しまのたかしハイブリッド人生心理学 島野隆ブログand掲示板
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●島野の著作そしてハイブリッド心理学に関する感想・質問・ご意見など投稿して頂けます^^。
●心の悩みのご相談
については、ハイブリッド心理学「取り組み実践」を進めるためのポイントヒントなどを、ここではごく簡潔アドバイスいたします。
*より詳しくアドバイスするとどのようなものになるのかは、
 
メール相談事例集実践編書籍など読んで頂くと参考になるかと思います^^。
返答入れて頂いた順に返していきます。日数がかかることもありますので、ごゆっくりお待ち下さい^^。


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(No Subject) / ルベド 引用
No.921 2014/06/26(Thu) 13:25:28

お久しぶりです。ルベドといいます。統合失調症でひきこもりです。三十代です。二十代で統合失調症になりました。高校を卒業してから仕事もバイトもしたことがないです。薬物療法とカウンセリングを受けていますが、効果ないです。建設的な行動は散歩と腹式呼吸などと喫茶店へ行って、20分くらい居ることです。でも、全然良くなりません。怖いです。望みに向かうといっても、やりたいことがないです。依存性と受動性が強いです。エネルギーがでません。毎日が不安です。どんずまりです。どうしたらいいんでしょうか?


 
「自分自身への論理的思考」で始める取り組み実践^^ / しまの 引用
No.927 2014/06/29(Sun) 11:42:11

これはまず一言こういえるかと。

まずは身近なことから、一つ一つ「必要なこと」を片付けていく。その小さな一つ一つの積み重ねの先に、大きな不安の解消もある。
と。

身近なこととは、朝起きてから夜寝るまでの、食事、歯磨き顔洗い、洗濯、風呂、掃除、寝床の用意。これらをまず自分でスムーズにできること。
これだけでも我々にとって沢山「学び」「実践」が出てくるわけです。そこにおいて、何か惑い不安出てくるならば、複雑難解な心理分析など必要ではなく、その具体的場面において自分の思考と感情のどこに問題課題があるのか、その具体的材料見えてくると思います。
そしたらそれについて、ハイブリッド心理学「感情と行動の分離」の、外面内面への2面取り組みじっくり進めることができます。

もしそうした日常事には問題ないということであれば、
>効果ないです。
>全然良くなりません
というのが、何がどう問題かというのを、具体的場面ごとの問題として、材料として考える必要があります。ただ感情が悪いというだけでは取り組み材料にできず、具体的場面ごとでの取り組みになります。ですのでまずは日常事から確認するのが良い進め方です。

そこでまず最初に何よりも重要なのは、感情に流されることのない、また感情に頼って考えるのではない、「小学校で習う科学のような、現実において間違いなく確かなこと」の、「しっかりとした論理的つながり」で考える思考というものを、使えるようになることですね。
これを「自分自身への論理的思考」などと呼んでいます。
詳しくは、
『概説 - 5.歩みの道のり (1)5つの「成長の段階」』 ・前進を成すための2つの心の基盤
『取り組み実践詳説』3章 心の成長のスタートラインに立つ
あたりで説明しています^^。

そうしてまず「自分自身への論理的思考」という一番最初の心の基盤確認しながら、上述のようにまず身近なことから「必要なこと」一つ一つ「これはこうすればいい」と片付けていく。その中何か心の惑いや動揺があれば、それを材料「感情と行動の分離」による外面内面本格的2面取り組みへ。

まずはそんな進め方検討してみるのがお勧めになります。
その途上で何か不明点、そして惑い動揺材料など具体的に見えたら、また質問相談頂ければ細かいアドバイスもできるかと思いますので^^。



(No Subject) / りょうたろう 引用
No.914 2014/06/18(Wed) 22:57:40

お久しぶりです。

私はハイブリッド心理学に出会ってから、内面の分析をし建設的な行動法を模索し、自分なりに何とか前に進もうともがいてきました。でも、そういったこと全ては、自己否定感情という「行き止まり」に気付くためのものでしかなかったのかもしれないと今は思います。

ある朝のことです。目を覚ますと、今まで自意識に占領されていたのが嘘のように頭の中が静かになっていました。あれほど悩まされていた頭痛と吐き気も無くなっていたのです。その前日に激しい煩悶でのたうち回ったせいかもしれません。
とにかく、これさえなければと散々思ってきたものがさっぱりと抜け落ちていました。そして・・・全く予想外のことでした。妙に静かな頭に浮かんだのは、「自殺しよう」という明確な意思だったのです。苦しいから死んでしまいたいというのとは違う、積極的に死のうとする意識です。
それが数週間前のことでした。


結局のところ私は、自意識で自分を無理やり立たせて生きてきただけなのかもしれません。物心ついた時から今までずっと。
「どうやって死のうか」「首吊りが楽そうだな」とあれこれ考える時、やっと素直になれたという気さえするのです。今までの前に進もうとする努力の方こそ不自然で窮屈なものだったと。


先日、久しぶりに街へ出かけました。人ごみの中を歩いていると、自分でも訳の分からない自己否定感情に襲われました。歪な出来損ないのくせに何食わぬ顔で買い物なんてしている自分、というような。たまらずトイレの個室に駆け込んでうずくまってしまいました。他人に見られることはもちろん恐ろしいですが、何より自分自身でそのことに耐えられそうにありませんでした。

この自己操縦心性が心の成長を妨げているとか、行動法をもっと習熟する必要があるとか、そんなことを今までは考えてきました。でも、もうそんなの有っても無くても一緒じゃないかと感じます。本当の問題は文字通り、生きるか死ぬかというところにありました。
これほどの自己否定感情を抱えながらも私は今まで生きてこられました。それが自意識のおかげだったのは確かです。自分自身を監視できる能力というのは、小中学校のような「他人の目」の世界ではまさに無敵の力のようでした。
そして今、もはやそれでは前に進めなくなった自分がいます。就職活動が現実のものとして見え始めてきたことが、心の変化の最も直接的な要因でしょう。そのことについて考えるとき、「もういいや、もう無理だ」とあっさり人生を終わらせたくなるのです。まさにメッキが剥がれるように、自分からは望むことができない姿があらわになってきます。

