しまのたかしハイブリッド人生心理学 島野隆ブログand掲示板
読 者 広 場


過去ログ  2019  2018  2017  2016  2015  2014  2013  2012  2011  2010  2009  2008  2007  2006  2005
●島野の著作、そしてハイブリッド心理学に関する感想・質問・ご意見など投稿して頂けます^^。
●心の悩みのご相談
については、ハイブリッド心理学の「取り組み実践」を進めるためのポイントのヒントなどを、ここではごく簡潔にアドバイスいたします。
*より詳しくアドバイスするとどのようなものになるのかは、
 『
メール相談事例集』や『実践編』書籍など読んで頂くと参考になるかと思います^^。
●返答は入れて頂いた順に返していきます。日数がかかることもありますので、ごゆっくりお待ち下さい^^。

ご案内 2023.6.1記

最近の島野は日々の生活そのものでほぼ完全に手がふさがれ執筆関連にまわす時間があまりない一方、時折ここで寄せられるご相談に対してまずできるアドバイスはほぼ同じものになるであろうことを感じています。
それをここで記しておきましょう。
それは、そのお困りの状況に関連して、ハイブリッド心理学の「取り組み実践」の観点をまず考えてみて下さい、というものです。
「ハイブリッド心理学の取り組み実践の観点から考えてみて」ではなく、です。
つまり、組み実践の観点から今の問題がどう克服されるかという答えにすぐ行くのではなく、この問題に関連するハイブリッド心理学の「取り組み実践」の観点とは何か、その観点としてハイブリッド心理学はどのように言っているのか、を再度確認し、自身の理解と納得を問うことを、行うのです。
そこで理解が正しく、納得が行くものであれば、自然と、では今のこの問題はその観点からはどう考えられるか、という検討思考に進むことができるでしょう。
一方、理解や納得が進んでいないまま、この問題は一体どう克服されるのかと、「取り組み実践」の思考を無理にそして性急に当てはめようとしても、空回りに、そしてもちろん「取り組み実践」として誤った考え方になりがちに思われます。
つまり一にも二にも、まずハイブリッド心理学の「取り組み実践」の観点そのものについてまず考えてみて下さい。これが大抵、およせ頂くご相談への最初のアドバイスになります。そしてそれを考えてみて、こういうことかと、「取り組み実践」の観点そのものについて質問頂くと、理解と納得が進み、自然と問題克服への具体的応用思考へと進みやすくなると思います。

そして重要なことして、それぞれの方の問題の最終的な克服がどのようになるであろうかについて、島野は意見を言うことはできません。
それはハイブリッド心理学の「取り組み実践」が、
『辞典』 全体−2 「学び」の全体構成
にイメージ図示する、自分という車を運転して進む道のりだとして、島野がアドバイスできるのは、その個々の要素つまりハンドルさばきや地図の見方の基本といった、教習所の中でできることであるのに対して、それぞれの方の問題の最終的な克服とは、教習所の外に出て、それぞれの方が人生でどこに行きたいのかの、旅の先の進み方の問題になるからです。そしてそれぞれの方の人生はそれぞれが唯一無二であり、島野の人間と人生の成り立ちはそれとは全く異なるであろうから、最終的な克服について島野からこんな歩み方で、こんな心持ではいかが、といった短絡的なアドバイスは、できないように感じています。

そんな話として、一にも二にも、まずハイブリッド心理学の「取り組み実践」の観点そのものについてまず考えてみて頂ければ^^。その確認のために、この読書広場掲示板を活用して頂くと、最も有益になるであろうものとして、この掲示板を引き続き運用していこうと思います。

一つ踏み込んだアドバイスを記しておきましょう。動揺や困難に出会う全てのケースにおいて、まずは外面行動への着実で的確な答えを出せることが、荒波の海を進む航海のための、船の碇の役目を果たします。それによりまず波に流されることのない足場を持ち、そこから、自分がどの方角へ向かうのかを、模索するのです。
それがないと、いかに進む方向を正そうとしても、そして正すことができたとしても、立ち位置が波に流されていてばかりで、人生という航海における自分の位置を、前進させることができないのです。
もちろんその「外面行動への着実で的確な答え」は、ハイブリッド心理学の「取り組み実践」の、外面向け観点に合致していることが、この人生の航海における前進の全体が、ハイブリッド心理学の考える心の成長と治癒と豊かさへの前進に向かうための、条件になるでしょう。ただ外面を良くすればいいというのとは全く次元の異なる、ハイブリッド心理学が考える心の豊かさへの歩みも、そこから、始まり得るでしょう。


