*Book review

■ 吉田修一
「愛に乱暴(新潮社)」 評価:☆★★★★
Date:2013.08.25
ある女が妻子ある男性と不倫をしている・・・でも彼女は本気だ。そして男は妻とはもう破綻していると言う。だからきっと本当に自分が運命の相手なんだと思う。その男の名前は真守・・・。

一方、ある妻が夫に浮気されている。気づいてはいるが気づいてないふりをして、職場では歳若い男性の部下に信頼され、姑ともぎくしゃくしながらも何とか嫁としてうまくやっている。
浮気なのだからどうせ夫は気が弱くて別れられないだけで、結局こちらに戻ってくると信じているのだ。妻の名前は桃子。夫の名前は真守・・・。

この二つの目線から書かれた文が交互に出てくる。
やがてその浮気相手の女が妊娠してしたので、そちらと生きると真守に告げられる桃子・・・。
そうなっても受け入れず、姑にも職場にも言わず何事も無かったかのように振舞う百子。

そういった流れで読み進めているうちは、少なくとも私は、桃子のある種不器用な生き様?気質?に、同情し、真守の裏切りや姑の鈍さに苛立ち、その浮気相手の女が憎たらしいとしか思えなかったのだが・・・。

ラスト近くなってくるととんでもないある意味、どんでん返しがあって、ちょっと混乱しつつ、真相がわかってくる。
どのみち桃子が気の毒だと痛々しく感じるのは一緒なんだけど、より悲壮感が増し、残酷な事実が存在したことを知る。

桃子の壊れてゆく様子がなんとも不気味で、でもそうならざるを得なかったつらさもわかってしまうからだ。

真守、さいてーだな、と最初から結局どんな事実を突きつけられてもその気持ちだけは変わらないのだが、それすら何となく弱い男の長年悩み苦しんだ末の苦渋の決断という部分も感じられてくる。

どん底まで落ちてしまった桃子なんだけど、でもラスト、何となく少し未来へ踏み出す光みたいなものを感じさせる終わり方なのが救い。

ありがとう。その言葉をかみしめるラスト。
真守だけでなく、桃子もまた弱い人間だった。そしてずっとつらかった。おそらく2人して、隠しながらも、ずっと。

そこから抜けだして、どうか桃子、特に桃子だ、幸せに向かってしっかり現実を見つめて生きて、と願った。

重たいけど、深い物語でもある。

no.716
 

■ 柳広司
「楽園の蝶(講談社)」 評価:☆★★★★
Date:2013.08.23
満州事変の頃の時代・・・。
日本で映画製作の情熱がある者たちが満州の映画会社、満映で頑張っている、と聞いた朝比奈英一。甘粕という男が理事長をするという満州映画協会に単身渡る。
そこで桐谷さかえという有能な監督のもとにつこうと訪ねるが、桐谷とは歳若い女性であった。
しかし黒尽くめで口の悪いきつい物言いの桐谷に戸惑い、腹立ちつつ、朝比奈はそこでの生活をはじめてゆく。

中国人の同じ志をもつ陳雲となかよくなり、励まされる。そして桐谷の苛立ちの原因を知ることとなる。
幽霊騒動?
そう、撮影中に不気味な人影を見たとか、ありえない事故で怪我人が出たとか、とにかく撮影の邪魔になることが頻発しているのだという。
それらの現象の原因を見事に推理した朝比奈は、桐谷の関心と期待を買うこととなる。
ただし一連の不穏な出来事の犯人はわからずじまいだったが。

陳雲の妹と出会った朝比奈はその美しさに浮き足立つ。
が、その頃撮影の主演女優が危うく命を落とすところだった事故が起き、また陳雲と妹の会話から2人の本当の正体を知るはめになり、満州が思っていたよりずっと排日的で危うい状態であることを知る朝比奈なのだった。

そして桐谷の過去を知る。桐谷が幼かった頃、幼なじみだった少年が神隠しにあったのだが、それに甘粕の裏の世界が関係しているのではと疑っているのだ。
甘粕が満映をたちあげた本当の理由・・・