本当に何もかもが無意味になるような自己否定感情についに気づいてしまいました。本当に、人生に対して全く何も期待していない自分がいます。

根源的自己否定感情の成り立ちを直接思い出すことはできません。ただ今現在感じとれる不安や恐怖を極めて抽象的に表すとしたら、次のようになります。自分がこの世界に対して投げかける全てのこと(興味を持ったり、試行錯誤したり、楽しんだり)は拒絶される。というより、無視される。あるいは夢で見た感傷的すぎるイメージですが、次のようにも言えます。自分がこの世に生まれてきた時、誰も自分のことを見ていなかった、と。



自殺を決意するほどに悩みぬいた人が、悟りを開くように人生の意味を知る、といった体験談をたくさん目にしました。ハイブリッド心理学でも「心の死と再生」として説いていますね。
ただ、運なのだろうと思います。いろいろ思い通りにならないながらも健康な心で生きていく人もいれば、病んだ心からスタートしてやがて幸せに向かう人もいるでしょう。でも、やっぱり生きることが苦しすぎて死を選んだ人もいます。
それが理不尽だとはあまり思いません。私だってこの自分でこれから何年も生きていくなんてまっぴらだとしか思えないのですから。

通販で注文したロープが今日届きました。これからどうなるかは分かりません。
今もこうやって生きているのは「未知」がもしかしたら自分にもやってくるんじゃないかという期待からでしょうか。でも同時に、その期待さえも裏切られるんじゃないかという恐怖もあります。その時は今度こそ死を選ぶかもしれません。

今は怒りも悲しみも特にありません。ただ自殺という選択肢があることに少し安心しています。
こんなとき島野さんなら何と言うのだろう、と思い投稿させていただきました。もうアドバイスと言えるのかどうかわかりませんが、・・・よろしくお願いいたします。


 
Re: / りょうたろう 引用
No.916 2014/06/22(Sun) 21:39:47

返信を今か今かと待ち続けています。
せめて、いつごろ頂けるか教えて下さいませんでしょうか?


 
Re: / しまの 引用
No.917 2014/06/22(Sun) 22:43:14

できるだけ執筆の方を優先させて頂いている今日この頃です。次の日曜までには入れるように致しますのでお待ち頂ければm(_ _)m


 
Re: / りょうたろう 引用
No.923 2014/06/27(Fri) 11:58:46

私への返信が後回しになっているのは、まだ時間がかかるという事なのでしょうか?


 
Re: / しまの 引用
No.924 2014/06/27(Fri) 12:43:40

後回しではなく、入れて頂いた順返答返しています(上の注釈欄参照^^)
次になります。現在鋭意編集中p(^^)q

もとい、再確認したら入り乱れて順番一個間違ってたかもですね^^ゞ 申し訳ないm(_ _)m
内容的にも沢山になりますので時間かけていることもあり。 あとちょっと^^。


 
「心の死と再生」の理解と向き合い^^ / しまの 引用
No.926 2014/06/28(Sat) 14:14:10

お待たせしまして^^ゞ

>自殺を決意するほどに悩みぬいた人が、悟りを開くように人生の意味を知る、といった体験談をたくさん目にしました。ハイブリッド心理学でも「心の死と再生」として説いていますね。ただ、運なのだろうと思います。いろいろ思い通りにならないながらも健康な心で生きていく人もいれば、病んだ心からスタートしてやがて幸せに向かう人もいるでしょう。でも、やっぱり生きることが苦しすぎて死を選んだ人もいます。

「心の死と再生」について、この場を借りて僕自身の考察整理も記した上で、実践面でのアドバイスなど^^。


「心の死と再生」の理解

まず「心の死と再生」についてのハイブリッド心理学の考えは、一言では、
「心の死」「心の再生」への通り道になり得る。
・一方で、
「再生」がいかになされるかは、「心の死」どう起きるかではなく、本人の心がいかに「成長」に向かおうとしていたかの、「背景」に依存する。
というものになります。

「心の死と再生」というのは、もともと極めて難解心の仕組みと言えると思います。そうちょっやそっとの説明で語れるような代物ではないと。
そこでこの場を借りて僕自身の理解整理しておきますと、
注・そんな理論面には関心ないということであれば、ここは飛ばし「実践面のアドバイス」行って頂いて構いません^^。

まずそれは2種類の、かなり毛色の異なる心のメカニズム関係して起きるものです。(下記参考資料1)

a)「成熟」の一般メカニズム
「心」がその大元の「命」からはがれた薄っぺらいものであることにおいて、「心」自らに絶望する「心の死」が起き、「命」新たな「心」再生させるというメカニズム

b)「自己操縦心性の崩壊」のメカニズム
「現実の見下し」によって「空想」の中で自分を支えるという、思春期発動する病んだ心の仕組み「自己操縦心性」が、自らを攻撃し自己崩壊を起こすというメカニズム。これにより「自己操縦心性」に伴う「現実覚醒レベルの低下」といった症状治癒する。


「心の死と再生」が起きる条件

どちらも、意識表面上の表現「絶望感」であり、しばしば「自殺念慮」などを伴います。
ただし、我々人間に生じる「絶望」「自殺念慮」全部こうした「心の死と再生」になるものとして起きるのではなく、
・単にものごとがうまく行かず自暴自棄
・外面状況への絶望とだけの意識

