しまのたかしハイブリッド人生心理学 島野隆ブログand掲示板
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●島野の著作そしてハイブリッド心理学に関する感想・質問・ご意見など投稿して頂けます^^。
●心の悩みのご相談
については、ハイブリッド心理学「取り組み実践」を進めるためのポイントヒントなどを、ここではごく簡潔アドバイスいたします。
*より詳しくアドバイスするとどのようなものになるのかは、
 
メール相談事例集実践編書籍など読んで頂くと参考になるかと思います^^。
返答入れて頂いた順に返していきます。日数がかかることもありますので、ごゆっくりお待ち下さい^^。


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久々の経過報告 / 引用
No.1238 2017/03/03(Fri) 14:31:00

お久しぶりです。
今年に入って以降、自分の予期せぬ形で価値観について切り込めたので、ご報告いたします。

私の対人関係の中で、以前「仕事中に柄の悪い連中に目を付けられやすい」事などのご相談をした事がありますが、それ以外にも、比較的面倒な方々に懐かれやすく、振り回されやすい時期も少なからずありました。
そして、また最近SNSにおいて同じような目に遭い、結局こちらが接していくのは無理だと感じて突き放したのですが、何故このような懐かれ方をするのか・・・と自分の傾向に疑問を感じ、改めて確認をしてみました。
結局は「自分の心や体がどう動いてるのか」について、完全に見えてなかったのが原因ですが、それまで無意識に、自分に対して「辛そうにしてる相手の事を分かってやらないといけない」という圧力を掛けている自分があり、そしてその奥底に「親の辛さを分かってやろうと必死になってるのに、イジメなどで辛かった自分の事は親から分かってもらえず、慰めも何も無しに、優等生の模範解答みたいな上っ面のアドバイスしかくれなかった」という学童期の自分の辛い感情があったことに気付きました。その影響で、内面の奥底では、思い切り「分かり合い認め合う」側に居たなあと。
その圧力によって不本意な人に思わず声を掛けてしまい、挙句に振り回されてしまうのだ、と結論付けると、肩の荷がどこかで降りた気分でした。
「私はメンタルヘルスの専門家でもないし、そういう方々が辛そうにしていても、自分の足で立って歩くことを期待すればいい。身内でもないのだから、私が何かしてやる必要は無いのだ」と。

これによって、本当の意味で「未熟な愛」からの抜け出しに向けて、かなり前進できたように思えます。
今までの私の問題自体が、どちらかと言うと自尊心寄りの問題だと思い続けていたので、想定外の結果ではありましたが。

その後の自身の様子も、かなり予期せぬ形になりました。
結局前回のご相談の後、しばらくすると、アドバイスを受けた行動法に則って仕事をしているにもかかわらず、やはりガラの悪い連中に目を付けられ続けることは変わらず、完全に嫌になって仕事では精一杯手を抜いてたわけですが。上記の愛に関連する項目での変化が起きてしばらくすると、仕事に対する嫌悪感が多少減ってる自分に気付きました。とは言え「また訳の分からん連中に目をつけられたら・・・」という不安は、特に治安の悪そうな週末深夜の作業において強く残っていますが。
想像の域を出ないですが、上記の変化で自立の意志が明確になったのかも知れない、とも思えます。
変化があった直後にまた「ハイブリッド人生心理学の取り組み実践・詳説」を一読し、それに沿ってアレコレ思考したのもプラスになったのかも知れません。

更にブログの記事の中から「感情を鵜呑みにしない」ことについて読み漁り、以前に比べて内容に対する納得感が多少増したように思えます。
「感情と行動の分離」については、ご説明通りの事がどうしても出来ない状況がずっと続いてましたが、ようやく、自覚した動揺場面で試してみようかというレベルにはたどり着けた気がします。
かなりノロノロした進み具合ですが、スタートラインにようやく近づき始めた感じではあるのかも知れません。

今後は「愛を求めずに人に向かっていく姿勢」を意識しつつ、「感情と行動の分離」に関して、より理解を深めていこうと考えています。


 
「愛」についての「心の依存から自立への転換」^^ / しまの 引用
No.1241 2017/03/16(Thu) 11:30:17

>かなりノロノロした進み具合ですが、

まあ取り組み人生そのものですので、急げば先にいけるわけでもないですので^^。
に、今どう自分の人生の前進に向かうか、ですね。

>今後は「愛を求めずに人に向かっていく姿勢」を意識しつつ

『入門編下巻』の以下などの話になりますね。「9章 愛への道」P.281)
========
 今まで、人の愛情や温情を得てから、「活動」が始められると考えていたかも知れません。働くことも。遊びを楽しむことも。買物をすることも。そんなものとしての「愛」への高い意識を持つことが、自分の支えであるかのように感じていたかも知れません。
 しかし愛を遠ざけたのは、まさにその姿勢だったのかも知れないのです。そのつながりを、私たちの意識は捉えることができないような形で。
 見えてくるのは、それとは全く逆の道です。愛がないところにおいて、行動していくのです。そのための具体的な考え方を、建設的な行動法と社会を生きる知恵とノウハウとして学ぶことができます。
========


「愛がこうあるべき」という意識守ることが、自分の中人への愛生み出すための死守線のように感じていた。それとはまさに全く逆の姿勢こそに、自分の中人に向かうための愛生み出すことが見えてくる。
「心の依存から自立への転換」関連する、大きな転換になると思います^^。

さらには、「ガラの悪い連中」「訳の分からん連中」という感じ方そのものについて、それは何をどう感じていたのか、別の感じ方はあり得ないかなど、検討できるかも知れませんね^^。



怒りにつてい / green 引用
No.1220 2016/10/06(Thu) 20:14:56

怒りについて質問があります。他人から不当な扱いを受けて苦しみを味わったと感じた時に、その相手に対し怒りを感じ、その相手が不幸になることを願う気持ちになることが時にあります。その状況を分析すると、自分は正当に扱われるべきであるという欲求があり、それが理想となって、その理想を守ろうとしているように思います。またその守られるべき理想に従わない他人は罰を受けるべきだという思いがあるように思います。この理想に対し、怒ったところで変わることのない不当な扱いを受けたという現実があります。自分がどんな理想を持とうとも、それとは関係なくお互いに傷つけ合ってしまう不完全な現実があります。現実というものが圧倒的な力で全てを包み込んでるように見えます。理想を手放し、その現実の流れに委ねることが、怒りを手放すことであり、神になることをやめることではないかと思いました。理想を持っていることを認識し、それを持つことの不合理さを理解し、現実を受け入れることで怒りを感じることによる苦しみから解放されるのではないかと思いました。このような考えはハイブリッド心理学的に正しいでしょうか?


 
まず具体的な思考法行動法への取り組みから^^ / しまの 引用
No.1225 2016/10/13(Thu) 07:40:26

>理想を手放し、その現実の流れに委ねることが、怒りを手放すことであり、神になることをやめることではないかと思いました。理想を持っていることを認識し、それを持つことの不合理さを理解し、現実を受け入れることで怒りを感じることによる苦しみから解放されるのではないかと思いました。

う〜ん、ただ理想を手放すことで怒りを手放すというのは、神になろうとするのをやめるというより、積極的な前進全体捨ててしまうような・・^^;
「理想」持つこと自体不合理ではないと思いますヨ^^。「前進の方向性」なるものだと思います。

ハイブリッド心理学での「神になろうとするのをやめる」というテーマは、一言で、「未熟」「弱さ」基盤にして人間が抱く、深層意識レベルでの「神になろうとうする衝動」を、「真の強さ」の獲得足場にして、一種「悟り」のように、その深層衝動気づき捨て去るといった、結構難解な話であるのが実情です。

まず「未熟」「弱さ」脱する成長全版の歩みだというになりますね。深層衝動への悟り取り組み先立ち思考法行動法などの具体的な取り組み重要になります。


>他人から不当な扱いを受けて苦しみを味わったと感じた時に、その相手に対し怒りを感じ、その相手が不幸になることを願う気持ちになることが時にあります。
>自分がどんな理想を持とうとも、それとは関係なくお互いに傷つけ合ってしまう不完全な現実があります。

どんな悩みなのか、その具体的内容を言って頂ければ、まず思考法行動法レベルでの具体的アドバイス返せるかと思いますので^^。


 
Re: 怒りにつてい / green 引用
No.1227 2016/10/16(Sun) 21:03:49

掲示板に書き込んだときは、怒りと憎しみの感情に心が覆われていて、その心の状況を見たときに、見えたものを書き込んだ次第です。今は怒りと憎しみの感情が落ち着いて来たので、思考法行動法は建設的なものを選ぶことができそうです。具体的な内容はなかなか書きづらい面もあり、内面の状況のみを書きました。感情的なものは結構、生理的な面があると思います。その生理的な面が落ち着いて来たのではないかと思います。
外面的な状況は、自分がまるで嘘をついたり他人を利用したりしてより良いものや立場を得ようとする人であると思われ、そのような内実の共わない見せかけだけの変わり者で価値のないようような人間として扱われるような状況です。誇張や推測が入っていますが、ざっとこんな感じで、見下されたり敵対的な態度で扱われるという状況です。恐らく多数の他人が自分について持っているイメージが全く身に覚えのないものであるという感覚です。それらの感覚が自分の内面の投影である面も多々あることはわかるのですがざっとこんな状況です。そんな状況下にかなりの長期間置かれている感じです。これまで怒りを感じたり自分に問題があると思ったりを繰り返しております。


 
「人の目」への惑いを超えた「現実において生み出す」という歩み^^ / しまの 引用
No.1229 2016/10/27(Thu) 10:27:11

2つの話できるかと思います。

1.自己内面の「投影」「外化」を理解する

>恐らく多数の他人が自分について持っているイメージが全く身に覚えのないものであるという感覚です。それらの感覚が自分の内面の投影である面も多々あることはわかるのですがざっとこんな状況です。

確かに、「投影」である多々あると思います^^。
特に注目したいのは、「全く身に覚えのないものであるという感覚」という部分ですね。心理学的に、かなり奇妙なこと起きているらしいものとして。
つまり、「恐らく多数の他人が自分について持っているイメージ」とは、greenさん心の中で抱く空想であり、外部あるものではない。よって、それが「全く身に覚えのないもの」あることは、あり得ない。というになるかと。
この理屈よろしいですかな。つまり「恐らく多数の他人が自分について持っているイメージ」とは実は自分自身が自分について抱くイメージの中で、人に抱かれることを怖れるものだ、という。もし本当に身に覚えさえないものなら、そもそも他人がそんなイメージを自分に向けているという発想さえ、しようがない、という
まあそれが「身に覚えのないイメージを他人が自分に向けている」という空想なるとは、その自己イメージ否定しようとする「抑圧」それだけ強いのだろうと、心理学的には解釈されるものになるかと思います。

