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No.6780へ返信

all EV143”幸せってなんだっけ” 作業ツリー - 清水魁斗 - 2009/04/30(Thu) 01:30:39 [No.6749]
発表ログ - 星月典子 - 2009/05/15(Fri) 23:41:41 [No.6787]
飛び込みで絵を描いてみた - 星月典子 - 2009/05/15(Fri) 09:03:38 [No.6785]
発表時間に関して - 清水魁斗 - 2009/05/15(Fri) 08:16:08 [No.6784]
締め切りについて - 鈴藤 瑞樹 - 2009/05/04(Mon) 18:21:45 [No.6755]
平凡な幸せ国民の一日を描く - 清水魁斗 - 2009/04/30(Thu) 01:35:52 [No.6750]
清水さんの一日(未完成) - 士具馬 鶏鶴 - 2009/05/12(Tue) 22:14:35 [No.6780]
清水が編集中の文章(随時更新? - 清水魁斗 - 2009/05/10(Sun) 17:48:53 [No.6775]
絵を描きます。 - 花陵 - 2009/05/10(Sun) 10:00:14 [No.6772]
下絵描けました。 - 花陵 - 2009/05/10(Sun) 16:30:41 [No.6773]
一応、完成。 - 花陵 - 2009/05/11(Mon) 23:19:58 [No.6779]
平凡な一日(作りかけ) - 鈴藤 瑞樹 - 2009/05/09(Sat) 22:35:47 [No.6771]
平凡な一日(続き) - 鈴藤 瑞樹 - 2009/05/10(Sun) 17:24:29 [No.6774]
食事の内容 - 清水魁斗 - 2009/05/08(Fri) 21:01:24 [No.6766]
バンドの設定募集 - 清水魁斗 - 2009/05/03(Sun) 00:58:51 [No.6753]
バンドメンバー設定 - 鈴藤 瑞樹 - 2009/05/04(Mon) 14:59:22 [No.6754]
名前の案 - 清水魁斗 - 2009/05/05(Tue) 22:57:14 [No.6757]
アネッテの名前変更 - 清水魁斗 - 2009/05/10(Sun) 20:56:41 [No.6776]
設定的部分 - 清水魁斗 - 2009/05/01(Fri) 20:39:24 [No.6751]


清水さんの一日(未完成) (No.6750 への返信) - 士具馬 鶏鶴

 男が寝ぼけながら目をうっすら開ける。
 部屋の中はまだ薄暗い。
 視線の先にある天井は、古ぼけた白色。部屋の中に光が差し込めば、いくらかマシになるかもしれないが、今はまだ部屋全体が寝ぼけているようだった。
 布団の中で、身震い。室内の気温は低い。つま先が外の冷気に触れて、起き上がる気力を削り取る。スッポリと掛け布団をかぶり、胡乱な頭で考える。

 (・・・今、何時・・)

 寝返りを打ち、居心地の良い布団から、鼻から上だけ少しだす。
波打つ白い長髪、涼しい目元、ほっそりとした顔形、身なりを整えれば大変なものだろう。
 しかし、寝ぼけながら壁掛け時計を見る顔は人には見せられない。大変目つきが悪い。

 (・・・・五時・・・半・・・)

 木製の壁掛け時計、その下の窓。
 そこから見える空の色。日が昇りきらず深い青、かかる雲もない。喧騒が耳につくことはなく、時折木々から落ちる雪の音。辺りの音を全て吸い尽くすような、鈍く味気ない音。夜明けを告げる鳥の派手な声も、さえずる小鳥の姿もない。布の擦れる音がひどく耳につく。
 静かで清々しい、というよりも孤独で重々しい朝だった。いつまでも布団の中でいるのを、無言で責めるような、嫌でも目が覚めてしまうような、そんな朝。

 (・・・あー、もうちょっと寝ようかな・・・)

