹のスズメたちがやってきたのです。
びっくりしたぼくは、小さく「うわっ!」と叫んだのでした。そしてスズメたちは、ぼくの足元あたりの草をついばんだのです。特別こちらに意識をむけるわけでもありません。
ただ、さっきのスズメくんは、ベンチに乗っかったり、背もたれの上に上がったり、手をのばせば届くところにいたりしました。

ああ、パンでも持っていればエサを提供できるのにと大変残念に思いました。手渡しで食べてくれたかもしれません。

大濠公園のスズメたちは、とても人なつっこいと思ったことでした。
きっと福岡市民の普段のつきあいがいいからに違いありません。

それでは、また。
No.649 - 2013/06/16(Sun) 02:06:02
ちょっと旅にでも / ふたくん
あの国民栄誉賞の授賞式をずっと見ていたぼくは、野球が好きなのかもしれません。
ワールドカップ出場を決める、サッカーオーストラリア戦をわくわくと見ていたぼくは、サッカーも好きなようです。
受賞した松井くん、後日なべつねクンやあべちゃん、長嶋総監督と、食事してしまったようで、この流れだと先々巨人の監督をやらざるをえないのか・・

ちょっと旅のはなしでも。
名古屋の空港セントレアへ、LCCジェットスターがやってきましたぜい。
名古屋福岡がつながり、格安チケットということで日によって値段が違うけれど、タイミングがあえば一万円そこそこで往復できるのです。すごいなあ。

そんなわけで、これは行ってこなくてはいけないと思い込み、なぜか行ってきましたよ4月上旬。
午後3時10分に名古屋を出発して4時30分に福岡着ということは、わずか1時間20分の飛行時間なんだ。実際にはよろよろと揺れながら着地体勢をとって、地面にほとんど近づいたのですが、ふたたび上昇して福岡上空を旋回し、40分ほどあとに着陸しました。
強風の影響だそうです。だいじょうぶかジェットスターと思ったのは、多分ぼくだけではないでしょう。

福岡では、福岡市博物館、筥崎宮(はこざきぐう)、西南学院大学内「元(げん)」への防塁、大宰府天満宮、九州国立博物館、大宰府政庁跡、菅原道真公住居「榎社」、大濠公園、博多や天神の街並み、中洲などなどへ行ってきました。
福岡の街は、元気があふれていて、とても好きになりました。
福岡市の人口は、毎年ふえているそうです。ただその分、ほかの市町村の人口が減っているのはちょっと問題らしいのですが。

三泊四日の旅でしたが、福岡市博物館のお姉さんから「11月に常設展示場の改築が終わってオープンしますから、来てくださいね」と言われたので、またその頃に福岡再訪しようと思います。
No.648 - 2013/06/15(Sat) 00:02:06
野球シーズンがはじまった / ふたくん
夜8時50分ごろに帰ってテレビをつけると、NHKで9時から「ニュースウオッチ9」がはじまりました。
いきなり、巨人軍の長嶋さんの映像が流れてきました。長嶋さんが野球を盛り上げたという話しが出て、白黒の映像で天覧試合でのホームランなんかも流していました。

「わわわ、な、長嶋さん、な、亡くなられたんだ・・・・・」
と思ってしまったのですよ。
しかし、女性アナウンサーの声が、それほど暗くない、
「こら、もうちょっと暗い感じで話せよ」
と思っていたら、なんと国民栄誉賞受賞という話しでした。
松井氏も一緒に受賞ということで、まずはめでたい話しでした。

NHKも、ひとを驚かすんじゃないよ、まったく。
画面にことばを入れるとか、手はあっただろうに。

先日、亡くなったあとに受賞された大鵬さんを見て、「生きている時にあげるわけにいかないの?」と思ったのですが、政府の中にだってそう思ったひとはいたでしょう。
もらうべき長嶋さんが、松井氏の引退時期にあわせてというのは、いいタイミングでした。

野球が始まる時期になりました。松井選手のプレーはもう見ることはできなくて残念なのですが、あのワールドシリーズでのMVPで、彼の野球生活は完結したようです。
そのあと2年間メジャーリーグにいましたが、あれは10年在籍して60歳以降!?約二千万円ほどの年金をもらうために、ちょうどよかったようなものです。
このあとどうしていくのかわかりませんが、あわてることなくゆったりとすごしていただきたいと思います。
やがてイチロー選手も国民栄誉賞をもらうのでしょうか。長嶋監督と王監督が日本一を争ったことがありますが、松井監督とイチロー監督が日本一を争うことがあるのでしょうか。メジャーリーグのワールドシリーズで、世界一を争うのもわるくありません。
No.647 - 2013/04/01(Mon) 23:16:02
春が来たら、さぁ♪ by金麦CM / ふたくん
12月21日がマヤ歴最後の日で、地球が滅びると一部の人に言われていたらしいのですが、別段なんてこともなく毎日が過ぎています。
地球が終わるという主張は、たぶん昔からいっぱい言われてて、その時期が過ぎると何事も無かったようにまた日々がすぎていったようです。

幹部が刑務所にはいっている、なんとか真理教も終末を言っていたようですし、ノストラダムスの予言でもそうでした。
休日に熱心に一軒一軒回って宗教を広めようとしているキリスト教系の某団体も、1970年代ごろ、ある時期に終末が来ると言ってビラをまいていたらしいのです。その時期が過ぎると、一切そのことにふれずに宗教拡販していますので、まあそんなものです。信者自身もそんな話を知らずに入信して、活動しているわけです。
あやしい系の話しが好きなぼくは、そんな話しをたまたま知っているので、宗教拡販にやって来た人にそんな話しをすると、当人はとてもびっくりするのです。

さてまったく関係ない話しですが、ある人のブログで津江さんに関するネタがありました。

http://ameblo.jp/atsuko-yamakawa/page-1.html

山川敦子さん12月21日のブログで、元PRIDEガール4人・子ども3人が写真で出ています。
元PRIDEガールの方たちが、年に一度集まっているなんていい話しです。
山川さんと津江さんはわかるのですが、あとのふたりはだれなんだろう!?
子どもはといえば、あかちゃんふたりと、それよりやや大きめの子ひとりなんですが、津江さんの息子君はどの子だろう!?やや大きめの子だとすると、しばらく見ないうちにすぐ大きくなるんだなあと感心します。

今年ももう少しで終わります。政権も変わりますが、来年がさらに良い年になりますように期待します。

それでは、また。
No.646 - 2012/12/24(Mon) 14:45:42
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