しまのたかしハイブリッド人生心理学 島野隆ブログand掲示板
読 者 広 場


過去ログ  2017  2016  2015  2014  2013  2012  2011  2010  2009  2008  2007  2006  2005
●島野の著作そしてハイブリッド心理学に関する感想・質問・ご意見など投稿して頂けます^^。
●心の悩みのご相談
については、ハイブリッド心理学「取り組み実践」を進めるためのポイントヒントなどを、ここではごく簡潔アドバイスいたします。
*より詳しくアドバイスするとどのようなものになるのかは、
 
メール相談事例集実践編書籍など読んで頂くと参考になるかと思います^^。
返答入れて頂いた順に返していきます。日数がかかることもありますので、ごゆっくりお待ち下さい^^。


新規トピック入力フォームへ 記事検索 過去ログ記事サイトトップの検索の方でヒットします^^) 

はじめまして… / 迷える子羊 引用
No.900 2014/06/10(Tue) 06:53:42

はじめまして投稿させていただきます。
まず、私のお話から…
かなり小さい頃から、自己の中心がしっかりと確立されていて悩む事もほとんどありませんでしたが
両親の離婚などがあり、自分では悩まないように自分で自分を誤魔化して生きていたような気が途中でしてきました。感情よりも理性で考えるようにしてきたと言うか。
そして、自分の感情を素直に受け取るように心掛けてからの方が生きづらいと感じています。
例えば、苦手な人が出てきた、などです。
今までは、見て見ないふりが出来ていましたが、
自分の本心を覗いてみるとすごく相手に嫌な感情を抱いている事に気づいていたり。
本当に些細な事なのですが、言葉遣いが汚い、空気を読まず出しゃばる、人の物を勝手に覗き込む…など、これらは全て同じ人です、他人ではなく家族です。
嫌いだと思っても縁は切れません…些細な事で嫌う私の心が狭いのか、もっと成長出来れば気にならない事なのか‥本心では一緒に過ごしたくありません。否定価値の放棄というものが、このような人に対して受け入れるという事なのか、まだ分かっていません。
アドバイスよろしくお願い申し上げます。


 
追加です / 迷える子羊 引用
No.907 2014/06/17(Tue) 09:35:09

*新規トピックとして No.902 2014/06/15(Sun) 12:54:42 で入れて頂いたものをこちらに移動しました^^。
by島野


私の主人は経営者で仕事としてキャバクラなどに行くことがあります。しかし、私にはどうも行く事の口実にしか思えず、お気に入りの女性がいるのではないか、私には飽きているので刺激を求めに行ってるのではないかと勘ぐってしまいます。いくら私が建設的に容姿を綺麗に維持しようと綺麗な女性は沢山います。現実問題、誘惑にのるのは嫌だけど、男の性として綺麗な女性と遊びたくなるのは仕方ないのかなとか、でもすごく嫌です。不安です。でも、自分ではどうする事も出来ないと感じてしまっています。主人を信用して傷つくのが嫌でキャバクラなどに行く人ではない人がいい、離婚したいとまで思ってしまいます。以前、居酒屋に行ったと言っていたのに実は内緒でキャバクラに行っていたという経緯もあります。その事について問いただすとその日は居酒屋の後にキャバクラに行ったのを言い忘れただけだと言われました。うちの父親も経営者で夜飲みにいったりする人で小さい頃から母に愛人の存在を教えられ、母は友達などには相談できなかったらしく、まだ小学生の私に生々しい話まで私に話していたトラウマなどもあるのかも知れないとも思ったりします。その話を聞くまでは何の問題もない幸せな家庭だと感じていたので
聞いた時、すごく悲しくて嫌な気持ちになったのですが、母も父も嫌いになりたくないという気持ちにもなりました。でも、安全な家庭に守られている安心感がもろくも崩れた思いでしたが、必死に明るく楽しく生きようとしていた気がします。こんな事に負けないぞというような…
自分には色々と育ってきた環境で傷ついた経緯があると思います。でも、その都度この経験をバネにしようと一生懸命糧にしようと気張って生きてきたような。私は強い、何でも乗り越えられると思いこもうとしていたような。心の声を聞かないようにしてきたような。
長々と意味のない文書でシマノさんに依存してしまっているような感じになってしまって申し訳ありません。
何か突破口が欲しいです。アドバイスお願いいたします。


 
「自分が何をしたいか」から問う^^ / しまの 引用
No.908 2014/06/17(Tue) 09:51:40

これはずばり次のように言えると思います。

まず、次の問いを自分にするがいい。
これからの人生で何をしたいか。夢は何か。目標は何か。


そこにおいて考えてみるいいというになりますね。旦那キャバクラに行くことが、それに対しどう妨げになるか。それが具体的にあるならば、また具体的にそれに対処するための戦法考えられる可能性もある。
あるいは、そうした、これからの人生でやりたいこと、夢と目標に対して、キャバクラは別として旦那助けになる面はどうあるか。そこにおいては旦那感謝することもできるだろう、と。
いずれにせよ上の問いがスタートだということになります。

一方、次のような気持ちにおいて考えても、答えは出ないと言えます。
・相手を自分の持ち物(家もしくはインテリアのような)として、理想に足りない面への不満
・自分が相手に所属するものとして、相手もしくは自分への不満

この場合は、相手がどうという問題というより、その気持ちそのものが、自分を動揺させている原因だと。で上の視点意識を切り替える

なぜなら、互いが別個の人格の人間だからです。
自分の理想であれるために、相手は存在しているのではない。それを認めたところに、「行動法」の戦法が生まれ、それでもどうしても受け入れられない面については、相手が病気にかかったような出来事として、受け入れなければならない場面もあるかも知れません。それも無理であれば、別れることを検討するという最後の選択肢が出てくる。

いずれにせよ全てが、最初の問いの先に、答えが出るものだということですね。
「行動法」の戦法というのも、自分がこれからの人生で何をしたいかという具体的内容ベースのものになります。そこまで検討できれば、それについてまた具体的アドバイスもできるかも知れません。
まずは「自分が何をしたいか」の問い重要になってくると思います。検討してみて頂ければ^^。


p.s
あっあと補足で書いておけば、上の追加投稿入れて頂く前の時点書こうと思ったアドバイスは、
・特定相手の嫌悪感を感じるという問題について、それが起きた時それだけ問題として取り組むことはできない。むしろその相手以外の他人全般への建設的行動法がどうできているかに取り組む必要がある。
といったものでした。
他人一般への行動法力強く建設的なものにできれば、そうした特定相手への対処法も、自ずと出てくるだろうと。

一方「否定価値の放棄」については、こうした具体的場面の問題というより、心の奥底の「業」捨て去りという、多少とも哲学宗教的な、「悟り」とも言えるような取り組みになりますので、ちょっと距離があるテーマになるかと。建設的行動法などの習得がほぼ完全にできた先テーマになります。

