しまのたかしハイブリッド人生心理学 島野隆ブログand掲示板
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については、ハイブリッド心理学「取り組み実践」を進めるためのポイントヒントなどを、ここではごく簡潔アドバイスいたします。
*より詳しくアドバイスするとどのようなものになるのかは、
 
メール相談事例集実践編書籍など読んで頂くと参考になるかと思います^^。
返答入れて頂いた順に返していきます。日数がかかることもありますので、ごゆっくりお待ち下さい^^。


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怒りのミルフィーユ状態を自覚 / 引用
No.592 2013/07/26(Fri) 05:08:19

長い道のりで、スパイラル状のものになると説明では聞いてましたが、いざ実感してみると、自分の心も厄介なモンだなあ、と感じる今日この頃です。

ただ、世の中でずれた怒りを露わにするような人の出来事、たとえばツイッターで「私は夏が好きだ」と呟いた人に「熱中症で苦しんでる人もいるのに不謹慎なことを言うな!」と噛み付いた人が居る、という話を聞いて、ひょっとすると人類の滅亡って、こういう「俺が正しいんだ!」という不毛な競争のなかでの潰し合いが原因での自滅…という形で起きうるんじゃないか、などという考えが頭に浮かび、早いところ不毛な怒りに別れを告げたいなあと思いました。

さて、本題ですが。
怒りがぶり返しました。
いろいろと思考を掘り返してる中で「敵対した相手を打ち負かして屈服させないと真の平穏は訪れない」などという物騒な感覚が湧いたのがキッカケですが、来歴からくる「世の中は危険なもので、万人の万人との戦争だ」という価値観から未だに抜け出せてないのも根本の原因だと思われます。

そういう危ない感覚を自覚した発端は、仕事にせよ、人とのやり取りにせよ、異常なまでに勝ち負けに拘る内心の態度を自覚したことです。「相手を言い負かせば勝ち。言い負かされたら負け」とか「自分は割引券の配布枚数が他のスタッフより少ないから負け」とか。ちなみに、割引券の配布枚数は少ないのに何故か店長からは集客力を評価されてリーダーを任されてるので、かなり不気味に感じてます…。

最初にご相談した、絡まれたりヤジられたり、というものへの怒りも、言い逃げされたから負け、みたいに感じる側面があったんだと思います。これについては、酔っ払いやヤンキーなどのヤバそうな人に無理して呼び込みしていたことや、割引券を受け取ってもらえないからといってむきになって作業していたことを自覚し、その辺を改善した甲斐があったのか、露骨に絡まれることは今のところ減ってるようです。

この戦闘狂のような?^_^;価値観や感覚について、対処するための取っ掛かりになるようなヒントを頂けたら幸いです。


 
(No Subject) / 引用
No.593 2013/07/27(Sat) 12:44:07

ごめんなさい、自己解決してしまいました^^;

再び過去の出来事と照らし合わせながら考えているうちに、確かに子供の頃はそう考えざるを得なかったことを認めたうえで、実際のところ自分はその考え通り満足いくように「勝てて」これたのかと自問自答すると、「勝てた」ことなどほぼ無かったのを認めざるを得ず、逆に、変な基準で勝ち負けに執着するから事態が悪化してたのではないかという考えが頭に浮かんできた途端、スーッと何かが氷解した感覚が湧きました。
今回は苦しみを伴わないものだったので拍子抜けしましたが、何となく、心の中の大きな妨げが消えて行ったようには感じます。
一時的に心臓のあたりがフワフワするような感覚がありました。これまでも、前進のための苦しみの後に、心臓のあたりにつっかえてたものが無くなって風通しが良くなった様な感覚はありましたが。

改めて、問題にしてた「世の中は危険なもの」という観念を見直してみたところ、どこからともなく「世の中というのは、今の自分にとっては未知なんだ」というのが頭に浮かび、一番しっくりくる表現だというのを確信しました。
同時に、「危険」という言葉の定義が自分の中でずれてるのではなかろうか?という思いが浮かんできたので、どういうものが「危険」であるのか、じっくりと論理的思考をしていこうと思います。


 
「価値観」への取り組み^^ / しまの 引用
No.599 2013/07/30(Tue) 11:37:27

「価値観」への取り組み

ちょっと事後アドバイス的になりますが、実はまさにこれを最初の足場にしてこれから取り組みということで、「価値観」への取り組みの話など^^。

まず、

>この戦闘狂のような?^_^;価値観や感覚について、対処するための取っ掛かりになるようなヒントを頂けたら幸いです。

との言葉については、読んでお伝えしようと思ったのは、
「自分の中にある価値観は、“対処する”ものではなく“見極める”もの、そして“問う”もの」だということ。

まずは道徳の授業で発表するような(^^;)、自分自身への建前思考をはがし、実際に自分の心と体がどう動いているのかから、自分が実はこれこれの価値観の持ち主だということを明らかにする。
次に、問う本当にそう考えているのか、と。それが人生で本当に重要なことだと?、と。

「そうだ!」返してくるのなら、もうどうしようもない。それで生きるのは自由。
そんな価値観の感情が流れている。しかしそれに疑問を投げようとする自分もある。ここから、「価値観への取り組み」始まることになります。

まあ今回は実際、その「問う」までが自ずと進み、「これはどうも不合理だ・・」と感じるところまで来た模様。まあ「価値観への取り組み」というのは、得てして、「自覚する時が抜け出す時」になりますね。

>「世の中は危険なもので、万人の万人との戦争だ」という価値観

などはまさに僕も通ったもので、定番コース(^^;)と言えそうですね。『悲しみの彼方への旅』の中でも、「この世界は万人の万人に対する競争なのだという攻撃性の哲学が自分の中にあることを自覚」「心の中が敵意と軽蔑のモヤに覆われていた」等々書いています(P.59)

ともかくこれから重要なのは、不合理を感じる価値観を見据えるだけにとどまらず、自分が進み得る別の価値観はどんなものかを、見出していくことです。
そのためには、まずは別の価値観にはどんなものがあるのかを、まずは頭で知ることからです。「価値観の学び」ですね。そのための情報を、下にリンクつけておきましょう。

