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all 龍の自己進化 追加SSその1 - 士具馬 鶏鶴 - 2013/02/11(Mon) 23:10:48 [No.7777]
龍の自己進化 追加SSその2 - 士具馬 鶏鶴 - 2013/02/13(Wed) 00:02:40 [No.7778]
龍の自己進化 追加SSその3 - 士具馬 鶏鶴 - 2013/02/13(Wed) 23:55:47 [No.7779]
龍の自己進化 追加SSその4 完 - 士具馬 鶏鶴 - 2013/02/14(Thu) 23:27:28 [No.7780]


龍の自己進化 追加SSその2 (No.7777 への返信) - 士具馬 鶏鶴

 
 太陽の季節が過ぎて、入道雲が姿を見せなくなった。その代りに詩歌の空は一面のイワシ雲に包まれることが多くなる。雲の隙間から注がれる陽光は、海面近くを泳ぐ魚群の煌めきを髣髴とさせた。 NW最北端の詩歌に残暑はなく、秋晴れの下に吹くさわやかな風がこの国で最後の過ごしやすい季節の訪れを告げている。そして、その知らせに答えるように詩歌では収穫祭が催されていた。



 若い男が一人、ゴミ一つ落ちていない海岸で立ち尽くしている。
 神経質そうな顔に伸ばしたままの長い銀髪。針金のような体を深い緑のタートルネックに青いジーパン、最後に洗ったのはいつなのか知れない白衣で包んでいる。頑丈そうな革製の大きなカバンを手に持って、首にはIDカードをぶら下げている。バイオエタノールプラント主任、テオドール・ヴィルヘルムソンと書かれていた。

 海岸には彼以外誰もいない。収穫祭の喧騒も、この海岸までは届かなかった。


 「はぁ〜、いつみても馬鹿でかい繭だ。」
 (これで近海の生態系に悪影響を与えていないんだから、さすがは水竜。繭自体の組織を調べてみてもさっぱりわかんないもんな。)

 馴れた手つきで鞄から試験管を取り出し、ざぶざぶと海へ進んでいく。繭の近くの海水を採取し、蓋を閉めて鞄にしまった。


 初夏に水竜の繭が出現したことは、バイオエタノールプラントにも知らせが届いた。それだけなら世間話の種にでもなったろうが、その出現した場所を聞いたときに笑い話ではすまなくなった。というのも、件の繭が出現した海岸の近海は、詩歌藩の燃料問題の解決策として提案された海藻を利用した燃料生産に使用される原材料生産試験場だったのだ。

 この報告を受けたプラントは直ちに当該海域の調査を決定、総力を挙げて繭が与える水質への影響を研究することになった。この突然降って湧いた大仕事の現場責任者に祭り上げられたのが、海藻を利用して燃料生産を行う構想を立てたこの男だった。


 (調べりゃ調べる程わからん。水質の汚染どころか、明らかに良くなってる。元々水質には恵まれていたが、今のこの海は奇跡の産物だ。人の手でここまでもってくるのにどれだけかかるか…。)


 海から上がって砂浜に腰を下ろし、靴の中に入った水を出していた時、繭に書かれた文字が見えた。下の方に青いクレヨンで「はやくおおきくなってね。」と書かれている。ミミズの這ったような字だった。少し色が落ちてしまっている。


 水質調査をする立場としてはあまり褒められたものではない。ただ、この心がわからないほどひねくれているとは思いたくなかった。すくなくとも芸術祭の時に上司に誘われるまで研究に没頭していた昔よりはましになったとは思いたい。


 (せっかくの収穫祭だ、ビールの一杯でも飲んでから研究所に戻ろう。あの上司の悔しがる顔が目に浮かぶ。)


 にやりとほくそ笑みながら、男は立ち上がった。砂を払って、足は遠い喧騒の方へと進んでいく。年甲斐もなく、心躍らせながら。


[No.7778] 2013/02/13(Wed) 00:02:40

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