しまのたかしハイブリッド人生心理学 島野隆ブログand掲示板
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●島野の著作、そしてハイブリッド心理学に関する感想・質問・ご意見など投稿して頂けます^^。
●心の悩みのご相談
については、ハイブリッド心理学の「取り組み実践」を進めるためのポイントのヒントなどを、ここではごく簡潔にアドバイスいたします。
*より詳しくアドバイスするとどのようなものになるのかは、
 『
メール相談事例集』や『実践編』書籍など読んで頂くと参考になるかと思います^^。
●返答は入れて頂いた順に返していきます。日数がかかることもありますので、ごゆっくりお待ち下さい^^。

ご案内 2023.6.1記

最近の島野は日々の生活そのものでほぼ完全に手がふさがれ執筆関連にまわす時間があまりない一方、時折ここで寄せられるご相談に対してまずできるアドバイスはほぼ同じものになるであろうことを感じています。
それをここで記しておきましょう。
それは、そのお困りの状況に関連して、ハイブリッド心理学の「取り組み実践」の観点をまず考えてみて下さい、というものです。
「ハイブリッド心理学の取り組み実践の観点から考えてみて」ではなく、です。
つまり、組み実践の観点から今の問題がどう克服されるかという答えにすぐ行くのではなく、この問題に関連するハイブリッド心理学の「取り組み実践」の観点とは何か、その観点としてハイブリッド心理学はどのように言っているのか、を再度確認し、自身の理解と納得を問うことを、行うのです。
そこで理解が正しく、納得が行くものであれば、自然と、では今のこの問題はその観点からはどう考えられるか、という検討思考に進むことができるでしょう。
一方、理解や納得が進んでいないまま、この問題は一体どう克服されるのかと、「取り組み実践」の思考を無理にそして性急に当てはめようとしても、空回りに、そしてもちろん「取り組み実践」として誤った考え方になりがちに思われます。
つまり一にも二にも、まずハイブリッド心理学の「取り組み実践」の観点そのものについてまず考えてみて下さい。これが大抵、およせ頂くご相談への最初のアドバイスになります。そしてそれを考えてみて、こういうことかと、「取り組み実践」の観点そのものについて質問頂くと、理解と納得が進み、自然と問題克服への具体的応用思考へと進みやすくなると思います。

そして重要なことして、それぞれの方の問題の最終的な克服がどのようになるであろうかについて、島野は意見を言うことはできません。
それはハイブリッド心理学の「取り組み実践」が、
『辞典』 全体−2 「学び」の全体構成
にイメージ図示する、自分という車を運転して進む道のりだとして、島野がアドバイスできるのは、その個々の要素つまりハンドルさばきや地図の見方の基本といった、教習所の中でできることであるのに対して、それぞれの方の問題の最終的な克服とは、教習所の外に出て、それぞれの方が人生でどこに行きたいのかの、旅の先の進み方の問題になるからです。そしてそれぞれの方の人生はそれぞれが唯一無二であり、島野の人間と人生の成り立ちはそれとは全く異なるであろうから、最終的な克服について島野からこんな歩み方で、こんな心持ではいかが、といった短絡的なアドバイスは、できないように感じています。

そんな話として、一にも二にも、まずハイブリッド心理学の「取り組み実践」の観点そのものについてまず考えてみて頂ければ^^。その確認のために、この読書広場掲示板を活用して頂くと、最も有益になるであろうものとして、この掲示板を引き続き運用していこうと思います。

一つ踏み込んだアドバイスを記しておきましょう。動揺や困難に出会う全てのケースにおいて、まずは外面行動への着実で的確な答えを出せることが、荒波の海を進む航海のための、船の碇の役目を果たします。それによりまず波に流されることのない足場を持ち、そこから、自分がどの方角へ向かうのかを、模索するのです。
それがないと、いかに進む方向を正そうとしても、そして正すことができたとしても、立ち位置が波に流されていてばかりで、人生という航海における自分の位置を、前進させることができないのです。
もちろんその「外面行動への着実で的確な答え」は、ハイブリッド心理学の「取り組み実践」の、外面向け観点に合致していることが、この人生の航海における前進の全体が、ハイブリッド心理学の考える心の成長と治癒と豊かさへの前進に向かうための、条件になるでしょう。ただ外面を良くすればいいというのとは全く次元の異なる、ハイブリッド心理学が考える心の豊かさへの歩みも、そこから、始まり得るでしょう。


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■ (No Subject) / 蓮 引用
No.1360 2020/11/09(Mon) 10:12:18

こんにちは。お久しぶりです。

最近になって自分の感情パターンに「上手くいきそうなら楽しい。そうでなければ失敗による惨めさで頭がいっぱいになる」というものがあることがはっきりしてきました。
恐らく子供の頃からの物事の大半はそういう感じで、学校での勉強も、義務教育の頃はすんなり理解できるから楽しかったのが、高校受験あたりから雲行きが怪しくなり、何とか受かった進学校ではまったく楽しくなくなり、浪人した予備校ではまた楽しさが戻ってきたにもかかわらず、大学では本気で面白くなくなりました。社会に出てからも、物事がが上手くいってるかどうかで機嫌の良し悪しが明確な状態がずっと続いてたように思います。最近では、本心から楽しいと言えるものがあるのかどうか自体、よくわからなくなってきました。

世間でよく言われている「上手くいかないからこそ楽しい」という話があまりピンときません。「違う精神構造の人々が何か訳の分からないことを言ってる」という感じで最近まで通してきたのですが、よく見ると「上手くいかないからこそ楽しい」と言ってる人は成功者だけではないようで、もしかしたらこれはおかしいことなんだろうか?と疑問に思えてきました。

精神構造の違いとして考えられるものや、その抜け出し方など、宜しければ解説して頂けるとありがたいです。


 
□ 「真の楽しみ」の心理学^^ / しまの 引用
No.1361 2020/11/11(Wed) 14:40:14

「真の楽しみ」の心理学

これはまず、「真の楽しみ」とはどんなものかという基本心理学から考えると良いかと思います。

>本心から楽しいと言えるものがあるのかどうか自体、よくわからなくなってきました。
との、「本心から楽しいと言えるもの」とはどんなものか、その特徴を分析すると。
まあそうでないものとは、「嘘の楽しみ」というか、まあその「楽しみ」の中に嘘が混ざっているもの、という話になるものとしてです。

