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記事No.1120に関するスレッドです


劣等感の解消 / taka 引用
No.1120 2015/10/03(Sat) 11:43:11

すいません。特定されると怖いので削除させて下さい。

すいません、自己イメージについてのトピックを削除したら、島野さんの記述も消えてしまいました。
せっかく書いて頂いたのに申し訳ありません。
みなさんの参考になる話だと思いますし、私自身また見返したいので
もし可能なら島野さんの記述だけでも復活させて頂きたいです。
申し訳ありません。


 
「劣等感の克服」へのハイブリッド心理学の「取り組み実践」^^ / しまの 引用
No.1122 2015/10/06(Tue) 16:53:29

「劣等感」の克服

まず、「劣等感」克服は、ハイブリッド心理学からは一言で、

・生涯にわたる成長の総合的結果として、解消されていく。
言えるかと思います。
それが、

>なんとかこの劣等感を解消したいのですが、島野さんのアドバイスを頂けると幸いです。

への、まずは基本指針になるでしょうし、「この劣等感が足を引っ張ります」について言えば、それは足を引っ張るものというより、今立っている場所の話考える方が正解ではないか、ということになると思います。それを受け入れ、原点として、前に進むしかない、と。

つまりよくやる喩え表現というので言うならば、そうした「劣等感」というのは、足にクサリでつながれた重りというよりも、寒風吹きすさぶ北の氷雪地帯にいるという場所だと言えるかと。
その寒風足を引っ張ると言って、それをクサリの先の重りを断ち切るように解消する方法というのはまずなくあるのはただ一つ地道にそこから南国の楽園まで、自分の足で地道に前進していくことだ、と。
すると重要なのは、寒風に耐え、氷雪の地を前進できるような技術と能力だということですね。それなしに、温暖な地の快適な平野前進するのと同じ様子で、前進しようとしても無理、と。


「劣等感」とは

喩えるならそんな話ということで、心理学説明をしますと、

・「劣等感」とは、「自己否定感情がまとわりついた自分と他人との比較意識」
などと定義できるかと。

すると心理学的に、心の健康と幸福にとって問題なのはあくまで「自己否定感情」であって、「比較意識」必ずしも問題なのではない、というになります。
自分他人比較してみることが役に立つテーマや場面あるのであれば、比較するのも大いに結構。たとえば各種技術習得のため、うまくできている人から学ぶとか、あるいは人権が守られてない地域の人の姿を見て、自分がいかに恵まれているかを感じ取ったり、自分が何に貢献できるかを考えるきっかけにするとか。

ですので、「劣等感」へのアドバイスと言うと、得てして「自分と他人を比較するのは無駄。人は人自分は自分」といった言葉出てくるかと思いますが、ハイブリッド心理学からは、そうした言葉は出ないです。
そうではなく、自分と他人を比較することも時に役に立てながら、いかに「成長」の全体に向かうかを自分の課題と考える、というのを、基本アドバイスにします。

それによって、当然、比較意識の解消、が目標なのではなく、自己否定感情解消目標になるわけですね。
「自己否定感情の解消」とはどういうことかとハイブリッド心理学位置づけるのかと言うと、もうこれは成長の歩みの全体だということになるわけです。


ハイブリッド心理学の「取り組み実践」へ

まずはそれを総論として、実際何をどうすればいいかアドバイスとしては、

・そのようなものとしてハイブリッド心理学の「取り組み実践」に入ることを検討なされてはいかがかと^^
というになります。

その一言に尽きます、というかその一言しか言えません・・というのではあまりにも不親切かと思いますが(^^;)、実際、「取り組み実践」に入ってみて何をどう感じたかという情報が出てきて、より具体的アドバイス言えるかと思います。
まそれだけ、ハイブリッド心理学独自の心理学の世界展開しており、はあくまでハイブリッド心理学取り組む上でのご質問ご相談へのアドバイスだけができる立場です。

・・で話を終えてまさに不親切ですので(^^;)、少し見通し持つようなをしますと、ハイブリッド心理学取り組み実践に入るとはどうすることかと言うと、

・自身の悩み問題の克服と成長のための、手がかり足がかり視点を増やす
ということから始める、ということになるかと。
具体的には、サイト冒頭
『ハイブリッド人生心理学とは』では
実践の学び
での
3.行動学
4.「愛」と「自尊心」のための価値観と行動法
5.各種悪感情への対処の理解

