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人生の課題について / serori 引用
No.700 2013/11/21(Thu) 22:39:26

いつもお世話になっております、seroriです。
今回は「仕事と生活について / ピヨさん(No.688)」にも関連する内容について、ご質問させていただきたいと思います。

 かねてから、具体的には物心ついた頃から、私には「人生の課題」とも思える、なぜだか分からないけれど「成し遂げなければならない」と思われることがあります。ただ、それは上手く説明できないのですが、理性でとか、好きだからとか、お金が稼げるから、とか、そういうものではなく、何故か「そういうものだからやらなければ」というか「やりたい」というか、そんな感覚として染みついているものであります。

 その内容は「何かを創らなければならない、創りたい」という漠然としたものなのですが、今、確実にそこへ向かっている感があります。特に、島野さんの提唱するハイブリッド心理学を学んでからは、そこへ向かう力が加速しているように感じます。

 そこでご質問は、人生の課題とは、このような漠然としたテーマへ向かっていく、ということなのでしょうか?ということです。おそらく、島野さんからの回答がどうであれ、向かってしまうような気はするのですけれど……。

 いまいち自信がありませんので、もし、その感覚を言葉にできたり、島野さんの体験談(著書のご紹介なども含み)などありましたら、ご参考までにお聞かせ願えれば幸いです。人生の課題に取り組む際のアドバイス等もありましたら、いただけたら嬉しいです。


 
「人生の課題」^^ / しまの 引用
No.706 2013/11/25(Mon) 16:09:17

>そこでご質問は、人生の課題とは、このような漠然としたテーマへ向かっていく、ということなのでしょうか?ということです。

いや、「人生の課題」は、テーマとしてははっきりしていると思いますヨ^^。
「自尊心」「愛」、そして「人生」そのものが、「人生の課題」テーマです。それをどうつかむか。その答えを見出すことが、この人生生まれた瞬間我々課せられる、宿題なのだと。それがハイブリッド心理学の考えです。

その答えが、「成長」の歩みの中で、漠然と見えてくる、というにはなるかも知れませんね。

>その内容は「何かを創らなければならない、創りたい」という漠然としたものなのですが、今、確実にそこへ向かっている感があります。

というであれば、まずは「自尊心」そして「人生」というテーマへの答え漠然と見えてきたということであり、
今掲載中の原稿としても、『入門 - 3.取り組み実践』の中で
4.「愛」と「自尊心」のための価値観と行動法
という最も根幹となる「価値観」として、ハイブリッド心理学指針とする「現実において生み出す」という方向性が、「何かを創る」ということへの衝動として芽を吹き出してきたものかも知れませんね^^。

アドバイスとしては、
「創る」ということについては、まずは
・「創る」ものの内容が決まれば、必ずそのための知恵とノウハウがあるので、まずそれをうまく仕入れるのが良い。知恵とノウハウを得ることに不効率があると、向上が遅くなり、得てして意欲がそがれ辞めてしまいがち。
・特別な活動を考えなくとも、日常生活の中に創意工夫で「創る」ものがある。まずその姿勢を持つことが大切。

といったがあると思います。

「人生の課題」への向かい方姿勢としては、最も大きな次元では、
・「命」をかけて向かうものを見出す
・人生で最も愛する相手に向かう

という2つ大きな課題であることを、
『実践詳説』などで書いていますね(P.259)。

それへの向かい方については、もうハイブリッド心理学の全てがそれを書いているものだという話になりますが、

>もし、その感覚を言葉にできたり、島野さんの体験談(著書のご紹介なども含み)などありましたら、ご参考までにお聞かせ願えれば幸いです。

というで言えば、僕の場合は何を置いても執筆に専念するために会社を辞める判断をした時のが、体験談になると思います。
これについては『入門編下巻』「8章 人間の真実「人生」」で書いています(P.248)この章恐らくは、ご関心のテーマについて一通り書いたものになるかと思いますので、一読もしくは再読頂ければ^^。

まあいずれにせよこれも、
>今回は「仕事と生活について / ピヨさん(No.688)」にも関連する内容について、
トピック
『「仕事」と「趣味」・「職業の選択」』 しまの No.697 2013/11/21
で書いた、「広い視野から総合的に決断」ということですね。

まずはこんな話アドバイスになりましたかどうか^^。


 
Re: 人生の課題について / serori 引用
No.708 2013/11/25(Mon) 20:26:28

 アドバイス、ありがとうございます。

 『入門編下巻』の「8章 人間の真実「人生」」(P.248)を拝見して、どのようなことか、感覚的に理解できました。

 まさに、鬱病から脱却した(と思われる)時の私がその片鱗のようなものを感じていました。そして今、島野さんからのアドバイスをいただいて、はっきりと感じました。私の場合は、「世間の遊撃手のような位置づけで、その時出会った物事に対して『私が創ることで価値を生み出せる』場合に、適当な何かを創る」ことが人生の課題なのだと思います。「漠然」ともとれるくらい広義に「何かを創る」ことが、私が命をかけて生み出したいと思える価値のようです。

