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社会を生きるスキルが大きく変わるのでは? / こたろう 引用
No.1133 2015/11/05(Thu) 17:05:06

ハイブリッド心理学では、存在する(ように思える)レールでまずは仕事をする事により、この現実社会というジャングルを知る事、
まずその中で生きていく自信をつける事がスタートであるという論調があり、
それぞれの唯一無二の生き方というのは望ましいが、そうやって枠組みを作り終えた先に、心が現在の仕事に全く
向かわなくなる事を皮切りに、始めざるを得ない事である、とあります。

これは、仕事というものが何か平準化できるスキルによって、おおよそ同程度の教育を受けた人物ならば
代替できるものが多数を占めているという事が前提であるように思います。

最近、人工知能についてさかんに取り上げられています。何冊か本を読みました。
日本は比較的遅れているようですが、米国ではすでに自動化の波がホワイトカラーにも押し寄せているようです。
人工知能が、価値を生み出す過程で発生する、大量のデータをもとにしたリサーチ、情報を加工する事、伝える事、
理知的に相手の言っている事をくみ取る事、相手のニーズを把握する事、などの面で、平均的な人間の能力を上回るように
なってきているという事です。

ざっくりいってしまうと、「理知的な能力が必要とされる課題に対して、より早く正確でミスのない思考、分析、対処をする」事においては、
すでに人工知能に席を奪われている仕事が発生していますし、こうした性質の仕事はこれからどんどん奪われていく事は
間違いないと思います。

さらに、ロボットのハードの部分も進化しています。
3Dプリンターや、ロボットアームなどは、センサー技術の進化と共に、どんどんミクロな物を扱えるように進化しています。
これによって、空間認識力と肉体の動きを組み合わせた能力が必要とされていた、物理的な課題に対処する能力もどんどんアップしているといえます。


そんな中で、僕が考える今後も人工知能に代替されない仕事は以下のようなものです。


第一に、生み出される価値そのものに人間である事の意味が存在しているものです。消費者としては、対象となる人間そのものが商品であり、それが
コンピュータおよび機械になった場合、多くの人が「価値を感じる気持ち」を抱かなくなるであろう、と推測できます。
アスリート、ミュージシャン、ドラマや映画や舞台の俳優、お笑い芸人、ダンサー、大道芸人、マジシャン、マッサージ師、アイドル、風俗嬢やホスト、
レンタル彼女、カウンセラーなんかもそうですね。


第二に、生み出される価値自体には、人間は直接存在しないけれども、それを人間が「作った」事が商品の大きな付加価値になるものです。
舞台演出家、作家、映画監督、音楽家、何か人を感動させるような思いやストーリーを持った職人、料理人(この場合は、精巧で上質なものを作り出せるだけでは勝負できないと思います。空間認識技術と加工技術の向上で、精巧で正確であるという軸では近いうちに必ず人間は逆転されるはずです。)
このグループは、生み出される価値が「人間の感情の動きへの共感」を含んでいる事において、それを生み出した人自身の心情などに思いを馳せる事が
商品そのものの価値として付与される性質があるために、たとえ人工知能が発達する事によって、人間の感情のパターンがアルゴリズム化されて同じような成果物が作れるようになったとしても、この付加価値の差によって残り続けるであろう仕事だと思います。音楽家、料理人などを含む職人という括りでは、成果物そのものは単純な意味で「味覚」「視覚」「嗅覚」「触覚」「聴覚」を満足させる意味では人工知能には勝てなくなっていくでしょう。音楽も、人間の生理反応をモニターしてビッグデータ化すれば、人工知能にも「聴覚」を満足させるものが作れるようになるはずですし、料理に至っては正確な調理時間などを調整出来るようになれば、常に高いレベルの味を出せるようになります。この人が作ってくれたから」というストーリーとしての嬉しさを付与価値としてもてなければ、同程度の質を維持できたとしても淘汰されるでしょう。ストーリーとは、その人の思いや、哲学や、歴史における感情への共感です。
「ウマイもの」「上質なもの」ではなくて、そのストーリーを買いにいくといってもいいでしょう。


