しまのたかしハイブリッド人生心理学 島野隆ブログand掲示板
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●島野の著作そしてハイブリッド心理学に関する感想・質問・ご意見など投稿して頂けます^^。
●心の悩みのご相談
については、ハイブリッド心理学「取り組み実践」を進めるためのポイントヒントなどを、ここではごく簡潔アドバイスいたします。
*より詳しくアドバイスするとどのようなものになるのかは、
 
メール相談事例集実践編書籍など読んで頂くと参考になるかと思います^^。
返答入れて頂いた順に返していきます。日数がかかることもありますので、ごゆっくりお待ち下さい^^。


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(No Subject) / こたろう 引用
No.1009 2014/12/08(Mon) 00:44:08

こんにちは。
まだまだ理解できない部分もありながら、
最近はほかの事に時間をとられ、
なかなかハイブリッド心理学に目を通す時間が
取れていません。
自分ではなにが聞きたいのか、どこが
疑問なのか、という時点で頭がぐちゃぐちゃに
なってしまう所がまだまだ多く、、、
そういう意味でも、メール相談実例集を
楽しみにしております。



さて、今回の質問なのですが、
思考記録についてです。
島野さんは、悲しみの彼方への旅、を
読んでいても、自己と向き合い、それを
言葉にするという作業にすごく時間を
割いていたのではないかと思います。
土台に一つ一つを積み上げる論理思考が
あるので、時間にするとそんなに長くは
なかったのかもしれませんが、
僕はものすごく時間がかかります。


また媒体がアナログとデジタルと
二つの選択肢があることもあり、
あっちに書いたりこっちに書いたり、
毎日違うテーマで考える事が出てきて、
とても一つ一つ考えて解決していくように
出来ません。



これは心理面以外の考察も含めて、
自分の中で迷いがあるんですが、
いわゆる完成した、その時なりの答えや、
形ができた文章(blogに書いてるようなかんじですかね?)ではなく
暫時的な思考や分析などを書いたノートは
どうしていましたか?(あるいは現在どうされてますか?)



悲しみの彼方への旅では、大きな動揺があった
後に、とっさにメモをするシーンなどもありますね。
書いたノートは、どうされていましたか?



最近認知行動療法の
カウンセリングを受けています。
注意点として、ものすごく言われたのが、
出来事の具体的な時間の始まりと終わりと、時系列での自分の思考、行動、対処などの順番を具体的に印すという事でした。

いつもこういう風になるんだよなー
ではなくて、
具体的な一つの出来事の間に
起こった自分の心や体の反応、行動や対処を細かく知る事を積み重ねる。
ハイブリッド心理学でも具体的なエピソードの
振り返りが出来ていると進歩が生まれやすいのかなと思います。


こういったアセスメントシートというプラットフォームがあると、ブロックごとに思考、行動、感情、と別れていて振り返りやすく感じました。



島野さんが自分の感情と向き合っていた時
(現在もあると思いますが)どのように
ノートを取って、管理していたのかな、
という事をできるだけ具体的に知りたいです。



 
感情と思考の記録整理^^ / しまの 引用
No.1010 2014/12/11(Thu) 16:03:52

>暫時的な思考や分析などを書いたノートはどうしていましたか?(あるいは現在どうされてますか?)
>悲しみの彼方への旅では、大きな動揺があった後に、とっさにメモをするシーンなどもありますね。書いたノートは、どうされていましたか?

まず「そのまま保管しているだけ」です^^。

なお、書く媒体については、以下のような変遷がありますね。
30代くらいまで・・・書く作業が結構早くできたので(特に学生時代)、そのままB5の大学ノート日記として。それができない状況(授業中など)手帳メモ書きなど。
40代くらいまで・・・きれいに(読めるように^^;)書くスピードが次第に遅くなり、A4コピー紙をたたんだものポケット持ち歩き、殴り書きでまとめてB5の大学ノート写し書きする。何と書いたか自分で判読できないものたまにあり^^;
50代以降(今53^^)・・・PC上のテキストファイル直接打つ。なんかこれが楽で早くもあり^^。

>注意点として、ものすごく言われたのが、出来事の具体的な時間の始まりと終わりと、時系列での自分の思考、行動、対処などの順番を具体的に印すという事でした。

重要ですね。それが自分の心の動きを自分でしっかり把握するということになると思います。

>こういったアセスメントシートというプラットフォームがあると、ブロックごとに思考、行動、感情、と別れていて振り返りやすく感じました。
>島野さんが自分の感情と向き合っていた時(現在もあると思いますが)どのようにノートを取って、管理していたのかな、という事をできるだけ具体的に知りたいです。

これは日記など書いたものについて、その内容を整理するための何かの管理方法などあるか、というご質問ですかな。

ならば返答としては、「ない」です^^。
つまり、自分自身の心の動きや、自分の考えを整理するという作業を、まず自分の心の中、頭の中で行います。そして整理できたという感覚をもって、書くという作業を行います。
また、ある程度整理された結果を書くという前提があるので、書くためにしっかり頭の中心の中で整理するという意識作業が起きている、とも感じます。

思考整理のためのワークシート的なもの以前メール相談の中でも検討したことがあるのですが、結果的にあまり効果が感じられず、やめています。
これについて改めて考えるに、自分の心の中頭の中で整理できるということが、まさに前進の基盤になるのではないかと。で、心が成長変化する。
まあいい喩えかどうか、自分の部屋自分で整理掃除できることが重要ということですね。整理したい場合外部の人を呼ぶというのだと、部屋結局いつも散らかったまま

自分の頭の中心の中での整理作業とはどんなものかと言うと、『概説』では
・「言葉」による実践の推進
として説明し、最近僕自身の体験例ブログ
2014-12-07『初冬の北アルプスで向き合った「望みに向かうこと」と「幸福」-5』
書いたりしましたが、
とにもかくにも、「言葉を使って自分自身との対話問答をする」ということです。
「今起きている問題とは何か」「外部で客観的に起きている問題は」「自分の心の側の問題は」「行動学ではどうなるか」などなど。

