*Book review

■ 朱川湊人
「銀河に口笛(朝日新聞出版)」 評価:★★★★★
Date:2012.05.12
ファンタジーというかSFというか子供時代の懐かしい思い出というか昭和時代のレトロな描写・・・。
そのどれもに当てはまる不思議な物語。主人公は今、40代後半くらい?もう普通のサラリーマン、普通の夫で父で、ごくふつうの人生を歩む男だ。

でもかつて・・・小学校時代。仲間だったやつらのこと・・・、特にリンダというニックネームだったそいつを思い出すときの気持ちは・・・。

美少年・・・不思議な出会い・・・少年探偵団のウルトラマリン隊にいたエムイチ、ムー坊、ニシ、モッチ、ミハル・・・そしてリンダ。どんな事件も解決しちゃえたのはリンダがなんだか不思議な力を使っていたからだと、モッチこと主人公の僕だけは気づいていた。小学生が解決できるなんてたかが知れてるはずなのに、いつも土壇場で変なことがあったりして解決しちゃうんだ。不思議な道具を使ってたり、超能力みたいなことをしてたり・・・人の記憶も操っているようだったし・・・。は宇宙から来たからって言ってたけど、それがギャグじゃないってことを僕だけは知っていたんだよ。

そう、そして突然去ってしまったリンダ。その去り方も考えてみれば出会いのように突然過ぎて不思議だった。
しかもね、口笛の音だけ残して姿を消した・・・なんてリンダらしいかっこよさ。

今思い出しても僕(モッチ)はあれは夢とか少年時代の遠い思い出と願望が入り混じった妄想なのかなぁなんて思うこともあることはあるけど、いや、違うやっぱりリンダは宇宙から来た人で、今でもどこかにいるんだよなぁと、そう思えるのだ。

リンダは別れの間際にこう言ってたね。
「こんな風に冬でも緑がある星なんて、本当に珍しいんだぜ。もっと言えば、冬があって春があって夏があって秋があって・・・季節のある星そのものが、とっても少ないんだ。だからここに生まれたのはラッキーだって思わないとな」

だからモッチは成長して思う。
「僕が今も信じている通り、もし君が本当にこの星の人間でなかったのだとしたら、あの頃の君は僕ら地求人をどんな風に思っていたんだろう。まだ宇宙を自由に旅行できるような科学力もなく、百年程度の寿命しか持たず、同じ星の人間同士でさえ仲良くできないでいる地求人は、君の目から見れば幼稚で、まだまだ修行の足りない生き物に見えていたかもしれないね。」

子供向けとも大人向けとも取れる素敵なファンタジーだった。読後感もほろ苦い感じでよかった。

no.642
 

■ 西村健
「地の底のヤマ(講談社)」 評価:★★★★★
Date:2012.05.07
分厚い!ものすごい読み応え。でもそれだけのことはある・・・。
読後どっぷり浸かってしまった九州の言葉(笑)。そして・・・猿渡鉄男という男の人生。

これは舞台が北九州の大牟田という炭鉱の町。その昔、炭鉱で栄えた港町。
そしてこの長い長い物語は昭和49年から現在まで続くのである。

猿渡鉄男は父が伝説の警察官だった。でも鉄男が12歳の時、何者かに刺殺され、犯人はわからぬまま迷宮入り。というのも同時に鉄男の父が殺された頃、炭鉱がガス爆発して大勢亡くなるという悲惨な事故が起きたため、捜査もそれどころじゃない状態で手が回らなかったというのもある。

鉄男には幼馴染ともいうべき、長いつきあいの仲間がいる。やくざまがいの危ない仕事をしている破天荒な白川、大牟田という田舎から出た秀才天才二人、東大から官僚に進んだイチゾノと菅。そして父の跡を継ぐかのように警官になった鉄男。道はばらばらだが、彼らは今でも続いてる。
そうだ、「あの」過去がある限り。絶対に離れることができるわけがない・・・。

そう、それは鉄男を今でも苦しめる暗い過去。罪。でもその罪の元には確かな友情があった・・・。白川は言ったのだ。「イチゾノや菅はこんなところでつぶれていい人材じゃない、必ず大物になる存在で、この大牟田の希望なんだから。だからこのことは絶対秘密だ、誰にも知られるな」と。