「空想」と「現実」を見分ける

ということで、アドバイスが大きく2つになってくる次第です。
まずは、今言っている「投影」「外化」であることの確認
これは作業としては、そうであることの確認というより、に、他人が自分にどんなイメージを向けているかを示す客観的事実どのようにあるのか確認です。
つまりまあ、実際に何か言われたのか、というですね。
そうしてまずは、何が空想であり何が客観的事実なのかの、区別をしっかりとすることですね。

そうして
>そんな状況下にかなりの長期間置かれている感じです。
というのがそう空想しているというであれば、「怒り」不合理なものとして、多少鎮まるのでは、という

2.新しい生き方姿勢と行動法への視野

もちろんそれであとは気にしないように、という消極安直ではなく、根本的克服は、対人姿勢対人行動法そして人生への姿勢といった全てにおおいて、現状のものとは違う、新たなものへの視野をいかに持ちそれに向かうかある、と言えると思います。
つまり単刀直入ぶっちゃけた表現をするならば、こんな話。
基本的に人の目目当ての生き方をしているからそうなる。それとはまったく異なる、「現実において生み出す」という対人姿勢、対人行動法そして人生の前身への視野を持ち向かうと良い。
といったもの。

まあそう聞い「人の目目当てに生きているつもりはない」お感じになるかも知れませんが、まさにそれ「抑圧」だとは言えるかもしれません。
そもそも我々人間は、人の目の中で生きる存在であり、自分の行動の仕方がどう正しいかを、最終的には人の目によって判断できる存在だと言えます。
しかしそこで、人の目に悩み惑い、自分を見失っていく者と、人の目に揺らぐことのない自己を築く成長へと向かう者がいる。この違いか。
その違いとは、自分向上させるための方法として、人の目に高く見られるであろう自己イメージを自分に当てはめ強いるという方法を取ろうとするものと、ありのままの自分を原点として受け入れ地道で着実な一歩一歩の向上に向かおうとするものとの違いだ、というのがハイブリッド心理学考えです。

惑い動揺を込みにした前進

前者は、「こんな自分に・・」という焦りとストレスさいなまれるのみではなく、「偽りの見せかけ」に向けられる他人からの白い眼の感覚苦しみ、やがて、こんな自己理想など持たないのがいいのかという疑念から、人生そのものへの不明へと陥っていく、というのがかなり典型的な流れになります。
後者まさにその正反対・・という安直なものではないのがまさに理解のポイントになります。つまり「ありのままの自分を原点として受け入れる」とは、前者の状況を原点として受け入れて一歩一歩の向上に歩む、ということなのですから。
つまり、自己理想を自分に押しつける焦りストレス、そして偽りの見せかけへの他人からの白い目への怖れといったものの存在を、認め、受け入れることを込みにして、一歩一歩の向上歩む、のが後者になるということです。そうしたものを、人それぞれの程度において免れないのが、我々人間「未熟」からのスタートなのですから。

そうした歩みとしてあるのが、「内面感情はただ流し理解し、外面行動は建設的なもののみ行う」という「感情と行動の分離」に始まるハイブリッド心理学取り組み実践だということになります。

料理名人になるためには、「愛情を込めてつくる」なんていう精神論ではどうにもならず、何十という食材について学び何百というレシピ考え何千実際調理体験積む、ということになると思います。
それと同じように、「こんな自分」という焦りストレス人の目への怖れドツボにはまるのを踏みとどまりながら、「こんな自分」という自己理想捨てることなく、やがてはそれに近づくことも視野入れるような、生き方姿勢行動法学び実践は、こんな場面ではこれがベストでは?といった何十パターンもの学び模索、そして何百という生活と人生の体験積み重ねによって、というものになります。

「現実において生み出す」

ここまでハイブリッド心理学のご紹介段階であり、実際の取り組みは、より具体的な場面内容ごと詳しい話になってきます。
それでも、多少状況を想像して、大きな方向性として言えること書いてみましょう。

考えられるのは、

>外面的な状況は、自分がまるで嘘をついたり他人を利用したりしてより良いものや立場を得ようとする人であると思われ、そのような内実の共わない見せかけだけの変わり者で価値のないようような人間として扱われるような状況です。

との文章省かれているものとして、「フレンドリーさや親切さの人間を演じて」というような言葉当てはまるのでは、というものです。
そこに、「偽りの見せかけへの白い目」といった怖れ感覚生じ得る
「理想」書いておられるものも、そうした「人物像」「人物印象」の理想ではないかと思います。

ハイブリッド心理学取り組み実践では、まずそうした「人物像」としての「自己理想」「人の目イメージ」などは、「ただ流し理解する」という内面感情側位置づけます。
そして外面行動側では、新たな行動法として、「ハーバード流交渉術」などの「行動学」学び、実践の模索をすることを行います。
「行動学」ポイントは、まさに「人物を問わない」ことにあります。人物印象の良さによって得をするというのとは別世界の、行動法そのものの洗練によって最善の結果を現実において生み出すことに向かう、心の世界知るのです。

この、内面理解外面行動法両輪に、自分の人物像を意識することなく、やがては自分の人物像を可能な頂点にまで高めるであろう歩みへと向かう何年もの歳月をも通してです。
そこでは同時に、「嘘をついたり他人を利用したりしてより良いものや立場を得ようとする人」と見られるなんて懸念など微塵もなく消える、自分自身によって価値を生み出す形での、大きな人生目標定めるといった出てくるでしょう。

「神になろうとするのをやめる」というのは、そうして「現実において生み出す」という歩みで、「真の強さ」知り獲得することを足場に、「弱さ」基盤にして意識深層人間が抱く「神になろうとする衝動」をに気づき捨て去るという「悟り」のようなものになる、というのがハイブリッド心理学考えです。

ざっとそんな話になりますね^^。
「行動学」については、アドバイス良く出るテーマなので、最低限の情報へのリンクなど
『辞典』 - 行動学
載せていますので参照頂ければ。より豊富な説明情報へのリンクなど今後整備していきますp(^^)q

あとは前アドバイスの通り、具体的場面内容に応じた具体的アドバイスご希望であれば、また新規トピックなどで何なりとご相談頂ければ^^。



「問題の起き始め場面」 / 治男兄さん 引用
No.1224 2016/10/12(Wed) 12:50:41

問題の起き始め場面は何であったか。
全ての始まりは、「私悪い事をしてる」というこの短い一通のメールからです。
当時は何を言っているか分からず、私の不倫がその理由と理解し、そんな事はない、
相手の女性も離婚暦があるから、理解してくれていると思い込んでいた。
その後も何度か夕食を共にしたが、あの忌まわしい発言があった。
聞こえない振りをして、一人になってからずいぶん考えた。
「私貴方の前から消える」と小声で言った事もある。これも聞き流してしまった。
全ての根源がここにあると考える。
1月1日の元旦に朝から近くの海の見える場所に行き、昼食を食べた。
愛していると言うと何故か顔を左右に振る。何の意味か聞く事を怠った。
彼女は夕方になるとそそくさと帰ってゆくのが通例だった。
それ以降、あの忌まわしい発言が頭から離れず、1週間くらいメール連絡はしなかった。
2週間後か1ヵ月の間少しのメールに対しても返事が来なくなった。
メールの着信拒否をしていると思った。相手が全く連絡してこない事も不愉快に思い、
「嫌いだ。カス」などというメールを送った。ごく一時的な感情だが、相手には応えたと
思われる。2月に入ってからと思うが、電話連絡をした。
メールの拒否はしていない事が分かった。また、嫌いだ、カスが私の本心だと勘違いして
いた。これも後で分かった事だが。なぜ嫌いだなどというメールを送ったかというと
ここでは書けない極めて不愉快な忌まわしい発言を私に投げかけて知らん顔していたから
という理由だが、その事を伝える事が出来なかった。これにも重大な問題があると思う。
それ以降は、私が好ましいと思う写真などをメールで送るなどして、割と普通のやり取り
があったが、「貴方ならすぐ彼女が出来る」「ずっと引き止めるような事してるね」
というメールが来るに至り、全く私に愛情を感じていないような、当たり障りのない
ことだけ返信してくるようになった。そして、「何度もメールで言ったように、家族を
大切にして」というメールがあった。何度もというが、これが初めてのことだった。
他の男とのやり取りを間違えて私に送ったと勘違いしていたらしい。
この半年程度の期間、全てメールだ。
あまりに気になったので、電話した。普通に会話して、大丈夫なんだね、元気なんだねと
確認した後電話を切ると、「もう電話しないでください」というメールが来た。
全く、何が何だか分からなかったから、それからもメールで何度もやり取りしたが、上手に逃げてゆくというかあしらっているのが分かった。ますます、不愉快と不安でいたが、結局「自分勝手で卑怯でインチキで人非人だが、そんな君を愛した」というメールを送った。
怒り心頭に発したのだろうと思われるが、さよなら、約束は破棄しますというメールが来た。
私は、分かっていればよろしい、約束は破棄しないというメールを送った。
その後半年位して、私の身近にいる方々と夕食をとっている事が分かり、私にもメールが
来た。「お久しぶりです。とりあえずメールが来たから。私メールはしません」という
メールが来た。頭にきたので、どうして奴らに会えるのに俺には会えないのか、私を
陵辱するにも程がある。奴に小さな小瓶の芳香剤を送ったのは何故か、恋人なのかとメールを送った。
その相手が二股の相手である。
それ以降、着信拒否・メール拒否となった。
それから長い間考え続ける事となった。今年に入って、二股を掛けられていた事を知った。
そして、様々な言動に全て辻褄が合った。そのころ、全てが分かった。責めたりしないから、会話しませんかと留守電に残した。
固定電話なら繋がったから数回連絡したが、連絡は全く来ない。電話番号も変えられた。
彼女が私を勝手に分かれた事にした時点が、私悪い事してるという時期と一致し、回りから少しの情報で二股が発覚し察しがついたという状態だった。
全てが分かって全てがとっくに終わっていた事が分かった。
ちゃんと会って話してくれという私の願いは最後まで実現できなかった。


 
「愛を育てるための心のルール」^^ / しまの 引用
No.1228 2016/10/20(Thu) 11:10:11

より早い時点での対処行動

>全ての始まりは、「私悪い事をしてる」というこの短い一通のメールからです。
>「私貴方の前から消える」と小声で言った事もある。これも聞き流してしまった。

この辺確か問題始まり時点という感じはありますね。一方後の方は、もう始まりというより泥沼段階のような^^;
あとその始まり段階にしても、実はもっとさらに以前に、互いの関係がスムーズでないことに気づける時点あったのではと想像いたします。
いずれにせよ、より早い段階で、自分がもしこういう行動法をしていれば、より良い方向へと事態も動かせた、というものを自身で考え得るようになるのが、取り組みになると思います。