なお「楽しい」とはどういうことかという、一番基本的な話はいいですよネ。これ自体を別の言葉で説明することはできなくなってくる、基本感情でもあります。「悲しい」とかと同じように。辞書には「満ち足りていて、愉快な気持ちである」こととか出てますけどね。
別の言葉で説明できないとは逆に言えば、「楽しい」とはどういうことか、誰にどう説明されても分からなくなる心の状態というのがありえるということにもなります。後述。


「真の楽しみ」の特徴則

で、「真の楽しみ」とはどんなものかという基本心理学。
これはおおよそ「単独性」「純粋性」「無条件性」「安定性」などの特徴で考えられるかと。

「単独性」・・・その活動のみで「楽しみ」を感じられること。他の何かと一緒でないと楽しくないとかでなく。お金を賭けないと楽しくないというマージャンはちょっと「真の楽しみ」ではないという話になるかと。
「純粋性」
・・・似た話ですが、何を楽しく感じるという内容に偽りごまかしがないもの。それ自体を楽しんでいるのではなく、別の動機や目的があるというものでなく。ちょっとおどけたら人が笑ってくれたのを見て、お笑い芸に勤しむようになる。そこで自分自身でも純粋にそれを楽しく感じているのかというのが、結構世の芸人志望者に問われるテーマになりますね。そうじゃないと長続きしないだろうと。
「無条件性」・・・その活動を行うと無条件に「楽しみ」を感じられること。「成功」「失敗」や「採点」などがある場合、失敗したり点が悪いと楽しくないというのはやはりちょっと「真の楽しみ」ではなく、「楽しみ」とは別の動機が混ざってきていることが考えられる。
「安定性」・・・マイナス感情に転じる、また原因になることがないこと。お酒の楽しみが翌日の二日酔いの不快になるようであれば、その「酒の楽しみ」も「真の楽しみ」と言えるものではない。

まあこの特徴則から言うと、

>上手くいきそうなら楽しい。そうでなければ
>物事がが上手くいってるかどうかで機嫌の良し悪しが
というのはやはり「真の楽しみ」ではなく、何か別の動機からの感情の揺れ動きがあるのを見極める自己分析が有用になるとは言えそうですね。


「真の楽しみ」への3法則

次に、そのような「真の楽しみ」がどのように見出されるかについての法則というものを言えます。
これは2つのシンプルで強力な基本則と、究極的な1つの深遠則とも言えるもの、つごう3つの法則。

第1基本則として、何を真に楽しむかは人それぞれであること。つまりそれについて他人がとやかく言ったり、こんなものであれば楽しめるはずと枠づけしたりするのは無駄だということです。人が何かを楽しんでいる様子や話を見聞きすることは、自分が楽しめるものの対象材料候補への知識を広げるという分には役に立ちますが、人の楽しみ方を自分にも当てはめようとするのはまず無駄、場合により悪効果にもなることになります。この理由が第2基本則によります。

第2基本則は、人は脅迫下で「楽しむ」ことはできないということです。「脅迫下」とは「おどされている」ということであり、他人からの暴力的行為を受けることのみならず(これはむしろレアケースかと)、人や社会との関係でのストレスやプレッシャーや切迫性などの全てを指します。たとえば友人との待ち合わせ時間に間に合わなそうになり急いでいる場面なども。この時、回りの風景を楽しむことはちょっとできなくなる。
そしてこの「脅迫」が生きることの最も広範囲におよぶのが、もちろん、他ならぬ自分自身による脅迫であるわけですね。もの心ついた時から、「良い子でいなきゃ」「こんな人間になれなければ」と自分にストレスをかけて生きることになった人は、「楽しい」という感情がどんなものか分からないで生きることにもなり得る、という上述の話。
「自分自身による脅迫」はしばしば、「自分自身の心への脅迫」でもあり、「こんな気分になってはいけない」「こう感じるようにしなければ」「そう感じられているか」という自分の心へのストレスさらには自分の心への「監視」によっても、「楽しい」という感情はその湧き出し口をふさがれることになります。人の楽しみ方を自分にも当てはめようとするのは場合により悪効果にもなるというのはこれによるもので、「自責」つまり「楽しめない自分への攻撃感情」により悪感情に転じることにもなり得るというものです。

3つの法則の最後、深遠則と言えるのは、「自発的幸福」の増大によって「楽しい」という感情は大元から増大する、というもの。これについては最新原稿としては『辞典 - 「愛」への理解と価値観と取り組み / 「自発的幸福」と愛』などがありますが、話が膨らみすぎまたハイブリッド心理学の取り組みの歩みとしてもかなり後半のテーマになりますので、ここでは説明は割愛させていただこうかと^^。

ということで、
>精神構造の違いとして考えられるものや、その抜け出し方など、
へのアドバイスとしては、まず上記基本則から、
・人の楽しみ方の話はあくまで自分が楽しめるものの対象材料候補への知識を広げる参考という範囲で聞く。
・自分の心を脅迫するものからの抜け出しへの取り組み。

というものを足場にした上で、
・「真の楽しみ」の特徴則から、自分が真に楽しめるものを模索する、探求する。
ということになりますね。

そこで「自分の心を脅迫するものからの抜け出しへの取り組み」は結局、ハイブリッド心理学の「取り組み実践」の全てになります。内面的な話のみならず、たとえば経済的問題などもあれば心への脅迫になり得ますので、外面問題もしっかり解決向上させる。
つまり外面からも内面からも、「心の安全」を築いていくことが、「楽しめることがない」という状況からの、まずは抜け出しの入り口になる、ということです。

そして内面について「実践」の一項目だけここで言っておくとすれば、人の心の歩みの基本的方角を決めるのはやはり「価値観」であり、ハイブリッド心理学として整理しているその最初、
『辞典 - 「価値観」の理解 / 生き方の思想(思考法)タイプ / 道徳主義・優劣評価主義』
(↑「道徳主義・優劣主義」としているのをちょっと直します)
からの抜け出しに取り組むのが、全ての最初になるだろうと。
おそらく、「楽しめる人が優れた人」「楽しみの多い人が優れた人」とか、人の優劣を評価する生き方思考に、「楽しみ」が侵されるのが、「心底から楽しめるものが見えなくなる」という典型的根底原因と思われるからです。


