しまのたかしハイブリッド人生心理学 島野隆ブログand掲示板
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●島野の著作、そしてハイブリッド心理学に関する感想・質問・ご意見など投稿して頂けます^^。
●心の悩みのご相談
については、ハイブリッド心理学の「取り組み実践」を進めるためのポイントのヒントなどを、ここではごく簡潔にアドバイスいたします。
*より詳しくアドバイスするとどのようなものになるのかは、
 『
メール相談事例集』や『実践編』書籍など読んで頂くと参考になるかと思います^^。
●返答は入れて頂いた順に返していきます。日数がかかることもありますので、ごゆっくりお待ち下さい^^。

ご案内 2023.6.1記

最近の島野は日々の生活そのものでほぼ完全に手がふさがれ執筆関連にまわす時間があまりない一方、時折ここで寄せられるご相談に対してまずできるアドバイスはほぼ同じものになるであろうことを感じています。
それをここで記しておきましょう。
それは、そのお困りの状況に関連して、ハイブリッド心理学の「取り組み実践」の観点をまず考えてみて下さい、というものです。
「ハイブリッド心理学の取り組み実践の観点から考えてみて」ではなく、です。
つまり、組み実践の観点から今の問題がどう克服されるかという答えにすぐ行くのではなく、この問題に関連するハイブリッド心理学の「取り組み実践」の観点とは何か、その観点としてハイブリッド心理学はどのように言っているのか、を再度確認し、自身の理解と納得を問うことを、行うのです。
そこで理解が正しく、納得が行くものであれば、自然と、では今のこの問題はその観点からはどう考えられるか、という検討思考に進むことができるでしょう。
一方、理解や納得が進んでいないまま、この問題は一体どう克服されるのかと、「取り組み実践」の思考を無理にそして性急に当てはめようとしても、空回りに、そしてもちろん「取り組み実践」として誤った考え方になりがちに思われます。
つまり一にも二にも、まずハイブリッド心理学の「取り組み実践」の観点そのものについてまず考えてみて下さい。これが大抵、およせ頂くご相談への最初のアドバイスになります。そしてそれを考えてみて、こういうことかと、「取り組み実践」の観点そのものについて質問頂くと、理解と納得が進み、自然と問題克服への具体的応用思考へと進みやすくなると思います。

そして重要なことして、それぞれの方の問題の最終的な克服がどのようになるであろうかについて、島野は意見を言うことはできません。
それはハイブリッド心理学の「取り組み実践」が、
『辞典』 全体−2 「学び」の全体構成
にイメージ図示する、自分という車を運転して進む道のりだとして、島野がアドバイスできるのは、その個々の要素つまりハンドルさばきや地図の見方の基本といった、教習所の中でできることであるのに対して、それぞれの方の問題の最終的な克服とは、教習所の外に出て、それぞれの方が人生でどこに行きたいのかの、旅の先の進み方の問題になるからです。そしてそれぞれの方の人生はそれぞれが唯一無二であり、島野の人間と人生の成り立ちはそれとは全く異なるであろうから、最終的な克服について島野からこんな歩み方で、こんな心持ではいかが、といった短絡的なアドバイスは、できないように感じています。

そんな話として、一にも二にも、まずハイブリッド心理学の「取り組み実践」の観点そのものについてまず考えてみて頂ければ^^。その確認のために、この読書広場掲示板を活用して頂くと、最も有益になるであろうものとして、この掲示板を引き続き運用していこうと思います。

一つ踏み込んだアドバイスを記しておきましょう。動揺や困難に出会う全てのケースにおいて、まずは外面行動への着実で的確な答えを出せることが、荒波の海を進む航海のための、船の碇の役目を果たします。それによりまず波に流されることのない足場を持ち、そこから、自分がどの方角へ向かうのかを、模索するのです。
それがないと、いかに進む方向を正そうとしても、そして正すことができたとしても、立ち位置が波に流されていてばかりで、人生という航海における自分の位置を、前進させることができないのです。
もちろんその「外面行動への着実で的確な答え」は、ハイブリッド心理学の「取り組み実践」の、外面向け観点に合致していることが、この人生の航海における前進の全体が、ハイブリッド心理学の考える心の成長と治癒と豊かさへの前進に向かうための、条件になるでしょう。ただ外面を良くすればいいというのとは全く次元の異なる、ハイブリッド心理学が考える心の豊かさへの歩みも、そこから、始まり得るでしょう。


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■ はじめまして / オメガ3 引用
No.1153 2015/12/05(Sat) 17:11:54

島野さんの電子書籍を読ませていただいています。
私は短気な性格で日常でものや人に対してイラッとすることが多いもので、怒りの身体的、精神的に与える悪影響を知り改善していきたいと考えています。

そこで、実際に最近の怒りの場面において私の怒りへの対処法としていかがなものか、島野さんにコメントいただければありがたいです。


場面例「ネットで見たレシピとおりに料理をつくったがおいしくなかった」

感情:なんでレシピどおり作ったのにまずいんだ、このレシピ作ったやつばかか。ふざけんな。材料も用意して作ったのに無駄だった。

対処?@自分はレシピを考えた人に対して、自分の思い通りの味にならなかったことについて怒りをもっているんだなと感情をそのまま確認する
対処?Aレシピを作った人の味覚と自分の味覚は違うだろうし、作る環境の気温などで味は変わるかもしれない。と思い通りの味にならなかった理由を考える
対処?B怒りの感情がでてしまったけど、なるべく怒らなくてすませるようになれたらいいなと考える


 
□ 「生き方テーマ取り組み」として「怒り」に対処する^^ / しまの 引用
No.1156 2015/12/18(Fri) 14:57:04

たいへん遅くなりました^^ゞ

「怒りの克服」とは一言で、
心の健康と成長のための基本であると同時に、その十分な達成は極めて高度な目標であり、生涯をかけて取り組むべき、地道で壮大な取り組みになる
とでも言えるものになりますね。

そのための「最初の一歩」として、書いていただいたものについては大体よろしいかと思います^^。
これを皮切りとして、上記のように地道で壮大な取り組みに向かうためのポイントは、

・実際に怒りを感じてしまった場合に、怒りを捨てるよう、心の脱力(?)を図る
というような「気持ちの持ち方」取り組みではなく、

怒りを感じてしまった時や、感じそうな場面の都度、
・怒りを持つか否かの選択を決定づけるテーマを明瞭に定め、自らにその選択を問う
という「生き方テーマ」取り組みとして、しっかり実践を続けることだ、とアドバイスできると思います。
これを、生涯続けることです。ほんの僅かでも、「怒り」の片鱗や芽が自分の心に見えたならば。

「テーマ」とは、『辞典』でまとめ始めているように、
「行動の基本様式」「行動学」「価値観」といったものがあり、場合により何故自分は怒りを抱いたのかの「自己分析」といったものが必要になることもある、といったもの。

では上記ネットのレシピの話はどんなテーマになるかというと、まずは「破壊から自衛と建設へ」という「行動の基本様式」テーマですかねーという感じ。
ネットでとんでもないレシピを教え込まれるという事態(^^;)に対して、自衛ができていなかったわけですね。
無防備に、材料を用意して作るところまでやってしまった。
ではこれを自衛できる、つまり事前に用心して「これはちょっと駄目っぽいぞ」と判断できるためには、どんなポイントがあるか。
といった思考。
でまあ僕に思いつくものとしては、やはり自分の好みの味の傾向と、人のそれとの違いを自覚する、レシピとして書いてある内容が、一般に評価されている類のものか、それとも一個人の思いつきで誰もやってないようなものを書いているのか、といった情報背景を次回はしっかり見なければ、などと思考したりする。

ずると次回は、似た場面でも大分違う心持と行動が出てくると思います。うんこれはちょっと・・と事前に嗅ぎ分け、それでもやって見るか!と覚悟して作ってみる。ならば結果不味くても、これも一つの勉強ぞ、ということで怒りは湧いてこない、ということにもなると思います。

ということで、書いて頂いた内容を材料に、ちょっと僕ならという思考内容など書いてみました^^。
そうして、「生き方テーマ取り組み」として、出会う場面全てに向き合っていく。その積み重ねの先に、1年1年とまるで別人のように変化成長していく歩みがある、ということになりますね^^。

ぜひじっくりそうした歩みに向かって頂ければと^^。



■ (No Subject) / 黄 引用
No.1149 2015/11/17(Tue) 22:26:34

しまのさん、こんにちは。

現実に見合わない恐怖や動揺の克服について教えてください。

現在就職しまして、入社1ヶ月の新人です。その会社はマニュアルがなく、
すべて人に聞いたり、見て覚える方針です。
しまのさんの原理原則立脚行動法などを参考にしていたのですが、
どうしても身体に染み付いた恐怖のようなものが邪魔をして、
あまり成長できてないように感じます。

?@会社では分からないことが多すぎるので質問しようと思うのですが、
あまり質問攻めになってしまうのも申し訳なく少しずつしか聞けません。
質問するまで心の準備が必要で時間がかかります。
うまい質問の方法ありますか?