ごく単純な話、
『「問題の起き始め場面」に取り組む^^』 しまの No.1223 2016/10/11
での
1.連絡拒否などの仕打ちを回避する行動法・・・「相手を変える
一つの方法とは、相手に脈がない察知した時点で、先手を打ってこちらからは連絡しなくする、といった行動法を取れば、まず連絡拒否されることもない、といったがあります。まこっちから連絡しないのなら相手にとっても連絡拒否する手間不要というですね^^;
でもそれでは、可能性もあまり育てられない消極一辺倒ですので、よりバランスの取れた指針として、ハイブリッド心理学から言えるものをお伝えしようかと思います。
なおそうした消極策のようなものも、「行動法バリエーションの思考」というとしては、あらゆる候補を考えつけることが重要だというになると思います。


「愛を育てるための心のルール」

ということで、よりバランスの取れた指針を、「愛を育てるための心のルール」としてお伝えしようかと思います。

4つほどあります。関連資料へのリンクなど整理するのも読む方も大変(^^;)と思いますので、ここではごく簡潔ポイントを書いてみます。

1.相手への行動は肯定的なもののみで構成する
恋愛交際などに限らず、これがハイブリッド心理学からの対人行動法全て指針になります。「それは駄目だ」と言うのではなく「こうするといい」と言う行動法であり、誘われて断る際には「行きません」ではなく「(他のことを)これをします」という行動法です。生半可なものではなく、「ハーバード流交渉術」など高度な行動学学び重要になります。

2.愛と似て非なる感情を見分ける
愛ではない感情を愛だと思い込んで行動することが、まさに愛を破壊します。まずはそれを見分けることが重要になります。
ただ性愛欲魅力ある相手「所有」あるいは相手「所属」したいという生活上の世話お金など良くしてもらうことへの。そして「プライド」というのが絡んで破壊的役割演じます。相手に拒否されたことが、欲が満たされないフラストレーションと、プライドを傷つけられたという怒り結びつき憎悪へと膨張するというのが典型的流れです。
この克服のため、欲は欲自覚すること。そして「自尊心」相手にどう扱われるかではなく、自分がどう自らを幸福にする能力を持つかという、自律的なプライド姿勢変えていくことが重要です。

そもそも「愛」とは、「一体化」へと向かう感情全てであり、生命現象のレベルとしてあるものであり、人間の薄っぺらい「意識」納まるものでない、というのが一言ハイブリッド心理学「愛」へ思想です。
頭で「愛とは何か」と気難しい思考を繰り返すよりも、以下のような指針の下で向かうことによって、人生を通して「愛」何か分かっていき、心を惑わすものから心を豊かにするものへと変化していくであろう、と。

3.相手との関係は「相手を好きでいる感情」ではなく、「相手とどう生活を共にできるか」によって築いていく
を、外面行動としては「喜びと楽しみの共有」として向かうもの位置づけます。
これと対照になる非成長形は、「愛していればこうするべき」というものであり、プライド愛の名の下に膨張させ、やがてどちらかが耐えられず破壊的結果向かうというのが、やはり典型的です。
これは上記1.肯定的行動というのと手をつなぐものになります。相手への行動肯定的なもののみとし、相手が喜ばない、楽しめないのであれば、その行動相手に強いない

この指針結果相手との関係は、相手をどう好きかの感情によってよりも、現実的に相手とどのように「生活を共にできるか」によって築くものと位置づけます。どんなに好きな相手でも、現実生活上一緒にいるのが成り立たないものがあれば、その現実愛の名の下に目をつぶることはしないように、と。

一つテーマ加えておけば、「愛している」と相手に言うことは、上記指針からは良い悪いどっちとも言えないものです。文化的性格的に、そう言い合うのが嬉しいのであればそうする良しそうでない場合無理して言うものでもなし安易に「愛している」という言葉は、欲とプライドその言葉の下に隠すものだという批判を、免れないこともあるでしょう。
ちなみに・・とまあどうでもいい話ですが、「愛しているとは言わない派」です^^;

4.相手を好きでいる感情の中の最も純粋なものを、自分自身の心の中で守る
そうして「喜びと楽しみの共有」そして現実生活共有なり得ない場合は、無理に相手と共にいようとすることをやめるという選択肢提示するものになります。これは孤独を受け入れるということでもあります。
それでも、相手を好きでいる感情は、心の中で開放し、守ることです。どのように好きなのかに、とことん向き合うことです。
これが、愛の感情最も純粋なものにし、豊かな感情へと変化させていきます。そして心が豊かになると、行動の幅広がる。そして再び、相手に対して外面行動として何ができるか、新たな自分向き合いへ、という流れになります。


恋愛交際における「引き際」^^;

取り組み実践としては、
?@基礎科目:上記「愛を育てるための心のルール」理解納得への向き合い
?A実践科目:今回のケースで、どのようにより早い段階でどう対処できていたら良かったか検討
というものになると思います。

まあまずは、引き際のスマートさ、といった話にはなるかもしれませんね。
相手交際継続を望んでいないことを感じ取った時点で、どんな問題があるのか、ごまかさずに、誠実そして真摯に話し合い、良識的な結論を提案し、そして合意を得ることです。もちろん、相手への思いやりも大切です。
その内容は、「愛を育てるための心のルール」への理解納得得られるほど、よりスムーズなものになると思います。それは相手からこちらへ信頼にもつながり、一定の冷却期間を置いた後、再び交際へと結びつくといったこともあるかも知れない。

まずは「愛を育てるための心のルール」への理解納得が、結構大変な話なるかと思います。
ハイブリッド心理学から言えるのは、そうしたに、に言った、「愛の感情を最も純粋なものにし、豊かな感情へと変化させる」といった心の情景がある。あらゆる惑い凌駕する感情として。というところまでです。その道行くかどうかは、もう各自の選択だ、と。「愛」について、別の考え方、別の道もあるだろうが、それについては何も言えない、と。

ということで、上記?@?A実践として、検討してみて頂ければ^^。



囚われの心 / 治男兄さん 引用
No.1216 2016/09/16(Fri) 11:18:03

どうしてこんなに長く心が囚われたのか考えた。
自分の良心・倫理観・考えは両刃の刃となり自分と他人を傷つける。
3年半苦しんで事実や相手の気持ちが分かると、それまでの熱病のような囚われの気持ち
が徐々に解放される。分かってみると、本当にちっぽけで無意味な時間を費やしたと
徐々に冷静にしてくれる。
これまでの相手の発言は、無意味で何の正統性も無い。
全部分かったと伝言を残してよかった。相手は全く私の事を気にしておらず、悪いと
思っていたけれど嘘をつき通せると思っていた。
嘘の上塗りになるから私と話がしたいなどと思うはずも無い。
残念ながら相手は良心があるとは思えないほどの嫌な事を私にした。
悪い事をしたと自覚しながら、平気で私に謝罪すらないし誠意ある態度は皆無だ。
仲たがいをしたままで連絡さえ取れないのは嫌だったが、今後一切連絡が無くても良い。
そう思うようになりたいし、徐々になっている。
考えたくも無いのに考えてしまうというこれまでの毎日の気持ちが解放される事を望んで
いる。考えて考え抜いて、その理由・原因・自分の心が分かれば徐々に割り切れる。
ようやく相手がどれくらい私を嫌っているかが分かったから、嫌ってくれて踏ん切りが
ついたと思う。良かったと思う。
汚らわしいという思いと決別したい。あと3年半でこの会社ともお別れできる。
自分を別の場所においてみる。下劣な連中とは付き合わない。
家族とも決別する。これで良いと思うことを自分優先で行う。必ず幸せになる。
残念ながら、好き・嫌い・信じる・信じないという事を考えてしまう事からは解放され
ない。
ここに問題があるのかどうか分からない状態です。早く楽になりたいのに。


 
外面行動法と内面向き合いへの取り組み実践^^ / しまの 引用
No.1218 2016/09/26(Mon) 14:03:56

遅くなりまして^^ゞ


決別すべきもの・・

>汚らわしいという思いと決別したい。あと3年半でこの会社ともお別れできる。自分を別の場所においてみる。下劣な連中とは付き合わない。家族とも決別する。これで良いと思うことを自分優先で行う。
>ここに問題があるのかどうか分からない状態です。早く楽になりたいのに。

あるいは決別すべきは、「望ましからざる誰か」ではなく、「悪い面ばかりに意識を向ける自分の心」だ、という話になるかも知れませんね^^。

人間誰も不完全な存在ですので、良い面ではなく悪い面ばかりに目を向ける心ある限り全ての他人望ましからざる存在に見えてしまいます。そして一度そうした人々とおさらばできても、新たに出会う人悪い面ばかりに目を向ける心によって・・・。
繰り返しということですね。同時にそれは自分の悪い面ばかりに目を向けて攻撃する心でもあり、自然そこに、「苦しみ」湧くことになります。

もちろん、だからと言って「良い面だけを見ること」上の空に自分の心に押しつけたところで、実際社会を生きる上でのリスクうまく対処できなくなってしまいますので、我々はまずものごとの良い面と悪い面を公平に捉えて合理的に対応する外面行動法得た上で、自分自身の内部で悪感情ではなく良い感情を引き出し増大させる心の技術重要になる、ということですね。


ハイブリッド心理学の取り組み実践

それ向かうとは、ものごとの見方考え方思考法行動法について学びながら、
自分自身の心真摯に向き合い「選択」を成していくことで自分の心がどんな感情を返してくるのかを確かめていき、
そして再びそれを「選択」へとフィードバックしていく。
これを日常の全ての具体的体験積み重ねていくという、地道な道のりになる。
それがハイブリッド心理学の取り組みになります。

そのために僕からできる手助けは、そうした具体的場面内容についてできるだけ詳しく(個人情報につながるようなものは不要^^)お聞きした上で、それについての見方考え方思考法行動法、そしてそこからどのように内面感情への向き合いつなげていくのかと言った、ハイブリッド心理学取り組み具体的実践示唆するようなことになります。

上の話について言えば、数えれば何十にもおよぶような、相手との場面や、日常生活仕事人生課題場面などを総じて感じたこと書いておられると思いますが、取り組み実践はその一つ一つの場面ごとに、詳しくじっくり行うものになります。自分が何を感じたかに、まず心の外部どんな出来事起きたのかの、客観的把握から始めてです。

