定型にとって気持ちが大切なことはここを見ていてもよくわかるところではありますが、『自分の』気持ちには敏感で分かって欲しいを主張するわりには相手や違うタイプの人間の気持ちにはひどく鈍感で、違う相手がそもそも価値観やして欲しいこともありがたいことも違うためにありがたいけれど結構ですと断ったとき、ひどく傷ついたり『せっかく私がよかれと思ってしてやろうと思ったのに!!』となることをよく見かけますが、こういうタイプはただの幼稚さから卒業できていないか、自己愛に問題を抱えていると思うのです。
自分の思うようにいっている時、自分の申し出を快く受止めてもらえた時にはイコール自分をも受け入れてもらえたと快楽物質や安心を得たり承認を得られたと思うみたいですが、そんないつもいつも自分の申しでと相手のニーズが噛み合うことなどありません。
ありがたい申し出だが、タイミングが違うため自分でやるからいい人もいたり、他の人に頼んであるから大丈夫という人がいたり、それをしてもらえるのでしたらむしろこういう方法をお願いしたいです、という人がいたり様々です。 しかし、『よかれ』と思ったという主張の定型の多くは、『自分の』やり方やタイミングや気分を大事にしているわりに、相手が断ったときにさっと引くことや相手がそれよりもここをお願いできますか?となると面倒くさくなったり嫌がったり文句を言うことばかりに思えます。
ようは、『ただ自分のしたいときに気が向いたことで上から目線で助けてやった私』が好きなだけで、相手のことも今相手が本当に必要なこともみていないと思っています。
自分がしたいことだけしたいだけ。 対等に相手に申し入れていないので断られると自分への拒絶ととってかえって大騒ぎ。 相手がきちんと頼まないことも不満だし頼まれてもどうせ文句。
客観的に眺めて分析した結果は、 『私大好き!』『私が1番〜』でしかないということです。 いい人である私、手伝ってあげようとしている気を使える私、誰にも何もいわれたくないから一応声だけはかけてあげる出来る私・・・私私私・・どこまで行っても相手のことなど見えていないですよね笑。 No.11578 - 2023/08/28(Mon) 08:10:34
|