なんというか、とっても中途半端なところで終わるのだ。
結局、桐谷が幼なじみと重ね合わせた少年は助かったのかとか。甘粕は本当は映画のこともきちんと愛して大事に思ってはいて、だから桐谷や朝比奈のために体を張って人肌脱いでくれたのか、とか。
曖昧なまま終わるのだ。

だから読後感は複雑ですかっとはしないのだが・・・。

時代背景とか、やはり柳さんはこのくらいの時代を書かせるといいんだよなぁってすごくあらためて思わされたので。

超がつかないんだけど、オススメかな?程度ではあった。
悪くはないっていう・・・。
一読の価値はある。

no.715
 

■ 山本甲士
「俺は駄目じゃない(双葉社)」 評価:★★★★★
Date:2013.07.25
下着泥棒の濡れ衣を着せられ拘置所に一晩泊まる羽目になった名井等(みょういひとし)35歳独身。真面目に地味に生きているだけなのに、冤罪で職も失ってしまった。ひょんなことから誤認逮捕の経緯をブログに載せた。タイトルは「俺は何もやってません」。これが予想外の共感と大反響。エンザイ男というハンドルネームで開設した等のブログに、やがてコマワリという人から警察の不祥事の密告の投稿があったことから更に波紋はマスコミも巻き込み、なんと県警の謝罪会見まで開かれることに。そしていちやく世間のヒーローとなったところで、またある投稿により、CENSOREDとされていた死亡事件が他殺であったことまで判明してゆく。そしてやくざに出頭の付き添いまで依頼される始末。

しかし本人は至って地味で真面目一編。決して浮かれることもなく、たまたまこうなっただけで、警察を追い込む気もなければ目立つ気もないのである。
なのに裏腹に全国に本名はおろか、顔まで知れて、ついには命を狙われる羽目に!!
どうなる、ひとし!!

「なんでいつもこうなるんだ・・・」
「あーあ、駄目だな、俺」
金だけせびる女にずるずる未練で切れず、振り回され、新しく斡旋してもらった職場でも中学時代のいじめの首謀者がいて、何か逆恨みされており、執拗な意地悪をされる・・・。

でも。

心の実直さはそのままに、少しずつ変わっていく等なのだった。新しい女性ともいい感じになってるし、おお・・・そうか、襲撃犯人はこいつだったのか・・・意外。で、等は許すんだね、それでこそ等だ!!おお・・・警部補がじきじきに謝罪にきたぞ。冤罪誤認逮捕の件をきちんと謝りにきた!すごい。ブログのファンたちも応援しつつ更に盛り上がる。

世間が味方だ。みんな等のファンだ。老若男女、みんな応援して見守ってる。

そして・・・納得の大団円。
少し強く魅力を磨いたけど、でも一番大事な部分は変わらずいる等。

そうだ、等がすごくいいやつなので、読み手も何となく好きになり応援しちゃう、だからこんなにすかっとするんだね。

作者は「ALWAYS三丁目の夕日」を書いた人。この人が書くと平成のネット社会もかくも暖かく魅力に満ちる。

オススメですな。

no.714
 

■ 秋吉理香子
「暗黒女子(双葉社)」 評価:★★★★★
Date:2013.07.22
帯には各書店員さんの評がたくさん書かれている。
「ぞわぞわ来ちゃいましたよ。最後のどんでん返しもお見事!」
「絶望の淵を覗き込んだような後味の悪さは必ず誰かに伝えたくなるだろう」
「二転三転する展開、見事に食い違う内容に先が読めず、最後の最後にそうきたか!と正直ぞくっとしました」
「この作品は予想を上回る真実と後味の悪さをもたらしてくれました。女ってこわい・・・」
「こんなに華麗で残酷なエゴイストを見た事が無い」
「ヤラレました、この結末!」

これだけでラストまで読みきるのが楽しみになるというもの。つまり絶賛の嵐なわけで。
結果。
ほんと・・・評に誇張表現なし。ほんとに後味悪い結末、でも見事である。オンナってほんと怖いんだよ・・・。
これはほんとにやられちゃったよ・・・。