?Aその会社には元々入る気は無かったのですが、あっさり採用されたので入社。
周囲のやる気とのギャップを感じています。
モチベーションが上がりません。向上心が欠けているように思います。
でも、生きるために仕事は続けたいです。
やる気に頼らない成長の原理原則を教えてください。

?B恐怖の原因は人の目。新人だから周りから注目されるのは当然だと腹をくくっているつもり
ですがやはり不安です。誰が相手でも大丈夫な行動(原理原則を考えて)で動く事を心がけて
いますがやはり私のような未熟者が我流で動いても不安がつきまといます。
一挙一動が注目されているような錯覚が常にあって心が休まりません。辛いです。
恐怖の克服方法を教えてください。

上記の三点が今現在気がかりなことです。自分ではどうしようもなくなったので教えてください。
身体が不調になるほど考えてしまいます。ストレスなく仕事がしたいです・・・
しまのさん、どうぞよろしくお願いします。


 
□ 仕事における「質問の仕方」「モチベーション」「怖れの克服」^^ / しまの 引用
No.1150 2015/11/23(Mon) 11:05:31

これは仕事における「質問の仕方」「モチベーション」「怖れの克服」という3つのテーマになると思いますが、
最初のものは、仕事におけるごく入り口の外面行動法テーマ。
一方残り2つは、多少とも入り口より向こうの、継続的で総合的な向き合いテーマ。

ということで、位置づけがかなり異なり、並べて同じようにアドバイスを書こうとするとかなり無理がある感じのため、まず最初のものについての具体的アドバイスを中心に返しておこうかと思います。
つまり、「仕事」というものを初めてする段階での「質問の仕方」といった、ごく入り口課題を通過しないと、その先の「モチベーション」「怖れの克服」といった総合的テーマは、ちょっと手につかない状況かと。逆に言えば、その入り口課題を通過すれば、残り2つの課題テーマについて、どのように解決が見えてくるか、それとも全く見えない妨げがあるままなのか、といったことが見えてくる、あるいはじっくり腰をすえて取り組めるようになる、という道順になると思います。


「質問の仕方」

仕事のスキルとして「価値の生み出し」という話をよく言っていますが、「質問の仕方」についてもこれが当てはまります。
つまり、「価値を生み出す質問」であれば、大いにするが良い。そうではなく「価値を生み出さない質問」は、多少控えた方が得策、というものです。

平たく言えば、「何度もそんなこと聞くなよー」と思われてしまうような質問は避け、「おっこいつできるな♪」と先輩が内心で思うであろうような質問なら、どんどんすべし。
後者が、「価値を生み出す質問」であり、後者が、「価値を生み出さない質問」です。

>うまい質問の方法ありますか?

質問の方法ではなく、質問の内容が重要になる、ということですね。
では具体的にどんな内容のもののことかと言うと、「価値を生み出さない質問」の典型的なものとは、「何をすればいいですか」といったもの。
良くできた先輩なら、穏やかにこう言うでしょう。「何をすればいいかを考えること、探すことをしなさい」と。
で、「それが分からないから聞いているのです」と返すと、先輩は内心で「こいつできないな」と思う^^; こうなるとおざなりにされてしまう可能性がでてきます。
そうでなく、「私はこの資料に従って確認作業をすればいいですか」と質問したなら、先輩は内心で「おっこいつできるかも」と感じ、より親切丁寧にアドバイスするよう接してくるかも知れません。

>その会社はマニュアルがなく、すべて人に聞いたり、見て覚える方針です。

とのことですが、恐らくは、マニュアルがなくても仕事ができる人材を求める社会に、今なりつつあるように思えます。さらに言えば、人に聞いたり、見たりしなくても仕事ができる人材です。
そんなことができるようになる、ノウハウがあるんですね。

ではそのノウハウとはどんなものかとここで説明する代わりに、まずは以下の事例を読んで頂ければと思います。既読であれば、今回の自身の問題にどう応用できるかという観点から、再読頂ければ。
メール相談事例集 No.002 視線恐怖および「職場での自分の位置への不安」の克服

以上を踏まえ、今回の課題テーマでは、

>会社では分からないことが多すぎるので質問しようと思うのですが、

という、「質問しようと思うこと」の内容は何か、がまさに課題材料になります。
それは質問せずともノウハウ応用により分かること(価値を生まない質問)ではないか。そうではなく、職場特有の方法について、自分から進んで確認しようとするような質問(価値を生み出す質問)か。

まずは以上の情報で、どの程度分かることがあるか確認頂ければ。その状況に応じて、また書いて頂ければさらにアドバイス追加できると思いますので^^。


「モチベーション」「怖れの克服」

残り2つのテーマについては、ごく手短に、方向性のアドバイスを書いておこうと思います。

「モチベーション」については、
・「生み出す価値」において自らのモチベーションを問う
が指針になります。
「生み出す価値」としては、生活費を稼ぐといった消極的なもの、自分の能力の発揮ややりがいといった積極的なもの、さらには社会と人々への貢献といった、それに心を注げられることが心の豊かさと安定につながるものがあるでしょう。
そうしたものを、今の仕事でどう感じられるかを問い、どうモチベーションを持てるかを、自らに問う。

重要なのは、最初から「モチベーションを高めるために」という意識でそうした向き合いをするのではなく、嘘偽りのない自分の本心を問う作業として、それを行うことです。場合によっては、「この仕事では自分はモチベーションを持てない」という結論もアリとして。その場合は、では別の仕事を探すか、という問いが出てくることになります。
でもまあ、最初の仕事での「質問の仕方」といったごく入り口課題は解決してから先の話にしないと、どんな仕事でもモチベーションが見えてこないと思いますので、まずは最初の課題にじっくり取り組むのがお勧めですね^^。

「怖れの克服」については、まず何を置いても「仕事のスキル」を獲得すること。それへの自信が、当然「怖れ」を吹き飛ばすものになる、というのがまず言えることです。
「質問の仕方」は、そのための最初の一歩といこうとで。
で、さらに進んだテーマも含めて「仕事のスキル」を得て、「怖れ」がもう過去のものになったか、それとも何か内面心理的な取り組み課題がいまだにあるかに、取り組めるようになる。


まずはざっとそんな方向性と道順になります、ということで^^。
具体的な検討は、とにもかくにも、今の仕事の内容がおおよそどんな内容で、何が分からなくて質問の仕方に苦労しているかの、具体的内容からになると思います。差しさわりない範囲で書いて頂ければ、より具体的アドバイスも返していけるかと思いますので^^。


 
□ Re: / 黄 引用
No.1151 2015/11/25(Wed) 22:46:53

アドバイス有難うございます。

広告制作の仕事をしています。
どの質問の仕方に困っているかと言うと、手が空いた時に仕事を乞うかどうかです。
自分で見当がつく仕事は一度上司に確認してから行いますが、どうしてもやる事がなくなってしまった時の手持ち無沙汰をどうすればいいのかです。入ったばかりで仕事も少なく空いた時間が多いです。
これはしまのさんの仰った「何をすればいいか分からないから聞いている」と同じですね。
価値の生み出しという事を念頭に置いて考えてみます。
今まではヒマができると、人の制作物を参考に練習したり、一旦終えた制作物の改良点を探していじってみたり、などしていました。周りのレベルに追いつく為必要だと考えたのですが、ヒマな時にやる事ではないですか?宿題としてすべきこと?