鉄男はいつでも父の存在にいまでも助けられ、そしてその大きさの重さにもがきながら、少しづつ人生を進めていく。正義を求めて。

で、最後。いよいよ現在。鉄男ももうじき還暦。結婚して子供も生まれたのに失い・・・伯父、姉がいる大牟田に結局いるのだ。

さあ、ここから今までの人生で得てきたものがカチカチっと嵌り始める。面白い・・・。そう、父の死。いまさらではあるが、父を殺した犯人は一体誰か・・・核心に近づいていく・・・。
そして・・・真犯人は・・・・。

壮大はミステリーだ。大牟田の歴史の流れも全身で感じる。
ああ・・・壮大だ。鉄男と共に歳を経た気分に浸り、犯人がわかったときの驚愕も大きい。はじめの方で鉄男の姉が繰り返していた言葉の意味を布石だったと知る瞬間にその見事さに舌を巻く。

最後、菅にたいして鉄男がはじめて強く出たとき、本当の優しさと強さってものを感じて一番胸が熱くなった。正義。鉄男は全うしてる。父を超えているのではないかなと。

「白川はもうすぐ刑務所に落ちる。打たれた刑期は全うさせる。もしその間に何かあったら、俺はお前ば絶対許さん。お前がなんば考えよるかわからん俺て思うとっとか。ばってん、させん。絶対に許さん。白川には指一本触れさせんぞ。もし刑期中、あいつにもしものことのあったらお前の仕業てみなす。お前の過去ば洗いざらいぶちまけちゃる。R資金で煮え湯ば飲まされたお前の反対勢力には願ってもない情報やろぅな。できるものかて思うとっとか。そうかな。俺は身の破滅なんざ屁でもなかぞ。失うものやら何も残っとらんけんな。いくらでもぶちまけちゃるよ。ばってん失うもんだらけのお前にゃ少々困ることになるっちゃなかか。それがイヤなら俺らのことは放っとけ。白川にも、イチゾノにも。一切近づくな。そしたらお前のことも放っておいちゃる。好きなだけ政治の世界で生き延びたらよか。それとも何か。用心のために俺も手にかけるか。ヤクザの伝手でも使ぅて、俺ば殺させるか。それもよかろう。待っとくぞ。もっともお前にそん度胸あるならばってんなぁ?あぁ?」

最後の一文はこうである。

「生きている。猿渡鉄男は強く感じた。生かされているのだ、俺は。」

no.641
 

■ 原田マハ
「楽園のカンヴァス(新潮社)」 評価:★★★★★
Date:2012.04.23
これは絵画を巡るミステリー。そういうジャンルは初めてだったし、美術界に明るくもない私であったが、本当にひきこまれてあっというまに読めてしまった。その上、たいして興味もなかったアンリ・ルソーという画家にすっかり魅せられてしまった。

1983年。ティムと織絵はまだ若かった。ある大富豪に呼び出された二人は同じ依頼を受ける。二人が愛してやまないアンリ・ルソー。そのルソーのある名作のタッチや構図がほぼ同じの絵画、これの真贋を見極めてくれというものだ。勝者にはこの絵の権利を与えるという。ただし、期限は7日。ヒントは謎の古書・・・。

ピカソとルソー。二人の天才画家の秘密。もし本当ならこの絵画の価値ははかりしれない・・・。しかし、そもそもこのルソーの幻の絵は本物なのか偽者なのか・・・。

読みながら読者もどきどきする。依頼してきた者たちもみな何かあやしげ。そして古書も驚きの秘密に満ちていて、真実かどうか確証はないといえばない。
ティムは織絵に惹かれ、7日の間に親しくなっていくが、織絵にも秘密があった・・・。ティムの秘密もいつばれるかスリリングなのだが・・・。

古書だったり、ティムの薀蓄だったり、折絵の熱い語りだったり・・・。それらがものすごく芸術に関しての本格的な知識の豊富さにこちらまで美術館のキュレーターになれちゃうんじゃないかなんて錯覚するくらい勉強にもなっちゃう。(笑)
それもそのはず、作者が実際に美術館勤務をしていた経歴があるのだ。だからリアルな描写や知識が盛り込めるんだなぁ・・・。

