*Book review

■ 小路幸也
「話虫干(筑摩書房)」 評価:★★★★★
Date:2012.08.11
紙魚という本を食い荒らす小さな虫を干すことを虫干という。
が、たまに名作と言われる小説の中身が変わってしまう事態があり、それは話虫というもののせいなのである。昔から伝わる名作がある日読み直してみると全く違う展開ストーリーになっているのだから許せるものではない。
それを元通りに直すのが話虫干という作業だ。自らがその小説の中の登場人物となり、流れが変わってゆくストーリーを元の通りに導きなおしてゆく。

今回の小説は夏目漱石の「こころ」。有名で私も学生時代に三部作として読んだし、結構好きだった。その物語を知ってから読むとすごくすごく面白く、自分がその小説の中の主人公たちと知り合いになったり関わって操作して、しかも話虫である犯人を小説の中で捜すというのが実に実に夢があって読書好きな人にはたまらないだろう。
憧れであるから。大好きな小説の登場人物の一人になることなんて。

しかし、「こころ」の中で、Kである桑島の妹の京子とやらが一緒に下宿することになったり、エリーズというロシア人の美少女がお忍びで来日したのを主人公たちが面倒見ることになったり(エリーズは森鴎外の小説に出てくる人にそっくりなのである)夏目漱石が先生として登場してきたり(笑)挙句ラフカディオ・ハーンまでが大学の講師として登場してきて・・・ある意味しっちゃかめっちゃか。しかも京子やエリーズという女性が原作と違って絡むことで、Kと主人公トナカの静さんを巡る恋のあれこれがなくなりかけて、つまりKがCENSOREDしないだろう方向へ向かってゆくストーリー。

話虫干の使命を受けて彼らの親友として小説に紛れこんだ糸島肇は、彼らと仲良くなるうちに、桑島(K)をCENSOREDさせるのがつらくなり、違う方法で話虫干をしようとし始める。さてその方法とは・・・。
そしてそして・・・結局、今回の話虫の犯人はしっかと確定できなかったが、意外な人物の名前が出てきて、そこも面白かったな。犯人はたぶん、あの詩人・・・蟹とたわむれて貧乏だったあの詩人。漱石に傾倒して憧れ、でも実生活はわりに不幸だった漱石を幸せにしたくて、しかも「こころ」に於いてKをCENSOREDさせるという悲しい結末にしたくなくて・・・。そういう動機の悪気ない魂。

でも名作は損なわれてはならない。

結果、なんか面白い終わり方をしていて、で、納得できて、きちんと「こころ」は守られて・・・・糸島や登場人物との友情もなんとなんと切れずにいて・・・。

読後感最高!大好き!いいなぁ・・・私もこんな大好きな名作の中に入り、ちょっとしたノスタルジックな世界で大好きな登場人物たちと交流してみたい・・・。

引き込まれ、続編出ないかなぁなんて思わせる、久しぶりに浮き足だった小説。

no.664
 

■ 辻村深月
「鍵のない夢を見る(文芸春秋)」 評価:★★★★★
Date:2012.08.01
帯にある「ささやかな夢を叶える鍵を求めて5人の女は岐路に立たされる」の文章の通り、5人の女性の夢と現実の間で悩む姿がちょっぴり苦い読後感を残す短編5編。

「仁志野町の泥棒」
教職についたミチルはバスガイドとして働く律子の姿を見た。そして思い出は小学生だった懐かしい時代へ・・・。律子は転入生だった。優美子とミチルと律子は仲良くなっていつも一緒に遊んだが、そのうち律子の母の盗癖が町中の噂になる。親たちはそれでも公にしなかった。小さな町で気の毒だから・・・今までもそれで引越しを繰り返してきた家なのだから・・・でも子供は関係ないのだからりっちゃんとは仲良くしてあげなさい・・・と。でもミチルは律子の万引き未遂を目撃してしまい、許せず離れた。高校時代に再会した時、律子はミチルの名前も思い出せなかった。優美子の名前は出てきたのに。自分は友達でないのだと苦い思いで締めくくった思い出。

「石蕗南地区の放火」
笙子は36歳。もう若くない。今でもそれなりに美しいとは褒められるが、いきおくれと小さな地元では言われているだろうことは想像にかたくないし、親もうるさい。そんなとき、自分の実家のすぐ裏で不審火により火事があり、仕事で赴いた笙子は地元消防団の年長者、大林の姿を見る。思い出したくない思い出がよみがえる。合コンで知り合い気に入られ一度仕方なくデートした男。でもどうしても好きになれず、どころか嫌悪感しか湧かずそれきりになった男。放火の犯人は大林じゃないかと笙子は直感する。私に会いたいあまり放火したのではないかと。二件目の放火事件のあと大林は放火犯として逮捕される。しかし自供された動機は笙子への恋心とは言わなかった。言わなかったが、重いものが笙子の心に垂れ込める。どうして幸せになりたいのに真面目に誠実に生きてるのに、こんなものしかこんな男しか私には訪れないのだろう。