 「命をかけて向かうもの」とは、漠然とした何かとは違うのかな?と思って質問させていただいた次第なのですが、私の場合には「漠然であることが価値をもつ」という確信を得られました。もしくは「漠然としたところから絞り込んでいって価値のある何かを創り、私の『創る』役目が終わったと感じれば、また漠然とした視点に戻り、新たなものを創り続ける」という感じです。

 これを基軸において、また現実へ向かってみようと思います。


 
Re: 人生の課題について / serori 引用
No.709 2013/11/26(Tue) 00:10:56

 追記で失礼いたします。

 上記の「漠然と」というのは、具体的に「何を創るか」は分かっていないけれど、「自分が創れる範囲のもの」という意味ですので、行動法としては「自分が創れるものを増やしていく」「創れるものの精度を増していく」という方向を目指す、というものであります。ですので、今後の具体的な行動としては「興味のあるもの・楽しいと思えるあらゆるものを、創れるようになる」「既に習得したスキルの中で、その時々に興味を持ち得るもの・楽しいと思えるものの創作スキルを伸ばしていく」「創ることを求められた場合、それを創るスキルを短期間で習得する」という感じで考えています。

 ですので、「漠然と」何をしたらいいのかわからないけれど、その方向へ向かっていく、というのとは、多少異なるかな、と考えております。


 
Re: 人生の課題について / しまの 引用
No.718 2013/12/01(Sun) 07:50:50

「感じ方」「成長」に伴い変化するものでもありますので、まずは「生み出していく」という方向性向かうということでノープログレムだと思います^^。
あとは仕事的な「創る」ものについては、専門性などもあり選択して絞り専念していくことが大切になることなども、考慮しておくと良いかと思います^^。


 
Re: 人生の課題について / serori 引用
No.719 2013/12/01(Sun) 20:59:21

 再度のアドバイス、ありがとうございます。

 コメントいただいた通り、まずは「生み出していく」という方向性に向かってやってみようと思います。

 不思議なことに、「その時々で自分に創れるものを創りたい」という方針のもとに動いていたら、「仕事かそうでないかに関係なく、今の自分に必要なものが得られる場所へ自然と向かってしまう」という現象に出くわし、ああ、こんな生き方に落ち着くんだろうなあと実感しております。

 「今の自分が創るべきもの」がある場所が仕事の中であれば、自然とその職に就くことになり、それが家庭の中であれば、自然と仕事を辞めて家庭に入り、生きる糧は家族から得ることになり、今現在は、実家を継ぐことになっております。今まで学んできたことが蜘蛛の巣状に繋がり、家業の発展に貢献できそうなことから、ああ、またそういうところに落ち着くのだなあと不思議な思いでおります。

 今後も、まずは自分が「学びたい」と思ったことを学び、「行きたい」と思った方向へ向かってみたいと思います。



仕事と生活について / ピヨ 引用
No.688 2013/11/13(Wed) 21:02:03

 島野さん、いつもコメントありがとうございます。

 前回の言葉、「仕事に身をすり減らして一生を終えて満足か。など」について。

 たしかに、正社員ですと特に、支度も含めると何時間も取られることや、人間関係の場と仕事をこなすことで疲労となります。
 仕事は、大変なことではありますが、人との関わりやいろいろな勉強となります。特に、なりたい仕事に就いた場合、辞めたくないとも感じるものです。
 
 身をすり減らしてという、表現もとても分かります。働き続けること、何かを続けることは大変なことと感じます。
 しかし、身をすり減らしてという言葉と、正社員で働き続けることは、ある意味イコールと感じますし、しかたのない部分と感じます。

 仕事をすること、人を思うこと、どちらも大切なことと感じます。

 そして、その生活の中で、どのように幸福になれるのかを考えながら毎日を送りたいと
感じています。

 仕事と生活についても、考えさせられるテーマなので、島野さんご助言ありましたら参考にさせて頂きたいです。


 
仕事に向かう姿勢の指針^^ / しまの 引用
No.692 2013/11/16(Sat) 11:23:49

「仕事に身をすり減らす」

まず「仕事に身をすり減らす」というのは、まずは「大変な労力をかける」「生活時間の大半をそそぐ」といった、楽なことではない様子を指す、一般的な表現と考えて頂いて良いと思います。

それで言うなら、「仕事」というのは基本的に言って、身をすり減らしてやるものですね。身をすり減らさずにやる仕事なんていう、楽で都合のいいものはあまりない。もしくはあまり価値のある仕事ではないと言えるかも知れませんね。
ちなみに島野の執筆も、それなりに身をすり減らしてやっている所存^^。

ですので、「仕事に身をすり減らして一生を終えて満足か」というのは、「そんなのやめちゃえば?」というよりも、「身をすり減らしてやるだけの価値を、自分から見出したい」というのがそのココロです。ただ回りを見回して流されるように仕事をするのではなく。
「満足か?」は、そのための「問い」表現ですね。「満足だ、なぜなら・・」というのが、嘘偽りなく心底から出てくるのであれば、そこに「答え」見出されたという話になる。