ラストもとてもよい。登場人物、誰も傷つかない結果なのがとても心地よいのだ。
ルソーも・・・きっと満ち足りた人生だったんだろうな・・・。

うーん、これは期待以上の面白さだった。
あっというまに読めてしまった。

no.640
 

■ 喜多由布子
「隣人(講談社)」 評価:☆★★★★
Date:2012.04.17
いやはや。いわゆる「女のイヤ汁」系たっぷりで、読んでてきつかった。
なんというか、今までこんなこと初めてだったんだけど、「もう読むのいやだ、早く早く読み終わりたい」と思いながら読むのに、実際読むのを止められずどんどんページを繰って読み進めてしまうってな具合。

ほんっっっとーーーーーに、女のイヤ汁まみれになるので、もうもう読むのが本当につらかった(笑)。

操という美しい完璧な女性が北海道に引っ越してきて、これがいやみなほど理想を具現化したみたいな女なんだよね、才色兼備で仕事もできて美人で、そのくせ優しい理解ある旦那さまに恵まれ頭のよいかわいい息子までいて、でも旦那さまに尽くすよい妻で・・・・。とどめ、人の悪口いわないし。
で、北海道の引っ越してきた同じマンションに住む主婦、咲月と出会ってしまうわけなんだけど、咲月を中心とした主婦のどろどろした地獄のようなコミュニティに巻き込まれてしまう操なわけだ。ついでに優しい夫の光一郎までも、咲月の毒牙にかかってしまうわけだからなんとも悲惨。

読者はもう初めから咲月の毒々しい演技くさいいやらしさにすぐ気づくわけなんだが、まんまと騙されてはまっていく操や光一郎の人のよさというか育ちのよさというか・・・にはがゆさマックスに。
で、もう見えてるように転がり落ちていく操に光一郎、特に光一郎の姿を見てらんない!ってな気分にさせられて、咲月のまがまがしいおぞましさにうんざりしてしまうわけですよ、なにやってんの光一郎、操のほうが何百倍もいい女だろうが!!ってなもんで(ネタバレ?)。

まぁ・・・もう、恐れている通りにきちんと堕ちていってくれるわけですが(操たちが)まぁ桜になぞらえて、それでもなんか希望を感じなくもないラストに救われるってな感じ?
たったの一年、季節が変わる間に簡単に崩壊。完璧に無敵に見える家族ってのも、ほんのちょっとの隙があったりするわけで、そこにうまく悪魔が入るとかくももろいのかしらって思わされる。

まぁ最後にはきちんと咲月の本性というか正体がばれるってな感じで、そこはいいとしてもそれを手紙一通で・・・ってのがちょっとお手軽過ぎないだろうか、なんて思いつつ・・・。

とにかくなんだか新しい土地でマンションに住むの怖くなっちゃうかもしれない、近所づきあいが不安になっちゃうかもしれない、不穏なパワー、まさに女のイヤ汁たっぷりの一冊でありました。

ナンセンスとは思えど、こんな咲月みたいな女、探せばまじで実在しそうです。こわっ!

no.639
 

■ 加納朋子
「モノレールねこ(文芸春秋)」 評価:★★★★★
Date:2012.04.14
加納さんの作品はやはり読みやすい上にどこかほの暖かくて・・・いい。
これは短編集だ。だからそれぞれカラーが微妙にちがう作品集となるわけだが、共通して・・・読後感がすがすがしくてほっこりさせられる。

「モノレールねこ」は猫が主人公なのかなぁなんて思ったが・・・またちょっと違うんだなぁ。ねこでてくるけど。とびきり不細工なデブ猫。でもこの猫がすごい鍵となるというか架け橋になるというか・・・。ちょっといい将来を感じさせる恋愛ものだったりする。
「セイタイム・ネクストイヤー」は特に一番好きだった。子供を亡くした母の悲しみ。そして・・・その子供との思い出があるホテルの従業員の・・・仕掛けた秘密。これは不覚にも本気で泣いた。すごくすごくすごく・・・よかった。短編なのにもっともっと読んでいたかった、なんて思わされたもん。
「ポトスの樹」もちょっとダメおやじの最後に明かされる本音、みたいな、真相、みたいなものにちょっとほろりと。
「バルタン最期の日」もね、単なるふつーのザリガニ目線のストーリーなんだけど、ザリガニが本当にこんな風にいろいろ考えたりして物事見ててくれたらなぁなんて、十年くらい前にザリガニ飼ってたことのある私はじんわり来てしまった。