「美弥谷団地の逃亡者」
出会い系サイトで出会った陽治。彼に連れ出され海の近くのラブホテルで朝を迎えた。そしてそのまま二人であてもなく歩く。タクシーにも乗る。お金はないけど、いつのまにか陽治がカードを持ち出していてそれを使う。美衣は思い出す。陽治との今までのこと。はじめは相田みつをの詩をくれたり、優しかった陽治。でも付き合ってみたら執着が激しく、束縛もひどく、DVもある男だった。でも愛してくれる・・・。友達の中の誰よりかわいくて、男との関係もこんな風にすごいんだから私って・・・とまんざらでもない満足感。でもついに警察が・・・。そう、体のあざを見た母に促され警察にストーカー届けを出したあと、陽治が母を刺し殺したのだ・・そのまま一緒に連れ出され逃げていたのだ・・・。
これは読んでてびっくりした。どんでん返し系の短編。見事って感じだった。

「芹葉大学の夢と殺人」
坂下教授が刺殺された。それをニュースで聞いた美術教師となっていた未玖はその犯人が学生時代からつきあっていた雄大であると直感した。案の定彼から電話があり、未玖は彼のもとへ向かう・・・もう別れたはずなのに捨て切れなかった。愛なのかどうかも曖昧なままずるずるつきあいが切れなかった。彼は端正は顔立ちで夢を語る男だったので未玖は惹かれた。でも・・・その夢は現実を見ようとしないいつまでも大人になりきれない者だけが見ることのできる荒唐無稽なばかばかしい夢だった。でも離れられなかった。換言する教授を殺したのは間違いない。でもそれすら認めようともせず助けを乞う雄大。未玖はそのピュアすぎる魂も夢もこの現世では生きられないと思い至る。どうか雄大、死刑になって。教授だけでなく私も殺せば死刑になるよ。そして飛び降りた・・・雄大の目の前で。

「君本家の誘拐」
咲良と名づけた待望の赤ちゃん・・・ごく近所の大型スーパーでわれに返ったときには咲良の乗ってるはずのベビーカーがどこに無かった。良枝は警備員に泣きつき、携帯も自宅に忘れて来てることにも気づき、心配してくれているスーパーの人たちに断り一旦帰宅して携帯を取りに帰る。帰り道、咲良のことを思い出しながら・・・。
なかなか子宝に恵まれず焦った日々、やっと授かり愛おしくてたまらなかった日々、思ったより大変な子育てや夜泣きに眠れない日々、非協力的な旦那・・・。何故一瞬でも邪魔だとか離れたいと願ってしまったんだろう・・・泣きながら帰宅すると咲良が泣き疲れて寝てる姿・・・スーパーにつれていってなかった・・・最近ノイローゼ気味で朦朧としていて・・・再びスーパーへ咲良と戻った良枝は大泣きする。何も知らない警備員たちや従業員たちはみんな背中をなぜてよかったですねぇと・・・。良枝はひたすら泣き続けるのだった。

イタい。どの物語もなんだか覚えがあるような、そんな気がする。
小学生時代、高校時代、学生時代、OL時代、新米ママ時代・・・・。
どれもどれも・・・もう取り戻せない時間。今となっては過去。でも痛みは覚えてる。そんな感じ。すごいなぁ辻村さん。確かこの物語がなんか大きな賞を取ったよねぇ?なんだかうなづける気がする。

文章もしっかりとでも透明感ある持ち味そのままで、やはりこの作家さんは大好きである。

「私にはもう何も、清潔なものもきれいなものも、あこがれていたものは二度と手に入らない気がする。何も選べない気がする。夢見る力は採納なのだ。夢を見るのは無条件に正しさを信じることができる者だけに許された特権だ。疑いなく正しさを信じること。その正しさを自分に強いることだ。それは水槽の中でしか生きられない、観賞魚のような生き方だ。だけどもう、私にはきれいな水を望むことができない。これから先に手に入れる水はきっと、どんな微量であっても泥を含んでいる気がした。息が詰まっても、私はそれを飲んで生きていくしか、ない。」(芹葉大学の夢と殺人)

↑こういうのが辻村さんぽい透明感ある文章なんだよな〜・・・なんとなく。

no.663
 

■ 島田雅彦
「英雄はそこにいる(集英社)」 評価:★★★★★
Date:2012.07.29
シャーマン探偵ナルコのシリーズ、かな。
ナルコレプシーという睡眠の病をもつナルヒコはシャーマンである。その能力で事件の解決に手を貸してきたこともある少年だ。

今回、既に迷宮入りした複数の殺人事件が、一見ばらばらに見えるが実は繋がっていることを見抜いたナルヒコと穴見刑事と八朔刑事が聞き込み捜査(ナルヒコはその人と接することで心の内や過去にあった出来事などを見抜く)をするうち、実に大きなアメリカのプロパガンダ的組織の野望という敵に辿り着いてしまう。
その刺客として名前が出たのが佐藤一郎。実に平凡な名前だが、身体能力も頭脳も美貌も非常に高く備わっており、しかしナルヒコはイチローの正義の優しさも見抜く。
イチローではなく、イチローを操っていた組織のボスこそ自分を万能の神と勘違いしている悪である。

