*Book review

■ 貫井徳郎
「微笑む人(実業之日本社)」 評価:★★★★★
Date:2012.10.09
読後。ただただ恐ろしい。

これは任藤俊実という男のことをある作家が調べて聞いた話をまとめた本・・・という設定なんだが、もうただただ、この任藤という男が・・・ほんと得体が知れなくて本気で恐ろしい。

まず、ある母子の死があった。水遊びしていて溺死したらしい。事故とかたづけられた。見つけたのは夫であり父である任藤俊実。失意の遺族は人々の同情を誘った・・・かのように思われたが・・・一転、任藤が妻と子を殺した容疑で逮捕されたのだった。
葬儀を何故か急いだ任藤だったが、葬儀社が混んでいて荼毘に付すまでに3日かかったこと。これが分かれ目だった。
その3日の間に、目撃者が殺しの現場を目撃していたのを警察に伝えたのだった。
そして・・・DNA鑑定で妻の爪の中にあった肉片が任藤のものと一致、そこに至って否認していた任藤もついに観念したのか殺したことを自白したのであった。

なにが驚愕だったかというと、任藤が妻子を殺した動機が「大切な本の置き場所が無くなって、妻子が邪魔になったから」という常識では理解できないものだったこと。
そして・・・なにより、どこからどう調べても任藤という男は評判がよく穏やかな人間で、周り中「なにかの間違いでは・・・。任藤さんがそんなことをするわけがない」とクチをそろえて言うのであった。

そう、自供した今でも穏やかに微笑みながら語れる人間なのだ。
背も高くハンサム、高学歴、会社でも有能でエリート、部下からも上司からも女子社員からも慕われもてて、それでも妻子が大事で言い寄る美女にもやんわりと距離を置ける、本当に非の打ち所が見当たらない男。

なのに。

本の置き場所が無かったら妻子を悩まず殺せる感覚の男。

作家である主人公の男は周囲や過去の関係者から聞き込みを行う。
・・・たまに、ほんとたまにちらっと慧眼の持ち主のような部下から任藤の本当は恐ろしいかもしれない本性のようなものの気配を感じる供述があるくらいで、あとはほんとに隙が全くない。完璧な男。

だが・・・過去にさかのぼるにつれ・・・少年時代からやはり優等生で人気のある愛される存在であったのだが・・・不審な死が周囲にちらほらあったのがわかってくる。
みんな事故死。でもちょっと変・・・。しかしあるわけがなかろう、と周りが見ようとしてこないままだった真相。

だって。
「部下に卑怯なことをするからむかつくってだけで、自分に何の損得もないのに先輩社員をCENSORED?無視して過ごせばいいだけなのに、CENSOREDCENSOREDなんてリスクを払うほと憎いわけがない。ただむかついただけでCENSOREDなんてナンセンスだろう」
「学生時代、ゲーム機が欲しかっただけで友人をCENSORED?ありえない。入手困難だったわけではない。単に買いに行くよりCENSOREDほうが早く手に入るってだけで、そんなことでCENSOREDなんてあるわけないだろう」
「隣の犬が怖くて邪魔だったからって・・・犬には怖くて手を出せないから人間である飼い主をCENSOREDなんて・・・そんなことまでして隣を引越しさせたいなんて、そんなこと子供の頃にするわけないだろう」
・・・誰だってそう思う。そんなことでCENSOREDわけないだろうよって。
でも任藤は言ってるじゃないか自分で。
「本の置き場所が無くなって、妻子が邪魔になったから殺した」って。

・・・ぞっとする。
そして、小学校の低学年の頃。ショウコというクラスメイトの父がやはりおかしな事故死をした事実に行きあたる。
この事件こそが任藤の「初め」ではなかったか。ところがショウコという女を突き止めたのはいいが、これまたおかしな言動に振り回され・・・結局本当の真相は闇の中でラストを迎える。

でも、誰しも読んだ人は思うはずだ。
このショウコという女(当時は少女であっただろうが)が・・・「初め」を任藤に植えつけた張本人ではなかろうか、と。

何故ならショウコは任藤と同じ、穏やかな何を考えているかつかめない静かな微笑みを口元に浮かべる人間だったからだ。

にこやかに穏やかに微笑みながら・・・人を殺せる人種は、きっと・・・恐ろしいことに本当に実在するんだろうな、と思う。

ああ・・・ほんとに恐ろしい一冊であった。

no.675
 

■ 桜木紫乃
「起終点駅〜ターミナル〜(小学館)」 評価:☆★★★★
Date:2012.10.06
短編集である。表紙の少女マンガのようなかわいらしいイラストとはイメージが違う、重く苦しい短編ばかりであった。北海道という雪深い舞台が物悲しさを倍増させるのだろうか?
北国の人独特の無口で忍耐強く融通が利かないくらい生真面目で不器用な主人公たちが一生懸命生きているというテーマばかりだからだろうか・・・。