新規トピック入力フォームへ 記事検索 (過去ログ記事はサイトトップの検索の方でヒットします^^) 

■ (No Subject) / きい 引用
No.1395 2022/10/12(Wed) 09:19:39

先日北海道を旅行中にオービスにかかり、スピード違反で赤キップをもらいました。
前科がついてしまうらしいのですが、自分が汚れてしまった感覚がぬぐえず、自分が前科者だという負い目がぬぐいきれないでいます。

建設的思考から、スピード違反をしてしまった要因を分析し、今後同じようなことがないよう運転技術の見直しを図りました。点数や転職時の賞罰欄への記載など、デメリットについても理解しました。
今回のことで学ぶことは多かったのですが、どうも消化しきれないところがあるのか、否定的な抑圧感情が重く残っているように感じます。

気持ちの持ちようで済ませたくはなく、違反を肯定的に捉えたいわけでもないのですが、こういった犯してしまった違反への向き合い方についてアドバイスいただけないでしょうか。


 
□ 「「罪」への向き合いと克服」^^ / しまの 引用
No.1396 2022/10/26(Wed) 09:39:05

テーマとしては、「「罪」への向き合いと克服」といったものになるかと^^。

ハイブリッド心理学からの取り組みとしては、
総論・・「罪」の心理理解と社会行動の理念と行動学。
つまりまず我々が「罪」と感じることにはどのようなものがあるか。それに対する「おぎない」の行動とはどうあるべきか、といった理解と考え方。そして、
各論・・具体的な「罪」に関連する個々の出来事への向き合い取り組み
という2段になりますね。

総論の基本的理解を詳しく書き始めると一冊の本が書けるような話になりますが、ごくごく簡潔にポイントを書いておきますと、
まず「罪」の心理としては、
a)自分で自己理想とすることを損なった
b)
人の期待に応えられなかった、人に悪い目で見られる
c)
人や社会に具体的な危害損失を与えた
という主に3類型の状況について人が感じる可能性がありますが、本来の「罪」とはc)について言うものであって、a)b)については、自他の「欲」がどう損なわれているかの欲求不満の問題として捉え直すようなアプローチが有益になる、ということ。
次に「おぎない」への理念と行動学としては、人や社会に与えた具体的損害の程度に応じた、妥当なものがあるということ。軽いものから重いものまで、極めて大きく異なってくるものとして。たとえば「殺人」であれば「罪」の感情の苦しみを「克服」しようと考えるのが誤りであり、生涯それと共に生きる、そして自分も死んだ時「魂」の世界で相手に泣いて詫びるのだといった考えを持てることが正解になるであろうこと。
一方ごく軽いものについては、「罪」としてどうこうというより、上記a)b)の問題になってくる面が多々ありますね。

・・とちょっと長め文章で基本理解を書きましたのは、人生の中で犯した過ちへの向き合い克服というのは、幼少期の否定的体験から端を発する心の問題全体への取り組みと結局同じく、人生を通しての心の成長成熟を足場にして、最終的にどう克服できるかの問題になるからです。
これは『辞典』の
実践5-1 悪感情の種類別の克服対処の指針 - 後悔
で簡潔に述べた対処姿勢の一つと言えます。
ですのでスピード違反で赤キップについても、まず僕から言えるのは、
それが心に曇った感情を少しでも湧かせる限り、生涯を通して向き合い続けるのが取り組みだ、ということです。安直に「こう考えればいいですヨ」などど「気持ちの収め方」などアドナイスするのではなく。

総論的な話は別途上記キーワードを手がかりに、自身の理解と考えについて向き合い取り組んでいただくとして、各論的なポイントは次の3つになるかと。

1.外面向けには、今回の話の社会的問題程度についての客観的(原理原則的、良識的)な受けとめ方につき自分の考えを検討し確立する。
まあ参考まで僕の意見を言うならば、たとえばそれが高速で40キロオーバーを多少超える程度のものだったとすれば、社会的問題程度としては軽度のものと言えるかと。自身の罰金の痛手の問題。かつて活動の会社スキー部では「飛ばし屋」の連中の間ではそれよりかなり上を行く超過での赤キップが、むしろ自慢げに語られていたものです。一方これが一般道を200キロ近い速度で走らせ捕まったとなると、ちょっと問題の程度が大きくなると思います。
つまり問題の程度とは、人間性の信頼を損ない社会行動に支障が生まれてくる程度であり、同じ「前科」でも窃盗や傷害となると次元が違ってきます。前科の有無がたとえば就職や結婚で調査される可能性というのもあると思いますが、スピード違反で一度赤キップ程度であれば大して問題視もされないのではと。まあ見る側によって違うでしょうが。
ではそうした社会的問題程度について、自分自身ではどう考えるかという自分の考えの確立というのが、どう見られるかという受け身イメージに揺れるだけにせず、重要になってきます。