 毎日毎日そんな朝を迎えていれば、慣れてくるらしい。

 広くは無い部屋を何気なく見回す。
 白い壁、色の薄くなった畳、三つの引き戸。テレビとコタツ。写真一枚ない、スタンダードな部屋。あるいは、殺風景な部屋。


 (・・・・倉庫の中身、チェックしないと)

 一気呵成と言わんがばかり、かぶりをつけて起き上がった。布団からでて、伸びをひとつ。

 ついさっきまでの寝ぼけ顔は、もうない。
 年はまだ若い。寝癖か毛質か、波打つ白い長髪。透き通る白い肌、そのせいか整った顔立ちがより印象深い。目元は涼しく、愁いを帯びた瞳にも見える。背格好は良い。ひ弱、屈強という言葉は当てはまらず、生活の中で自然と身についた健康的な体つきといえる。

 三つある内の一つの引き戸へと向かう。手をかけ、横へと滑らせる。

 その部屋にあるのは、テーブルとイス、食器の収容棚。すべて木製。
 窓が二つ、外へとつながるドアが一つ、それと引き戸が一つ。台所らしく、流し台とコンロ、冷蔵庫もある。
床はさっきの部屋とは違い、板張り。壁も天井も同じ白だが、少しくすんでいる。

 男はその部屋を素通りして、部屋の引き戸を開けた。

 視線の先に、簡素な洗面所がある。上の小窓からは、まだ日の光は入ってきていない。
 その横の風呂場は開け放たれていて、湯の張られていない浴槽が口を開けている。洗面所のものよりは大きな窓があった。だが、きっちりと鍵が閉まっていた。
 洗面所の蛇口をひねり、顔を洗う。歯を丁寧に磨き、水でゆすぐ。寝癖を直し、鏡を見て点検。

 身支度が一段落つくと、台所、居間(寝室兼)を抜けて廊下へと出る。小さな収納スペースの横にある階段を上り、二階へ。


(えーと、そろそろ使ったほうが良いヤツがチラホラ・・・・あったはず)

 二階に着くと、右へと進む。
 左手には、ベランダがある。大きなガラス戸を通して、外がみえる。

 夜明けから、朝へと変わる空。深い蒼から白みがかった薄い青へ。日は昇り、冷たさに張り詰めた空気は次第に暖かなものへとなっていく。
 雪の積もった屋根がみえる、といっても寒さ極まる冬のそれとは比べ物にならない。雪解けが始まり、覆っていた雪の一部が崩れ落ちていた。

 まっすぐ進み、大きな引き戸の前に立つ。派手にガラガラと音を立てながら、戸を引き、中へ入る。すぐ横の壁にあるスイッチを押し、部屋の中が電光で照らされた。

 その部屋は、倉庫だった。金属製の棚が、ひと一人が通れるくらいの間隔をあけて並べられている。棚の上にはダンボール箱が隙間無く置かれている。倉庫自体はそれほど大きくはないからか、見た印象からは実際の数よりも多くの物があるように見える。

 棚の上のダンボールには、品目別に様々なものが入っている。
 果物のシロップ漬けや野菜、加工された肉や魚の缶詰。塩や砂糖、胡椒などの一般的な調味料のほかにも、あまり馴染みの無い名前の香辛料もある。小麦粉や薄力粉などの袋が積まれている。
 乾物や燻製もある。羊、牛、カリブー、などの肉。ニシン、サーモン、などの魚。すりこまれた塩の匂いと燻されて付いた木の匂いが微かに残っている。カラカラに干された昆布が何枚も重ねられて紐で縛られている。乾燥麺の詰まったダンボールが何箱も置いてある。
 調理器具もある。大小様々な両手鍋やフライパンにザル、胴の長い鍋もある。鍋だけでも銅で作られたものや合成金属で作られたものなど、多種多様である。
 何より、目を引くのはコーヒー豆である。その数の多さは、棚一つをコーヒー豆だけで埋め尽くしてしまうほど。その棚に近づくだけで、ほんのりと豆の香りがする。