「上手くいかないからこそ楽しい」の成立要因

まあそれを基本アドバイスとして、

>「上手くいかないからこそ楽しい」という話があまりピンときません
について僕の考えを書いてみますと、「長く奥深い向上」がある活動について言ったものではないかと。
つまり「いくらでも向上の楽しみがあるもの」の話ですね。上手くいかないことはない、ごくごく簡単なことをいつまでも続けるのはそう楽しいものでもないというのを逆表現した言葉ではないかと。まあ「簡単には上手くいかないからこそいつまでも向上があって楽しい」ということですね。これを「上手くいかないから楽しい」と言葉をさらに削ると変な話になってきますね。
いずれにせよこれは、基本的な適性や能力があって楽しく感じられ、ただしそれは奥深い向上があるものだという前段と中段があり、本人がそのさらなる向上に向かい得る資質があるという後段で成り立つという後段の話であり、最後の後段だけ取り上げて自他に当てはめるというのはかなり無理のある話になると思います。

「長く奥深い向上」がある活動について加えれば、そこには「楽しむ技術」も出てくるという話を言えます。まあ僕の趣味である「山登り」も、そしてこうして人生活動としてる「執筆」もそうですね。闇雲に猪突猛進して楽しみ続けられるものではない。ではどうすれば楽しみ続けられるか。そこに、上述の「真に楽しめるものを模索する、探求する」という長く奥深い姿勢が出てくるという次第です。

あと具体的な楽しみ内容の話として、手短に、
「勉強」というのは何か目的がありそのための「必要」として行うものであり、基本的には「楽しみ」の対象ではないように僕個人としては、まあ言葉の意味としては感じます。
一方「仕事」も、これまたまずは「楽しみ」の対象としてではなく「社会で生きる」という目的のための「必要」として始めるもの。一方人生活動のメインになるものでもあり、そこに「楽しみ」が見出されるのは「幸福」の一つの大きな源泉になると思います。
それは他人の様子の当てはめではなく、自らの人生の模索と探求そのものになる、ということですね^^。


 
□ Re: 「真の楽しみ」の心理学 / 蓮 引用
No.1362 2020/11/13(Fri) 11:56:58

丁寧な解説ありがとうございます。

外面問題については、コロナ禍の下で収入も落ちてる状況なので、生活できないわけではないですが、どうにか考えたいところではあります。「自分には何の取り柄もない上、カネや恋愛が絡む事では頭が真っ白になって、自分からのアクションでは成功したことがただの一度もない。成功の仕方も分からない」と思うところもあるので、どうにか取り柄を探したいところではありますが・・・。

それに関連するのかどうか、というものではありますが、先日から仕事中になかなか数字が伸びず「惨めさ」を感じた時、「この惨めさは理にかなっているだろうか?」という疑問が浮かび、また別のタイミングで「仕事をする際に、自分の事を「社会の底辺」だと感じながらやっているため、惨めさを土台に置きながらやっている」という気付きがありました。
もしかしたら、自分の「存在」に関して「底辺」だと感じているかもしれないので、その辺の内面問題は早く解決したいところではあります。



■ 現状から読み解く、愛と自尊心へ向かうため次のステップ / 坂口剛 引用
No.1356 2020/08/10(Mon) 15:02:19

島野さん

お世話になっています。坂口です。

ご相談させていただきます。

以下で、自分の現状を述べさせていただますので、それを踏まえ
心の豊かさに向かうための次のステップについてご助言いただきたいと思っております。
よろしくお願い致します。


【私の今の現状】

たしか、約3年ほど前に、ハイブリッド心理学の書籍を読ませていただき、
稚拙ながら実践の歩みを続けてきました。

現在、IT企業でプログラミングの仕事をしております。26歳です。
未経験から転職し、現在4ヶ月目です。
感情は、ただ流し、建設的な行動を日々実践しようと取り組んでいます。
新人で覚えることも多く、失敗も多々あり、落ち込むこともありますが、
不完全ながらも、感情は理解し、ただ流し、建設的な行動を取ることが
以前よりはうまくできるようになりました。
感情も以前と比較すれば、穏やかなものになりました。プラスの感情も増えたかと思います。

<自尊心>
以前は、仕事に行くのが嫌で嫌でしかたない
やめたい、CENSORED、と思っていました。

今は、結果を出して認めらたいという感情はあるものの、(認められ自尊心)
行動としては生み出す自尊心を心がけています。

より効率的に作業をするには、コミュニケーションを円滑にするには、軋轢を生まないためには、どうすればよいか、という工夫と実践と反省のサイクルを回しています。
今の仕事を続けていきたいと思っています。

しかし、命をかけて取り組む価値を感じてはいません。本心では、
テクノロジーは素晴らしいとは思いますが、もう十分に進化しており、
いま社会に必要なのは、子供の可能性や幸福度を高める教育や、健康的な食事や、
自然との調和などではないかと考えております。
その意味では、これが最高に価値ある仕事なんだ。という思いはありません。
ただ、自分に向いている仕事ではあると思います。

向いているし、嫌いではない仕事だが、本当に価値ある仕事だとは思っていない。
命をかけるほどの思いにはなれていない、という点で、
虚しさのような感情は感じているかもしれません…

<愛>
平日は忙しく働き、求人は友達と映画を見たり、ダラダラしたりして
それなりの休息を得ています。

ただ、よる家に帰ったときに感じる孤独は、以前よりは穏やかにはなったものの
それなりの強さで胸を締め付けます。

楽しみと喜びの共有が愛への取り組みの原則であるならば、
自分は何が好きだろうか、映画をみたり体を動かすこと、自然を感じることなどは好きだ。
そんな共通の趣味の人をみつけて、時間を過ごすことが、愛への取り組みになるのだろうか
と考えています。

出会いの場に趣き、話をして、好みの人がいなければ、その場を去る。
そんな繰り返しになるのだろうか、虚しい、、、
と全くノリ気になれない自分がいます。

生活をともにするならば、自分と興味関心が近い人と出合いたいと思いますが、
そのために、たくさんの人と会い続けなければならないのかと思うと、つらい
マッチングアプリもやってみたが、メッセージして出会うまでもいけない、
合コンなどに行きたくないという気持など、、、