で、そうした「価値観の学び」得ていくとして、実際の価値観の変化変遷は、人生の歳月の中での、体験の積み重ねによる成長と共に除々に前進していく、と心得ておいて頂くと良いかと。
決して、価値観の最終形を頭で知って、なるべくそれを持つように・・などど画一的にできるものではないということです。若ければ若いなりに、傾いてしまう価値観がある。ならばまずはその価値観の中にいても、そこから最大限心の成長に向かい得るような道を模索し、そこにおいて「望み」を描き、まずはそれに向かって全てを尽くして生きることです。
その「生きる時間」心を成長させ、心が成長した自ずと、今までと違う価値観を持てるようになっている自分自覚する。
まずはそうした道のりになるということです。


「価値観への取り組み」のスパイラル前進

それが、

>長い道のりで、スパイラル状のものになると説明では聞いてましたが、いざ実感してみると、自分の心も厄介なモンだなあ、と感じる今日この頃です。

という通り、「スパイラル」として長い道のりとして前進していく。
そしてそれが今回

>今回は苦しみを伴わないものだったので拍子抜けしましたが、何となく、心の中の大きな妨げが消えて行ったようには感じます。

という風になってきたことについて言えば、実は今回蓮さんが、「かなり昔、夕希という名前で幾度か投稿させてもらいました」投稿(No.565 2013/06/20)されてからここまでの期間が、一つの変化体験サイクルのようなものとしてある、ということです。
何かのきっかけ変化が起き始める。それに向き合い、何かが見えてきて、一つ別の自分になった出口へと抜ける

それは今回1か月程度かかっているわけですが、僕の経験からも、まずは大体そんなものだという話ができます。
一つの変化体験に、まずは1か月くらいはかかる。より本格的に成長変化するようになると、2、3か月かけて一つの変化体験を経る。大きな変化節目さらに長い時間をかけて、と。
それが、何十回積み重ねて、やがて全く別人の自分、という道のりになります。まあだから10年、20年といった話になるわけですね。

そうした変化の一サイクルについては、おおよそこんな感じだったというのが、僕の経験でも言えることです。
「苦しみを入り口として、確信を出口とする」と。
ちなみに今回の解説でも、
スパイラル前進に向かう「常に今からの取り組み」
で、
=======================
つまりこういうことです。何度でも同じような場面での惑い動揺に戻ることの中に、常に新しい向上、未知の自分への入り口、そして心の成長の入り口があるのだ、と。
もちろん同じ場面ではもはや動揺することなく、新たな行動に向かうという前進もあります。しかしこれは私の経験からは、むしろ心の成長の出口だという印象を受けます。
=======================

と書いたのも、大体同じことを指しています。

そんなものとして、「今回は苦しみを伴わないものだったので拍子抜け」というのは、前回と別の変化体験というより、一つの変化体験出口局面なってきているということですね。

そうしたものを一つのサイクルとして、道をそれることなく今後何十回と積み重ねていけると、10年後別人の自分になるという話になります^^。


「価値観の学び」の情報

ということで、「価値観への取り組み」とはそのように前進するものだという話がちょっと長くなりましたが、
「世の中は危険」「勝ち負け」といったものとは全く別世界になる価値観とはどんなものかについては、

まずは以下あたりを読んで頂くと、押さえるべきポイントがまとまっていると思います。ただこれこれの別の価値観があるという話というより、まず「自分に自信を持とうとする姿勢」の根っこにある誤りから解説していますので^^。そのから抜け出た上で、今までの心全く別世界をもたらす価値観おおよそこんなもの、という話の流れになります。

『理論編(上)』
6章 「自尊心」の混乱と喪失−1  −自尊心の発達と阻害の過程−
以下パラグラフ部分あたり
・・・
自尊心の重要性
自尊心への総合的な歩み
自尊心のための外面向け視点
科学的でない思考によって損なわれていく自尊心
科学的思考による「根源的自己否定感情」の克服
自尊心が尻すぼみになる「外面の合計=自分」思考
揺らぐことのない自尊心の最高次元
自尊心のための内面向け視点
「望み」の感情
・・・

7章 「自尊心」の混乱と喪失−2  −なぜ自信が定着しないのか−
以下パラグラフ部分あたり
・・・
高めても自信にならない「自尊心衝動」
なぜ自信が定着しないのか
「自信」と似て非なる「高い自己評価(プライド)」感情
「高い自己評価」「プライド」は「自意識」
・・・
「優越自尊心」の罠
・・・

まこの2つの章全体ざっと読んで頂くのも良し^^。

あとは、「価値観」基盤として「行動法」全く別世界のものになります。
ですので「価値観」だけでなく、さらに具体的「行動法」レベルで、「勝ち負け価値観」とは全く違う価値観底流にした行動法学ぶのが極めて重要になります。
それについては、この掲示板でも何度か出していますが、以下などハイブリッド心理学指定の必読書と言えますので、ぜひ入手して読んで頂ければと。
ハーバード流交渉術 (知的生きかた文庫)

そうして「価値観」「行動法」をしっかりと互いに手を結んだものとして方向転換した時、自ずと、世界は危険なものというイメージ消え去っていると思います^^。



悪口の回避について / serori 引用
No.583 2013/07/20(Sat) 18:56:40

 こんにちは、seroriです。
 今回は、「仕事上で悪口を言われる」という場面があったため、現実に価値を生む良いアドバイスをいただければ、と思い、ご質問させていただきます。


 ある仕事において、私にとっては初めての作業だったこともあり、いくらかミスをしてしまう場面がありました。その時、一緒に作業をしていた方が、私の仕事のできなさについて、隣の方と一緒に、あからさまな愚痴を仰っていました。

 内面としては、私が仕事のミスをしてしまったのは事実であり、それがその人にとって良くないことだったのだから愚痴を言われてしまうのは仕方がなく、特に怒りもありませんでした。かと言って、今すぐにミスをなくせるかというと、ほんの数時間では私の能力上は不可能、ということもあり、それも仕方がないか、と諦めました。