今のキャリアの礎を教えてくれたかつての年上の恋人の葬儀に呼ばれた、もう若くはない女の回想混じりの心情吐露・・・。

女性の新人新聞記者が意地悪な上司のいやみな仕打ちに耐えながら、ある殺人事件加害者遺族への訪問。でも彼女はついに言えなかった。「かつて殺人を犯しあなたたちの前から服役後姿を消した男は事故で亡くなりました」という一言が。

弁護士の初老の男。妻とも子とも縁を切り、かつて死なせてしまった愛人への償いのため余生を送る。でも国選弁護をしたに過ぎない覚せい剤所持の被告女性から裁判後妙に慕われ話すうち、心が徐々に緩むのだ。何か進展する仲になったわけではないが、ちょっと切なく笑顔が出る一編。

貧しい出なのに努力して一流大学へ、そして一流企業へ、でも空まわりするうちすべてを失い、一文無しになりかつて蒸発した父が落ちぶれホームレスの果てに死んでゆくのを見てしまい・・・なんだか歯がゆくて読みながらこぶしを握り締めがんばれ・・・とつぶやいてしまう、そんな一編。

先の女性新聞記者が、ある女性作家の死で見えてくる彼女の生き様に愛憎と矜持を見る一遍。

弟が殺人事件の犯人で拘留先でCENSOREDした・・・その後苦労の人生の女性。自分の生い立ちを知らない都会でうまくゆかず、もう30年もたって若くもない状態でふるさとの地を踏む・・・。懐かしさと重苦しさ。そして二度と戻らない、戻れないと思いまた都会に戻るのだった。

どれもこれも・・・いまいち仕合わせじゃない主人公たちが、逆境から逃れきれずにもがいて苦しむ様子が、読んでいてつらいのだが、でもほんとに頭が下がるほど忍耐強い彼ら彼女らに、静かに静かに心から熱いエールを送ってしまう。

静かな環境でじっくり読みたい本である。

no.674
 

■ 伊坂幸太郎
「夜の国のクーパー(東京創元社)」 評価:★★★★★
Date:2012.10.03
伊坂作品の中に於いて、デビュー作とも言えた「オーデュポンの祈り」を思い出させるような異世界的ファンタジー色を感じさせるストーリー。

でも、なんだか社会比喩というか、外交的な国際比喩というか・・・そういうのもものすごく感じさせるな。それも取り入れたくて伊坂さん流の表現方法をしたらこうなるのかもしれないな、とも思わせられた。

サラリーマンで仕事人間、そうして仕事に打ち込むうちに家庭がおざなりになり妻には浮気され逃げられた男。自暴自棄になり釣り舟に乗ったら転覆して・・・どことも知れぬ島に流された・・・。

一方、ある異国。小さな国が大きな国との戦争に敗れ侵略支配されてゆく・・・。信望厚かった国王は無残に銃殺され、恐怖支配におののく国民たちは、伝説のクーパーの兵士たちの訪れを本気で心待ちにしている。それをその町に住む猫が見ている。夏目漱石の「吾輩は猫である」さながらに、猫の目線、猫の一人称でその様子が語られる。

交互にその男と猫の章が語られる。
その合間に伝説のクーパーの兵士の独白のようなものが混じる。
クーパーとは国境にある林の杉の中で、ある日突然さなぎになり白い歩き襲ってくる怪物になる生き物のことである。
それを倒すために小さな国から選ばれた兵士が赴いて倒すためクーパーと闘うのだが、倒すときクーパーから出る水にかかると兵士は透明になってしまうという。そして・・・二度と戻っては来れないのだと。

自分の住む国が荒らされてゆく。主人公の猫のトムはどうにかしなければと猫なりに奮闘する。そしてネズミが現れて、猫にねずみを襲わないでくれと交渉してきたりする。それどころじゃないし、猫の本能としてネズミを襲わず我慢するなんてできないと言うトムに、ネズミの代表はいけにえとして毎年決まったネズミを差し出すから他のネズミには一切手を出すなと取引を持ちかけてくるのである。

トムはどこか人間の戦争に似ているなと思う。

そして、漂流してきた男とトムは出会う。トムは男に自分の国を救ってくれとお願いをするのだった。

・・・・。
ファンタジーだろ?これは?ちょっと政治的な比喩が感じられる描写は多々あるが、ファンタジーだろ?って思いながら読む。十分惹きつけられてどんどん読む。

・・・・ん?あれ?・・・あれれ?あ?・・っっあっ!!!!あぁぁぁ!!