英雄の資質を持ったイチロー。でも実の父に反旗をはっきり翻したことで、命を狙われることになる。

追っている穴見や八朔、ナルヒコたちもいつしかイチローの味方の気持ちに・・・。
稀有な存在であるイチローに惹かれて、ネット界でもいつのまにか英雄としてもてはやされる存在となっているイチロー。
殺させてはならない・・・。

しかしラスト付近、急展開の連続で、アクションシーンも手に汗握る。
ナルヒコはイチローを救えるか。黒組織は日本を食い漁ってしまうのか。
・・・何となくまだ続編もありそうだな、シャーマン探偵。そういうラストを迎え、何となく読者もイチローという英雄に惹かれていた自分を意識せずにはいられまい。

島田さんらしい左翼右翼など政治的な描写が、何となく懐かしい感じがした。島田さんっぽいというか・・・。
総じて面白かった。

「どんな英雄にも怪物にも、両親がいる。天才も凡人も等しく、一対の男女の情事の産物である。だがイチローはそうしたじょうしきの埒外で生まれた」

「蜘蛛たちは多種多様で節操がない。一番目立つのはウヨク蜘蛛で、中国や韓国が大きらいだ。安いナショナリズムに依存し、罵詈雑言を撒き散らすことで日常の鬱憤を晴らす。彼らが飛びつく愛国とは歪んだ自己愛の裏返しであり、傷ついた心を癒す清涼剤であり、かつ自分と同じ境遇にある貧しい同志たちと連帯する手段なのである。このウヨク蜘蛛は怒らせると怖い。ひとたび自分たちのヒーローを見つけたら一斉にその旗印のもとに集結する。
一番饒舌な蜘蛛はサヨク蜘蛛である。彼らはこの国の指導者や官僚、マスメディアに対して辛らつな意見を述べる。不正を追及し、時に内部からの告発をも行う。知性もあるので、ウヨク蜘蛛に煙たがられ忌み嫌われ、彼らの天敵のようにも見えるが、実は誰よりも国を憂えている。机上の空論を重ねすぎたので、彼ら自信それにうんざりしている。自ら行動を起こすにしてもデモに参加するくらいしかない。もし自分たちが納得できる未来を切り開くカリスマが現れたら援護するだろう。
本当に社会を変革しようと考えているのは、ハッカー蜘蛛である。彼らはいつでも警察や官庁、企業、マスメディアのシステムうに侵入し、必要な情報を盗み出しリークすることもできるし、ウィルスを送り込んでシステムを機能不全に陥らせることもできる。彼らはビジネス上の成功よりも自由と解放のために戦うことを選ぶ。プライドと技術はあり余るほどあるが、彼らに欠けているのは大義である。大義さえ得られれば、彼らはいつでも自発的にカリスマの参謀となるだろう」

↑つまり・・・佐藤一郎こそまさに、ウヨクに待ち望んだはヒーローであり、サヨクには待ち望んだカリスマであり、ハッカーたちには待ち望んだ大義でありえた、よって英雄となる条件は持っていて、なるべくして英雄として全国的に名が広まったわけだ・・・。

「英雄にふさわしい死に方などもとより存在しないが、数多くの敵を葬り、同じ数だけ人を救い、謀略に関わりつつも、おのが正義を貫き、大胆不敵に奇跡を実行してきた男も、最期は誰にも看取られることもなく静かに死んでいった。」

no.662
 

■ 浅田次郎
「降霊会の夜(朝日新聞出版)」 評価:★★★★★
Date:2012.07.25
主人公のもう老域にさしかかった男は高原の広い敷地を持つ家に住んでいる。ある夜、雷鳴の中、見知らぬ若い女性が広い庭に迷い込み雷におびえているのを助けると、その女が恩返しをしたいと言う。
この先の屋敷に住むミセス・ジョーンズという女性の元に行けば亡くなった人と会えるというのだ。

誘われるままにミセス・ジョーンズを訪ねて、交霊会に参加することになった主人公。
「心に会いたい人を思ってください。ただし、本人でなく違う霊が来てしまうこともあります。でもその霊も無関係ということはありません。」

そのとき思い浮かべていたのはキヨ。キヨと言う幼馴染。小学生の時のクラスメイト。転校生だった。嘘つきで貧しくて、父親はろくでなし。友達として遊んでやっていたのは主人公だけだった。
当たり屋。父親がお金欲しさにキヨをわざと車に突き飛ばし怪我をさせ、お金をもらう。二回その前科があり、キヨは死にかけたこともあるのだ。

そして・・・悲劇の三度目。ばらばらになって死んでしまったキヨ。
それを封印してしまっていた罪。

キヨの代わりに当時若かった町の巡査やキヨの父親、そして母親の霊が降りてきて語る。そして最後はキヨ。

何が間違いだったのだろう。ミセス・ジョーンズの言葉に果たして本当にみんな救われたのだろうか。
でも・・・みんな最後は一緒に・・・。

・・・主人公も少しだけ楽になったのを感じる。しかしミセス・ジョーンズはまだ続きがあるのでまた明日も来いと告げる。

主人公が若かりし日に一方的に別れを告げた恋人、百合子。最後「私、死ぬわ」と言った百合子。もう一度会えるだろうかと主人公が思い描くと・・・。

現れたのは大の仲良しだった女友達の真澄。そして同じ仲間だった梶という男。
真澄は若いときに事故死。梶は45歳で病死。
真澄が死ぬほど愛してくれていたこと、梶も真澄を愛していたのにずっと我慢して隠してきていたことなどを知り、それでも百合子と会いたい主人公は冷たい追い払い方をしてしまう。
冷たい人・・・。