上記の性質がもはや前提として要求される仕事の他に、
上記の性質が付加価値になる仕事もあります。すぐに思いつく所でいうと、セールスマンや販売士です。
これらの仕事は、様々な能力が結果に影響します。今まででいうと、「より正確で細かい情報を常に把握していて、メリットデメリットをしっかり話してくれる事」が
大事な要素の一つだったと思います。しかし、これはビッグデータを扱える人工知能が得意とする所です。人間では限界のある膨大な他社製品との比較も、
コンピューターにとっては大した負荷ではないでしょう。さらに、嘘をつかれる可能性も非常に低いです。
自らが問題だと感じた課題を解決するためにニーズが生まれますが、問題解決にとって適切なものをニーズとして設定する事は、解決策になるものの分野に
詳しくないとなかなか出来ません。そのため、その分野に明るい人と話をする事によって、その方により適切な解決策を示してもらえるという事があります。
このようにニーズを掘り起こす、再設定する事が出来るのはセールスマンや販売士の能力として強いものの一つだと思います。そのためのコミュニケーションは、
相手の方の理解度などを図った上で言葉を選んだり、難しい内容を相手の方にあった形に加工して説明する技術など、「理知的に課題を解決するため」のものですが、まだ少し人間に優位性がある気がします。ただこれも、徐々に人工知能が出来るようになっていく事でしょう。例えば、その人の学歴やスマートホンの閲覧履歴などのデータから、その人にあった難度の言葉に文章を加工したり、その人にとってひっかかりとなる言葉を文章に上手くちりばめたり、といった能力は、
現在のamazonのあなたへのおすすめ、googleのネット広告などの技術の延長線上にあります。


ではその先に残る人間の優位性は何なのか?というと、
「より満足のいく、信頼におけるベストな提案ができる」事ではなく、
「その人といる時間、その人から買った事実が付加価値になる」事なんじゃないかと思うんです。

法人同士の契約においては、これに流される事は、特に質の軸が「正確さや精工さ」にある分野ではよろしくない事だと
思います。ハイブリッドの言葉でいえば、原理原則や科学的思考よりも、感情に流された判断をしてしまった、という事になると
思いますが、いうなれば、感情に流された判断を起こさせる事が出来る人材が、あえて人間にセールスをさせる上での
必須価値になるのではないでしょうか。何だかあの人は好きだから、一緒にいて気持ちがいいお客さんだから契約を続けている。
営業マンは商品の前に「自分を売れ」という、ある種古臭くも思える価値観が、価値としてより強まるのではないでしょうか?
それも、「より間違いのない良い提案が出来る」事は武器にならない中で、です。


個人が販売士から買う場合、その責任は自分に帰ってくるだけですので、
「その人といる時間、その人から買った事実が付加価値になる」事に流されてしまう可能性はぐっと上がると思います。
これも同じで、意識的、無意識的に最終的な成果物ではなくてその人といる時間やその時の感情、「ストーリー」を買いに行っているといえます。


看護師や介護福祉士や教員をはじめとして、対人的な仕事全般が同じような競争にさらされると思います。
特に看護師や介護士は「いたわり」といった気持ちを暗黙裡に求められやすい職種であるからなおさらですが。
教員は、すでにネットで大学の授業が全て受講できるようになっていたりしますね。理解度を図るためにはスマートホンで日々テストを行って、
自動的にレベルにあった問題が出るようなプログラムの方が、教員が一人一人を見るよりも、はるかに勉強の無駄を省けます。
逆に教員に求められるのは、その人と一緒にいる事によって人間的に成長できるような、直接的なコミュニケーションが出来る事であったり、
「思考力」ではない人間の能力を伸ばしてあげられる事でしょう。

つまり、こうした仕事において今まで一義的に必要だとされていた「理知的な思考、分析」「わかりやすい説明や相手の意図を理解するコミュニケーション力」、「肉体を使った作業」のみが出来る人間は、
人工知能やロボットにとって代わられるのは時間の問題であり、今まではあくまで二義的だった「一緒にいて楽しい、気持ちいい、リラックスできる、嬉しい」
など、ポジティブな感情を、生み出した成果物によってではなく、自分自身の身体表現、コミュニケーションによって人に喚起する事が出来る人間が、
職業人として生き残っていくという事です。
それが必須事項ではなかった職種も、徐々にそうなっていくのではないかと思います。


これが何を意味するのかというと、「社会に需要があるスキル」が全く変わってしまうという事です。
こうして、もともと重宝された能力が陳腐化するというのは、歴史においてずっと続いてきた事ですが、
僕としてはこんな事を思ったりします。
自分自身の身体表現や直接的なコミュニケーションによって人とポジティブな感情を共有する事につまづきを抱えた人間が、
社会で何とか自信を持つための足掛かりとして選べる仕事が、まもなくほとんど、なくなってしまうんじゃないだろうか、と。