>土台に一つ一つを積み上げる論理思考があるので、時間にするとそんなに長くはなかったのかもしれませんが、僕はものすごく時間がかかります。

一つ一つを積み上げる論理思考は、車輪と同じで、それがないともう時間の長短の問題ではなく全く前に進めなくなると思います。思考整理全滅というのが得てして起きかねない。
カウンセリングで題材になったものなどを書いていただければ、一つ一つの論理思考から、どんな感じになるか具体的アドバイスもできるかも知れませんね^^。

p.s
『メール相談事例集』ようやっと作業着手できる感じです^^。


 
Re: / こたろう 引用
No.1011 2014/12/24(Wed) 00:03:01

お返事ありがとうございます。

なるほど。

言葉を使って自分自身との対話問答をする、というのは
落ち着いていないとキツいですね。

うつ病でよく言われるのが「ワーキングメモリの劣化」ですが
如実に実感します。
一度に意識に保っておける問いかけや言葉などがストレス状態に
よって大きくムラがありますね。湧いては消えていってしまう事が
多いです。

そういう時に中途の思考を紙面で行う事は
現段階では仕方ない気がします。

「今起きている問題とは何か」「外部で客観的に起きている問題は」「自分の
心の側の問題は」「行動学ではどうなるか」

などの問いを控えておくのは良いですね。



ここでまた根本的な問いなんですが、

行動学を用いて行う行動はなぜ「嘘」にはならないのでしょうか?


 
論理的思考エクササイズ^^ / しまの 引用
No.1012 2014/12/26(Fri) 14:09:27

>行動学を用いて行う行動はなぜ「嘘」にはならないのでしょうか?

論理的思考良い題材になると思います^^。
論理的思考をするならば、以下のように順序立てて、それぞれをじっくり思考検討するになりますね。
以下、まずご自身で考えてみるエクササイズをしてみてはいかがかと^^。

@「行動学」とは何か
ヒントとしては、その「種類」明瞭にすることです。ハイブリッド心理学では、3種類の行動法から成るものを行動学と呼んでいます。
その3種類とはか。ハイブリッド心理学の説明からそのまま抜き出すので構いません。
『概説』 3.取り組み実践
などから。

Aここでの「嘘」とはどんなことを取り上げるか
これも「種類」考えると良いでしょう。オレオレ詐欺のような「嘘」か。今年大きなニュースとなった某音楽家某生命科学研究者における「嘘」か。それとも「自分自身への嘘」という、内面心理における「嘘」か。

B上記@とAがどうつながり、「行動学による行動は嘘にならない」という命題がどのように成立するか。

まあそのように、「行動法」なり「嘘」なりの「種類」関係しますので、「行動学による行動は嘘にならない」大きなくくりで言う話ではない感じですね。
あるいは、そこでの「嘘にならない」というものに関係するのは「行動学」よりも「価値観」かも知れないですね。

ともかく、どの辺までは思考検討できたか報告頂ければ、次のアドバイスへ、ということで^^。

論理的な「答え」を導き出すためには、「問い」からまず論理的に考えることが重要、という次第です^^。


 
Re: / こたろう 引用
No.1016 2015/01/01(Thu) 14:36:05

失礼しました。

下巻前半で触れられている
「自分自身への嘘」ですね。


自分自身への嘘は、閉ざされた世界、あるべきものがある世界で
愛されるためにつくものであるとして、

開かれた世界の行動法として建設的行動法が
紹介されていますよね。



建設的対人行動法 ・・・ 共通目標共通利益のみに着目して行動する
原理原則行動法 ・・・ 相手人物に感じたことは一切言わず原理原則について話すという行動法
ウインウイン行動法 ・・・ 相手を勝たせて自分も勝つという行動法


相手に合わせるために行きたくも無い場所へ行ったり、
話したくも無い事を一生懸命聞いたり、という事が嘘になるので、
建設的対人行動法が一番そのテーマに
合うのかなと思いますが。


これは確かに納得がいきますね。



そもそも、人といる時に自分に嘘をついていない状態ってなんだろう?と、
思うんです。
例えば、家にいる時の自分が嘘のない自分なら、
相手に話しかけられても「あぁ」、興味がない話なら「へぇ」で終わりです。

人といる時は多少なりとも、自分に負荷をかけて思考し、
積極的に疑問を言葉にしたり、相手に対しての問いかけを考えたりします。

これも「自分自身についた嘘」なのでしょうか?


 
「自分自身への嘘」の克服は「感情のまま行動できる」ことにあらず^^ / しまの 引用
No.1020 2015/01/08(Thu) 16:19:55

「自分自身への嘘」とは

>下巻前半で触れられている「自分自身への嘘」ですね。

「自分自身への嘘」というのはかなり難しいテーマですが、これもやはり「問い」から論理的に整理していくのが大切ですね。
まずテーマ正確な定義から。

「自分自身への嘘」は、内面感情で起きることを指します。自分自身にとって本当のものではない感情を自分は感じていると思いこめるように、自分の心にストレスをかけている状態です。かつそストレスさえも自覚できない状態です。
これは「心の病み」であり、やがて感情が自己コントロールできない暴走を起こす危険があります。まず自分がそうしたストレスを自分自身の心にかけていることに気づくことから、心の健康への歩み生まれ得ます。

ですので、

>相手に合わせるために行きたくも無い場所へ行ったり、話したくも無い事を一生懸命聞いたり、という事が嘘になるので、

これは外面行動法の問題であり、「自分自身への嘘」とはまた別の話です。
相手に合わせるために、本当は行きたくない場所自分は行きたいのだと自分に思い込ませようとしたり、話したくもないこと自分は話したいのだと自分に思い込ませるといった心の動き起きるにつれ、それは「自分自身への嘘」という心の病みの問題になってきますね。