というのは、この「心の死と再生」のメカニズムには乗っからない
また、「心の死」が起きても「再生」質量共に貧弱な程度にしか起きないケースもあります。これについては下記参考資料1で以下のように書いている次第。
-------
「崩壊」治癒メール相談途上においても起きることがあり、何もせずただやり過ごすようアドバイスして乗り越えてもらった後には、例外なく、以前より動揺度減少した、「足元がしっかりして」きたような心の状態への、後戻りのない向上治癒が見られます。
一方、「崩壊」治癒による感情変化質的内容が、自他への肯定的感情さらには「生きる喜び」感情といったプラス方向への開放的変化へと結実するかどうかは、かなり個人差があるのが見られました。
それは結局その人以前からの姿勢が、いかに「破壊」ではなく「建設」という行動のあり方、そして自分から愛することができるといった「成長」心底から望んでいるかによる、というのが結論として言えるようです。つまり心底から「破壊」ではなく「建設」を、そして「成長」望んでいながら、病んだ心による歪み内面の壁となって前進阻まれていた時、今までの病んだ心「崩壊」が起き、そこからその人は、プラス方向へと開放されていく感情足場に、より本格的「成長」「成熟」へと歩むようになるのです。
一方そうではなく、以前からの姿勢がなかなか「成長」へと向いていない場合は、「崩壊」による治癒動揺度減少のみとどまるようでした。
-------


また下記参考資料5でも、以下の文章から下で、その「個人差」について結構詳しい考察を書いています。(今は僕もちょっと読み返し省略^^;)
-------
一方、この「心性崩壊」が、先に触れた「建設的絶望体験」の人々と同じような、生きる姿の根本変化を生み出すかどうかには、多少人により違いがあることが、最近分ってきました。
-------


そこで結局「心の死」を経て「心の再生」に向かうとは、一言「背景」と言ったものとして何があった場合かと言うと、次のようなものが考えられます。
まず以下必須のもの。この全てが揃うこと条件であり、どれか一つでも欠けると、「心の死と再生」起きない

1)現実を受け入れて前に進もうとする姿勢
2)「望み」に向かう姿勢
3)失意と絶望の体験
4)自分の今までの心のあり方の誤りの自覚

ここで重要なのは、まず「心の死」というのは3)この体験基本カテゴリーとして、その中4)起きるのが「心の死」だということです。上述単にものごとがうまく行かない自暴自棄など「心の死と再生」ならない大きな理由がここにあります。

その4つがまず必須条件であり、ハイブリッド心理学でなくとも「心の死と再生」を見る人生哲学などは、必ずこの4つ踏まえて生まれていると思います。
一方、ハイブリッド心理学ならではの、「実践的」な要因3つあり、これは「再生」への促しをするものと言えると思います。ま家庭用衣料染料で言えば(洋服好きの僕の趣味からの喩え^^ゞ)上記4つ染料剤本体次の3つ促進剤という按配です。

5)「心の死と再生」への理解 (ここで書いていること下記参考資料など全て
6)「ただ流す」姿勢
 (「ただ実存を守れ」下記参考資料4など)
7)「新しい感覚の現われ」への意識姿勢
 (下記参考資料2


参考資料

1.『概説 - 4.心の成長変化 (4)「心の死と再生」という特別形』
2.『概説 - 5.歩みの道のり (2)真の前進へ』 ・「パラドックス前進」
3.ブログ2010-04-12『「絶望」の名手になれ』
4.『実践編上巻』 3章 自己の受容・未知への選択 「ただ実存を守れ」
5.『理論編下巻』 4章 「未知」への大きな前進−1 −「自己操縦心性の崩壊」という根本治癒−


実践面のアドバイス

以上がまずは

>ハイブリッド心理学でも「心の死と再生」として説いていますね。ただ、運なのだろうと思います。
に対して、「心の死と再生」についてじっくり理解するならそんな話になりますという^^。まあそれ言うかはどうかは、には考えがないです。そこには運の面もあるだろうし、そうではない、自ら生み出す面もある、と。

ですのでに、

>今は怒りも悲しみも特にありません。ただ自殺という選択肢があることに少し安心しています。こんなとき島野さんなら何と言うのだろう、
に対しては、僕から運ではない、ハイブリッド心理学「取り組み実践」として自ら生み出していく面としてはどうなるかポイントお伝えするものになります。運の面については僕には手が出せない^^;

で、一言でいうとこうなるかと。
「心の死と再生」を最後の心の砦(とりで)として、一貫した「取り組み実践」に向かう。


まずは「実存を守る」

まず実際のところ湧いてくる自殺念慮については、当然「ただ流す」「感情と行動の分離」内面側実践です。
自殺衝動強い場合には、僕から心持ちの姿勢としては
・「実存を守れ」

という言葉使っています。

これいついては上記参考資料4など。
また比較的最近読者広場ご相談関連した話をしていますので、一読されると良いかと。
『根源的自己否定感情、その他質問』 にーなさん No.609 2013/09/06
第2レス
『「最も大切な愛」という頂きへの裾野からの歩み^^』 しまの No.630 2013/09/27
の中の
「実存を守れ」
ですが、う〜んちょっとトピック全体が長いので抜粋しますと、
---------
その時本人には、自分の心に何が起きているか良く分からない、つまり実際は今まさに心の健康化が起きる瞬間ではあっても「意識」はただ「今駄目になった」としか感じない形で起きますので、そのように自分の心に起きていることと、自分の体という「実存」をもう別のものとして見て、体の方は守ることをしなさいという話をしているということです。

さらに言えば、「実存を守れ」とは、死んでいい、死ねばいい、ということでもあるんですね。「今の心」においては。すると新しい心が再生されます。「実存を守れ」とは、そうした心の仕組みにおいて、自分の「心」は死ぬとして、「体」と、「心」のさらに根底にあって心を再生させる何かという全体は守れ、ということでもあるわけです。実はこれこそ飛躍的に変化させる、最大の原動力だと僕は感じています。
---------

また以前のメール相談で、比較的似た状況つまり就職を迎える人生時期において自殺念慮を持つ若い男性へのアドバイスとして使った言葉など言えば、
・今取れる心持ちとしては結局こうなるだろうというものを言うならば、「当面は屍になったつもりで生きる」
というものです。
まずそこから、それでも自分の体が動くもの、自分にできるものを、ゼロベースで探していくことからになる、と。
実はそれこそ「再生」向かうためのベストの姿勢であることを、僕自身何度もその姿勢を通った体験から感じる次第です。

内面取り組み

そこから、「感情と行動の分離」姿勢に立った、内面および外面への2面の取り組み進めるのですが、
まず内面取り組みにおいては、
「自殺念慮」については、上に述べたように「実存を守る」「屍になったつもりで生きる」といった対処をしたならば、もはやそれは向き合いの対象になりません。それはあまりに末端症状でしかないからです。