最終的な価値に、人間が物理的に存在しないもの。正確さや精工さや効率が質の尺度になるもの。
それを生み出す事において、おそらく今まで多くの心につまづきをかかえた人が、なんとか生み出す自尊心を培い、それを支えに生きてきたと思います。
農家、工場労働、職人、エンジニア職、裏方と呼ばれる仕事、などなど・・・。プロセスや、誰が作ったか、その人の人格、
そんなものよりも、最終的にできたものの価値が重要だったわけです。

しかし、上記のように、僕が考えた限りでは、表現として、あるいはストーリーとしてのプロセスそのもの、誰が作ったか、その人の人格、これこそが
仕事として、今後社会における「人間」の需要になっていくという事はどうしようもない事実に思います。


それが、近い将来の「大自然としての社会」なのではないでしょうか?


そうなると、必要とされる仕事のスキルというのは、
今ある面白さをさらに発展させたものを生み出す技術、人を目の前で楽しませる技術、人にしかしてもらえない事を、この人にしてもらいたいと
思ってもらえるような技術、自分の体で、声で、言葉で、直接人を癒す事が出来る技術、遊びを発想する技術、遊び方を楽しく教えられる技術、こういったものになっていくのではないでしょうか。
二義的にこういったものが求められるとされた職種でも、です。
そして、一にも二にもこうしたものが求められない職種は人工知能と機械にとってかわられるでしょう。
理知的な思考力などが特別に優れている人は、人工知能の上に立つ立場として生き残りますが、
今後必要とされるレベルが上がるばかりですし、ごく一部の人に限られると思われます。


これは、大筋でいうと、自分自身が直接「愛される事」がスキルになるという事が多分に含まれる事になると思われます。
愛せるようになるための自尊心を築くために、社会において価値を生み出す事が必要になるならば、
それに愛される事が足掛かりとして、今まで以上に必要になる。

社会において有能であるという事は、自分から離れた成果物の価値によってではなく、
自分自身という人間が、プライベートで愛される事とほとんど同義になっていく。


つまりプライベートでは欠損をかかえながら、社会人としては自信を持って行動できるようになる、
という段階を経る事ができなくなるという事です。
これはいわば、顔の見える関係の中で生きてきた「村」の時代に回帰するようなものでもあるように思います。


こうなると、ハイブリッド心理学の「社会を生きるスキル」における、属人性を弱めた「開かれた世界」の行動法の前提が
揺らぐのではないでしょうか。もちろん分かり合い認め合う事を求めるという事ではないですが、「この人と」や「この人だから」が
重要なポイントになる事において、だれが、が重要になるという点。
仕事において、直接生み出そうとしている価値を価値言葉で話すだけでなく、
それ以外の話で、そして身体表現で、相手の感情を喚起できる事が必要になる点。
原理原則の判断を超えた、感情のレベルで相手を動かす事が出来る能力が価値として求められる点。

ここにおいては、最初から感情が豊かな人は勝ち組です。
対人的な仕事において、人を自分自身の身体表現やコミュニケーションによって喜ばす事が
出来る可能性が高いです。

さらに、世間的に求められる「立派」や「正しさ」を追い求めてきた人よりも、
自分自身の唯一無二の望み、嗜好をひたすら追い続けてきた人が、仕事にありつけるようになります。
なぜなら、その嗜好に対しての「思い」そのものが、その人の豊かな感情を引き出し、それ自体が価値であり商品であるからです。
本当に好きな人が好きなものを指導してくれる事、語ってくれる事は、その時間自体がそうでない人から伝達される単なる情報よりも
高い価値を持つからです。


これ自体は、ハイブリッド心理学がゴールとする生き方と親和性の高い社会の需要だと思います。
特に後者は。実際に今まで遊びだとされていたものが、どんどん仕事になっている流れがありますね。
もちろん唯一無二の生き方が、そういったものばかりではないですが、今まで「安定」と考えられていた仕事から「不安定」である
リスクを抱える仕事に、とされていた多くの事が、逆転するような事態も想定できると思います。


逆に言うと、「安定」を自尊心の足掛かりとして、そこから自分自身の唯一無二の望みを解放していく、という
プロセスが難しくなるのではないか、と思います。
最初から、その人が本当に望むものに、没頭している人が一番求められるようになるからです。