真澄も梶も、百合子のその後を語るが、それもまた主人公を打ちのめすに十分な内容で救いがない。

かわいそうな真澄・・・かわいそうな梶・・・。
すべて百合子が現れたことで始まった悲劇・・・。いや、そうではなかろう。

百合子は大人で賢い女だった。だから惹かれてやまなかったのだ、だから怖くて別れたのだ。

交霊会を終えて主人公に何が残ったのだろう。懺悔は叶ったのか?

そしてミセス・ジョーンズの正体もわかったとき、本当に読者も主人公のようにかがみこみたくなる。途方にくれて。

幻想的で切ないベル・エポックな空気。
浅田さんらしい昭和のにおいがぷんぷんする。・・・私のツボだ。

「知ったことかよ。悪い時代を生き延びたなんてのは、うまくいったやつらのセリフさ。俺たちは生き延びたんじゃねえ。死に損ねたんだ。」(キヨの父)

「死なずに生きていたならば、きっと新しい恋をしてあなたへの思いは記憶の壁に塗りこめてしまっていたはずね。それがもっとも正しい方法だった。いえ、ほかの手段などないくらい、誰もが自然に選ぶ方法はそれよ。憎み、恨み、ときに祟るのは生きてる人。なぜならそれは肉体の存在を前提とする俗世の感情だから。霊魂に許されるのは誰にもぶつけようのない怒りや悲しみや、自責の念ばなりなの。そしてもうひとつ、愛する心。できることはそれだけ。恋をするどころか、おいしいものを食べることも着飾ることもできなくなった私は、あなたを愛し続けるだけ」(真澄)

「男は冷たくたっていい。恋にぬるいやつより、いくらか冷たいくらいでちょうどいいと思う。だが卑怯者はだめだ。いくらか卑怯者、でもだめだ。真澄の愛情まで疑ったお前は卑怯者だよ。話を聞き始めた時からもう逃げ腰だったじゃないか。俺は関係ないってずっと考えてた。」(梶)

no.661
 

■ 朝倉かすみ
「とうへんぼくで、ばかったれ(新潮社)」 評価:★★★★★
Date:2012.07.21
さらさら〜っと読めてしまうんだけど、なんだか深い感じが残る、朝倉さんの独特の筆致。

地味で存在感の薄い40代の男性。何故か一目ぼれして彼を追い北海道から東京へ上京してきた23歳の生娘。彼女はストーカー的に彼をこっそり調べて、努力実って?彼とつきあうところまでこぎつくのだが・・・。

ストーカーなんて聞けば、よほど思い込みばかり激しくてしつこい女だとドン引きしそうなものだが、なんていうのか、この吉田って子はなんとも単に単に一途であほなくらいまっすぐエノマタさんのことを好きで好きですべて犠牲にしてもいいくらい好きで・・・って具合で、なんだか途中からかわいく思えてくるから不思議だ。

エノマタさんもぼんやりして浮世離れしてて、リアルといえばリアルな中年男で、でもどこか吉田が惹かれるのもわかる生臭さのない仙人みたいな空気感がいいなぁとも思わせるのだが、まぁいかんせん、この年まで結婚もせずいるくらいなのだから、もう本当に女心もわからないし、なにより恋愛とかなんとか、いろいろ情熱が薄い。

熱い吉田と絶対的に温度が合わない。
だからどちらかというと、我慢して惚れ抜いた弱みで相手に合わせようとする吉田のほうが疲れてしまったんだろう。
いや、実はエノマタも吉田の熱さにいとしさと同時に疲労を感じもしたんだろう。

なんだろうなぁ、なんだかなぁ・・・恋ってこういう風に切ないんだったよなぁってそういう部分を胸きゅんと懐かしく思い出すような、そんな空気に満ち満ちた話なのですよ。

そういうのが淡々と語られてる文章ってのかな、そこがまたいい。

「キスを仕掛けたのも密室で二人きりの状況を作ったのもわたしである。同衾までわたし主導になったら三連敗だ。わたしばっかりエノマタさんを欲しがってるみたいではないか。お願いだからわたしにそんな真似はさせないでくれ、とエノマタさんに頼みたい気持ちでいっぱいになった。空気読んでくれ。ていうか、いいかげん読めよ、空気。読めない振りはたくさんだ。それとも本気で読めないのか、空気」

「(弟の生まれたばかりの子供の)太郎は可愛いと思うが、ささやかなしあわせという言い回しがどうにも気に入らない質は変わってない。そこに落ち着くのがいちばんいいことくらい分かってる。だが、辿り着くまでにもうひとあばれしたっていいではないか。勝ち目のない勝負だからといって負けたときのことしか考えないのは弱虫だ。弱虫は毛虫といっしょに挟んで捨てるものである」