他にもそれぞれ全部いい。「パズルの中の犬」「マイ・フーリッシュ・アンクル」「シンデレラのお城」「ちょうちょう」などあるわけで。でも上記が特に私は好きだったなぁというわけで詳しく書いてみた。

「ポトスの樹」でのクソおやじとのセリフが結構響いて好きだったりした。

「世間の親御さんてなー、立派だよなぁ。難病のわが子のために、自分の臓器をやっちまったり、それこそ子供のためなら両目だって心臓だってあげられます、なんていっちゃったりしてさ。やだよ、俺。自分の子供にそんな重たいもんしょわせてさ、人のために命捨てるなんてナンセンスだよ。たとえそれが血のつながったわが子でもよ。俺はお前のために死んだりなんかしない」
「・・・・いいよそれで。」わかったから。腑に落ちたから。俺のせいで親父が死んだんだなんて一生自分を責め続ける羽目になったとしたら。俺の親父は立派な人だったなんてとんでもない勘違いをし続ける、そんな人生も悪くなかったかもしれない。しかしそれでも。こんなロクデナシの親父だろうが、俺を護って死んでほしくはない。そんな風に死んでなんか欲しくないのだ・・・絶対に。
「心臓だってやらん、一個しかないからな」
「いらねーよ、そんな毛の生えた心臓」
「目ん玉だってやらん、写真撮れなくなるし」
「いらねーって。そんな濁りきった目ん玉なんて」
「命やらねー。だって一個しかねえもん。うちの家系、なんか男が早死にだからさー。俺は意地でも長生きしてやろうと思って」
「必死こいて頑張らなくても大丈夫だよ。親父みてーな悩みのない馬鹿はあの人いつまで生きてるのかしらっていわれるくらい長生きするもんだから」
「そのつもりだよ」

no.638
 

■ 西加奈子
「地下の鳩(文芸春秋)」 評価:★★★★★
Date:2012.04.01
大阪の裏社会を生きる男女三人の人生模様を描いたちょっと苦しい切なさの小説。

暗い目を持つキャバレー呼び込み。若い頃はイケていたが、今もそうだと思い込みたい40歳。空虚な気持ちを隠すように意気がる癖がある吉田という男。
左右の目の印象が全く違う素人くさいチーママ。小さい頃から周りが期待する役割を演じてきたためいつも自分の本当の気持ちがわからない29歳のみさを。
繁華街の角に立つ名物のオカマバーのママ。一目で相手の欲求を察知する能力と話術で店の人気をあげてきたが、それは容赦ないいじめを受けた子供時代の生き抜く術で得たものだったミミィ、44歳。

とにかく、波乱万丈、はらはらするほど先が見えない不安定さ、それが彼ら3人に共通する人生だ。でもあがいて一生懸命幸せを求めている感じが、愛おしく切ない。その希望は果てしなく遠く感じるがゆえに。

吉田がみさをに惹かれて、みさをも結局吉田の存在が大きくなって、でも二人は決して恋人にはなれないだろうって感じが、またどうにも切ない。肉体関係じゃ埋められない。同棲でも埋まらない。でもどうしたら埋まるのかわかってないのだから。
ミミィもあっけらかんと下品なジョークを飛ばして客を盛り上げるけど、心の空洞にいまだ子供時代の悪夢を繰り返し見るのだから。

そう、三人ともなにがしか自分に嘘をついて生きてる。そこが共通点なのかもしれない。それがゆえに空虚。自分のことすらしっかりつかめた感じがしないのだ。

でも気づいていく。嘘じゃない。きちんと生きてきた。そして今生きてる。嘘じゃない。これが本当だ。本当の自分。

気づいたところでなにも人生は好転しないのだけど。それでも気づいた。だから進める。そんな感じ。

そうだ、オカマのミミィの章でのこの文が印象深かった。

「インドでは、ヒジュラという性転換者は、第三の性と呼ばれ、神に近しい存在として認識されるという。それは間違いではない、と思う。客たちは自分を前にすると、人には言えないことも、簡単に話す。実生活では競い合い、虚勢を張る事ばかりなのだ。」