いずれにせよ、相手がどうより、自分の人生の生き方課題だということになりますね^^。


 
Re: はじめまして… / 迷える子羊 引用
No.909 2014/06/17(Tue) 14:05:33

アドバイスありがとうございます。
自分でも薄々気づいていた主体性のなさ…
自分が何をしていいか迷っている状態…
まだ子供が小さい事もあり、仕事も辞めてしまい、自分の人生とは何なのか…専業主婦という立場に困惑する日々でした。
お金を旦那から貰い生活をしていく事に何か後ろめたさ?のようなものを感じるというか。バリバリ仕事をしたいがその為に子供達を保育園に預けては可哀想ではないのか。(金銭的に働かなくてはいけない状況ではない為、私のわがままになるのではないかという気持ち)など、ああでもないこうでもないと答えが出ない流される忙しい日々…
毎日を生き生きと生きたいです。
>特定相手の嫌悪感を感じるという問題について、それが起きた時それだけ問題として取り組むことはできない。むしろその相手以外の他人全般への建設的行動法がどうできているかに取り組む必要がある。
>他人一般への行動法が力強く建設的なものにできれば、そうした特定相手への対処法も、自ずと出てくるだろうと。

このふたつについて他人への力強く建設的行動法とは具体的にどのようなことを指すのでしょうか?
家族だけではなく他人一般全ての人に共通する事なのでしょうか?
分かりやすく教えていただけると助かります。


 
Re: はじめまして… / 迷える子羊 引用
No.910 2014/06/17(Tue) 14:16:54

度々失礼します~_~;
トラウマ的な来歴についてはどうお考えでしょうか?ご意見お聞かせいただけると嬉しいです。


 
「力強い建設的行動法」と「トラウマの克服」^^ / しまの 引用
No.912 2014/06/18(Wed) 18:07:51

>このふたつについて他人への力強く建設的行動法とは具体的にどのようなことを指すのでしょうか?家族だけではなく他人一般全ての人に共通する事なのでしょうか?

ハイブリッド心理学指針とする対人行動法は、あらゆる相手と場面に一貫したものです。家族であろうと赤の他人であろうと。
『概説 3.取り組み実践』 「学び」の主要テーマ / 3.行動学
手近な説明としては以下ブログ記事など。
2010.05.18 3つの「行動学」
2010.05.19 「原理原則立脚型行動法」(前)
2010.05.20 「原理原則立脚型行動法」(中)
2010.05.21 「原理原則立脚型行動法」(後)

そこで「力強い建設的行動法」キモとは、まず自分の楽しみ、自分の向上、自分の目標を持つことです。にそれを人とどう共有できるかという視点で、相手への対処を考える。
ですので結局全部同じ話なんですね。まず自分自身がどう人生と生活を前に進むか

>ああでもないこうでもないと答えが出ない流される忙しい日々…

大そうな岐路選択のようなものでなくても、まず料理の腕を上げるといった日常の向上からテーマにすると良いかと。大きな岐路選択もそうした日々の向上延長としてあると思いますので。

>トラウマ的な来歴についてはどうお考えでしょうか?

「トラウマ」というのは、本人にとって「回復不可能な心の傷や挫折」感じられるものを言うと思いますが、基本的にこれは、克服していない心において「回復不可能」感じられるだけの話で、克服成長すれば何のことはない、回復不可能と決めつけのは誤りのものであったと分かる、という流れが考えられます。
心が成長するとは、がもう別のものになってしまうかのように、ものごとの感じ方変化することですので、心の傷や挫折感じたものも、過去に乗り越えた苦労の一つの記憶程度へと、重みを失っていくことがあり得る、ということになります。
手前味噌ですが僕自身の体験としても、若い頃トラウマ的なものと感じた生育来歴のことなど、はもうなんも感じないあっけらかーんとした記憶に残る程度で、感情的に残っているものほぼゼロ状態

そうした「成長」全てまず自分からどう前に進むかへの向き合いから始まるわけです。
そのための「取り組み実践」は、誰の場合同じ進め方になりますので、まずは『概説』などでハイブリッド心理学全体ざっくり把握することなどから始め学び実践検討し始めてみるとよろしいかと^^。


 
Re: はじめまして… / 迷える子羊 引用
No.913 2014/06/18(Wed) 22:17:54

お返事ありがとうございます。
日々の料理の腕の向上とありましたが、主婦ですので、掃除、洗濯、整理整頓、料理など家事に関してはいつもアンテナを張り色々情報収集しております。疲れたりしていても今までは完璧に…と自分を追い詰めるほどでしたが、最近は子供に手がかかることもあり家事に完璧を求め過ぎて気持ちに余裕がなくなるのも問題かと少しは自分にあまくする事もありますが、出来る範囲していると思います。ただ、その程度の事で毎日を過ごすことにこのままでいいのかという気がするのです。
家にいてこの狭い世界でお金も稼がず自己満足していていいのかと。その為に、昨年資格も取りましたが、切羽詰まった状況ではないのに仕事と家庭を両立する必要があるのか、仕事をして子供にさみしい思いをさせないか、子育てが落ち着いてからでもいいのではないのか、と。
掃除をきっちり、ご飯もバランスよく美味しく、整理整頓も引き出しの中まで見やすく、など全てやってもこのままでいいのかと分からなくなってしまうのです。外に出て自立して輝いてる女性を見るともどかしくなり、私だって出来るのに。のような気持ちになってしまうのです。なので、主人に対してもそういう気持ちもあり、夜飲みに行かれると不安になる気がします。
アドバイスいたたいた項目も全て読ませていただきましたが、そう感じている次第です。


 
一貫した「実践」のお勧め^^ / しまの 引用
No.919 2014/06/25(Wed) 16:49:59

一つ一つの材料への取り組み

>日々の料理の腕の向上とありましたが、主婦ですので、掃除、洗濯、整理整頓、料理など家事に関してはいつもアンテナを張り色々情報収集しております。疲れたりしていても今までは完璧に…と自分を追い詰めるほどでしたが、
>掃除をきっちり、ご飯もバランスよく美味しく、整理整頓も引き出しの中まで見やすく、など全てやってもこのままでいいのかと分からなくなってしまうのです。

もちろん「主婦であれば料理の腕の向上に励めばいいんですヨ」といったおざなりアドバイスとして(^^;)言ったのではなく、そうした具体的テーマ、具体的場面状況一つ一つ材料取り組むことが大切です、というアドバイスである次第です。ちなみにそこで「料理」と出たのは、僕自身が今独身にて興味を感じている目標だったりして出た言葉という、ちょっと個人的理由もあり^^ゞ

重要なのは、というかハイブリッド心理学「取り組み実践」としては、そうした具体的材料において、
『概説 3.取り組み実践』 / 「取り組み実践」の3ステップ
説明している「学び」「向き合い」を、日々の日常生活と人生の場面の全てにおいて、一貫した実践として進めていくものになります。
ですので、