 近くに、一本釘が刺さっている。そこには、厚い帳簿と短くなった鉛筆が紐に通されて引っ掛けられている。
その帳簿と鉛筆を片手に、棚の端から順に使った物の量と要補充の物を確認する。
それから一時間ほどして、最後に果物のカンが置かれている所へと行く。
詰まれたカンの一つを手にとり、

 (・・・・あー、やっぱり)

 カンのラベルに書かれた消費期限、それはすぐそこまで迫っていた。

 (・・・・よし、掃除掃除)

 帳簿を閉じ、出入り口へと戻る。壁の一本釘に、帳簿と鉛筆の通された紐を引っ掛けた。
 やや駆け足で、再び果物カンの詰まれた棚の前へ。
次々と果物のカンを手に取り、ラベルの色が古ぼけたものから新しいものへとかわる頃、

 (よし、これで全部)

 両手に抱えたカン。それをもって倉庫の出口へ。肩で灯りのスイッチを押し、足のかかとで引き戸をゆっくりと閉める。
 階段を下りて、一階に戻る。
 台所に寄らず、廊下を進む。つきあたりのドアの前で立ち止まる。

 (・・・どうやって開けよう)

 うーんうーんと男は唸り、諦めたのか、ため息一つ。缶詰のいくつかを廊下に置いた。ドアを開けて、中へ。


 目の前に、木のカウンター。独特の艶をもち、指に吸い付くような滑らか表面。壁際には流し台とコンロ、オーブンもある。
 カウンターの前には、背もたれのない円椅子が5つ。他にも円いテーブルが二つに、背もたれ付きの椅子が四脚ずつ置かれている。
 左手には、大きな窓が二つ。
 カウンターから見て、丸テーブルのさらに奥。すこし奥まった場所に、長方形のインベーダー台が置かれている。向かい合って椅子が四脚おかれ、横にある窓から弱々しく日の光が差し込む。
 そして、長方形のインベーダー台を囲む形で置かれた本棚。
壁の殆どを占める大きさ。壁一面だけでは足りず、向かい側の壁にまで本棚がある。
 みっちりと背表紙が並ぶ。深い緑に金刺繍、血のような赤に銀刺繍、染みひとつ無い白に黒インク。革表紙、つるっとした紙表紙やザラっとした紙表紙。手のひらに収まるものから両手で抱えるサイズのものまである。
 大きさ、色、手触り、匂い。背表紙に刻まれた文字の形や大きさも違う、中には隣の文字とは似ても似つかない文字でかかれたものもある。金属細工のように、なめらかな曲線で描かれたもの。判で押されたように、真四角で力強いもの。
 目にすれば、触れてみたい。棚から抜き、表紙に触れ、指を滑らせページを手繰る。純粋な好奇心、あるいは探究心。そういったものを刺激するには十分な揃えがなされている。

 その本棚の横には、古い時計が置かれている。人の背丈ほどある大きな時計。骨董品といわれても頷ける、存在感の強い時計。黄金色が鈍く光る大きな振り子が揺れる。深い木の色と振り子の黄金色、文字盤の白と黒。時を刻むだけの機械というにはあまりに特徴的なそれは、その場所でもっとも目立っている。
古時計のずっと上に、小さな神棚もある。

 男はカウンターに手の中の缶詰をおき、振り返る。廊下においてあった缶詰を拾う。

 (これでサンドイッチでも作るか、差し入れ差し入れって言われてたしなー)