そうした数十もの実践をここで全てアドバイスするのは不可能ですので、これはというものを何か1つ、あるいは多くて2、3個程度詳しく書いて頂ければ、それに応じた詳しいアドバイスを書けるかと思います。すでに書いて頂いた件について取り上げたいようでしたら、その旨言って頂ければ僕の方見当つけてアドバイス返しますので^^。

まあ恐らくポイントは、相手の言い分なども認めた上で、自分を守ることのできる行動法といったもの、そしてそこに含まれ得るフラストレーション耐え得る心のあり方とはどんなものか、といったになるかと。それが得られれば、外面的には今のままでも何も問題ないという視野生まれるかも知れない。

いずれにせよ、そうしたじっくり「取り組み実践」検討なさるとよろしいかと思います^^。


 
Re: 囚われの心 / 治男兄さん 引用
No.1219 2016/09/29(Thu) 17:18:26

早く全てを完全に忘れて楽になりたいという気持ちがありますが、これを一つ一つ具体的
に記載してゆく事により、記憶が更にアップデートされてしまうのではないかという恐怖
を省みず、まずは、直近にあった本当に不愉快な事を書きます。
電話を拒絶する、着信拒否に加えて番号を変えたか何かで、とにかく連絡不能にされた。
こんな事は、人としてやってはいけない事ではないかと思う。
そこまで私という人間を拒絶する理由は何か?
嫌だからという事以外無い。
相手は本来優しく、思いやりのある人と思うが、私の知らないところで私の最も嫌がる事
をしておいて、更にその行動を私に示唆し、理由も言わず面会を拒否し、メールのみで
私をあしらい、長い事迷路のような謎に取り組ませた。
そういう結果になっている事を十分に承知しておきながら、私の周りの人々とは連絡を
とり続け、私以外とは仲良くしている。最も私が嫌な事をされた男性とは繋がっている。
私の目の前にその不愉快な奴がいる。毎日会ってしまう事を余儀なくされる。
本来、ちゃんと説明したり、面会したり、喧嘩したりすべき相手である私を全く無視して
いる。こんな事を平気で出来る人間ではないはずと思い込んでいる私にとって、信じられ
ない程に非礼で愚劣で冷酷な、嫌な奴だと思う。1年ほど前にその事を伝えたが、理解
しているかどうかも分からない。生まれて初めてこんなに酷い仕打ちを受けたという
思いが自分を苦しめる。もうすでに長い月日が経過し、相手には記憶が無いはずだが、
くよくよ考えているのは、未だに好きだからという事だと思っている。
一方では、心底不快でおぞましいと思っている。早く完全に忘れたいと思っている。
あと一歩という気持ちで毎日嫌な奴のいる会社に来るあいだに考えた。
私は胸を張って生きてゆけるが、私に嫌な事をした女性は少なくとも私から逃げ、避けて
生きて行かなければならない。厚顔無恥という事が有るならば、平気でいると思うが
これだけ避けるところを見ると、嫌な事を避けているという事が明白だ。
従って、必ず暗い部分が残っている。
いづれにしても、出会えて幸せだったが、こうした愚劣な言動をした女性は私にとって
無意味で早く完全に忘れ乗り切りたい。もう2度と会いたくない。


 
Re: 囚われの心 / ハロー兄さん 引用
No.1222 2016/10/11(Tue) 12:07:47

恐ろしい事に気がついた。
私に言ったおぞましい質問は、あの嫌な奴と私が何か裏で繋がっていて、弄んでいると
思ったらしい。
逆に言うと私はそんな風にしか見られていなかった。
何の繋がりも、連係も、全く無いのに疑ったらしい。
彼女の行動は両者を苦しめ傷つけた。
私がそんな酷い事をしていないと気が付いた時、取り返しも付かず逃げるしかなかった。
本当の心を確かめもせず、ただ闇雲に逃げていった。
私との繋がりを塵屑のように捨てていった。
残されたのは私一人、本当にナイーブな私の心だけだった。
3年9ヶ月、これが私の考えた結論という事になる。
結果として2人の男を弄んだ事になる。
それでも、今でも時々、会いたいと、話したいと思う事がある。
なんという事だ。
勝手で、卑怯で、インチキで、人非人で、卑怯と分かっていながら卑怯な事をした。
哀れな女性という事になる。


 
「問題の起き始め場面」に取り組む^^ / しまの 引用
No.1223 2016/10/11(Tue) 13:37:25

「感情と行動の分離」の姿勢で始まる「取り組み実践」

アドバイスとしては、ハイブリッド心理学「取り組み実践」ご紹介になりますね^^。

>まずは、直近にあった本当に不愉快な事を書きます。電話を拒絶する、着信拒否に加えて番号を変えたか何かで、とにかく連絡不能にされた。こんな事は、人としてやってはいけない事ではないかと思う。

ハイブリッド心理学「取り組み実践」は、
『辞典』トップページ最初項目
実践-1 「感情と行動の分離」の基本姿勢および実践
まとめていますように、
・「外面行動は建設的なもののみ行い、内面感情はただ流し理解することのみ行う」という「感情と行動の分離」の姿勢を車の両輪のように携え、自分の「望み」に向き合い、全てを尽くして「望み」に向かって生きていく
というものとして営むものになります。

その「感情と行動の分離」というのがどうピンとくるかは上記リンクからの説明を読んで頂いて検討頂くとして、話の最初に来る
・動揺する感情を克服したいのだから、まずは感情を鵜呑みに考えない
というのは、まずは合意されるのではないかと^^。


まず課題を捉える

そこから、『辞典』その後にまとめたような外面内面への実践検討が始まるわけですが、まず重要なのは、
・課題を捉える
ということからですね。
課題の捉え方から、ハイブリッド心理学としての方向性がある、というになります。それに沿って、「実践」検討進めるものとしてです。

それを自分で考えられるようになるのも、日常的「読書」「実践」積み重ねによるというになるのですが、それをすぐにというのも大変ですので、参考答案のようなものをまずご紹介するのがこの読者広場役割ということで、簡潔僕が考えたものなど書いてみましょう。
大きく3つ課題になる、と。ごく簡潔指針添えましょう。また、説明『辞典』から手早くリンクできるよう整備中ですが、まだまだ未整備でご不便おかけしますが、どんな項目該当するかを添えておきます。

1.連絡拒否などの仕打ちを回避する行動法・・・「相手を変える」
一言で、相手を否定したり攻撃したりすることは一切しない肯定的、建設的内容言動駆使して相手を動かす行動法です。
以下実践項目該当
実践2-1 「破壊から自衛と建設へ」の基本行動様式の転換
実践3-1 行動学

2.上記行動法を支える価値観の検討・・・「自分を変える」
「愛」についての価値観です。
「愛」を、どのように向かうべきものと考えるか。ハイブリッド心理学推奨するのは、「愛」を、約束事のように束縛し合うものではなく、「楽しみと喜びの共有」として向かうというものです。共有できるものがない時は、何もせず、孤独を受け入れ
また、そもそも「愛」とは何か深い理解への取り組みも出てきます。
以下実践項目該当
実践4-1 「価値観」への取り組み

3.その先にある最終的な克服への視野
これはまず上記2つが、その検討選択結構なのようにある大きな取り組みになる、と言えると思います。最終的な克服は、その現れる、と。
それは一言で、「愛」自分自身の中で、何の動揺も苦しみも伴うことのない、豊かで美しい感情へと変化していく。外面的な結果どうなろうともです。それが我々何よりも得難い心の幸福与えることになります。
これは「歩みの学び」全て関係しますが、
歩み-3 「魂の感情」
が最も直接的に関係するテーマになります。


「問題の起き始め場面」に取り組む

以上はまずは実習科目全体のオリエンテーションのようなものとして、実際の科目として、まずは上の
1.連絡拒否などの仕打ちを回避する行動法・・・「相手を変える」
からになりますね。

そこでハイブリッド心理学からの取り組みアプローチとしては、「連絡拒否にされた」といった「問題」「起き始め場面」材料になります。
つまり相手との関係どうもギクシャクし始めているような気が、初めてしたような時点
そこで、自分の行動をもしこうこうというものにしていたら、相手が連絡拒否になるようなこともなかったであろう。そうした行動法考えてみるのが、この場合実践になると思います。

多少具体的に、どんな出来事状況だったのかを書いて頂ければ、具体的検討アドバイスを返すことができるかと思います。恐らくそれはすぐには合意できないようなものになるかも知れませんが、そこから、「価値観」といったテーマへと自ずとつながっていきます。

一方、

>こんな事は、人としてやってはいけない事ではないかと思う。

以降書いて頂いたものは、問題起きた後に感じた内容として、「感情と行動の分離」における「内面感情はただ流す」という対処のものになります。まあこれも実践一部ですね。内面感じたことありままに開放し、つぶさに書いておくのも良し。ただそれは外面行動とはいったん切り離す。そして外面行動については、「行動法」「学び」始めることからです。

まあかなりもどかしい感じるかもですが、ハイブリッド心理学での取り組みは、そうした具体的場面ベースでじっくり進めるものになります。
ご検討頂き、取り組みご関心があれば、「問題の起き始め場面」など振り返ってみて頂ければと思います^^。



外化および孤独の受け入れ / こたろう 引用
No.1185 2016/06/12(Sun) 18:16:33

外化および孤独を受け入れる事についてです。


人から向けられる軽蔑感情などは、差し引いて考える、という事ですが、
ある程度時間を過ごすとその人が、自分ではない他の人に対してしている
発言などから「この人はこう考えているだろう」という予測がつけられるように
なると思います。


この人は「こういう人間関係」でこそリラックスできるのだろうな、という事が
わかってくる(例えば、からかいあったり、常に談笑にもっていこうとするなど。)。
すると、自分の素のままのコミュニケーションの方法では相手が「つまらないな」と
思うだろうなという事がわかってしまう。
会話の内容に本当に面白さを感じているかどうかとはまた違います。
まったりと物事に対しての思索を共有するようなコミュニケーションが好きな
人もいれば、2言目には冗談を交えたいという人もいますよね。


すると、自分なりにとるコミュニケーションが途端に「ぎこちなく」なってしまいます。
そうなるのが嫌なので、もう話さない。
当初は「親しくなろう」という姿勢を見せてくれていた相手も、
敬語に戻ったり、よそよそしく接するようになる。まあ、当然ですね。

それでも、自分なりのコミュニケーションをとるしかないと思うんです。
つまらないなと思われているだろうけど、私は敵ではないという事を
みせる必要がある。


周りをみていると、そうしているように思います。


これに関しては「外化」とはいえないのではないか?
なぜなら、他の人に対してされていた発言のデータから成立している
予測だからです。


やはり仕事の話のみで、孤独を受け入れるというのは極端すぎるし、
休憩時間が気まずすぎて、仕事時間までギスギスしてしまいます。
しかしそうするしかありませんでした。

