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all 龍の自己進化 追加SSその1 - 士具馬 鶏鶴 - 2013/02/11(Mon) 23:10:48 [No.7777]
龍の自己進化 追加SSその2 - 士具馬 鶏鶴 - 2013/02/13(Wed) 00:02:40 [No.7778]
龍の自己進化 追加SSその3 - 士具馬 鶏鶴 - 2013/02/13(Wed) 23:55:47 [No.7779]
龍の自己進化 追加SSその4 完 - 士具馬 鶏鶴 - 2013/02/14(Thu) 23:27:28 [No.7780]


龍の自己進化 追加SSその4 完 (No.7779 への返信) - 士具馬 鶏鶴

 初凪が詩歌の海を撫でて久しい。氷で埋め尽くされた海面が、日を追う毎に色を白から藍へと変えた。風花が舞う冬日和が少し和らぎ、軒先に連なる氷柱がその背を縮ませていく。シュティオンの雪嶺が音を立てて崩れるのも、それほど遠くはないだろう。凍港も幾日か過ぎれば、漁師達の怒鳴り声を取り戻す。啓蟄を知らせる春一番が、このNW最北の地に吹こうとしていた。


 夜明け前の海岸で老人が一人釣り糸を垂れている。
 長く伸びた白い髭を風に揺らして、くたびれた深い藍色の三角帽子に同じ色の貫頭衣、ワインレッドの外套で身を包んでいた。手にした人の背丈ほどもある古い木の杖に、生糸を結んで釣り針と赤い浮を引っかけただけの代物を釣竿にしている。

 この時期にこの場所でこの時間帯に釣竿を出したところで、釣れはしない。そんなことはここで暮らしている者なら誰でも知っている。無論、この老人もそのことは良く知っていた。日々海を眺めて暮らし、漁師よりもこの海を知る者がそれでもここで釣りをしている。

 「釣れますか?」

 どこからともなく現れた吟遊詩人が、歌うように老人に尋ねた。手には古い竪琴を持ち、旅装束に身を包んでいる。フードの下から見える髪は白く、顏は男か女かの区別がつかない程に整っていた。

 「さっぱりじゃな。この時期にこんな場所で釣り糸を垂れた所で何もかかりはせんよ。」

 老人は顏を向けもせずに答えた。お目当ての魚が釣れたらしかった。

 「そんなことよりも、一つ聞きたいことがあるんじゃよ、九音・詩歌殿。」

 老人はくるりと向きを変え、吟遊詩人に問いかけた。
 その深い藍色の目が年不相応に輝いて、とても70を超える老人のものには見えない。そこにいたのは寒さに震え眠い目をこすりながら我慢して釣りをしていた老人ではなく、NWで唯一「荒海の賢者」という称号を与えられた世界の守り手の一人であった。

 「私に答えられることならば、荒海の賢者殿。」

 吟遊詩人はNWの隅々を共に渡り歩いた古い外套のフードを外した。
 青みがかった白い髪は長く伸びており、絹のように滑らかに波打った。空色の瞳は澄み切っており、威厳すら感じられる。そこにいたのは気ままに世界を巡る吟遊詩人ではなく、領土を収めわんわん帝国の威信を守る藩堀の一人、九音・詩歌藩王だった。

 「わしは寒いのが嫌いじゃ。今まではずっと旅から旅への人生で、寒い所に留まることなどせんかった。それでも、この国に居つくようになったのはここにいた水竜達がわしを歓迎してくれたからじゃ。」

 荒海の賢者は淡々と話した。九音・詩歌は何も言わない。自分がこの賢者を相手に口にできることは、おそらく一言、二言ぐらいになるだろうと考えていた。

 「この国に流れてきた頃は、この国の冬がこれほどのものとは思いもせんかった。おかげで凍え死ぬところじゃったが、水竜達がわしを自分の体の中にいれて寒さを凌がせてくれての。寒さに体が慣れるまで随分世話になったもんじゃ。」

 九音・詩歌は昔の詩歌藩を思い出していた。燃料生成施設や海藻を利用した燃料生成技術などがなかったころ、暖をとるにも事欠く程に燃料問題は深刻であり、悩みの種の第一が燃料だったことは今でも忘れられない。

 「その恩を少しでも返そうと、わしの持つNWの海の知識を水竜達に与えたのじゃ。最もそれを最大限に生かして、おぬしらに力を貸すと決めたのは水竜達の意思じゃ。そして、この繭の姿になったのも全てはおぬしらに力を貸すと水竜達が決めたからじゃ。だからの、水竜に大恩ある身として、そしてあの物騒な剣の管理人として聞かねばならぬ。」

 賢者はまっすぐに詩歌の目を射抜いた。瞳の色は、帽子の青よりなお深く、鮮やかな海色の叡智を秘めている。

 「繭から孵った水竜が、あの剣の煌めきをその目にすることはないと言えるか?九音・詩歌藩王。」

 九音・詩歌は荒海の賢者の目をまっすぐに見た。賢者の背後にある海岸線が夜明けの太陽に光り輝く。この藩王の瞳は、生来の澄んだ空色に陽光の色が差し込んで、燃え上がるようだった。

 「最善を尽くします、水竜との友情に誓って。」

 かつて、海戦に出向く水竜達を眺めながら致し方ないと言わねばならなかった自分を思い出した。あの頃の私にこの賢者を前にして友情という言葉が使えただろうかと考えたが、結局よくわからなかった。

 「頼む。わしにとっても大事な友じゃ。この老い耄れにできることなら力も貸そう。」
 「ありがとうございます。近い内に改めてご挨拶に伺います。」

 詩歌は深く一礼した後、荒海の賢者の顔をもう一度見た。その目は年相応に穏やかなものになっていた。そこにいたのは寒さに震え眠い目をこすりながら我慢して釣りをしていた不思議な魅力を持った老人である。

 藩王ではない吟遊詩人は賢者の脇を抜けて、水竜の繭の方へと歩いていく。その横まで来ると、繭を一撫でした。別れ霜が掌で崩され、繊維とも金属とも知れない繭が陽光に照らされて輝いている。

 何の前触れもなく、吟遊詩人は歌い始めた。それはこの年に限って、この国の誰よりも先に繭に聞かせたい歌だった。

  春 雪溶けて 水ゆるみ 緑恋しく  夏を待ち

  夏 緑眩しく 咲く花に 実り予感し 秋へ向かい

  秋 実りし穂 金の波  闇に輝き  冬に見ゆ   

  冬 闇深く  音も無く 雪積もり  春を望む


  季節は 巡り  芽吹き 育ち 種を残し 地に還る
 
  魂   生まれ 惑い  育ち 環に還り 環になって巡る


 繭が、揺れる。海の薄氷が音を立てて割れた。


  青空に響くその声は 春を待つ想いの歌

  ふりそそぐ光の中で 恋しい緑に捧ぐ歌

  跳べ 春だ 跳べ 春だ

  溶けゆく雪を雫に変えて 冬の終わりを告げる歌

  やわらぐ風の香りに笑い 芽吹く若葉を祝う歌

  跳べ 春だ 跳べ 春だ

  共に手を取り春を踊ろう 巡る季節の円を繋ごう


 春の訪れを告げる歌が、この国に新たな友を呼ぶ。
 共に春の訪れを喜ぶがために。
 共にこの世界を生きるために。


[No.7780] 2013/02/14(Thu) 23:27:28

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