「仕事」に見出す価値

そんな話として、実際我々「仕事」にどんな「価値」感じることができるかについては、ハイブリッド心理学からは、
「仕事」に、より大きな価値を見出す、そして生み出すことができるようになるのが「成長」
だと言えます。

大よそ、3つの段階で、「仕事」「価値」感じるようになれるのが「成長」道筋と言えるかと。
まずは、自分が生きることを支えるためのもの。
に、愛する人と共に生きることを支えるためのもの。
最後に、自分が何か世界の全ての人に役立つことを出来るという充実を、見出すもの。

ハイブリッド心理学からは、「行動学」「仕事の普遍的スキル」習得として「仕事」向かうことが、こうした「成長」のための最短の道だというのがノウハウになります。


仕事に向かう姿勢の指針

一方、こうした「成長」に向かうことができなくなるのが、「働かざるもの食うべからず」といった道徳的な感覚で仕事に向かう姿勢「こんな歳で就職できないなんて」とか、「勝ち組負け組」といった「体面」として仕事に向かう姿勢があります。

道徳や体面で仕事に向かう価値観見直し「何のために仕事をするのか?」という「問い」常に向き合いながら、「行動学」「仕事の普遍的スキル」習得として「仕事」向かう
これがハイブリッド心理学からの指針と言えますね^^。


 
Re: 仕事と生活 / ピヨ 引用
No.693 2013/11/16(Sat) 18:20:17

 「仕事に身をすり減らして一生を終えて満足か」については、
 
 心身の疲労となる仕事は、それだけで一生を終えてしまって良いのかという意味なのかと思い、考え込んでいました。

 実際、仕事はしていたいが、半日で終わるくらいが疲労や時間的な負担とならないと感じたり思う時はあります。

 「身をすり減らしてやるだけの価値を、自分から見す問い」だったのですね。

 そして、「満足だ、なぜなら・・」というのが、嘘偽りなく心底から出てくるのであれば、そこに「答え」が見出されたという話になると。また、「何のために仕事をするのか?」という「問い」に常に向き合いながら。
 
大よそ、3つの段階で、「仕事」に「価値」を感じるようになれるのが「成長」の道筋
まずは、自分が生きることを支えるためのもの。
次に、愛する人と共に生きることを支えるためのもの。
最後に、自分が何か世界の全ての人に役立つことを出来るという充実を、見出すもの。

「行動学」「仕事の普遍的スキル」の習得として「仕事」に向かうことが、こうした「成長」のための最短の道だということ。

@生きることを支えるものとしては、経済的なことの他では、仕事ではなく趣味や生きがいとなる別の物でも代用できるのではないでしょうか。

 また、主婦・育児休暇などで就労から離れていて社会から取り残された気分になる方・病気で働くことをストップされている方・定年後の方で仕事が無い喪失感の方・仕事が見つからない方・働くことが困難な方・育児のためパートなどに変えたなどの場合もあると思います。

 A職業の選択は、入社できそうな所・興味のあるもの・出来そうなもの・自分に合ったものが適していると言えますか。

 私は、学生の時になりたいものを選びました。

 B私は、どちやかというと収入(お金)よりも自分の時間が欲しいと感じます。しかし、仕事は自己実現や自分の成長や課題にも大切と感じてもいます。

 島野さん、貴重な深いご意見をありがとうございます。

 @〜Bについて、もう少しご意見お願いします。


 
「仕事」と「趣味」・「職業の選択」 / しまの 引用
No.697 2013/11/21(Thu) 09:28:34

「仕事」と「趣味」の本質的な違い

>@生きることを支えるものとしては、経済的なことの他では、仕事ではなく趣味や生きがいとなる別の物でも代用できるのではないでしょうか。

「仕事」「趣味」本質的な違いという話から言うならば、次の3点になると思います。

「仕事」とは、
1)「必要」に応じて行うもの。生計のための就職だけでなく、「家事」もそうですし、災害ポランティアもそうですね。「必要」があって行う。
2)「対価」を得ることが前提となって行う。働けば「給料」を売れば「代金」「対価」を求めない場合その旨を明示して仕事をするのが「ボランティア」「NPO」の活動ですね。「家事」自分のため、身内のため「仕事」であり、対価の授受は省略していると考えることができるでしょう。
3)自分の都合では事を運べない、自分勝手には進められないもの。相手の都合、社会の都合に合わせなければならないのが基本となるもの。

「趣味」その反対ですね。
1)「必要」はなく「楽しみ」で行うもの。
2)「対価」を得ることは基本的に目的にしない
3)自分の都合、自分の勝手に進めることができるのがまずは基本。

我々「仕事」というのを考えると、まず2)の「収入」を得るという面目が向きますが、心が成長成熟するごとに1)と3)の面「収入」によらずに重みを帯び、自分にできる、人と社会に役立つことを尽くすという姿になると言えると思います。