>アドバイスいたたいた項目も全て読ませていただきましたが

というのは今回テーマ一番関連しそうなもの幾つかピックアップしたものであり、無論それで話が終わるようなものではなく、こうした実践日々の日常生活と人生の場面の全てにおいて進めるために、
1)日常的な読書・・ハイブリッド心理学の著書の全てを通して、心の懐引き出しを肥やしていく
2)日々の実践・・目の前の事について、「学びと向き合い」を自ら進めていく

という2本立ての進め方よろしいものですと、常々お勧めしている感じです^^。

もちろんこう言っただけではまだ進め方が把握できないと思いますので、まずは『概説』などで全体を把握して頂くことから。
今回相談とアドバイスは、1回1回「学びと向き合い」サンプルを、お示ししたようなものということになります。


「目的思考」

「料理」というテーマ出したついでに、それについての「学びと向き合い」どうなるかと言うと、

・「目的思考」
という、思考法最も基礎的なもの取り組み課題になると言えるでしょう。
『概説 5.歩みの道のり (1)5つの「成長の段階」』 / 前進への基盤となる意識過程一覧表

「善悪」「評価」を「何のためには」という「目的」から考える思考
「何が問題・課題・望みか」からものごとに取り組む姿勢

記したものであり、対する未熟と病み形
「目的」を意識することのない「善悪」「評価」の思考
というものです。

料理の腕を、もっと美味しいものが食べたいから? 旦那に誉められたいから? もしくは子供のため、自身と旦那のため医学的考慮から栄養バランス面の向上
といった「目的」で考え、今何が必要か、目標はどんなものになるか、等々具体的に考える。
それで言うならば、

>全てやってもこのままでいいのかと分からなくなってしまうのです。

という惑いの原因少し見えてくるのではと思います。
まず言えるのは、「目的思考」ではなく「目的を意識することのない善悪評価の思考」で生きていることが、惑いの背景にある、と。

ただしそれが見えただけで、
>外に出て自立して輝いてる女性を見るともどかしくなり、私だって出来るのに。のような気持ちになってしまうのです。

霧散解消する訳には恐らく行かないでしょう。こうした「取り組み実践」日々の生活と人生の全ての場面で一貫して進めることで、
『概説 3.取り組み実践』 / 「学び」の主要テーマ
ざっと列記したような「学び」として広がり、深まっていくことが道のりになります。

それがどんなものになりそうかは、今の時点では何も言えません。一言でいって、一つ一つを積み重ねることなく、先は見えません。それが成長の歩みというものです。

そんなものとして、これからハイブリッド心理学の「取り組み実践」自ら取り組んでみることに興味を持てそうかどうか、検討してみて頂ければ、というになります^^。
実践の進め方一つ一つの材料ごと「学び」については、また質問頂ければ何でもアドバイスできますので^^。
その際新規トピックで良いかなと^^。



ノウハウの仕入れ方 / serori 引用
No.897 2014/05/30(Fri) 19:05:26

お久し振りでございます。
今回も一つ、ご質問を投稿させていただきます。
お返事は急ぎませんので、お手すきの折りにお返事いただければ幸いです。

前回コメントをいただいた後も、

 問題分析→ノウハウの学習→問題解決に向けた行動→現実と、生じた感情の認知(余裕があれば、感情の根源の分析)

 という流れの繰り返しで、日常生活を送っております。おかげさまで、「自らの幸福に向けて、常に前進している」という自信がたくさん得られるようになり、人生って難儀だなあと思いながらも、楽しい毎日を送れております^^

 上述の「ノウハウの学習」の場面において、自分のやり方が適切な方法かどうか、また、他に良い方法があればお聞きいたしたく、ご質問させていただきます。近々、私の置かれる環境が大きく変わるため、大きな問題が生じた際になるべく煮詰まらないよう、できるだけいろいろな視点で問題解決への道が導き出せるようになっておきたいなあ、と思ってのことです。

 現在は、下記の方法にて、ノウハウの学習を行なっております。

 ・読書による情報収集
 ・インターネットでの情報収集
 ・親しい人に相談することでの情報収集

 どのように調べる際も、できる限り多角的な視点からのノウハウを得て、得たノウハウを実行した際の結末や感情を予想した上で、必ず自分の心で決めるように心がけております。

 具体的な問題についてのご質問ではないので、ご回答が難しかったら申し訳ないのですが、「ノウハウの学習方法」全般について、何でも良いので、ご意見、アドバイス、参考事例等いただければ幸いです。


 
「知恵とノウハウの仕入れ方」 概説^^ / しまの 引用
No.904 2014/06/16(Mon) 12:12:43

>「自らの幸福に向けて、常に前進している」という自信がたくさん得られるようになり、人生って難儀だなあと思いながらも、楽しい毎日を送れております^^

何よりですね^^。

>「ノウハウの学習方法」全般について、何でも良いので、ご意見、アドバイス、参考事例等いただければ幸いです。

これについて、ポイントを一通り押さえるなら以下のような話になるかと。


「情報源」

>現在は、下記の方法にて、ノウハウの学習を行なっております。
 ・読書による情報収集
 ・インターネットでの情報収集
 ・親しい人に相談することでの情報収集


まず「情報源」としてはそんなところグーだと思います。ま「親しい人」というのは時にあまり知恵者でないケース結構あるかと思いますので、「頼る」という姿勢ではなく、「話題の中でヒントが出ることがある」という姿勢で、話題豊富に接するのが良いかと。

あとメディアとしては上記加え「テレビ」「新聞」ですね。
これについては
2010-06-24『自分の目で社会を見る(後)』
などでちょっと触れていますので一読頂ければ。
こんなことも言っています。ま「知恵とノウハウ」というより「社会を知る」というテーマで書いていますが、同じ目標の下にあるということで。この世界を生きる能力の向上ですね。
------------------
「新聞」であれば、朝日・読売・毎日三大紙のどれか、朝刊だけでも。
「TVの報道ニュース」は、自分としてどれを主番組にするか決めて、日課として見るのがいいでしょう。忙しさその他の理由でそれができないような生活は、何かが間違っています。
------------------



「アンテナ精度」

「情報源」そのようにあるとして、次に重要になってくるのは、そこでいかに「迷信」「偏見」といった誤り情報をつかむことなく、内容が正しく正確であるもの、そして自分に役に立つものを、すばやくつかめるかという、いわば「アンテナ精度」になってきます。
言えるのは、それにかなりの個人差があり、結果知恵とノウハウを豊富に手にしながら生きる人と、知恵のない生き方を続ける人というのが、かなり分かれてくるようだという印象

でその違いを生むのはかとちょっと考えたのですが、「自分自身への論理的思考」で生きているか否かが、一番大きいと思います。
そうであれば、正しく正確な、そして自分に役に立つ知恵とノウハウを、自然とすばやく手にするようになる。まあこれは何と言うこともない、「自分自身への論理的思考」が、正しく正確な知恵で生きるということそのものであり、そこにあける新しい知識の部分そうなるというだけのです。
一方「自分自身への論理的思考」生きていないと、誤った情報にも容易に惑わされ、結果うまくいかず、また何も知恵のない状態に戻る。最後までそれで行ってしまうことが考えられます。