そう、ドンデン返しあるから(笑)。伊坂さんらしいドンデン返しが。

ああ、そうだったのか!これは!そういう作戦だったのかぁ!・・・と思ったところでまぁ!痛快!(笑)というひねりもある。

こんなしがない情けないサラリーマンの男に、屈指の兵士たちをやっつけてとトムが懇願したのか・・・。こんな男が一人でどうやって国を救うというのか・・・と思いながら読むんだけど、それにも深い深い理由があって、至極当然の単純な理由があって、それがわかった時なんだか痛快なのだ。
(ネタバレはしないつもりだったけど、ヒントはガリバー旅行記ね!あ、ばれちゃったか!)

分厚い長編小説なんだけどあっというまに読めちゃった。伊坂さんやっぱり大好き!!

「度胸があるんじゃなくて、むしろ不安だったんだろうな。度胸がある人間ならもう少し、様子を見る。たぶん丸壷は号豪も医医雄もいなくなって不安だったんだろ。不安で仕方なく、行動に移りたかったんだ。人間が暴れる時には恐怖が必要だ」

「昔な、冠人が俺に言ったことがある。国王が国をまとめるこつを知ってるか、とな。『外側に恐ろしい敵を用意することだ』と、そう言った。そうした上で堂々とこう言うんだと。『大丈夫だ、私がお前たちをその危険から守ってあげよう』とな。そうすれば自分をみなが頼る。反抗する二元は減る。冠人はそう言った。あの男はそんなことしか考えてなかった」

「クーパーの兵士は透明となり、この国の人を助ける。まさに言い伝え通りだ。こういう意味だったのだな」

no.673
 

■ 東野圭吾
「ナミヤ雑貨店の奇蹟(角川書店)」 評価:★★★★★
Date:2012.09.30
ちょっと不思議で心あたたまってほっこりしてしまう時空を超えたファンタジー・・・しかし東野さんらしい驚かせるラストというか、時空を超えた奇蹟というか、符合?それがまた素晴らしい・・・。

三人の空き巣帰りで逃げている若者たちが一晩潜伏するのを決めた空き家。廃屋。どうも昔何かの店だったらしい。
ところが深夜、ポストに投げ込まれた一通の手紙。
おそるおそる見てみると、「ナミヤ雑貨店さま」とあり、悩み相談事が書かれていた。

40年近く昔、このナミヤ雑貨店の店長さんが匿名で持ち込まれる悩みに乗ってアドバイスしていたというのがわかるのだが、今になって?まだ相談に?と、戸惑いながら、3人の若者はなんとはなしに返事の手紙を外の牛乳配達入れの箱に返してみた。
するとすぐにまた相談者から返事が!
これはどういうこと?しかも、どうやら読んでいくうち、その相談者の時代は現在ではなく、40年昔であることに気づいてしまうのだった。

手紙だけが何故か時空を超えてやりとりされている!!

その相談者は何かのアスリートの女性で、モスクワオリンピックに出場するために夢をとるか、恋人をとるか悩んでいた。
モスクワオリンピックはボイコットにより結局出場できないことを知ってる3人は、それでもそうは書けない(信じてもらえない)のだが、まぁずばずば遠慮なく返事をするわけだ。
「たかがオリンピック、彼氏の最期についててあげないと絶対後悔する。はっきり言ってしまえばあなたはオリンピックなどに出ることはできない。間違いなく出れない。とっとと夢はあきらめて彼氏のもとへ行け」と。

それに対してその女性が選んだ道とは・・・。

そして次の相談はある男性がミュージシャンの道をあきらめないか、実家の魚屋を継ぐかの相談。
「ミュージシャンなんて成功するわけないでしょう。仕事がなくて苦労している人から見ればずいぶん贅沢で腹がたつ。とっととそんな夢は捨てて実家を継げ」と回答。彼は自分のオリジナル曲をハーモニカで新聞受けの前で吹き・・・。それを聞いた3人の最終的な回答は・・・。(ここ、ちょっとぞくっとくるくらいよかった!すごく好き、こういう展開)