とあるお嬢様学校。その高等部で一番美しく聡明で学園中で目立って憧れられていた少女、白石いつみ。彼女が立ち上げた文学サークルは一種のステイタスとなっていた。いつみが選んだ人のみが入会できるサークルなのだ。
ところがある日いつみが死んだ。花壇で血まみれで倒れていたのだ。手にはスズランの花が一輪握られていた。
CENSORED・・・と言う表向きだったが・・・。
サークル定例の闇鍋会。暗闇の中、持ち寄った具材を入れて、何かわからないまま食し、その間、順番に自分の書いた小説を朗読していくというもの。
いつもは会長のいつみが鍋奉行で進行役なのだが、今年は副会長でいつみと一番つきあいの長い親友の小百合が。
小百合も聡明で華やかな美貌のいつみとは違う静かで清楚な美しさを持つ少女だ。

サークルのサロンに出入りできるメンバーはいずれももちろん精鋭ばかり。
高校生で文学賞を受賞して作家デビューしている志夜。
洋食や洋菓子を作ることに関しては天才的な料亭の娘、あかね。
医学部を目指す医者の娘、知的なクールビューティー、園子。
ブルガリアからの留学生、エキゾチックな美貌のディアナ。
トップの成績で家が貧しくとも奨学金を獲得し、この学園に通えることとなった美礼。

テーマは今回「いつみの死について」。
5人が語るそれぞれの物語。そして5人ともいつみはCENSOREDでなく他殺だという。
それぞれがいつみを慕っており、いつみを殺した犯人を名指しする・・・・。
それは全員がばらばらだ。

???
一体どれがほんとなの?誰が嘘つきなの?
いつみはほんとに殺されたの?
混乱してしまうのだが。

最後に小百合が真打ちで朗読し始めるのだ。
いつみが送って寄越したと言う物語を。
そこには驚愕の真相が。

・・・と、思うでしょ、そのあとですよ、ほんとのどんでん返しは。
え・・・・!!!となるラスト。
確かにこれは後味悪い(笑)。

エゴイスト、いつみのことかと思っていたけど・・・・。

ああ、、、あんたが一番エゴイストだったかも、と最後に気づく。

これは・・・。ほんとに・・・・引き込まれてあっという間に読めちゃう。
そして男性諸君が読む場合は、ほんと、オンナの怖さに幻滅しないで!!って言ってから薦めたくなるくらい(笑)。

でもほんと面白かった。当たりだ!!

no.713
 

■ 山田悠介
「その時までサヨナラ(文芸社文庫)」 評価:☆☆★★★
Date:2013.07.17
感動作、泣かせる、うん、そんな感じでした。まさに。
悟という男が真心を取り戻す過程も自然で、とても好きでした読んでて。
亜紀の、母としての妻としての思いも痛いほどわかるし、胸を打ちました。
裕太もけなげで涙を誘った・・。

でもものすごく正直に言ってしまうと、山田悠介さんは、やはりサイコっぽいようなオカルトホラーっぽいような、いつもの作風の方が本領発揮という感じがしてししまったのは否めない・・・。

こちらがうがちすぎなんだろうか・・・かなり前半から何となく展開というか、オチが予想ついてしまっていて、タイトルの意味も含めて、予想を裏切らな過ぎてしまったというか・・・。

ただ、あっというまに読ませる筆致力は本物。
だから読んで後悔はない。面白いです、確実に。

仕事人間で冷徹な悟は妻と息子と別居中。
そんな矢先妻が電車の脱線事故で亡くなってしまう。息子は助かって手元に戻ってきたが、祖父母は取り戻したそうである。
そしてそのあとまもなく、妻の亜紀の親友だったという美春という女が訪ねてくる。
亜紀に、夫と息子をくれぐれも頼むと遺言のように言いつかったというのだ。
居座って子供の面倒や家事一切、ついでに悟を教育し始めるずうずうしさに辟易していた悟も、やがて少しずつ変化し始める。
そして・・・妻がどうして東北行きの電車に乗っていたのか、悟の指輪をわざわざ持っていたのはどうしてか、その謎が分かり始めるのだったが・・・。