そうかもなぁ。昔オカマバーにいったことあるけど、あの男であって女である、男でなくて女でない、という存在になら変に構えないで素直になれたような記憶があるから・・・。

これはちょっといい一冊だなぁと。オススメである。

no.637
 

■ 桐野夏生
「緑の毒(角川書店)」 評価:★★★★★
Date:2012.03.25
久しぶりに読めば相変わらず女が強い強い!強すぎるくらい強い、この感覚、さすがという感じだ。
だからといってわけわからなく強いっていうのじゃない、それ相応のわけはあるのだ。女は基本、男より腕力もないし社会的地位もまだまだ低かったりする。それでも。そんな中でも。そんな中だからこそ?強い。根っこの部分は男なんかより強いんだなぁと、そう感じちゃうんだよな、桐野さんの小説の登場人物の女性たちって。

だから読んでてちょっと怖い。わかり過ぎるくらいわかるような。
でも読んでてとっても爽快。抑圧された何かが小気味よく解放されたような気分になれるから。

それにしても、今回の女の敵は本当に最低で卑劣。女だったら一番許せないかもしれない「連続CENSORED魔」。しかも表はクリニックを経営してる開業医なんだ。女医の美しい妻もいる男。
医師という立場を利用してセレネースという意識を昏倒させる薬とスタンガンを使い、気を失ってる女性にCENSOREDするのだから汚い。スタンガンで抵抗できなくして薬で意識を昏倒させれば顔なんてほとんど見てない上に思い出せないだろうし、表沙汰にしづらい犯罪だから泣き寝入りするだろうと思っている。

事実そうだった。だから連続して5人もCENSOREDしたんだ。
でも川辺の誤算は・・・思ったより女たちは負けてなかったってこと、受けた傷の深さ大きさがあまりに大きかったということ。女たちは結託した。そして決して許さないと誓った。自分たちの人生を狂わせた男の正体をつきとめ、完膚なきまで叩きのめし懲らしめると。

妻のカオルは確かに川辺に愛されていた。でもカオルは浮気していた。川辺とま逆のタイプの救急救命医師と。実は川辺は知っていた。カオルの病院の誰かから内部告発の電話が川辺にあったからだ。
そこから川辺の歪んだ愛のエスカレートというか、崩壊が始まったのかもしれない。そう思えば哀れな男ではあるけれど。

そして読者は私同様ぐんぐんひきつけられてあっというまに読破するだろう。
川辺の破滅の様子を。半ば痛々しく哀れみながら、半ば自業自得だとせせら笑いながら。

カオルの浮気相手の玉木は言う。
「金曜の夜はいろいろ起きるんだ。寂しい人間は死にたくなるんだろうな」
川辺は常にこう心で叫ぶ。
「馬鹿にされてるような気がする。人は知らないのだ。医者にもヒエラルヒーがあることを」

男の嫉妬はかくも醜い。妄想、興奮、見苦しい。女だって相当だけどね。したたかなんだ、女のさがかな。

いやはや。邪心小説って帯にあるけど、いいえて妙だな。
でもこのパワフル疾走感、やっぱり読んでよかった。

no.636
 

■ 角田光代
「かなたの子(文芸春秋)」 評価:★★★★★
Date:2012.03.21
この本の前に、ここにはアップし忘れてるんだが、京極夏彦の「幽談」というのを読んだ。怪談風な短編集で、そのどれも読後感がなんとなく気持ち悪いというか、すっきりしない不気味さというか、そういう感触だったのだが・・・。
ちょっと似てた。

いや、角田さんのほうがそこはかとない哀愁感があって不気味な感触が弱いは弱いのだが・・・なんというか・・・こう、すっと背中をときたまなでられるようなぞくっとした感じが不意に襲ってくる。ずっとじゃなくて、読みながら不意に。
書評でも「薄ら怖いダークな角田節を味わえます」なんてあったけど、まさにそんな感じ。