「心の成長」にとって、そうした「仕事」どう自分が向かうことができるかが、この世に生まれた時に誰にでも出される一つの宿題のようなものだと、としては考えています。
特に3)自分都合自分勝手には進められない、という面に対して、いかにうまく対応できるようになるか。そのためには、人を知り社会を知ること、そして「行動学」や「仕事のスキル」を習得することが重要になります。
それによって、「社会で生きる自信」という、人生の大きな宿題達成される、と。
この点、セレブ家庭に生まれて、何でも自分勝手にできる人は、得てして心の底では「社会で生きる自信」を持たないであろうまま、ろくでもない人間(^^;)になってしまうケースがあるのは、ワイドニュースなどでしばしば耳にする通りですね。


職業の選択

>A職業の選択は、入社できそうな所・興味のあるもの・出来そうなもの・自分に合ったものが適していると言えますか。私は、学生の時になりたいものを選びました。
>B私は、どちやかというと収入(お金)よりも自分の時間が欲しいと感じます。しかし、仕事は自己実現や自分の成長や課題にも大切と感じてもいます。

「職業の選択」は、まずは「広い視野から、総合的に、自分で決断する」ものと考えるので良いかと思います。
「広い視野」とは、自分の能力資質や性格、趣味傾向、資金、つてやコネといった自分の条件世の中どんな職業があるかの知識、そして上述のような、「仕事」「成長」関係、そうした沢山の視野を持って判断するほど、自分の幸福につながる選択ができるようになる、と。

>また、主婦・育児休暇などで就労から離れていて社会から取り残された気分になる方・病気で働くことをストップされている方・定年後の方で仕事が無い喪失感の方・仕事が見つからない方・働くことが困難な方・育児のためパートなどに変えたなどの場合もあると思います

職業の選択にあたって、さまざまな「制約」が出てくるというケースですね。同じで、それをさまざまな条件の中の一つとして、「広い視野から総合的に決断」しなければなりませんね。

全ての人において、「これで決めればいい」などというものではなく、人それぞれ人生の歩みそのものとして、選んでいくということになりますね。
もしそれぞれについてアドバイスするとしたら、それぞれ人生の歩み全て聞いてからだという話になると思います^^。


 
Re: 仕事と生活について / ピヨ 引用
No.699 2013/11/21(Thu) 17:43:48

 島野さん、たくさん説明して下さりありがとうございました。

 特に、仕事から社会で生きる自信という、人生の大きな宿題が達成されること。

 また、人それぞれの人生の歩みそのものとして、選んでいくということになるということが分かりました。。


 
高齢時について / ピヨ 引用
No.702 2013/11/22(Fri) 21:49:46


「仕事」とは、「必要」に応じて行うもの。生計のための就職だけでなく、「家事」もそうですし、災害ポランティアも。「必要」があって行う。

「趣味」は「楽しみ」で自分の都合で行うものとのこと。

 職業としての仕事について、自分が仕事を続けていく中で、高齢になった時は職業を退くのかと思います。そして、その場合、自分のことをできる時間が増えることになるため、家事や家のこと。それから、趣味の時間が増えるため、このような生活も楽しみと感じます。また、短時間でも社会で何歳になっても働きたいと考える方もいると思います。
 
 高齢になった時は、それなりに職業に従事しない自分を受け入れることも必要なのだろうと感じます。仕事がある内は、働くところがあると思います。

 島野さん、高齢時の考え方についても回答下さい。



 
 2つの大きな課題から / ピヨ 引用
No.707 2013/11/25(Mon) 18:16:49


 島野さんの投稿を読み、本日感じたことがあり、繰り返しになっているかもしれませんが、投稿しています。

 職業の選択は、学生卒業頃では、自分自身視野がそんなに広くなかったと感じます。そして、大人になってからいろんな仕事を目にすることがあり、あの時もっと勉強して、なりたい仕事の選択幅が広くなるようにしていれば、違った職業に就けただろうと感じます。もう、過去であり今の自分はその時の自分では無いのは分かっていますが、こうすれば受験に合格するとかの本を目にすると、自分の過去や現在の視点を見つめると、自分にとって「命」をかけて向かうものを見出すことはできるのだろうか?と感じました。
 
 今、自分にできる職業から見出していくことは可能と感じます。また、職業からだけではなく、自分の時間を使った生き方全体として、島野さんのように学ぶことも含まれると感じています。


 それから、人生で最も愛する相手に向かうという2つが大きな課題であることとのこと。これは、親の反対を押し切ってとか、世間体で躊躇する方などの選択でも、自分自身を基準によく考えて、選ぶという考えということでしょうか。

 


 
高齢における就労・2つの大きな課題 / しまの 引用
No.713 2013/11/30(Sat) 09:28:54

手短に^^。

高齢における就労

>短時間でも社会で何歳になっても働きたいと考える方もいると思います。高齢になった時は、それなりに職業に従事しない自分を受け入れることも必要なのだろうと感じます。仕事がある内は、働くところがあると思います。

高齢になってからは、生計のために働かなくてはならないという「必要」からの就労は、まずは必要なくなるように、なるべく若い頃から計画を立てるのが、まずは「人生設計」ですね。「年金」といった社会制度考慮の上。
そので、「必要」からではなく「生きがい」のために、何か仕事を続けるというのが、理想ではないかと思います。