そしてそうして、こっちが避ける事によって相手もこちらを避けるようになり、
自分を嫌った相手へのイライラした気持ちがどんどん強くなってしまいます。


そして、和やかな飲み会の席でそういう関係の人たちと対峙する恐怖。
せっかく今後皆で頑張っていこうという、門出の飲み会なのに、
自分と同じ席になった人はきまずい思いをしなければいけない。


おとなしいだけで人畜無害な平和な人とは違い、
誘われても頑なに断り、壁を作っているという外面印象を与えてしまっている
自分。


そして、なんとか同じグループの人には「つまらない、雰囲気をぶち壊しにする人間ではない」という認知をあたえられていたと思うのですが、それが飲み会で「偽物」だった事が明るみに出る恐怖。

僕にとって、「接しづらい、空気を悪くする人間だ」と思われてしまうような
外面印象を出してしまうのは、そこから「相手への殺意、強烈な憎しみ」に連鎖して
しまうが故にここまでの恐怖になっているんだと思います。


建設的な行動は心がけていますし、破壊の行動は一切していません。
ただ、休憩時間や帰宅の時間に、全くコミュニケーションがとれない。
内心では相手への軽蔑感情や破壊衝動が渦巻いているので、どうしようもないのです。


このままだと飲み会を欠席しないと精神がおかしくなりそうです・・・。


感情の強制がないと適意がすぐに表情に出ます。
難しいです。


 
「外化」と「健康形」「成長形」^^ / しまの 引用
No.1186 2016/06/20(Mon) 10:21:40

「外化」「投影」と「予測」「推測」

>これに関しては「外化」とはいえないのではないか?なぜなら、他の人に対してされていた発言のデータから成立している予測だからです。

その通り「外化」「予測」いちおう別の話ですね^^。

「外化」は、「本来自分の中にある感情が、自分の中ではなく他人の中にあるものとして知覚する現象」
初期原稿ですが以下など参照「自己建設型」の生き方へ - 6.対人関係を阻害する「外化」
その結果「外化」というのは、相手の内面感情「見える」かのよう感じ取るものであり、イメージとして意識浮かんだりまとわりついたりするのものになります。「投影」同じ意で使う言葉と言えます。

一方そうではなしに、これこれの状況相手はこう感じているのではという思考一般「予測」「推測」という言葉などで言えます。

言えるのは、「外化」「投影」誤りであり「予測」「推測」なら正しいとは言えないということ。
意識方法の違いであって、内容実際事実通りなのかはまたそれぞれケースバイケースです。これは詳しい説明省きますがよろしいでしょうか。

ですので、

>すると、自分の素のままのコミュニケーションの方法では相手が「つまらないな」と思うだろうなという事がわかってしまう。

というのが「外化」ではなく「予測」だとして、実際そうなのかどうか何とも・・という^^; まあそう感じるのであればそうなのかもしれませんね、というようなになるかと思います^^; まあ、婚活パーティで、相手こっちのことつまらない人思ってるんだろうなーと感じるのであれば、まあ大抵はその通り^^; というような。


「未熟形」「未熟形」と「健康形」「成長形」

まあまずそんな話として、重要なのは、そこに付随する細かいニュアンスの、「未熟形」「病み形」そして「健康形」「成長形」知ること、見分けること、ですね。
「外化」なのかどうか以前に、ということになると思います。その違い分からない方向定めようがありませんので。

ただの「つまらないな」「つまらないと思われるのは残念」程度であれば「健康形」
それが「許せないつまらなさ」という「怒り」であったり、「つまらないと思われる自分は破滅」とかの「恐怖」感情となると「病み形」です。
「成長形」は、まず「健康形」受けて、自分の前進方向を定める感情へと向かうものです。「もっと相手を楽しませられるよう、会話術やユーモアを学ぼう」とか、「ここで相手に面白いと思われることは重要ではない。もっと重要なことに目を向けよう」とか。

「未熟形」「病み形」はただ流し理解し、「健康形」「成長形」の中で自分の前進方向性を模索し見出す。
指針になります。

「つまらない、雰囲気をぶち壊しにする人間」「接しづらい、空気を悪くする人間」といった、「雰囲気」「空気」を重視するのは「未熟形」です。これはよろしいですかな。未熟ほど雰囲気とか依存し、成長成熟するごとに、そんなの関係なく自分の前進方向自分で定められるようになる。
雰囲気や空気を守ることを「善悪」考えるようになると、次第「病み形」帯びてしまいますね。まそれが昨今の文化でもありますが、あくまで健康病み見分け大切です。「つまらないと思われてしまう」のはまあ事実だとして、そうしたニュアンス部分「外化」ではないかという有用でしょう。

職場の飲み会とかのであれば、まあまずはそれでクビになることはないでしょうから、まずはただ流し以前にも言ったと思いますが、人生における自身の交友のあり方の模索という全体取り組むのが方法性になると思います^^。


 
Re: 外化および孤独の受け入れ / こたろう 引用
No.1187 2016/06/25(Sat) 21:10:51

職場の飲み会であれば、クビにならずとも嫌われると思うのですが、嫌われるのは仕事に影響ありますよね?

孤独を受け入れるってなんですか?
業務上のやりとりも業務外で培った関係性で
円滑さが明らかに変わっていますよね?
全然嘘じゃないですか、、、。
雰囲気や空気を守るのが未熟形なんですか?

楽しみの共有、という事で会話をしていても、
結局休日まで過ごす事はできない。訪れる沈黙や落胆を
恐れているため。
こんなに普通に話しているのに、なぜいざ休日も遊ぶとなると避けるのか。そう感じられてから、今までよりもぎこちなく接されるようになる。



行動の後悔、、、

今まで、きまって全体の飲み会があるタイミングで体調を崩して早退や有休で欠席していて、どのようにこの状況を回収したらいいかわからないです。
今までは、体調悪化のタイミングがたまたま飲み会のある日だった、、という認識をされる事をなんとか保っていたと思います。
しかし、そろそろ、偶然でなくそのタイミングで体調が悪化しているのだという事のごまかしが効かなくなってきたと思っています。


またなぜか、社内向けのプレゼンテーションの決意表明で社会人としての決意表明として、雑談が苦手なので課題としたいとかいう発言をしてしまいました。
感情と行動の分離としては失敗でした。
同期とうまく馴染めなかったが、それは心を閉ざしているのではなく雑談が苦手だからそうなってしまったのだという認識を同期にしてもらう事で、嫌われるのを防ごうという意図がありました。無難な事を言うべきだったと後悔しています。


これは行動面でどうしたらいいのか、という部分ですね。


それから楽しみと喜びの共有の会話をしたいのですが、
わかりあい認め合う事を目的としたような質問をされた場合どうしたらいいのですか?


 
Re: 外化および孤独の受け入れ / こたろう 引用
No.1188 2016/06/25(Sat) 21:56:06

それから
●謎が多い人
●闇がある人

などと言われる事にどう対処すればいいですか?

楽しみの共有が出来ないから孤独を受け入れていたら、こういわれるように
なりました。

常時暗くて、心を閉ざした様子であれば、
「寡黙で暗い人なんだなあ」ということになると思いますが、
話すときは感情の強制にならない範囲で相手に好意は持っているという外面印象は
作りますが、休憩や飲み会となるとその場から立ち去っている、といった状況が
「謎」と言わせてしまうんだと思います。

どう対処するのがいいのでしょうか。

今は「謎めいた風なだけで別にベール脱がしても何もないよ」
とかいってごまかしてます。

だけど、外面現実の事実が、もうごまかしようの無いものになってしまうと、
明らかに「ごまかしている」と思われる視線が強烈に感じられて、つい
正直に話したくなってしまうんです。


人事の方などにもそろそろ聞かれると思います。
何か身体的な病気などであれば、事前に相談してくれないと突然業務に
支障が出るのが困る、というニュアンスの話を少しされましたし・・・。


加えて今回は、飲み会のつい30分前までは、健康な外面印象を保って
業務で、プレゼンテーションの司会などをやっていたため、
「社交的な場における精神的不具」という認識が避けられないように
思います。まさに化けの皮がはがれる・・・といった感じで、もうその場に
いる事も恐ろしくてたまりません。


自分としては最悪のパターンは、人に対して憎しみや敵意を抱いていると
いうことがバレて、それが知れ渡る事です。
また社交の場全般に避けざるを得ないほどの恐怖を感じていると認識される事です。

それならいっそ「会食恐怖症」などで、ある場面でのみ精神的な緊張が高まる
などという認識をされた方がまだいいなぁと思ってしまいます。

誰に向けてどう説明すればいいのかも変える必要はあると思いますが、
ある程度話していた同期には、直前まで普通に話していた事の疑問を解消するために
「寝不足と業務で疲弊してたから、飲み会の途中で充電切れのような状態になって、完全に黙ってしまって醜態をさらしたくなかったんだよね〜」などと説明しようかなと
思ってます。


ただ問題の根本は、前回触れていただいたポイントにある事はわかっています。


やはり社交の場になると、1対1で話していた時には「ある程度の好意」を
感じていた相手が、他の人ともっと楽しそうに話している様子をみると
好意が消えうせ、敵意となり、その人と話そうと思うと「敵意を隠さないと」という
事に意識がほとんど集中して、結果会話どころではなくなり、相手から
「仲良くなれたと思ったのに急に距離を置かれている」と思われて、
以前よりもぎこちなく接されるようになる、という事です。


感情の論理としては、「自分を一番に思うべきなのになぜほかの人といるほうが
楽しそうなんだ」「自分といるときは気をつかっている。ほかの人といる時よりも
緊張していて、疲れる時間なんだ」

そして嫌われているようだ、という認知になると憎しみに転じる、というのは
前回触れていただいた通りです。


それに、今回も含め、休日のような長い時間や、飲み会などの時間では
「急に電池が切れたように話さない」状態になってしまうため、
それを避けているわけですが、それに気づかれてしまうと、
「わたしと話しているこの時間もただ無理をしているだけなのかもしれない」
と思われて、話がギクシャクしてしまいます。


方向性・・・という大きな話はわかるのですが、
今目の前のこれをどう乗り越えれば外面的に一番変な事にならないのかが
難しいです。


 
「自身の感情をどう感しるのか」への問いから価値観向き合いへ^^ / しまの 引用
No.1189 2016/06/30(Thu) 13:56:27

「自身の感情をどう感しるのか」に向き合う

これはまず全体状況としてかなり苦境を感じておられるのは分かり、仔細網羅的説明とアドバイスを書こうとすれば1冊の本になってしまうようなになるでしょうが、それも実際的ではないので、逆に可能な限り簡潔単刀直入アドバイスしましょう。
まず大枠の基本指針として、外面内面それぞれについて、