2.内面向けには、あくまでそうした外面向け視点の確立の上で、それに対する自分の内面動揺について、釣り合ったものか、不釣合いな動揺があるならそれはどのような自分の自己理想像や人の目イメージを損なったものかという、自己分析をすることができます。そこに何か、無意識下のボタンの掛け違いのようなものがあったことを自覚できた時、動揺のある程度の部分は劇的に解消できるかも知れない。

3.最終的な「克服」は、その「罪」に対し上記のように外面視点および内面視点で取り組むことの中においてではなく、人生全体における、その問題とは別の、外面内面にわたる「豊かさ」がどう獲得増大するかによる、ということになると思います。
まあ大局的に言えば、そうした動揺というのは、「映え(ばえ)」に依存する心のあり方から生まれているものではないかと。昨今の文化でもあります。で、自分の映えを損なうものがあると動揺感情が湧く。
それが薄れるような「豊かさ」とはどういうことか。一言でいえば「自発的幸福」をいかに増大させられるかになると思いますが、たとえば極論的な例をいうと島野の場合、今は幸福感が「人との関係」にほとんど依存しない心の状態になっており、人生での似たような「汚点」がもうどーでもいい、意識にまったく上らない状況。そうしたものが遠いゴールにあり得るとして、まずあるのは目の前にどう向かうかの長い道のりです。それはどのような道か。ぜひ考えていって頂ければ^^。



■ 子供にイライラしてしまいます / なつこ 引用
No.1392 2022/07/21(Thu) 12:46:53

初めまして。
2歳と5歳の2児の母をしております。
子供達に毎日イライラして悩んでいます。
怒りを流そうと建設的に考えようと努力はしているのですが、どうにも上手くいきません。

家事をしていても(専業主婦です)、何か別の作業をしていても、考え事をしていても、絶えず話しかけてくる子達。
その度にしていることを中断するため、やる事を遂行するにも時間がかかります。
1つをやり遂げるのに3回は中断している感じで、ストレスです。
また、私に話しかけはしなくても子達の騒がしさやおもちゃの取り合いの喧嘩などで自分のことに集中できずつらいです。
(今もここまで書くのに子達から「ねえ見て」「ねえママ」を3回は言われています)

そのため、子達にイライラして些細なことにも怒ってしまっているように思います。
怒らないようにしても私の中では建設的というより我慢している感覚らしく、いずれ溜め込んだものが爆発してしまう感じです。

もちろん基本として子達は可愛いのですが…。
生理前なんかは特にイライラが通常運転みたいな感じで、自分でもしんどいです。
何かアドバイスいただけましたら嬉しいです。

また、心を解き放つというのが自分であまりピンと来ておらずそのあたりも問題なのかもしれません。
(感じたことを感じたまま表現するの?喜怒哀楽の怒以外を包み隠さないってこと?みたいな感覚です)


 
□ 「一番手のかかる子育て時期」という課題^^ / しまの 引用
No.1393 2022/07/25(Mon) 11:02:31

これはまず、

>心を解き放つというのが自分であまりピンと来ておらずそのあたりも問題なのかもしれません。
「心を解き放つ」という目標は総論中の総論で、具体的にどんな実践なのか以前のお題目になりますね。
具体的にどんな実践なのかの、最初の大枠が「取り組み実践」であり、「外面行動は建設的なもののみ行い、内面感情はただ流し理解することのみ行う」という「感情と行動の分離」の姿勢と実践を携えて、「望み」に向かって全てを尽くして生きるという生き方を探求する、というもの。
それから言いますと、