ある日上司と話す機会があり、言われた事が「あなたは新人なりにちゃんと仕事をこなせている、仕事も早くて助かっている」とのことでした。
自己評価と外からの評価が一致しないです。正直、上司は嘘をついているのではと思うほどです。
ギャップが埋まればストレスが減るのにな〜と感じる次第です・・・。
仕事のスキルを身に付けて不安を無くしていくというのは前提ですが、こうも違うと混乱します。
メール相談事例にもあった「現実を見る目」を参考にすればOKでしょうか?
他、参考になるページを教えていだたけると幸いです。


 
□ 答えを自分で出すという基本姿勢^^ / しまの 引用
No.1154 2015/12/08(Tue) 10:45:14

大変遅くなりました^^ゞ
・・というのも、ブログ(12/1)に書いたようにかなり多忙なのと、あとアドバイスのポイントがちょっと難しそうだと感じたここ、また島野の頭の回転が年と共に遅くなっていることのトリプルパンチ(^^;)によるものなのですが、


答えを自分で出すという基本姿勢

といった戯言はさておき、多少アドバイス文面を書いてみたりしてもどうもしっくり来ないなあと練ってみて、しっくりくる短文のアドバイス文章としてこんなん出てきました、とうのをまず書いてみますと。

その不安の原因は何よりも、自分自身で決めるべきことの答えを、人から与えられるもののように感じている基本姿勢にある可能性が大きい。
外面行動法のノウハウを学んで、答えを自分で出すという基本姿勢を築くことを何よりも重視しながら、目の前の問題への答えを出していく実践をするといい。

といったものです。

つまりまず、文面を拝見して僕が感じた印象とは、答えはほぼ出ているのに・・というものなんですね。

>どの質問の仕方に困っているかと言うと、手が空いた時に仕事を乞うかどうかです。
>今まではヒマができると、人の制作物を参考に練習したり、一旦終えた制作物の改良点を探していじってみたり、などしていました。周りのレベルに追いつく為必要だと考えたのですが、ヒマな時にやる事ではないですか?宿題としてすべきこと?

このご質問に対し、不安の解消につながるようなうってつけのノウハウというものは、それほどないんですね。というか、そこで書いていたもののどれも、okなんです。

空き時間ができたのなら、過去のものを見直すなり、勉強をするなり、あるいは仕事を催促したりする。そのどれが「正しい」なんて話ではなく、そのどれをもやっていくのがまずは「順当」な仕事の姿勢だと思います。
その適宜適宜の配分を決めるのは、自分自身以外には不可能です。
ならば、黄さんの不安の原因となっている問題の本質とは、そうして自分で決めるべきこと、決められることについても、人が答えを出してくれるものだと人の様子を伺おうとする姿勢にあるのではないか、と感じた次第です。

これは浮かんだイメージとして、「災害救助隊」の仕事の仕方、というテーマです。
災害救助隊のメンバーであれば、リーダーでなくとも、現地では自分で臨機応変な判断による行動が求められます。常にリーダーからの指示待ちでは機能しない。今置かれたその場では、自分がリーダーに順ずるものとして動くわけです。
「仕事」とは、そういうものなんですね。
それを、黄さんの場合は、災害救助隊メンバーとしてその場にいっているはずなのに、災害被災者のような姿勢になってしまっている、という印象。不安に怯えている災害被災者の側に、と・・。。

まずはそんな話で、自身の姿勢の見直しからできるか、ということになると思います。


「仕事場で行うべきこと」

ということで、出てきた話に触れてみますと、

>メール相談事例にもあった「現実を見る目」を参考にすればOKでしょうか?

については、ちょっとご案内が不親切だったかもですが、参考にして頂こうと思ったのは、No.002さんが職場でやはり「何をしていいか分からない」状態だったのに対して、その仕事の経験がない僕がかなり詳しいアドバイスをした部分の方です。
2回目および4回目アドバイスあたりになりますね。

これは上記短文アドバイスで言っている、外面行動法のノウハウの部分になりますね。
仕事場で何をすべきかには、仕事の内容の違いに関わらず、普遍的な答えがあります。「指示された作業」は論外として、作業をより質の高いものとして行うための、さまざまな調整、管理、準備(スキル向上勉強なども含む)、そしてそのためのコミュニケーションなど。結局これらがより高度に構築されていくと、企業の経営そのものに至るわけです。

ま今回は上述のようにご自身で浮かんだ作業の範囲で大体いいとして、そうした外面的ノウハウにも取り組みながら、今自分が何をしたいか、何をできるか、自分で決めるという姿勢が大切、という話。


怖れの克服への基本

その姿勢、つまり自分で答えを出すという姿勢こそが、まずは何よりも仕事場での不安の克服につながる、という話です。

これは「怖れの克服」への基本、基礎ですね。自分から前に向かう姿勢です。
外面の困難状況が同じでも、その姿勢がある時、「怖れの感情」は消えます。一方、同じ困難状況でも、自分で立ち向かう姿勢を失い、逃げる姿勢に回った時、「怖れの感情」によって心が押しつぶされてしまうわけです。

「怖れの克服」については、『辞典』収録の「悪感情の種類別の克服対処の指針」の中では、
=======まず外面において正しく「安全」を築き、それでも内面において残る恐怖を「生きた」時、その怖れは人生でもう起きないものへと、心の根底から消えていく、というのが基本指針になります。=======
などと書いていますが、「自分で立ち向かう姿勢」は、「外面において正しく「安全」を築く」の言葉に含まれる、最初の基礎ということになりますね。

ですので、

>他、参考になるページを教えていだたけると幸いです。

については、「怖れの克服」という内面側テーマに関連しては、「現実を見る目」が鍵になったNo.002さん事例よりも、「全力を尽くして立ち向かう姿勢」が鍵になるという、
『取り組み実践詳説』
「全てを尽くして望みに向かう姿勢」という前進力
に出てくる、ネット相談女性の例(P.144)などが参考になるかも知れません。まかなり状況は違いますけど、自分から立ち向かう姿勢という基礎は同じ話です。

あとはまあ「読書」は一般に、心の懐を肥やしておくためのものです。
実際の問題場面への対処では、読書内容に従ってというのは無理であり、ここまで述べたような視点を踏まえた上で、自分は一体何を怖れているのかという、自分自身の唯一の心のあり方にしっかり向き合うことが必要になります。
まこれが精緻な「自己分析」となり、何か複雑で微妙な心理メカニズムに焦点が当たってくることも、あるかも知れない。

いずせにせよ、最初に言った、
外面行動法のノウハウを学んで、答えを自分で出すという基本姿勢を築くことを何よりも重視しながら、目の前の問題への答えを出していく実践をするといい。
という前進の仕方がどうできそうか、検討することから始めてみて頂くと良いかと^^。

あるいは、今回の話に限らず、「自分で答えを出す」ということへの基本的な苦手感というものがあるかもですね。答えは人が出すものと感じている心の姿勢。これは怖れの基本土壌です。
その見直しからになるかと。どう見直せば・・といった話もまた出るかもですが、まずはここまでの話で、ご自身でどの辺に手がつきそうかなどから検討して頂くと良いかと^^。

あっあと、

>自己評価と外からの評価が一致しないです。
>ギャップが埋まればストレスが減るのにな〜と感じる次第です・・・。

自己評価と外からの評価は、もともと一致など求めるべくもないものです。一致しようもない。一致するとは、人の付属物になりきるような話です。まこれは多少極論ですが。
とにかくまず自分での前進の仕方を築くこと、そこにおいて自己評価を築くこと、です。上の話からも、それがお分かりかと^^。



■ 現実場面での相談 / taka 引用
No.1145 2015/11/11(Wed) 22:36:18

島野さん、こんばんは。
今を原点に成長思考で行こうと決意しましたが、なかなか心が不安定で特に朝は絶望的な気持ちになります。
今日は現実生活で心理的に困ってるいくつかの場面を相談させて下さい。

今まで自己イメージを作り上げて接客していたため、それがないありのままの自分だとどうお客さんと接していいかわからなくなりました。
やはり接客でも自分を演じないほうがいいのでしょうか?
笑顔は必要だと思いますが、素の自分だと笑顔が出ません。
今までは心の中で「ついてるついてる」や「生きとし生けるものが幸せでありますように」といったセリフを呟いていましたがこれも感情を強制することになるんでしょうか?