彼はそこからどんな決断をしたのか・・・。

そして。そこまでならちょっと不思議なファンタジックな展開に、こそ泥3人組が巻き込まれて・・・なんて雰囲気なんだが、そこから一気にタイトルの「奇蹟」という言葉の意味がひしひしと伝わる劇的な流れになってゆく。

流れ、というより、もともとあったある流れに気づく、というべきか。

一番その3人が受けることになった不思議な時代を超えた相談は、ある若いOLがホステスとの二足のわらじ生活の中、どうしてもお金が必要なのでホステスに専念しようか迷っているというもの。
パトロンが現れて出資してくれるからのちのち自分の店が持てるかもしれないし、OLの給料だけでは望む収入に届かない、とも。
3人はもちろん初めはその浮ついた心根を一蹴するアドバイスをしたのだが、詳しくやり取りするうちに切実な彼女の心情や状況を知り、ある意味究極で禁断ぎりぎりのアドバイスをするのだった。
すなわち・・・彼女の時代に今後訪れるであろうバブル景気や崩壊を見越した土地売買や株取引による儲けかたを・・・。(ここもぞくぞくときた。夢だ。あのバブル景気を知ってあの時代の人にアドバイスすれば億万長者になれるのだから・・・。)

彼女は言われるままに動いて大成功・・・そして・・・そのこともすべてがこの物語の布石だったのだ!!

そう、全部全部繋がっている。まさに時空を超えて、すべて繋がっていたのだ。

これはすごい。こうくるとは思わなかったな。ちょっとじんときちゃったな。
秋の夜長、自分のこの3人のようにこんな廃屋に迷い込んで、こんな体験してみたい・・・と、そんな風に思ってしまった。

すごく好き。この物語。

no.672
 

■ 井上夢人
「ラバー・ソウル(講談社)」 評価:☆★★★★
Date:2012.09.27
ストーカーの告白と調書、被害者や関係者の証言、が交互に書かれて一体どのような事件がどのように起こってしまったのか真相を読者が徐々に知ることになる、と言った体裁の物語、なのである。

モデルの美縞絵里(本名三島江里子)が撮影中に親友だったモニカというモデルを突発的な事故で目の前で失い、そのとき出会った鈴木誠というビートルズ評論家の男にストーキングされて、その後次々と絵里に近づく男たちは不審な死を遂げるのである。そして死んだはずのモニカの携帯から絵里にたびたび電話がかかってくるようになるのだった。

鈴木誠は病で顔が崩れ、足も不自由で、そのせいで身内からも世間からも化け物扱いされ、そのせいで裕福ではあったが、誰とも接触が取れずに引きこもり成長した男なのだった。金山という執事がいつも離れず面倒を見てくれていたのだ。
鈴木の独白的な告白は続く。
絵里を見張るため隣のマンションの一室を借りた。絵里を盗撮してみだらな写真も日常の写真も部屋に貼りめぐらした。電話を何度もかけて絵里の驚く顔をこれも盗撮するのがたまらなかった。これは純粋な愛であり、絵里に近づく悪い男を排除したのは正義であると。

おびえる絵里に同情し、狂った鈴木を嫌悪する・・・。が、徐々に鈴木も不幸で可愛そうな男であったと憎みきれない気持ちになるが、それでもやはりストーカーは恐ろしい・・・おぞましい存在なのだ、外見だけでなく中身も。

・・・・しかし、これはラストに大どんでん返しが潜んでいる、とんでもない小説なのだった。

いよいよ絵里の部屋に忍び込んで絵里と直接会うことを決意した鈴木・・・。ところが揉みあった末、絵里に刺された鈴木はそのままベランダから転落して死んでしまう・・・????