>感じたことを感じたまま表現するの?喜怒哀楽の怒以外を包み隠さないってこと?
はもちろん、「感情と行動の分離」の姿勢としてちょっと違いますね^^。「怒」以外についても感情そのままではなくあくまで行動学を挟みます。ま「怒」以外は大体は表現して問題ないことも多いとして。
「心を解き放つ」という目標はあくまで内面側で探求するものになります。感情を解き放つというより、もっと根源の「魂」を解き放つ取り組みです。言葉で聞いて分かるようなら探求は不要ですね^^。
で、

>怒りを流そうと建設的に考えようと努力はしているのですが、どうにも上手くいきません。
と、まずは「外面行動は建設的なもの」という外面側の基本テーマが出てくる次第ですね。

ここから各論になります。「一番手のかかる子育て時期」という課題にどう向かうのが良いか。

それについて僕ならどう考えるかなと一考してまず浮かんだのは、「課題の捉え方」というもの。目の前の現実問題の課題の捉え方です。
課題の捉え方が違うだけで心の状況は全く異なるものになる、というもの。

これについて思い浮かんだ相談事例があり、どこで書いたかなと確認したところ『取り組み実践 詳説』でしたね。通しで読むのは大変な書物ということでここに転載しますと(PDF版P.144)(非最新web版ではここ)、
==============
それは「意志」です。「望みに向かう意志」です。

これが何を生み出すのかは、インターネット上の心の悩み掲示板のある相談に、私がアドバイス投稿したものが分かりやすいと思います。
それは若い女性からのもので、スーパーの駐車場で誰かにつけられているような気がする体験が何度かあり、以前のつき合いで多少身に覚えがある面もあり、怖くなる。停まっている車や歩いている男性が皆グルではないかと疑ってしまい、苛立ちと共に精神的におかしくなりそうだ、どうすればいいか、というものでした。
それは言外に、「どうしたら気にならなくなるか」の方法を求めている相談のようでもありました。この方自身が、「明らかに被害妄想が広がってしまい」という言葉を使っていることも示唆することとして。それで「心理カウンセリング」のコーナーに投稿されてきたのです。
私はそれに対して、そもそもこれは心理相談ではなく、犯罪防止対策を実際に必要とする相談になる可能性があることを告げ、「気にしないこと」ではなく、「全力で戦うべき場面」として対処することが課題だというアドバイスを入れました。まずは「戦士になったつもりで、その場を切り抜ける」ことからだと。服装は目立たないものに、駐車場所は目立つ所に変える、勇気を出して回りを見回して人物確認をしてみる、といった具体的な知恵を添えてです。明らかに同じ人物を見るようであれば、一段階強力な防犯対策行動に移行する必要がある、と。
恐らくはこのアドバイスで目が覚めたようなところもあったでしょう。ご相談者からは「ありがとうございます!!実践してみます」と短く力強い返礼が返ってきました。

この相談は、心の悩み動揺場面において、人が得てして考えつく、典型的に誤った克服方向性の発想の、まさに一つの例です。
それは、「気にしなければいい」というものです。考えすぎだ、と。そんなこと考えず、気にしなければいい、と。そこから、「気にしないでいる方法」を探し求め始める。
完全に、根本的に、間違っています。全力を尽くして向かう必要があるのです。自分は何が気になり、それは実際において自分にとってどんな危険なのか、自分は何を恐れているのか、そしてそれに対処するための、自分にできる最善のことは何かを、模索することにです。どんな些細なことについてであってもです! もちろんその模索のための思考は、「「日常生活の向上」にある根底の足場」で言った通り、非論理的思考や不確かな情報に頼らないものであることが、決定的に重要になります。
==============


前置きがちょっと長くなりましたが、僕ならどう考えるかと言いますと、
置かれた状況で言うに、自分はいま生物学的には、命をけずって子育てに追われる存在なのだ、と自覚する、ということになると思います。

>1つをやり遂げるのに3回は中断している感じで、ストレスです。
>自分のことに集中できずつらいです。
は、話が逆なのだということですね。生物学的には。
3回は中断されている方が、生物は命を削って向かうもの。「自分のこと」はナシ。
生物学的には、ですね。
それとは別のこと、1つはやり遂げたいこと、自分のこと、が得られるのであれば、それはおまけのようなものだということです。

繰り返しますが、生物学的にはです。だからどう感じましょうという話ではなく、まずその事実を認める、自覚するのが良いと思います。
その上で、人間としてどう向かうかは自由です。
まあ僕なら、その事実を認めた上で、「おまけ」の方をどう最大化するかの、戦略を練る、と。