「自分自身への嘘」の克服

その克服は、まずは「心の依存」から「心の自立」向かうという転換に、歩みの始まりがあるというのがハイブリッド心理学考えです。
自分の感情を相手に受けとめさせるのではなく、自分の感情を自分自身で受けとめ、外面行動は「行動学」によって建設的に行動する。

それによって「自分自身への嘘」すぐ克服されるのではなく、まず「自分自身への嘘」純粋自分自身との関係における問題になる、ということです。その先に、最終的な克服は、「望み」向かって生き歩みの全体が、この人生み出します。『概説』説明している「心の成長変化のベクトル」全てを通して、ですね。


「感情のままに行動」が健康形成長形ではない^^;

ですので、

>そもそも、人といる時に自分に嘘をついていない状態ってなんだろう?と、思うんです。例えば、家にいる時の自分が嘘のない自分なら、相手に話しかけられても「あぁ」、興味がない話なら「へぇ」で終わりです。
>人といる時は多少なりとも、自分に負荷をかけて思考し、積極的に疑問を言葉にしたり、相手に対しての問いかけを考えたりします。

については、外面行動法問題と、「自分自身への嘘」という問題を、それぞれ別テーマ問題として考える必要があります。

まず留意しておかなければならないのは、感情のままに行動できることが、必ずしも健康形でも成長形でもないということです。
多少は相手に合わせることが自分自身にとっても良い結果になると思えば、「相手につきあう」というのもごく自然で健康交友行動法です。相手への配慮のため、多少は自分に負荷をかける必要が出る場面もあるでしょう。
こうした判断も、「心の自立」の先に、積み重ねていくことで「成長」つながっていきます。

ということで、テーマの整理からですね。よろしいでしょうか^^。


 
Re: / こたろう 引用
No.1025 2015/01/29(Thu) 01:36:46

では下巻五章の、閉ざされた世界でつかざるを得ない嘘というのは、「自分自身への嘘」ではなくて他人への嘘という事ですね。

他人への嘘をついている事に気づかないように
自分を騙している事が自分への嘘だ、と。

125pで、
ありのままの自分を感じとる感受性が損なわれていなければ、自分が求めているのは愛であり、それを得るためには自分に嘘をつかなければならないという心の現実、そしていかなる外面行動を行おうとしても、そこに自分への嘘が、つきまとい、自分がそれを激しく嫌悪していることを、感じとるかもしれません。

とあります。
ここでの自分への嘘という言葉は外面行動を指しているように思えますがどうでしょうか。


 
「他人への嘘」と「自分への嘘」^^ / しまの 引用
No.1026 2015/01/30(Fri) 16:37:31

>では下巻五章の、閉ざされた世界でつかざるを得ない嘘というのは、「自分自身への嘘」ではなくて他人への嘘という事ですね。他人への嘘をついている事に気づかないように自分を騙している事が自分への嘘だ、と。

やはり言葉の定義一つ一つ確認して整理するのが大切ですね^^。面倒かと思いますが。

「他人への嘘」・・・他人を欺くために、真実でないこと(これが「嘘」)を意図的に示すという外面行動
「自分への嘘」・・・自分自身にとって本当のものではない感情(これが「嘘」自分は感じていると思いこめるように、自分の心にストレスをかけるという、内面状態

ですので
>ここでの自分への嘘という言葉は外面行動を指しているように思えますがどうでしょうか。
「自分への嘘」はあくまで外面行動のことではなく、内面状態です。

また「閉ざされた世界」とは、「存在の規律がある世界」です。
その結果起き得るのは、「他人への嘘」「自分自身への嘘」両方だと言えるでしょう。

「閉ざされた世界」においてどのように「他人への嘘」起き得るのかは、某隣国を思い浮べれば具体的にイメージできると思います。これはよろしいですかな。
そしてまた「閉ざされた世界」において「自分への嘘」起き得るのも、某隣国具体的にイメージできると思います。実際にはこんな国なんてと思っているのに、この国サイコー!と自分で思いこもうとする。なぜなら、それが一番安全だから。

こうした「他人への嘘」「自分への嘘」という問題は、それぞれがどのように起きているのかを、それぞれに考えることが重要です。どっちが起きているのか、ではなく。
そこでキモになるのは、「自分への嘘」起きている時、それがどのように「他人への嘘」でもあるのかは、もうあまり問えない、ということです。なぜなら、何が真実かが、自分で分からなくなるのが「自分への嘘」だからです。

ですので、まずはとにかく内面において「自分への嘘」という内面問題脱する
に、それがどう「他人への嘘」という外面問題巻き込んで引き起こしていたのかへの対処をすればいい、という主旨になりますね。

いずれにせよ概念的にはそんな話ということで、より具体的には、具体的問題場面の何をどう検討したいかになると思います^^。


 
Re: / こたろう 引用
No.1029 2015/02/16(Mon) 18:55:13

「自分への嘘」・・・自分自身にとって本当のものではない感情(これが「嘘」)を自分は感じていると思いこめるように、自分の心にストレスをかけるという、内面状態。


であれば、愛されるためにつかざるを得ない「自分への嘘」はこれとは少し種類が
違うのではないだろうか、と感じました。


具体例を挙げてみます。

医学部家系に育った子供が、自分は本当はロックミュージシャンになりたいという願望を抱いたとします。しかし、親からは教養としてクラシック音楽を叩き込まれ、反体制派的なロックミュージックやJ-POPなどは、低俗な物として一蹴される。この子供は、ありのままの自分は受け入れてもらえない経験を幼少期にしているため、根源的自己否定感情を抱えていて、愛情欲求を抱えている。


結果として、親の前で「親の求める自己像」を無意識に演じる事となる。
自分の興味から目をそらし、そもそもそんなものは最初から求めていなかったのだと思い込み、
「あるべき姿」に向かうために多大なる努力をし、医学部に進学。