整理がついていない状況です。


以上現状になります。

心の豊かさを獲得していくための次のステップとして
ご助言いただければと思います。

よろしくお願い致します。


 
□ Re: 現状から読み解く、愛と自尊心へ向かうため次のステップ / 坂口剛 引用
No.1357 2020/08/14(Fri) 21:38:30

追記、「何を問題だと感じるか」

問題?@、
生み出す自尊心や喜びや楽しみの共有としての愛から得られ売る幸福に対して、
今の自分の感じている自己処罰感情、劣等感、空虚感等を、打ち消すほどの力や信頼を、感じることができない。ということです。

よって、科学的幸福主義で採用される幸福を、全力で望み、向かうことができない。
結果、望みの成熟に向かうことができないということになるかと思います。


問題?A
実際のところ、自分がいままで望み、求めていた、こうあるべき姿や、分かり合う認め合う愛、打ち負かし自尊心、認められ自尊心は、幸福に繋がりにくいものであることを理解しています。
ただ、今の自分の心は、それら幻想の幸福を、未だに求めてているのかもしれません。

求めているにも関わらず、それにも全力で向かうことができない。
なぜなら、それらは幸福につながらない方向であることを理解していて、
また、仮にその方向に向かったとしても、全力で迎えないゆえに、実現することはできないと感じてしまっているからです。

結果、望みの成熟に向かうことができない。


問題?B
自分は望むものをから拒絶されるという根源的自己否定感情と
そこから起きた望みの停止、さらにはそれらの心理メカニズムのなかでもがき苦しんできたなかで、疲れてしまった。どうせ無理だ、という絶望感も感じているかもしれません。


 
□ 「青年期」における「次のステップ」^^ / しまの 引用
No.1358 2020/08/15(Sat) 10:09:38

「次のステップ」の考え方

これはまず『辞典』の
全体−2 「学び」の全体構成
に示した、車を運転して進む道のり、というイメージで考えると分かりやすいかと思います。

つまり「今必要な次のステップ」は何か、というものに、おおよそ3種類のものがあり得る。
(1)目の前の難所を越えるためのハンドルさばき
(2)進むべき方向性の確認、見直し
(3)前進の維持

ごく簡潔に説明すると以下のようなもの。

(1)目の前の難所を越えるためのハンドルさばき
道のりを進むにあたって目の前に何か具体的な妨げや壁があるものへの対処。外面の現実問題や内面の悪感情など。
「感情と行動の分離」に始まる、さまざまな「実践」を駆使して対処する。

(2)進むべき方向性の確認、見直し
目の前に何か具体的な妨げや壁があるわけではないが、「人生」の歩みについての漠然とした不安や疑問があることへの取り組み。
これには主に2つの視点が出てきます。
・価値観・・・生き方思考の最も基盤になるものとして、
  生き方の思想(思考法)タイプ
  人生観
 などが重要になります。
・年齢的段階に応じた人生課題・・・人の心には、年齢的な段階に応じた成長課題というものがある。それにしっかり向かっているか。何かそこから目を反らそうとしているものがないか、といった視点からの自分への向き合い。
こについては、 『概説』の
 4章 心の成長変化 - (3)「浄化」「成熟」そして「超越」という心の成長の真髄
 ・取り組み実践による「心の成熟」への歩み
  2)年齢に応じた「心の成長課題」と「成長の望み」

あたりがまとまって説明しているものになります。

この2つ目についてまずアドバイスになるのは、ハイブリッド心理学を学び始めると「永遠の命の感性」やら「超越的幸福」やらの最終的境地を「そんな気持ちに」と自分に当てはめてみたくなるかもしれませんが、そうしたものは「壮年期」や「老年期」といった、しかるべき年齢的段階になってのみ問えるのではないか、というのがハイブリッド心理学の考えです。
その前の年齢的段階であれば、それに応じた人生課題のテーマがある。それへの向かい方はどうか、というのが重要な視点になる、ということですね。
すると内面に何かの妨げがあって、自分の今の年齢的段階にとって自然な望みや目標に素直に向かえていない、という状況が見えてくるかも知れません。これは実践ステップが
 (1)目の前の難所を越えるためのハンドルさばき
に移ることになります。

(3)前進の維持
「次のステップ」と言えるものが取り立ててなく、ともかく今の生活を送る前進を維持する局面。
これが日々の充実感満足感に支えられていれば申し分ないのですが、多少は何かの不充足感を抱えたまま同じ前進を維持するしかない局面というのもあるかも知れません。この場合は、この前進をどの程度続けることによって、次の節目がどのように訪れるかと、自分なりの青写真を描いておくことが重要になると言えます。それによって、次に起こすべきアクションが見えてくるタイミングが自然に訪れることが考えられます。

・「学びへのギャップを生きる」ことが生み出す次の変化への準備
またこの「多少は何かの不充足感を抱えたまま」としてよくあるケースに、ハイブリッド心理学の「学び」への心底からの理解納得が実は得られていないまま日々が過ぎていっているというものも多いかと思います。
この場合は、「自分は実はこれとは違うものを取っている」「これは理解納得できていない」という「学びへのギャップ」を日ごろから意識できることが、逆にやがてそれを心の底から選択する変化への心の準備を生み出します。このためには、日ごろからの時間の折の自身の理解納得を問いながらの読書の習慣というのが、何よりも役に立ちます。そうしてやがて、今までの惰性では乗り越えられないような何かの障害や壁に出会うことで(上記(1)パターン)、決定的な「選択」が見出される、というのがしばしば起き得るものになります。
参照:実践詳説 2章 心の成長変化のための礎 - 「学び」とのギャップを生きる(P.57)


「青年期」の課題

上述を踏まえ、ご質問相談についてコメントしますと、「26歳」とのことで・・ハイブリッド心理学で言う「青年期」に該当しますね、まずは年齢的段階として本質的にまだ問えないテーマがある、と考えた方が正解そうなものがありますのでそこから指摘しましょう。

・「命をかけて向かう望み」
『入門編下巻』などで使った表現ですが、「命をかける」とまでではなくとも「命をそそいで」という表現の方がより一般的で良いかと思います。
いずれにせよ、これはまず「壮年期」において「社会を生きる自信」が得られたのを足場に、という道筋がハイブリッド心理学の考えるものになります。
「青年期」といいうのは、まずは社会にあるレールの中で、自分をステップアップさせ可能性を拡げるのが課題の時期になる、と。