といったもの。
ごく簡略な説明『メール相談事例集』
はじめに・「取り組み実践」とメール相談 - 「取り組み実践」とは - 「学び」
などにありますので参照頂ければ^^。

それで言うなら例えば

>自分の過去について堂々と説明できないのです。結果的に人と深い関係を築けず、友達も恋人もいない状態です。
というのは、人との関係を築くということを、「愛」へのどのような価値観行動法持っている上での話なのか、そしてそこで起きる感情動揺悪感情詳しい内容と、その克服についての考え方どう持つか、
といった視点検討していきます。
そこにおいて、過去の話は、基本的に不要です。今、どのような価値観と行動法、そして自己理解を持つか、に取り組みます。


寒風の中を前進する技術

そうした視点持つことで、上述の、寒風に耐え、氷雪の地を前進できるような技術というもの、そしてそれを自分どうできるか能力といったものが、検討できるようになるわけです。
例えば引き続き、

>自分の過去について堂々と説明できない
について言えば、「愛」
=====
「愛」「分かり合い認め合う」ではなく、純粋「喜びと楽しみの共有」として目指す価値観

=====
立つならば、人との関係構築において、必ずしも自分の過去の説明など必要ありません。もっと重要なことがある。もちろん過去に触れることもあるでしょうが、何を重要と考えるかによって、話の仕方工夫できるでしょう。

そういったさまざまな検討を通して、

>もちろん私のような状況では厳しい道だとは思いますが、その職業を通して自分のアイデンティティを確立したいのです。そんなときこの劣等感が足を引っ張ります。

も、「引っ張られる」ものなどではない、という視野開けて来るかもしれない。
そうした「取り組み実践」を通して、「成長」が生まれ、その総合的結果として、「劣等感」などは根底からなくなっていく。これが見通しとして言える流れです。


そんなものとして、ハイブリッド心理学「取り組み実践」に入るのを検討なされては、という提案が、アドバイスになりますね^^。
その先は、カウンセリングやセミナーなど設けているわけではなく「自己取り組み」として進めて頂くという不親切なものになりますが(^^;)(その分全部タダ^^;)自己取り組みされる方手早く情報を探せるよう、『ハイブリッド心理学辞典』整備開始したところです。

まずはこんな話で^^。細かい質問等あればまたここで書いて頂ければアドバイス返します^^。


 
Re: 劣等感の解消 / taka 引用
No.1124 2015/10/07(Wed) 11:43:45

島野さん、こんにちは。

大変わかりやすい、親切な返答をありがとうございます。
さっそくハイブリッド心理学の「取り組み実践」に入っていこうと考えています。
ハイブリッド心理学のHPや島野さんの著作を少しずつ読み進めています。


島野さんが提案してくださった実践の学びの
3.行動学
4.「愛」と「自尊心」のための価値観と行動法
5.各種悪感情への対処の理解
を取り組んでいこうと思います。

特に私は社会人経験が乏しく、3の「建設的対人行動法」「原理原則行動法」「ウインウイン行動法」という3種類の行動法、および「仕事の普遍的スキル」などは早急に取り組まなければと考えています。
実は今職場で窮地に立たされており、その面においても切実に必要性を感じています。

また島野さんが指摘してくださった愛に関する価値観についても、私自身納得するところがあり、たまにですが人との関係の中で喜びと楽しみの共有を感じることがあります。
その時は楽しく幸せであり、爽やかな気分を味わうことができました。
しかし愛とは「分かり合い認め合う」という価値観がもともと私が持ってきた価値観であり、今もその傾向は強いです。
その比重を逆転させ、喜びと楽しみの共有という価値観を強めていくことが、今の課題だと感じました。

ところで具体的な実践方法についての質問なんですが、行動学や愛と自尊心のための価値観と行動法を学ぶ方法として、読書を勧められていると思うのですが、それは基本的に自分で関心のある本を選んで読み進めていくという方法でしょうか?
もしくは、ハイブリッド心理学での推薦図書があったり、あるいは島野さん自身が行動学を直接ご教授されていたりするのでしょうか?
まだHPの内容を全部確認したわけではありませんが、今のところそういった記述は見つけられませんでした。