 残りのカンをカウンターへ。最後の一個を置いて、軽くため息。辺りを眺めながら、

 「よし、そろそろ準備するか」






 清掃が済んだのは、それから二時間もたっていない。清掃といっても、床掃除とテーブル拭きぐらいで大した作業量ではない。日頃から掃除がされているのか、殆ど汚れはない。
 男も仕事着に着替えている。
 快晴の空を思わせる蒼と深山に降り積もる雪の白。色落ちもせず、皺ひとつないエプロンドレス。深い土色のブーツ。こびりついた泥など微塵も無い。左右の靴紐は、結び目の位置までピタリと同じ。
 不思議なほどに、似合っている。これが美形の本領発揮というところか。

 エプロンドレスの麗人(男)が立つカウンターには、二種類のサンドイッチが乗った皿と湯気のたつコーヒー。横には「ハムサンド 1、サラダサンド 1、コーヒー 1」と書かれた伝票。

 「さて、いただきます。」

 そう言って手を合わせた後、食べはじめた。


 皿とコーヒーの片付けが済み、濡れた手をタオルで拭く。裏の洗面所で再び歯を磨き、カウンターに戻ってくる。古時計を見ると、7時半。
 カウンターを出て、玄関の方へ。ドアノブを回し、近くにおいてあった看板を手に外に出た。


 日はすっかり昇っている。確かに外の空気は冷たいが、降り注ぐ陽光は温かい。空を見上げれば日は眩しく、手でひさしを作る。
 空は快晴、雲も少ない。透けるような青は、清々しさを感じる。風も弱く、今日は一日晴れるだろう。
 看板を舗装された道の上に置き、向き直る。ドアにかけられた木札をひっくり返す。CLOSEからOPENへ。

 気持ち良さそうに大きな伸びをした後、男はドアノブをひねり室内へ。残されたのは、看板だけ。


 喫茶がらん堂。
 それが、この店の名前。
 店主の名は、清水魁斗。
 趣味で始めたこの店が、今回の始まりの場所。

 これは、詩歌藩国の幸せを探す、幸せな人のお話である。






「さてと・・・・」

 店内にもどり、清水の足はカウンターではなく本棚へ。
 棚に並ぶ色とりどりの背表紙を眺めながら、右から左へゆっくり歩く。中ほど辺りで歩みを止め、お目当ての背表紙に手を伸ばす。
 抜き取られた本は、夏の新緑を思わせる碧の装丁。掌より一回り大きいハードカバー。何度も何度も読まれているのか、本の題名は擦り切れて読めない。
 ページを開き、読みながらカウンターへ戻る。丸椅子に腰を下ろし、視線は本へと完全に移った。



 静まり返る店内。古時計の振り子が揺れる。コッチコッチという間延びした音。
 窓の外から、市場の喧騒が遠く聞こえる。漁から戻った船は荷下ろしが済み、店頭に新鮮な魚介が並ぶ。
 シャッターが上げられ、店頭には赤、黄、緑など色も形も様々な野菜が並んでいるだろう。
 挨拶と共に売り買いの威勢の良い声が飛び交い、笑顔で商品と代金が手渡される。両手一杯に食材を持って、幸せそうにそれぞれ家や店に戻っていく。
 朝の市場独特の耳障りにはならない、聞く者の心を躍らせる騒がしさ。その空気がこの店にも伝わってきた。

 清水はそんな事をこれっぽっちも気に留めず、ページを手繰る。 紙の擦れる音が一際店内に響いているように思える。じっくり丹念に字を追いかけ、ページをめくる速さ自体はのんびりとしたものだ。
 ありていにいえば、喫茶がらん堂は暇だった。
 遠くから聞こえる喧騒は、店の方へはやってこない。店の前を通る買い物客の姿もない。


 しばらくして。
 清水(店主)は、カウンターに突っ伏して眠っていた。規則正しい寝息。本のページは手で開いたまま。
 置いてある古時計の針は8時を指している。開店してから早三十分で居眠りを始めているあたり、店が暇なのはいつものことらしい。
 案の定、清水が目を覚ますまで誰一人店にはやってこなかった。
 むくりと起き上がり、本に栞を挟みカウンターに置く。伸びをひとつして、時計に目をやる。9時半。