しかし、いくら親の求める自己像、つまりこの人物にとっての愛されるための「あるべき姿」を獲得する事に成功しても、そこには「自分への嘘」があるため、親に愛される事そのものに価値を感じる事が出来ない。


こういった論調で「自分への嘘」という言葉が使われている時、
「自分への嘘」で指しているのは、次のうちどちらなのか、という質問です。



@親の前で自分の本当の望み(少なくともこの時点で感じられる望み)をごまかして、愛されるための自己を追求している事そのもの。



A本当の望みを自覚しても、それに向かう事は親から愛されなくなる事を意味するため、
恐怖のあまり自覚する事を拒む無意識の動きが起きる。

つまり、親に求められた姿を追求する事、あるべき姿を追求する事を、
「自分の本当の望み」であると自分に思い込ませること。



自分としては、こういった論調の話の流れ(前のレスで触れた部分)でいわれる「自分への嘘」という言葉は、

@を指しているように思えます。

しかし、島野さんの最後のレスを見る限り、
これは「他人への嘘」を指しているように思えます。


@とAの両方が「自分への嘘」という言葉で述べられているような
気がしたため、言葉の定義を確認しておきたくなった次第です。


 
Re: / こたろう 引用
No.1030 2015/02/16(Mon) 19:41:55

加筆します。2つ前の僕のスレッドで挙げた
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
125pで、
ありのままの自分を感じとる感受性が損なわれていなければ、自分が求めているのは愛であり、それを得るためには自分に嘘をつかなければならないという心の現実、そしていかなる外面行動を行おうとしても、そこに自分への嘘が、つきまとい、自分がそれを激しく嫌悪していることを、感じとるかもしれません。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ここから考えた事は、
「いかなる外面行動を行おうとしても、そこに自分への嘘が、つきまとい」
の部分は、「他人への嘘」ではないのか、という事です。

つまり自分の現状、意識に上る本心では、荒廃化した感情のみが見える。
しかし、外面行動においてはそれをそのまま示す事はできない。
なぜなら、それを示せば相手に嫌われてしまうし、建設的な関係も築けないから。

だから、ふさわしいと思える外面行動をする。
しかし、目に見える感情が荒廃化している以上、それは「他人への嘘」に
なるのではないか、という事です。


これが、このスレッドの僕の二つ目のレスにある
>行動学を用いて行う行動はなぜ「嘘」にはならないのでしょうか?

という部分に繋がってきます。


島野さんに示していただいた「自分への嘘」と「他人への嘘」の定義でいうと、
学びの応用思考によって、導き出された「建設的な行動法」は、
心が荒廃化している段階では「他人への嘘」ではないか、という事が言いたかった事です。


>「他人への嘘」・・・他人を欺くために、真実でないこと(これが「嘘」)を意図的に示すという外面行動。


心が荒廃化している以上、このようになると思うからです。


これに対しても二つの発想が考えられると思いました。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
@他人への嘘ではない、という立場
 
 現在荒廃化した心を持っているとしても、荒廃化した感情の元になっているのは、
 愛、自尊心、善のすべてに矛盾する事なく向かえるものである。
 目の前に見える感情の底にあるものに目を向け、それを実現するべく行っている
 行動は、嘘とは言えない。例え、今自分が抱いている感情の中で、意識に上っている
 ものとは食い違った行動に見えるとしても。

A他人への嘘は必要だ、という立場

 これは他人への嘘になる。しかし、建設的な行動法にマッチした「心の成熟」が
 実現するまでは、他人への嘘というのは必然的に必要になる。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

書いてみて、おそらくAは違うだろうな、と思います。
感情と行動の分離という事が必要になるすべての場面が嘘だという話に
なってしまいますので。

が、この辺の事を明確な言葉でもう少し整理したいので、質問してみる事にしました。


 
「意志」によって克服する「自分への嘘」と「他人への嘘」^^ / しまの 引用
No.1032 2015/02/20(Fri) 11:25:50

>「自分への嘘」で指しているのは、次のうちどちらなのか、という質問です。
>@親の前で自分の本当の望み(少なくともこの時点で感じられる望み)をごまかして、愛されるための自己を追求している事そのもの。
>A本当の望みを自覚しても、それに向かう事は親から愛されなくなる事を意味するため、恐怖のあまり自覚する事を拒む無意識の動きが起きる。
>しかし、島野さんの最後のレスを見る限り、これは「他人への嘘」を指しているように思えます。

@Aも、「自分への嘘」ということになると思います^^。また結果的に、それは「他人への嘘」にもなると言えるかもしれませんね。
一応分けるなら、@「強い望みによる自分への嘘」であり、A「強い怖れによる自分への嘘」と言えますね。
成長過程は、「怖れの克服」を経て「望み」に向かうというものであり、まずA脱し最後@脱するという流れがある、ということは言えると思います。そうして真の自己確立されていく、と。


>つまり自分の現状、意識に上る本心では、荒廃化した感情のみが見える。しかし、外面行動においてはそれをそのまま示す事はできない。なぜなら、それを示せば相手に嫌われてしまうし、建設的な関係も築けないから。だから、ふさわしいと思える外面行動をする。しかし、目に見える感情が荒廃化している以上、それは「他人への嘘」になるのではないか、という事です。

内面感情を全てそのままさらけ出す、それによって分かり合い認め合うことを良しとする姿勢にいるなら、その通り、それは「他人への嘘」のように思えてしまうかも知れませんね。
が書いた
--------
ありのままの自分を感じとる感受性が損なわれていなければ、自分が求めているのは愛であり、それを得るためには自分に嘘をつかなければならないという心の現実、そしていかなる外面行動を行おうとしても、そこに自分への嘘が、つきまとい、自分がそれを激しく嫌悪していることを、感じとるかもしれません。
--------
も、自分の内面感情を人に見せるという姿勢において、「自分の感情がこうでなければ」というストレスが、「自分への嘘」であり「他人への嘘」にもなるのが、人に向かうあらゆる行動感じてしまうという心理状態を書いたもの、と言えます。