 しかしながら、嫌な気持ちになることや、悲しいことには変わりなく、どうにかできるならば、どうにかしたい思いでもあります。(できなくても、諦めることはできますが……)

 とりあえず、今後、私がスキルを上げていく前提で、その方に対して仕事後に「一緒にお仕事してくださって、ありがとうございました。いろいろミスをしてしまって、すみませんでした」と言いました。こう言うことで、相手への悪印象を減らし、次回に悪口を言われてしまうことを少しでも防げるかな、と思ったためです。

 もし、このような場面で、考え方や行動法等のアドバイスがありましたら、いただければ幸いです。


 
「感情のフォロー」ではなく「問題そのもののフォロー」をまず第一に^^ / しまの 引用
No.584 2013/07/21(Sun) 11:32:47

これはまず指針一言でいうと、
「感情のフォローではなく、問題そのもののフォローをまず第一にせよ」
ということになると思います。

つまり、自分がしたミスをめぐる、自分と人との間情緒的な揺らぎを取り上げ、どうすれば・・という話になると思いますが、仕事場面における行動法としては、自分と人との間の、相手への情緒的な揺らぎというものは、取り上げないのが最善の行動法です。
その点、

>とりあえず、今後、私がスキルを上げていく前提で、その方に対して仕事後に「一緒にお仕事してくださって、ありがとうございました。いろいろミスをしてしまって、すみませんでした」と言いました。こう言うことで、相手への悪印象を減らし、次回に悪口を言われてしまうことを少しでも防げるかな、と思ったためです。

といった言葉かけることができたことは、普通の人にもなかなかできることではなく、褒めることもできる行動なのですが、実はベストの行動法ではないと感じます。
まあ手短に言って、そうした相手への気遣いの行動法は、確かに「気遣い」としては良いのですが、そうした「気遣い」自体が、仕事場面としてはちょっと「気疲れ」になるものですね。

とにもかくにも、まずそうしたミスを、どうなくせるかだと思います。それが99パーセントと言えるような感じで。残りの1パーセントとして、気遣い行動法考えるのも良しとして^^。
つまり、

>今すぐにミスをなくせるかというと、ほんの数時間では私の能力上は不可能、ということもあり、

ということですが、何よりも重要なこととしてまず検討の俎上に上がるのは、ほんの数時間でミスをなくせないか、です。
それができないから愚痴を言われた可能性があります。重要なのは、その仕事が、ほんの数時間でミスをなくせることが、実際のところどの程度求められる仕事なのかの、判断です。これは結構社会経験も踏んで分かってくるものでもありますが。
そして社会経験を踏んで「仕事の普遍的スキル」を身につけると、かなりのことが、初めてでもすぐできるようになります。何よりも検討すべきは、そうした「仕事の普遍的スキル」自分はしっかり習得しているかですね。そうでないとしたら、何よりもまずそれを学ぶことです。それ以外はどうでもよろしいという感じで^^;

ですからアドバイスとしては、実際その仕事がどんなものであり、ミスがどんなものであったかの、具体的内容いかんになってもきます。おそらくそれを言って頂ければ、かなりびっくりするほど(ちょっとオーバー^^ゞ)その専門であるかのよう具体的アドバイスができると思います。それが「仕事の普遍的スキル」強さなんですね。

それが身につけば、「悪口を言われない行動法」といったテーマ自体が、まず消えてきます。その上で、

>嫌な気持ちになることや、悲しいことには変わりなく、どうにかできるならば、どうにかしたい思いでもあります。

という部分は、「愛情要求」の問題として、内面側のテーマとして別立て並行的に取り組んでいくことが考えられます。

ということで、まずはとにかく「仕事の普遍的スキル」への取り組み検討するのがベスト、という話になると思います^^。
具体的情報まだあまり整理できていない部分でもありますので、質問などあればなんでもどーそ^^。


 
Re: 悪口の回避について / serori 引用
No.585 2013/07/22(Mon) 18:59:43

アドバイス、ありがとうございます。
「ほんの数時間でミスをなくせないか」というのは、全くの盲点でした。「仕事の普遍的スキル」についても、おそらく未習得だと思われます。ぜひ、ご教授いただけるとありがたいです。

 仕事内容は、差し支えのない範囲で書かせていただくと、お中元の商品を箱詰めするラインでの作業です。体力や、特別な技術は必要ありません。たくさん流れてくる箱の中から自分の担当の箱を選別し、そこに漏れなく商品を納める作業になります。

 ミスの内容は、自分の担当の箱を識別する際、時々頭が混乱し、自分の担当のものでない箱に商品を入れてしまった(自分の担当量の3%程度のミス)、というものです。ミス低減のため、混乱してきたら指さしで数を数える、そして作業リズムを作る、等の対策を行なっておりました。

 重ねて申し訳ありませんが、何かアドバイス等ありましたら、よろしくお願いいたします。


 
「仕事の普遍的スキル」 ちょー入門^^ / しまの 引用
No.586 2013/07/23(Tue) 12:14:29

「仕事の普遍的スキル」とは

いい機会かというこことで、改めて「仕事の普遍的スキル」とは何かなど書いてみましょう^^。

まずそれを一言定義するならば(今まで一言で定義してなかった^^ゞ)
「どんな仕事に置かれても、自分がすべきことは何か、そのために必要なことは何かが自分で分かり、必要なものを自分から得ていくことができること。そして特別の熟練や資質が必要なものでなければ、大抵の仕事を、初めてであってもすぐできること」などと言えるかと。

そしてなぜそれが可能になるのかと言えば、社会における仕事は、一種類しかないからです。
「ものを作り、お客様にとどけ、フォローする」というものとしてです。野菜から自動車からビルから化粧品から旅行から介護まで、それであるわけです。もちろん、「作る“もの”」とは物質的なものとは限らない「サービス」であったり「観念」であるものもあるでしょう。
そのように、(今の地球上の^^)社会における「仕事」まずはその一種類なので、「モノ」が何であったとしても、しっかりと仕事をこなす経験一度踏んで、その経験「仕事の普遍的スキル」体得したならば、「モノ」別のものになっても、大抵の仕事すぐできるようになります。