美春という謎の女の正体も・・・・。

ミステリアスにあっというまに、各様々な登場人物のキャラもなかなか自然でなおかつ立っているし、本当に読みやすく、読ませます。

文庫本だったので、ちょっと電車で、とか休憩時間の合間に、とか、ほんとちょうど良いと思います。
という意味ではとてもオススメです。

no.712
 

■ 中山七里
「切り裂きジャックの告白(角川書店)」 評価:☆☆★★★
Date:2013.07.15
たまたま続けて臓器移植に触れたミステリーを読んだのだが。ほんと偶然に。
この作品の方がある意味リアルで、切り裂きジャックという昔イギリスに実在したサイコな猟奇殺人鬼を模倣した連続殺人事件という入り方はちょっと読み手の興味をそそるうまい作りなのだが・・・。

読み終わってみると、ちょっとミステリーとしての驚きとか意外性はわりに薄く、わりに類型的な感じが否めなかったので星がめっちゃ厳しくなってしまった・・・。
犯人はこの人なんだとずっと思わせておいて、ところがこの人でしたーっ!という手法自体はいいのだけど、なんというか・・・まぁ無難に考えてこの人ならそれっぽいなぁという感じがしてしまうオチなのがなんとも惜しい感じで。。。

じゃあつまらなかったのかっていうと全然そうではない。
ほんとに初め、内臓をすべて抜かれて発見されていく死体、そして、刑事の2人コンビもなかなかいい味わいで、面白いのだ。読ませるのだ。ぐいぐいと引き込まれるのだ。

プロファイルや、被害者の共通項を必死で探る様子もなかなかいい。まぁあっさりその共通項が見つかるのはあっけないけど、そこに臓器移植のコーディネーターの女性が意味深に絡んで来るのも面白かったし。

もちろん、テーマは深い。臓器移植や脳死に関する倫理的問題は根深いのだから。

「とことん理性的なヤツがとんでもなくド畜生なことをするのは珍しいことじゃありませんから」

「他人の臓器を奪って生きながらえただと?ふん、神様でもない者が何を高所から喋っていやがる。患者は生きるために必死なんだ。もう使われなくなった臓器を貰い受けることのどこが罪だ。担当する患者の命を救うことの何が偽善だ」

「人間は弱い生き物です。皆が皆、あんな坊さんみたいに達観できるはずもない。宗教が患者を助けられるのは今際の際一瞬だけです。それまで患者は生きよう生きようと努力しあがき続けるんです。それを知らずして苦悩する患者の倫理観を問うなど、むしろそちらが恥知らずというべきでしょう」

no.711
 

■ 川瀬七緒
「シンクロニシティ(講談社)」 評価:☆★★★★
Date:2013.07.03
副題が「法医昆虫学捜査官」とある。そう、これはアメリカなどでは実際に捜査に適応されている法医昆虫学という分野と事件を絡めたストーリーなのだ。
二作目らしいが、一作目はまだ読んでない。でも十分ついてゆけた。
法医昆虫学とは、つまり、遺体などが発見されたときその遺体に湧いている虫の種類や月齢などから、かなり正確な殺害現場や死亡推定時刻などが割り出せる、といったような、昆虫の特性や性質、生息場所の研究を活かした学問。
でも日本ではまだ認められていない。
発見までに時間がかかり、腐敗が激しい遺体などは、実際死亡推定時刻などはかなり推定に幅が出て、正確にわかりづらいのだが、昆虫学での見識ではかなりピンポイントでわかるという。
死臭を即座に感じ、その有機体が死亡してきっかり10分以内に間違いなく駆けつける昆虫。そして卵をうみつけ、孵る昆虫。その昆虫をまた食べに湧いてくる昆虫。湿地帯にしか生息できない昆虫。・・・・。
赤堀という法医昆虫学者はちょっと変わり者の女性だが、その腕は確かだ。
うじ虫をものともせず、むしろ貴重な研究検証材料として嬉々として採取し持ち帰る。
その手腕、推理力は見事。そして、昆虫は私は本来苦手だが、何となく頼りになるなぁと感服してしまった。