・外面において特別に対処する問題はない。通常の行動法の一環の話になる。
・内面においては、自分の感情の動揺の流れを理解し、そのそれぞれの感情について、自分として合理的と感じるかそれとも不合理と感じるか、病んだ感情だと感じるか、脱したいと感じるか等、自らに問う必要がある。

とうことになると思います。

まずは内面側の向き合いになりますね。それに応じて外面の話どう見えてくるか決まる、と。
つまり、現在感情動揺流れは、
?@誰よりも自分に優先的な好意が向けらることを求める感情
?Aそれが満たされない時に湧く敵意と憎悪
?B敵意と憎悪が相手に気取られ、嫌われることへの恐怖

というれにおおよそなっていると思います。

問題は、こうした流れの感情そのものについて、自身でどんな位置づけのものだと認識しているのか、です。
合理的な感情だと考えるのか。それとも未熟で病んだ部分のある感情であり、脱したい感じるのか。

それがどうもこれまでの話から察するに、こうした感情の流れそのものについては固定された前提のように、その上で外面を、まあ言ってしまえば取り繕う方法質問しておられるような。
そうなるともうハイブリッド心理学では役に立てるものはない、ということになるかと思います。

まず言えるのは、上記?@→?Aという流れの感情を、自身でどう感じるのか、ですね。それがまず問題の起点になっていますので。
まずは?@を、社会人にもなった人生段階自分にとって、その上に立って他人全般と接することができる感情感じるのか
もし心底から、もうそれはできないのだと感じるのであれば、もうその時点で、?A敵意と憎悪というのも、反応的に湧いてしまうのはあるとして、「流せるもの」「流すしかないもの」へと後退するのでは、と考えますが・・。?Bしかり


「優先好意」要求感情と価値観への向き合い

そうして感情動揺の起点となる感情について、自身でどう感じるか明確化することを足場に、「価値観」への向き合い意味を成すものになってくると思います。
つまり、自分への優先的好意が得られないと敵意憎悪に流れるという動揺の起点感情脱したいと、心底から望むのであれば、「愛」を「楽しみ喜びの共有」として位置づけ、それが得られないのであれば孤独を受け入れる、という価値観一つの道としてあることを、心底から模索できるようになる。
ということです。
そうではなく、感情動揺の終点である「敵意と憎悪が相手に気取られ、嫌われることへの恐怖」脱したいから、その価値観考えてみようととしたところで、そうは問屋が卸さない、ということです。

なぜなら、後者では対等な選択肢模索に、なっていないんですね。
前者においては、「自分への優先的好意」「求めるvs求めない」の、問題の根本における選択模索になる。
しかし後者では、「自分への優先的好意を求める」という根本そのまま維持放置したまま、「嫌われる恐怖」への対策として「分かりあい認め合いvs楽しみ喜びの共有」選択検討・・?なんて変な話になってくる。これでは価値観選択思考として意味がないわけです。
これはよろしいですかな。それはまるで、酒を飲み過ぎて健康を損なう不快脱したいと、酒の翌日迎い酒をするのがいいかそれとも熱い風呂に入るのがいいのか選択検討するようなであるわけです。根本選択は、まず酒を飲む時自体どう抑えるかにある・・という例えがいいかどうか^^; まこれは長年の苦闘の末にようやっとゴールが見えてきた僕自身の課題^^ゞ

ですので、

>感情の論理としては、「自分を一番に思うべきなのになぜほかの人といるほうが楽しそうなんだ」・・(略)・・そして嫌われているようだ、という認知になると憎しみに転じる、というのは前回触れていただいた通りです。

とのことですが、根本問題は、「自分を一番に思うべき」というその最初の起点感情を、自身でどう思うのかです。単刀直入に、それは健康な感情だと思うのか?
ハイブリッド心理学から問えるのは、まずはその部分だけですね。それ以降の話は、もう自動連鎖なのであまり検討の余地がない。それこそ流すしかない。
その問いを、まず自身に投げて頂ければ。からまた何か言えるものあるかどうかは、それいかんですね。


「外見意識膨張」症状への向き合い

あともう一つ向き合って頂くテーマがあります。
一言で、「外見意識膨張」というようなもの起きている。これを自身で把握できるか。まあ一つ病みの症状のようなものとしてすね。だからこそ割り引いて考え流すべきものとして。

つまりがおおよそ、「こんな人間だと見られた。こんな疑問を持たれた。どう収拾したらいいか」というものに終始しておられます。
「どう見られるようにすればいいか」と。

引用列記すれば、
>なぜいざ休日も遊ぶとなると避けるのか。そう感じられてから、今までよりもぎこちなく接されるようになる。
>心を閉ざしているのではなく雑談が苦手だからそうなってしまったのだという認識を同期にしてもらう事で、嫌われるのを防ごうと
>謎が多い人 闇がある人 などと言われる事にどう対処すれば
>明らかに「ごまかしている」と思われる視線が強烈に感じられて、つい正直に話したくなって
>「社交的な場における精神的不具」という認識が避けられないように
>最悪のパターンは、人に対して憎しみや敵意を抱いているということがバレて、それが知れ渡る事  また社交の場全般に避けざるを得ないほどの恐怖を感じていると認識される事
などなど。

これはまあ僕自身経験(大学生頃)があり分かるのですが、TVに映る自分のように「人にこう見られる」という外見意識に、心がのっとられるような状態ですね。
これは「自己操縦心性」伴うものでもありますので、意識制御で消すようなことはできませんが、まずはそうした病みの症状心がのっとられる傾向自分に起きていると自覚し、それとは違う健康な意識世界にも立った行動を模索することができるか、ということになると思います。
それとは違う健康な意識世界とは、まあまあ基本的に、人の人物印象というものをあまり意識しない意識世界です。ごく即物的に、人の行動を見る世界というか。
まずは少しでもこうした目線を持てるか。まずはこの問い投げておきましょう。


「外見印象勝負」の価値観感情への向き合い

そしてそこに付加的に、これも加えねばならない視点「外見印象勝負」の価値観感情がある模様
「健康で豊かな心で人と親密になれる姿という勝利」とでもいうものを抱く観念、感情ですね。これ自体が、病みを帯びたパラドックス感情です。健康な姿に勝利を味わおうとすることにおいて、健康でない^^;
>飲み会の途中で充電切れのような状態になって、完全に黙ってしまって醜態
といった言葉に、それが見える
その言葉に言えば、盛り上げの中心になれることを勝利のように感じる感情ですね。
実は「敵意憎悪」といったものが湧く原因に、これがあります。「自分への優先好意要求」だけではそうはならないというですね。

つまりここで「自尊心への価値観」テーマなってきます。「打ち負かし自尊心」ではなく「生み出し自尊心」へ。その選択転換できていくごとに、そうした「外見印象勝負」の価値観感情強度を減じ敵意憎悪同時に強度を減じるものになっていきます。


外面現実問題への対処

そうして、自身の内面感情について自身でどう考えるか明確にすることによって、つまりそれらを健康なものではなく不合理だと思えるようになって、外面については冒頭結論
・外面において特別に対処する問題はない。通常の行動法の一環の話になる。
行けるわけです。

まあ一言で、「こう見られる、どう対処すれば」というのは、「対処しない」ハイブリッド心理学からの答えになるわけです。それはそもそも対処が必要な現実問題ではない
対処必要になるかどうかは、実害の客観的程度判断する必要があります。空想イメージに起こす動揺の程度ではなく
例えば「謎が多い人 闇がある人」といった言葉を、メ−ルで一日数十回も送りつけられたり、仕事のコミュニケーションの中にも実際現れるような場合、といったになるでしょう。それもまあごく雑談的○○くんは謎が多いからなあ、といったレベルではなく、だから彼を仕事から外しましょうといった話が実際出るようなレベルだと、対処が必要になるかも知れない。

あと、書いて頂いた幾つかの場面について書いておきましょう。

まずはっきり現実対処の答え求められるのは以下です。

>今まで、きまって全体の飲み会があるタイミングで体調を崩して早退や有休で欠席していて、どのようにこの状況を回収したらいいかわからないです。
これはちょっとNGですね。早退有休となると、仕事の客観的数字になってきますので。口実つけて、勤務時間終了時にそそくさと逃げるように退社、であればなんとかOK
今までの状況どう収拾すればいいか。単純です。飲み会を避けるために早退や休暇というのは、やめることです。一方今までのことについては、何も言わなくていい早退休暇なくなれば、人事から話が来ることはないでしょう。
飲み会出るかどうか次の話特に理由がなければ出るのが目標になるでしょう。上記内面向き合いかなり真剣に経て、ということになると思います。


>孤独を受け入れるってなんですか?業務上のやりとりも業務外で培った関係性で円滑さが明らかに変わっていますよね?全然嘘じゃないですか、、、。雰囲気や空気を守るのが未熟形なんですか?

業務外の個人的関係影響されずに、円滑に遂行できるようになるのが仕事のスキルというものです。個人的好意を得られなくても、まずそれを築く。それが、職場で個人的好意を得られない孤独受け入れるというスタートになります。
「雰囲気」「空気」というものを見るのは、未熟形です。雰囲気に負けて間違った選択をするのというのがありがち


>それから楽しみと喜びの共有の会話をしたいのですが、わかりあい認め合う事を目的としたような質問をされた場合どうしたらいいのですか?