まあそれが本当に企業での本格的な仕事に発揮できるような、「本格版」「仕事の普遍的スキル」は、まずは企業の正社員として数年間働くような経験の中で築かれるものとして、今回話題になるような比較的単純な作業仕事領域においては、「簡易版」「仕事の普遍的スキル」というものを、あらかじめ頭で知っておくことで、バイトなりでも最初に経験する仕事の中で、「こういうことか」実際に体得できるようにしたい。
まそんな2つのレベルがあると考えると良いかと。


「仕事の普遍的スキル」 超入門

ということでまずは「簡易版」「仕事の普遍的スキル」習得のための、「仕事の普遍的スキル 超入門講座」など手短に書いてみますと、

まず「簡易版」レベル必要なのはこう言えます。
「自分に与えられた作業の目的が分かり、うまくこなすための視点を的確に把握できる」と。
ちなみにこれが「本格版」になると、「その組織における管理調整の仕組みを、自分から把握し、自らそれを改善向上するような行動ができる」といったものになります^^。

をまずは「簡易版」レベルとしますが、まず一番大きな心得は、
「気持ち」ではなく「価値」
「人の目」ではなく「ものごと」
「能力」ではなく「役割」
いった
仕事に向かう、一番最初の姿勢になりますね。一言でいえば、その場の「人」とどう良好な関係の中で仕事ができるか・・といった姿勢ではなく、そこにある「ものごと」に向かう姿勢重要です。
「重要」という言葉では物足りないほど重要。まず言って、その場の「人」とどう・・という意識は、その時点でもう浮き草の上のような、心の足場が不安定な姿勢です。

より詳しい説明またの機会『メール相談事例集』など^^)再整理として、今回の話について言える格言など出しますと、

ミスは「心がけ」ではなくせない。「手順」を定めよ。

つまり、ミスが根本的に起き得ないような、確認の手順段取りを作りなさいといことです。まず自分自身で。一人人間による確認能力では漏れの可能性があり、かつそれが重大なミスになる可能性のあるものは、必ず複数人で確認する手順を作ることが鉄則です。これができてない組織が、重大な事故を招きます。記憶に新しいものとしては、中央高速トンネル天井板の崩落事故など。

まあ今回は、
>ミスの内容は、自分の担当の箱を識別する際、時々頭が混乱し、自分の担当のものでない箱に商品を入れてしまった(自分の担当量の3%程度のミス)、というものです。ミス低減のため、混乱してきたら指さしで数を数える、そして作業リズムを作る、等の対策を行なっておりました。

というものであれば、上述のような普遍的仕事スキル意識希薄背景にあってかどうかはさておき、ミスをなくすための着眼点がどうもうまく機能していないもの、あるいは着眼点を持てていないもののように察せられます。
「自分の担当の箱」「自分の担当ではない箱」区別する特徴はなにか。大きさ色、何か目印。それをまず決める「数」はちょっとそれにはならない感じですね。「作業リズム」はもう別の話ミス低減より疲労低減の話と。

ということで、「間違えようのない手順」自分の中でまず持つことが必要になりますね。その話であれば、ミスはまずは1%以下にしたいp(^^)q
もし目印がないもの振り分けるという話になると、またちょっとさらに工夫が必要にはなってきますね。

ということで、具体的アドバイスとしては、「見分ける目印を決めよ」という、まずは単純な話からになりますが、実際のところどんなもんかと。
「時々頭が混乱」というのは、「人とどううまく・・」という意識駆られているの原因であることも考えられ、その辺をうまく心の中で補正する意識を持つと良いかと。

仕事場面でこうした対処思考ができるようになるのが、まずは「簡易版」「仕事の普遍的スキル」ということで、一通りの話を書いてみました^^。


 
Re: 悪口の回避について / serori 引用
No.587 2013/07/23(Tue) 21:30:54

 とてもご丁寧なアドバイス、ありがとうございます。

 まずは「仕事の普遍的スキル」についてですが、私の認識は、おおよそ合っていたようです。(まずはその定義をご質問すればよかったなあ、と今更思いました^^;) もっとも、それが的確に把握できるかというと、まだ全然なのですけれど。

>「気持ち」ではなく「価値」
>「人の目」ではなく「ものごと」
>「能力」ではなく「役割」

については、心がけてはいるものの、やはり「気持ち」に偏ってしまうことが、まだ多少あります。もっとも、これは自分の気持ち、というよりは、普遍的に人は「気持ち」を共有できたとき、相手に対する親愛を感じることが多いように思われますので、あえて、相手の「気持ち」はどうか、と考えてしまう、という感じです。(できる限り、いろいろな人と楽しい時間を過ごせることが、私の楽しみでもありますので)
 しかしながら、「仕事」においては、やはり価値を重視したいと考えておりますので、あまり「気持ち」に偏り過ぎないようにしたいと思います。


 今回ご質問させていただきましたミスにおいて、「頭が混乱する」とは、「人とどううまく・・・」という視点ではなく、おそらくは、作業上の混乱だと思われます。
「自分の担当の箱」に目印がないため、数で数えるのが最も確実な方法だと思われたのですが、流れてくるペースに微妙な差があり、目視と行動の繰り返し作業に混乱してしまっておりました。

 細かい作業手順(私が把握してその場で作成したものですが)としては、「商品を入れる→次の商品を手に取る→自分が商品を入れた箱を確認する→そこから2つめの箱を見定める→商品を入れる」の繰り返し(たまに、別の作業も入ります)なのですが、実際にやってみると、コンベアーの速さに目視がついて行かず……。手順としていろいろ試してみたのですが、なかなか良い方法が見つからず、結局、最速に合わせて手順のリズムを作り、それに合わせてひたすら動く方法を取っておりました。(たん、たん、たたん……の「たん」で商品を入れ、次の商品を手に取り、たたんで待つ、というように)
 しかしながら、たまに箱の流れてくる間隔が変わってしまうと、その時に頭が混乱し、ミスをしてしまう、というような感じです。

>もし目印がないものを振り分けるという話になると、またちょっとさらに工夫が必要にはなってきますね。
 というアドバイスについて、「工夫」の部分で、もし何か良い案がありましたら、教えていただけると嬉しいです。よろしくお願いいたします。