・「望みの成熟」
これは意識して向かうことはできません。望みに向かい続けることで、人生を通してそれが「成熟」の変化をすることを、後から気づくものです。
ですのでそのためには、とにかく、「望みの探求」が必要になります。自分が望むのは何か。そして「穴埋め」「腹いせ」の変形を帯びたものではない、大元にある「望みの感情」を自らの中で探求し続ける。

では今問えるテーマとは、と言うならば、上記「まずは社会にあるレールの中で、自分をステップアップさせ可能性を拡げる」になるのではないか、と。
仕事面で言えば、プログラマーならSEやシステム管理とかの領域にも幅を持たせたいということになるでしょうし、
交友や恋愛であれば、やはりもっとはっきり自分が何を望むのかを自分に明確にし、完璧を求めずにまず現実場面に身を置いてみる、といった行動が重要になると思います。そこで内面の妨げもより明確化され上記(1)実践場面になるかもしれません。

ハイブリッド心理学の「学び」としては、やはり「否定価値の放棄」という大目標があります。それによって「魂の望み」も開放されるからです。
そのために問う「選択」のテーマも沢山あります。これについては「実践詳説」が詳しいものになりますので^^。

ということで、まずキモになる話など書いてみました。書いて頂いたキーワード全てにお答えするともうハイブリッド心理学の学びの話全てになると思いますので、また特に取り上げたいものがあればテーマごとなどで聞いて頂ければと思います^^。


 
□ Re: 現状から読み解く、愛と自尊心へ向かうため次のステップ / 坂口剛 引用
No.1359 2020/08/15(Sat) 12:06:22

ご回答いただき、
書籍の方も読み返していたので、合わせて整理が付きました。

ありがとうございます。



■ 適切な自己評価の仕方 / 蓮 引用
No.1353 2020/08/05(Wed) 12:55:39

お久しぶりです。

自分の人生の中でずっと詰まっててどうにもなっていない事があるのに気付いたので、質問したいと思います。
特に長所に関する話なんですが、適切な自己評価の仕方が分からなくて悩んでいることが多かったため、そこで必要になる原理原則はどのようなものか、教えていただけるとありがたいです。
それに関連して、人から褒められても「どうせお世辞に違いない」とか「実際にもっと関わったら期待外れで幻滅するだろう」とか、そこまでいかなくても妙な居心地の悪さを感じてしまいます。逆に、批判や罵声は、どうでもいいことやどうでもいい人からの事柄でもしっかり受け止める状態です。

恐らく自分自身で自己評価の仕方が分からないため起きていることだと推測しているのですが、自分の短所はいくらでも思い付くのに、自信をもって長所だと言えることは考えてもなかなか浮かびません。
何かいい思考方法など、ありますでしょうか?


 
□ 「長所」「短所」と「適切な自己評価」^^ / しまの 引用
No.1354 2020/08/06(Thu) 09:46:39

これは「長所」「短所」の定義にもよりますが、というか、定義がまさに答えを導くと思います。

ハイブリッド心理学からのその定義は、以下のようになります。
その人の持つ特性個性や能力のうち、
「長所」は、その人を幸福にすることに役立つものの全て。
「短所」は、その人が望む幸福への妨げ支障の側面。

微妙に表現が違っていますが、そのミソは、
「長所」とは、その人が強く意識しようがしまいが、結果的にその人を幸福に近づけることに役立つものであれば全て「長所」なのだという広いものだということ。
一方「短所」とは、その人が「こんな幸福が欲しい」と強く意識した上でその妨げ支障になるものという狭いものであり、たとえ一般的に見て人より劣る面についても、「こんな幸福が欲しい」と強く意識するものに関わるものでなければ、そんなの関係ねーと短所でも何でもないし、本人にとって満足できる幸福へと至った時、その人は長所のみがあり短所など存在しない、という存在になるということです。

ですので、人に褒められたり好まれたり、あるいは非難されたり軽蔑嫌悪されたりするかどうは、基本的には二次的な話だということになります。

次に「適切な自己評価」というキーワードですが、これはハイブリッド心理学からはそのまま一つのテーマとしてはちょっと検討できず、かなり沢山のテーマが関連するという話になると思います。
たとえば幼少期からの根深い、漠然とした自己否定感情という問題があるなら、「根源的自己否定感情」とその克服というかなり遠大なテーマになりますし、
「否定価値」という本人の価値観による積極的自己叩きという問題があるなら、「否定価値の放棄」という取り組み実践の目標テーマがあります。

そうした難解な心理テーマの話抜きに、ごくごく単純に「適切な自己評価の仕方」と言うのであれば、「社会を見る目」を養うことだということになると思います。
何か特定要素項目についての自己評価、例えば「英会話能力」であれば、なんとか検定で能力評定を受けられるといった知識。どんな目的のためには、どの程度のその能力が必要かを考えるられる、適切な目。インタビューの同時通訳を目指すのと、海外旅行を自力でこなすという目標では、必要になる能力はもうてんでレベルが異なってきますね。そこで「この程度の能力が必要であり、自分はそれに対しこの程度」という「自己評価」が、実際その行動をしてみた成否と一致しているのであれば、それは「適切な自己評価」だったということになると思います。

「批判や罵声」というキーワードも出てきますが、もしや行動学にそぐわない言動がないかという心配はありますね、というまた別のテーマも。

自分への「中庸の目」というテーマもあります。『辞典』でまとめた文章をそのまま引用しますと、
歩み-2 健康と成長への心の基盤 - 「中庸の目」
「ものごとの一面だけを見て決めつけることなく、多面を同時に見て、そこに見えない一つの本質を感じ取る姿勢。「真の自尊心」そして「未知」に向かうといった、心の成長の真髄への重要な基盤。」

ざっとそんなところかなと。
ということで、結論としては、「全てを尽くして望みに向かう」という軸下にある「取り組み実践」の全てになります、ということですね。
お答えになりましたかどうか^^。