一方ハイブリッド心理学での「建設的行動法」は、そもそも、
・内面感情を全てそのままさらけ出す、それによって分かり合い認め合うことを良しとする姿勢
・自分の内面感情を人に見せるという行動
から脱却するという、大きな転換背景としています。

それは一言対比を言うなら、
・流れ変わる「感情」を超えた「意志」によって行動する。そこにおいて人との建設的共有を見出し行動する。見出せないなら孤独を受け入れる
・自分の「内面感情」ではなく、「意志」を人に見せる行動

だということになりますね。

そこにおいて、「自分への嘘」という問題も、「他人への嘘」という問題も、なくなります。
揺れ惑う内面感情という問題は、引き続き残ると思います。しかしそれはもう人との間での問題ではなく、純粋に自分自身内部の問題になる。

手短そんな話になりますね。「感情」ではなく「意志」だという大きな転換があるという話。もちろんこれは「心の依存から自立への転換」一環でもあります。これだけで本が書ける、大きなテーマです。
詳しくは、
グログ記事書籍No.2愛と能力の成長課題
対人行動と対人感情カテゴリー
などを読んで頂くといいかも知れません。

トピックかなり長くなりましたので、またあれば新規で入れて頂くとよろしいかと^^。



騒音トラブルに対する建設的行動法 / masa 引用
No.1027 2015/01/31(Sat) 00:52:53

こんにちは。お世話になります。
現在2階建ての賃貸アパートの2階に住んでいるのですが、下の階の住民が音楽やテレビを大音量で流していて騒音に迷惑していました。管理会社に伝え3回程注意して頂きましたが収まらず、なんとかしてくれるよう頼んだが、管理会社は「ずっと住んでる人が立場上強いから、口で注意することしかできない」とのこと。自身で下の住民に注意しに行き、一時的に収まりました。

それから数週間経って現在、週末になると下の階の住民が友人を呼び、夜中にそこからの話声、笑い声が響いてきて迷惑しています。
この間も夜中3時頃下の階から聞こえてくる大音量の音楽で起こされました。そのときは少々睡眠不足で仕事にいきました。
翌週末に自身で下の住民に注意に行った際、「迷惑なのでボリュームを下げて下さい。同じ様にお金を払って住んでるのだからお互い迷惑をかけずにいきましょう」と伝えるものの、ついついにらみつけてしまい、火に油を注いだのか騒音が大きくなりました。なのでその日は警察に通報し、二度注意してもらうことで少しはおさまりました。
木造で壁が薄く、音が響きやすいこともあるとは思いますが、困っています。
自分なりに柔らかく注意しても相手は気にしていない様子です。(うなずいてばかりで謝りもせず)ただ、思いつくのは怒りで怒鳴って直させる方法ばかりで、悩んでおります。
自分なりに調べたものの、騒音に関しては結構グレーゾーン的な感じがして、法的にもうまい対処が見つかりません。
管理会社で働く友人にもこの件について聞きましたが、逆に騒音を気にする人は、クレーマーみたいに見られて管理会社からはけむたがれるとのこと。唯一、勧告文を出してもらい、注意してもらうという方法を聞いたので、それを管理会社にお願いしてみようかと思います。大家にも直接取り合ってみようとも思っています。

このように、相手に注意してもほとんど聞きいれられていないような場合や、迷惑を被っても相手のモラルに左右されてしまう際の、建設的な注意対処方法はあるのでしょうか?


 
「隣室の騒音」への建設的対処の考え方^^ / しまの 引用
No.1028 2015/02/04(Wed) 13:53:09

これはまず「破壊から自衛と建設への選択」という基本命題から考えますと、
「破壊」・・・望ましくないものに出会ったらそれを攻撃し消滅させる
「自衛」・・・望ましくないものに出会わないよう先回りして防ぐ
「建設」・・・望ましいものに囲まれる生活基盤を築く


ということで、書いていた頂いた状況「すでに望ましくないものに出会ってしまった」場面になりますので、それへの対処大きなレベルでは「建設的行動法」にはもうあまり入りにくくなってくると言えるかも知れませんね。
まあそれでも、相手山まで出くわしたクマ街で襲われた暴漢といった部類(^^;)でない限り、幾つかの対処姿勢「建設的行動法」呼べる可能性があるものもある、といったになるかと。

「隣室の騒音」という問題であれば、そうした大きなレベルから目の前の遭遇場面への緊急対処まで、ざっと以下のような視点が出てくると思います。

1.人生レベルの建設的行動・・・隣室の騒音という問題自体があまり起きないような家を手に入れる。
郊外の一戸建てや、防音のしっかりした鉄筋コンクリート建マンションなど。
まあこれが人生設計上の長期目標するかどうかとして、それ以前短期、中期的対応としては以下へ。

2.積極的自衛・・・隣室騒音を事前に察知し回避するための物件選び法を習得実践する。
僕はその手の専門ではないので考えられる詳細などは省略しますが、その手のプロと言えるレベルの知恵とノウハウ持つことが必要になると思います。

以下実際に隣室騒音に出くわした場合対処

3.消極的自衛・・・自身の「流す能力」を徹底探求する。
高性能の耳栓(?^^;)なり、何かの道具を見つける。あるいは、それでも耳に入る騒音「聞き流す」という自分の意識能力追及するという姿勢歯医者での治療での痛み流し耐える能力良しとする姿勢ほぼ同じ

4.緊急対応の建設的対人行動法・・・懐柔的対処行動。
怒りで相手を変えようとする行動法は、書いて頂いたように、一般に逆効果です。それとはに、菓子折りの一つでも持っていって、笑顔「もう少し静かにして頂ければ、とても有難い」といった言葉で。
ただしこれが無理なくできるためには、全ての人を自分の仲間として扱えるような、心の懐の広さ必要にもなってきます。