本能で動くのに、何より正確。間違いない行動。そこに例外はなく、だからこその法医昆虫学なわけだ。

おっと、肝心のストーリーは、というと、これはちょっといまいちかなわたし的には。(笑)
心臓移植の裏工作に絡む怨恨、村ぐるみの隠蔽、なども、どこか新鮮味はない。面白くないわけではないのだが、この作品の感嘆すべき点はすべて昆虫に関するあれやこれやの記述が、非常に面白かった、学術的な部分なのかも(笑)。あとは臓器移植のドナーだけでなく、レシピエントの心情とか、そこらへんもテーマだったかな・・・。そこはわりと深かったです。

作者のあとがきにある。
「死体に湧く虫の成長と生態系医の組まれ方から死後経過や犯罪環境までも割り出してゆくという稀有な学問、それが法医昆虫学である。たとえばある屍肉食種のハエは、生き物が死亡してから必ず10分以内に到着する習性をもっている。そして即座に産卵が行われるのだが、孵化から羽化までにいたる日数は実に正確で狂いがないのだ。欧米ではこの分野が犯罪捜査になくてはならないものにまで成長した。しかし二本ではいまだ目先の変わったおかしなもの、の域を出てはいない」

文中、赤堀のセリフから。
「腐乱死体に関わったことは?まぁあそこまでガスで膨らんだ状態はそう滅多にない。逆に生まれたての赤ん坊は無菌に近いから、袋に入れて密閉されていれば腐らないんだよ」

「脱皮のたびに一齢二齢と成長するんです。クロバエ化のハエだと産卵期間が六日で発育期間が十二日続く。そのあとさなぎになってだいたい十七日かけて成虫になります。ハエは死臭を嗅ぎ取って十分以内に遺体に卵を産みつけるから、誤差はほとんどないと言っていい。どの学者が出す推定より一番現実に近い数値をたたきだしますよ」

「生き物というのは餌となるものを中心にしてあっというまに生態系を築きます。そこでは必ず弱肉強食が起こる。屍肉をウジが食べて、そのウジを小型のハチが食べて、その小型のハチを大型のハチが食べる。寄生種とか微生物も加わるからどんどん大きく複雑になるんですよ。今回みたいに遺体を動かした場合なんかは、犯人がどんなに工作しようが必ずほころびが出る。」

「今年は大雪になるから少しずつ準備しておいたほうがいいよ。カマキリの卵がススキの上の方に産みつけられているでしょう?この子たちは卵のうの中で冬を越すんだけど、水に弱いわけ。カマキリはその年の積雪を予知して雪に埋もれない高さに卵を産むの」

no.710
 

■ 原田マハ
「ジヴェルニーの食卓(集英社)」 評価:☆★★★★
Date:2013.06.22
ぴ帯に読む美術館とある。まさにその通り。
まえに読んだ「楽園のカンヴァス」よりも、何となく私には格調高く感じて好きだったな・・・。

楽園の・・・は、ミステリー風味でそれはそれで面白いけど、これは時代をさかのぼり、今や超著名な画家、彼らが売れる前から交流のあった人々の回想、語りによって紡がれる話なのだ。
印象派の画家たち。マティス、ピカソ、ドガ、セザンヌ、ゴッホ、モネ。
当時、彼らの画期的な画法は認められず、「それまでの計算しつくされた構図や歴史的背景、神話、肖像などのありふれたモチーフ、滑らかな仕上げの絵肌を無視して、見たまま感じたままを瞬間的なタッチで描く、印象のまま描いている」狂った芸術家として、苦汁をなめてきたのである。
数少ない慧眼の画商やパトロンたちの助けで細々と生きていた彼ら。でも夢と誇りだけはいつもあった。

マティスに惹かれ生涯尽くしたメイドはマティスとピカソの深い交流と絆を語る。
稀有なドガの才能と人柄に惹かれ、彼のモデルの少女との真実を知る弟子の女性。
貧困だったセザンヌにいつも絵の具や画材をツケで渡していた画材屋の娘は代金の督促だけでなくゴッホの交流の経緯なども綴ったセザンヌ宛ての手紙を。
モネの再婚相手の娘も、自分の母との愛の道ゆきや年老いて目を病み描く意欲を無くしかけたモネを必死で励ます。彼の好きな食事をせっせと作って。

