しまのたかしハイブリッド人生心理学 島野隆ブログand掲示板
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●島野の著作そしてハイブリッド心理学に関する感想・質問・ご意見など投稿して頂けます^^。
●心の悩みのご相談
については、ハイブリッド心理学「取り組み実践」を進めるためのポイントヒントなどを、ここではごく簡潔アドバイスいたします。
*より詳しくアドバイスするとどのようなものになるのかは、
 
メール相談事例集実践編書籍など読んで頂くと参考になるかと思います^^。
返答入れて頂いた順に返していきます。日数がかかることもありますので、ごゆっくりお待ち下さい^^。


新規トピック入力フォームへ 記事検索 過去ログ記事サイトトップの検索の方でヒットします^^) 

本を探しに久々に外出^^ / ゆうすけ 引用
No.466 2012/05/23(Wed) 13:56:42

私は今になってようやく、前を向けた気がします。自分は3年近くの間自己分析など続けて、心の落ち着きを得て、だいぶ成長してきたと思い込んでただけでした。本当は一歩も進んでなかったという実感が沸いてきました。
私の、「ひきこもり」という状態から何も成長していないし、正しく成長に向う道ではなかったというのが現実でした。
島野さんの心理学の成長の道をわかっているつもりでしたが、やはり自分に当てはめてしまってる状態でした。
私に必要なのは、「行動法」(賢さ)なのかと今は思います。
人と上手くいかない理由を、永遠と自分の中に探し続けていたような気がします。
なんだか振り出しに戻ったような感じですが、次は「ハーバード流交渉術」など、「賢い行動法」など学んでみようと思います。


 
Re: / ゆうすけ 引用
No.467 2012/05/25(Fri) 12:05:26

追加でごめんなさい。

私は前進してないようで前進していたのかもしれません。スタートラインに立てない状態から、立てる状態へと前進していたのかなと思います。

私に残された障害は「望みに向う怖れ」だけなのかもしれません。
(前進してない気がしたのは、心の良さによって望みが満たされるという幻想を持ってたからみたいです。w)
心理学によって確実に前進してる事を知ってもらいたくて、何度か投稿させてもらってますが、具体的に何が役に立ったかというのを伝えるのは非常に難しいです。
その時その時にあった、考え方や価値観を心理学から取り入れるようにしてきました。
YAHOOで検索するときに、「(その時のテーマ)スペース島野隆」と検索して、ブログをみると非常に便利でわかりやすいかも。


 
Re: 本を探しに久々に外出^^ / しまの 引用
No.468 2012/05/26(Sat) 23:16:20

自身の取り組み状況把握については、今日更新アップしたサイト「ハイブリッド人生心理学とは」「歩みの道のり」パラグラフ「横の軸」「縦の軸」という説明など参考頂ければ^^。
「縦の軸」については10年20年といったスパン振り返れればいいかと思いますので^^。

「ハーバード流」については、この掲示板で最近何度か触れた、
ハーバード流交渉術 (知的生きかた文庫)

「ハイブリッド心理学が指定する必読書」位置づけたいものになりますので、まずはこれなど入手検討すると良いかと^^。



(No Subject) / ゆうすけ 引用
No.463 2012/05/21(Mon) 06:44:12

島野さんのブログのどこを見たのか、いろいろなところで見ますが。
成長は、「望みに向う中で得られる」という言葉を知って、私は自分の「望み」について、紙に1,2、3と番号を振って書き出してみます。
一見すると、良く分からない「人に多くを与えられる人になりたい」という望みもありました。
この望みは具体的になんなのか、分析、分解してみて、そうなる事で自分はどう感じるのか?を本心を突き止めていきます。
具体的には
【【私にとって、人に与えられる事は喜びでした。「喜び、楽しみ、自由、気持ちよさ、癒し、温もり、エネルギーなどなど、魂のプラスの感情すべてに向かい出し尽くす事、それらを人と共有する事が一番の幸せなんだ」と感じました。魂のプラスの望みとは何か考えていると、「生き物としての生きるというテーマ」にとってプラスになる物なんだと感じました。そして、「命を命のままで居させようとする自分の内のエネルギー」にとって、仲間は共通の目的を持ったこの「命の望み」にとって必要な仲間であるという事を自覚しました。】】
自分の望みの真意を知ろうと、深く深く掘り進めると、そこには、「命のエネルギー」があるように感じました。
自分が本当に何を望んでるのかひたすら紙に書いて、「これは!!」という感覚によく至ります。w
それでも、その感覚は一時的なものですね^^;