 
□ Re: 適切な自己評価の仕方 / 蓮 引用
No.1355 2020/08/09(Sun) 12:04:52

アドバイスありがとうございました。
自己評価ひとつでこれだけの話が出てくることに驚きました。

ひととおり読んで考えた時に出てきたのが、
>「この程度の能力が必要であり、自分はそれに対しこの程度」
という考え方が、自分も、そして周囲も不足しているのだろうなという点でした。
これについては、今後日頃から思考していこうと思います。

もうひとつ、「批判や罵声」という言葉を出した理由まで考えてみると、自分自身のパターンとして、プラスな言葉に対してはほぼ全て「どうせお世辞や社交辞令でしかない」などと考えて素直に受け取らない反面、マイナスな言葉はほぼ全てしっかり受け止めて怒るなり傷つくなりする感情が噴き出てくる傾向があって、これはどうして起きているのだろうか、という疑問が出てきているからだと思えました。
あたかも、悪い評価ばかり真剣に受け止めて、良い評価は全て聞き流してるかのような感じになっているので、気付いた時に「何かおかしい」と。
これについても、何故そういう感じになってしまっているのか、考えてみようと思います。



■ 傲慢と自己中心性の自覚 / te 引用
No.1350 2020/07/11(Sat) 11:44:51

失礼します。駆け込み寺のような投稿でご迷惑おかけするかもしれません。申し訳ありません。
木造賃貸住宅での騒音問題の加害者です。20代男。10年近く前から泣き声、叫び声、独り言、布団の音、通話音、ゲームの音、キーボードのタイプ音などを無配慮に聞かせ続け、取り返しのつかないレベルでの迷惑を周辺住民に与えてきました。そして私はそのことに無自覚であり上の階からの床ドンに漠然と「迷惑をかけているから仕方ない」と感じながらも自分の行動を改めることはしませんでした。繰り返される床ドンに「バーカ」と衝動的に返したり、嫌になって部屋の外に出てたりしていました。多少の音を静める努力もしていましたが床ドンが収まる気配もなく「自分のニセ(作為的な行動)が問題なのでは」と見当はずれな一人合点から今度は開き直って深夜に遠慮せずタイプ音を出したりしました。その翌朝に激しい床ドンで起き、PCで日記を書こうとするとすぐに上の人は部屋の外に出ました。自分がしたことの仕返しをされ、とても屈辱的でしたがその時になってようやく「騒音は自分が他に関与することなく自分中心に注意を向けさせる傲慢である」との自覚を得ました。その後ネットで騒音問題を調べて加害者は被害者に対し大きな罪があることを知り、自分の人間性の欠落を理解した次第です。
上の階の人に謝罪に行くかどうか迷っています。ただ今の自分の状態では許しを乞うだけの構図になるだろうし、ここまで復讐合戦が続いた以上は建設的な解決は難しいと感じています。
何より問題は今強いCENSORED衝動がありできればCENSOREDと思っています。「償いをせずさらに愛から離れる行為」との思いもありますが、正直とても苦しいです。「実存を守れ」との島野さんの忠告も守れそうにありません。

回答はできればすぐに欲しいのが本音ですが、身勝手な投稿であり島野さんの都合で構いません。最後まで読んでくれてありがとうございました。


 
□ Re: 傲慢と自己中心性の自覚 / しまの 引用
No.1351 2020/07/11(Sat) 14:31:19

行動学的にはこれは答えはまずは単純明快ですね。ということで即答入れときましょう^^。

>上の階の人に謝罪に行くかどうか迷っています。

回りの人が何よりも望むのは「謝罪」ではなく「騒音がなくなること」ですね。
まずは騒音を出さないようにすること。それが当座の課題。それがしっかりとできれば、基本的には相手から抗議に来た時以外は、こちらから謝罪に出向く必要はないと思います。
内面感情側にちょっと複雑なものもあり解きほぐしも必要かと思いますが、それもまずは正しい社会的行動の碇をおろして外面問題は済ませてからですね。

まず音を出す程度を、社会常識的なものに収めること。当面の行動としてはそれでいいと思います。
なおPCのタイプ音はそんな大きな音ではなく他の部屋から聞こえないのでは・・と思うのですが。細かくはネットの情報などで検討できるかと思います^^。

騒音問題はごく客観的物理的な音の大きさの問題で、傲慢と自己中心性とかの複雑な内面問題はいったん分けて考えると良いかと思います。


 
□ Re: 傲慢と自己中心性の自覚 / te 引用
No.1352 2020/07/17(Fri) 00:12:52

即日に返信してくださったのですね、本当に申し訳ありません。要求した身分ながらこちらの返信が滞ってしまいました。ご迷惑おかけしました。

>回りの人が何よりも望むのは「謝罪」ではなく「騒音がなくなること」ですね。

そうなんですよ。私も何かしら改善が確定してから謝罪に向かおうかと思って解決が滞っていた次第です。で、他に自分に思い当たる節を探したのですが、破滅的な独り言(「女キライ」など笑)を繰り返し言ってる私の人間性なのではないか、という再び不健康な思考に舞い戻ってしまうのです。独り言は9割がた抑えるのに成功したのですが、PCのタイプ音に自分の隠された軽蔑心が……。
つまらぬ結果ですが実家に帰ることになりました。皆様方には大変ご迷惑をおかけいたしました。また一から静かにハイブリッドを勉強させていただきます。ありがとうございました。



■ (No Subject) / サカグチ 引用
No.1346 2020/01/27(Mon) 09:25:07

島野様
こんにちは

本か冊子で読んだ記憶があるのですが、どこだっかか見つけられず、こちらで質問させていただきます

存在の誉れ?というような生み出し自尊心の行きつくところ、ような印象を持った単語があるのですが、思い出せません、

生み出し自尊心と同じ意味でしょうか?
もし違うならどういったところが異なるでしょうか?