何かのため新しい知恵とノウハウ仕入れるという以前に、普段の思考から「自分自身への論理的思考」をすることが決定要素だということになりますね。

「自分自身への論理的思考」説明としては以下など参照
『概説』 5.歩みの道のり / ・「自分自身への論理的思考」
『取り組み実践詳説』 3章 心の成長のスタートラインに立つ / 自分自身に対する論理的思考


「創意工夫、試行錯誤と現実における検証」

そうして正しい知恵とノウハウ仕入れた上で、また重要になってくるのが、「創意工夫」、「試行錯誤」と「現実における検証」です。
これは特に「自分に役立つもの」「自分にできるもの」として確定させるため必要になります。
どんなに正しい知恵とノウハウでも、自分には無理というものもある。例えば金がかかるものなど^^; (はがね)の筋肉素質のある人役立つトレーニグ法も、軟弱な身体素質の人(僕はこっちの方^^;)には無理になる。体に何か症状が出た時、同じもの(例えば頭痛)でも、原因によって正しい対処が必要になる。
結局幾つかの正しい知恵とノウハウから、「自分にできるもの」として「自分に役立つもの」を確定させるために、「創意工夫、試行錯誤と現実における検証」必要になってくるわけです。

その具体例として僕自身最近得たものなどあげますと、ちょっと恥ずかしい話ですが半年前くらいからお尻の肛門の周りが赤く腫れ強烈な痒み悩まされていたのですが、ネットで情報を見て「プリザエース軟膏」がいいらしいとのことで試すも、ちょっと利く感も錯覚程度で効果なし、もう医者に行くことも考えましたが、「単純なかぶれ」という原因の線も考え、下着に工夫し肛門周りにガーゼを当て皮膚同士の密着を避けるようにしたところ、これが効果てきめん1週間全快、という成果を得たなんてのがあります^^ゞ
まこれは「情報収集」から「原因結果の理論的思考」そして「創意工夫、試行錯誤と現実における検証」という一連の実践で成功した一つの例ですね。

こうした「自分に役立つ、自分にできるもの」というのは、生活習慣、食習慣、運動習慣といったものがまずこうした模索必要になるものでしょうし、対人行動、社会行動知恵とノウハウといったものも、結局自分の性格資質に合うものというのは、こうした試行錯誤も含めた模索が必要なんですね。決してうまくいっている人のものをそのままやってみればいいというわけにはいかない。


「自分を変えたい!」という気持ち

あとは最後つけたしですが、上述のような知恵とノウハウの入手活用先立ち「自分を変えたい!」という気持ちをしっかりと持つことが重要になりますね。これが結局全てのエンジンになる。
それを持ち続ける中で、情報収集から始まる上記実践の流れが、前進力あるものとして可能になる、ということになると思います。

ざっとこんなところで^^。
なお手前味噌ですが僕自身人生で必要な知恵については結構豊富に習得済みになれている今日この頃ですので、何か具体的に知りたいものあれば言って頂ければ手持ち範囲具体的アドバイス可能です^^。
なお最近僕自身がまだ不足しており欲しい知恵とノウハウとしては、料理の分野とかが筆頭なんですけどね・・。


 
Re: ノウハウの仕入れ方 / serori 引用
No.918 2014/06/23(Mon) 19:01:24

アドバイス、ありがとうございます。

2010-06-24『自分の目で社会を見る(後)』を拝読させていただきましたが、まさにこの内容が、今の自分にとって大変重要であると思いました。
まだ起きていないミクロな問題への対処法を予測・予習するよりも、今あるマクロな問題への対策を講じる方が、大変効率的なのですね。
今は「わたしの考えた社会」を「社会」として捉えてしまう節がありますので、より現実に近い形で「社会」を捉える目を養っていこうと思います。

(御礼コメントですので、返信はどちらでも構いません)



罪と罰 / マリノ 引用
No.899 2014/06/06(Fri) 07:49:41

島野殿

はじめまして
ハイブリッド心理学を知り、勉強させて頂いて1年たちました
先日不思議な体験をしました

ちやほやされたい、不機嫌な自分をなんとかしてほしい、世界の中心は自分というわがままな暴君凶暴な王子様が腹の底に感じられ、人に接する度に怒り、怒り狂い、憎しみ、憎悪が激しくなりました。1人になるとそれを忘れ、人に接するとまた暴れだします。
ある朝出勤途中、今日このまま心の地獄の中で仕事出来るだろうか。。。休みたい、ただマネージャーとしてやることは山ほどある。。信号待ちの間、周りを見ました。こんな自分の感情は、頭では理不尽と分かりながら、腹の底で意にも介さない王子様がいます。自分の存在とは関係なく他人は自由意志で動いている、とその時、2秒ぐらいでしょうか、腹の底から蛇がするすると逃げ出すように、王子様が忽然と消えてしまいました。もしかしてこれは、成長の節目なのか?1時の感情なのか?と思いながら1週間がたちました。今は心にあいた穴に、風が吹くのではなく、何か悠然としたものが収まっている気がします。今まで、その魂を痛めつけ、切りつけ、殺しつづけた殺人鬼としての自意識が受ける罪と罰という意味が分かってきたところです。人前では恐怖が全身に充満し地獄の責め苦を受けても仕方がないんですね。。未だにその苦しさとの戦いがのこりますが、そんな薄っぺらい自意識がのたうちまわっていても、腹の底には悠然としたものがあり自分を勇気づけてくれます。まだ道半ばですが、この状態が島野さんが示されている道しるべに沿っていることを祈りながら、この道をさらに進みたいと思います。


 
Re: 罪と罰 / しまの 引用
No.905 2014/06/16(Mon) 16:17:09

>自分の存在とは関係なく他人は自由意志で動いている、とその時、2秒ぐらいでしょうか、腹の底から蛇がするすると逃げ出すように、王子様が忽然と消えてしまいました。もしかしてこれは、成長の節目なのか?1時の感情なのか?