 
Re: / ゆうすけ 引用
No.464 2012/05/21(Mon) 06:47:01

「仲間」は共通の目的を持った⇒「他人」は共通の目的をもった
誤字でした><


 
「命の感性」への向かい方^^ / しまの 引用
No.465 2012/05/22(Tue) 11:11:35

ブログ5/20『「命の感性」を感じ取る^^』で、どんなきっかけ「命の感性」を感じたのか書いてとお願いしたのに対して投稿頂いたものになりますね。

これはまずは望みに向かう姿勢と望みの自己分析(感情分析)引き金になったものと言えそうですね。「準備されていた」ものが引き出されたというタイプのものになるかと思います。

まあゆうすけさんの場合、以前にも「真摯さ、誠実さ、向上心」の3つは大体持っていたと自分で感じると書いておられた(No.315 2011/06/27ですね^^)こともあり、最初から「人に多くを与えられる人になりたい」という望み人に与えられる事は喜びと感じるものがあり、その根底にあるものじっくり吟味すると、そこに「命のエネルギー」が感じ取れた、ということになるかと^^。
「生き物としての生きるというテーマ」から考えるなどはとてもハイブリッド心理学方向性なじむものですね^^。

そうした「命の感覚」より永続的になるのは、すがすがしさ軽快さを増した心で引き続き、「現実世界」において今の自分を超える、より価値の大きい愛に向かう姿勢を続ける先にあるという話を、今日アップしたサイト説明「1.ハイブリッド人生心理学とは」でも書いていますので、ご参考頂ければ^^。



人間関係について / ゆんす 引用
No.457 2012/04/23(Mon) 08:07:45



はじめまして。
サイトをみて、ぜひアドバイスをいただきたいと思い、投稿しました。
人間関係についての相談です。
自分の理想の通りうまく言っているときはいいけど、一人になったり孤独を感じると、すごく怖いです。
小学生のころ、学校でも家でも孤独や、周りに愛されず、放置されている悲しみや不安を感じていて、自分なんていてもいなくても誰も悲しまないし、気づかないと感じていました。
それが、大人になるに連れて、友達も少しずつ増えて、家族との関係もよくなりました。
だけど、心のどこかでいつも不安。そして、人より劣っていることや、孤独な面を感じると、不安で仕方なくなります。みんなきっと私とは仲良くなりたくないんだろうな、とか思ってしまいます。
こういう考えが、幼稚なことはわかっていても、自分の中に染み込んでしまっていて、表面をかえようとして、明るくしても、すぐに戻ってしまいます。

また、コミュニケーション能力や臨機応変に対応する力にかけていて、空気を読むだとかそういうことができません。一対一や、心を許している人の感情はわかるけど、うまく切り替えしたり、組織のなかでうまく行動することができず。何かいい案が生まれても、人に、了解をとらないと行動できません。その親しい人でも、自分以外の人とのコミュニティで楽しんでいるとすごく不安になります。
また、大学時代にバイト、サークルの人間関係がうまくいかず、仕事ができない、とかいわれたこともあって、またそれがすごく恥ずかしくて情けなくて、今は会社でそう言われないようにがんばっています。
理想の自分は、仕事や人間関係がうまくできて、会話もうまくて、周りにたくさん人が集まってくるような、そんな人なのに、いつも孤独で、集団の中にいても浮いているような気になってしまう。
興味をまわりにもたれないこと、少しでも冷たくされると、嫌われてるのでは、とかやっぱり私なんて…という気持ちになってしまう。
もっと愛される、華のある人になりたいです。
そして、不安を感じない人生を送りたいと思い、相談しました。
長くなってしまい、すみませんが
ハイブリッド心理学では、どういう順序で私は健康な心へと、変われるのかアドバイスをいただければと思います。よろしくお願いします。