 (店の周り、掃除でもするか)

 椅子から立ち上がり、カウンターの下から箒収納型のチリトリを取り出す。チリトリ片手に玄関のドアへ。空いてる手でドアノブをひねり外へ。

 (大きなゴミは結構片付いてるから、あとは細かい塵とか砂だな。今日で店周りの掃除もひと段落か。)

 チリトリから箒を外し、道を掃き始める。一掃きで小さな砂煙が生まれた。


 「こんちわ〜、相変わらず暇みたいですなー。」

 清水が掃除を始めてしばらく経った頃。額にうっすら汗をかき始めた清水に、そう声をかける人間の姿。
 年はまだ若い、20を少し超えた位だろう。清水の白い肌とは違う、褐色の肌。赤みがかった髪を真ん中だけ残し、他は全て剃るという奇抜な髪型。美形というよりは三枚目。派手な髪型とは対照的な、落ち着いた服装。肉体労働の似合いそうな、がっしりとした体躯の男だった。

 「なんだ、もう来たのか。ちょうどいい。掃除、手伝え。」

 清水は男の方を一瞥し、愛想もなく言う。

 「えー。じゃ、代わりに中で練習していい?」
 「・・・・昼からは駄目だ。3時過ぎから出かける。6時ごろまでは帰らないだろうから、その間ならよし。」
 「やった、んじゃあいつらにも知らせなきゃな。」

 手早く掃除を済ませ、モヒカン男はチリトリを清水に手渡す。それを受け取り、清水は、

 「そういうわけだから、一旦出直せ。あ、キッチン、使うなよ、絶対。」
 「・・・・はーい。」

 残念そうにため息をつくモヒカン男。見た目に似合わず、料理が趣味らしい。

 「んじゃ、マスター。またくるわ。」
 「ん。またあとで。」

 そういって、男は店を後にした。箒とチリトリをもって、清水は店の中に入った。店の前には、空に舞う砂など少しもなかった。

 (もう昼か。そろそろ飯の支度だな。)

 ちらりと時計の方をみた。長針と短針が縦に一直線。短針は11を指している。カウンターの中に入り、冷蔵庫を開けた。中を見回し、

 「・・・・焼き魚かな。あとは・・・」

 冷蔵庫から、清水は大きく柔らかそうな鮭のアラを取り出した。それと、卵をひとつ。人参ときゅうり、トマトも手に取った。どちらも大きさや形は良くなかったが、色は大変濃かった。旨みが凝縮されているのが見ただけで分かる。次に、片手では掴めない程大きなレタス、それとじゃがいもを2個。

 「・・・サラダ、だな。」

 そういって、清水は腕まくりをした。




 カウンターに皿が並ぶ。
白焼きにしても、なお脂が皿に落ちる鮭のアラ。胡瓜と茹でた人参を薄切りにし、レタスと一緒混ぜ合わせ、オリーブオイル、塩、胡椒、酢で味付けしたサラダ。上にはトマト、茹でた卵にじゃがいもが薄切りにされて乗っている。それに、パリッと焼けた柔らかな白パン。真っ白なコーヒーカップに、湯気立つ真っ黒なコーヒー。

 (うん、まぁ、上出来だな)

 手を合わせ、いただきますと言い、食べ始めた。


 食事の間、やはり客は来なかった。昼飯時になっても、店の前を通る人の姿はない。
 フォークを胡瓜やレタスに突き刺す音、コーヒーカップをソーサーに置く音がひどく大きく聞こえる。

 「ごちそうさまでした。」

 空になった皿を前にして、きちんと手を合わせ、清水は言った。
 皿を重ねて片手で持ち、席を立つ。カウンターの中に入り、洗い場に皿とティーカップを置く。蛇口をひねり、カチャカチャと音を立てながら洗い物を始めた。

 (さーて、これ終わって、少し休憩してから差し入れでも作るか。えーっと、まずハムサンド。それからフルーツサンドだな。あとは・・・焼き菓子?かな)

 洗い物を終え、濡れた手を拭く。カウンターから出て、備え付けの椅子に座った。置きっぱなしにしていた読みかけの本を手に取り、再び読み始めた。


 それから、1時間後。


 (・・・ぬぁ?)