まあ基本はそういうことです。もしそう本当に考えられるなら、イライラストレスとはもう全く違う心持ちになるのではと。

あとはさらに細かく具体的な子供の様子内容による個別の戦略の話になりますね。
まあ実際どんなものかなと考えるに、まずは子供の関心がそっちに向かうような、遊びを与えるのが一番かなと。もちろん安全を確保の上。
認知発達も考えるとパズルなど最適かなと。
そして子供の関心が向かう第一の方法は、まずお母さん自身が楽しむ姿を見せることだと思います。すると子供は即座に、「やらせて!」と反応します。で手を他に向けられる時間が生まれる、というのがまず考えられる基本的戦略かと。
検討してみて頂ければ^^。


 
□ Re: 子供にイライラしてしまいます / なつこ 引用
No.1394 2022/07/25(Mon) 13:01:05

お返事、アドバイスありがとうございます。

私は心を解き放つことを周り(の人間)に向けてかと勘違いしていました。
自分に対して心を解き放つという解釈なのですね。

子供に関してはなるほど自分がオマケの時期なのかと勉強になりました。
ただこれに関しては相談しなければ気付くこともなかったことです。
自分1人で考え実践していくには知識の点でも限界がありますね…。



■ (No Subject) / machi 引用
No.1390 2022/07/05(Tue) 14:35:53

はじめまして。machiと申します。
HPの更新がしばらくないので返信をいただけるか分かりませんが相談させていただきます。

私は恥ずかしながら長年ひきこもり状態にあります。ひきこもりになる前から島野さんの著作やHPを拝見して何とかしようとしては挫折し、また勉強しては挫折しを何度も繰り返して全く前進できないことに苦しんでいます。

「変われない人」で書かれていることが課題だと頭では理解しても、どうしても人への怒りや恐怖が強すぎて行動する妨げとなり動けません。
根本的に人に愛されることで守られたい(守られるべきだ)という気持ちが強すぎて、そのために自分に噓をつかなければならない→無理なストレスで怒りや憎しみがたまる→そうした感情を抑え込むことで疲れる→結局自分を失っている、という空想世界の中での思考の繰り返しに終始してしまっています。

自意識にかんじがらめとなり、文字を書く時でさえ手が震えてまともな字が書けない状態です。訳のわからない怒り、恐怖に苛まれるのです。人前ではなおさらで、日常生活がうまく送れないのです。絶対的な自己理想を掲げるあまり現実の自分を否定し受け入れられないということなのでしょうか。

このような状態からまず何から取り組んだらいいのか、具体的なアドバイスをいただけるとありがたいです。


 
□ 常に目の前の一歩一歩に^^ / しまの 引用
No.1391 2022/07/13(Wed) 06:17:26

>まず何から取り組んだらいいのか、具体的なアドバイスをいただけるとありがたいです。

一言でいうとこうなるかと^^。
「自分」という車を運転して進む「人生」の歩みにおける、目の前の一歩一歩に取り組む。
のだと。常にその繰り返しです。
『辞典』の
全体−2 「学び」の全体構成
で絵的に表現していまますので確認頂ければと思います。
つまり自分の心の成長や幸福の重要な達成として山の頂に登る自分を期待したとしても、今できるのはあくまで、今目の前にある課題を一歩一歩歩んでいくことだけなのですね。その地道で着実な積み重ねの先に、大きな山の登り口に立つ自分を自覚できる時が、いつか訪れるかも知れない。

今目の前にある、具体的な重要課題に取り組む。それを乗り越えるために、どんなハンドルさばき、そしてアクセルやブレーキワークが必要か。一方そこでいつまでもどうも前進できないようであれば、そうしたワークの理解と習得が基本的にできていなかったり、あるいは自分が歩む道のりの大域地図が頭に入っておらず方向違いのままでいるのかも知れない、あるいは車の足場装置が整っていないかも知れない、といった大きく3領域にわたっての点検が必要になるかも知れません。
>まず何から取り組んだらいいのか、具体的なアドバイスをいただけるとありがたいです。
というご質問へのアドバイスとしては、まずはそういう話になりますです^^。