お店のディスプレーを頼まれてマネキンに服を着せたりするんですが、自信がなく
作った後に自分で見るとなにか納得できず不細工な印象を受けます。
そして他のスタッフに変だと思われてるんじゃないか、他の人がやった方がいいんじゃないかといった気持ちになります。
もともとファッションに対する強い憧れがあるんですが、同時にそういう華やかさに対する恐怖心もあって服屋さんに入るのにずっと恐怖心がありました。
自分が服屋さんで働き始めてからは、だいぶ和らいだんですが
自分のセンスに自信がなく、今はもう何がオシャレなのか
お客さんが何を求めてるのかわからなくなりました。
お客さんとの会話も自信が持てないため恐怖心がでて声をかけるのに躊躇しています。

お店にたまに上層部の方が来られるのですが、その人達とうまくコミニケーションがとれません。
すごく恐怖心を感じ避けてしまいます。
その時感じるのは自分の経歴や年齢にたいする負い目です。

他のスタッフが談笑しているとき、昔はそれに愛想笑いをしていたのですが、
本心は全然楽しいと思えず、そういう場合は無理に笑う必要はないのでしょうか?
それだと場が白ける気がします。

やはり自分の経歴や年齢にたいする負い目が強いです。
もう自分は社会的に死んでるんじゃないかと。

自分は本当はファッションの華やかさや人との触れ合いが好きです。
自分は小さいときから家で疎外感を感じていて、その拗ねた気持ちがネックになって
人と素直に交流できないんだと思います。

そういう面からも、今の仕事はある意味で自分の希望する職場なのかもしれません。
ここで店長を目指して、他の人と堂々と渡り合って、同僚にも信頼され
センスも良くてお客様にも頼りにされる、そんな自分になれたらと思います。

しかしアルバイトから社員を目指すのはハードルも高くかなり成績が良くないといけません。
その試験も半年に一回でありもう集計期間も始まっているため、こんな精神状態ではだめです。


こういう悩みを解決するにはやはりコーディネートや生地の性質などをコツコツ勉強して
一歩一歩向上しているという前進感でしょうか?

アドバイスがあればよろしくお願い致します。


 
□ 「高い自己イメージ」を追うことなく外面問題に最善を尽くす^^ / しまの 引用
No.1148 2015/11/13(Fri) 16:06:12

以下質問とも合わせてのコメントとしましょう^^。
『接客におけるプラスαの生み出し方について』 takaさん No.1142 2015/11/08

なお削除頂いたトピックにあった『「自己イメージ法」をはるかに超える成長へ^^ 』のコメント記事は、
『劣等感の解消』 takaさん No.1120 2015/10/03
のトピックに収録する形で載せておきます^^。

で、こちらを取り急ぎ手短に。
大分混乱しておられるようですが、「感情と行動の分離」の姿勢の原則から言えるのは、
・外面問題については、できる最善のことをすればいい。そこで内面感情がどう良くなるかは問わない
ということです。

ですので、

>やはり接客でも自分を演じないほうがいいのでしょうか?

は、思いっきり演じればいいと思いますヨ^^。『接客』とはそうした仕事だと思います。
そこに、

>自分は本当はファッションの華やかさや人との触れ合いが好きです。
>そういう面からも、今の仕事はある意味で自分の希望する職場なのかもしれません。ここで店長を目指して、他の人と堂々と渡り合って、同僚にも信頼されセンスも良くてお客様にも頼りにされる、そんな自分になれたらと思います。

との気持ちを込めればなお良し。その気持ち、大いに結構じゃないですか^^。

そのように、外面においては、そこにある問題課題ごとに、最善のことをすることです。それが何かは、おそらくはお分かりになっているのでは。
内面感情の多少の揺れはただ流して、それをすればいいのです。

内面まで完成された自分を、すぐに求めないことです。
それが高い自己イメージばかり追わない、ということです。お分かりですかな^^。



■ 劣等感の解消 / taka 引用
No.1120 2015/10/03(Sat) 11:43:11

すいません。特定されると怖いので削除させて下さい。

すいません、自己イメージについてのトピックを削除したら、島野さんの記述も消えてしまいました。
せっかく書いて頂いたのに申し訳ありません。
みなさんの参考になる話だと思いますし、私自身また見返したいので
もし可能なら島野さんの記述だけでも復活させて頂きたいです。
申し訳ありません。


 
□ 「劣等感の克服」へのハイブリッド心理学の「取り組み実践」^^ / しまの 引用
No.1122 2015/10/06(Tue) 16:53:29

「劣等感」の克服

まず、「劣等感」の克服は、ハイブリッド心理学からは一言で、

・生涯にわたる成長の総合的結果として、解消されていく。
と言えるかと思います。
それが、

>なんとかこの劣等感を解消したいのですが、島野さんのアドバイスを頂けると幸いです。

への、まずは基本指針になるでしょうし、「この劣等感が足を引っ張ります」について言えば、それは足を引っ張るものというより、今立っている場所の話と考える方が正解ではないか、ということになると思います。それを受け入れ、原点として、前に進むしかない、と。

つまりよくやる喩え表現というので言うならば、そうした「劣等感」というのは、足にクサリでつながれた重りというよりも、寒風吹きすさぶ北の氷雪地帯にいるという場所の話だと言えるかと。
その寒風が足を引っ張ると言って、それをクサリの先の重りを断ち切るように解消する方法というのはまずなく、あるのはただ一つ、地道にそこから南国の楽園まで、自分の足で地道に前進していくことだ、と。
すると重要なのは、寒風に耐え、氷雪の地を前進できるような技術と能力だということですね。それなしに、温暖な地の快適な平野を前進するのと同じ様子で、前進しようとしても無理、と。


「劣等感」とは

ま喩えるならそんな話ということで、心理学説明をしますと、

・「劣等感」とは、「自己否定感情がまとわりついた自分と他人との比較意識」
などと定義できるかと。

すると心理学的に、心の健康と幸福にとって問題なのはあくまで「自己否定感情」であって、「比較意識」が必ずしも問題なのではない、という話になります。
自分と他人を比較してみることが役に立つテーマや場面があるのであれば、比較するのも大いに結構。たとえば各種技術の習得のため、うまくできている人から学ぶとか、あるいは人権が守られてない地域の人の姿を見て、自分がいかに恵まれているかを感じ取ったり、自分が何に貢献できるかを考えるきっかけにするとか。

ですので、「劣等感」へのアドバイスと言うと、得てして「自分と他人を比較するのは無駄。人は人自分は自分」といった言葉が出てくるかと思いますが、ハイブリッド心理学からは、そうした言葉は出ないです。
そうではなく、自分と他人を比較することも時に役に立てながら、いかに「成長」の全体に向かうかを自分の課題と考える、というのを、基本アドバイスにします。

それによって、当然、比較意識の解消、が目標なのではなく、自己否定感情の解消が目標になるわけですね。
で「自己否定感情の解消」とはどういうことかとハイブリッド心理学で位置づけるのかと言うと、もうこれは成長の歩みの全体だということになるわけです。