HPの内容を全部確認してから質問するのが、筋だとおもいますが、何分今切羽詰まった状況でして、できれば推薦図書などを示していただけると非常に助かります。

よろしくお願いいたします。


 
行動学の入り口情報など^^ / しまの 引用
No.1125 2015/10/08(Thu) 15:05:55

>HPの内容を全部確認してから質問するのが、筋だとおもいますが、

いえいえ、現在膨大なページの中に散在しているになっていますので、全部確認するなんてのは大変すぎ。で『辞典』による整理自らの急務としている次第です。

まずはざっと以下あたりを読んで頂くと良いかと。この掲示板でよく出しているリンクです。
ブログ記事
2010.05.18 3つの「行動学」
2010.05.19 「原理原則立脚型行動法」(前)
2010.05.20 「原理原則立脚型行動法」(中)
2010.05.21 「原理原則立脚型行動法」(後)

より本格的に学ぶための「ハイブリッド心理学指定の必読書」。まこれはじっくり読書向け。
ハーバード流交渉術 (知的生きかた文庫)

あと『事例集』事例No.001、No.002ぜひ読んでみて下さい。


そんなところで、ざっと雰囲気つかめてくると思います。

あとは場面状況など差し障りない範囲具体的に書いて頂ければ、それに応じ具体的なアドバイスここで返していきます。まそれが僕からの直接指導になりますね^^。
適宜新規トピックで入れて頂ければ^^。


 
Re: 劣等感の解消 / taka 引用
No.1129 2015/10/17(Sat) 12:48:14

島野さん、こんにちは。

さっそくハーバード流交渉術を買いました。
島野さんのHPと一緒に読み進めています。
どうもありがとうございました。
また具体的な場面でのアドバイスが欲しいときは
質問させていただくと思いますが、その時はよろしくお願いいたします。


 
Re: 劣等感の解消 / しまの 引用
No.1146 2015/11/12(Thu) 18:33:20

僕のコメント一緒に削除されていますが、とりあえず原稿チェックのプリント残ってますので、OCRで復活させて次のコメント時に挟み込むなど考えておきますので^^。


 
「自己イメージ法」をはるかに超える成長へ^^ / しまの 引用
No.1147 2015/11/13(Fri) 15:43:41

(親トピック削除のためコメント記事のみここに収録しています^^)

これはじっくりアドバイスを^^。


「自己イメージ法」の役割と罠

これはまず、

>コーチングなどでは理想の高い自己イメージを持つことを推奨しています。

という、「理想の高い自己イメージを持つ」ことの役割意義理解から話を始めるのが良いかと。

一言で、「自己イメージ法」とも呼べるであろう、自分を高めるための方法、というになりますね。
定義としては、「高い自己イメージを持つことによって、気持ちを持ち上げ、目標への動機づけにする」というものだと言えると思います。

これについて僕の意見簡潔に述べるならば、まず墓本的にはそれは人生で役に立つものだと思います。まずは「こんな自分になりたい」という高い自己目標像描くことから、成長への歩み始まるそれはいいと思います。
ただしそこから、大きく2つもしくはが、待ち受けている、と。


罠その1・「内実」が伴わなければ「張りぼて」

1つ目分かりやすい話だと思います。
「高い自己イメージ」として抱くものとは、基本的「人の目にこう見られる自分」という外面体裁です。
ですので、そこに「内側内面の充実」である「内実」伴わないと、そこにあるの「はりぼて」といものになる、というものです。
正真正銘の張りぼてというのは、たとえば北京五輪の時、近くのみすぼらしい貧民街を高級そうなビルの絵を描いたつい立てでおおったものなど。
職業においては、正真正銘の張りぼてだとその職業が続けられないことになるものであり(ニセ医者など)、一応はまっとうな資格として就いている職業それなりの内実があるからだという話になりますが、それでも起きてくる可能性があるのは、その職業の意義を高めるような心こもっていないこもっていない、と評されるような姿です。
これが典型的で最悪なものは、警官が起こす事件とか、消防士が起こす放火など。
そうなるとそれはもう「精神的な張りぼて」姿だと言えるものになるでしょう。
ご質問の状況も、そうした「精神的張リぼて」が、まあそうした外面的悪質性なしに、ごく内面において起きているものと言えるかも知れませんね。外面体裁のレベル魅力を感じ、目標にしようとしたものの、それを自分がやる意義とやリがいを、心底からは感じられていない、というもの。


罠その2・「高い自己イメージ」は実は「低い内実」の表現

もう一つは、多少難しい心理メカニズムになってきます。
「高い自己イメージ」実は「低い内実」表現だ、というものです。
これは分かりやすい例として、「自転車に乗れる自分」という自己イメージとして、未出版(そのうち無料電子書籍化予定^^)ですが
『理論編上巻』
7章 「自尊心」の混乱と喪失−2  −なぜ自信が定着しないのか−