 
「情報を自ら得ていく能力」^^ / しまの 引用
No.588 2013/07/24(Wed) 09:27:47

>「工夫」の部分で、もし何か良い案がありましたら、教えていただけると嬉しいです。

まさにそこからになりますね^^。「仕事の普遍的スキル」とは。
与えられた状況だけではうまく行かない中で、いかに頭を回せるか。

まあ一言でいえば、「目印がないなら、作り出しなさい」という話になりますね。

「仕事の普遍的スキル」として一般的に言えるのは、「情報を自ら得ていく能力」です。
その場面で言えるのは、まず、そもそも「ミス」とはどうなってしまったものをそう判断されているのか。そこから原因考えるという思考の流れが、まず一つ取れます。
そしてコンベア流れ最初で、どう区別されているのか。そこに区別がないとなると、これはもう個人のミスというより、相互の調整ミスの話ですね。これはまた対処法違ってくる。
あくまで「数」区別であれば、自分の担当分区別しやすいよう、まずちょっと位置をずらすなどが考えられます。

情報が必ずあります。その情報に応じた、その情報を利用した、対処必要です。
これが得てして、仕事への姿勢の偏りによって、目がふさがれたままになりがちです。

この辺の目の鋭さと視界の広さが、まさに「仕事の普遍的スキル」への入り口です。
さてどんなもんかと^^。


 
Re: 悪口の回避について / serori 引用
No.589 2013/07/24(Wed) 11:35:38

>相互の調整ミス
 周りの方たちはあまり問題と感じていないようで、「慣れでできている」と仰っていたので、何か自分のやり方に工夫が足りないのか?と思ってしまっていたのですが、よく考えてみると、これに該当するかもしれません。

 そもそも、私の作業上の誤りは「ミス」と言えるものだったのか?というところから、疑問に思えてきてしまいました。生み出すことが必要とされる「価値」としては、「全ての箱に、商品が入っている状態」であり、1箱飛ばしで入れようが、そうでなかろうが、「全ての箱に商品が収まっていれば」結果に違いはないので。(だからこそ、ラインの調整者は箱に目印をつけることをしないのでしょうし)
 しかし、2人1組で作業するため、「入れる箱は等分」というルール(暗黙のルール?)があり、そのルールのために、全く区別のないたくさんの箱の中から「自分の納めるべき箱」を見分けるという作業が発生していたように思います。

 それこそ、絶対に「1箱飛ばしで入れる」を徹底させるなら、ラインの先頭で2箱組にして流すとかしていただけたらいいし、取りこぼしがあったときのための2人1組なら、「1人目の取りこぼしに2人目が入れる」というルールにしてもらえれば……と思ってしまいます。
 しかし、派遣の立場上、それをライン担当者へ伝えるのも難しいところです。私以外の方は問題にしていないようなので、尚更……。


 上述の状況でどう考え得るかや、「相互の調整ミス」の解消法などについて、お知恵をお貸しいただけたら幸いです。


 
「目指すべき結果を生み出す最短の道を探せ」^^ / しまの 引用
No.590 2013/07/24(Wed) 17:48:46

>そもそも、私の作業上の誤りは「ミス」と言えるものだったのか?というところから、疑問に思えてきてしまいました。

との言葉を見た瞬間は思わず「あはは」と口に出していましたが、まとめますと、
「間違いようのない手順」「目印」と来て「相互の調整」といったが出てきたわけですが、

「相互の調整」についても、一般的仕事場面として
a)事前にはっきり行う調整
b)その場の「流れ」として慣例的暗黙的なもの

があります。

>「相互の調整ミス」の解消法などについて、お知恵をお貸しいただけたら幸いです。

とのことで話が出せるのは、上記a)の場合です。今回はどうやらb)ケースではないかと。

こうなるともう、まずは「流れに合わせる」ことが求められるという話にもなりますね。まあ高速道路法定速度だけ考えるのではなく、流れに合わせることも重要になるというように。
その中で、区別判断するという話。
これは「人の目」という話ではなく、人の動きモノの情報一つとして、しっかり見れることが重要になります。
これは新たに入った人間としては、まずはすでにいる人の流れ合わせられるか課題になると思います。それ以外の方法などないという話が、最初の方の方法どれも当てはまらなければ結論になると思います^^;

また格言で言いますと、
「目指すべき結果を生み出す最短の道を探せ」。

そもそも結局のところ、商品がどうなっていればいいのか。そこから、要因としては以上のようなものがある。
どれが「どうあるべき」かというよりも、どれが「目指すべき結果を生み出す最短の道」か。

問題を感じた場面で、これらを一通りざっと考えて、答えを出してみて、まずはそれに意識集中してみる。それによって、ほんの数時間でミスをなくせるかどうか。
まあ方向が定まらない意識拡散こそが、ミスの最大の原因であることも考えられますので^^。方向定め、あとはチャレンジですp(^^)q

こうした要因分析思考一通りすぐ自分でできるようになるのが、「仕事の普遍的スキル」基本形習得と言えますね。検討してみて頂ければ^^。


 
Re: 悪口の回避について / serori 引用
No.591 2013/07/25(Thu) 20:08:55

 ありがとうございます。ここまで詳細にやり取りしてくださったおかげで、「仕事の普遍的スキル」の考え方が、まずは知識として大方理解できました。

 とりあえず、ここまでいただいたアドバイスを元に、実践してみます!