以上が吉田のモノローグ部分だ。なんとも若さを感じる、実は非常に不器用で正直な女の子ではないか。

「吉田さんの気持ちを真正面から受け止める気力のようなものがわたしには足りなかった。吉田さんとわたしでは気力の絶対量からしてちがっていたように思う。その上、吉田さんはなにかとスピーディだった。ちょっとついていけない、とたじろぐことがしばしばあった。わたしは吉田さんの一意専心というか、わたしにたいする集中力をときどきはうれしく思い、ときどきはなぜわたしなのか、と怪しんだ。ごくたまにだが、ほんとうにわたしで間違いないのかと確認したいような不安が胸をよぎった」

「金瓜みたいなにおいだった女の子が、いつのまにか最後の夜に彼女が話したエンデルトランペットによく似たにおいを立たせるようになっていた。麝香のにおいである。かなわないな、と思ったものだ。なにに、どうかなわないのかはわからないのだが」

以上がエノマタさんのモノローグ。

これがジェネレーションギャップの切なさというのだろうかな・・・。

ちょっと毛色の変わった恋愛小説って感じで、新鮮な胸きゅんを味わいたい人は是非って感じだ。

no.660
 

■ 朝倉かすみ
「とうへんぼくで、ばかったれ(新潮社)」 評価:★★★★★
Date:2012.07.21
さらさら〜っと読めてしまうんだけど、なんだか深い感じが残る、朝倉さんの独特の筆致。

地味で存在感の薄い40代の男性。何故か一目ぼれして彼を追い北海道から東京へ上京してきた23歳の生娘。彼女はストーカー的に彼をこっそり調べて、努力実って?彼とつきあうところまでこぎつくのだが・・・。

ストーカーなんて聞けば、よほど思い込みばかり激しくてしつこい女だとドン引きしそうなものだが、なんていうのか、この吉田って子はなんとも単に単に一途であほなくらいまっすぐエノマタさんのことを好きで好きですべて犠牲にしてもいいくらい好きで・・・って具合で、なんだか途中からかわいく思えてくるから不思議だ。

エノマタさんもぼんやりして浮世離れしてて、リアルといえばリアルな中年男で、でもどこか吉田が惹かれるのもわかる生臭さのない仙人みたいな空気感がいいなぁとも思わせるのだが、まぁいかんせん、この年まで結婚もせずいるくらいなのだから、もう本当に女心もわからないし、なにより恋愛とかなんとか、いろいろ情熱が薄い。

熱い吉田と絶対的に温度が合わない。
だからどちらかというと、我慢して惚れ抜いた弱みで相手に合わせようとする吉田のほうが疲れてしまったんだろう。
いや、実はエノマタも吉田の熱さにいとしさと同時に疲労を感じもしたんだろう。

なんだろうなぁ、なんだかなぁ・・・恋ってこういう風に切ないんだったよなぁってそういう部分を胸きゅんと懐かしく思い出すような、そんな空気に満ち満ちた話なのですよ。

そういうのが淡々と語られてる文章ってのかな、そこがまたいい。

「キスを仕掛けたのも密室で二人きりの状況を作ったのもわたしである。同衾までわたし主導になったら三連敗だ。わたしばっかりエノマタさんを欲しがってるみたいではないか。お願いだからわたしにそんな真似はさせないでくれ、とエノマタさんに頼みたい気持ちでいっぱいになった。空気読んでくれ。ていうか、いいかげん読めよ、空気。読めない振りはたくさんだ。それとも本気で読めないのか、空気」

「(弟の生まれたばかりの子供の)太郎は可愛いと思うが、ささやかなしあわせ

no.659
 

■ 伊坂幸太郎
「PK(講談社)」 評価:★★★★★
Date:2012.07.19
なんだろう、何となく好きと思わせる伊坂さんワールド。その感じ。
PKってのはもちろんサッカーのペナルティキックのことなんだけど、なんというのkな・・・時系列とか目線人物の転換とかがわざとばらばらにしてあって読み進めていくうちにパズルのピースが合わさってすべての意味がわかり見通せて、あ!と腑に落ちる感覚。この伊坂さん独特の持っていき方は健在でやはり読ませる。面白い。

「風が吹くと桶屋が儲かる」ってことわざをふと思い出すような(笑)展開で進んでいく。でもタイムパラドックスのくだりなど、ちょっと斬新で面白かったな。
たった一匹のごきぶりの介入でこんだけ歴史?というか、いろいろ変わるもの・・・なんだろうな。やっぱり。

ちょっと簡単に一言では説明できないあらすじですが、作家先生と大臣と秘書と幼い頃命を救われた青年とサッカー選手と・・・。ううん、こんな具合にすべてが繋がっているんだなぁと。どれも欠けてはならない要素で、というかどれが欠けても歴史は狂うというか。案外私たちも知らずにいるだけでこんな偶然のような必然?の渦に巻き込まれ巻き込まれ生きてるのかもしれないぞ、と。

やはり伊坂さん作品は必ず読みたいなぁと結論づいた。大好き!