間違いなく、成長通過点だと思いますヨ^^。
「心の依存」の中で、ちやほやされたい願望と、それが妨げられることへの怒り憎悪が起きるのですが、そもそも他人というのは他人自身のことで精一杯で、良くも悪くもこっちのことを注目の対象になどできていないのだ・・という「現実」感じる。その時「心の自立」への一歩を踏み出す同時に、「心の依存」の中で「意識」を超えて暴れていた何物かが、どこかに去っていく、ということになるのだろうと。

心の成長先日アップ
『概説』 5.歩みの道のり / ・「実践」とは何をするものなのか

実践では「心」を変えることはしない
書いたように、「意識」を超えて心の底で起きるものとして、それは時にかなりの不思議体験、神秘的体験として感じ取られることもあるかと思います。

引き続きぜひ、そうした「意識を超えた変化」に向かうための実践取り組んでみて頂ければ^^。



円滑な人間関係について / みどり 引用
No.888 2014/05/22(Thu) 13:01:27

しまのさん、はじめまして。3〜4年程ハイブリッド心理学を参考にさせてもらっています。
21歳、女性です。

私は高校卒業後からニートだったのですが、先日からアルバイトを始めました。
デザイン系、2〜3人の少数で仕事をしています(私はその補助です)。環境としては、穏やかな人が多く、ルールもはっきりしているので、健康的な職場だと思います。
そういう職場で、円滑な人間関係を築く方法が知りたいです。
仕事のやりとりがスムーズになるような言葉遣い、声の出し方、ボディランゲージ、親交の必要性、、など。
内面は不安がおおかた占めています。

今まで積極的に人間関係を築いてこなかったので、些細な場面でどう行動すればいいのかわかりません。(分からないことを聞く時の声のかけ方など)よく協調性がないと指摘されます(_ _;)

質問の範囲が広いようでしたらご指摘ください。
それでは、よろしくお願いします。


 
広い視野から「人間関係」にアプローチ^^ / しまの 引用
No.898 2014/05/31(Sat) 09:23:33

広い視野からのポイント^^

>質問の範囲が広いようでしたらご指摘ください。

まあ広ければ広いなりに、広い視野からポイントというのが出てきますね^^。
それで言いますと、一言で、

特定の集団での人間関係を良くしとうとするに当たっては、その特定の集団での人間関係を良くすることだけにとらわれずに、自分の人生の生き方の全てにおいて建設的な対処法を学ぶことを優先させ、その上でその特定集団での人間関係について検討するのが良い。
言えるかと。

まあこれもまた答えを聞く方範囲が広すぎると感じるかも知れませんが、それでもまさにそこにポイントがあるというになると思います。
つまり、とらわれて意識を狭くしないことが重要、ということですね。
とわられて意識を狭くすると、「うまく行かないのでは」という不安心の前面に出てきて、行動もこわばり、実際うまく行動できなくなってくる。で

>協調性がないと指摘されます(_ _;)
ということにもなるかも知れません。

ですので、ハイブリッド心理学からは、まずは「その集団での良い人間関係」にとらわれず「人生の生き方の全ての場面で建設的な対処法を学ぶ」というものから、まず意識して頂く、ということになります。


具体的場面での「建設的行動法」を幅広く学ぶ

とっつき方としては、「取り組み実践」というのは誰の場合も、
・日常的な読書で心の懐を増やす
・具体的場面での検討

2頭立て進めるのが良いというになりますが、

日常的な読書としては、
建設的行動法構成の把握「学びの主要テーマ」など)
・その具体的事例をなるべく沢山
 『実践編上巻』
 この読者広場(と言われても多すぎですね・・^^;)
  例えば 『悪口の回避について』 seroriさん No.583 2013/07/20 のトピック
 みたいに役に立ちそうなの結構ありますので、今後『事例集』として分類整理します。ちょっとまだご不便ご了承^^ゞ

そして具体的場面での検討としては、
まさに

>些細な場面でどう行動すればいいのかわかりません。
という「些細な場面」一つ一つについて、上記建設的行動法としてこうするといい、というのを学ぶというのを、日々積み重ねていくものになります。
そこで言えるのは、そうした「些細な場面」一つ一つについて、我々得てして勘違いなものを教えられて育ってくる面があります。「丁寧な論理的思考」で、一つ一つ検討し直していくことが大切です。
幅広く長い話になると思いますが、まずはそうした広い視点を持つことから始めて頂き、「些細な場面」一つ一つについてはまた何でも質問入れて頂ければアドバイス可能ですので^^。

>仕事のやりとりがスムーズになるような言葉遣い、声の出し方、ボディランゲージ、親交の必要性、、など。

については、そうした「建設的行動法」に応じて、ごく自然にできればいい、ということになると思います。まあそこで「ごく自然に」というのが一番難しい最初は感じるかと思いますが、「建設的行動法」学ぶのがその中自分なりのもの模索することで自然に見つかっていく、という道のり感でまず考えて頂くと良いかと思います^^。

そんな感じで、まずは「些細な場面」一つ一つ検討からになると思います^^。



本心を知って現実に向かいたいです。 / 今野 引用
No.884 2014/05/15(Thu) 03:12:58

はじめまして、相談よろしくお願いします。

私は創作をしています。
漫画、小説、イラスト……わかりやすく言うとオタクです。(オリジナルの作品を作っています)
その、考えている、創っている途中の作品を完成させたいのですが、だいたいにおいて途中で投げ出してしまいます。

なぜなのか、ずっと考えて、どうにかならないかとあれこれ本を読み、感情を見据えようとしたり、自分に声をかけたりしていました。
けれどけっきょく、投げ出した作品に取り掛かることも情熱も取り戻すことは出来ませんでした。

そもそも私は報復のために作品を作っていました。
物忘れがひどく激しいのに加えて、子供の頃のことをあまり覚えていないのですが、思い出せる限りそう強く思ったことをおぼえています。
ただ、純粋にこんな面白い作品を自分でも書きたいと思って寝る間も惜しんで拙いものを書いていたこともあったんですが……なぜこうなったのかは思い出せません。

本当に創作が好きではないのかと聞かれれば、そんなことはないと言える程度には楽しんでいる自分もいる、とはいえ、こんな自分が創作好きと言っていいものなのかという想いもあります。
創作するのに資格も許しも要らないわけですけど……どうしても反射的にそう思います。
誇りや信念はあるんですが、それがまたまんまと自分を苦しめています。

私は、成功して自分をバカにした人間を見返してやろう!とか、この作品で真理を語り愚か者を攻撃、あわよくば目覚めさせてやろう!とか、その程度のクオリティの作品、私が真正面から叩き潰してやる!とか、そんな憎悪と軽蔑、優越感でものを作ってきていたのです。

気付いたいまとなってはあまりにも他者の存在に依存的で、本心のない生産行為だったなあと……
それで、他人からの評価に努力をつぎ込んで燃え尽きて、もう他人のために指一本動かしたくないとなったのが一つ。
そして優越感や攻撃性を端にした一時的な興奮で作っていたものに、批判される恐怖と批判的な自分が反射してきた完璧主義の自己批判で、「こんな面白くないもの書いて何になる」と途中で投げ出してしまうことが一つ。
(他人の作品のあら捜しをして貶す自称目利きどもを黙らせる作品を作ってやる!と怒りに任せて過去に選択してしまったらしいんですが、どうも詳しく思い出せない……)

そして、いざ作品を作り上げても自分の努力や成果を全く受け止められず、達成感や自信にフィードバックされないことが一つ。

自分を褒められないせいで私は何も書けていない、できていない、と思い込み、筆の早い人や多作の作者に尊敬と同時に激しい劣等感と嫉妬を覚えています。
これは、私は努力のできない継続性のない人間だ、と思い込んでしまったせいなのでは思っています。