むしろ、「自殺念慮」至るまでの自分の感情の流れを、
『概説 - 3.取り組み実践』 「学び」の主要テーマ
に出てくる具体的視点に照らし合わせ「自己分析」できることが重要になってきます。
特に
4.「愛」と「自尊心」のための価値観と行動法
5.悪感情への対処

などの視点重要になるでしょう。
そうして視点で、自分は何をどう感じて、感情はどう流れた、というのを自己把握していく。


外面取り組み

一方外面取り組みとしては、当面の問題、それは上記内面取り組み明瞭化する感情の流れを生み出した、当面の外面問題ということになるでしょうが、それについて、それらの感情いったん置いといてハイブリッド心理学の上記「学び」テーマの中の
3.行動学
などからはどんな行動法の選択肢があるかを、まずは把握することが必須になります。

「就職」であれば、ハイブリッド心理学からは「やる気」「協調性」なんて精神論姿勢論ではなく、「価値の生み出し」「原理原則行動法」といった具体的ノウハウの習得武器に、それに向かうというものになります。
これについてはとりあえず、よく紹介しているものですが、以下など一読頂くと良いでしょう。そこに、内面向き合い見える感情の流れはまることなく、自分の行くべき道の方向感じ取れるか。

『悪口の回避について』 seroriさん No.583 2013/07/20 のトピックの中での
『「仕事の普遍的スキル」 ちょー入門^^』 しまの No.586 2013/07/23

『はじめまして』 きてれつさん No.541 2013/02/10への第2レス
『仕事場面への向かい方など』 しまの No.547 2013/02/21
=========
「100円ショップの商品の品出し」であれば、・・(略)・・
=========



「未知」は生涯をかけて模索していく

「取り組み実践」としては、ざっとそんなところになりますね。
それによって、まず当面「自殺念慮」については、きれいさっぱり解消するような歩みは、ハイブリッド心理学では想定していません。
その根底に何があるのか、その真の克服はどこにあるのか。それを、生涯をかけて模索する歩みになる、と想定します。そうした道のりを、今掲載中『概説』でも書いています。

「未知」が訪れるのも、まずはずっと先のことだと考えるので正解でしょう。そもそも「未知」は、期待して向かうものではないし、ましては期待して裏切られないものとして得るものではありません。それではバリバリの「既知としての解決」を求めるというになってしまいますね。
一方「自殺念慮」解消は想定していないとは言っても、実際それが向き合いテーマにはならず、上述のようなもの取り組み対象であることへの理解納得ができてきた段階で、実際のところもうもうそれは問題になるものとして湧くことはなくなると思います。
そして全ての解決は、人生も後半になった頃になるかも知れません。それでも余りある幸福後半の人生得られるようになってくる。そうした「成長」歩み探求しているのが、ハイブリッド心理学になります。

まずはざっとそんなものとして、ハイブリッド心理学の「取り組み実践」取り組むことに興味を持てるかなど、検討してみて頂ければ、ということになりますね^^。
その取り組みにおいては、若いほど、
『概説 - 5.歩みの道のり』
で説明するような「心の基盤」について、自分ではどうかと、一つ一つ理解と納得を問う向き合い大切になることを、申し加えておきましょう^^。

取り組み実践の一つ一つについて、分からない点等あればまた何でもご質問頂ければ^^。



はじめまして… / 迷える子羊 引用
No.900 2014/06/10(Tue) 06:53:42

はじめまして投稿させていただきます。
まず、私のお話から…
かなり小さい頃から、自己の中心がしっかりと確立されていて悩む事もほとんどありませんでしたが
両親の離婚などがあり、自分では悩まないように自分で自分を誤魔化して生きていたような気が途中でしてきました。感情よりも理性で考えるようにしてきたと言うか。
そして、自分の感情を素直に受け取るように心掛けてからの方が生きづらいと感じています。
例えば、苦手な人が出てきた、などです。
今までは、見て見ないふりが出来ていましたが、
自分の本心を覗いてみるとすごく相手に嫌な感情を抱いている事に気づいていたり。
本当に些細な事なのですが、言葉遣いが汚い、空気を読まず出しゃばる、人の物を勝手に覗き込む…など、これらは全て同じ人です、他人ではなく家族です。
嫌いだと思っても縁は切れません…些細な事で嫌う私の心が狭いのか、もっと成長出来れば気にならない事なのか‥本心では一緒に過ごしたくありません。否定価値の放棄というものが、このような人に対して受け入れるという事なのか、まだ分かっていません。
アドバイスよろしくお願い申し上げます。


 
追加です / 迷える子羊 引用
No.907 2014/06/17(Tue) 09:35:09

*新規トピックとして No.902 2014/06/15(Sun) 12:54:42 で入れて頂いたものをこちらに移動しました^^。
by島野


私の主人は経営者で仕事としてキャバクラなどに行くことがあります。しかし、私にはどうも行く事の口実にしか思えず、お気に入りの女性がいるのではないか、私には飽きているので刺激を求めに行ってるのではないかと勘ぐってしまいます。いくら私が建設的に容姿を綺麗に維持しようと綺麗な女性は沢山います。現実問題、誘惑にのるのは嫌だけど、男の性として綺麗な女性と遊びたくなるのは仕方ないのかなとか、でもすごく嫌です。不安です。でも、自分ではどうする事も出来ないと感じてしまっています。主人を信用して傷つくのが嫌でキャバクラなどに行く人ではない人がいい、離婚したいとまで思ってしまいます。以前、居酒屋に行ったと言っていたのに実は内緒でキャバクラに行っていたという経緯もあります。その事について問いただすとその日は居酒屋の後にキャバクラに行ったのを言い忘れただけだと言われました。うちの父親も経営者で夜飲みにいったりする人で小さい頃から母に愛人の存在を教えられ、母は友達などには相談できなかったらしく、まだ小学生の私に生々しい話まで私に話していたトラウマなどもあるのかも知れないとも思ったりします。その話を聞くまでは何の問題もない幸せな家庭だと感じていたので
聞いた時、すごく悲しくて嫌な気持ちになったのですが、母も父も嫌いになりたくないという気持ちにもなりました。でも、安全な家庭に守られている安心感がもろくも崩れた思いでしたが、必死に明るく楽しく生きようとしていた気がします。こんな事に負けないぞというような…
自分には色々と育ってきた環境で傷ついた経緯があると思います。でも、その都度この経験をバネにしようと一生懸命糧にしようと気張って生きてきたような。私は強い、何でも乗り越えられると思いこもうとしていたような。心の声を聞かないようにしてきたような。
長々と意味のない文書でシマノさんに依存してしまっているような感じになってしまって申し訳ありません。
何か突破口が欲しいです。アドバイスお願いいたします。