そして、感情そのものが豊かでない段階から、身体的で直接的なコミュニケーションにおけるプラス感情を喚起する能力が求められる事において、
人によっては容易に「自分を偽る事」につながってしまうような、
「面白さ」や「人を喜ばす」事の技術的な習得が、非常に重要になってくるという事。
感情強制につながりやすい、感情表現そのものが、仕事のスキルとして非常に重要になってくる事。


社会における仕事の需要が変化することで、
ハイブリッド心理学の色々な部分が前提として崩れてしまう感じがしています。


未熟でまだ論点がまとまりきってない部分もありますが・・・
考察をお願いします。


 
Re: 社会を生きるスキルが大きく変わるのでは? / tom 引用
No.1134 2015/11/06(Fri) 09:32:10

突然横レスしてすみません。人工知能は未来の「提案」はできるのでしょうか。


 
Re: 社会を生きるスキルが大きく変わるのでは? / tom 引用
No.1135 2015/11/06(Fri) 09:48:58

>社会における仕事の需要が変化することで、
ハイブリッド心理学の色々な部分が前提として崩れてしまう感じがしています。

うちの上司に聞いてなるほどそうかと思ったのは、生活が(先に)あって、仕事があるのだ、ということです。育児による休暇や休職に文句言わない人でした。
また人間は人工知能に従っても、地球は従わない。


 
Re: 社会を生きるスキルが大きく変わるのでは? / tom 引用
No.1139 2015/11/06(Fri) 11:14:22

すみません、論点がずれてるかと思いますのでスルーしてください。邪魔して申しわけありませんでした。島野さん申しわけありません。


 
Re: tomさん / しまの 引用
No.1140 2015/11/06(Fri) 11:28:59

了解です。もし関係するポイントがあれば手短には書くかもということで^^。
スレ違いの方は削除しておきます^^。


 
「ロボット優位社会」・「匿名性」^^ / しまの 引用
No.1144 2015/11/09(Mon) 09:58:10

では引き続きこのご質問
テーマとしてはにこの2つかなあと読みましたが、

・「ロボット優位社会」とでも言えるものが到来した時、ハイブリッド心理学が言う「社会を生きるスキル」も話が違ってくるのではないか
・ハイブリッド心理学では「匿名性において生み出す」ということを言っているが、社会では「匿名性」ではなく「誰が」という「人物性」が重視されるのではないか

それぞれ手短に^^。


1.「ロボット優位社会は来ない」が島野の思想

まず、技術の進歩に応じて、社会で必要とされるスキル変化があるのはもちろんですね。たとえばかつてそろばん習字だったものが、今はパソコンインターネット、というように。
そうした、技術進歩に乗り遅れないことも重要。これはハイブリッド心理学以前常識になると思います。

僕の考えでは、起きるのは全てその範囲のことだ、というものです。ロボット人工知能いかに進化しようとも。
つまり、その範囲を超えた変化とは、人間ロボット(人工知能)関係が、のように変化する世界訪れることだ、ということになる。

【現在までの世界】
    上司(人間)
      |
 自分(人間)−同僚(人間)
      |
  道具(ロボット)


【新世界】
    上司(ロボット)
      |
 自分(人間)−同僚(ロボット)


こうした構図における「新世界」は、永久に来ない、というのが僕の考えです。
まあ少なくとも今そうだし、来年そうでしょう^^; なら、まず今の人間社会構造において生きていくスキル模索することだ、と。

こうしたテーマでの考え方のキモになるのは、
・「人工知能」が「意識」に目覚め独自の「感情」や「意志」を持つようになるなんてことがあるか
という命題かと思います。まSFの世界ですね。
僕の考えは、「No」です。人工知能「意識」を持つなんてことは未来永劫なく、それはあくまで電気回路の一つでしかない。
一応これについては、心理学コンピュータをどちらも多少専門的学んだ立場として、僕なりの哲学として整理しています。かなり過去原稿ですが、関心あれば以下一読頂ければ。
過去原稿 - 島野の心理構造理論
収録の、
「付 感情の科学論 - (4)意識はどこにあるのか−島野の仮説−」