あと、私の人格の問題点は、こちらでお書きになられている基本的不信の離反症状そのままです。とても自分のことを書いていると思いました。
基本的不信、というのはずっと感じていたのですが、それをどうすればいいのかよくわかりませんでした。
そしてイメージの中にいたままでは進めない、と書かれていたのを読み、なるほどと思いました。たしかに私は、問題探しばかりをしていたと思います。

けれど、建設的行動に出たとしても、気持ちは戻ってきませんでした。
この場合は、自分の満足のために作品を書き直すための草案を作り直すなど……、と解釈しています。

ノートを開く気にもなれず日がな別のことをしてしまう、開いてはみたものの何も浮かんでこない、無理に考えようとするとひどい抵抗感と疲労感で倒れてしまう……そしてどうしてこんなにだめなんだと自責が始まる。

それこそ、過去の傷や痛み、怨念を引きずっているせいではないか。
頑張ったのに報われない、評価されない、意味がない……あたりかと。
そう思い、最近はできるだけほとばしる思考を沈め、五感を感じてみたり、胸のわだかまりから湧き上がる感情を手招きしてみたりしているのですが、全く自分の本心が見えません。
そして、過去の感情もちっとも感じられません。いま自分が感じていることもわからず、自意識なのか感情なのかの区別もつかず困ってしまいます。

創作をすること自体も、あまりに評価されること、有能さをひけらかすことにばかり重きをおいてきたせいか、自分が本当はなにが描きたいのか、なにが好きなのかも無視して忘れてしまっているようなありさまで、いませめても心動かされるものを再び感じ取るように心がけ始めたところです。
さいわい少しは描いていて楽しい絵があるのでそれをぼちぼち描いたり、漫画を読んだりしています……

しかし、小説の方は本を読むことすら抵抗がひどく、元は活字の虫であったのに、よっぽど本心から好きなものでない限り読めなくなってしまいました。
これは、私がもう無理だ!!とキレてしまった原因が、小説の書き直しだったからだと思います。
そして、話は思いつくのに、どれもこれも退屈で、すぐに諦めるようになってしまいました。
漫画も小説も絵も、作業は楽しくもありますがとても辛く、今の自分の人格状態ではとても耐えられません。

私はただ、もう苦しまずに創作ができるようになりたいです。
そのために、本心と感情を理性につなげるようになって、建設的な行動に迎えるようになりたいです。
どうすればそうなれるのか、ぜひアドバイスをお願い致します。


 
島野の「創作」論・「本質」「技術」「職業化」^^ / しまの 引用
No.886 2014/05/21(Wed) 14:40:26

ちょっとお待たせしました^^。
「創作とは何ぞや」というちょっと大上段テーマでの、島野の「創作論」など展開してみた次第^^。


「建設的行動」と「創作」

これはまず一言でいうと、一般的「建設的」という話ではなく
・創作活動の技術
というかなり特定テーマになってくると思います。

まず話の始めに、ざっと拝見しての印象を書いてみますと、「すでに答えが出せている感じですね^^」というもの。
つまり今まで
>そもそも私は報復のために作品を作っていました。

と、その結果
>気付いたいまとなってはあまりにも他者の存在に依存的で、本心のない生産行為だったなあと……
>そして、いざ作品を作り上げても自分の努力や成果を全く受け止められず、達成感や自信にフィードバックされないことが一つ。
ということであれば、
そうした要素抜きにして、純粋に自分自身で自らの創作に価値を感じることができる部分において、これからの進め方進み方を考えればいい
これがまず結論序段になりますね。

ところががそれから、
>けれど、建設的行動に出たとしても、気持ちは戻ってきませんでした。この場合は、自分の満足のために作品を書き直すための草案を作り直すなど……、と解釈しています。
>私はただ、もう苦しまずに創作ができるようになりたいです。そのために、本心と感情を理性につなげるようになって、建設的な行動に迎えるようになりたいです。
と、「建設的行動」「本心」といった言葉が出るにつれ、あれっと話がおかしな方向に流れているご様子^^;

もちろん外面において「建設的行動」徹すること、そして内面において「本心」向き合うことは、上述のような過去の振り返り踏まえて、これからの人生の生き方と行動法の基本的方向性と枠組みとするのが良いものになります。

一方、そこで「創作ができるように」というになると、がもう一般的な建設的行動法の問題ではなく、「創作活動」についての技術的ノウハウといった特定テーマになってくる。
一般に、ノウハウを欠いた行動をいくら「これが建設的」だと自分に強いたところで、それはうまく行くものではなく「建設的」見えて実は「破壊的」にさえなりかねません。
「ノウハウを仕入れることの重要性」というですね。これ自体「建設」という行動モード基本です。「建設」にはかならず「技術」が伴います。それがないと、精神論という誤りの方向性になってくる。


「創作の法則」

ということで、ここから「創作活動のノウハウ」「創作活動の技術」という各論、特定テーマになります。
また「職業としての創作はどう可能か」といったでもあるでしょう。
そこで手前味噌ながら、ハイブリッド心理学の執筆多少は「創作」であるという僕自身の経験を踏まえた個人的意見など展開してみると、ざっと以下のような感じ。

それを『概説』での「成熟の法則」といった呼び方にならい(話の内容的には関係なし^^ゞ)「創作の法則」言えるかと。
3つについて言うものになります。「本質」「技術」「職業化」について、答えを言うもの。

創作の法則

1.「創作の本質」 ・・・ 真の「創作」は、「技術」によってではなく、「遊び」によって生み出されるものである。

2.
「創作の技術」 ・・・ 創作ではない定型的なものに「創作」の衣をかぶせるものとして、「創作の技術」がある。
  また、
自分から創作を最大限に引き出すための意識法や作業手順などとしても、「創作の技術」があり得る。

3.
「創作の職業化」 ・・・ 上記2つの法則を踏まえ言えるのは、「創作の職業化」は、「創作の本質」においては本来不可能なものであり、「創作の技術」においてあり得る。ただし実際それが「職業」として成立するかどうかは、自分の努力でどうなるものでもなく、社会の需要とどうマッチするかによる。


職業進路としての創作の考え方

ご質問相談照らし合わせどういうこと手短に説明しますと、

まず言えるのは、「創作」というのは本来

>私はただ、もう苦しまずに創作ができるようになりたいです。
と、「できるようになりたい」と考えてできるものではない、ということです。「創作」なんてのは、できないのが基本^^;
今回の相談が、「創作ができるための方法」聞きたいという主旨になると思いますが、「そんなものはない」というのが答えだということです^^;
「方法」「やり方」分かってできるとは、「創作」ではなく「定型」もしくは「定常」の生産物だということです。
そうではなく、今までのものにはないものがあって、「創作」と言う。ならばそれが生まれるのは、「方法」「やり方」習得の中でそして先にではなく、「こうやれば」「こうやらねば」という「意識」とっぱらわれた「遊び」においてなんですね。