「この国は今こそ好景気だけれどそれは一時的なものなんだ。ボールを投げたら放物線を描いて落ちてくるだろう。まさにその落下の運動を僕たちは生きていくことになる。地面に着地する直前まで僕たち国民は落ちたとはわからない。政治家にしたところで、今は落下してる途中ではないと現実から芽を逸らそうとするだろう。残念だけれど、ボールが再び高く上がるためには、バウンドしなくちゃ無理だ。一度、地面に落ちてからじゃないと上がらない」

「臆病は伝染する。そして勇気も伝染する」

「経済が発達して世の中が豊かになればなるほど破滅は近づいてくるんだ。昔はたぶん洗濯機なんてなかったんだから服を洗って乾かすだけで一日がかりだったのかもしれない。それが今や洗濯機と乾燥機だ。服をごしごしやっていた時間がごっそり空く。日々の生活に余暇が生まれる。そうなりゃ余計なことを考える時間が増えるんだ。どうして自分が生まれてきて死ななきゃならねえのかとかな、考えてもしょうがないことを考えちまう。自分の存在価値を求めちまう。すると他人と自分を比較するようになる。そうすりゃあとは自己顕示欲、虚栄心、嫉妬心そんなものばかりが増えてくる。競争社会には二種類あるんだ。ひとつは全員が努力して競い合う健全な競争だ。でも多くはそうじゃない。相手を転ばして楽して勝とうっていう消極的な競い合いだ。そうなればお互いがミスを恐れて縮こまる。冷笑社会!まさにそれだ」

「恐竜の社会は一億年も続いたらしいじゃねぇかおっさん、そうだろ?昆虫もそうだ。たぶんな、あいつらは毎日生きるためにやることがたくさんあって、余計なことを考える時間がなかったんだ。ティラノサウルスがな、ほかのティラノサウルスを見てあいつよりも素敵な一生を、誰にも羨まれる一生を送りたいな、なんて思う暇はなかったと思うんだよな、だろ?だから繁栄し続けられたんじゃねぇか。ゴキブリは三億年前からいるんだろ。あれもまた、洗濯機とは無縁だ」

no.658
 

■ 柚木麻子
「けむたい後輩(幻冬舎)」 評価:★★★★★
Date:2012.07.11
ああ、なんだろう。読後の切なさは。胸の痛さは。

栞子は14歳の時「けむり」という詩集を出した。まだ中学生なのに年上の蓮見という大学教授と恋愛していてそのことを書いた詩がそのままタイトルとなった。当時は若さもあり学校中センセーショナルで、孤立する大人びた印象とともに大勢にもてはやされた。今、そのままエスカレーター式に大学生に。あれ以来詩など書いてない。蓮見との恋愛は続いてるけど、ほんとそれだけ。誰も美しくもない変わり者の栞子なんて相手にもしない。
ところがそんな中、突然栞子の前に現れた真実子というひとつ年下の大学の後輩・・・。入院生活が長かったせいか青白く子供っぽくやたらと無邪気で、そしてものすごく「けむり」のファンだったのだ。その作者である栞子を潤んだ瞳で追いかけてくる。真実子の幼馴染の美里は、体の弱い真実子を振り回す栞子が気に食わない。女好きの蓮見教授は真実子の連れてきた美里にラブレターを送ったりする。そのたび栞子は傷つく。そしてかっこつけてそのことを隠す。平気なふりをする・・・。のに、真実子が何故慰めてくるか・・・自分より格下のがきっぽい子。でも本気で泣いて心配して振り払っても振り払っても寄ってくる・・・。好意むき出しにして。
戸惑いながら、疎ましいはずなのに真実子といつも一緒にいる栞子。

蓮見とダメになったときも、そのあとの伊佐夫くんと仲良くなって、でもダメになったときも・・・いつもいつも傍で捨て身で心配した真実子。栞子は結構意地悪な仕打ちや酷い仕打ちで打ちのめしたりしてもめげない。美里はそれが理解できない・・・。

そんな流れがメインで書かれている。真実子。男の傍でしか居場所を紡げない栞子。やっと見つけた男は確かにろくでもないかもしれないけど、でも離れられない。この時間を満喫してる・・・のに、いつも真実子が壊す。真実子が連れてくるアナウンサー志望の美女、美里と共に。いつもいつもいつも・・・・。

最後決定的に突き放し、友情は終わった・・・真実子は泣きながら美里に言う。
「一目ぼれだったの。栞子さんを守れるのは、私だけって思っちゃったんだ」
そう、真実子は本気でこんな最低女の栞子に恋してたんだな・・・。ピュアな心で。
最低だってうすうす気づいてわかってたけど(真実子は文才もあるし、あらゆる才能があるし、頭がいい子だから)でも好きだった。なのに栞子は男じゃないとダメだと。真実子より上の立場でいるつもりでいて、だから・・・突き放した。決定的に。

真実子は脚本家として大成功して人気者、美里も地方局のアナウンサーとなり一番人気を誇る。そのうち東京進出してくるだろう・・・。あれから3年。
栞子と真実子の再会。
「先輩〜懐かしいですよぉ、メールくださって本当にうれしかったですぅ」
と笑う真実子は美しく大人になっていたが、なんだかその雰囲気が昔のまんまで、栞子はまた言ってはならないことを言う。
栞子だけが全く成長してないのだ。イタい。
真実子が突然表情をなくし、辛らつな言葉を次々投げつけてくる。
そして気づくのだ、栞子は。