最近新聞で、「いきいき生きることがゴール、就労はその手段にすぎない」といった言葉を見かけましたが、まさにその通りだと思いますね^^。その記事特に高齢を取り上げたものではありませんでしたが、高齢においてこそそれが言えるのではと思います。

2つの大きな課題

>あの時もっと勉強して、なりたい仕事の選択幅が広くなるようにしていれば、違った職業に就けただろうと感じます。もう、過去であり今の自分はその時の自分では無いのは分かっていますが、こうすれば受験に合格するとかの本を目にすると、自分の過去や現在の視点を見つめると、自分にとって「命」をかけて向かうものを見出すことはできるのだろうか?と感じました。

「命をかけて向かうものを見出す」とは、どんな仕事の選択ができるかという話よりも、これから生きる上で自分にとって一番価値があるものを見出すといことです。
ですので、
1)自分に「何ができるか」を広げていく
2)その中で自分にとって「何が本当に価値があるか」に向き合っていく

という2つのステップ繰り返し模索していくものになると思います。
まあそこではよく1)過去を悔やむのですが、過去を悔いても始まらないので、「今からの向上」目線を切り替えるのが大切ですね。人生最初から完璧に行ける人などそういませんので^^。

>それから、人生で最も愛する相手に向かうという2つが大きな課題であることとのこと。これは、親の反対を押し切ってとか、世間体で躊躇する方などの選択でも、自分自身を基準によく考えて、選ぶという考えということでしょうか。

「人生で最も愛する相手に向かう」という大きな課題は、「社会を生きる自信」をしっかりと築き、それを足場にして向かうのが良いハイブリッド心理学では考えています。
つまり、『入門 - 3.取り組み実践』で取りあげた実践テーマの中で、
3.行動学
などを、まずはしっかりと習得することが重要だと考えています。それが、「人生で最も愛する相手に向かう」という大きな課題への、強固な足場になります。

それで言うなら、「親の反対を押し切ってとか、世間体で躊躇する」とかの揺れ惑い状況には、まずはならない、もしくはそれを脱するのではと・・^^;
取り組み実践するならば、まずはしっかりと親を説得できる、そして世間体なんていうつまらない価値観卒業するというのが方向性になると思います^^。


 
Re: 就労と課題 / ピヨ 引用
No.716 2013/11/30(Sat) 10:39:42



 いきいき生きることがゴールで、就労はその手段にすぎないこと。「生きがい」のために、何か仕事を続けるというのであれば、理想ということ。

 どんな仕事の選択ができるかという話よりも、「社会を生きる自信」をしっかりと築き、それを足場にして今からの向上に目線を切り替え、自分に何ができるかを広げていく。その中で、自分にとって何が本当に一番価値があるものを見出すといこと。

 また、世間体なんていうつまらない価値観は卒業するという方向性ということ。

 島野さん、とても方向性を知ることができました。

 昨日も、自分は何十年後は、仕事をするかどうかを考えていました。まだ、先の話なので考えなくても良いのですが、何も考えないで今の年代を過ごすよりも、先のことも考えて見たくもなります。

 今からの向上に目線を持ち、過去は考えるのを終わりにしようと感じました。

 ありがとうございました。



欲について / ジン 引用
No.696 2013/11/20(Wed) 18:42:30

 島野さんの、本と身近で聞いたことについて

 島野さんの、「自己の重心を損なった空虚や、愛情の欠如への代用品として、意識よりも深いところでエネルギーが0衝動にバイパスするような現象が起きる。

 自己の重心の喪失と愛の欠乏が減少した時、0衝動よりもより健康的な姿を示すようになる。まず、欠乏を埋めるための代用品という、麻薬のような誘惑がなくなっていく。同時に、望まない0行為が破壊行動であることへの感受性が回復する。」の文と。

 男性は、相手がいない場合など、解消としてそのようなサービスを受けるとの話。

島野さん、人間の欲、本能としては、0欲は、自然なことからの視点は、どうお考えでしょうか。 

 心が、回復するとさびしさや、無いものねだりの気持ちが減少して、埋めるための0欲が軽減するとは、理解できます。

 


 
「自然の性」からの考察^^ / しまの 引用
No.704 2013/11/24(Sun) 11:26:20

>島野さん、人間の欲、本能としては、0欲は、自然なことからの視点は、どうお考えでしょうか。 

「自然の本能」としては、たとえば「食欲」動物自身の生存維持のために極めて基本的な欲求衝動として起きるものであるのと、同じものと考えることができると思います。
つまり我々は、自分の体を維持するために食べることが必要であり、それを頭で理解することで「ならば食べよう、食べたい!」と感じる以前に、思考など働く必要もなく腹が減れば食べたくなるという、体のレベルでの欲求衝動を感じるようにできているわけです。
そうであるから、生き物生きながらえるわけです。そうした仕組みがなく、自分で食べることが必要であると頭で判断しないと食欲が起きないようであれば、生き物とうの昔に滅んでいたでしょう。