「自信」と似て非なる「高い自己評価(プライド)」感情
などで説明しています,
我々まだ自転車をうまく乗リこなせていない段階で、「うまく自転車に乗れる自分」という「高い自己イメージ」描きます。それを目標とし、また自分はそんなはずだ、と自分を鼓舞することが役立ち、またそれが必要にもなります。しかし本当に乗りこなせるようになった時、それはもういらない、と。
一般的に言って、高い技能ほど、高い習熟向かうごとに、向上導くのは「自己イメージ」なんて薄っぺらい(^^;)ものではなくなってきます。内側細かい技術なり精神性なりになってくる。

冒頭に書いたように、「高い自己イメージ」役に立つのは、「目標への動機づけ」というあくまで最初の最初であって、 そこからスタートしたらなら、視点変えなければならないわけです。
一般的に言って、そこから「専門性」出てきます。内側細かい技術なり精神性なりについての。「高い自己イメージ」言っている範囲では、そうした専門性いらない
そんな状況で、「高い自己イメージ」推奨しているだけコーチングとは、それこそ内実のあまりない、張りぼてのコー チングです(失敬^^;)。まあその安直さ人受けしてセミナーにすれば売れるんでしょうけどね^^;


「高い自己イメージ」が裏に生み出す自己嫌悪

さらに一歩踏み込んで考えるならば、技能などのレベルが高い人ほど、「高い自己イメージ」よりも、「いたらない自己イ メージ」より積極的に持つようにするのでは、とも思えます。
それが「謙虚」という美徳です。それこそ自分を本当に高め、自分に利益をもたらすものであることを、高いレベル向かう人ほど、感じているのでは、と。

そしてしきりと描こうとする「高い自己イメージ」というのは、得てして北京五輪で言ったように、臭いものに盖をするための強烈な香水であったりします。
そしてがそれに駆られる、という病んだ心理メカニズム起きてくるわけです。意識の表面では燦然と輝く自己像描かれ無意識追いやられた、「みすぼらしい自己像」心の底くすぶります。この心の膿深刻であるほど、意識の表面燦然とした自己イメージ空想に駆られる度合い病的に強くなってきます。
見逃せないのは、ここで「エセで傲慢な自分」という自己嫌悪感情が、無意識用意され、そして膨張していくことです。そしてそれから逃れるために、「高い自己イメージ」不自然高潔な精神的精練性を帯びたものへと練り上げ られていくかも知れません。そして薄氷「燦然とした自己像」と、「みすぼらしくエセで傲慢な自己像」錯綜し渦を巻く。
・・と少し病的心理メカニズムまで話を膨らませましたが、こうした心理過程心の底固着してきて、「神経症的人格」出来上がる次第です。

まそこまで錯綜した心理となるとここではもうど一でもいいとして(というより結構関心度の高い話?^^;)、こうした薄氷「高い自己イメージ」脆くも崩れ「みすぼらしくエセで傲慢な自分」という自己イメージへと雪崩を打って一気に切り替わっていく様子が、『悲しみの彼方への旅』などにも出てきます。P.146からの3ページにて。

ですので、

>人にどう思われるかあまり気にならなくなりました。

もともとそう深刻な話ではないとして、それだけ心の健康度が増してきたということかと思います^^。


「自己イメージ法」をはるかに超える成長へ

ということで、

>自己イメージを意議的に高<持つという事について島野さんはどう思われますか?

については、一言で、それはあくまで「目標への動機づけ」としてはok
ただし実際何か目標向かうにおいては、さらにはその目標そのもの自分にとっての価値の妥当性再検討するにおいても、「高い自己イメージ」なんてものではなく、別の視点へと移る必要がある、ということになります。
そうした別の視点なしに、意識的に自己イメージをただ高く持とうとするというのは、あまり役に立つものではなく、があるというか、それ自体未熟病み症状のようなものだ、と。

ではその別の視点とはどんなものかというと、それがまさにハイブリッド心理学取り組み実践全てだということになリますが、ポイントまとめておきましょう。

まずスローガンとしてはこう言えます。
「自己イメ ージ法」はるかに超える成長へ、と。つまりそれは、
自己イメージを高めるのではなく、自己の現実を、そして自己の真実を、高めることです。

