龍の自己進化 追加SSその1 - 士具馬 鶏鶴 - 2013/02/11(Mon) 23:10:48 [No.7777] |
└ 龍の自己進化 追加SSその2 - 士具馬 鶏鶴 - 2013/02/13(Wed) 00:02:40 [No.7778] |
└ 龍の自己進化 追加SSその3 - 士具馬 鶏鶴 - 2013/02/13(Wed) 23:55:47 [No.7779] |
└ 龍の自己進化 追加SSその4 完 - 士具馬 鶏鶴 - 2013/02/14(Thu) 23:27:28 [No.7780] |
詩歌の冬は苛烈を極めている。立冬の頃は雨も降ったが、今では雪ばかりであった。色様々に装っていた山々は、既に枯山と化して、雪布団の中で眠りについていた。高いと感じた空は、今では厚い雪雲に閉ざされている。何より、人間の多くは生活基盤を地下に移し、空を見ないで過ごす日が増えた。 今、この国の地表で見られるのは専ら寒さに強い犬士達だった。 その日の夕方、二匹の警官犬士が海岸沿いを歩いていた。 どちらもシベリアンハスキーで、その容姿には似つかわしくないほどに、歩みは遅い。海はひび割れた氷に埋め尽くされており、一隻の船も見えない。近くの商店は軒並み冬越えの支度が整えられており、人の出入りが絶えて久しかった。雪の敷き詰められた道には二匹の足跡しかない。 「はー、さすが年の暮れ。吐く息の白さが今年一だ。」 片方の犬士が大きく息を吐き終えて、しみじみつぶやく。 「こういう日はグツグツ煮立ったトマト鍋つつきながら冷えた黒ビールをやりたいな。コル、たしか署にトマト缶が大量になかったっけ?」 コルと呼ばれた犬士が尻尾をぶんぶん振りながら目を輝かせた。 「あった、あった!備蓄のじゃがいもが切れて、代りにやっすいトマト缶大量に買い付けて、署長がカンカンだった。ナイスだ、カロリ。」 カロリと呼ばれた犬士の得意げな顔。 「交番の冷蔵庫に近所のおやじさんが持ってきた野菜や魚もあるし、あとは酒か。」 「そっちも心当たりがある。まかせとけ。」 そんなことを話しているうちに、海岸の端まで来ていた。気づけば、遠目に見えていた水竜の繭がずいぶん大きくなっていた。積もった雪も相まって、巨大な雪玉のようである。 「あれ、賢者のじいさんだ。」 「なにやってんだ、折角の大晦日にこんなところで。」 水竜の繭の近くに老人が一人立っている。 長く伸びた白い髭を風に揺らして、くたびれた深い藍色の三角帽子に同じ色の貫頭衣、ワインレッドの外套で身を包んでいた。人の背丈程もある杖を握り、空いた手には小さくなった青いクレヨンを持っている。その深い藍色の目が年不相応に輝いて、とても70を超える老人のものには見えなかった。 コルとカロリは声を掛けるのに躊躇ったが、自分達が警官であることを思い出して、その職責を全うすることにした。声掛け活動こそ、警邏の基本である。 「よー、じいさん。寒い中、何やってんだ?」 「せっかくの大晦日なのに、コンサート行かねぇのか?」 荒海の賢者は髭をなでながら、魔法使いのように笑った。先ほどまで目の輝きは既に消え、年相応の落ち着いた眼差しである。 「わしは今年最後の仕事をしておったのよ。そっちも大晦日まで仕事とは、ご苦労なことじゃ。」 「まぁ俺らは所帯持ちってわけでもねぇし、こういう日はどうしても仕事が入っちまうもんさ。それより、じいさんはコンサートにはいかねぇのか?」 不思議そうにカロリが首をかしげる。詩歌では大晦日の日は神殿や音楽院などでコンサートが開かれる。そんな人が集まる場所までは地下通路で各家々は繋がっているので、大晦日はコンサート会場のどこかで年を越すのが慣例だった。 「まぁ、老体には人ごみはこたえるからの。今日はこのまま帰るわい。」 「なら、これからトマト鍋でもつつこうかって話なんだが、じいさんもどうだ?」 コルがそう言うと、間髪入れずに、 「酒の方も心当たりがあるぜ、じいさん。」 とカロリが続けた。 「ふぉふぉふぉ、そうじゃな。今日は特別な日じゃし、せっかくだからご相伴にあずかるとしようかの。先に交番に行っておいてくれ、良い酒があるから持っていこう。」 と満更でもない返事を返す賢者。 「んじゃ、さっそく行こうぜ。交番寄って具材を調達して、じいさんと合流したら署に直行だ!」 意気揚々と浜を後にする彼等の後には、水竜の繭だけが残された。 その繭の下のほうに、小さな落書きがある。どうやらクレヨンで書いたらしい。青色で「はやくおおきくなってね」とある。何度か字が消えてしまったのだろうか、上から同じ色のクレヨンで字をなぞっているようだった。 [No.7779] 2013/02/13(Wed) 23:55:47 |
この記事への返信は締め切られています。
返信は投稿後 180 日間のみ可能に設定されています。