いや・・・だからどんでん返しがあるのだ。とんでもない真相が。ほんとにとんでもない真相だった。

実はこの本、図書館で借りたのだが、なんと作者のサイン本なのだった。
そこにサインとともに作者直筆でこう書かれていた。

『これは妖精の森に住む獣の物語です』

と。

獣は鈴木のことだと思うのだが、この獣とは、けだもの、という意味ではないのではないか。獣は本来純粋で無垢で、素直に本能のまま一生懸命生きているだけ。
鈴木とはそういう無垢な男だったのだな・・・。見た目は最期まで鈴木を苦しめたけど、その魂は逆境でも歪まず、悲しいくらいピュアだったのだな・・・。

そして妖精とは絵里のことなのだとしたら・・・妖精というとフェアリーみたいな、ティンカーベルみたいな、かわいらしいものを想像しがちだが(実際絵里はモデルだったりするので、外見上可憐な乙女であながちはずれではないのだろうが)妖精とはあやかしの精霊と書く。あやかしなのだ。・・・悪魔的要素も持つ。

つまり・・そういう真相だったのだ。

ちょっと切なかったな。でもこのパターンがどこか「容疑者Xの献身」に似てる気がしたので星は4つ止まり。
もちろん容疑者X・・・みたいにヒロインが心美しくないのが全く違うわけなんだけど・・・。

でも、ビートルズの曲やCDになぞらえた構成が面白かったし、よかったら是非読んでもらいたい一冊だなぁと思った。

no.671
 

■ 小野寺史宣
「転がる空に雨は降らない(新潮社)」 評価:★★★★★
Date:2012.09.23
主人公は二人。一人はプロサッカー選手の灰沢考人。息子を交通事故で目の前で亡くしてしまってから転落の人生を辿るようになってしまった男。もう一人は砂田佳乃也。灰沢の息子を死なせてしまった事故の加害者を父に持ち、それが原因で家庭が壊れてしまった少年。それぞれサッカーをしていた。これは偶然だったのだが、それが必然としてそうだったかのごとく、二人は同じ場にたつことになる。
灰沢は36歳のキーパー。息子を亡くすまではチームの主力だったのだが、それから試合でミスばかりして長いことレギュラーにはなれずにいる。空虚な気持ちでふらふらと女性関係を結んだりしているうち、妻が娘を連れて出て行った。離婚したのだ。何もかも失った。でもサッカーを愛してる・・・。
砂田は若干19歳。でもサッカーの才能は素晴らしく、プロサッカー選手の入団テストに合格するのだった。でも事故の加害者であった父が、世間体などで妻や息子を苦しめまいと離婚を申し出て、家族はばらばらに・・・挙句、父は保険金を妻や子に残そうという気持ちと良心の呵責の念にかられCENSOREDしてしまった。そのことがトラウマとなっている。

・・・と、ここまで書くと悲壮感が強い暗い物語という感じに思われるかもしれないが、実はぜんぜん違う。これはどちらかというと希望と再生がメインの物語だ。

交通事故で死者が出た場合の被害者遺族、加害者家族。共に深い深い深い傷を負う。たぶん一生傷が完全に癒えることはないくらい深い痛みを常に伴う傷だ。失われた命というものは、かくも重い。

でも残された者は進まねばならぬ。生きてゆかねばならぬ。
傷と共に、痛みを覚えながらも、希望を見出して進まねばならぬのだ。
灰沢には中里という理解と愛のある女性の出現と・・・なにより、再婚してしまった妻のもとにいる娘からのメール・・・これらが救いの道へのきっかけだったろう。
砂田にも広海という理解と愛ある女性の存在と・・・サッカー少年の修人くんとの邂逅が救いの道への道しるべとなった。

そう、二人は進んだ。
だから・・・これは再生の物語なのだ。
愛と、再生の物語。
涙が出そうになるのは、彼らが絶望に苦しんでいる序盤だけ。どんどん進み始めてゆく姿は、読んでいて勇気づけられる。
・・・アスリートの清清しさというか・・・そういった感じが作品一帯にずっと漂い始めるのだ。だから・・・元気をもらえる一冊だった。

no.669
 

■ 西加奈子
「こうふくあかの(小学館)」 評価:★★★★★
Date:2012.09.13
結婚して十二年、三十九歳の調査会社中間管理職の主人公の男。仕事でも部下に慕われ仕事もこなす良き上司として気を使い頑張り、たまには冴えない同僚にも気を使って声をかけ・・・家でもおとなしくそこそこ美人の妻と無難に仲の良い夫婦に見られるよう頑張り、もちろん妻の親にも気を配り・・・・。

なのにCENSOREDレスだった妻がある日突然身ごもったという。しかも産みたいと。
ショックを隠して理解あるよき夫を演じて「生まれてくる子は実の子として育てる」と認知する約束をした・・・。