「性欲」同じで、理科で習ったと思いますが「種の保存」、つまり子供を生んで子孫を増やすという生物の根本的仕組みとして、子供を持つためには性交渉が必要だ。ならばそうしたい!と頭で考える以前に、異性目の前にすると交わりたいという欲求衝動体のレベルで起きるという仕組みがある。でないと、生き物はやはりとうの昔に滅んでいるでしょう。

一方で、「食欲」が、その起きるがままに食べていたら健康を害するであろうと同様に、「性欲」も、起きるがままにそれを追い求めていたら、心の成長と健康を害する、人生の豊かさを害するというがある。
同じように、より豊かな健康へと自らを導くために、知恵とノウハウそして自己コントロール、自己管理重要になってくる、ということになりますね。

まずはこれが入り口になるかと。で具体的にどういいうことかとして、引用頂いたような話も出てくるという次第ですね^^。

>男性は、相手がいない場合など、解消としてそのようなサービスを受けるとの話。

まあこれも、解消の方法暴走しないたいのコントロール手段の一つと考えられますね。

より細かい話については、まあハイブリッド心理学ではあまり展開していないのが現状です。というのは、心の健康と豊かさ向かうごとに、性の問題テーマとして重要でなくなってくるからです。
検討テーマとして出てくるのは、心を病んだ時それがどう歪んだ重みを帯びるかという問題になりますが、僕の執筆活動焦点が、より豊かさに前進する局面向かっているため。

とりあえず関連した話として書いているのは、以下あたり該当しますので、関心あれば読んで頂ければ^^。

『入門編下巻』で書いた「愛を外面の形で追うごとに、内面の愛の感情は貧弱化していく」という話(P.284)性交渉を「愛」の実現と考えると、この極地に向かうと思います。その点、とにかく性交渉がすぐ出てくる、昨今の著名な小説家のものなどちょっとウンザリの感・・^^;

あとは、サイトの『過去原稿』に収めていますが、
『心理障害の感情メカニズム』
に収録の
3.1 愛のメカニズム - (2)愛の誘因の増大
終わりの方に、性愛心の病みの傾向によってどんな変形を帯びるかの、キーワードのレベルでのサマリーを書いています。
まあこれも、あまり詳しい分析をするより、心の健康と成長への取り組みの中で、自然と、性衝動ごくシンプルで自己コントロール可能な身体的衝動に落ち着いていく、という理解を持っておくのがいい話になります。


 
Re: 欲について / ジン 引用
No.705 2013/11/24(Sun) 20:52:46


 心の健康と豊かさに向かうごとに、食や性の問題はテーマとして重要でなくなってくるのは、分かります。

 あまり詳しい分析をするより、心の健康と成長への取り組みの中で、自然と、性衝動もごくシンプルで自己コントロール可能な身体的衝動に落ち着いていく、という理解を持っておくのがいい話になるとのこと。
 
 あまり、考えなくても良いということに収めることができました。
ありがとうございました。

 過去原稿を紹介してくださり、ざっと目を通すことができました。

 その中で、内面的な自信は、現代社会人にとって外面的な自信以上に大切な課題とも言え 人間関係や様々な活動においても、良い結果を出せるような行動はあるものです。積極性とか明朗さとか、親しみ安さとか。内面に湧き出る感情に任せられるということであり、自発的欲求に基づく行動であること。

 人間の内面的な自信の源泉は、真の自己による、不安からの回避という性質のない、自発的感情です。

 積極性や明朗さなど、自発性があっても、他者への不満を持って生きている方もいると思います。また、人のせいや不平を言っている方の方が、世の中で多いと感じます。

 それから、建設的に心理的成長を行っていくことは、豊かに生きれる重要な取り組みとは逆に、この取り組みを知らなかったり、生きがいを喪失したり、自分はつらいと嘆いて人生を過ごす場合は、病気を抱えたままこの世を去ることになるという考え方以外、何が考えられますか。

 ご意見、お願いします。


 
Re: 欲について / しまの 引用
No.714 2013/11/30(Sat) 09:36:53

>それから、建設的に心理的成長を行っていくことは、豊かに生きれる重要な取り組みとは逆に、この取り組みを知らなかったり、生きがいを喪失したり、自分はつらいと嘆いて人生を過ごす場合は、病気を抱えたままこの世を去ることになるという考え方以外、何が考えられますか。

これは「ハイブリッド心理学の取り組みをしない場合、心の病みの傾向を抱えたままになってしまう」ということですかな。それ以外にはないのかと。
僕からコメントできるのは、ハイブリッド心理学の取り組みをすることに関連した話だけになります。ハイブリッド心理学の取り組みをしない場合の話は、ハイブリッド心理学からは言えないです^^;
ハイブリッド心理学以外にも沢山の心の取り組み法がありますし、人生のさまざまな出来事で、変化し得ますね。ハイブリッド心理学は、その中の一つです。