ざっとこんな感じですね。いずれにせよ、これらはもう「善悪」でものを考えるのとは別世界考え方になり、いざ騒音遭遇場面だけで考えても、上述のような視点選択は難しいかも知れません。まず先怒りの根本的放棄や、全てを「善悪」ではなく「能力」として向かう姿勢、全ての相手に懐の広い対応ができることといった人生レベルの目標を持つかどうかによって、その一環としてこうした問題場面での、上記のような発想可能になってくる、と言えるかも知れませんね。

まあだとしてもごく現実問題夕方のニュースでよく見るような事件だけには最悪ならないよう上述の視点総合して、なるべく穏健な対応考えるのがお勧めですね^^。



 掲載本など / コト 引用
No.1022 2015/01/21(Wed) 19:53:01

 最近、心の成長と治癒と豊かさの道の第1巻と第2巻を、じっくりと読んでみました。それにより、これまでメール相談を自分がしていたことについて、「この本のように、捉えていれば、(この本を熟読していたら)相談質問をしていた回数がグッと減っていただろう」と感じることが出来ました。
 今回、心の成長と治癒と豊かさの道を読みましたが、その他の本や資料で、読んでいた方が良いとの物は、どれでしょうか。多々あるようですので、どれを読んだらいいかとすぐに決められていません。
 島野さんは、生き方・精神の健康から快調のようであり、その中で身体的な所はどうなのかと聞いてみたいと感じました。年齢などに関係なく、身体も健康な方なのかと。(例えば、年齢からくるものや生活の習慣からの身体の痛みや不調など。答えられる範囲でもし、可能でしたら。)
 よろしくお願いします。


 
お勧め本・島野の身体健康^^ / しまの 引用
No.1023 2015/01/24(Sat) 15:06:46

>今回、心の成長と治癒と豊かさの道を読みましたが、その他の本や資料で、読んでいた方が良いとの物は、どれでしょうか。多々あるようですので、どれを読んだらいいかとすぐに決められていません。

やはり「まず読んで頂くと良い本」は、『入門編』の上下巻(『心の成長と治癒と豊かさの道 第1、2巻』)があるとして、最新
『ハイブリッド人生心理学 概説』
ですね。それでハイブリッド心理学大まかな把握をして頂く。

あとは『実践詳説』なり『悲しみの彼方への旅』なり、『心の成長と治癒と豊かさの道 第3、4、5巻』本-全一覧ページより。整理中^^;)なり、興味を持った順に読んで頂ければと思います^^。
一気に全部読もうなんて姿勢ではなく、少しずつ継続的に、というのがお勧めになります^^。

>島野さんは、生き方・精神の健康から快調のようであり、その中で身体的な所はどうなのかと聞いてみたいと感じました。年齢などに関係なく、身体も健康な方なのかと。(例えば、年齢からくるものや生活の習慣からの身体の痛みや不調など。答えられる範囲でもし、可能でしたら。)

はい、身体的にも今とても健康です^^。
次のような要因寄与して、ということになるかと。
・生活習慣・食習慣・運動習慣
・日ごろの健康管理意識、家庭の医学知識
(ネット情報やTV番組)、医者好き(^^;)、などにより何かあればすぐ医者に行って軽微な症状から治す習慣
・心の健康


病気怪我には自分ではどうにもならない要因によるものもあるかと思いますが、上記要因総合的な寄与というのも本当に大きいと思います。

年齢もありということで、視力低下耳鳴りというのがあるのが、まあ身体機能の低下症状という感じですね。まあこれは特に気になるものでなし
身体面の不調嫌になるものとして今大きな課題と感じているのが「二日酔い」(深酒による暴食の結果でもある^^;)であり、これをなしにするべく、お酒の飲み方根本的に変える取り組みをちょうどしているところです^^。これも成果が出た(あかつき)には、ホント絵に描いたような快適健康生活になるかと自分でも思っています^^。


 
Re:  掲載本など / コト 引用
No.1024 2015/01/24(Sat) 18:55:44

  まず始めに、最新の『ハイブリッド人生心理学 概説』を。そして、次に『実践詳説』を読むことにします。
 『悲しみの彼方への旅』は、以前に読みました。

 生活習慣を意識し取り組まれ、身体的に健康とのこと。生活習慣と年齢を重ねても、生活習慣病を免れているのですね。

 お酒は、生活習慣病の一種の原因になり得ます。高齢になっても心身の健康で、生きるためには、飲食は大きな要因と考えられています。

 回答ありがとうございました。

 ハイブリット心理学を時間を読み始めようと思います。

 



怒りについて / こたろう 引用
No.1017 2015/01/01(Thu) 16:33:07

社会行動においては、
どんな場合でも怒りよりも良い行動法がある、
という事で二つのケースでお尋ねします。


これは親子関係(親から子に対しての接し方)においても当てはまるのでしょうか?


僕は、親に怒りを向けられたから不満を持っているというよりは、
同じ目線に立って、話を聞いてもらったり、時には対決する事も覚悟の上で、
「向き合って」ほしかったという感覚が大きくあります。


確かに頭ごなしに自分の考えを押し付けられ、全く聞く耳を持たない態度で
こられていたら、同じように大きな不満や憎しみをためていたでしょう。


しかし、問題をさらりと交わしたり、こっちが自分の意思をぶつけても、
まるでゴムに衝撃を吸収されるかのように取り合ってもらえず、
しばらくすると
何も問題は起こらなかったかのように、優しい態度でまた応対される。


真剣に話を聞いて、大人としての絶対に正しい意見というのではなく、
個人として「こう思う」という事をぶつけてほしかったと思うんです。
怒る事すらも面倒に思うほど、真剣に向き合う覚悟もないくせに、
お父さんは〜とかお母さんは〜とか言われても、そうはよびたくないという
根深い抵抗感があります。