ハイブリッド心理学の「取り組み実践」へ

まずはそれを総論として、実際何をどうすればいいかのアドバイスとしては、

・そのようなものとしてハイブリッド心理学の「取り組み実践」に入ることを検討なされてはいかがかと^^
という話になります。

その一言に尽きます、というかその一言しか言えません・・というのではあまりにも不親切かと思いますが(^^;)、実際、「取り組み実践」に入ってみて何をどう感じたかという情報が出てきて、より具体的アドバイスが言えるかと思います。
まそれだけ、ハイブリッド心理学は独自の心理学の世界を展開しており、僕はあくまでハイブリッド心理学に取り組む上でのご質問ご相談へのアドバイスだけができる立場です。

・・で話を終えてはまさに不親切ですので(^^;)、少し見通しを持つような話をしますと、ハイブリッド心理学の取り組み実践に入るとはどうすることかと言うと、

・自身の悩み問題の克服と成長のための、手がかり足がかり視点を増やす
ということから始める、ということになるかと。
具体的には、サイト冒頭の
『ハイブリッド人生心理学とは』では
実践の学び
での
3.行動学
4.「愛」と「自尊心」のための価値観と行動法
5.各種悪感情への対処の理解

といったもの。
ごく簡略な説明が『メール相談事例集』の
はじめに・「取り組み実践」とメール相談 - 「取り組み実践」とは - 「学び」
などにありますので参照頂ければ^^。

それで言うなら例えば、

>自分の過去について堂々と説明できないのです。結果的に人と深い関係を築けず、友達も恋人もいない状態です。
というのは、人との関係を築くということを、「愛」へのどのような価値観と行動法を持っている上での話なのか、そしてそこで起きる感情動揺や悪感情の詳しい内容と、その克服についての考え方をどう持つか、
といった視点で検討していきます。
そこにおいて、過去の話は、基本的に不要です。今、どのような価値観と行動法、そして自己理解を持つか、に取り組みます。


寒風の中を前進する技術

そうした視点を持つことで、上述の、寒風に耐え、氷雪の地を前進できるような技術というもの、そしてそれを自分はどうできるかの能力といったものが、検討できるようになるわけです。
例えば引き続き、

>自分の過去について堂々と説明できない
について言えば、「愛」を
=====
「愛」を「分かり合い認め合う」ではなく、純粋な「喜びと楽しみの共有」として目指す価値観

=====
に立つならば、人との関係構築において、必ずしも自分の過去の説明など必要ありません。もっと重要なことがある。もちろん過去に触れることもあるでしょうが、何を重要と考えるかによって、話の仕方も工夫できるでしょう。

そういったさまざまな検討を通して、

>もちろん私のような状況では厳しい道だとは思いますが、その職業を通して自分のアイデンティティを確立したいのです。そんなときこの劣等感が足を引っ張ります。

も、「引っ張られる」ものなどではない、という視野が開けて来るかもしれない。
そうした「取り組み実践」を通して、心に「成長」が生まれ、その総合的結果として、「劣等感」などは根底からなくなっていく。これが見通しとして言える流れです。


そんなものとして、ハイブリッド心理学の「取り組み実践」に入るのを検討なされては、という提案が、アドバイスになりますね^^。
でその先は、カウンセリングやセミナーなど設けているわけではなく「自己取り組み」として進めて頂くという不親切なものになりますが(^^;)(その分全部タダ^^;)、自己取り組みされる方が手早く情報を探せるよう、『ハイブリッド心理学辞典』の整備を開始したところです。

まずはこんな話で^^。細かい質問等あればまたここで書いて頂ければアドバイス返します^^。


 
□ Re: 劣等感の解消 / taka 引用
No.1124 2015/10/07(Wed) 11:43:45

島野さん、こんにちは。

大変わかりやすい、親切な返答をありがとうございます。
さっそくハイブリッド心理学の「取り組み実践」に入っていこうと考えています。
ハイブリッド心理学のHPや島野さんの著作を少しずつ読み進めています。


島野さんが提案してくださった実践の学びの
3.行動学
4.「愛」と「自尊心」のための価値観と行動法
5.各種悪感情への対処の理解
を取り組んでいこうと思います。

特に私は社会人経験が乏しく、3の「建設的対人行動法」「原理原則行動法」「ウインウイン行動法」という3種類の行動法、および「仕事の普遍的スキル」などは早急に取り組まなければと考えています。
実は今職場で窮地に立たされており、その面においても切実に必要性を感じています。

また島野さんが指摘してくださった愛に関する価値観についても、私自身納得するところがあり、たまにですが人との関係の中で喜びと楽しみの共有を感じることがあります。
その時は楽しく幸せであり、爽やかな気分を味わうことができました。
しかし愛とは「分かり合い認め合う」という価値観がもともと私が持ってきた価値観であり、今もその傾向は強いです。
その比重を逆転させ、喜びと楽しみの共有という価値観を強めていくことが、今の課題だと感じました。

ところで具体的な実践方法についての質問なんですが、行動学や愛と自尊心のための価値観と行動法を学ぶ方法として、読書を勧められていると思うのですが、それは基本的に自分で関心のある本を選んで読み進めていくという方法でしょうか?
もしくは、ハイブリッド心理学での推薦図書があったり、あるいは島野さん自身が行動学を直接ご教授されていたりするのでしょうか?
まだHPの内容を全部確認したわけではありませんが、今のところそういった記述は見つけられませんでした。

HPの内容を全部確認してから質問するのが、筋だとおもいますが、何分今切羽詰まった状況でして、できれば推薦図書などを示していただけると非常に助かります。

よろしくお願いいたします。


 
□ 行動学の入り口情報など^^ / しまの 引用
No.1125 2015/10/08(Thu) 15:05:55

>HPの内容を全部確認してから質問するのが、筋だとおもいますが、

いえいえ、現在は膨大なページの中に散在している形になっていますので、全部確認するなんてのは大変すぎ。で『辞典』による整理を自らの急務としている次第です。

まずはざっと以下あたりを読んで頂くと良いかと。この掲示板でよく出しているリンクです。
ブログ記事
2010.05.18 3つの「行動学」
2010.05.19 「原理原則立脚型行動法」(前)
2010.05.20 「原理原則立脚型行動法」(中)
2010.05.21 「原理原則立脚型行動法」(後)

より本格的に学ぶための「ハイブリッド心理学指定の必読書」。まこれはじっくり読書向け。
ハーバード流交渉術 (知的生きかた文庫)

あと『事例集』の事例No.001、No.002もぜひ読んでみて下さい。


そんなところで、ざっと雰囲気つかめてくると思います。

あとは場面状況など差し障りない範囲で具体的に書いて頂ければ、それに応じ具体的なアドバイスをここで返していきます。まそれが僕からの直接指導になりますね^^。
適宜新規トピックで入れて頂ければ^^。


 
□ Re: 劣等感の解消 / taka 引用
No.1129 2015/10/17(Sat) 12:48:14

島野さん、こんにちは。

さっそくハーバード流交渉術を買いました。
島野さんのHPと一緒に読み進めています。
どうもありがとうございました。
また具体的な場面でのアドバイスが欲しいときは
質問させていただくと思いますが、その時はよろしくお願いいたします。


 
□ Re: 劣等感の解消 / しまの 引用
No.1146 2015/11/12(Thu) 18:33:20

僕のコメントも一緒に削除されていますが、とりあえず原稿チェックのプリントが残ってますので、OCRで復活させて次のコメント時に挟み込むなど考えておきますので^^。


 
□ 「自己イメージ法」をはるかに超える成長へ^^ / しまの 引用
No.1147 2015/11/13(Fri) 15:43:41

(親トピック削除のためコメント記事のみここに収録しています^^)

これはじっくりアドバイスを^^。


「自己イメージ法」の役割と罠

これはまず、

>コーチングなどでは理想の高い自己イメージを持つことを推奨しています。

という、「理想の高い自己イメージを持つ」ことの役割意義の理解から話を始めるのが良いかと。

一言で、「自己イメージ法」とも呼べるであろう、自分を高めるための方法、という話になりますね。
定義としては、「高い自己イメージを持つことによって、気持ちを持ち上げ、目標への動機づけにする」というものだと言えると思います。