返答になりましたかどうか^^。


 
悩みについて / ジン 引用
No.715 2013/11/30(Sat) 09:48:36



心の病みの傾向を抱えたままになってしまうということ。

人生のさまざまな出来事で、人は変化し得るということ。

島野さん、上記の回答ありがとうございました。



視線恐怖症なのでしょうか / masa 引用
No.691 2013/11/16(Sat) 06:41:44

24歳、派遣社員、男です。
僕は昔から、常に何かにビクビクしている様な性格なのですが、島野さんの心理学を拝見して勇気をもらっています。
ハイブリッド心理学の実践をしたいと思い、ここ四ヶ月程、空き時間に学びを学習している最中です。同時進行でここ二ヶ月間程、悪感情を感じた出来事を日記につけると言う作業を行っていたのですが、その中で多く感じた部分についての質問です。
路上や駅で人とすれ違うたびに見られてるなと感じ、ハラハラしたり、喧嘩をうってるのかと感じてしまうことが多いです。おそらく怖いんだと思います。頭では自意識過剰になっているから気にすべきではないと思っているのですが、ほぼ毎日このことで辛いです。対処としてはどの様な建設的行動が選択肢としてあるでしょうか?


 
「症状」ではなく「人生の前進」に取り組む^^ / しまの 引用
No.695 2013/11/19(Tue) 22:04:26

これは100人のカウンセラー相談したら100通り答えが返ってくるようなご相談かもですが、
ハイブリッド心理学からの基本指針を、まず一言でいうとこうなりますね。

「症状に取り組むのではなく、人生の前進に取り組む」と。

つまり書いて頂いたような「視線恐怖」もしくは「関係念慮」「関係妄想」というのは、まずはでも心が弱くなった時に、そうでなければならないようなものに、まあ風邪でも引くようになってしまうものだと言えると思います。
たとえば、心がごく健康であった人でも、病気怪我たとえば癌の抗がん剤治療頭髪が抜けてしまった、火傷をして大きな皮膚損傷をしてしまったなどの時、人目が気になり、視線恐怖的状態にも陥るかも知れません。
しかしそこでやるべきことは、白い目で見てくる人にどう対処するかよりも、癌の治療そして火傷の治療に、まずは最善を尽くすことです。そこで人の目にどう対処するかという悩みに心が占領され、治療がそっちのけになったら、もう完全に本末転倒です。

それと基本的には、全く同じことだと言えると思います。心が衰弱し、心が元気な時にはかかりもしない風邪にかかったように、

>路上や駅で人とすれ違うたびに見られてるなと感じ、ハラハラしたり、喧嘩をうってるのかと感じてしまうことが多いです。おそらく怖いんだと思います。頭では自意識過剰になっているから気にすべきではないと思っているのですが、ほぼ毎日このことで辛いです。

という心理状態になった。そこで、

>対処としてはどの様な建設的行動が選択肢としてあるでしょうか?

というように、そうした場面を対処課題と考え始めると、上述のような本末転倒近くなってきてしまいます。

つまり考えるべきは、そうした場面はひとまず置いといて、「人生の前進」という大きな課題に、自分が今どのような向かい方ができているかの確認から始めることです。
「人生の前進」とは、要は仕事交友恋愛といった人生のメインイベントへの向かい方ですね。

そこに、なぜそうした視線恐怖的状態になったのかの理由となる、心の衰弱状況どのような内容のものであるのかが示され、それに対する克服アプローチ検討始めることができます。
まず言えるのは、それが入り口だといこうとまでですね。そのは、そうした「人生の前進」というテーマ自らを振り返って出てきたものがあれば、それについて具体的アドバイス始められるかも知れません。

付け足せば、「喧嘩を売ってるのかと感じてしまう」というのが、どのように「関係妄想」であるのか把握も、それと併せて必要ですね。
まず言えるのは、「外見」や「性格」「自意識過剰の有無」などを基準にした勝ち負けや賞賛軽蔑の感情他人に投影されているのではないかと。

で結局アプローチとしては、上述「人生の前進」を、そうしたものとは全く違う、建設的な行動法や価値観による「自尊心」と「愛」への向かい方にするとはどういうことかを学び、それについての納得理解を自分に問うということをします。
これは結局、
『入門 - 3.取り組み実践』
で説明している一連の実践を、仕事交友恋愛といったメイン材料行うという話です。

まずはこんなところで。検討してみて頂ければ^^。


 
Re: 視線恐怖症なのでしょうか / masa 引用
No.703 2013/11/23(Sat) 18:04:47

先日は回答ありがとうございました。
課題自体を捉え違えていたということなんですね。早速実践してみます!今後も質問することがあるかもしれませんが、よろしくお願いします。



苦しみの中にいます / りょうたろう 引用
No.694 2013/11/18(Mon) 22:29:50

こんばんは。先日はコメントありがとうございました。

進展、と言えるのかもしれませんが、現在私は今までで最大の苦しみの中にいます。そこまでの経緯は色々あったのですが、結論から言うと「私はあまりにも醜い」という考えに至ったためです。今までの自己不全感や、身体的なコンプレックスや、対人関係の悩みなどが全てこの「私は醜い」という一つの苦しみへと純化されたような感じです。