 
「自分が何をしたいか」から問う^^ / しまの 引用
No.908 2014/06/17(Tue) 09:51:40

これはずばり次のように言えると思います。

まず、次の問いを自分にするがいい。
これからの人生で何をしたいか。夢は何か。目標は何か。


そこにおいて考えてみるいいというになりますね。旦那キャバクラに行くことが、それに対しどう妨げになるか。それが具体的にあるならば、また具体的にそれに対処するための戦法考えられる可能性もある。
あるいは、そうした、これからの人生でやりたいこと、夢と目標に対して、キャバクラは別として旦那助けになる面はどうあるか。そこにおいては旦那感謝することもできるだろう、と。
いずれにせよ上の問いがスタートだということになります。

一方、次のような気持ちにおいて考えても、答えは出ないと言えます。
・相手を自分の持ち物(家もしくはインテリアのような)として、理想に足りない面への不満
・自分が相手に所属するものとして、相手もしくは自分への不満

この場合は、相手がどうという問題というより、その気持ちそのものが、自分を動揺させている原因だと。で上の視点意識を切り替える

なぜなら、互いが別個の人格の人間だからです。
自分の理想であれるために、相手は存在しているのではない。それを認めたところに、「行動法」の戦法が生まれ、それでもどうしても受け入れられない面については、相手が病気にかかったような出来事として、受け入れなければならない場面もあるかも知れません。それも無理であれば、別れることを検討するという最後の選択肢が出てくる。

いずれにせよ全てが、最初の問いの先に、答えが出るものだということですね。
「行動法」の戦法というのも、自分がこれからの人生で何をしたいかという具体的内容ベースのものになります。そこまで検討できれば、それについてまた具体的アドバイスもできるかも知れません。
まずは「自分が何をしたいか」の問い重要になってくると思います。検討してみて頂ければ^^。


p.s
あっあと補足で書いておけば、上の追加投稿入れて頂く前の時点書こうと思ったアドバイスは、
・特定相手の嫌悪感を感じるという問題について、それが起きた時それだけ問題として取り組むことはできない。むしろその相手以外の他人全般への建設的行動法がどうできているかに取り組む必要がある。
といったものでした。
他人一般への行動法力強く建設的なものにできれば、そうした特定相手への対処法も、自ずと出てくるだろうと。

一方「否定価値の放棄」については、こうした具体的場面の問題というより、心の奥底の「業」捨て去りという、多少とも哲学宗教的な、「悟り」とも言えるような取り組みになりますので、ちょっと距離があるテーマになるかと。建設的行動法などの習得がほぼ完全にできた先テーマになります。

いずれにせよ、相手がどうより、自分の人生の生き方課題だということになりますね^^。


 
Re: はじめまして… / 迷える子羊 引用
No.909 2014/06/17(Tue) 14:05:33

アドバイスありがとうございます。
自分でも薄々気づいていた主体性のなさ…
自分が何をしていいか迷っている状態…
まだ子供が小さい事もあり、仕事も辞めてしまい、自分の人生とは何なのか…専業主婦という立場に困惑する日々でした。
お金を旦那から貰い生活をしていく事に何か後ろめたさ?のようなものを感じるというか。バリバリ仕事をしたいがその為に子供達を保育園に預けては可哀想ではないのか。(金銭的に働かなくてはいけない状況ではない為、私のわがままになるのではないかという気持ち)など、ああでもないこうでもないと答えが出ない流される忙しい日々…
毎日を生き生きと生きたいです。
>特定相手の嫌悪感を感じるという問題について、それが起きた時それだけ問題として取り組むことはできない。むしろその相手以外の他人全般への建設的行動法がどうできているかに取り組む必要がある。
>他人一般への行動法が力強く建設的なものにできれば、そうした特定相手への対処法も、自ずと出てくるだろうと。

このふたつについて他人への力強く建設的行動法とは具体的にどのようなことを指すのでしょうか?
家族だけではなく他人一般全ての人に共通する事なのでしょうか?
分かりやすく教えていただけると助かります。


 
Re: はじめまして… / 迷える子羊 引用
No.910 2014/06/17(Tue) 14:16:54

度々失礼します~_~;
トラウマ的な来歴についてはどうお考えでしょうか?ご意見お聞かせいただけると嬉しいです。


 
「力強い建設的行動法」と「トラウマの克服」^^ / しまの 引用
No.912 2014/06/18(Wed) 18:07:51

>このふたつについて他人への力強く建設的行動法とは具体的にどのようなことを指すのでしょうか?家族だけではなく他人一般全ての人に共通する事なのでしょうか?

ハイブリッド心理学指針とする対人行動法は、あらゆる相手と場面に一貫したものです。家族であろうと赤の他人であろうと。
『概説 3.取り組み実践』 「学び」の主要テーマ / 3.行動学
手近な説明としては以下ブログ記事など。
2010.05.18 3つの「行動学」
2010.05.19 「原理原則立脚型行動法」(前)
2010.05.20 「原理原則立脚型行動法」(中)
2010.05.21 「原理原則立脚型行動法」(後)

そこで「力強い建設的行動法」キモとは、まず自分の楽しみ、自分の向上、自分の目標を持つことです。にそれを人とどう共有できるかという視点で、相手への対処を考える。
ですので結局全部同じ話なんですね。まず自分自身がどう人生と生活を前に進むか

>ああでもないこうでもないと答えが出ない流される忙しい日々…

大そうな岐路選択のようなものでなくても、まず料理の腕を上げるといった日常の向上からテーマにすると良いかと。大きな岐路選択もそうした日々の向上延長としてあると思いますので。

>トラウマ的な来歴についてはどうお考えでしょうか?