ブログの記事を参考にさせていただきました。 / 引用
No.581 2013/07/12(Fri) 17:48:04

先日の取り組み以来、他にも参考になる解説をブログで拝見し、気付いてみると、通常の怒りの感情がかなり軽減していることを自覚できるようになりました。完全に怒りを放棄するにはまだまだ遠いですが。
少なくとも、仕事中に受けたヤジや不快なリアクションが、火が点いたように怒りを募らせるほどのものかどうかを疑問視できるレベルには落ち着いた状態です。

とくに参考になったのが、「魔界の怒り」と「現実世界の怒り」でした。
元来の怒りっぽさの中に相手の言動に過剰反応するものが多かったことや、幼少の頃から両親の夫婦喧嘩を飽きるほど見てきたこと、親から向けられた怒りがどうしても納得のいかなかったものだったことなど、思い当たる出来事が沢山あったので、今までの人間関係で発した怒りが「魔界の怒り」(…自分の心の中でいうと「魔界の悪意」というほうがしっくりきましたが)への防衛反応だったのではないか検討してみました。
いくつも思い返すまでもなく、完全に該当してたのに気づき、以前の人間関係での過剰反応を自覚したとき、また軽い苦しみを味わって「やってもうたー!」と後悔しました。
この苦しみ、自分の心の中にある矛盾を暴き、自覚したら起きるモノなのかなあと思うと、昔流行ってた逆転裁判というゲームみたいでちょっと面白くなってきました。

怒りが落ち着いた中で、一度不快なリアクションを受けた時にちょっと悲しい感情が流れたのでしばらく心の様子を伺ってると、不意に「マトモな親の下で愛されたかった」という、自分でもなぜ今ごろ感じるのかわからない思いが湧いて物凄くビックリしました。
とりあえず、悪くない流れの中には居るようなので、お礼とご報告をさせていただきます。
ありがとうございます。


 
「感情と行動の分離」の実践と「望みの根本への回帰」^^ / しまの 引用
No.582 2013/07/15(Mon) 17:00:15

>とくに参考になったのが、「魔界の怒り」と「現実世界の怒り」でした。

ブログ『「自己分析」虎の巻』カテゴリー収録の、
2010-12-30『「魔界の怒り」と「現実世界の怒り」』
ですね^^。
「人から向けられる怒り」の感覚取り組むためには必須と言える視点になりますね。

>とりあえず、悪くない流れの中には居るようなので、

そうですね。いい流れだと思います^^。
2段階的いい流れ
まず「怒り」への取り組みとして、現実世界の外面の行動法への取り組みと、「魔界の怒り」という内面の分析という、「感情と行動の分離」上級編的セット

それで「怒り」の問題軽減して、次に「魂の愛への望み」感情が現われています。

『悲しみの彼方への旅』でも、「失わされた怒りを捨て、本当に求めていたものへと還るのだ」なんて言葉が出てきますが(P.95)、そうした「怒りから悲しみへ」という、望みの根本への回帰が、「感情と行動の分離」実践の中で前進している。
これが一つのサイクルになります。この望みの根本への回帰起きるたびに、別の人間へと変化していきます。

全てこの繰り返しと言えます。「スパイラル前進」としてですね。
まあ怒り場面への対処についてはさらに行動学的積み重ねになりますね。
あとは「望みの根本への回帰」については、そうした積み重ねの中で、今回解説説明したような、「真の強さ」から「否定価値の放棄」へという節目があると、「望み」の開放度異次元の大きさになり、「望みの根本への回帰」大きさ異次元の大きさになるということで、基本として実践すること心に起きることは、これを最小セット一つのサイクルとして、生涯を通してのその繰り返し積み重ねになるという次第です^^。

解説続きで次は「「魂の望みの感情」と人生の歩み」なんてにする予定ですが、上記を踏まえてそれを読んで頂くと、ゴールまでの全体かなり把握できるかと思いますので^^。



お礼 / ケロッピ 引用
No.578 2013/07/04(Thu) 13:57:23

数年前に「けろっぴ」で投稿させていただきました。

はじめは、島野さんの書いている内容を理解するのにいっぱいいっぱいでしたが、
この数年をかけて、
熟読しては実践をして、内容の理解ができたら熟読をしてと
自分の生活を通して徐々に理解を深めていきました。

こんな、文章をつづると、きっと「魂」やもしかしたら「命」のところまで
到達しているのかな。とお思いになられてしまうかもしれませんが。
今はまだまだ「未熟と闇の大海」からたまに顔を上げて「成長の大地」を仰ぎ見て、
また大海にもぐりこみ、
感情を客観視できずに、その感情で行動に移してしまったりと、スパイラルを続けています。

それでも、島野さんの心理学を読み始めた当初よりは、
少し海面に近づいてきたのではないかと思います。

ここ数日ですが、目次の一覧をみてなぜか涙ぐむようになりました、
なぜかは分かるような。。分からないような気がします。。。

島野さんのHPにたどり着けたことを本当にうれしく思います。
また、島野さんこれからも活動がんばってください!

感謝をお伝えしたく、
「読者広場」に投稿させていただきました。


 
Re: お礼 / しまの 引用
No.580 2013/07/05(Fri) 10:21:38

>こんな、文章をつづると、きっと「魂」やもしかしたら「命」のところまで到達しているのかな。とお思いになられてしまうかもしれませんが。

10年20年、さらにはそれ以上の歳月を通してになると思いますので^^。一生をかけて取り組みですね^^。
ハイブリッド心理学自体がまだ整備途上という事情もありますので、の方頑張って書いていきますですp(^^)q



偶然ながら / 蓮(れん) 引用
No.565 2013/06/20(Thu) 03:02:30

かなり昔、夕希という名前で幾度か投稿させてもらいました。
実際のところ、しまのさんの心理学は私にとって非常にレベルの高いものに感じられたので、ぶっちゃけ無理、と感じて使うのを諦めていましたが、先日偶然にも、しまのさんの心理学で説明されてたことに似たような現象が起きたので、参考資料になればと思い、投稿させていただきます。
まず、元々諦めていたということで、説明に倣って起きたことではないことを前提にご覧ください。自分の取った思考はかなりツッコミどころ満載だと思われるンで。

元々私は、殆どの建設的行動に出る際、三日坊主になる状況でした。
従来、これを、やる気のなさ、根気のなさによるものと考えるか、自分にはやりたいことなど何にもないンだという諦めで片づけてました。