自分として楽しめないのであれば、何も言わないことです。喜びと楽しみの共有なることだけ話す。内面のマイナスカミングアウトした方がいいですか、という質問時折受けますが、僕のアドバイス一貫して「ノー」です。言葉にしことは、マイナス事項ほど一人歩きしてしまいます。それが自分の前進妨げてしまいます。


ということで、自身の内面の感情への自分の考え明確化するとことから始めて頂ければ^^。
そして終わりの方に書いたアドバイスなども、理解納得できないのであれば、むしろはっきり自分はハイブリッド心理学の考えとは違うと、これまた明確化するのが通り道になると思います。

『実践詳説』
4章 「学び」への理解 - 「学び」への入り方Web版 PDF版P.76)
書いています。一読あれ^^。
一部抜粋しておきます。
=======
ですから、そのような心底からの納得この心理学の学びに問うということは、ここにもう一つの道が現れる可能性を含むことでもあります。
それは、この心理学に納得せず、この心理学に「ノー」を突きつけることです。
これがはっきりすれば、これもまた単純な話になります。この心理学を選ばないのですから、この心理学が言うような心の豊かさの境地ならないのは、不思議な話ではありませんね。これはもう人それぞれの自由です。
そうした段階から、自分の考えを問う必要がある、ということです。
=======


 
Re: 外化および孤独の受け入れ / こたろう 引用
No.1197 2016/07/31(Sun) 14:43:22

なるほど確かに、おっしゃる通りで、
価値観向き合いになると途端に頭の中がぼんやりと、
うやむやになってしまうようです。


怒ることをやめないのも、
怒ることによって、自分は特別扱いを受ける権利のある人間だからこそこんなにささいな事でも相手に怒りを感じる権利があるのだ
という論理の感情があり、優先的好意を求めない、つまり
無下にされてもそれほど怒らないという事は、
自分が特別扱いを受ける権利、つまり生まれながらにして
他人にとって、特別である人間だという観念を手放す事になってしまうから、絶対にこれは手放したくないのだ、という激しい抵抗があります。

現実がそうではないとしても、
せめて空想の世界ではそうでありたい、
現実がどれほどその観念を裏切ろうとも、
怒り続ける事によって空想の世界では、
本当は特別なのだ、という論理を保ち続けたい。


あとは打ち負かし自尊心ですよね。
これも、こんなに手放したくないと内心で思っているとはと驚くくらい、手放す事に抵抗があります。
人との豊かな愛情関係で完結せず、それを
みせつけて、その相手に屈辱を与えるところまでが
理想として抱かれます。
だから、人間関係でも、全体調和ではなく、
誰か望ましい人物と良好な関係を築き、その姿をみた
うまく人間関係を作れない人間に屈辱を与える、
という、表立って打ち負かさないけど、水面下で打ち負かして人の屈辱感を感じ取って快感を得る、というイメージがどうしても出てくる。
何かを生み出すという方向に目を向けても、
人が生み出して喜んでいたものを凌ぐ価値のものを
生み出し、喜んでいたその人に劣等感を感じさせるところまでが理想に含まれています。


これを、手放したくない。
刺激的だからでしょうか。
それが含まれないような心を知らないから
でしょうか。
この論理を投影して、そもそも人が自分に
人間関係を作れない人間としての認定をして、
心の中で打ちまかしている、というイメージ
が起点になっているのか。



それを自分がどう思うのか、というのは
日常意識の自分として、ですよね、、、
不合理、、、と言うか、その論理を持ち続けて、
良好な人間関係が築けるとは思えないし、
大人同士の愛というものをその感情によって立ちながら
外面および自分の心の中で実現させることも
難しいですよね。


しかしそこで向き合いが終わる、、


 
価値観選択は「自己反省」ではなく「魅力追及」^^ / しまの 引用
No.1200 2016/08/08(Mon) 10:25:51

「価値観感情」の自覚と向き合い

価値観選択問う場面とは、まさにそうした「価値観感情」自覚場面ですね。その価値観を、これからも自分の価値観とするのか、と。

ただしそこで、「この価値観は良くないのでこっちにしよう♪」などと、健康形成長形の価値観へと気安く選択変更などできないのが、僕の経験でもそうでしたし通例と言えると思います。まさにそうした意識表層だけでの薄っぺらい思考健康形成長形の価値観選んだつもりになっていた自分への建前思考崩れ、深い本心での価値観があらわになるのが、そうした「価値観感情の自覚」場面だからです。
にそれを、苦しみ自覚するようなものとしてです。あるいはその苦しみこそが、自覚した未熟形病み形の価値観を、心の底手放そうとしていることの表れのようなものとして。
『悲しみの彼方への旅』では、「4章 抑圧された感情の開放」「残された感情の開放」あたりのことでしたね。その後私の中で開放されたのは、もはや「対人関係の改善」を目指して自己分析を始めた人間像とは似ても似つかない内面でした。・・ 以降部分(P.58)苦しみ描写あまりしてないですが。

まいずれにせよ、

>これを、手放したくない。刺激的だからでしょうか。それが含まれないような心を知らないからでしょうか。

刺激の強いものの誘惑との対決というよりも未熟と病みからの抜け出しというになると思います。
「未熟」からの抜け出しは、その通り未熟未熟な心しか分からないので、成長形成熟形に向くのが難しくなる、という関門。これは、それでもがどの程度成長形成熟形についての情報取り入れているかが、抜け出し足場になると思います。
「病み」については、歪みがある不合理というのがそれであり(あと心の荒廃という要素)、病みが深刻であるほど、自分の病みを自覚できなっていくというちょっと怖い話がありますので、とにかくしっかりと自覚を保つことからになると思います。

具体的には、

>怒ることによって、自分は特別扱いを受ける権利のある人間だからこそこんなにささいな事でも相手に怒りを感じる権利があるのだという論理の感情があり、

これは理屈になっておらず、病み形。これがもし、自分には特別な能力や美貌があるのだから特別扱いを受けるべきだ、いったものになると、一応理屈にはなっており、未熟形。これよろしいですかな。

>だから、人間関係でも、全体調和ではなく、誰か望ましい人物と良好な関係を築き、その姿をみたうまく人間関係を作れない人間に屈辱を与える、という、表立って打ち負かさないけど、水面下で打ち負かして人の屈辱感を感じ取って快感を得る、というイメージがどうしても出てくる。

これは一応ギリギリ(?^^;)理屈にはなっている未熟形。一方そこで、ではどのよう「望ましい人物と良好な関係」築くのかといった価値観全体の整合性など考えると、それは怒ることで自分の特別扱い権利を主張することによって、となると理屈になっていない病み形。これもよろしいですかな。


価値観検討の意識作業

そこからどのよう健康形成長形価値観選択成され得るのかと言うと、これはもう、
取り組み実践の全体の中で向き合い続けるしかない。
というのがまあ最短文章で言う僕の考えです。

より詳しい流れとしては、たとえば『実践編上巻』どう書いていたかと再確認したところ、以下のようなことを書いていますね。
少々難しい部分もありますが、そういうことだと思います^^。
9章 価値観と行動学  −進み得る道はただ一つ−
「価値観」への取り組み・まず自己理解を深める

?@自分がどんな価値観の中にいるのかの自己理解深める
?Aハイブリッド心理学が採る価値観を基盤とした具体的な思考法を、日々の具体的な生活の中で考えてみて、その結果自分の心どのように動いていくのか確かめていく、地道な思考作業の積み重ね。
?B新しい思考法がもはや自動的に新しい価値観を基盤として生まれてくるほどの、「自分はもうこの価値観で生きる!」という「確信」が心に生まれた時、それが「価値観の選択が成された」ということになる。

つまり意識作業としての模索があり、さらに意識を超え心の根底がどう向きを変えるか、という大きく2段階がある。後者については、年齢的人生年季までも影響するようなものとしてです。


価値観選択は「自己反省」ではなく「魅力追及」

以上、「価値観感情」への向き合い観点実践サマリーの、少々紋切り調アドバイスですが、結局のところは、価値観選択というのは「自己反省」というのではできず「魅力追及」上においてしか心底からのものは成し得ないと思います。
こんな価値観で・・と思っていたのは自分への建前だった。自分は本心ではこんな価値観に魅力を感じていたのだ・・。
という自覚として「価値観感情」あらわになるのですが、そこからさらに
はたしてこの魅力が、自分のこれからの人生におおいても意味を持ち続けるのか?
という問い投げておく。
結論すぐには出ないと思います。また何かの節目に、向き合うといいでしょう。これがアドバイスになりますね。
もちろん、「感情と行動の分離」の、外面は建設的行動のみというのはキープし続けて。これがある限りは、そうは道を踏み外すことはないと思います。もしこの基本原則を採らないとなると、もう完全ハイブリッド心理学とは別の道ですね。

そんな観点込みにして、

>現実がそうではないとしても、せめて空想の世界ではそうでありたい、現実がどれほどその観念を裏切ろうとも、怒り続ける事によって空想の世界では、本当は特別なのだ、という論理を保ち続けたい。
>これを、手放したくない。

という「魅力感」部分こそが、これから価値観選択焦点になっていくのだ、という持っておくといいと思います^^。


 
Re: 外化および孤独の受け入れ / こたろう 引用
No.1212 2016/09/07(Wed) 21:12:14

外面においては対処すべき問題はとりあえずない・・・と
思っていましたが、今日上司と仕事についての打ち合わせの中で、
「もっと先輩とツーカーのやりとりが出来るようにはやくなるといいんだけど」
「先輩と親交を深めてくれ」
「なんかこう・・・コミュニケーションがもっとうまくとれるといいんだけど」
といった旨の話をされました。

それを受けて感情がかなり悪化しています。

仕事上の話も、まだまだ理解が出来ていない面が多くありますが、
現在はそれよりも上のような話をよくされています。

とにかく「馴染め」「和やかに、緊張感なくやりとりが出来るように」
と。


それを要求される事に本当に疲れを感じます。


自分よりも期が一つ上の先輩は、部署の幅広い方々と
和やかに談笑できる人です。一年間の仕事の成果を発表するプレゼンテーションの
ための準備に、部署の様々な方が補助してくれているのですが、その時間も
和気藹々と談笑しながら話を進めています。
来年こんな風に自分がなれるとは思えず、まあ比べるものでもないし・・・と
思いつつ、上司から「そうなってくれ」という圧力が日々かかっているので、
割り振られた仕事に集中できない事もしばしばです。


業務外の関係に影響されずに仕事が進められる事が仕事のスキルというのは
納得はしますが、そうではない姿勢を要求されています。
和やかな雰囲気を作れ、はやく緊張せずにやりとりが出来るようになれ、と
言われています。



自分としては、価値観向き合いもあるのですが、
「明るく元気で」は辛いです。それを常に準備しようと体が気張っているのが
わかります。どう自分が人と接していたいのか、相手に笑ってほしい、楽しませたい
というモチベーションで、出来る範囲で感情の強制をしていました。
体が楽かどうかという指標でみると、もっとゆっくり話したいし、
傍からみると大人しい印象になります。
おそらく今まで、冗談にどう反応して、どこで笑えば相手が困らないか、
という視点で行ってきたやりとりも、自分はそれを「冗談として笑いたくない」
という事がたくさんあるのだろうとおもいます。
それに向き合う事は恐怖を感じます。


どう対処すればいいのでしょうか・・・。


 
場面ごとの検討^^ / しまの 引用
No.1213 2016/09/10(Sat) 09:22:41

まずはいつも言っているですが、取り組み検討場面ごと個別に行います。個別に、場面の課題を把握し、対処していきます。
これをまとめて、あるいは「通し」で解決しようとすると、安直で実にならない精神論を求める姿勢傾いてしまいがちな点が注意ですね。

まず、

>「もっと先輩とツーカーのやりとりが出来るようにはやくなるといいんだけど」「先輩と親交を深めてくれ」「なんかこう・・・コミュニケーションがもっとうまくとれるといいんだけど」といった旨の話をされました。