どれも、画家目線ではなく、彼らの近くにいた一番の理解者だった女性の目線から熱く語られている。
だからリアル。これは史実に基づいたフィクションだと書いてあっても、いや、これは全部ほんとのことだろうって思えてしまう。

そして何より見事なのは。

誰しもが絶対目にしたことのある彼らの超有名な名画が、ほんと浮かんでくるのだ、色彩とともに。
そのいずれも、その当時は二束三文で売られてゆく様も、ああ、今だったらそれ一枚で億万長者にだってなれるものを、と嘆息する。

「ピカソが津波ならばマティスは水平線。マティスが羊雲なら、ピカソは入道雲。けれど海に満ちる輝き、空に溢れる自由はどちらの芸術家にも等しいものでした」

「光だけが見えた、とモネはブランシュに語った。そこには光が・・・光だけが見えたんだ」

no.709
 

■ 小川糸
「リボン(ポプラ社)」 評価:★★★★★
Date:2013.06.19
これは再生の物語、なんだそうだ。
なるほどそうかもしれないなと読後しみじみ思い返す。

ひばりという少女と、すみれという老女。
孫と祖母。すみれはバードウォッチングが大好きでその影響でひばりも鳥が大好き。
ある日すみれさんは自分の髪の毛の中に卵を三つ。帽子をかぶり保温に気をつけ、転卵もして毎日毎日。やがてそのうちのひとつが孵るのだった。真っ赤な肉の塊。
でも孵った!!ひばりとすみれの宝物の命。すみれさんはリボンと名づけた。
リボンはやがて羽が生えて・・・そう、黄色いオカメインコのルチノーだった。
言葉もいくつか話してくれるようになり、頭をかいてやると喜んで、いつも肩に乗っていた。
幸せな日々。いつもすみれさんとひばりとリボンと三人で。

ある日リボンが逃げてしまうまでは。

そこから始まるリボンが他の人々に与える幸せと奇跡。

子供を死産して以来、心が死んでしまっていた女性の家のベランダで、黄色いオカメインコが「いっしょにあそぼう」としゃべった。その一言で、女性は死んだハルトという我が子を見た気がして生きる希望を覚えたのだ。

次の出会いは「鳥のいえ」という小鳥のリハビリの家。そこで飼育係の青年に担当されたオカメインコ。かつて飼っていたレモンと同じ。バナナと名づけられた。女装して夜はオカマバーで働く彼。孤独な優しい青年。バナナと心通わせて、バナナの「ほほほほほ」という上品な誰かの笑い声の真似で癒され、いよいよ里親に引き取られていくのを見守り、幸せを祈るのだった。

引き取られた男性が別れた妻にオカメインコを預けた。その妻はスナックのママ。その姿を見ているうちに常連客の中年男もママも初恋を思い出し、切なく優しい気持ちになるのだった。

また逃げたリボンは、公園である画家の老女の肩にとまり、そのまま家に行き、飼われることになる。元女優だったこともあるその老女は病気で余命宣告されていて、最期の作品を描こうとしている。
彼女は独身だったけどかつて本気で愛した男性の名前をインコにつけた。スエヒロと。スエヒロが不安になる彼女に「大丈夫」としゃべりかける。だから全うしたのだ。画家として最後まで幸せな気持ちで。年若い女性担当編集者と妹と、スエヒロと。穏やかで幸せな日々の果てに。

スエヒロは担当編集者に引き取られ、スー坊と呼ばれかわいがられていた。その彼女が病死するまで。そしてそのあと・・・あの不幸な3・11の津波の時、再びスー坊は大空にはばたく・・・。あれから二十年たっていたが、スー坊は、スエヒロは、バナナは、ハルトは、力強く空を舞い飛んでゆく・・・。