 
「華のある人に」ではなく「自分の花を」^^ / しまの 引用
No.459 2012/05/02(Wed) 11:56:54

サイトの方での入門レベルからのまとめ直し作業とのかねあいを考え、ちょっと遅くなりましたが、多少言葉が浮かんだものがありますので書いてみましょう。

浮かんだ言葉とは、格言としていつでも思い出せるようにしたもので、このご相談に対してこんな言葉が浮かびます。

「人は華のある人になろうとして華のある人になるのではない。
自分の花を咲かせるかどうかなのだ。
その時、自分が華のある人なのかどうかは、もはや問題ではなくなる」

と。

外から眺めた人物印象望み抱くのはいいのですが、そこには前進力はありません。書いて頂いたように、人にどう扱われるかどう見られるか意識が次第に吸い取られ、心が活力を失っていくだけです。そしてまさに、誰にも関心も持たれない、一緒にいてもつまらないと思われるとしか感じられなくなっていきます。

外から眺めた人物印象望み抱くのは、それはそれで置いといて、自分から何に興味を持つのか、そして目の前の生活課題や対人行動方の課題への対処法などを、ひとつひとつ答えを学んでいくことが、やがて自分の花を咲かせることにつながる歩みになります。

そうした一つ一つの問題に、答えがあります。どうすれば良いコミュニケーションができるか。どうすれば仕事うまくできるようになるか。どうすれば不安恐れ消し去れるのか。
それは「こんな人になれれば」という外から眺めた人物印象あれこれ考えるのではなく、そこにある具体的問題一つ一つ明確にして、一つ一つ答えを学んでいくことからです。

それを島野手を取り足を取ってあげて連れていってあげるようなカウンセリングは、この心理学行うものではありません。「自らによる成長」ということで、まず何から学びたいか、まあまずは一番気になる場面などからでいいと思いますが自分で決めて、一つ一つについて相談質問して頂くと良いかと^^。

悩みの内容人それぞれですが、心の成長道筋とそのための実践は、の場合も同じです。
これについて知りたい情報がどこにあるかのインデックスや、参考になるメール相談事例集などこれからまとめていきますので、まだいろいろ不便かと思いますが、最近のものとしては2011/12/14最初の投稿となっておられるirohasuさんとのやりとりが、従来のメール相談だとこんな感じというものをほぼ同様この掲示板で行っているものになっていますので、そんな感じでこの掲示板を使って頂くのもよろしいかと思います^^。


 
Re: 人間関係について / ゆんす 引用
No.461 2012/05/09(Wed) 08:29:31

しまのさん、お返事をいただき、ありがとうございました。
教えていただいた格言は、何だかとても私の中で大きく心を動かされました。
今まではただ周りを気にしてばかりでしたが、自分の足で進んでいかなければだめですね。
教えていただいた方の相談も見てみようと思います。

日々の生活の中での具体的な悩みについて、一つ相談させてください。

私はよく、人から天然、だとか、適当、だとか、言われます。
また、人の自分に対する発言がバカにしているな、とか私のことすごく下にみているな、と思うことが多々あります。そして、そう感じるたびにひどく落ち込みます。
きっと、その自分の発言自体を見直せばいいのだと思うのですが、どこが間違えているのか、恥ずかしながら自分ではわかりません。
そもそも、人によく見られたいという意識が高すぎるのかもしれないのですが、そのような場合どのような心もちで人と接していけばいいのでしょうか。
やはり自分の発言について一つ一つ見直していくのが一番なのでしょうか。


 
Re: 人間関係について / しまの 引用
No.462 2012/05/11(Fri) 15:57:29

これはやはり、

>やはり自分の発言について一つ一つ見直していくのが一番なのでしょうか。

の方が正解ですね^^。

>そもそも、人によく見られたいという意識が高すぎるのかもしれないのですが、そのような場合どのような心もちで人と接していけばいいのでしょうか。

人に良く見られたいという意識が高すぎても良しとして、問題は実際に人に良く見られるようなものの見方考え方を、どうこれから一つ一つ身につけていくかだと、そのための学びの場があるという心持ちで接するといいと思います^^。