とにかく得体の知れなさが怖かったのは「闇の梯子」だった。主人公が徐々に狂っていったのか、もともと狂っていたのか、妻が狂っていたのか、なんだかわからないまま終わるからだろうか。
そうして考えてみたら「同窓会」も「道理」も「前世」もどこからか主人公主体と目線で進むのだが、どこからか主人公自体が追い詰められておかしくなってしまってるのが感じられ、足元おぼつかないような読後感なのだった。
そして、きっとテーマなのか角田さんのカラーなのか・・・贖罪、というか、罪の意識ゆえ人の心は縋るものを求めて壊れてゆくのかもなぁと思わされるちょっと悲しい怖さがあるのが「おみちゆき」とか「わたしとわたしではない女」とか「かなたの子」とか「巡る」になるわけで・・・。

ぞっとさせる何かが、実はものすごく深いものであることに気づいたりする。

生きてる者は生かされている。そしてそこには生きられなかった者の犠牲の上だったりすることも多いのだ。

なんだか、母の子への想いなんかも結構絡めてあるものが多くて、そのせいか怖いんだけど、怪談とくくるにはあまりに悲しい切ない感じがいっぱい詰まっていて。

短編だけど重たいなぁ・・・。あっというまに読めちゃうんだけどね。

no.635
 

■ 京極夏彦
「厭な小説(祥伝社)」 評価:☆★★★★
Date:2012.03.12
帯に「知りませんからね読んで後悔しても」なんて書いてある。「ゲラを読んでいて重〜い気分になっちゃいました、って著者が語っていいのか!?」とも書いてある(笑)。そう、まさにその通り、あらゆる不愉快が詰め込まれた日本一のドン引きエンターテイメント、なのだ。

ほんとうに、厭としか言いようのない気分になる。そこが作者の狙いなら、これほど的確な短編集もあるまい。というほど。
徹底的。絶望的。救いなさ過ぎ。不快のきわみ。

頭が大人の二倍近く大きいのに体は小さな子供サイズで・・・ふと現れてふとどこかへ消える。あげくついには妻を犯すなんて・・・そんな不気味な子供が、突然家の中にいるようになったら・・・私だって・・・厭だ。私だって・・・殺したくなる。(厭な子供)

汚物をいっぱいつけた手。ぼけたふりして本当はぼけていないと思う。いやらしい目で私を見て・・・汚物まみれの手で欲情して抱きついてくる老人・・・旦那はいつも仕事で遅いし、いつも二人きり。欲情して押し倒されて・・・ああ、厭だ。生理的に厭だ。ぼけてないんだもの、私にはわかるもの。あれはわざとなのだ・・・・。(厭な老人)

後輩が仏壇を預かってくれと押し付けてきた。厭だったのに・・・案の定預かった仏壇からの死臭。引き出しの中にはありえないものが・・・。耐えられない。しかも預けた後輩は行方不明・・・なんなんだ。だんだん追い詰められていく。(厭な先祖)

奇跡なのか悪夢なのか。借金まみれで家族も失い落ちぶれた男に渡された幸運への招待状?そのホテルの特別室で待っていれば必ず永遠の幸せが手に入るという。その部屋に最初に訪ねてきた人物を殺せば・・・。それは真実だったし、しかも本当に永遠だったが・・・恐ろしい扉なのだった。(厭な扉)

外見もいい。性格もいい。一途に愛して尽くしてくれる・・・けど、まったく常識として人間として、言葉が通じない。絶対おかしい。自分が厭だと言ったことだけを執拗に繰り返すなんて嫌がらせとしか思えないのに違うと泣いていう彼女。もう愛せない。でもお前が厭だと言っても、俺が厭なことをする女なのだから全く通じない・・・CENSOREDしかないよな・・・もう。(厭な彼女)

この家は大切なマイホーム。けれどこの家の中で起きた厭だと思うちょっとした記憶が繰り返し繰り返し感じられる。厭だと思ってはいけない。でもまた思ってしまった・・・だから・・・ああ、だからまた同じことが・・・。(厭な家)

大きらいな上司との出張中、「厭な小説」を読んだら・・・今までの同僚たちの不幸がそのまま書かれていた。何故?しかもなんだか上司との会話がループしている・・・この出張は終わらない?そこでループを断ち切るべき上司に今まで我慢してた罵詈雑言をぶちかます・・・と、小説のラストには「なによりも厭なことが、この先お前に起きる」と・・・。厭だ。厭だ。厭だ。(厭な小説)