これについて僕の意見を簡潔に述べるならば、まず墓本的にはそれは人生で役に立つものだと思います。まずは「こんな自分になりたい」という高い自己目標像を描くことから、成長への歩みが始まる。それはいいと思います。
ただしそこから、大きく2つの罠もしくは轍が、待ち受けている、と。


罠その1・「内実」が伴わなければ「張りぼて」

1つ目の罠は分かりやすい話だと思います。
「高い自己イメージ」として抱くものとは、基本的に「人の目にこう見られる自分」という外面体裁です。
ですので、そこに「内側内面の充実」である「内実」が伴わないと、そこにあるの「はりぼて」といものになる、というものです。
正真正銘の張りぼてというのは、たとえば北京五輪の時、近くのみすぼらしい貧民街を高級そうなビルの絵を描いたつい立てでおおったものなど。
職業においては、正真正銘の張りぼてだとその職業が続けられないことになるものであり(ニセ医者など)、一応はまっとうな資格として就いている職業はそれなりの内実があるからだという話になりますが、それでも起きてくる可能性があるのは、その職業の意義を高めるような心がこもっていない、魂がこもっていない、と評されるような姿です。
これが典型的で最悪なものは、警官が起こす事件とか、消防士が起こす放火など。
そうなるとそれはもう「精神的な張りぼて」の姿だと言えるものになるでしょう。
ご質問の状況も、そうした「精神的張リぼて」が、まあそうした外面的悪質性はなしに、ごく内面において起きているものと言えるかも知れませんね。外面体裁のレベルで魅力を感じ、目標にしようとしたものの、それを自分がやる意義とやリがいを、心底からは感じられていない、というもの。


罠その2・「高い自己イメージ」は実は「低い内実」の表現

もう一つの罠は、多少難しい心理メカニズムの話になってきます。
「高い自己イメージ」は実は「低い内実」の表現だ、というものです。
これは分かりやすい例として、「自転車に乗れる自分」という自己イメージの話として、未出版(そのうち無料電子書籍化予定^^)ですが
『理論編上巻』の
7章 「自尊心」の混乱と喪失−2  −なぜ自信が定着しないのか−
の
「自信」と似て非なる「高い自己評価(プライド)」感情
の節などで説明しています,
我々はまだ自転車をうまく乗リこなせていない段階で、「うまく自転車に乗れる自分」という「高い自己イメージ」を描きます。それを目標とし、また自分はそんなはずだ、と自分を鼓舞することが役立ち、またそれが必要にもなります。しかし本当に乗りこなせるようになった時、それはもういらない、と。
一般的に言って、高い技能ほど、高い習熟に向かうごとに、向上を導くのは「自己イメージ」なんて薄っぺらい(^^;)ものではなくなってきます。内側の細かい技術なり精神性なりになってくる。

冒頭に書いたように、「高い自己イメージ」が役に立つのは、「目標への動機づけ」というあくまで最初の最初であって、 そこからスタートしたらなら、視点を変えなければならないわけです。
一般的に言って、そこから「専門性」が出てきます。内側の細かい技術なり精神性なりについての。「高い自己イメージ」 と言っている範囲では、そうした専門性はいらない。
そんな状況で、「高い自己イメージ」を推奨しているだけのコーチングとは、それこそ内実のあまりない、張りぼてのコー チングです(失敬^^;)。まあその安直さが人受けして本やセミナーにすれば売れるんでしょうけどね^^;


「高い自己イメージ」が裏に生み出す自己嫌悪

さらに一歩踏み込んで考えるならば、技能などのレベルが高い人ほど、「高い自己イメージ」よりも、「いたらない自己イ メージ」をより積極的に持つようにするのでは、とも思えます。
それが「謙虚」という美徳です。それこそが自分を本当に高め、自分に利益をもたらすものであることを、高いレベルに向かう人ほど、感じているのでは、と。

そしてしきりと描こうとする「高い自己イメージ」というのは、得てして、北京五輪の例で言ったように、臭いものに盖をするための強烈な香水であったりします。
そして人がそれに駆られる、という病んだ心理メカニズムが起きてくるわけです。意識の表面では燦然と輝く自己像が描かれ、無意識に追いやられた、「みすぼらしい自己像」が心の底でくすぶります。この心の膿が深刻であるほど、意識の表面の燦然とした自己イメージの空想に駆られる度合いも病的に強くなってきます。
見逃せないのは、ここで「エセで傲慢な自分」という自己嫌悪感情が、無意識の中で用意され、そして膨張していくことです。そしてそれから逃れるために、「高い自己イメージ」が不自然に高潔な精神的精練性を帯びたものへと練り上げ られていくかも知れません。そして薄氷の「燦然とした自己像」と、「みすぼらしくエセで傲慢な自己像」が錯綜し渦を巻く。
・・と少し病的心理メカニズムまで話を膨らませましたが、こうした心理過程が心の底に固着してきて、「神経症的人格」が出来上がる次第です。

まそこまで錯綜した心理の話となるとここではもうど一でもいいとして(というより結構関心度の高い話?^^;)、こうした薄氷の「高い自己イメージ」が脆くも崩れ、「みすぼらしくエセで傲慢な自分」という自己イメージへと雪崩を打って一気に切り替わっていく様子が、僕の『悲しみの彼方への旅』の中などにも出てきます。P.146からの3ページにて。

ですので、

>人にどう思われるかあまり気にならなくなりました。

はもともとそう深刻な話ではないとして、それだけ心の健康度が増してきたということかと思います^^。


「自己イメージ法」をはるかに超える成長へ

ということで、

>自己イメージを意議的に高<持つという事について島野さんはどう思われますか?

については、一言で、それはあくまで「目標への動機づけ」としてはok。
ただし実際に何かの目標に向かうにおいては、さらにはその目標そのものの自分にとっての価値の妥当性を再検討するにおいても、「高い自己イメージ」なんてものではなく、別の視点へと移る必要がある、ということになります。
そうした別の視点なしに、意識的に自己イメージをただ高く持とうとするというのは、あまり役に立つものではなく、害があるというか、それ自体が未熟と病みの症状のようなものだ、と。

ではその別の視点とはどんなものかというと、それがまさにハイブリッド心理学の取り組み実践の全てだということになリますが、ポイントをまとめておきましょう。

まずスローガンとしてはこう言えます。
「自己イメ ージ法」をはるかに超える成長へ、と。つまりそれは、
自己イメージを高めるのではなく、自己の現実を、そして自己の真実を、高めることです。

そうして「自己の真実を高める」ための実践とは、「感情と行動の分離」の姿勢で始めるハイブリッド心理学の取り組み実践です。
「外面行動は建設的なもののみ行い、内面感情はただ流し理解することのみ行う」というものです。


自己イメージは「ただ流す」内面感情側の扱い

まずポイントは、そこにおいて「自己イメージ」は、「ただ流し理解する」という、内面感情の一つとして扱う、というものになります。
ですので、「意識的に高く持つ」というよりも、まずは湧くがままに湧かせ、自分がどんな自己イメージを持つのかを、まずは把握することです。高い自己イメージも、逆の「唾棄された自己イメージ」と呼べるものも。
そしてそれを鵜呑みにすることなく、自己の現実、自己の真実の全体を高めるための方向を見極めてい<。


「価値」と「望み」を見極めていく

すると見極めていくものが、心の外面および内面の双方に出てきます。

一言で、外面においては「価値」を、内面においては「望み」を、見極めていく、と。

まず外面における「価値」として、
たとえば税理士が一つの目標になるのであれば、それがどう華やかな職業かというイメージをどうこう描けるかではなく (それは一応内面感情として流すとして)、税理士が企業や社会にどんな「価値」を生み出すか、といった命題に、「価値言葉」で答えられるようになるというのが一つの目安になるでしよう。
税理士を目指すことが、自分にとってどんな価値があるかを自分に問える状態になるための、目安としてです。
こうした「価値言葉」での思考については、
『入門編下巻』のP.212-213で書いていますので一読頂ければ。