「トラウマ」というのは、本人にとって「回復不可能な心の傷や挫折」感じられるものを言うと思いますが、基本的にこれは、克服していない心において「回復不可能」感じられるだけの話で、克服成長すれば何のことはない、回復不可能と決めつけのは誤りのものであったと分かる、という流れが考えられます。
心が成長するとは、がもう別のものになってしまうかのように、ものごとの感じ方変化することですので、心の傷や挫折感じたものも、過去に乗り越えた苦労の一つの記憶程度へと、重みを失っていくことがあり得る、ということになります。
手前味噌ですが僕自身の体験としても、若い頃トラウマ的なものと感じた生育来歴のことなど、はもうなんも感じないあっけらかーんとした記憶に残る程度で、感情的に残っているものほぼゼロ状態

そうした「成長」全てまず自分からどう前に進むかへの向き合いから始まるわけです。
そのための「取り組み実践」は、誰の場合同じ進め方になりますので、まずは『概説』などでハイブリッド心理学全体ざっくり把握することなどから始め学び実践検討し始めてみるとよろしいかと^^。


 
Re: はじめまして… / 迷える子羊 引用
No.913 2014/06/18(Wed) 22:17:54

お返事ありがとうございます。
日々の料理の腕の向上とありましたが、主婦ですので、掃除、洗濯、整理整頓、料理など家事に関してはいつもアンテナを張り色々情報収集しております。疲れたりしていても今までは完璧に…と自分を追い詰めるほどでしたが、最近は子供に手がかかることもあり家事に完璧を求め過ぎて気持ちに余裕がなくなるのも問題かと少しは自分にあまくする事もありますが、出来る範囲していると思います。ただ、その程度の事で毎日を過ごすことにこのままでいいのかという気がするのです。
家にいてこの狭い世界でお金も稼がず自己満足していていいのかと。その為に、昨年資格も取りましたが、切羽詰まった状況ではないのに仕事と家庭を両立する必要があるのか、仕事をして子供にさみしい思いをさせないか、子育てが落ち着いてからでもいいのではないのか、と。
掃除をきっちり、ご飯もバランスよく美味しく、整理整頓も引き出しの中まで見やすく、など全てやってもこのままでいいのかと分からなくなってしまうのです。外に出て自立して輝いてる女性を見るともどかしくなり、私だって出来るのに。のような気持ちになってしまうのです。なので、主人に対してもそういう気持ちもあり、夜飲みに行かれると不安になる気がします。
アドバイスいたたいた項目も全て読ませていただきましたが、そう感じている次第です。


 
一貫した「実践」のお勧め^^ / しまの 引用
No.919 2014/06/25(Wed) 16:49:59

一つ一つの材料への取り組み

>日々の料理の腕の向上とありましたが、主婦ですので、掃除、洗濯、整理整頓、料理など家事に関してはいつもアンテナを張り色々情報収集しております。疲れたりしていても今までは完璧に…と自分を追い詰めるほどでしたが、
>掃除をきっちり、ご飯もバランスよく美味しく、整理整頓も引き出しの中まで見やすく、など全てやってもこのままでいいのかと分からなくなってしまうのです。

もちろん「主婦であれば料理の腕の向上に励めばいいんですヨ」といったおざなりアドバイスとして(^^;)言ったのではなく、そうした具体的テーマ、具体的場面状況一つ一つ材料取り組むことが大切です、というアドバイスである次第です。ちなみにそこで「料理」と出たのは、僕自身が今独身にて興味を感じている目標だったりして出た言葉という、ちょっと個人的理由もあり^^ゞ

重要なのは、というかハイブリッド心理学「取り組み実践」としては、そうした具体的材料において、
『概説 3.取り組み実践』 / 「取り組み実践」の3ステップ
説明している「学び」「向き合い」を、日々の日常生活と人生の場面の全てにおいて、一貫した実践として進めていくものになります。
ですので、

>アドバイスいたたいた項目も全て読ませていただきましたが

というのは今回テーマ一番関連しそうなもの幾つかピックアップしたものであり、無論それで話が終わるようなものではなく、こうした実践日々の日常生活と人生の場面の全てにおいて進めるために、
1)日常的な読書・・ハイブリッド心理学の著書の全てを通して、心の懐引き出しを肥やしていく
2)日々の実践・・目の前の事について、「学びと向き合い」を自ら進めていく

という2本立ての進め方よろしいものですと、常々お勧めしている感じです^^。

もちろんこう言っただけではまだ進め方が把握できないと思いますので、まずは『概説』などで全体を把握して頂くことから。
今回相談とアドバイスは、1回1回「学びと向き合い」サンプルを、お示ししたようなものということになります。


「目的思考」

「料理」というテーマ出したついでに、それについての「学びと向き合い」どうなるかと言うと、

・「目的思考」
という、思考法最も基礎的なもの取り組み課題になると言えるでしょう。
『概説 5.歩みの道のり (1)5つの「成長の段階」』 / 前進への基盤となる意識過程一覧表

「善悪」「評価」を「何のためには」という「目的」から考える思考
「何が問題・課題・望みか」からものごとに取り組む姿勢

記したものであり、対する未熟と病み形
「目的」を意識することのない「善悪」「評価」の思考
というものです。

料理の腕を、もっと美味しいものが食べたいから? 旦那に誉められたいから? もしくは子供のため、自身と旦那のため医学的考慮から栄養バランス面の向上
といった「目的」で考え、今何が必要か、目標はどんなものになるか、等々具体的に考える。
それで言うならば、

>全てやってもこのままでいいのかと分からなくなってしまうのです。

という惑いの原因少し見えてくるのではと思います。
まず言えるのは、「目的思考」ではなく「目的を意識することのない善悪評価の思考」で生きていることが、惑いの背景にある、と。