でも許せない。心中は荒れ狂うような日々。ふと同僚と飲みに行ったボクシングジムを改装して作ったようなバー。
そこでは古いアントニオ猪木のリングのビデオが流れ、他には変な老女が二人、似合わない艶っぽい恋バナに花を咲かせてるだけの不思議な雰囲気の店。
主人公はそこでふとその馬鹿にしてたはずの冴えない同僚に妻の不倫のことを漏らすのだった。

そうこうしてるうち、何故か自分より絶対自己中心的な男の方が部下の人気があるような場面や、妻への怒りをついに爆発させてしまったことなどが重なり、主人公は仕事でもミスが目立ち休暇を勧められる羽目に。

そうだ。妻はバリに旅行に行ったと言った。女友達とバリへ。そこで現地の通りすがりの男と寝たと。あなたを愛してるけど、あなたはしてくれなかった、私はCENSOREDがしたかったの。したかったんです。そう言った。だからバリに行ったのだった。

やがての妻の出産に、思いと裏腹に何故か立会いしている主人公・・・生まれてきた子は黒い肌だった・・・。

一方、近未来の2039年。プロレスのリング。大勢の歓声の中、小さなプロレス団体所属の無敵の王者アムンゼン・スコットの闘い。

アムンゼンの生い立ち、性質、思い、などが語られる章と、主人公が苦しみどん底に落ちてゆくような章が交互に描かれ・・・。

最後、アムンゼンはある無名の新人レスラーの挑戦を受けるのだが・・・。

そう、最後に二つの章がリンクする。
そうなんだ。そう生きたか。そう来たのか。と、繋がり、うなづく、そんな感じのラスト。

なんだか淡々と書かれる壮絶な物語って感じの趣きだが、これが結構なかなかよかった。

愛憎のもがき、苦しみの中から導かれた答え、そして・・・光。生まれるときに誰しもが、胎内から外への光を見て生まれ出てきたように、光を求めるもがき。

なんとなく好きだった。
「こうふくみどりの」ってやつもいつか読んでみたい。二つの物語にリンクはないのだそうだが、テーマは二作品とも作者いわく「道」だそうですが・・・。

no.668
 

■ 乾ルカ
「六月の輝き(集英社)」 評価:★★★★★
Date:2012.09.05
幼馴染の美奈子と美耶。いつも手をつないで一緒だった。でも11歳のあの日から壊れてしまった絆。美耶は不思議な力を持っていた。怪我してる人の傷に左手を当てると傷が消える。壊れたガラスも元に戻せる。死んだ人だって息を吹き返す・・・。その力を美耶の母は憎んだ。美耶の父は金儲けに使おうとした。
美奈子は父の命を救うのに間に合ってくれなかった美耶を憎んだ。
美耶はその力を封印した・・・・

どこまでも透明で悲しくきれいな物語だ。六月の独特の輝きそのままに。

美耶はほんとはまだその力を使えて、それを知ってる美奈子は美耶にその力を使わせる。でも友情は戻らない。美耶は美奈子に頼まれれば必ずその力を使うけど。

美奈子を父が死んだとき、美耶は間に合わなかった。それで美奈子は憎むわけだが、ほんとは苦しいのだ。でも父の死を受け入れる悲しさを美耶への憎しみにすりかえてしまっていた。間違ってると気づいていてもいまさら友達に戻れない・・・。
美耶は何も言わず悲しそうに美奈子を見つめるだけ。言われたら言われた通り力を使うだけ・・・。

やがて、美耶の力が単に時間を戻すだけのものだと知る美奈子。だから父をあのとき生き返らせたとしても、その後すぐまた戻した時間がたったら同じように死ぬだけだったのだと知るのだった。でもそれでも・・・美奈子は美耶にそっけなくしか接することができずいた。

やがて美奈子の母が不治の病に倒れ、美耶は美奈子に頼まれたからではなく、自らの意志で美奈子の母に手をかざす。何度も何度も痛くない時間まで巻き戻す・・・確実に美耶はむしばまれていった。

美耶は自分の時間を人に与えていただけ。だからありったけの力で美奈子の母に時間を与えたあとは、まだ高校生のはずなのに老婆となって衰えた美耶が残り、倒れたままもう起き上がれなくなっていた。