最近、同僚の知り合いの、恨み辛みの感情の激しい人の奇行を耳にすることがあり、そこから、自分の世の中に対する恨み辛みの膨大さをリアルに実感しました。恐らく、投影とか外化とか言われてたものを勘で処理したンだと思います。
その人の奇行はさて置き、私の場合、恨み辛みの大きさのあまり、世間の言いなりになどなってやるものか!という気分から、自分にとって有益な行動すら拒絶し続けてきたのだと思います。
ただ、それを自覚した直後も、世の中の言いなりになる行為が、そのまま自分を苛め苦しめてきた連中を許すことに繋がると感じてしまい、「何で赦さなきゃいけねえンだ!?」という反発感が強まりました。
以前このサイトで聞いたことを生かした点と言えば、この反発感を力ずくで無くそうとしなかったことぐらいだと思います。
その後、「母親から酷い仕打ちを受けたこと」を言い訳に迷惑行為に走ってる別の人の話を聞いたとき、今の自分とその人が、心理的な問題について似たような構造を持ってるように感じ、自分の心に大きな打撃を食らうような感覚に見舞われました。俺はこいつと同レベルなのか、という意識が頭を覆い、その場でのた打ち回りたいという強烈な衝動が起きました。城でたとえるなら、天守閣をミサイルで吹き飛ばされたような感じでしょうか。何にしても、心の一部が派手に木端微塵にされたように感じられました。従来の心が死ぬ現象とはこういうモノなのかなあ…というものが体験できたのかもしれません。

それが静まってからは、従来の恨み辛みが軽減された感じがします。
私を苛めた連中を赦すかどうかについては、考える必要を感じないという感覚が強くなってるように思えます。
あとは、有益な行動に出る際の心境がどうなるか、ですが、何となく、以前より取り組みやすくなりそうな感じがしています。
久しぶりに拝見してみると外面的行動に関する説明が以前より分かりやすくなっているように見えたので、使うことを検討してみようかなあ、と思います。


 
Re: 偶然ながら / しまの 引用
No.566 2013/06/21(Fri) 10:29:40

>従来の心が死ぬ現象とはこういうモノなのかなあ…というものが体験できたのかもしれません。

そうですね。邪念ある心澄んだ心変化するのは、そうした「苦しみ」経ることのみ可能にするというのが、僕の経験でもそうだったことです^^。気持ちの持ちようじゃ心はきれいにはならない^^;
まあがある時、自分自身も毒になってしまえばそうした苦しみを感じることなく平気でいられるのですが、自分の全体毒に滅ぼされてしまう。自分自身毒になりきれない時、自分自身の毒に苦しむのですが、それが「浄化」なんですね。

>久しぶりに拝見してみると外面的行動に関する説明が以前より分かりやすくなっているように見えたので、使うことを検討してみようかなあ、と思います。

外面の行動法については、まだ具体的な情報整理できた形ではほとんど出させておらずご不便をおかけしている状況ですが、まずは次の作業として予定している『メール相談事例集』あたりでようやっと参考にできるものが出せるように考えています。
それまではご面倒かと思いますが、具体的材料あればここで質問相談頂ければ懇切にアドバイス返しますので。

外面の行動法というのは、結局紋切り型「こうしなければ」というものではなく、今回の解説でも
基本的な流れ
で、
・心の健康と成長に向かう行動法とは、実際の場面での具体的行動として、全く異なる幾つかの選択肢として出てくるもの
・心の健康と成長とは、自ら幸福に向かうための行動の選択肢を知り、それを自分で選んでいけるということにある

と述べた通り、まず広い視野行動の選択肢知ることからになりますので、三日坊主になるもならないもないような感じになると思いますので^^。


 
Re: 偶然ながら / 蓮(れん) 引用
No.569 2013/06/25(Tue) 21:53:05

お返事ありがとうございます。
しまのさんの説明を最近読み返してみて、以前無理だと思ってしまった最大の要因が、最初の取り組みについて盛大に解釈を間違えていたことだと気付き、非常に勿体ないことをしたもんだと後悔しました。
解釈ミスの影響で、「建設的行動を当てはめで行う」というミスを行おうとして挫折したように思えます。
当時はそういう読み違えをしてしまう精神状態だったのか、それとも単に読解力が凄まじく悪かっただけなのかは今となっては分かりませんが、ミスを修正しつつ、また見直してみようと思います。

今のところ、店のPRのバイトで客以外からヤジを受けたり絡まれたりすることからくる怒りや、それに伴うやけ食いヤケ酒が主な問題でしょうか。「チヤホヤされたいとは思わないけどバカにされたくはない」という感覚はかなり強いです。
ただ、今のバイトを辞めたところで、仕事上の怒りに苛まれるのはどこに行こうが変わらない気もします。実際、普段からキレやすいほうなので…。
とりあえず、怒りへの対処法や、掲示板のログで、ヒントになりそうなものを探してみようと思います。


 
「人生観」から「怒り」の克服へ^^ / しまの 引用
No.570 2013/06/27(Thu) 14:17:25

>当時はそういう読み違えをしてしまう精神状態だったのか、

これはまあ確かに恐らくそうした面と、あとハイブリッド心理学自体がまだ整備途上であるのと、両面だと思います^^。まあ建設的行動法について「感情を無視して理屈で行動する」ものだと誤解する人が結構おられ、「当てはめ」「枠はめ」ではない耳にタコ(^^;)ができるほど書くようになってきたのも比較的最近ですので^^。

>「チヤホヤされたいとは思わないけどバカにされたくはない」という感覚はかなり強いです。
>怒りへの対処法や、掲示板のログで、ヒントになりそうなものを探してみようと思います。

これについては2点ほどアドバイスができるかと。


「人生観」への取り組み

まず、これは指摘されるのが意外かも知れませんが、基本的な人生観が、
「「人生観」の学び」
で説明している「道徳の授業型人生観」の中に、ほぼ100%あるのではないかと推察します。
この点すぐ前
『お礼と近況について』 seroriさん No.567 2013/06/21
ケースとやはり同じなんですね。
seroriさんの場合が自責的いい子タイプであれば、蓮さん反抗者タイプで、表面かなり違って根っこ同じであるわけです。
で、この人生観違い一番根底にありますので、まずこれを意識して取り組まないと、転換見えてこないと思います。

それが「大自然を生きる一匹型人生観」もしくは
心を病ませる4つの心理メカニズムからの抜け出し
で触れた
「人それぞれの人生型人生観」
になってくるとどうなるかというと、