何が醜いかというと、やはり不実と傲慢ということになるでしょう。自信がないという素振りを見せながら、内心では全ての他人を見下していたこと。他人というのはただ私を褒め称えるためだけに存在していると考えていたこと。そして、自分自身の感情に対してあまりにも不誠実であったこと。内面向き合いの末にこれらのことが、もはやごまかしようのないものとして浮き彫りになってきたのです。今はおぞましくて鏡も見られません。

テレビを見ていたら、幸せそうな家族や、目標に向かって努力している人や、好きな仕事や趣味に囲まれている人が出てきます。そして思うのは、自分はあのような光の中にはいられないということです。「いてはいけない」という道徳的な考えも混じっているかもしれませんが、そもそもこの罪人のような気持ちのまま幸せになるなんて不可能だと感じます。そしてそれに気付いた後でもなお、呼吸するように新たな嘘が私の中に生まれてきます。嘘だらけの自分が嫌で嫌でたまらないのに。

そして、もうどうしたらいいのか分からなくなりました。不実と傲慢が「罪」であることはもう感覚としてそう思います。償いというものがあるなら償いたい。
「どうすればいいでしょうか」とは、自分自身に聞くべきことかもしれません。しかし、どうか島野さんの考えをお聞かせください。


 
「外面・内面・外面」の取り組み実践の検討を^^ / しまの 引用
No.698 2013/11/21(Thu) 11:44:36

これはアドバイスとしては、まずはごく単純明快シンプルなものになりますね。

手順通りに、「取り組み実践」を進めてみることをお勧めします、ということです。
今回『入門 - 3.取り組み実践』
で説明しているもの。
特に、
外面・内面・外面」と繰り返す「向き合い」の実践
で説明している「外面・内面・外面の3段階ハンドルさばき」ですね。

書いて頂いた内容は、まずは「内面」だけになっていると思います。
それを、具体的行動場面しっかりと想定して、
1)まずハイブリッド心理学からの「心の健康と成長に向かい得る行動法」としてはどうなるかの把握理解
2)それについての理解納得、およびそれを踏まえての内面感情へのありのままの向き合い
3)再び具体的行動の結論への向き合い

という順序進めます。

>テレビを見ていたら、幸せそうな家族や、目標に向かって努力している人や、好きな仕事や趣味に囲まれている人が出てきます。そして思うのは、自分はあのような光の中にはいられないということです。「いてはいけない」という道徳的な考えも混じっているかもしれませんが、そもそもこの罪人のような気持ちのまま幸せになるなんて不可能だと感じます。

というであれば、仕事、趣味、家族その他の目標に向かうための、建設的行動法によるアプローチが出てきます。
それは内面感情はいったん置いといても、習得向上が可能なものです。特に「原理原則行動法」「仕事の普遍的スキル」など。それをどう学ぶか。
趣味も、まずは他人とは無関係に、自分で楽しみを持つことからです。それをどう探すか。
そうしたアプローチについて、自分はどう理解納得し、それを選択したいかどうかを、自分に問うことからです。
この理解納得状況がどんなものかを踏まえないと、何も言えないわけです。

まあ心底から選択したくなれば、「自分の不実と傲慢」といった感情も、多少感じ方変わるでしょう。そうしたアプローチすぐ意識が回らないようであれば、まずそうしたアプローチどうイメージできるかに、取り組んでみることからになるでしょう。

一方で、自分今まで、そして今どんなことによってそうした人生の前進にアプローチしようとしてきたか。しようとしているか。
そこに、

>自信がないという素振りを見せながら、内心では全ての他人を見下していたこと。他人というのはただ私を褒め称えるためだけに存在していると考えていたこと。そして、自分自身の感情に対してあまりにも不誠実であったこと。

というのが、ただ自己嫌悪にふける(^^;)だけではない、自分の根本的な誤りの自覚とその捨て去りへとつながるような、変化起き得る道が出てくると言えます。

>償いというものがあるなら償いたい。

という言葉について言えば、「自己嫌悪」であれば他人への償いの問題ではないですね。他人への償いというテーマであれは、客観的に他人に与えた害という、原理原則的な思考を持つことが重要です。

ということで、まずは「外面・内面・外面」という向き合い方法における、「外面」部分の取り入れですね。
まあサンドイッチのようなものです。それがハイブリッド心理学の取り組み実践です。外面向けの2枚のパンではさんだ、内面感情という具がある。外面向けの2枚のパンではさむからこそ、内面感情の具うまく消化吸収されるという按配です。
もちろん具だけ食べたいというのは自由ですが、それはハイブリッド心理学でない別料理ですね^^。

そうした取り組み実践方法を、検討してみて頂ければ。
具体的行動場面想定の上、
「学び」の主要テーマ
であげた
2.「破壊」から「自衛」そして「建設」へ
3.行動学
4.「愛」と「自尊心」のための価値観と行動法
5.悪感情への対処

といった視点からだとどうなるか検討します。まあちょっとした受験勉強並みの思考作業量になると思いますが、それをやるのが「取り組み実践」ですので^^。

具体的行動場面想定材料など出して頂ければ、具体的アドバイス可能です^^。




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