 気がつくと、清水はカウンターに身を投げ出していた。本のページは読み始めた時から1ページしか違わない。口には涎も少し垂れていた。

 (・・・え、寝てた?嘘、全然気づかなかった。)

 身を起こし、首を左右に振る。コキッコキッと音が鳴る。小さくため息。

 (あ、結構時間経ってる。差し入れ作んなきゃ。)

 首をひねって、古時計に目をやる。13時40分。
 清水は、カウンターの端に置かれた果物の缶を一瞥する。よし、いっちょやるか。





 「我ながら、なかなかの出来栄え。」

 そう言って、カウンターの上に置かれたバスケットを眺める。
 中には、白パンのサンドイッチ。スタンダードなハムを挟んだ物以外にも、果物を挟んだ物もある。それと、クッキーのような色形様々の焼き菓子。
 カウンターの向かい、備え付けの丸椅子には厚手のコートが置かれている。外見よりも機能を重視しているらしく、雪山登山にでも使えそうだった。

 手を洗って、清水がカウンターから出てきた時、

 「こんちわー、約束どおり来ましたよー。」

 店の玄関ドアが開いた。さっきのモヒカン男。違うのは肩から黒い楽器ケースを提げているところだけ。

 「こんにちはー、マスター。相変わらず暇だねー。」
 「・・・・こんにちは。」

 男の後ろから二人の女性。どちらも整った顔立ちだが、それぞれ違う美しさがある。
 親しげに声をかけた方の女性は、東国人の血が流れているらしく瞳と髪は黒い。背は低く、年もまだ15、6位だろう。顔にはまだ幼さが残り、耳が隠れる程度に伸びた髪はしなやかなカーブを描いている。楽器ケースは持っていない。
 挨拶だけの女性は、生粋の北国人らしい。背の低い子とは正反対の印象。年はまだ20を超えていないだろうが、落ち着いた雰囲気。高い背と、白というより銀色の髪を腰の辺りまで伸ばしているのが特徴的。背には三角形の楽器ケースを背負っている。

 「だが、いつ来ても清潔なのは見事だ。賞賛に値するね。」
 「うん、たしかに。なんでこんなに暇なのか、不思議だなぁ。」

 次に姿を現したのは、二人組みの男。年が離れているのか、一人は少年、もう一人は青年という印象を受ける。
 不遜な物言いをするのは、少年。肩の辺りまで伸ばした金髪の下には整った顔。だが、目付きは非常に悪い。左手には弦楽器の入っているケース。
 物腰の柔らかい青年は、ひどくやせている。尖がった耳と長い髪が他の誰とも違う。だが、彼が浮かべる自然な笑顔のせいか、あまり気にならない。金髪の少年と同じように、手には弦楽器の入ったケースを持っていたが、形状は少々違った。

 「あー、もうそんな時間か。あれ、メガネの彼は?」
 「あ、プーサン?今日はこねぇよ、何か閃いたらしくて部屋に篭ってる。」
 「あっそ。んじゃ、言ったとおり6時までは使っていいから。くれぐれも、厨房使うなよ。」

 モヒカン男と話しながら、清水はカウンターを出る。丸椅子の上に置いてあったコートを着始める。
 清水の言葉を聞いて、

 「えーー!厨房使っちゃ駄目なのー?ディーノの手料理期待してたのにー!」
 「アーネ、我侭言っちゃ駄目だ。」

 あからさまに不満そうな声を出すアーネと呼ばれた小柄の女。それを長身の女がたしなめるように言う。三角形の楽器ケースを丸テーブルの上に置き、アーネの頭を優しく撫でながらそう言う姿はさながら姉のようだった。