場面については、指摘されているのが具体的な問題ではなく抽象化した話なので、ここから具体的対処見えないですね。
ですので、
多少とも思い当たる面があるのであれば、「はい、分かりました。努力します」といった前向き返答をすれば、その場面よろしい、ということになるでしょう。
あるいは思い当たる面がなく何のことか分からないのであれば、「すみません、どんなことでしょうか」対話を深めるのもいいでしょう。

実際それはどんなことなのか、自身の認識確認一つテーマになりますね。

>業務外の関係に影響されずに仕事が進められる事が仕事のスキルというのは納得はしますが、そうではない姿勢を要求されています。

この「そうでない姿勢」とは何のこと認識しているか。
業務外で親しくすることを要求されているという?それとも、単純に言って業務場面うまくコミュニケーションできていないという話か。
「ジョークなどで相手を楽しませる」ことを求められているという?。

まあ僕の経験で言って、上司から先輩との業務外の親しさについて言われることはまずないと思うのですが・・。あくまで業務内だけの範囲においても、コミュニケーションの円滑さという考えられることあるかも知れない。ならば対処の知恵出てくるかも知れない。

言えるのはまずはここまでですね。検討頂ければ^^。
具体的検討材料あればぜひまた新規トピックで^^。


 
Re: 外化および孤独の受け入れ / こたろう 引用
No.1214 2016/09/11(Sun) 17:04:20

思い当たる事といえば、
1.「いろいろ聞けるのは新人のうちだから、いろいろな人に質問をして親交を深めてくれ」
と言われたにも関わらず、基本的に隣にいる自分の指導担当の先輩にしか
質問をしていない点。
→これに関しては、他の方は他の方で仕事をしていて、質問をしていいのかわからないし、
この質問ならこの人!という得意分野が特に存在するわけではないので、
結局指導担当の先輩に聞いている、という状況があります。

2.周りの方は、仕事の話による談笑、その前後のアイスブレイク的な意味での雑談や
  冗談のやりとりを結構される方が多いです。
  例えば、ひとつ上の先輩だと、すぐに怒るキャラクターだと年配の方などにからかわれ、
  「変なキャラクターつけるのやめてくださいよ〜」などといって笑っています。
  この話をされた方が、部署で一番えらい方なのですが、
  自分との接し方に困惑されているようです。
  最初は呼び捨てや「お前」とか呼ばれていて、気のいい後輩に対して冗談で「からかい」を
  向けるような姿勢で接されていました。つきあいの長い方や、お気に入りの方とはそのように
  接しているので、そういう姿勢で関係を築きたい方だと思います。
  それで、僕としてはなるべくその姿勢で関わっていただけるように接していたつもりなのですが、
  自分の中の向き合いで、「こんな風な自分で接したくない」とか、ふいに「面倒くさいな。」と
  思ったりすると、感情の強制が弱まった姿勢が接する中で出ます。
  淡々と、仕事の話ができればいい、といった感覚です。
  そういう姿勢が時に出てくるせいか、よけいに「気を使った」感じの接され方をするようになっていま
  す。「お前」が「あなた」になったり。
  仕事の話をしていて、求められるレベルの知識に達していなかった事がありましたが、

  自分「すみません・・・予習が不足していました」とかしこまると、
  課長「いいんだっていいんだって!そんなに萎縮しなくても・・・ゴホン(咳払い)」
  沈黙・・・・
  自分「はい・・・。」(口をつむいでうつむきがちに)
  沈黙・・・・

  自分「・・・はい・・」
  課長「・・・じゃあ、そういうことで」

  →無言でミーティングスペースから自席に帰る。

といった具合です。

3.業務外の親交を深める会で。
  業務外でスポーツをして、親交を深める会がそこそこの頻度であるのですが、
  「後は好き好きでいいけど、最初は出てくれ」と言われたので、出ましたが、
  自分では、ほとんどうまく話せなかったです。

  スポーツ自体はそこまで楽しみの共有にできないわけではないですが、
  まああまり気は進まず・・・。
  先輩はいろいろと話を振ってくれるのですが、こっちからは、聞いても途中から
  興味がなくなったりして話が途切れるのが嫌で、あまり話を振る事に気が進まなくなり、
  あまり話せなかった。

  ただ、自分の興味がある話とか趣味の話を聞かれると、割と話したくてペラペラと
  話すのですが、先輩方は「興味はあまりないけど、親交を深めるために」聞いてくれている
  方も多いと思うんですね。だから、自分は「楽しみが共有できる話だけ」でいいと思っていても、
  先輩方がそういう姿勢だと、「自己中心的で気を使えないやつだ」と思われていると思います。

  部署全体にうまく馴染んでいる先輩の例だと、
  おじさんたちの家族の話とか、奥さんとどういう関係性だとか、お子さんがいらっしゃると
  休日出かけられなくてきついですよねとか、完全に相手が話したい分野の話に少しだけ
  自分の話を入れながら会話している感じです。

業務内容についての話をするための知識、それを引き出してうまくまとめて言葉にする能力、理解力なども
求められているものの一部だと思いますが、そうではなく和やかな雰囲気を作る事、相手の喜ぶような人間に
なる事、なども含めての話だと理解しています。
もちろん断言はされていませんが。「雑談をしろ」と。
周りの方が、仕事以外の話や、プライベートなどについての会話も大事にしている人ばかりなので、
そういうふうに受け取っています。
業務外でも遊べ、とか飲みに行け、という意味ではないと思いますが、
仕事に関係ない話も和気あいあいとやれよ、和やかな雰囲気でいい関係で仕めていけるために、
という感覚でしょうか。


 
「職場のコミュニケーション」テーマ・「新人」の考慮点^^ / しまの 引用
No.1217 2016/09/18(Sun) 10:38:37

「職場におけるコミュニケーションと人間的関係」テーマ

まずテーマ整理ごく簡潔に、キーワードレベルで書きますとこんな感じになりますね。

まず大きく、「職場におけるコミュニケーション」
そこに「および人間的関係」付加することができます。

意識作業および姿勢として、3つ領域になってきます。
a)業務上のコミュニケーション(業務遂行そのもの)
b)業務外のコミュニケーション(雑談など)
c)個人的レベルでの親交関係(総合的な個人関係)


上記3つそれぞれについて、ハイブリッド心理学からの方向性考えはこうなります。
a)・・・必須事項(マストハブ)ハイブリッド心理学から、島野社会人経験も踏まえた具体的業務内容に応じたノウハウあり。
b)・・・必須ではなく職場ごとのその歓迎度に応じ、各自可能な範囲で前向きに参加すれば良い(ナイスツーハブ)。その内容についてハイブリッド心理学ではあまりノウハウはなく、基本各自の模索お任せ
c)・・・これはまず社会人として、そうしたものどのような役割持つかについて理解する良い職場組織流動的であり一時的でもあるため、最終的総合的な個人関係ものを言うことも理解すると良い。総合的個人関係築き方は、小手先のノウハウではなく、成長の歩み全体になる。

そこで悩みとして時に出てくるパターン一つに、「雑談が苦手」「まず雑談でなごむことが業務コミュニケーションを円滑にするため必要なのでは・・」といった惑いがある。
これへのハイブリッド心理学考えは、「業務の習得にまい進せよ。そこに雑談スキルは不要」というもの。そして業務コミュニケーション円滑にする最大の原動力は、その業務への熱意である、と。
これについては、
『仕事場での「世間話」への姿勢^^』 しまの No.1105 2015/09/03
『「プライベート談話場面恐怖症」の克服アプローチ^^』 しまの No.1110 2015/09/09
など既出です。


『新人』の場合の考慮事項

・・とまではもう耳にタコかも知れませんが、

>業務外の関係に影響されずに仕事が進められる事が仕事のスキルというのは納得はしますが、そうではない姿勢を要求されています。

についてあるいは、もう一個考慮事項加えておくのがいいかも知れない。あるいはこれ方向性考え混乱原因かも。

>もちろん断言はされていませんが。「雑談をしろ」と。

これは業務コミュニケーションがまだうまくできない場合に、せめて雑談などで先輩に馴染んでくれ、そうすれば以心伝心で業務コミュニケーションを伝授されるのを期待できるのだが・・上の人思っているのが考えられます。

これは「新人」の場合だけにあり得る限定事項です。
あまり依って立てる方向性ではない考えるのが正解だと思います。時代の流れから言って、業務コミュニケーション先輩から以心伝心で教えられるという、一種受け身姿勢通用するのか過去の時代となり、もう情報ネットなどでも揃っている分、最初から自分でスキル獲得に向かうことができることが求められる時代変化していると思います。

いずれにせよ、「もっと雑談せよ」的なこと言われるのは、僕の予測では、「新人」である場合だけです。新人で、かつ業務コミュニケーションがまだうまくできない場合
2年目からは、恐らく、ずばり直球業務コミュニケーションの出来不出来問われます。そしてどう積極的業務外コミュニケーション図っているかなど、上司から言われることなどあまりなくなる。

ということで、それを込みにして、
・とにかくまい進すべきはノウハウを学ぶことによる業務コミュニケーション(業務そのもの)のスキル獲得
・業務外コニュニケーションは、自分なりの可能なものを長い目で模索

というのが方向性結論になります。


取り組み実践・テーマ確認から

ということで、生活場面での取り組みとしては、
・どのテーマの問題か
・そのテーマについてのハイブリッド心理学の方向性考えに理解納得できるか

確認からになります。

そこで上記のようなハイブリッド心理学方向性考え納得できない、という場合は、ハイブリッド心理学からもうあまり言えることはなくなる^^;
理解納得できるようであれば、一歩踏み込んで具体的な詰め行けるかもしれない、という

ということで、まずテーマ確認からしますと、

>1.
>2.
については、業務知識および業務コミュニケーションまだ習得未満状況振る舞い方法問題になりますので、それだけを問題として取り上げること自体がやや、前進力なく後手後手への拘泥(言葉の意味はよろしいですかな^^)になりますので、問題課題としては、そこでテーマとなる業務知識および業務コミュニケーションの内容そのものに応じた習得方法焦点をあてるのがいいと思います。
さらなるアドバイスは、その業務知識および業務コミュニケーション内容そのものいかんになります。事例集No.002さん事例のようにですね。

>3.
については、上記
b)業務外のコミュニケーション(雑談など)
位置づけ説明、および「新人」場合考慮事項といった全体的な話アドバイスになります。雑談など実際どうできるかは、あくまで2番手問題として長い目で各自が模索するといい、というのが僕からのアドバイスです。

以上、アドバイスになりましたかどうか^^。




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