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記事No.1290に関するスレッドです

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セツクス依存症です / リリィ 引用
No.1290 2018/12/03(Mon) 13:19:01

36歳主婦です。
10歳から自慰を覚え15歳でセックスを覚えてから、沢山の人と手当たり次第に寝てきました。
そもそも15歳の時のお相手もセフレですし、自分は淫乱なんだと思ってきました。
30歳で結婚してからは夫以外の人とは寝ないと決めたのですが、今年プロの男性と寝てしまいました。
結局、プロの方の子供を孕んでしまい、自分は何て弱いんだろう。駄目なんだろうと苦悩しました。その事を逐一、相談していた友達にも呆れられてしまい。本当に自分が何故生まれたのか、よくわからないのです。
セツクス依存症になってしまった要因についてずっと考えて来たのですが、5歳くらいの頃お風呂で悪戯をされた事を思い出して、たちまち苦しくなってしまいました。
今だにお風呂からの連想か水や雨が苦手で、雨の日は泣きたくなってしまいますし、誰かに無茶苦茶に抱かれたくなってしまいます。
結婚してるのだから、夫とすればいいのですが、夫とは達した事がなくこのままで結婚前のようには手当たり次第に誰かを探すのではないか?と不安です。
私はどうしたら、変われますか?永らくこの症状に気が付かずに生きてきた為、仮に治っても私からセックスを取ったら何も残らないのではないか?の不安もあります。
アドバイス頂ければと思います。


 
「依存症」へのハイブリッド心理学アプローチ^^ / しまの 引用
No.1292 2018/12/16(Sun) 15:53:37

これも先のご質問相談「美容整形」といったのと同じくハイブリッド心理学ではあまり頻繁には取り上げないテーマなのですが、ハイブリッド心理学からどのようなアプローチになるのかなとちょっと一考してみましょう^^。
「依存症」というテーマですね。その中「セックス依存症」という特定テーマ独自の話もあるか。


「依存症」とは

まず「依存症」とは、特定の行為にのめり込む様子そのものではなく、そこに「やめたいのにやめられない」という心身ストレス自己コントロール不能があるものを言いますね。これは世の医療関係良く言われ周知のことと思います。
問題その先で、なぜそうなるのか原因と、ではどう克服するかというアプローチについては、かなり世の医療関係一般違うアドバウス言うことになるのかなと。
一般的には、依存症の裏にある心の闇多少配慮をしたとしても、深い心理分析にはあまり踏み込まないまま、とにかくやめるための隔離や防御、また自助グループ参加による励ましなどになるのかなと思います。
一方ハイブリッド心理学からアプローチするなら、裏にある心の闇についての、結構細かい分析からになると思います。それが自ずと、克服アプローチ方向示し始める

がまず「依存症」の裏にあるものとして想定するのは、「身をけずるような空虚感」です。それから逃れるために、たとえば飲まずにいられない
ただそれが「依存症」という激しい姿になるのには、もう一枚加わるのではないかと。
それは、「やめられないこの自分は駄目だ」という自己叱責が、「自分というものを保てない」かのようなパニック感を起こし、そこから逃れるためにその依存行動走る、というものではないかと想像します。過去自分が保てないような混乱感から、セックス救われたという心の状態一度出来上がると、パニック混乱からその依存行動繰り返し走るというのはもう分かる話です。
するとつまり、「依存をやめられない自分という自己叱責パニックから逃れるために依存する」わけですね。こうなるともう自己循環自動的にその依存行動コマが回ることになります。
書いて頂いた状況についても、そんな面があるのではと。こんな自分では・・という不安混乱頂点に達すると、誰か自分を抱いてくれる人探さずにいられなくなる、と。


克服への真の基本姿勢

それに対して、どう向き合うのが良いのか。
そうした今までの依存行動に、「もうこれは絶対駄目!」という禁止かけるであろう世の一般と、実はまさに逆の姿勢から入るわけですね。
過去の依存行動に、感謝することです。過去の依存的セックス行動に。なぜならそれが、自分を保てなくなくなるぎりぎりの精神破滅から、自分を救ってくれたのですから。
その上で、これからは、その自分を救う役割を、自分自身が果たすことです。

これは突飛なアドバイス聞こえるかも知れませんが、実は「認知療法」大家デビット・バーンズが示した真実の克服姿勢です。自分の不合理行動どうにかしたいなら、まず今までのそれに感謝することからです、と。事実そうするしか手がないなら、そうするべきであったということなのです、と。多分「認知行動療法」はこうした真のアプローチの精神抜いたまま、ただ禁止訓練をするようなものになっているのではないかと。
ともかく、「過去の依存に感謝しなさい。そしてこれからは自分がその役割を担いなさい」というものですね。依存行動繰り返すのではなく、と。


具体的実践

深刻な自己コントロール不能についてはそうした向き合い転換図るとして、あとは具体的実践になりますね。
美容整形についてのアドバイス同様ハイブリッド心理学では精神論道徳論ナシです。ただ社会行動学からの良し悪し出てきますね。
3つ取り組みになると思います。