「実際に人に良く見られるようなものの見方考え方」というのは、結局のところ占い師の言うような言動の世界ではなく(^^;)、生きる上で重要なことがらについてごく初歩的な科学的知識からしっかり思考を積み立てていけることだと思いますね。
これはブログでも最近の『特説・「心が良くなる」とは』シリーズでも詳しく解説していますので^^。

自分の思考一つ一つ見直すというのは、最初から自分でというのは結構難しいと思いますので、何か具体的材料あげて質問頂くとよろしかと思います。新規トピックでがよろしいかと。
それを幾つか踏まえて、思考のアンテナ根元のズレ気づいて直せれば、以降自分でも手早く自分の思考のヘンなところ(^^;)気づけるようになる、という道筋になると思います^^。

いずにせよ内容のしっかりした思考というのは、昨日ブログ『写真と言葉』で載せた『一つのものごとを考えるのに、常に人よりも2時間多く時間をかけることを惜しむな』というのが王道になります。
その点、人に接する時ではなく、人に接する前のその姿勢が、重要になります^^。



進展 / しっぽ 引用
No.455 2012/04/18(Wed) 20:32:18

こんにちは。
このサイトを見させていただいてから4ヶ月程経ちます。
自分は、中学校三年の時、自分の大人しさと色々な巡り合わせもあり、ほぼ孤立の状態になりました。この一年を耐えれば、という事を頼りにし、一人の休み時間などの苦痛も乗り切りました。しかし、問題がそれだけで済むほずもなく、人との距離の取り方が分からなくなり、自分に自信も失い、視線恐怖症にもなりました。
一人の自分に何かできるものをと思い、勉強は頑張り、高校は進学校に進むことができました。高校一年の時は、対人恐怖症でおどおどしている自分がなぜか好感を持たれ、みんなからいじられキャラとして注目されました。
自分はそれまでそういう立場に立ったことがなかったのですが、一人になるのは嫌なので、いじられても笑って受け流し続けました。これは自分の神経を徐々に擦り減らしました。
人に相手にされるというだけで正直嬉しかったのですが、本当の自分じゃないので虚しさも積もりました。二年生になるとなかなか人を信頼出来ない自分は、交友関係を広げられず、、休み時間は殆ど一人で過ごすという時期が続いた事もありました。その頃から徐々に辛さに耐えられなくなり、抑鬱な気持ちが続いたり、死ぬ事ばかり考えていました。
そんな時にこのサイトに出会いました。
参考になる事が非常に多く、読むだけで心が軽くなり、人生にも希望が湧いて来ました。しかし、どうしても良くなった、と思ったら次の日にはまた元に戻るを繰り返してしまいます。特に現在視線恐怖症は辛い状態で、電車では顔もあげられない、授業中は隣の人を見てはいけないと思い、黒板を写すのも一苦労です。
もう三年になったため、受験もあるのにこんな状態ではだめだと思います。
また、授業に集中できないのに悩んでばかりで家でも中々勉強に手がつきません。
まさに惰性で生きている感じです。
このままじゃただただしんどい人生を歩む気がします。
少しずつでもいいので、着実に進歩できる方法はありませんか?

長文で非常に読みにくいと思います。申し訳ないです。


 
無駄な悩み(^^;)から抜け出す / しまの 引用
No.458 2012/04/23(Mon) 11:11:34

通常想定している読者層より大分り若い高校生の方ということで、どんなアドバイスがいいかと考えるのに時間がかかりましたが、まずこんな話というのがとりあえず浮かびましたので書いてみましょう^^。

まず一言で言って、全く無駄な悩み方をしておられます。
解決などありようもない無駄な悩みを解決できないことで、さらに無駄に(^^;)自分を激しく責め、それによって輪をかけて無駄に、無駄な悩みが深くなる^^;
という感じ^^;