 「はーい、ロレーラ。・・・・ちぇー。久々においしいもの食べられると思ってたのになー。」
 「確かに、残念には違いない。ディーノは見た目から想像できないような料理つくるからな。」
 「おい、びっくりするぐらい失礼な物言いだな、トマスくーん。」
 「だから、くん をつけるなっていつも言ってるだろ!」
 「でも仕方ないよ。僕ら今までまともにお客さんやったこともないんだから。」
 「いつもコーヒーすら頼まないマシューが言うと、説得力があるね。」
 しぶしぶ納得するアネッテ。トマスと呼ばれた金髪の少年とディーノと呼ばれたモヒカン男との掛け合いに、まぁまぁと言わんばかりに仲裁するマシューと呼ばれた耳の長い笑顔の男。

 「それじゃ、練習がんばれなー。」

 コートを着終えた清水はそう言って、店から出た。手にはバスケットがひとつ。ドアにかけてあるOPENの木札をひっくり返してCLOSEへ。
 店の玄関の横に、小さなガレージがある。そこに置かれているのは、ピケと呼ばれるエアバイク。流線型のボディは純白。泥ひとつ飛んでいない。
 清水は、ピケにバスケットを積み、乗り込む。フットペダルに足を置き、腿でタンクを挟む。スカートのポケットからキーを取り出す。
 キーを挿し込み、回す。機動音は全くしないが、ピケは浮かび上がった。

 「まずは燃料施設の視察と神殿。次は病院で、あとはサファイヤラグーンをぐるっと回るか。」

 そして、ペダルを踏み込んだ。





 詩歌藩国の南に位置する燃料生成施設。エタノール生成の一部始終を制御・監視する管理棟や倉庫のほかに、醗酵・蒸留・脱水のための装置が埋立地にポツンと置かれている。管理棟の前には、一台トレーラーとエアバイクが停まっていた。
最近稼動し始めた期待のエネルギー産業を担うこの施設の視察は、あっという間に終わった。施設を一通り見学したあと、研究者と世間話をしただけである。明らかに形だけの視察だった。

 「さーて、次は神殿っと。」

 笑顔で研究者と別れ、エアバイクに乗り込む。

 「ガキども、元気にしてっかなー。」

 そう呟いて、清水はキーを回した。先ほどまでの品の良さそうな笑顔は無い。清水の顔に浮かぶのは、弟を思う兄のような顔だった。




 走り始めて半時ほど過ぎた頃、遠くの方に神殿が見えた。太い石柱、亀の甲羅のような丸い天井。周りは石壁で囲まれて、進む道の先に石造りの門がある。
 石壁が大きく見える頃に、雪に埋もれていた地面が白い石のタイルに変わった。タイルの上には雪がなかった。
 石門をくぐり、エンジンを止める。キーを抜き、ピケから降りる。
 神殿は大きい。遠くから見えた甲羅状の屋根は、下からはまったく形状がわからない。石の支柱は太く、一人では腕が回らない。敷き詰めらた石のタイルの上には、亀の石像が幾つか置かれている。

 「これは清水さん、こんにちは。今日はどうされましたか?」

 清水に気づき、神官見習いの若者が声をかけた。白を基調とし、金刺繍が施された服装。ひどく古そうな書物を何冊も抱えている。

 「あー、ガキどもへの差し入れ。あとでそっちにも差し入れするよ。作業おつかれさま。」

 「もう慣れましたよ。差し入れ、期待してます。子供たちも喜ぶでしょう、清水さん人気ありますから。」

 清水の言葉に、若者は柔らかい微笑みを返した。幾多の騒乱の中で、血と汗にまみれ、それでも諦めなかった人間にしかできないような、顔だった。


[No.6780] 2009/05/12(Tue) 22:14:35

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