一方、一度「遊び」の中で生まれた自分の創作の、特徴的価値を把握し、それを「技術化」することはできます。音楽絵画などの芸術分野は、そうした「技術」かなりの幅広さ奥深さがあり、だから「職業」としてかなり成り立っていると言えるかと。
「技術」としての内実があり、社会的需要ともマッチしているから、ということになるでしょう。

一方ご相談の、

>漫画、小説、イラスト……わかりやすく言うとオタクです。(オリジナルの作品を作っています)

との「漫画」「小説」「イラスト」といった分野での「創作」は、「技術」としてはあまり際立つものはなく、いかに人に受けるかという不確定要素が大きくなると感じます。ま文章うまさという多少あるとして。
ですので、そうした分野でまず職業とすることができるためには、
・若くして鮮明なオリジナリティを生み出し社会的反響を得ることに成功した上で、それを多少とも「技術化」することができた場合
という、かなりレアケース限定されると思います。まず言って、なりたいと思ってなる職業ではない^^;
まあ「イラスト」については「創作」というより純粋な「技術」として扱えば、ウェブデザイナーなどの職業ありえるとして。(これは僕の知る限りもう創作というより力仕事に近くなるような・・)

ということで、「漫画」「小説」「イラスト」分野での「創作」については、まず僕の個人的意見としては、
・若くして成功し社会に持ち上げられる形で職業化するという経緯がなければ、基本は余暇の趣味として続けるのが良い。
というものになります。

そして趣味的に続ける中で、「創作の技術化」にも取り組み人生全体の流れとして「社会での仕事」についてはおおよそ自分にできることが見えてくるという40代50代頃に、残りの人生趣味的に行ってきたものに思い切って身を転じる、という転機向き合うこともあり得る、というものになります。
何かで「賞」を取れるようなことがあれば、もっと早めに検討することもアリとして。この場合も、結局まずは自分で選べるものではなく社会にどう受けるか受け身にしかなり得ない。
こうした人生の流れとしてのは、先日、芸人を目指しておられたmasaさんへのアドバイス同じものでしたので、一読されると参考になるかと。
『進路相談』 masaさん No.871 2014/05/01のトピック


創作の技術化

ということで、まとめると、
・まずは「創作」というのは、やろうと思って早々にできるようなものではないことを受け入れた上で、今まで自分が作ったものについて、まずは人にどう受けるか以前に、純粋に自分自身で自分の創作に価値を感じるのはどんな要素部分かの把握をする。
のがよろしい、ということになるでしょう。

まずはその結果次第ですね。どう進めるかは。
そこで「純粋に自分自身で自分の創作に価値を感じる要素部分」あるのであれば、それについて、多少定型的定常的に、多少バリエーションを変えたものを「創作」の衣をかぶせ作っていく「技術化」取り組みが、検討可能になります。

まずはそこまで話のメインになると思います。「創作」というのは、「建設的行動法」として自分に枠づけできるようなものではないこと、そしてまずは純粋に自分自身で自分のものに価値を感じれる部分どんなところかに、じっくり向き合う
そしてもし価値を感じられるものありそうであれば、そのさまざまなバリエーション自分から引き出すための、引き出しの豊富に持つようにしていくことですね。

それが「創作の技術化」部分になります。
引き出しそのものではなく、その創作引き出しの中というのは、もう「技術」ではどうにもならず、神様に任せるしかないようなもの(比喩表現です^^)になります。自分でできるのは、「自分」を超えて湧いてくる、たとえば言葉メロディ引き出すための、最初の導火線まず作ってあげることです。

そうした技術化できてくると、実際自分にどれだけの「創作」生産性があるのかも、見えてくるでしょう。
これはどんなに高めようとしても、「創作」そのものの話になり自分ではどうにもならないものになると思います。それに合わせるしかない。自分の尻を叩いたところで、創作は湧いてきません。鍵となる導火線用意するためにも時間必要だろうし、それを用意して「創作」本体火がつくのは、もう自分ではあまり努力してどうこうなるものでもなし、「待つ」という姿勢かなり重要になる部分出てくると思います。
先日ブログ5/17『概説』の続きについて「漬け込む時間」なんて表現をしているのもその一例^^。

そうして「技術化」までできると、自分人生生み出せる「創作」というものの全体像、それがどう金にできるものか否かといったことも含めて、おぼろげに見えてくる、という流れになるかと^^。
ちなみに僕の場合は金にはならないでオーケーという形でそれが見えてきた今日この頃^^。

いずれにせよ、まずは純粋な自分の楽しみ趣味として、上述一連の流れ追って取り組んでみるといいのでは、というアドバイスになります^^。


 
Re: 本心を知って現実に向かいたいです。 / 今野 引用
No.887 2014/05/21(Wed) 22:31:03

返信ありがとうございます。
お待ちしてました。うれしいです。

しかし、申し訳ないことをしました。
とても考えてアドバイスくださったのに、私の書き方が悪かったり、私自身、意識の上の方の問題に囚われて、問題の認識を取り違えていたようで、誤解させてしまったというか……

島野さんの言葉はその通りだと思います。
だけど、それはもうすでに自分で一応「頭では」わかってるんです。
創作は楽しみから、遊びから生まれる。技術化についても、すでに取り組んでいます。
「自分が楽しめる小さならくがき」「いままでやりたいと思っていたけど、必要ないと思っていた小さなおもちゃ作り」「他人の作品を見ることによって得られる感動」「感動した時に、自分は何が好きでこんなに感動したのかという自己分析」などです。
(これは建設的行動に含まれると思うんですがどうでしょうか?違うのかな)

さらに言うと、これらに取り組んではいるものの成果があんまり見えません。好きなものの自覚がいくつか出てきてはいるので結果を早く求めすぎなだけかもしれませんが……
ちなみにそれらをやっていて生まれるのは「焦り」「不安」です。

私は創作を仕事にするかしないかは特に問題視していないんです。
それは書き込む前にmasaさんの書き込みとそれに対する返信をみて、「問題の取り違え」をしないように考えた結果でした。むしろ取り違えてた感満載ですけど。
仕事にするにしろ、余暇の趣味にするにしろ、私は物を描き続けます。何度もやめようと思いましたが、それこそ創作はやめたり続けたりといったものではないからだと思います。描きたくなったらどーあったって描いちゃいます。
その程度には自分が創作が好きなんだって自覚はここ数年でやっと出てきました。

しかし、このままだとどのみちほとんどの頭の中にある作品を描き上げることができない、ということが問題だと思っています。
私は形にしたいのです。それはいまのところ「すべき」も含まれてはいますが、それだけではなく。
頭の中でしかいなかったキャラクターが紙面上を駆け抜けていく感動は本当になにものにも代えがたく、これは数少ない「一応は完結した」作品を書いているさなか、一度だけ味わった、忘れないようにしている感動です。(鮮明に思い出すことができなくてとても悲しいのですが)好きだからこそ、形にしたいのです。
さらに言うと、その完結した作品は「完成してはいません」……途中まで楽しく作画してたんですがあまりの作業量の多さに嫌になり投げ出しました。作業ファイルを開いてもまったく情熱が戻ってきません。ほんの少し進めることができても、手応えがありません。