冊子は持ち合わせていますので、該当ページも教えていただけるだけでも幸いです。よろしくお願いします。


坂口


 
□ 「生み出し自尊心」と「存在の誉れ」^^ / しまの 引用
No.1347 2020/02/12(Wed) 16:22:14

「存在の誉れ」

これは即答可能です^^。・・と言いつつ家事や雑用だけでもあっというまに日々が過ぎていく今日この頃^^ゞ
そして説明書いてたら、例により長くなっちゃったー^^ゞ

というのも、実践編下巻など残りの執筆のためにもいったん今までの執筆内容を振り返っておこうという読み返しで、ちょうどその辺の話を書いていた部分を最近再確認しており。

まず「誉れ」とは、「多くの人や社会に褒め称えられ愛されること」がハイブリッド心理学でその言葉を使っているものです。
それが人物としてのものとなるのが「存在の誉れ」ですね。多くの人や社会に褒め称えられ愛される人間になること。
まあ誰もがまずは人生を生きはじめてそれを望むものと言えますね。

この「存在の誉れ」という言葉をキーワードにしている話としては、以下が詳しく書いています。

理論編下巻(第4巻)
 1章 基本の姿勢と歩み−1 −基本姿勢への3つの大指針−
  
大指針その1:感情への一貫した姿勢の確立 (P.9)
から一応読むといいと思います。人の心にまず「存在の善悪と地位」という幻想が抱かれることから始まる。そこから
  「存在の善悪と地位」と「望み」 (P.11)
  「自意識の業」の克服 (P.11)

にかけてその始まりの様相を書いています。

またこれに関連するものとして、人が自己理想の内容として描くものの基本軸を、
理論編上巻(第3巻)
 6章 「自尊心」の混乱と喪失−1 −自尊心の発達と阻害の過程−
  「あるべき姿」「なるべき自分」を空想の中で掲げる生き方 (P.96)
  「望みの停止」と「理想の高さへの自尊心」の奇妙なバランス (P.97)
  自己理想像の硬直性と人格の分裂 (P.98)

にかけてなどで書いています。「容姿」「才能」「性格」という3大魅力価値というのがまずそれになるだろうと。
ちょっと抜粋(P.99)。

============
・・(略)・・、「容姿」「才能」「性格」という3大魅力価値それぞれについて、「愛」「優秀」「善」という幸せ3要素のための理想が描かれるというマトリックスが、自己理想像や価値観思考の内容になってきます。
ごく簡潔にその基本パターンを描写するならば、「容姿」「才能」「性格」という全てが、その秀逸性によって愛されるための、もしくは他人に優越するためのテーマになり得ます。善であるというのは主に「性格」に関係します。============

これがやがて「存在の善悪と地位」という観念の内容基準としても抱かれると言っていいと思います。

そしてこうした観念とそれにまつわる感情が心の成長成熟の歩みでどう変化するかを、
理論編下巻(第4巻)
 2章 基本の姿勢と歩み−2 −「望み」と「自立」という最初の鍵−
  人生のエッセンス・心の成長成熟による「存在の善悪と地位」と「愛」の変遷
(P.43)
  「不完全性の中の成長」 (P.45)
  「心の成熟」と「無条件の愛」 (P.45)

で書いています。
要は、「未熟」と「病み」では「存在が悪」への攻撃衝動から始まるものが、心の健康化と成長の中で、そうしたマイナス面よりも「存在の善と誉れ」というプラス面に着目し向かうことができるものになり、「成熟」の最終的局面に至り、「無条件の愛」といった、人の存在の価値の高低という感覚自体を感じなくなる心の境地に向かう、というものになりますね。

キモになる部分としてはそんなところということで^^。『理論編下巻』は全体的に何かしらこのテーマにからんだ内容になっていますので。


「自尊心」と「存在の誉れ」

一方ご質問ですが、

>存在の誉れ?というような生み出し自尊心の行きつくところ、ような印象を持った単語があるのですが、思い出せません、 生み出し自尊心と同じ意味でしょうか?もし違うならどういったところが異なるでしょうか?

まさしく「自尊心」との関係が重要になりますね。
これは手短に、「存在の誉れ」が上記のように人や社会との関係性であり「望み」にもなるものとして、
「自尊心」は「自分で自分を尊敬できる」ことという、自分自身との関係であり、いちおう別立ての心理要素になります。

でこの2つは、「自尊心を足場に存在の誉れの望みへと向かう」という構図で考えていいと思います。
ミソになるのは、「存在の誉れを得ることで自尊心が得られる、満たされる」のではない、ということですね。これは自分自身では自分を評価できないという、むしろ自尊心が低い姿です。


自尊心の獲得と達成

ハイブリッド心理学が考える、「自分で自分を尊敬できる」という「自尊心」の獲得、そして最終的な達成の姿とは、一言で、
1)自らが生きるこの現実世界を生きるための自分の思考法行動法に自信が持て、そして
2)実際にこの現実世界を生きることにおける、そして自分の人生における、
「前進」ができるようになってきた、という状態をもってまずは自尊心の獲得ができ、さらに
3)自分の人生における
「前進」が結構な満足感の下にできたという実際の「実践」を得た段階で、自尊心の最終的な達成に至り得る。
というようなものになります。

まずそうした「自尊心」の「獲得」そして「最終的達成」とはどんな感情になるということかと言うと、ここが重要なパラドックス的なものになりますが、自尊心という心理課題を、あまり意識せずにいられるようになるのが「獲得」の段階であり、さらに「最終的達成」の段階に至り、この人の心にもはや「自尊心」というテーマ自体が消え去ります。
これは自尊心が「人生の前進において自分を信じられる」ことだという表現からも言えることです。自分への信頼が確固とするほど、「自分はどうか?」「自分はどんなだ?」と気にする意識は持たなくてすむようになるということですから。
さらに言えば、「自尊心」とは、「自意識」によって「評価する自分」と「評価される自分」という、自己内部の意識の分断によって生まれた心理課題であり、その最終的な達成とは、この意識分断が消えた段階でのことであり、結果「自尊心」というテーマ自体が、この人からもう消え去るわけです。
ですので自尊心の最終的到達とは、「自分が神のごとく至上の存在になったと感じる恍惚感」とかではてんでないわけですね。これはむしろ「病み」です。


「生み出し自尊心」は「存在の誉れ」の彼方へ・・

ではどのような前進の仕方つまり思考法行動法と価値観で行けば、実際そうした自尊心の獲得と達成に向かうことができるのか。
ここに「生み出し自尊心」という自尊心への価値観の種類の話が出てきますね。

実践4-1 「価値観」の理解 - 「自尊心」への価値観
でまとめたようなものの中で、「生み出し自尊心」が、そうした自尊心の獲得と達成へと向かうために、我々が採り得るただ一つの道だと考えるのがハイブリッド心理学です。
「生み出し自尊心」が、上記のような獲得と達成へと惑うことなく向かい得る方角にある。他の「打ち負かし自尊心」「愛され自尊心」「認められ自尊心」「否定できる自尊心」だとそうは行かない。これはよろしいですかな。