ただしそれが見えただけで、
>外に出て自立して輝いてる女性を見るともどかしくなり、私だって出来るのに。のような気持ちになってしまうのです。

霧散解消する訳には恐らく行かないでしょう。こうした「取り組み実践」日々の生活と人生の全ての場面で一貫して進めることで、
『概説 3.取り組み実践』 / 「学び」の主要テーマ
ざっと列記したような「学び」として広がり、深まっていくことが道のりになります。

それがどんなものになりそうかは、今の時点では何も言えません。一言でいって、一つ一つを積み重ねることなく、先は見えません。それが成長の歩みというものです。

そんなものとして、これからハイブリッド心理学の「取り組み実践」自ら取り組んでみることに興味を持てそうかどうか、検討してみて頂ければ、というになります^^。
実践の進め方一つ一つの材料ごと「学び」については、また質問頂ければ何でもアドバイスできますので^^。
その際新規トピックで良いかなと^^。



ノウハウの仕入れ方 / serori 引用
No.897 2014/05/30(Fri) 19:05:26

お久し振りでございます。
今回も一つ、ご質問を投稿させていただきます。
お返事は急ぎませんので、お手すきの折りにお返事いただければ幸いです。

前回コメントをいただいた後も、

 問題分析→ノウハウの学習→問題解決に向けた行動→現実と、生じた感情の認知(余裕があれば、感情の根源の分析)

 という流れの繰り返しで、日常生活を送っております。おかげさまで、「自らの幸福に向けて、常に前進している」という自信がたくさん得られるようになり、人生って難儀だなあと思いながらも、楽しい毎日を送れております^^

 上述の「ノウハウの学習」の場面において、自分のやり方が適切な方法かどうか、また、他に良い方法があればお聞きいたしたく、ご質問させていただきます。近々、私の置かれる環境が大きく変わるため、大きな問題が生じた際になるべく煮詰まらないよう、できるだけいろいろな視点で問題解決への道が導き出せるようになっておきたいなあ、と思ってのことです。

 現在は、下記の方法にて、ノウハウの学習を行なっております。

 ・読書による情報収集
 ・インターネットでの情報収集
 ・親しい人に相談することでの情報収集

 どのように調べる際も、できる限り多角的な視点からのノウハウを得て、得たノウハウを実行した際の結末や感情を予想した上で、必ず自分の心で決めるように心がけております。

 具体的な問題についてのご質問ではないので、ご回答が難しかったら申し訳ないのですが、「ノウハウの学習方法」全般について、何でも良いので、ご意見、アドバイス、参考事例等いただければ幸いです。


 
「知恵とノウハウの仕入れ方」 概説^^ / しまの 引用
No.904 2014/06/16(Mon) 12:12:43

>「自らの幸福に向けて、常に前進している」という自信がたくさん得られるようになり、人生って難儀だなあと思いながらも、楽しい毎日を送れております^^

何よりですね^^。

>「ノウハウの学習方法」全般について、何でも良いので、ご意見、アドバイス、参考事例等いただければ幸いです。

これについて、ポイントを一通り押さえるなら以下のような話になるかと。


「情報源」

>現在は、下記の方法にて、ノウハウの学習を行なっております。
 ・読書による情報収集
 ・インターネットでの情報収集
 ・親しい人に相談することでの情報収集


まず「情報源」としてはそんなところグーだと思います。ま「親しい人」というのは時にあまり知恵者でないケース結構あるかと思いますので、「頼る」という姿勢ではなく、「話題の中でヒントが出ることがある」という姿勢で、話題豊富に接するのが良いかと。

あとメディアとしては上記加え「テレビ」「新聞」ですね。
これについては
2010-06-24『自分の目で社会を見る(後)』
などでちょっと触れていますので一読頂ければ。
こんなことも言っています。ま「知恵とノウハウ」というより「社会を知る」というテーマで書いていますが、同じ目標の下にあるということで。この世界を生きる能力の向上ですね。
------------------
「新聞」であれば、朝日・読売・毎日三大紙のどれか、朝刊だけでも。
「TVの報道ニュース」は、自分としてどれを主番組にするか決めて、日課として見るのがいいでしょう。忙しさその他の理由でそれができないような生活は、何かが間違っています。
------------------



「アンテナ精度」

「情報源」そのようにあるとして、次に重要になってくるのは、そこでいかに「迷信」「偏見」といった誤り情報をつかむことなく、内容が正しく正確であるもの、そして自分に役に立つものを、すばやくつかめるかという、いわば「アンテナ精度」になってきます。
言えるのは、それにかなりの個人差があり、結果知恵とノウハウを豊富に手にしながら生きる人と、知恵のない生き方を続ける人というのが、かなり分かれてくるようだという印象

でその違いを生むのはかとちょっと考えたのですが、「自分自身への論理的思考」で生きているか否かが、一番大きいと思います。
そうであれば、正しく正確な、そして自分に役に立つ知恵とノウハウを、自然とすばやく手にするようになる。まあこれは何と言うこともない、「自分自身への論理的思考」が、正しく正確な知恵で生きるということそのものであり、そこにあける新しい知識の部分そうなるというだけのです。
一方「自分自身への論理的思考」生きていないと、誤った情報にも容易に惑わされ、結果うまくいかず、また何も知恵のない状態に戻る。最後までそれで行ってしまうことが考えられます。

何かのため新しい知恵とノウハウ仕入れるという以前に、普段の思考から「自分自身への論理的思考」をすることが決定要素だということになりますね。

「自分自身への論理的思考」説明としては以下など参照
『概説』 5.歩みの道のり / ・「自分自身への論理的思考」
『取り組み実践詳説』 3章 心の成長のスタートラインに立つ / 自分自身に対する論理的思考