あとそれと重なる視点として、「匿名性において生み出す」という姿勢視点を知るといいでしよう。誰ともつかない者が行う、価値あること。それを自分は行うという姿勢です。
これについては、
『理論編下巻』
7章 人生の答え−2  −「魂の望み」への歩み−
の
「匿名性において生み出す」・「揺らぎない自尊心」への第一歩
の節で解説しています。

重要なのは、こうして「価値を生み出す」という姿勢こそが、来歴において華やかな知人達の世界に入れなかったというような挫折感情を、真に克服する道になるということです。
それは決して、「見返せるだけの華やかな職業」なんてイメージをどう追ったところで、克服はできない、と。その先にあるのは、空虚と孤独だ、と。これは内面の「望み」の視点として、 下でまた書きますので^^。
これは上記入門編下巻の続き、P.214で次のように書いている通りです。
=====
 これは特に、来歴において自らの「存在の善悪と身分」に傷を負ったような挫析感情がある場合に、その克服のために決定的に重要になります。
 この姿勢は必ず、人からの信頼を得ることができます。それがやがて、心の傷を凌駕するのです。
=====

と。


「望み」への向き合いと「人生の道理」への目

そうして、外面においては「価値」に向き合う一方で、内面においては、「望み」に、深く向き合うことです。

「高い自己イメージ」であれば、それによって、自分は何が得られるものとして、望んでいるのか。
そしてそれが、「現実」において起き得るものなのかを、しっかりと見据えることです。「現実」というのは、しばしば、イメ ージの華やかさとは裏腹な面を、我々に突きつけるものです。それをしっかりと見据え、自分が何を望んでいるのか、そして何が自分に真の幸福をもたらすのか、自分は何を本当に望んでいるのかに、向き合い続けることです。

その向き合いの歩みの中で、人生の道理を見る目を、いかに築いていくかが、問われることになリます。
薄っぺらいものに心を奪われていれば、その薄っぺらいものに、やがて滅ぼされます。深いものに心を向けることができた時、やがてその深いものによって支えられるのです。
いくら他人に浅く広くちやほやされたところで、やがては空しさと孤独が訪れるのは、時に著名人のCENSOREDに示されます。 やはり愛する家族を持つことが、幸福の一つの道標にはなるでしよう。しかし外面体裁を材料に、いわば力づくで結婚 したところで、得られるのはもう似て非なるものになる可能性が高い。等々。
こうしてどこまで人生の道理を見極めることができるかは、もうその人次第ですね。しかしそれが、結局、その人が「これが自分の人生だ!」と言えるものをつかむための、足場になるわけですね。


そうした向き合いの歩みの道があるというのが、アドバイスになりますね。
この向き合いによって何を見出すかは、一度に全ての答えが出ることは、ありません。向き合いの中で、次第に違うも のが見えるようになっていきます。そして最後には、歩みの最初からは予想だにつかない、最終的な答えが訪れる。 そんなものです。10年20年、さらにはそれをはるかに超えた人生の歳月を通して、です。
ぜひじっくり検討してみて頂ければ^^。



■ 批判的思考を含めたカルチャーの趣味への望み、それに向かう事が嘘をついた自分になってしまう事 / こたろう 引用
No.1132 2015/10/31(Sat) 17:25:20

話が拡散してしまったので、具体的に困っている問題テーマを
まずは軸にします。


具体的に困っている問題テーマとしては、
「批判的思考を含めたやりとりが、和気あいあいとしたコミュニケーションとして自然に存在する傾向のある人が多い趣味の「行為の内容」に魅力を感じるが、そこにいる人たちの自然なコミュニケーションに馴染もうとすると、自分を偽らざるを得ない(批判的思考を元にした言葉ややりとりを発する事が自然なので、そうしてしまう)場合、その趣味とはどう向き合うべきか」
です。


状況は、とりあえず趣味となるスポーツや音楽の集まりとします。

まず、自分の望みの一つとして感じるのが、その「批判的思考を含めたやりとりが多い人が多い傾向がある趣味」なのです。この言葉には色々な意味がありますが(本気でそれに取り組んでいない、という意味にとられる事があるが、ここでは違うという事)、「チャラい」と称される傾向がある趣味という事です。
それが僕の場合はサーフィンや、ストリートダンスになります。
サーフィンの場合は少し違って、自然志向が強いグループでは、やりとりも「登山が好きな人」一般のやりとりに近くなる気がしますが、ハデなトリック(技)を・・・といった色合いが強くなると、エクストリーム系スポーツ(スケボー、BMX、スノーボードなど)の雰囲気が強くなり、グループ内での会話のやりとりも、いわゆる「チャラい」雰囲気のもの、批判的思考を含めた和気あいあいとしたやりとりが自然であり、それがカルチャーであるという雰囲気になるわけです。

ストリートダンスも同じように、やはりお堅いオジサンには「チャラい」と称される傾向があり、上記のエクストリームスポーツに近いカルチャーがあります。そもそものルーツが、ケンカの代わりにダンスで勝負をする、という所から始まっていたり、ヒップホップという音楽はなじりあいや罵り合いを昇華したような部分もあります。握手からのグーパンチ、のような挨拶の交わし方や、下品さも含めて「カッコイイ」というカルチャーになるわけです。

必然的に、かわされる冗談も下品なものが多い傾向があったり、なじりあいや、からかいあう事が、和気藹々としたコミュニケーションとして一般的になるわけです。


僕の場合は、こういうカルチャーには馴染めないのですが、サーフィンでいえば行為そのものや、ダンスでいえばそのカルチャーに含まれる音楽と、それに合わせて踊るという行為は望みとしてあるのです。


それで、一応ざっくりと反対に位置するとしてしまえば、先のレスでも触れたような「穏やかな楽しみの共有」の傾向がある趣味の場合は、
比較すればはるかになじめるというか、自分が浮いているという感覚を感じずに済むのです。
それが、ハイキングや裁縫やガーデニングや料理など、になるのかなと思います。
これは自分の幼少期の、ままごとや人形遊びやお絵かきが好きだった、「穏やかにみんな仲良くしようよ」みたいな繊細で、少し気弱な少年の自己像に
よく馴染みます。そういう場にいると、心の底にいるこの少年の自己像を封印せずに、ある程度今の表層意識の自分が、年齢相応の社会性を添付して表現できる、という感覚が強いのです。

冗談などもあまり下品なものはなく、穏やかな方が多い。比較的仲がよくなっても、
なじりあいや、からかいあうなどのやりとりは少ないと思います。



やはりこの両方の環境で交わされるやりとりや、言葉の調子などは、
結構違うものだというのが実感です。「その趣味自体の話をする」その楽しみの共有をする、という意味では
共通していますが、そのやりとりの調子、冗談の傾向、関わり方の雰囲気などはやはり違うと思います。



そして僕は、「チャラい」カルチャーに馴染むために自分を偽らなければいけない事を感じたことから、「穏やかな趣味」に退却したように思うのです。実際には穏やかな趣味にもある程度の魅力は感じるものの、気持ちがより動くのは上であげたようなサーフィンやストリートダンスといったジャンルじゃないかな、と思っています。


島野さんの話でいうと、確かトランスが好きだったとおっしゃってたと思いますが、
同じようにトランスが好きな人の仲間内に入れば、それは「登山好き」「写真好き」の集団とはかなり
違う傾向があり、両方で同じような自分でいるのは難しいんじゃないかな?と思ったりします。そこをどのようにして処理したのかなぁ、と思った次第です。


そのほかに、学生時代の話だったと思いますが、男勝りな性格の女子生徒に対して、合わせるような事をしていたが、気疲れしてそれもやめた・・・といったシーンがあったかと思います。まさに僕も同じで、もともとやっていたダンスという趣味が、そういった外交的で、語弊があるかとは思いますが、ぶしつけで荒く、下品であるような人も多くいる趣味だったので、入って行けずに、その世界のはじっこで一人でやっているような感覚でいました。