>絶対的な自己理想を掲げるあまり現実の自分を否定し受け入れられないということなのでしょうか。

成長への方向の向き方というテーマになると思いますが、一番のキモは、自己意識のあり方というよりも、この「現実世界」の理解とそこでの前進方法という、具体的で膨大な材料をどう考えていくかになると思います。自分をどう受け入れるかというテーマよりも。
>根本的に人に愛されることで守られたい(守られるべきだ)という気持ちが強すぎて、・・(略)・・という空想世界の中での思考の繰り返しに終始してしまっています。
という空想世界が心に流れるとして、それには揺るがない現実世界知をどう持っていくか。もちろん、愛されることで安全になるなどというものではない、現実世界ですね。心の問題ではない生活術知識から心の問題に直結する行動学知識まで。
それにより前進力を持つ一方で、惑う感情を「ただ流し理解」しながら、食いしばり前進していく格闘が歩みになると思います。

そうしたその取り組みの側面の個々のテーマごとに、質問頂ければ引き続きさらにアドバイスできるかも知れません。目の前の今の重要課題の捉え方、乗り越え方についての考え方。あるいは人生の大域地図としてどんな意識が必要か。車の足場装置に該当するテーマで気になるもの、などなど。
検討してみて頂ければ^^。



■ 職場で孤立し退職を視野に入れています / えん 引用
No.1388 2021/12/19(Sun) 10:36:55

同じ部署の同僚・リーダーと二人で話す分には問題ないのですが、
その人が親しい同僚と三人になった途端、こちらへの態度が豹変しイライラした素っ気ない、見下したような言動をしてきます。そのリーダーは社内でも影響力の大きい優秀な人です。

私が社歴がかなり長いのに仕事が出来ないのと、同じ部署に入った若い人の方が出来るため、比較で余計悪く見えるのだと思います。でも思い返せば何となく、目線や表情から嫌悪されてる感じはありましたが。

仕事で一番密接に関わる相手に嫌われ、その人以外にも私に嫌そうな態度を見せる人はいます。
仕事内容にどうしても興味が持てず惰性でやってきたため自業自得とは思います。

2人で話してる分には問題なくとも、あの態度の豹変を見るといかに自分を嫌悪してるかがわかり、
リーダーに軽い雑談をされてもかなりの警戒心を抱えていなければならず、他の人に対しても疑心暗鬼になります。

もともと私がろくに企業で働いた事がないバイトしかしたことが無く、しかも発達障害傾向でミスやら数字に弱く正社員の能力を満たせていないと思ってます。。
工場で単純作業しかしてこなかった人が、THE MODELを活用した営業プロセスモデルを自社用にカスタマイズしてプレゼンとかできませんよね。例えるならそんな感じです。
若くて有能熱心な人々に比べて、自分はなんてゴミなんだと思えてまあ軽蔑されるのは必然、耐える以外にないのでしょうが、とても辛いです。

・他者の態度がどうであれ割り切る
・こちらから関係悪化させる態度は取らない
・仕事は今自分ができそうな事を淡々としていく(バイトのような仕事内容であっても)
・精神面安定のため、職場と家以外の居場所をつくる
・比較しない、開き直る

精神面の安定が何より心配なので、今の職場以外の心の拠り所が欲しいと思っています。
友人はなく家族も夫のみで社会に居場所がない感覚、強い孤立感に襲われるからです。
数年分の蓄えはありますが退職も視野に入れてるので、今後のことを考えなければなりません。

対人行動法として気持ちを超えた目的・利益のみに着目するとありましたが、職場では誕生日パーティーだの、社長への感謝メッセージ、誰のことが好き嫌いだのとお気持ちベースのやりとりがてんこ盛りです。

こういう社内政治やしがらみに巻き込まれたくなければ成果を出すしかないのですが、能力的にも厳しそうです。
会社と夫以外に居場所を作ってこなかった事、その会社すら居場所ではなくなりつつあるため
精神的に追い詰められています。
何か良いヒントがあったらアドバイスいただけると幸いです。


 
□ 一番の基本的仕事スキルの向上改善から^^ / しまの 引用
No.1389 2021/12/23(Thu) 10:52:03

これはアドバイスとしては、「課題を見定めることが課題」というものになるかと思います^^。

つまり
>精神面の安定が何より心配なので、
というものですが、そのために何をすべきか、という課題の見定めですね。
これが得てして、間違ったものを課題だと思い込むのがありがち。ありがちなのは、外面問題の解決方法を模索しないまま、内面感情を改善しようとするのが典型。
まあこれがはっきり外面的難局、たとえば山歩きの途上で崩落が起きているのに出くわしたら、「課題」は当然その崩落箇所をどう乗り越えるか、になると思います。崩落箇所を乗り越える方法を考えないまま、気持ちが穏やかになれることが課題というのは意味ないのはお分かりかと。
そのように難題がはっきり外面物理的問題だと分かりやすいのですが、これが対人行動、社会行動となると、人は得てして外面的な問題解決法を得ないまま、内面的精神安定を求めるという誤りをしがちかと。
まあそれは一般的問題として感じるものであって、えんさんの状況もどのようにそのようなものかはちょっとご自身で振り返ってみて頂くとして。