私は私の作品が好きです。ナルシシズムも多分に含まれていますが、それでも自分の努力や能力の反映、自分自身の反映、長年頭の中で想像を膨らませ物語を紡いできた愛着、好み、それらを含めて自分の作品が好きです。

けれど、それを形にしたとき、冷淡な態度しか取れないんです……
手応えも、達成感もない。仮にそのときあったとしても、忘れてしまって思い出せない。
そしてそれは、自分の中にある悪感情のせいだというのもわかってきたんです。
それは書き込ませていただいた、報復による生産活動の虚しさとか、そういうことだと思うんですが。
そもそも純粋な楽しみや趣味としてなにもできないのは、「私は下手(無能)ではいけない」からです。

……って書いててふと気付いたんですけど、これって鏡に映った自分に見とれる心理なのかもしれませんね。
私は『有能さ』の業を背負っています。自分の作った作品に、他人からの評価を持ち込んで見ては自己陶酔に浸っているんじゃないかと思います。
これじゃいくら他人のために書かないと思ってもダメなんじゃないかなあって。
自分の自分による自分のための視点、っていうのを取り戻せればいいんでしょうが……

そして前置きが長くなったんですけど、
創作ができるかどうかが問題ではなく、この有能さの業からどうやって抜け出すか?こそが本当の問題点なのだと思います。
なぜなら、傲慢さとっぱらうことができれば創作に向かった時に現れる悪感情を解消、そもそも出てこないと思うのです。
頭の中で階層として考えると、
創作について>有能でなければ価値のない自分>傲慢さ>基本的不信って感じでしょうか?

で。

私はつまり、「有能でなければ価値のない自分」というのに起因する悪感情にそもそも苦しんでいるのですが、頭ではすでにそんなことはないとわかっています、一応……。破壊的行為(嫉妬から他人に攻撃したり悪口を言ったり)もほとんどしてないつもりです。

悪感情を生む大元の記憶、傷つきや悲しみ、流せない感情の解きほぐしをしたいんです。
でも、私は自分の本心を探るのがどうもとても苦手です。
なかなか思い出せないし、あまり感じられない……。
ひとりでできるエンプティチェアメソッドとかもやってみたんですがダメでした。
ちょっとだけうまくいったことがあって、親に対する文句を言いながら涙を流したら「大卒」への嫉妬が随分楽になったんですけど……

基本的に自分の思考にも感情にも集中できないというか、なにかに邪魔されている気がします。考えていられなくて、すぐに別のところに考えが流れてしまう。
それでも徐々にいろんなことに気がついてここまで回復しましたが、まだなにか「すりガラスの向こうに重苦しいものが眠っています」。
ずっとひとりで悩んでたんですが、自分での気づきに限界を感じ、こちらに書き込ませてもらいました。
具体的なコツや、導きを得られないかと思って。

やっぱりこういうのって嫌な思い出とか来歴ごと相談するほうがいいんでしょうか?
あ、でも「有能でいなければ」、というのはだいたい父親のせいというか
父親との競争に負けたせいなんだろうなあっては思っています。
私は父にじわじわと馬鹿にされ続けてきたので。
子供の頃の自分は、それをひどく傷ついたと受け止めたんでしょうね。
(いまちょっと悲しさが浮かびました。うれしい)

あんまりだらだらと書いてしまうのもご迷惑かもと思うので、
いちどこれで相談させてください。
よろしくお願いします。


 
創作技術とハイブリッド心理学取り組み^^ / しまの 引用
No.896 2014/05/30(Fri) 12:23:27

う〜んこれはやはり、
1)「創作」なんてもともとそう簡単にできるもんじゃないという素朴な話^^;
と、
2)心の成長一般の話

という2つ視点からになるのではと思います^^。

まず1)については、
「技術化」引き続き取り組みとして、自分で好きなのはどんなところかを把握するのとに、完成できない、形にしたとき自分で冷淡な態度というのは、どんな要素部分においてどう感じるということかを分析する。
「創作要素語」しっかり分析することが大切です。「言葉がうまくアレンジできない」といことか、「ストーリーが尻切れ」ということか。等々

一方、

>創作ができるかどうかが問題ではなく、この有能さの業からどうやって抜け出すか?こそが本当の問題点なのだと思います。なぜなら、傲慢さとっぱらうことができれば創作に向かった時に現れる悪感情を解消、そもそも出てこないと思うのです。

については、ちょっと詳しい状況が良く分からないです^^;
「傲慢さをとっぱらう」について言えば、ハイブリッド心理学からは、
『概説 - 3.取り組み実践 / 「取り組み実践」の3ステップ』
での
2.具体的場面での応用の「学び」
記したように、
 −日常生活、仕事場面、人生の進路選択
 −交友、恋愛、家族などの対人関係
 −心の病の傾向への対処

というように、生活そのもの、人生そのもの、そこでの対人行動や進路選択、仕事場面といった具体的材料ベース取り組むものになります。これはもう創作とは別の「現実場面」でないと取り組めないものになると思います。
そこで「傲慢」の克服というであれば、一言でいえば、
「傲慢さを取り去る」のではなく、それを超える建設的な思考法行動法と価値観を築く
という取り組みになります。
それによって自ずと、「傲慢」心の根底から去っていく、と。
長い取り組みであり、大よそ『概説』詳しく『取り組み実践詳説』説明しているものになります。

ともかくは、
・創作についてはあくまで詳しい具体的創作要素ベースでどんな悪感情妨げが起きているかの分析
・創作以外の生活と人生の場面について、これも具体的場面ベースで建設的行動法と価値観への取り組み

という2つのアプローチがあると理解頂くと良いかと。その2つ合流した時、創作への妨げ取り去られるかも知れない。
ただ創作というのは元々とても難しいものですので、何か妨げを取り去ればできるようになるというようなものではないかも知れず、あくまで
・創作の作り込み過程そのものへの取り組み
・長い人生での成長が、いつかまた創作を豊かにする

という2面への目持つのが良いかと思います。

ちょっと「ハイブリッド心理学で創作への妨げを除去」という感じのアドバイスにならない点もの足りないかも知れませんが、
・創作についてはあくまで創作技術検討
・ハイブリッド心理学については他と変わりない「取り組み実践」の手順検討

という形で、ハイブリッド心理学についてさらに関心持てそうか検討頂くと良いかと思います^^。




<新規トピック> または <選択記事へのレス> 入力フォーム   ↑TOP
Name  Mail  URL
Subject
Color

Cookie / Pass


<投稿済み記事の編集・削除>
200/200件 [ ページ : << 1 ... 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 ... 40 >> ]

- HOME - お知らせ(3/8) - 記事検索 - 携帯用URL - フィード - ヘルプ - 環境設定 -

Rocket Board Type-X (Free) Rocket BBS