そうなってやっと・・美奈子は。美奈子は美耶の手を取れた。遅すぎた。でも間に合った。二人はまた繋がった。

なんて苦しく切ないストーリー。テーマはなんだろう・・・許し?許すこと?それと、自由・・・・。

心を自由にすること・・・。

ついに最後まで娘を愛してあげられなかった美耶の母。
筋肉が動かなくなる難病で死ぬまで手記を書いてた少年。彼ははじめ自分に心無い仕打ちをした人を実名で揚げて手記を出し、相手たちを苦しめて思い知らせてやるつもりだったのだが、最後、同病室の美耶と美奈子を見つめているうち・・・ふと気づいて自由になる。そう、自由になって旅立った。
繁華街で美奈子を助けたやくざの男。
美耶と美奈子とクラスメイトで優等生の秀才の史恵。
みんな美耶の奇跡を見た。でもそれと同時に大事なことにも気づかされていった。

美耶が神の子と噂されたのは、その力のせいじゃない。きっと美耶の美しく優しすぎるその魂のせい。

ぼろぼろになっても後悔してない。母に愛されてなくても。
だって、美奈子ちゃんがいてくれた。昔遊んでくれた。
美奈子ちゃんのお母さん、私と美奈子ちゃんを遊ばせてくれた。

なんと言ったらいいか・・・・。
うまく捕らえられないんだけど、すごく尊いものに触れたような・・・。

だから星は満点。

no.667
 

■ 中脇初枝
「きみはいい子(ポプラ社)」 評価:★★★★★
Date:2012.08.29
5編の短編集・・・テーマはずばり、「虐待」である。
親に虐待されている子、されてきた人、それを見つめる教師、PTA会長、町内の老人・・。
ひとつの町にある小学校。そこでの生徒たちや周りの大人たちの物語だ。

読んでいて悲しい。いたいけな子供、子供をこんなに痛めつける親。でもその親もかつて子供だった頃、同じ傷を受けていたりする。見守る教師もPTA会長も、戸惑いながらも救おうとする。抱きしめようとする。
だから悲しいけど希望を感じたりする。

”「ぼくが悪い子だからうちにはサンタさんが来ないんだ。どうしたらいい子になれるのかなぁ。ぼく、わからないんだ」
「先生は知ってる。神田さんは、いい子だよ。先生は知ってるよ」
神田さんの肩が震えていた。ぼくが抱きしめていいんだろうか。本当はぼくではないだれかがすべきこと。神田さんが本当に望んでいるのは、ぼくではない、だれか。
でも。そのだれかから、どんなに望んでも、与えられないとしたら。ぼくは神田さんを抱きしめた。”

”たかだか十年しか生きていない彼らの
学校以外の時間の中に、一体なにがおこっているのだろう”

”「ね、ひろや。しあわせってなんだっけ?しあわせは?」
「しあわせは、晩ご飯を食べてお風呂に入ってふとんに入っておかあさんにおやすみを言ってもらうときの気持ちです」
たたかれたって、おとうさんに捨てられたって、おかあさんに殺されそうになったって、この子は仕合わせの意味をよくわかってる”

どれもこれも・・・虐待の悲惨さだけでなく、してしまう側の心情や、救おうとする者たちの優しさが感じられて・・・・だから読んでいて絶望や失望ばかりを覚えないところが魅力的になっている気がする。

ちょっと泣いた。でも微笑むこともできた。

貴重な思いを抱かせてもらって、読んでよかった・・・と思っている。心からそう思っている。

no.666
 

■ 永瀬隼介
「カミカゼ(幻冬舎)」 評価:★★★★★
Date:2012.08.19
出会えてよかった・・・と胸が熱くなる本がある。読みながら、読み終えたくなくてラスト近くまで一気に読めてしまうくらい引き込まれたのに、ラスト付近で読むのが止まってしまうような・・・そんな本がある。そういう本にめぐり合えた時、読書していてよかったと心から思う。そうそう滅多にめぐり合えるもんじゃないのだけど。

この本はまさにそうだった。読み終わるのがいやだった。ずっと主人公たちと・・・陣内武一を見続けていたかった・・・。

あらすじとしては、第二次世界大戦の神風特攻隊の若者がアメリカの空母を撃沈するため、今まさにぶつかるのだ!という瞬間、その若者が67年も未来の現代の東京にタイムスリップしてしまう。そこで出会い、成り行きでその若者の面倒を見ることになったフリーターの若者が、風変わりな時代錯誤な特攻隊員と友情を深めてゆく中で、あるテロ組織の陰謀に巻き込まれ、阻止すべく立ち上がるのだ。
特攻隊員の名前は陣内武一23歳、フリーターの名前は田嶋慎太25歳。もちろん慎太は武一が過去から来た特攻隊員だなんて夢にも思わない。てっきりただの昭和かぶれのコスプレ野郎かと思ってるわけだ。
武一は気づいても決してそのことを語ろうとしなかったから。