なぜ無駄かと言うと、成長によって、との関係社会での生き方人生で大切なことなどについて、感じ方自然と変化するものです。経験積み重ねの上に、より揺らぎないものへと。

無駄な悩みとは、そのような「成長」へ向くことなく、過去の「未熟」においては重要だったことがうまく行かなかったことにこだわり、それをどう取り戻せるかに躍起になるものと言えます。
まあ本人過去の「未熟」においては重要だったことが、これからの自分の人生でも一番重要なものだと思い込んでいるわけです。
それで、

>このままじゃただただしんどい人生を歩む気がします。

なんて気がしてくる。

今回のご相談の場合、気にしていることがらとは、
1)人に愛されるためには、こんな気持ちでこんな視線や仕草ができれば・・といった受け身意識で抱いた自己理想像あり
2)その通りにできない自分は駄目だ、という自己嫌悪感情起きる

というのが上述無駄の輪として(^^;)起きているわけですが、社会に出て重要になってくるのは、そんなことよりも、
・日常生活や健康さらには趣味などの知恵
・仕事のスキル
・対人行動法

といった知恵とノウハウ学び経験の中で習得し、それを人と共有することに親愛培われるというものになっていきます。
「気持ち」「視線」「仕草」は、あまり重要でなくなってきます。というか、そうした「中身」ないと、ただのはりぼてでしかないのが自他共によく感じ取れるようになってきます。

ですから問題とは上記2)ではなく、そもそもの意識前提1)の方の「歪み」なんですね。

ですからまあ視線とかを気にするのは、僕自身そうだったので気持ちは分かるのですが(^^;)、それこそ視線を上述のようなこれからの成長と人生向けることです。
そしてまずは受験勉強の中にそうした「知恵とノウハウ」入り口があるとまずは考え、適度な勉強時間などの生活リズム安定させるのをまず考えるのがよろしいでしょう。

そこで視線恐怖的な感情気になるのは、無理に「気にしない」というのではなく、下の『音について』 irohasuさんへのアドバイス『「王道の次に流す技術がある」』 No.454 2012/02/25で述べたように、「気にしながら目の前の作業ができるか試してみる」「気になるのを込みにして目の前の作業ができるのを探求する」という意識法正解です^^。

一方そうした視線恐怖感などの根底には、「愛」への願望というものがあり、これはどんな心の問題でも同じです。それについては、ただ受け身に求めているだけでは答えありません。まず目の前の課題向かうという体験の中で「成長」をする中で、自分自身の変化していく感じ取る中で考えて初めて、何か答えのようなものが見えてきます。
ただしこれも今すぐ分かるような話ではなく、大学へ、そして社会へと出る中で除々にと考えるのが正解です。

年齢的に言って、まず受け身に人にどう愛されるかではなく、いったんそれに別れを告げ、自分から何に興味を持てるか主題切り変える段階ですね。
あまり一つの心の状態じっと見入らず視野を広げる中でまた考えればいい、という姿勢で当たるのが基本的お勧めです^^。



音について / irohasu 引用
No.453 2012/02/22(Wed) 20:50:12

こんばんわ。また質問させてください。

自分なりに色々なことを学び、日々の生活のなかで自分の心を直そうと取り組むことをやめ、本当の意味で一歩一歩自分の成長のために努力していく、ということがどういうことかわかってきました。

しかし、以前も質問させていただきましたが、音が相当過敏に気になります。気になり始める流れはこうです。

日々の生活のなかで、なんとなくある音が気になる
          ↓
その音がこれからずっと気になったらどうしようと考える
          ↓
それから毎日その音が気になる、気になってほかのことに集中できない、イライラする

今気になっているのは鼻水をすする音と、パソコンをタイピングする音です。
普通にしていればなんてことはない音なのですが、気にしだすともう駄目です。
これも心のからくりのようなものだと思うのですが、自分では解決できませんでした。アドバイスをお願いします。