蓮見でも伊佐夫でも黒木でもなく・・・。
男ではなく。
いつも自分の人生で確かだったのは真実子だ。真実子だけには・・・嫌われたくない。失いたくない。

ラスト、真実子は今まで遠慮して我慢していたセリフを微笑みながらきっぱり栞子に告げる
「先輩・・・・煙草消してもらえませんか?」

そこで終わるので、このあと二人の関係が本当に終わってしまったのか、どこかまだ希望があるのか、栞子が変われるのか、わからないのだけど・・・・。

なんだか切ない。最後の最後の最後に。真実子の反撃がある描写が。リアルだなと思った。

自分だけが成長してない。真実子はそこまで進んで行ってしまった。そんな思い。私は栞子ほど極端じゃないけど、どこか似てる気もして。自分を好きだと慕ってくる子。私の言うことなら無条件で信じて素直に従おうとする子。でもいつのまに勝手に成長してこちらのつたなさを見抜き軽蔑されるようになる・・・ようなこの感じ。
知ってる気がする。だからいたかったんだろう。

うざいけど愛おしい。むかつくけど大好き。屈折した栞子と、愛憎をまんまエネルギッシュに出せる真実子。

あ〜・・・どうか真実子、見捨てないでやって、栞子を。そう願ってやまない。ほんとは小さくて卑怯で卑屈で・・・どうしようもない栞子を、どうか見放さないでやって・・・。

ちょっと胸に残ってしばらく読後放心状態になった一冊。

no.657
 

■ 貫井徳郎
「新月譚(文芸春秋)」 評価:★★★★★
Date:2012.07.11
49歳という若さで絶筆宣言したまま隠遁した美貌のミステリアスな女性作家、咲良怜花。現在は57歳である怜花にもう一度執筆依頼しようと若き編集者、渡辺敏明は怜花の自宅訪問する。いまだ30代で通る若さと美しさを失わない怜花。渡辺敏明は彼女の作品が初期の頃と比べ、ある時期から作風ががらっと変わったことを指摘する。怜花は敏明の情熱にほだされたのか、この世でまだ誰にも語った事ないという自分の過去を語り始める・・・・。

一言で言って壮絶!咲良怜花の本名は本当は後藤和子という。美しくもなく平凡な、読書好きな地味な女。木之内徹という小さな貿易会社の社長に面接の時気にいられて入社した、それが運命の出会いと気づかずに。そうそこからすべて始まったのだ。本当の意味での人生。
和子は徹に愛された。だから和子も徹を愛した。彼のためなら何でもできる。何でも応えたい。それが原動力。でも木之内は一人の女で満足できる男ではなかった。和子の前は美しいだけで頭すかすかな女だったらしい。和子はその女とある意味対象的だったわけだ。でも・・・木之内は和子の同級生だったそこそこ華やかで美しい季子と結婚することになった。和子は勝てなかった・・・・和子は整形で顔を全く変えた。驚くほどの美貌。そしてたまたま投稿した小説が新人賞を取る。
そしてまた木之内と交際が始まった・・・今度は明らかに愛人の立場で自分こそ浮気の相手。でもよかった。木之内のくれたペンネーム、怜花を名乗り、どんどん有名になってゆくがそれが美貌の作家という話題性と、過去を語らないミステリアスさゆえだとわかっていた。でもどうしても殻が破れない。作風の脱皮ができない・・・
それでも有名になってゆく怜花。一人歩きしてゆくように和子と別の怜花という女の作家人生は進んでゆく。木之内との逢瀬は続けながら。

転機はある日突然訪れた。木之内が再婚するという。事業経営者の若い女性。自分の会社と合併すると資金が下りて会社をつぶさなくていいと言う。そこからだ。怜花の中のいいようのない黒く空虚な怒り。どろどろした醜いもの。それらが作品にぶつけられ反映され、優等生な作品から一気に実力派の作家へと駆け昇り始めたのは。有名な賞もいくつか取ってしまうほどに。それほどに迫力に満ちた凄惨とさえ言える小説。

そしてまた木之内との再会。子供ができた木之内。そして子供は体が弱いと心配している・・・普通の男。普通の父親に成り果てている。自分は印税が入りあまりあるお金や繰り返す整形で富みも名誉も美貌も手にしている・・・。
でも木之内に認められるため、つなぎとめておくため小説は書く。それが原動力であり、矜持。

しかし・・・・。最後、木之内のみじめな姿を見て、怜花は完全な敗北を知った。ああ、私は木之内の娘に完敗したのだ。徹底的に。もう終わりだ。何もなくなった・・・もうかけない・・・それで絶筆したのだ。それから数日後に事故死した怜花。かつて和子を知る人は、誰も気づかず葬式に来なかった。