そこでキモになるのは、「生み出し自尊心」が「現実において生み出す価値」という「結果」に目を向けることにおいて、自尊心が意識を向ける対象が、「自分」から、「自分が生み出す価値そのもの」へと移っていく。これがやがて、自分の命をそそいで生み出し続けることのできる価値を見出した時、「自分」という惑いは心の根底から消えていくということですこれが自尊心という心の課題の、最終的な達成の姿だということですね。
。
上で人生における「前進」が結構な満足感の下に・・と述べたのもこれ、つまり自分の命をそそいで生み出し続けることのできる価値を見出し、それに向かうことができてきたという段階のことを、まずは言うものだといえるでしょう。
この段階とは同時に、「自分というのは命の大きなつながりの中でのほんの仮りのものにすぎない」と感じる「永遠の命の感性」の獲得が見えてくる段階でもあります。これ自体は自尊心テーマよりも、「愛」と「魂の感情」との向き合いテーマからの流れです。これに至り、もう自分個人がどの程度の誉れの存在なのかは、もうかなりどうでもいいことになってくる、という流れになります。

ですので、
>生み出し自尊心の行きつくところ
のことかと言うと、「ノー」になるわけですね。
「生み出し自尊心」が行き着くのは、人による存在の誉れの違いはない、という心の世界です。存在の誉れの彼方の世界とでも言えますかな。


「自尊心」と「存在の誉れの望み」への取り組み

以上がまずは「自尊心」というテーマそれ自体での説明であり、次に、それに対し「存在の誉れ」というものがどのような位置づけにあるのか、という理解になってきます。

もちろん最初から人による存在の誉れの違いはない、という彼方の世界が見えるわけでもなく、誰もが「未熟」から始まる人生の歩みは、誉れある存在になれれば幸せになれる、そうなれなければ灰色の人生になる、という社会文化的幻想の巨大な檻ともいえるものの中で、その長い期間を歩むのが宿命になると言えるでしょう。「打ち負かし自尊心」「愛され自尊心」「認められ自尊心」「否定できる自尊心」という、未熟な自尊心価値観に足を引きずられながら。「生み出し自尊心」という成長と成熟に向く自尊心価値観を、学校で教わることなどないまま。

そこからの歩みへのハイブリッド心理学からの指針は、まず「人の目」や「人からの仕打ち」そして「人との比較」の中で自尊心に何らかの躓きや傷があったとしても、それを乗り越えるための自己理想を描く時、それが「人の目」を見返せるような・・という意識の上にある限り、それは「人の目に依存した自尊心」という、真の自尊心にはなり得ないはりぼての自尊心でしかないことを見据え、「ありのままの自分を受け入れる」「自分を愛する」といった中身のない姿勢論でもなしに、高度な「行動学」と「匿名性において生み出す」といった叡智の姿勢、そして「仕事の普遍的スキル」などを学び実践し、「存在の善悪」というイメージとは別世界のものとしてある、この社会を生きるスキルを目指すことです。
そしてそれが多少とも「この社会を生きる自信」というものに結実してきた時こそ、「存在の誉れ」への望みへと踏み出すのがいいでしょう。人の目にどう称えられるかという観点よりも、自分にとって本心から、命の重みのあるものとして感じられる「生み出す価値」に向かうものとしてです。そこには多少の「怖れ」が伴うこともあるでしょう。しかしその時こそ、真の自尊心とは何かが、分かるのです。

ざっとそんな流れが、真の自尊心の「獲得」の段階であり、上で言った「自尊心を足場に存在の誉れの望みへと向かう」というものです。
そこから実際どのように「存在の誉れ」を得ることができるか、そして「自尊心」という課題の最終的達成がなされるかは、やはり多少ともパラドックスの関係に置かれることになります。
つまりこの人の前進が幸運にも「存在の誉れ」へと、つまり社会的成功を得るものへと至ることができたならば、それはもちろんこの人に「幸福」をもたらすであろう一方、「人の目に依存する自尊心」という、真の自尊心とは異なるはりぼての自尊心の要素を、温存させることになるだろう、と。
「愛」への理解と価値観と取り組み - 「自発的幸福」と愛
などで説明している「自発的不幸」も同じくです。この人がまだ持っているであろうその要素を、温存させるだろうと。外部から良いものを与えられることによる幸福を得る代償としてです。まあもちろんこれはこれでいいわけですね。「幸福」が得られるのですから。そして「代償に」などと簡単に言えるほど「自発的幸福」は容易に得られるものではありませんので。
一方でその前進への歩みが、「存在の誉れ」を得ることに・・つまり社会的成功を収めるようなものにはならない時、それはこの人に「失意」の試練を与えることになる。しかしむしろこれが、この人に残っていた「人の目に依存する自尊心」と「外部から与えられることに依存する幸福」を追い求めようとし続けた衝動を打ち崩し、心がまた一皮むける一歩になるかも知れない。それが上記のような自尊心課題の達成の心の境地に進むとすれば、あくまで「命の重みで感じる価値」そして「愛」と「魂の感情」に向き合う姿勢があってのことになるだろう。
これが一応「自尊心」と「存在の誉れ」という2つのキーワードに絡むもの全てを出した流れになります。

ということで、一度キーワードを取り上げて説明を始めるととんでもない量になるわけですが、結局このくらいの話をしないと、説明にも理解にもならないわけですね。
今「愛」についての説明ページに取り掛かり中ですが、その後に「自尊心」についての説明ページを、まあここに書いたのを骨格にして書こうかと思いますので^^。
こんな話として、「生み出し自尊心」と「存在の誉れ」は別々のもの、まあ交わらないまま同じ彼方に向かうものとでも言えるものになりますね^^。


 
□ 追記 / しまの 引用
No.1348 2020/02/13(Thu) 10:30:50

上記コメントの関連で『辞典』の
実践4-1 「価値観」の理解 - 「自尊心」への価値観
に加筆更新してあります^^。


 
□ Re: / サカグチ 引用
No.1349 2020/02/17(Mon) 01:07:40

ありがとうございます^^よくわかりました




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