自分としてはその音が聞こえてきても、その音に注目せず、それこそただ流して目の前の作業に集中するのが良いのではないかと思うのですがなかなか難しいです。


 
「王道の次に流す技術がある」 / しまの 引用
No.454 2012/02/25(Sat) 18:18:24

irohasuさんには前回「王道を学べ」というアドバイスをしましたが(No.437 2012/02/03)、それを踏まえてさらに憶えておけるような格言で言うと、

「王道の次に流す技術がある」
となりますね^^。

「王道」心が健康で自立した世界における思考法行動法の知恵です。それを基準に、検討するのが良い重要なことから検討する。

「何かが気になって仕方がない」という問題であれば、まずは
1)心の健康という観点から、その気に仕方何か不合理な部分がないか。「音」であれば過度に自分への当てつけだと解釈するなど「関係妄想念慮」がないか、検討する必要があります。
2)それを差し引いても、気になるのが仕方ないもの、例えば「音」であれば各種の「騒音」が実際しばしば生活問題になりますね。これについては、多少とも大胆な発想を含めて、物理的回避方策への知恵を検討する。

といったものが、まずは「王道」検討項目です。
それでも残るものについて、「流す」という意識法の技術のようなものが出てきます。

今回の、

>今気になっているのは鼻水をすする音と、パソコンをタイピングする音です。

これはとりえあず関係念慮的な気になり方ではなく、大胆に物理的回避を検討するに値するものでもなく、「意識法」そのものの話になるかも知れませんね。


まず「外界現実への向かい方」重視の姿勢

そこでまず言えるのは、これは意識法触れる前にいちおう心にとめておくこととして、基本的感情でものごとを考える(その結果、感情の良し悪しに踊らされる思考になる)姿勢だと、当然ながら自分の快不快の感情が過度に気になります。「快」であれば自分が良くなっていると過剰解釈し、「不快」であればそれを取り除くことが人生の一大事と感じるように。

それが「外界現実への向かい方」重視姿勢になるごとに、自分の感情というのはあまり大げさに受け取らず、大きく構えることができるようになってきます。それが再び、起きるマイナス感情基本的に軽くすると共に、ちょっとしたことには動じなくなるという心の安定を生むという、好循環があります。

ですから、外界現実への向かい方重視姿勢でいることによって、今回のそうした音の気になり方そもそもなくなると言えるかも知れませんが、まこれは今後の話ですね。
今気になってしまったものは仕方ない。上述の通り、「王道の次に流す技術」という話になります。


「流す意識法」

そこで「流す意識法」。一般論として、あくまで必要な現実対処済ませた場合の話としてです。

今回のirohasuさんの、

>その音がこれからずっと気になったらどうしようと考える

がまさに意識法のミスで、「ずっと気になったらどうしようと考えることで、ずっと気になる」ということが起きている状況^^;

これは正解は、「それを込みにして働かせられる意識を探求する」というのが正解です。

>自分としてはその音が聞こえてきても、その音に注目せず、それこそただ流して目の前の作業に集中するのが良いのではないかと思うのですがなかなか難しいです。

気にせずに目の前の作業に集中する」のが良いと考えたでしょうが、それは間違いです。現に気になっているものを、ただ無下に気にならなくなるのを求めるのが、一番気になってくる意識の流れ^^;

気にしながら目の前の作業ができるか試してみる」「気になるのを込みにして目の前の作業ができるのを探求する正解です。
気になることは大いに覚悟し、はっきりもう気にしながらでも、意識がどう働かせられるものか試す、まあそれを調べてみる感覚で、目の前のことをやってみる。

「駄目だ、はやり気になる!」と来たら、まさにその気になり方において、それをします。

まずはお試しあれ^^。

「流す」というのはそのように、「気にしない」ではなく、「気にしても良し」というのが一般に「流す」という姿勢になります。
その先に、実際気にならなくなる・・こともあるかも(^^;)知れない。気にならなくなるのが良いと言う固定観念もまた誤りです。客観的大きさとして実際問題があるケースもあるでしょう。馬鹿力でキーボードを叩いているとか?^^;
まず対処ができることはやり、あとは流す。それで気にならなくなるかどうかは、まさに意識で気にすることではなく、「命」に任せるという形です。気にならなくなるとは、「命」気にしなくていいという判断を下したという形として。

まあ2、3週間ほどこれを試して、それでも気になるようなら、が実際何か異常な面があるかどうかから含めて、ここで書いた検討手順頭から再度やってみることになります。多少別のものが見えてくる。以降同じです。




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