で僕が感じる、書いて頂いた状況での課題とは、とにもかくにも、必要な仕事スキルの向上を模索することだと思います。
一番基本となることからです。
そのために、
辞典 - 実践3-2 仕事の普遍的スキル
などまとめていますので参考にしてみて頂ければ。

>対人行動法として気持ちを超えた目的・利益のみに着目するとありましたが、

まあ言葉の言い回しと表現の問題ですが、「気持ちを超えた目的・利益のみに着目する」だとちょっとつかみにくいかと。
「個人的感情はいったん脇に置いた上で役割の遂行や価値の生み出しに向かう」といった言葉表現で、取るべき姿勢や具体的着目点が定まってくるかと思います。

>もともと私がろくに企業で働いた事がないバイトしかしたことが無く、しかも発達障害傾向でミスやら数字に弱く正社員の能力を満たせていないと思ってます。。  工場で単純作業しかしてこなかった人が、THE MODELを活用した営業プロセスモデルを自社用にカスタマイズしてプレゼンとかできませんよね。例えるならそんな感じです。

ミスをなくすこと、数字に強くなることが、最初の基本になると思います。それをどう努力達成するか、その姿勢と実績を見せることができれば、おのずと「信頼」が得られるようになります。
つまりやはり、仕事場では仕事の基本的スキルに向かうことだと思います。それが仕事場での人との関係改善を、自ずと導きます。
「営業プロセスモデルのプレゼン」なんてのはもう専門的得意技の世界。まず必要なしかと^^;

基本的スキルとしては、上記辞典ページにまとめたように、
 1)読み書き能力という結局一番の基礎
 2)情報の伝達におけるミスがないこと

からですね。
たとえば僕は父の年賀状作成をしていますが、新しい宛先が出た時は、住所の入力など間違いないよう、パソコン入力と出力をそれぞれ再確認して間違いないかチェックしました。
仕事での数字の扱いであれば、単純計算であれば必ず同じ計算を2度行い同じ結果になることを確認する。万一違いが出たら、じっくり計算モードのギヤを一段上げた上で、再度2度同じ結果になるまでやる。表計算ソフトであれば、作った表をすぐ信用しきらずに、別の表を作ってみて同じ答えが出ることによって正しさを自分なりに確認してから提出する。
僕自身は元々自分では数字には結構強いと思っていましたが、それでもそうした確認の手間を加えていたのが仕事の仕方です。もし数字に弱いと感じるのならば、ぜひこれを、「3度同じ計算をしてみる」とか、数字に弱いなりの向上法を、ぜひ模索してみて頂ければと思います。

そうして、一番の基本的スキルの向上改善に励み、結果を出せれば、仕事場での人との関係改善も自ずと導かれると思いますので、ぜひ検討してみて頂ければと思います^^。



■ 夫の価値観が変わらない / まる 引用
No.1387 2021/10/02(Sat) 12:36:16

私自身は色々前を向こうとしていますが、やはり夫が過去の私の言動により人生の望みをたたれたという非常に強い恨みを抱いており、修復するのは不可能です。
夫は自分が早死にして私が1人になり不幸になればいい、それで復讐が完成するとまで言われました。
まあ実際、今の苦境のほとんどが過去の自分の病んだ言動によるものです。
価値観を私が変えたところで夫はやはり人生を壊されたと恨み続けるでしょう。
夫が不幸なのに自分が幸せというのも考えにくいです。
完全に人生を失敗したんだと思います。
近いうちに遺産などの整理をしてCENSOREDを考えたいと思います。
これまでありがとうございました。




<新規トピック> または <選択記事へのレス> 入力フォーム   ↑TOP
Name  Mail  URL
Subject
Color

Cookie / Pass


<投稿済み記事の編集・削除>
200/200件 [ ページ : << 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 ... 40 >> ]

- HOME - お知らせ(3/8) - 記事検索 - 携帯用URL - フィード - ヘルプ - メール - 環境設定 -

Rocket Board Type-X (Free) Rocket BBS