いつでもかかってこい、というくらいの気構えでいてもらえたら、
反抗期を向かえる事も出来たのに。
信頼していないと反抗が出来ないというのに凄く共感できます。


これはヒステリックに自分が否定されたことに逆上するような怒りでは
ないですが、相手と対決し、対等に向き合っているからこその怒りが
あるのではないかと感じます。




次に、友人が危険を省みない行為を行う事に対して、です。

今回は、雪山登山でした。

島野さんも今年から雪山を始められたようで、ご存知だと思いますが
雪山登山には様々な危険がつきもので、道具類、知識、歩行技術など様々な
準備が必要です。

自分はもともと登山をしていて、雪山には登った事はないものの、
身近に登っている人がいたため、どれくらい危険であるかは肌で感じていた
つもりでした。


友人は今年はじめて山に登ったにも関わらず、いきなり赤岳(八ヶ岳)に
一人で登ると言い張っていました。
僕はもっと低い山で歩行技術などを学んでから、最終的に今シーズンの
最後に目指せばいいじゃないか、といいました。
また、登山用品店に一緒に行き、店員から冬の赤岳の難易度などを
彼に聞こえるように質問したりしていました。

しかし「いける気がするからいく。」と聞きません。

終電電車でアクセスし、前日に買ったピッケルを持って登りました。
すでに厳冬期の時期なのに、保温性の無い3シーズン用の靴に
軽アイゼンをつけて登りました。
バスがないので登山口までも歩き、計18時間くらいの行程でこれまた終電電車で
帰宅。
天候が良かった事もあり、凍傷も免れ、帰ってきました。


会ったらどういう態度をとればいいのか迷いました。
なにバカな事してるんだよと怒りたい気持ちと、その行程や状況について
聞きたいという気持ちが混在していました。
また、「一人では危険だし、人といる事が怖い自分は、雪山に挑戦したい気持ちが
どこかにありつつも、出来ないとくすぶっていたのに、ろくに勉強もせずに
すぐに雪山に登りやがって、ふざけるな」
「18時間も歩きとおせる体力は自分には絶対にない」
「せっかく近しい友人が共通の趣味をはじめたと思ったら、
自分ではついていけないレベルの登山にどんどんのめりこんで行って、
凄い人たちとしか山に行かなくなるんじゃないか」
など羨望の気持ちも混ざっていて、錯綜状態だったともいえます。


結局「なにやってんだよ・・・死んでたかもしれないんだぞ・・・」
と静かに不機嫌な態度をとる結果になりました。
「次は絶対ツアーか雪上訓練受けろよ」と何度も言いました。


その後、
上記の行程を越える無茶な行程を組みました。
また終電でアクセスし、今度はもっと歩行時間のかかる登山口から登ると
いうのです。

今回もつらつらと、そっち側は雪が多いからラッセル時間がかかるとか、
山荘のブログで、固い雪に新雪が積もって雪崩がおきやすくなっていると
書かれているとか、とめましたが、

「いや、いける」と聞きません。

最終的にイライラしてきて「もう知らないわ」と呆れて怒った風で
僕は背を向けて帰りました。
自分が登るわけでもないのに、コースの危険箇所などを調べている自分にも
イライラしてきていましたし、どうとめたらいいのかに一日中右往左往していて、
他の事に手がつかない事にイライラしていました。

その時買いたての雪山用登山靴を持っていたため、
それを一時的に奪ってしまう事も出来ました。


結局、強行的スケジュールで、夜間に尾根から滑落して、
遭難状態になりました。ほとんど寝ずに二日間行動し、幻覚を見たりも
しながら何とか自力下山しましたが、軽度の凍傷や打撲などの後遺症が残りました。


一歩間違えたら本当に死んでいました。


「嫌われたくない」という思いがもっと小さければ、
馬鹿な事するんじゃないともっと強く言えたと思います。
頬を引っぱたいても良かったんじゃないかと思います。



でも同時に、ほとんど唯一の友人ともいえる彼に依存しすぎている
面も大きく感じ、それは別途課題だとは思ったのですが。



どういっても理屈や論理では通じない時に、
怒りが心を動かす事もあるんじゃないかな?と思うケースでした。



今回は、友人という立場、また本人が心配をかけたいとかいう心理ではなく、
純粋に危険を認知していない、でも行きたい、というケースでした。

しかし例えば非行少年を息子に持った時に、同じように危険な事に
向かっていってしまう事もあるかもしれません。
そういう時、真剣に声を荒げて叱ってくれる、止めてくれる事を求める
心理がどこかにあるのではないでしょうか。


上記は自己保身のためのヒステリックな怒りではなく、
他人に対して自分の身を切って真剣に向き合う時の「怒り」だと思いますが、
こういったものも使わない方が良い結果につながるのでしょうか。


 
Re: 怒りについて / しまの 引用
No.1021 2015/01/13(Tue) 10:00:47

ちょっとどんなアドバイスにしようかと時間食いましたが、ごく結論のさわり(?^^;)だけ手短に。

>社会行動においては、どんな場合でも怒りよりも良い行動法がある、という事で二つのケースでお尋ねします。これは親子関係(親から子に対しての接し方)においても当てはまるのでしょうか?