まず序章の特攻隊員の出撃前夜の様子から始まる。そこから泣けた。こんな健康でピュアで未来あるはずの若者たちが、お国のためと言われ自決する前提で敵艦に突っ込むなんて、なんて残酷な話なんだろう。いくら肝の据わったやつでもみんな苦しい。でも臆病風を吹かすことは上官だって許さない。ああ、なんて悲しい宴なんだろう。
武一を「兄貴兄貴」と慕う刀根剛介も悪ぶってるが武一が殴って歯を折ってしまったらその歯を肩身として武一に渡してきた。それくらい慕っていた。まだ17歳の花田は女も知らない。ほんの子供。

そして・・・現代の飛んでしまった武一。慎太と一緒だった綾が暴走族に絡まれているのを「婦女子に手を上げるとはもってのほか、恥を知れぃ!」と怒鳴って投げ倒したのが出会い。
記憶喪失だと思い込んで武一を連れ帰った慎太。ちぐはぐな会話、でも確実に友情をはぐくむ二人。

「田嶋さん、ふりーたーとは日雇い労働者のことですか?」

「武一、お前、ふんどしはいてるのか?」

「田嶋さん、自分にはわかりません、ぼらんてぃあで炊き出しに並ぶ人たちは皆肉付きもよく顔色もよく、とても浮浪者には見えません」

「東京たわーとは、では戦後たったの
13年で建てられたものなのですね。(景色を展望台から眺めて)よくぞ戦後の焦土から復活しましたなぁ」

武一からもらったオレンジのバンダナを「婦女子のようではありませんか?」て照れながらも後生大事に首に巻いていた武一。
吉野家の牛丼やソフトクリームをはじめて食べたと美味しいと大喜びして「平和ですなぁ」と目を細めて町を眺めていた武一。
図書館で昭和の歴史本を読んで、大東亜戦争が日本の敗北だったことや、天皇陛下が昭和64年まで生きてその後平成になったことや、バブル景気や崩壊、そして・・・・東日本大震災までを知って号泣した武一。

しかし慎太や綾が心酔している国平会という集会であるテロが計画されていることを知り、その首謀者のかつて師であった男が世界的に有名な影のフィクサーであり、名を刀根剛介というのを知り・・・・。武一は刀根の前に姿を現すのだった。
その瞬間のシーンは、私は読んでいて鳥肌がたった。感動しすぎたというか・・・かっこよさに打たれたというか・・・。

「刀根!きさま、なぜここにいるっ!こたえろっ!」
政界をも世界中の実力者たちをも震え上がらせる泣く子も黙る影のフィクサー刀根が、武一を見て兄貴、とつぶやき、ひざまづいて「許してくれ、兄貴」と泣く姿。
刀根は特攻の機が故障して失敗して・・・その後生き延びてしまっていたのだ。みんなの後を追うことが叶わぬまま戦争は終結してしまった。

死ぬ覚悟や本物の戦場を知って、鍛錬も並み以上に積んできている武一が、本気で戦闘モードになったときは本気で震え上がるほどかっこいい。いつもの時代ギャップにきょとんと戸惑う子供のような武一と別人のようで、そのギャップもすごく魅力的だ。
その上、すごく頭もいい。
だから慎太や綾たちの言動で、国平会の陰謀にもうっすら気づき、刀根のもとにはせ参じたのだから。そのテロとは、日米間を左右する日本壊滅プログラムのようなもので、武一はある覚悟をして現場に挑むのだった。


89歳となった刀根と23歳の武一。祖父と孫のように見えるのに、刀根は「兄貴」と敬語で武一は「刀根」と呼び捨てにしてる。そのちぐはぐさもすごくいい。
「兄貴、大東亜戦争から67年後の日本は見た目は平和だが、中はズタズタです。腐っている。兄貴すみません、日本をこんな国にしてしまって」

ラストは納得。でも・・・武一には・・・ずっと現在にいて・・・生きて欲しかった・・・。
日本を救ってくれたカミカゼアタックのゼロファイター。澄んだ目をした飛び切り魅力的な男。

たまたま終戦記念日に読んだからだけでなく・・・一生忘れない。この本。武一。ありがとう。

no.665
 

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