1)良し悪しをセットで見る目
依存症克服にあたり、地味ながらも・・つまり即効性はないものの、最終的な答え見出すための一番基礎になるのがこの、「良し悪しをセットで見る目」になると思います。
つまり、ある行為魅力的な側面と、不快な側面を、セットで見る目です。そしてその行為向かおうとする時、自分が不快な側面にも向かう行為をしようとしていることを、しっかりと意識することです。
まあ実際魅力と不快がセットであるならば、セットとしてのその行為について、自分がどのように向かうべきものかの答えを出さねばならないわけです。魅力的側面だけ取って、不快な側面後から不本意に遭遇するもののように意識するのではなく。
お酒であれば、その旨さと酔いの至福だけでなく、その後悶絶するような二日酔いを、飲む行為なのだとしっかり意識する。その両者量的バランスどうなのかも、しっかり吟味しながらです。
パチンコであれば、勝つ興奮だけでなく、負けて大きく損をする行為を、今行うのだとしっかり意識する。
無差別的な性行為であれば、うーんまずは犯罪に遭う危険・・場合によっては即命に関わるような。病気を移される危険。また配偶者がいるのであれば知られた時にどうなるか。

それはとっくに聞いた話だ、ということにはなるかも知れませんが、重要なのは、要求に蓋をするのではなく、いかに根底から健全化できるかです。
そのためには、基本的自制利くという前提において(それが不可能な時上記のような向き合い)、心の中では欲求を開放したで、まず不快な側面についてしっかり確認して自制を確かなものにし、さらにその上で、その欲求健康で自然な度合いを超えた性質部分について精緻な自己分析をする、といった実践有用になります。

・基本的自制
この「基本的自制」と「精緻な自己分析」について詳しく説明し始めると、それぞれで本が書けてしまうような話になると思いますが、ごくキモのポイントを書いておきましょう。
まず基本的自制確実にするためには、精神論的・道徳論的な思考ではなく合理的科学的思考でいかに日ごろから生きていくか重要になると思います。道徳的善悪というよりも、打算計算自分にとり合理的なほどほどの線徹底的に追求する。まあお酒パチンコには「ほどほどな量」があるとしても、不倫にはほどほどというのはないとは言えるでしょうね。
ともあれ、道徳論精神論で欲求に蓋をするというのは、鬱積した欲求がふとしたきっけかけで堰を切って暴走するという、元の木阿弥になりがちですので、合理的計算打算探求に切り替えるのがお勧めということです。

・精緻な自己分析
精緻な自己分析というのは結構高度な話になりますが、その分問題の核心せまり得るものになります。
自己分析闇雲に行って効果が出るものではなく、「外面行動は建設的なもののみ行い、内面感情はただ流し理解のみする」という「感情と行動の分離」姿勢しっかりと心底において根づいた上で、建設的行動を妨げるマイナス感情について、自分でも分からなかった根底の理由突きとめられることで、劇的な変化起きるものと言えます。
詳しくなどに譲るとして、ずばり今回の話関係しそうなポイントは、
愛が深く妨げられるごとに、性が強く刺激を帯びる。
という心のメカニズムです。
それはどのように起き、そして回復克服されるのか。島野の考えとは、愛が損なわれた悲しみを葬り去ることでこそ、それは深く損なわれるのであり、その回復克服は、いかに他人と深い性愛体験のようなものを持てるかなどではく葬り去った悲しみを自身の中でどれだけ取り戻し受けとめ尽くせるかにある、といったものになります。
その視点から考えるに、

>セツクス依存症になってしまった要因についてずっと考えて来たのですが、5歳くらいの頃お風呂で悪戯をされた事を思い出して、たちまち苦しくなってしまいました。今だにお風呂からの連想か水や雨が苦手で、雨の日は泣きたくなってしまいますし、誰かに無茶苦茶に抱かれたくなってしまいます。

というのは、問題の始まりの核心実は性的な悪戯をされたことではなく、それよりずっと前の段階何らかのきっかけ生まれた、幼心に抱かれた「あるべき愛が損なわれた」という闇の感情かも知れない。それがなければ、悪戯払いのけられるようなものとしてです。
そしてこれらが回復克服されるのは、
『理論編下巻』最後の方これ一番下「魂に魂が宿る」)で「Y子さん」島野伝えてきたような、「悲しみへの向き合い」あるいは「悲しみの取り戻し」のような体験になるかも知れません。
性の問題限らず心の問題根底結局「愛」の問題行き着く、というのがハイブリッド心理学の思想とも言えます。
上記「Y子さん」の言葉も含め、その全体については『理論編下巻』ぜひ一読頂ければと思います。

2)全てのマイナス感情への本格取り組み
そうして核心の問題回復克服されるごとに、逆のメカニズム働くと言えます。つまり、
愛が深く取り戻されるごとに、性の刺激は薄れていく。
というものです。
これはより一般化した表現(?)をするならば、
心を病むごとに、性が強く刺激を帯びる。
ということであり、
心が健康になるごとに、性の刺激は薄れていく。
ということです。