敏明は更にそれから年を経て、怜花、すなわち和子の人生を本にすることを決意していた・・・。

そんなストーリーかな。小説家にあこがれたことはあるけど、ああ、こんな感じなのかな、裏では。実情は。そう感じるところがリアルだったりもしたし、生き様としてある意味ほんとに一途にたった一人のために人生をすべて捧げた女というあたりも、私には理解も真似もできいないが、すさまじいと感じる怖さがあった。

分厚いけど止められない。木之内みたいな男は私はきらいだが、でもどこか惹かれる気持ちもわかってしまう感じ。私もかつては外見じゃなく、中身で判断して褒めて愛してくれる人が欲しかった気がするから。

一読の価値あり。

「これは飽くまで門外漢の想像だけど、小説家をやっていたら常の自分の実力に疑いを抱くのはむしろ自然なんじゃないかな。そうじゃなけりゃ進歩できないだろ。自分の書いてるものが一番と思ってる人の作品にも、その自信が生み出す面白さはあるだろうけど、少なくともぼくはあまり興味がない。対人関係と同じで、完璧な人間は付き合ってもつまらないよ、少し隙があるくらいの法が人をひきつけると思うな」

「いい小説ってどうやったら書けるんだろうな。世界が狭くちゃダメだってことはわかってるんだけど、じゃあ広ければいいのかっていうと違うだろ。それだったら人生の酸いも甘いも噛み分けたようなじいさんこそ、一番いい諸説を書ける人ってことになるじゃん。ぼくらみたいな若い小説家は必要ないってことになっちゃう。でもそうじゃないんだよ。なんというか、小説の芯の部分に手を届かせるには、経験とは違う何かが必要なんじゃないかと思うんだ。」

「そうか、今日は新月なのか。星はいくつも瞬いているものの、夜空を照らす月の姿はない。どこかに行ってしまったわけではなく、確かにそこにあるはずなのに、見えない月。まるでわたしのようだと思った。咲良怜かは大きな賞の候補にもなり、注目を浴びているかもしれない。だが本当のわたしである後藤和子は、もう誰の目にも見えない。」

no.656
 

■ 東野圭吾
「マスカレード・ホテル(集英社)」 評価:☆★★★★
Date:2012.07.08
3件の連続殺人事件。その殺人現場に残された謎の数字のメッセージは次の犯行場所を指し示していた。第4の殺人現場に予告されていたのはホテル・コルテシア東京・・・・老舗の一流ホテルだった。張りこむ警備役に複数の刑事たちがホテルの従業員になりすまして潜入。フロントクラークの教育係、尚美はフロントに送り込まれた新田という刑事のホテルマンらしからぬ振る舞いにやきもきし、徹底的に教育し始め、新田とぶつかるのだったが・・・。

そもそも本当にホテルで殺人があるのか、あるとしていつなのか、犯人は誰なのかもわからない。いや、既に起きている3つの事件それぞれに容疑者はいるのだが、アリバイがあったりその連続殺人の被害者に対する関係性などがわからないため、つまりは証拠など不十分なため拘束すらできない。

そしてホテルにはいろんな客が来る。ゆえにひとくせある客すべてが怪しくも見える。そんな中、尚美は新田に、新田は尚美に、お互い、アクシデントへの対処の中に尊敬を見出し、徐々に信頼関係を深めてゆくのだが・・・。

東野さんらしく、はじめから伏線が張られまくり、途中途中ホテルに起こるアクシデントすら、計算されており、最後にどの出来事が本当の事件に深く関わっていたかを思い知らされて驚愕する・・・という作りは、さすがに見事であるが・・・。
その計算が今回どうも、私には何となく読めてしまった感があるのだけが残念だった。

ただ、東野さんはキャラの立て方がすごいうまいので、新田も尚美も能勢も非常に魅力的で、だから本筋と別にぐいぐいひきつけられて、またホテル業務の裏側というか、従業員心得というか、矜持というか・・・そういったことも読んでいて興味深く勉強になるのも面白かった。

トリックとしてはなんとも・・・(笑)いや、意外性はないが、逆にそこが意外性なのかな・・・。交換殺人の目くらましとか、何となく何とな〜く、新鮮味がなくていつもの東野さん作品ほど「おおっ」とならなかったのが星が4つにした理由です。

でも、じゃあいまいちだったのかっていうとぜんぜんそうではなく、あのひきつけられ方は半端じゃない、もう面白くて一体、ほん星は誰なのか?って気になって読むのが止められないんです、ここら辺の魅力は見事です。さすがです。相変わらずです!!

だから読んで全く損はなく、東野さんファンなら絶対読むべきだけど、東野さんをよく知らなくて初めて東野作品を手に取るのでしたらもっと別のをオススメしたいって感じかな。

「でも改めて思いますが、ホテルというところは本当にいろいろな人間が来るものですね。誰もが腹に一物あるように感じられます」
「昔、先輩からこんなふうに教わりました。ホテルに来る人々は、お客様という仮面を被っている、そのことを絶対に忘れてはならない、と」
「ははぁ、仮面ですか」
「ホテルマンはお客様の素顔を想像しつつも、その仮面を尊重しなければなりません。決して、剥がそうと思ってはなりません。ある意味お客様は、仮面舞踏会を楽しむためにホテルに来ておられるのですから」

no.655
 

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