まず「バカにしてくる相手」「キレてしまう相手」が、自分の人生にとってどんな重みがある相手なのかを吟味するというのが、結構重要なステップになってきます。
普段の日常思考を、seroriさんケースアドバイスしたように、「目的思考を欠いた善悪評価思考」から「目的思考」変えていくという、結構中身の骨のある実践合わせてです。
するとこの結果は、「バカにされたくない場面」「キレてしまう場面」への対処法が、それだけでもう紋切り型のものではなくなってくる、さらには、そもそもそうした問題自体がどうあるかから変化してくる、というものになると思います。


「「怒り」」の克服

まずはそのように、「人生観」全ての根底にあるということに取り組むのと2本立てという感じで、次に「怒り」への対処としての具体的な思考法行動法にも取り組むのが良いかと思います。

それについてはまずは、ブログ
2010/02/04 「怒り」を捨てる-1
2010/02/04 「怒り」を捨てる-2
2010/02/06 「怒り」を捨てる-3
あたりで、ごく入り口をしていますので一読されると良いかと。

「怒り」克服とは、「怒りを抑える」のではなく、「怒りの有用性を徹底的に見極める」のがまずはだと言えますね。ま結論は、徹底的に有用性がないのが怒りだという結論になるというですが。
あとは、仕事場面なり対人行動法なり、ハイブリッド心理学での全て行動法の学びが結局、怒りを使わないものへと向かっていきますので^^。


 
Re: 「人生観」から「怒り」の克服へ^^ / 蓮(れん) 引用
No.576 2013/07/02(Tue) 16:39:33

 アドバイスありがとうございます。

 >この人生観の違いが一番根底にありますので、まずこれを意識して取り組まないと、転換が見えてこないと思います。
 
 これが見事に的中し、一週間ほど前に、また前に進むためのものと思われる苦しみを経験できました。

 アドバイスを頂く前後、こういう場合の行動法はどんなものが適してるのだろうかと、あれやこれや考えても、結局、ただ通過していくだけの人々が自分を野次らないようにする手段など見つかるわけもなく、あれこれ考える中でいろんなマイナス思考が浮かび、流していました。

 アドバイスを受けた後は、自分が今まで道徳思考にどう接してたか並行して考えるようにしました。
 道徳思考には、子供の頃は「よくわからんけど、従わないと酷い目に遇うものなんだな」と、目上の人から処罰されない為に従わなきゃいけないもの、という感覚で従ってました。
 親も教師も、脅しによる躾をしているようにしか見えず、苛めを受けていたことも大きく影響し、子供の頃から、自分以外は全て天敵に見えてたのかもしれません。
 メンタルサイトで、心が病む原因は生育過程で受けた酷い仕打ちだというのを見て、こちらで道徳思考の不合理さを目の当たりにした時、道徳そのものへの反感を膨らませてしまいました。そしてアンチ道徳、アンチ儒教に。
 苦しみを通過するまでは、そのことで発生した問題が見えてませんでした。

 最後に見えたのが、「不正なこともせずに働いて、なぜこんな仕打ちを受けなきゃいけないんだろう…」という思考で、仕事中の怒りの核はこれかなあ、と思いつつ、やはり怒りを鎮めるのは難しい、と考えながら、アンチ道徳な思考を巡らせているときに、不意に「正しければ危害を加えられないっていうそれ、アンタが嫌ってる道徳思考じゃね?」という考えが頭に浮かび、自分自身のバカさ加減に気付き、大いに苦しみました。
 仕事中でしたが、人のあまり通らない夜中だったのも幸いし、「うわぁ…」とか呟きながらも苦しみを何とか流せました。
 山場らしきものが過ぎた後、「自分に降りかかった出来事はしっかり受け止めんとアカンよなあ、やっぱ」という思考が浮かびました。
 結局、道徳を叩きながら、わが身に降りかかったことを自分で受け止めることは避けるという道徳思考は残存したままだった、という、あまりに笑えないオチになってしまいました。
 
 それからしばらく、「もう怒りを感じなくて済む!」と舞い上がってました。事実、通行人の嫌なリアクションを見た時の動揺はかなりへっていたので。ですが、仕事外も含めたアクシデントが連続して起きたとき、やはり怒りが浮かんでしまい、一時的に落ち込んだ気分になりました。その後、「そりゃ、一気に怒らなくなるわけないよな」、と苦笑する場面もあり。
 その後も、浮かんだ感情を流す場面にたびたび遭遇しています。

 今のところ、外面行動に関してはあんまり手が付けられてないので、今まで投げ出していた部屋の片づけやダイエットなどに手を付けながら取り組んで行こうと思っています。

 また壁に当たったらアドバイスをお願いすることもあると思いますが、その時はお願い致します。
 今回は本当にありがとうございました。


 
「不道徳から」がお勧め^^ / しまの 引用
No.579 2013/07/04(Thu) 15:52:26

まあともかくはいい転換になったかと^^。

手短今後へのアドバイスなど書いておきますと、
道徳でもアンチ道徳でもないとなると、まず「不道徳」というものになります。結構そこからお勧めです^^。
何がどうあるべきという話の前に、まず現実とはどのようなものであるのかを見る。道徳基準にして「どうせ」とうそぶくのでもなく、現実がどうあるのか、そのありのままの姿をですね。

「現実を見る目」という全ての始まり
になってきますが、そうするとそれは大抵、「不道徳」な話からになると思います。「どうすれば野次られないで済むか」ではなく、「野次られるのが現実」だというように。
そこから、そこにある原因分析やらそれに応じた対処やらの「行動学」が出てきます。
全てが「学び」になってきます。

そこで一個踏まえておくと良いのは、「野次られる」というのは、得てして、アンチ道徳姿勢にある道徳姿勢が、他人の目に鼻につく可能性があるということです。それが実は盲点のように野次られる原因になっているかも知れない。

まいずれにせよあとは具体的場面内容に応じた話になってくると思いますので、何か材料であればまた新規トピックなどで質問相談頂くとよろしいかと思います。僕ならどう考えるかなどアドバイスでき、多分思いもつかない視点になると思いますので^^。




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