もうげんなり。読んでてうんざり。後味悪いし、正常と異常の境界線がどんどん曖昧になっていき、「厭」の呪いに私まで囚われそうで、ああ・・・気分がなえる。

うきうき浮かれて浮かれすぎて、ちょっと自分を戒めて落ち着けたいとき読めば、浮かれた精神がかなり鎮火していいのかもしれないが・・・・。

どんよりしてるとき読んでしまうとますます落ちて、登場人物たちのように壊れてしまいそう・・・。

no.634
 

■ 朱川湊人
「あした咲く蕾(文芸春秋)」 評価:★★★★★
Date:2012.03.04
久しぶりに読んだ気がする朱川さんの短編集。やはりノスタルジックで昭和で、優しいきらめきに満ちていた。帯に「世界一うつくしい物語」とある。まさにそんな感じ。

「あした咲く蕾」自分の命を誰かに分け与えられたら。それが愛する人だったらなおさら。そう思う人は多くてもほんとにできてしまったのは美知恵おばさんだけだった・・・・。神様はこんな優しい人にこんな力を授けて・・・残酷だ。そう涙ながらに思う、でも人ってやはり本質は優しいもんねと心がじんわりするストーリー。

「雨つぶ通信」雨に耳を傾けていると人の悲しい気持ちのつぶやきがきこえてしまう。そんな少女時代の出来事がひとときあった。母の再婚相手に素直になれず、でもこの話を信じてくれたのはその男性だけだったんだ・・・。胸打たれる。とてもいいストーリー。

「カンカン軒怪異譚」その中華料理屋さんの不思議ななべで作る料理は、どんな暗く落ち込んだ人にも元気を与える。それは確かだ。おばちゃんが地上げ屋に轢き逃げされたときに確かにカーンって音がして、店に行ってみたらそのなべは粉々になっていたなんて・・・・。これも好きなストーリーだった。

「空のひと」これは泣かずに読めない。中学時代からの幼馴染の男の子。ムーミンに出てくるスニフみたいな気弱そうなのっぼの。大人になって結婚して、おなかに赤ちゃんできたのに・・・突然事故で天国に行ってしまうなんて。永遠に愛するって言ってくれてたのに。生まれた娘が会ったこともないその姿を夢に見た。夢に出てきてくれたの?この娘の名前がたまたま私の本名と同じだったりしたからなおさら泣けちゃったよ。

「虹とのら犬」これも読みながら涙があふれてしまった。父は女と出ていき。母はそれから人が変わったようになってしまった。小学校では盗みの冤罪で友達もできず孤立して、そんなとき出会った知的障害のある女の子。でも心がとびきりきれいな女の子。その子が送ったテレパシー。そして見せてくれた虹。だからのら犬だった少年は道を踏み外さず立派に成長できたんだね・・・。きっと世の中には自ら進んでのら犬になった犬はいない。ほんのわずかでも愛されてること・・・自分が誰かに必要とされてることが実感できれば踏み外しかけた道を戻ることもできるのではないかと思う・・・(本文より)

「湯呑の月」これは・・・悲しいというより・・・ちょっと大人向けの設定なのかな。今までの話みたいに奇跡みたいな不思議はない。ただ、明恵おばさんが湯呑の水に月を映して飲めばお願いごとが叶うよって教えてくれたことだけ。でも・・・大人の秘密を理解したとき、それでもその魔法が本当のような気もする思いはわかるな・・・。これは泣けると言うより、お母さんの最後の泣く姿がリアルに胸に迫る気がした。

「花、散ったあと」これは泣けるというより・・・。生き方かくありたいと強く思うような。そんなストーリー。子供のころから嘘ばかりつく貴明。末期がんで余命短い彼は、それでも最後の最後まで嘘ばっかり。彼の嘘つく理由が「だって・・・そのほうが面白いじゃん」だ。荒唐無稽な笑えるような嘘。残される人に最後まで笑いを提供した嘘つきの嘘を、どこか真似したいような思いに囚われてしまう。

やっぱいい。昭和時代のノスタル系ファンタジーを書かせたら。それ以外もだけど。とにかく朱川さんはいい。

no.633
 

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