心の病み回復克服取り組みがうまく進むごとに、視点性の問題よりも、心の問題全体移っていくということでもあります。
それをなるべく先取りするよう、性の問題だけに視野を狭めず全てのマイナス感情について取り組んでいくといい。これが2つ目実践アドバイスになりますね。
『辞典』「実践5-1 悪感情の種類別の克服対処の指針」など見て頂くと、ざっとどんなことがあるのか把握できると思います。

3)生活全体の充実向上
病みの傾向動揺といったマイナス面への取り組み上記のようなものとして、あとは生活全体の充実向上というプラス面への積極的な取り組みになりますね。これは言わずもがなですね。
上述心のメカニズムなども含めて言えるのは、病んで空虚な心の中で、性はまさに闇夜に光る月のように魔力的な力で心を惹きつけるものである一方健康で充実した心の中では、まさに輝く青空に浮かぶ月のように、その魅惑的刺激を薄めるものです。その輝きの絶対値同じまま。

そうした心の世界違いをぜひ視野に置いて、それ以外のものへのアンテナ張るようにしていく。まあ個人的な趣味嗜好の問題はありますが、動物を飼ったり植物を育てたりといった、「命」に触れる活動などが、島野からお勧め一つですね。

最後もう一つ視点

>仮に治っても私からセックスを取ったら何も残らないのではないか?の不安もあります。

とのことですが、医学的に言って、人間の性機能30代半ば頃から急速に衰え始めます。徐々に、というよりもガタンガタンと階段を下りていくように。それに伴い、性行為の快感度急激に薄れていきます。その後は、イメージの中で性行為が快楽のように映るだけの、残滓を追うような姿になりがちなのが現代人ですが、まあ参考になるかどうか、今57歳ですが、ここで述べたような心の取り組み究極的な結果なのか、男性機能はまだありますが(^^;)性欲ほとんど消えています。それが実に快適な心の状態でもあります。面倒なことが一切ないし^^;
ともあれ、セックスを取ったら・・と言ってもそれは取られるというよりも、内側から消えていってしまうものです。そう遠くない将来・・。

そんなことも視野に、以上3つ実践取り組みなど検討してみて頂くと良いかと思います^^。


 
アドバイスありがとうございます / リリィ 引用
No.1293 2018/12/17(Mon) 15:27:25

ご丁寧な回答ありがとうございます。不覚にも声をあげて泣いてしまいました。

私の根底にある怒りを燃料に性欲の炎が私を焼き尽くすような状態で、薄汚い性欲を持っているんだから醜い気持ちが心の底にあるからセックスは止められないんだ。と、事あるごとに自分を攻めてきましたし、その度に誰かの身体を求め自分自身では壊せないから相手に私の事を壊して貰いたくて恐ろしい目に遭ったり、惨めな思いも沢山して来ました。今までは、セックスしてくれるかどうかでしか人を見ておりませんでした。そんな状態でしたが、過去の依存行動に感謝する。の文を拝見しかなり救われました。

既に最初に悪戯してきた相手も、初体験の相手もこの世におらず私は底無し沼のような場所に独り取り残されたような気持ちになっていたのかもしれません。初体験の相手の事が本当は好きだったように思うのですが、ちゃんと伝える事が出来ないままで肉体関係だけを繰り返し、付き合わないなら別れる事もないと開き直り、今日までが過ぎてしまった事を後悔していますが、彼が旅立った今となっては最早どうする事も出来ないでいます。

この「好き」の感情にも歪みが生じており、まずセックスしてからの相性で人を好きになる事がほとんどで、通常の恋愛における好きになってからセックスすると言う行程を一度も踏んだ事がなく、もしかしたら今まで好きと思った感情は全てまやかしで、私に人を好きになるような感情は無くセックスを得る為の手段として好きの気持ちに似たような状態になっていたのではないか?今まで感じた気持ちは幻想なのではないのか?と不安に襲われたりします。この逆転現象を改善しないと愛まで辿り着けないのではないか?主人との関係は適切なものか?と思うのです。
もしかしたら、その結果セックスに多くを割いてしまったが為、一度も誰の事も好きでなかったのかもしれないと思うと恐ろしいのですが、本当の事を知りたく思います。

性機能の事はわかりませんが、肉体的な衰えは感じ初めており、このままでは誰からも関心を持たれず抱かれなくなるのでは無いか?の不安はずっと付きまとっていました。今まで選ばなかったタイプともセックスする必要があるかもしれないと思うと苦痛で仕方ないのに、セックスしないとはとても言えない自分が嫌でたまりませんでした。性欲が内側から消えてくれる日が来るのが楽しみやら、淋しいやら今は複雑です。人に知られたくないような秘密を教えて頂きありがとうございます。

何とか好きになる気持ちに生じた歪みを正して本当の愛までたどり着きたいです。本当の愛が見つかるなら性の刺激が薄れても仕方ない事なのかな?と思えています。恐縮ですが、またアドバイス頂けたらと思います。 よろしくお願いします。



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