「創意工夫、試行錯誤と現実における検証」

そうして正しい知恵とノウハウ仕入れた上で、また重要になってくるのが、「創意工夫」、「試行錯誤」と「現実における検証」です。
これは特に「自分に役立つもの」「自分にできるもの」として確定させるため必要になります。
どんなに正しい知恵とノウハウでも、自分には無理というものもある。例えば金がかかるものなど^^; (はがね)の筋肉素質のある人役立つトレーニグ法も、軟弱な身体素質の人(僕はこっちの方^^;)には無理になる。体に何か症状が出た時、同じもの(例えば頭痛)でも、原因によって正しい対処が必要になる。
結局幾つかの正しい知恵とノウハウから、「自分にできるもの」として「自分に役立つもの」を確定させるために、「創意工夫、試行錯誤と現実における検証」必要になってくるわけです。

その具体例として僕自身最近得たものなどあげますと、ちょっと恥ずかしい話ですが半年前くらいからお尻の肛門の周りが赤く腫れ強烈な痒み悩まされていたのですが、ネットで情報を見て「プリザエース軟膏」がいいらしいとのことで試すも、ちょっと利く感も錯覚程度で効果なし、もう医者に行くことも考えましたが、「単純なかぶれ」という原因の線も考え、下着に工夫し肛門周りにガーゼを当て皮膚同士の密着を避けるようにしたところ、これが効果てきめん1週間全快、という成果を得たなんてのがあります^^ゞ
まこれは「情報収集」から「原因結果の理論的思考」そして「創意工夫、試行錯誤と現実における検証」という一連の実践で成功した一つの例ですね。

こうした「自分に役立つ、自分にできるもの」というのは、生活習慣、食習慣、運動習慣といったものがまずこうした模索必要になるものでしょうし、対人行動、社会行動知恵とノウハウといったものも、結局自分の性格資質に合うものというのは、こうした試行錯誤も含めた模索が必要なんですね。決してうまくいっている人のものをそのままやってみればいいというわけにはいかない。


「自分を変えたい!」という気持ち

あとは最後つけたしですが、上述のような知恵とノウハウの入手活用先立ち「自分を変えたい!」という気持ちをしっかりと持つことが重要になりますね。これが結局全てのエンジンになる。
それを持ち続ける中で、情報収集から始まる上記実践の流れが、前進力あるものとして可能になる、ということになると思います。

ざっとこんなところで^^。
なお手前味噌ですが僕自身人生で必要な知恵については結構豊富に習得済みになれている今日この頃ですので、何か具体的に知りたいものあれば言って頂ければ手持ち範囲具体的アドバイス可能です^^。
なお最近僕自身がまだ不足しており欲しい知恵とノウハウとしては、料理の分野とかが筆頭なんですけどね・・。


 
Re: ノウハウの仕入れ方 / serori 引用
No.918 2014/06/23(Mon) 19:01:24

アドバイス、ありがとうございます。

2010-06-24『自分の目で社会を見る(後)』を拝読させていただきましたが、まさにこの内容が、今の自分にとって大変重要であると思いました。
まだ起きていないミクロな問題への対処法を予測・予習するよりも、今あるマクロな問題への対策を講じる方が、大変効率的なのですね。
今は「わたしの考えた社会」を「社会」として捉えてしまう節がありますので、より現実に近い形で「社会」を捉える目を養っていこうと思います。

(御礼コメントですので、返信はどちらでも構いません)



罪と罰 / マリノ 引用
No.899 2014/06/06(Fri) 07:49:41

島野殿

はじめまして
ハイブリッド心理学を知り、勉強させて頂いて1年たちました
先日不思議な体験をしました

ちやほやされたい、不機嫌な自分をなんとかしてほしい、世界の中心は自分というわがままな暴君凶暴な王子様が腹の底に感じられ、人に接する度に怒り、怒り狂い、憎しみ、憎悪が激しくなりました。1人になるとそれを忘れ、人に接するとまた暴れだします。
ある朝出勤途中、今日このまま心の地獄の中で仕事出来るだろうか。。。休みたい、ただマネージャーとしてやることは山ほどある。。信号待ちの間、周りを見ました。こんな自分の感情は、頭では理不尽と分かりながら、腹の底で意にも介さない王子様がいます。自分の存在とは関係なく他人は自由意志で動いている、とその時、2秒ぐらいでしょうか、腹の底から蛇がするすると逃げ出すように、王子様が忽然と消えてしまいました。もしかしてこれは、成長の節目なのか?1時の感情なのか?と思いながら1週間がたちました。今は心にあいた穴に、風が吹くのではなく、何か悠然としたものが収まっている気がします。今まで、その魂を痛めつけ、切りつけ、殺しつづけた殺人鬼としての自意識が受ける罪と罰という意味が分かってきたところです。人前では恐怖が全身に充満し地獄の責め苦を受けても仕方がないんですね。。未だにその苦しさとの戦いがのこりますが、そんな薄っぺらい自意識がのたうちまわっていても、腹の底には悠然としたものがあり自分を勇気づけてくれます。まだ道半ばですが、この状態が島野さんが示されている道しるべに沿っていることを祈りながら、この道をさらに進みたいと思います。


 
Re: 罪と罰 / しまの 引用
No.905 2014/06/16(Mon) 16:17:09

>自分の存在とは関係なく他人は自由意志で動いている、とその時、2秒ぐらいでしょうか、腹の底から蛇がするすると逃げ出すように、王子様が忽然と消えてしまいました。もしかしてこれは、成長の節目なのか?1時の感情なのか?

間違いなく、成長通過点だと思いますヨ^^。
「心の依存」の中で、ちやほやされたい願望と、それが妨げられることへの怒り憎悪が起きるのですが、そもそも他人というのは他人自身のことで精一杯で、良くも悪くもこっちのことを注目の対象になどできていないのだ・・という「現実」感じる。その時「心の自立」への一歩を踏み出す同時に、「心の依存」の中で「意識」を超えて暴れていた何物かが、どこかに去っていく、ということになるのだろうと。

心の成長先日アップ
『概説』 5.歩みの道のり / ・「実践」とは何をするものなのか

実践では「心」を変えることはしない
書いたように、「意識」を超えて心の底で起きるものとして、それは時にかなりの不思議体験、神秘的体験として感じ取られることもあるかと思います。

引き続きぜひ、そうした「意識を超えた変化」に向かうための実践取り組んでみて頂ければ^^。




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