 
□ 「趣味交友行動」も成長の中で模索する^^ / しまの 引用
No.1143 2015/11/08(Sun) 11:38:01

>そして僕は、「チャラい」カルチャーに馴染むために自分を偽らなければいけない事を感じたことから、「穏やかな趣味」に退却したように思うのです。実際には穏やかな趣味にもある程度の魅力は感じるものの、気持ちがより動くのは上であげたようなサーフィンやストリートダンスといったジャンルじゃないかな、と思っています。

これは一言で、「性格的な気後れで入れない趣味サークル」といったものになるかと。
アドバイスとしては、次のような指針になりますね。
成長の歩みと、広い視野の中で、自分なりの趣味交友のあり方を模索していくのがいい。豊かさへの前進は、固定的な答えではなく、模索そのものが生み出す。
と。

触れていただいた僕の話も例にしながら、ポイントをまとめますと、


1.成長の歩み ・・・ 固定的な自己像を力づくで演じる姿勢から、自分のありのままの内面感情に向き合い、真の自己における成長に向かう姿勢へ。

>学生時代の話だったと思いますが、男勝りな性格の女子生徒に対して、合わせるような事をしていたが、気疲れしてそれもやめた・・・といったシーンがあったかと思います。
「5章 解かれたパズル - 来歴の遡りの始まり」の中(P.74)ですね^^。ちょっと長くなりますが引用しますと、
=====
 僕の中には、自分の容貌によって女の子に注目させようとする衝動があった。それでいながら、僕は〃恋愛のことしか頭にない″彼女達に軽蔑を向けていた。
 そうなった根底には、自分が女の子と自然に親しくできないことへの挫折感と屈辱感があったように思える。僕は中学の時、心の中では恋愛至上主義のような感情を抱きながら、外では女の子にぎこちない態度しか取れない自分をじれつたく感じた。男の子のような活発な女子に対して、きさくで親しみやすい自分を演じようとしたこともあった。だが何となく気後れから、自らその「試み」から「退却」した。以後その女子からは自分が「変な男」という感じで見られるという感覚を僕は持った。
 僕は、自分自身が理想的な姿になれなかったから、その原因を他人の中に求めた。僕は自分の不満感を、回りには愛するに値する人間が少なすぎるからだと自分に説明した‥。
=====


まあそれは偽りの自己像を演じようとして失敗した「小さな挫折」ではあったでしょうが、真の自己における成長への転換点にもなるというものですね。その転換点に立った大学4年の僕が、中学時代のその「小さな挫折」を思い返すというシーンです。
でこの後僕は、当時は教えられなかったけど自然と、というか宿命的(?)に、「感情と行動の分離」の歩みへと向かうわけですね。まずは主に内面の開放で、置き去りされていた絶望も開放されてしまったわけですが、何とか健康な心へと^^。


2.広い視野 ・・・ 多種多様な人の交友のあり方

これはずばり一言で言って、おおよそティーンまでの仲間内自然発生的サークルの世界では、特定の性格傾向のカルチャーがそこに成立し、後からそこに入ろうとするのは、よほど性格傾向が合わないと難しいというのが、実際に出てくると思います。

しかし、「社会人サークル」になると、もう違います。「俺たち仲間だゼィ乗っていこうぜ」でも、「皆でぜひ仲良くし合いましょう」でもなく、それぞれが参加できる時に、参加できる範囲で、参加すればいいものもたくさん出てきます。性格傾向も多様な人々から成る集団。サーフィンやストリートダンスにも、そういう社会人サークルが少なからずあるのではと。
そうなると必要なのは、人に迷惑をかけず、そして基本的な人との親しみ行動が持てることです。
ですので、いろいろ書いて頂いた、性格カルチャーのような問題は、なくなってきます。


3.自分なりの交友行動の模索

上の2つからまず言えるアドバイスとは、こういうことです。
社会人以前と以降とでは、世界が全く違います。社会人以前の世界の固定イメージを脱し、まず社会人としての自信の全体に向かい、それを足場に、自分なりの交友行動のあり方を模索していくののがいいでしょう
と。

交友行動法は、いつも言っている通りです。より純粋な「楽しみ喜びの共有」として目指すことです。嘘のない自分としてです。
それができない場では、孤独を受け入れる。内面の妨げは、特定の性格カルチャーへの対処法なんて話ではなく、社会人としての人との一般的な親しみ行動がどう妨げられているかという視点で、取り組む必要がある。

タイムラインとしては、「新入社員」の目の前に、まだ仕事も一人前になる前に、学生気分のような趣味サークルへの誘いが来るかも知れませんが、「模索」はもっとずっと後に続くと考えるのがいいでしょう。
仕事のスキルでの自信が、社会人としての一般的な親しみ行動への、一つの支えになります。というか、社会人としての自信がついてこそ、社会人としての一般的な親しみ行動を自分はどうできるかが、一つの確かな足場の上で、模索できるようになります。
ここはもう一つ質問入れて頂いている「社会を生きるスキル」というテーマがつながりますね。この後で^^。


4.模索の先にある豊かさ

これは先のトピック
『自己イメージについて』 takaさん No.1131 2015/10/28
中のコメントの最後に書いた、
=====
この向き合いによって何を見出すかは、一度に全ての答えが出ることは、ありません。向き合いの中で、次第に違うものが見えるようになっていきます。そして最後には、歩みの最初からは予想だにつかない、最終的な答えが訪れる。そんなものです。10年20年、さらにはそれをはるかに超えた人生の歳月を通して、です。
=====

が、そのまま言えますね。

流れとしては、
まず性格カルチャーに応じた自己像を演じるなんて姿勢を捨て、嘘のない自分で人との「楽しみ喜びの共有」の行動がどうできるのかの模索を開始する。そうして、ありのままの自分に向き合うことで、心にそのための芯が芽生え始めます。
そしてまずは社会人としての自信を目指し向かう。それによって次第に、心に安定感が生まれてきます。それが実際の行動の範囲を広げさせてくれます。そして本当に「望み」となる趣味交友活動に向かってみたりする。

そうした「模索」の中で、「魂の感情」への向き合いもあれば、それ自体が心に成熟を生み出します。同時に、人との交友への願望という、持って生まれた課題が、次第に満足感の中で、収まって行ったりもします。ま人生も後半過ぎてからかと。
そうして、
a.人との交友がうまくいき、そこに満足感幸福感を得られる。
b.もしくは交友が必ずしも望み通りには行かなかったとしても、
「魂の感情」への向き合いによる心の成熟の結果、一人で過ごしていても満足感幸福感が湧く心の境地へ。

といった道のりが、ハイブリッド心理学の考える流れになます。


僕の話の例の残りで言えば、

>島野さんの話でいうと、確かトランスが好きだったとおっしゃってたと思いますが、同じようにトランスが好きな人の仲間内に入れば、それは「登山好き」「写真好き」の集団とはかなり違う傾向があり、両方で同じような自分でいるのは難しいんじゃないかな?と思ったりします。そこをどのようにして処理したのかなぁ、と思った次第です。

社会人になって模索した交友は、テニスとスキーの活動です。
20代後半から、まずはちぐはぐな内面を抱えながらも、なんとか「純粋な楽しみと喜びの共有の行動」を見出し、参加を続け、30第後半あたりになって、社会人としての自信も出てきて、そうした交友行動もかなり安定したものへ。活動としてはもっぱらスキー。
そして40代後半あたりから、それを生涯の交友とできるかどうかの模索の段階へ。で結局僕の場合、一人でマイペースに生きることが好きな面が最後に勝ち、身体体力的な面もあり、スキー部活動からは一歩距離を置いて今に至ります。
トランスと登山は比較的後発の趣味で、これはもとより人とどうこう共有するものでなく自分で楽しむものの位置づけです。

ですので、上記大学4年の転機から、ありのままの嘘のない自分でどう行動できるかという中でのものであり、同じ自分でいられないのをどう処理するかといった問題は、ありません。
まさにそうした「自分を演じる」という姿勢を捨てることからが、スタートということですね^^。




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