二十年。ひばりも恋を知り恋に傷つき疲れ果てていた。すみれさんもリボンが逃げてからどんどん身体が弱り、ついに認知が始まる。でも少しずつ語り初めてくれたすみれさんの若いころの恋。音楽をしていたすみれさんがドイツで知り合ったハンスさん。東ベルリンと西ベルリンで引き裂かれてそれっきりだった。もう一度会いたかった。彼とバードウォッチングをしたの。羽があれば彼も飛んでこちらに来れたのに。
やがてすみれさんは亡くなり、遺言通り、ひばりはドイツに骨を撒こうと赴く。
そこで神秘的な体験をした。そして・・・日本に帰ったとき、本当にリボンが。リボンが帰ってきたのだ。年老いたリボンが。でも「大丈夫」とすみれさんの声で話すリボンが。

リボンはリボーン(再生)と掛けた名前だったんだろう。
私自身、鳥が大好きで、だからこそ手に取ったのだったけど、そうでない人も心打たれることは間違いないお話だった。

すみれさんが言った「わたくしとひばりさんを結ぶ永遠のリボンです」「魂は心に守られ、心は更に体に守られています」って言葉、大好きだったなぁ。

no.708
 

■ 桐野夏生
「ハピネス(光文社)」 評価:★★★★★
Date:2013.06.13
有紗は3歳の娘と2人でハイソな高層マンションに暮らしている。分譲組と賃貸組で微妙に派閥的な空気はあれど、そこのセレブなママ友ともそこそこ娘を通じて仲良くつきあっている・・・と思う。
でも夫の俊平はアメリカに行ったきり帰ってこない。離婚したいとメールをよこしたきり。
いぶきちゃんのママ、略していぶママがママ友グループのリーダー的存在で、いつでもたおやかで美しく、有紗の憧れの象徴でもあった。ただ、ママ友グループの中ですごく美人でモデルみたいであるが、下町ちゃきちゃきな感じの美雨ちゃんママだけはカラーが違ってマンションも違って、一番有紗と個人的接触が多いのだった。
幼稚園お受験の話題で盛り上がるいぶママたちについてゆけない有紗。でも美雨ちゃんもお受験はしないようだった。
有紗はそれより俊平と連絡が取れない苛立ち、それと俊平の両親との確執に悩んでおり、そんな折り、美雨ママから、飲みの誘うを受けるのだった。

そこで衝撃的な告白を聞く有紗。美雨ママはいぶパパと不倫している!!!
有紗もつい気が緩み、いぶママたちには見得を張って細かく嘘をついているのに本当のことをぽろっと言えたりしたのだ。

俊平の両親が自立しろとせっつく。仕事をして自立しろと。俊平とは離婚になるだろうと覚悟はしている有紗だったが、娘の花奈を俊平の両親が連れていってしまって、一人になったとき、ふと俊平を怒らせた原因、実は自分は既にパツイチで子供もいたのだという秘密、の、その息子の顔が見たくなって会いに行くのだった。

元夫は温和になっていた。息子は立派で良い少年に成長してくれていた。後妻も優しそうだった。
元夫は有紗に謝り、幸せになってくれと告げる。
有紗は花奈を取り戻しに行く。

一方、美雨ママの不倫も色々あり、ついにいぶママに知られることになったようだ。
何事にも冷静でたおやかで美しいいぶママ。完璧な女性。
でも・・・・。

俊平が突然アメリカから帰国し、やり直そうと有紗に言う。アメリカにまた戻るのだが、ついてきてくれと。
有紗の出した答えは・・・。

怪物っぽかったり、やけにいやらしい醜い女性を書くことの多い桐野夏生さんだが、これはすごく共感できる弱い、もがく女性で、そこがリアルに感じられた。
桐野さん色が強いのは美雨ママかなぁ・・・。

でも有紗ははじめは自信なさげでオドオドしていて、あまり好きではないのだが、だんだん強くなってしっかりしてきて、なんだかきれいで素敵になってく感じがするのが読んでて快感だった。

うまく言えないけど、私はこういう自分に似てダメダメな感じの女性が、たくましく成長していくような展開の話は結構好きである。

no.707
 

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