そうして「自己の真実を高める」ための実践とは、「感情と行動の分離」姿勢で始めるハイブリッド心理学取り組み実践です。
「外面行動は建設的なもののみ行い、内面感情はただ流し理解することのみ行う」というものです。


自己イメージは「ただ流す」内面感情側の扱い

まずポイントは、そこにおいて「自己イメージ」は、「ただ流し理解する」という、内面感情一つとして扱う、というものになります。
ですので、「意識的に高く持つ」というよりも、まずは湧くがままに湧かせ、自分がどんな自己イメージを持つのかを、まずは把握することです。高い自己イメージも、「唾棄された自己イメージ」呼べるものも。
そしてそれを鵜呑みにすることなく、自己の現実、自己の真実の全体を高めるための方向を見極めてい<


「価値」と「望み」を見極めていく

すると見極めていくものが、外面および内面双方出てきます。

一言で、外面においては「価値」を、内面においては「望み」を、見極めていく、と。

まず外面における「価値」として、
たとえば税理士一つの目標になるのであれば、それがどう華やかな職業かというイメージどうこう描けるかではなく (それは一応内面感情として流すとして)、税理士が企業や社会にどんな「価値」を生み出すか、といった命題に、「価値言葉」答えられるようになるというのが一つ目安になるでしよう。
税理士目指すことが、自分にとってどんな価値があるかを自分に問える状態になるための、目安としてです。
こうした「価値言葉」での思考については、
『入門編下巻』P.212-213で書いていますので一読頂ければ。

あとそれと重なる視点として、「匿名性において生み出す」という姿勢視点知るといいでしよう。誰ともつかない者が行う、価値あること。それを自分は行うという姿勢です。
これについては、
『理論編下巻』
7章 人生の答え−2  −「魂の望み」への歩み−

「匿名性において生み出す」・「揺らぎない自尊心」への第一歩
解説しています。

重要なのは、こうして「価値を生み出す」という姿勢こそが、来歴において華やかな知人達の世界に入れなかったというような挫折感情を、真に克服するになるということです。
それは決して、「見返せるだけの華やかな職業」なんてイメージをどう追ったところで、克服できない、と。その先にあるのは、空虚孤独だ、と。これは内面「望み」視点として、 下でまた書きますので^^。
これは上記入門編下巻続き、P.214で次のように書いている通りです。
=====
 これは特に、来歴において自らの「存在の善悪と身分」を負ったような挫析感情がある場合に、その克服のために決定的に重要になります。
 この姿勢は必ず、人からの信頼を得ることができます。それがやがて、心の傷凌駕するのです。
=====

と。


「望み」への向き合いと「人生の道理」への目

そうして、外面においては「価値」向き合う一方で、内面においては、「望み」に、深く向き合うことです。

「高い自己イメージ」であれば、それによって、自分は何が得られるものとして、望んでいるのか
そしてそれが、「現実」において起き得るものなのかを、しっかりと見据えることです。「現実」というのは、しばしばイメ ージの華やかさとは裏腹な面を、我々突きつけるものです。それをしっかりと見据え自分が何を望んでいるのか、そして何が自分に真の幸福をもたらすのか、自分は何を本当に望んでいるのかに、向き合い続けることです。

その向き合い歩みで、人生の道理を見る目を、いかに築いていくかが、問われることになリます。
薄っぺらいものに心を奪われていれば、その薄っぺらいものに、やがて滅ぼされます。深いものに心を向けることができた時、やがてその深いものによって支えられるのです。
いくら他人に浅く広くちやほやされたところで、やがては空しさ孤独訪れるのは、著名人の自殺に示されます。 やはり愛する家族を持つことが、幸福一つの道標にはなるでしよう。しかし外面体裁を材料に、いわば力づくで結婚 したところで、得られるのはもう似て非なるものになる可能性が高い。等々。
こうしてどこまで人生の道理見極めることができるかは、もうその人次第ですね。しかしそれが、結局、その人「これが自分の人生だ!」言えるものつかむための、足場になるわけですね。


そうした向き合い歩みの道があるというのが、アドバイスになりますね。
この向き合いによって何を見出すかは、一度に全ての答えが出ることは、ありません向き合いで、次第違うも のが見えるようになっていきます。そして最後には、歩み最初からは予想だにつかない、最終的な答え訪れるそんなものです。10年20年、さらにはそれをはるかに超えた人生の歳月を通して、です。
ぜひじっくり検討してみて頂ければ^^。



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