もちろんそうですね。
親子関係であっても、何か具体的問題(たとえば家事の分担とか互いの生き方とか)があるのであれば、互いが別の人格であることを尊重し、行動学を駆使した建設的行動法お勧めになります。これは問題の内容いかんになります。
そうした具体的問題というよりも、親が自分にとって何か理想的なあり方でなかったことへの怒りといったことであれば、完璧な親などいないという不完全さとして受け入れ、「何もしない」のがより良い行動法だということになると思います。

>上記は自己保身のためのヒステリックな怒りではなく、他人に対して自分の身を切って真剣に向き合う時の「怒り」だと思いますが、こういったものも使わない方が良い結果につながるのでしょうか。

まずは「遭難しそうな行動を怒る」よりも、「どうすれば遭難しないかの知恵を伝える」のがより良い行動法だということになると思います。
それでも相手が聞かない時どうするか。
一般に、自分にとって大切な相手が、愚かな行動によって自らを滅ぼそうとしている時、それに対して「怒り」を表現して止めることは、意味のあることだと思います。まあ相手は知恵のある行動ができない結果がそれなので、知恵をアドバイスするというのが得てして功を奏さない、切羽詰った場面ということになると思いますので。

ただし相手の愚かな行動を怒りによってどう変えられるかは、もうあまり言えることはなくなってきますね。結局相手自身が、知恵のある行動を目指すのでないと。
建設的行動法が通じない相手を、怒りで変えようとしても限度があり、究極的には、相手がそんなことをしない一番確実なのはその相手を殺すことなんてことにもなってくる。まあ実際殺人事件一部は、そうした思念の下に起きるのかも知れませんね。

ですのでやはりこれも、最後は相手の自己責任自己判断に任せ、それ以上「何もしない」という以外には答えがない場面があることも、受け入れるのが良いかと思います。

いずれにせよ、書いて頂いたような、結構特別な場面への検討だけでは最終的な答えは見出せず、対人関係全体そして人生全体への取り組みを通して、長い歳月を経て、心が落ち着く答えが、向こうからやってくる、という長い目持つのが良いかと思います^^。



仕事 / コト 引用
No.1013 2014/12/26(Fri) 19:45:41

 仕事とは、業務を取り組む場所であり、やることがたくさんあります。その時間の中で、淡々と業務をこなすだけではつまらなく疲れるから、不満の発言のりアクションや、ワイワイと楽しい話題をする方がいた方が良いと話される方もいます。
 たしかに雰囲気というものはあり、おもしろい話題があった方が、楽しいということは分かります。しかし、仕事をこなすことを優先させ、仕事量が多く時間を目一杯取り組みたいという姿勢があります。
 雰囲気の不満を言う方は、仕事が大変だから、楽しい雰囲気が必要なことや、楽しく仕事をしたいと考えているのかと思います。
 仕事は、仕事をするために集まった集団であり、友人関係とは違う。
 日々、集団内で個々が、対人の持ち方を考えていると思います。
 島野さんの、ご意見をお願いします。


 
仕事場における親しみ^^ / しまの 引用
No.1014 2014/12/29(Mon) 18:36:23

もちろん、仕事場仕事をすること第一の目的として集まる場であり友だちを作ることを第一の目的として集まる場ではありませんね。
ただもちろん、だからと言って仕事を通じて親しくなる相手ができる可能性に、背を向ける必要もないということになると思います。

まあそれが基本的な話として、ハイブリッド心理学から加えることのできる視点としては、以下2つになるかと。

仕事がつまらないからワイワイしたい(ということはそれは仕事とは関係ない話題)といった消極的、逃避的な親しみではなく、仕事を前向きに行う向上心や楽しみ、情熱を共有するという積極的、成長的な親しみに向かいたい。

・そうした積極的、成長的な親しみどう向かうことができるかは、仕事場に行ってからではなく、生活と人生の全体日々そうした積極的、成長的な親しみ向かうことへの取り組み重要になってくる。

まずは手短に、そんな視点になりますね^^。


 
Re: 状況 / コト 引用
No.1015 2014/12/30(Tue) 18:11:09

私も、同感です。
また、仕事を前向きに行う向上心や楽しみ、情熱を共有するという積極的、成長的な親しみは、すばらしいことです。
生活と人生の全体で日々そうした積極的、成長的な親しみに向かうことへの取り組みが重要になってくるということも、その通りと思います。
 ただ、このように考えていない方としては、違う対応をされていることが現実にはあります。

 個々人は、これまでの生き方・考え方で、状況や方法を見ることから、態度や対応の違いが出てしまうのだと感じます。それゆえ、ある意味、相手に対する苦痛を感じるのではなく、自分自身の方法はどうしていくかということなのかと思いました。

 島野さん、補足がありましたらお願いいたします。
 
 
 


 
「取り組み実践」^^ / しまの 引用
No.1018 2015/01/03(Sat) 14:59:18

>相手に対する苦痛を感じるのではなく、自分自身の方法はどうしていくかということなのかと思いました。

そうですね。まさに、自分自身としてはどんな姿勢どんな行動法で行くのかが課題となる。
そうした「積極的で成長的な親しみ」理想だとして、実際どうすればそれに向かうことができるのか。

そこにまさに、 ハイブリッド心理学「取り組み実践」始まる、というになります。
それは「積極的で成長的な親しみ」絵に描いた餅のように自分に押しつけるのではなく、

「外面行動は建設的なもののみ行い、内面感情はただ流し理解する」という「感情と行動の分離」の基本姿勢と実践を携え、「望み」に向かって生きる。
というものを、生活と人生の具体的場面一つ一つについてじっくり検討するというのを、生涯にわたり行っていくもの、ということで^^。

そうした「取り組み実践」について、ごく大まかなこと『概説』で、より詳しく『取り組み実践詳説』説明し(無料電子書籍こちら^^)、また今後『メール相談事例集』でその具体的な様子など紹介していきますので、ぜひ参考にして頂ければ^^。


 
Re: 生活場面 / コト 引用
No.1019 2015/01/03(Sat) 16:37:07

 
 私自身、日々遭遇する生活の中で、考えていることが、

 まさに、相手はどうであれ、自分はどんな姿勢と行動法を選ぶのか。そして、「感情と行動の分離」の基本姿勢と実践を携え、「望み」に向かって生きることは、自分のためであるということ。そして、相手にとってはこの行動方が気に食わないと思っている方がいても、躊躇せずに貫くこと。

 生活と人生の具体的場面の一つ一つについて、じっくり検討するということが、
生涯にわたり行っていくものであることを気づかされました。

 島野さん、新たに前に進めます。ありがとうございました。

 




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