いずれにせよ、人工知能膨大データ処理いかに進化しようとも、それらは「道具」過ぎないのだ、と。
使いこなせることが重要使いこなせないとは、道具逆に振り回されたり、道具過信妄信するといった姿です。そうならないように、と。
この点ハイブリッド心理学の思想本質は、かなりレガシーだと言えます。人間と社会の本質は、太古の昔から変わらないという、底流思想を持つ心理学です。
思想ですので、かなり違う人間観社会観を持つ別の思想や心理学もあると思います。どれを取るか選択ですね^^。


2.「高い人物性」への方法論としての「匿名性において生み出す」

に、社会では「匿名性」ではなく「誰が」という「人物性」重視されるのではないか、については、
・社会の目は匿名性から人物性へと向かう
とでも言えると思います。

たとえば村上春樹ほどになると、書いたもの小説であろうとエッセーであろうと長編であろうと短編であろうと、中身を見ずとも売れる
それが「人物性」の頂点姿として、最初「匿名性」つまり誰ともつかない者として、まずその行いの中身見るところから始まる

それが「社会の目」だとして、ハイブリッド心理学「匿名性において生み出す」は、そうした社会の中で、いかに自らの人物性を高めていくかの、一つの方法論だと言えます。
自分人物性高めたければ自分の人物性を追うのではなく、自分生み出す価値を追求することだ、と。自分という人物がどう見られるかという邪念超えてそれが逆に、自分の人物性を高めていくのだ、と。
ですのでこれは、「個人の姿勢」です。そこにおけるノウハウです。

個人の姿勢として、この「匿名性」「自己顕示性」「自己アピール性」というものになり、一般の仕事場ではちょっと敬遠されるもの、というになってくる。
ただ最初からタレント業目指すのであれば、「自己アピール性」についてのそれなりのノウハウ出てくると思います。からも多少は何か言えるかも知れない。
課題場面内容いかんですね。


いずれにせよ、ハイブリッド心理学としては、というか僕の執筆活動としては、社会文化論議論にはあまり手を出すものではなく、生活人生具体的場面課題ごとに、僕自身の社会人体験、人生経験見出したノウハウアドバイスするものになります。それを取るかどうかお任せということで^^。
ということで、より詳しく具体的場面課題材料ごとご質問ご相談をして頂ければ、より具体的アドバイスができるかと思います^^。


 
Re: 社会を生きるスキルが大きく変わるのでは? / こたろう 引用
No.1152 2015/11/27(Fri) 12:54:38

ロボットが意志を持つかどうか、という話はしてないです。それも議論のある論点ですが、挙げた例は、別にそうならなくても実現可能性があると言われているものです。おそらくマネジメントやロボットを使う立場の仕事はなくならないですが、産業革命の時と違って、代替された作業の失業者に与えられる新しい仕事は、席としては圧倒的に少ないという予測が主流になってます。

問題設定は人間が基本的にはする事になりますが、その問題を解決するための、パターンから共通項や傾向を抽出する原因究明は人工知能が担う事になると思います。そこから新しい問いを生み出し、またそれをビッグデータを参考に検証し、という所までもが視野に入っているのが怖いな、と感じますが。


匿名性において生み出すのは、人物性を高めるための、、、またよくわからなくなってしまいました。その人に付随する能力は全て匿名性においての能力ととらえるという事でしょうか?僕の場合は、属人的でない、唯一無二性のない能力=匿名性において生み出すもの、と今まではとらえていたようです。

上のスレッドで言ったように、「価値そのものに人間が存在するもの」で生み出される価値は、僕は匿名性において生み出す物ととらえていませんでした。確かに、声楽家も村上春樹さんの例と同じで、最初はその「声そのもの」に惹かれたために、その人に惹きつけられるわけです。モデルさんも同じで、その人の「顔」に惹かれて、「たたずまいの美しさ」に惹かれて、その人に惹きつけられるわけです。好きなカフェの店員の、「距離の取り方のうまさ」「対応の物腰の柔らかさ」に惹かれて、通ったりするわけです。これも全て「匿名性において生み出す価値」と捉えていいでしょうか?


>自分の人物性を高めたければ、自分の人物性を追うのではなく、自分が生み出す価値を追求することだ、と。自分という人物がどう見られるかという邪念を超えて。それが逆に、自分の人物性を高めていくのだ、と。

→例えば上のカフェ店員の「対応の物腰の柔らかさ」も、生み出す価値の追求といえます。
  そのための身体作法、相手をリラックスさせるような声の出し方、そのための体の脱力技術、言葉の選び方、
  これも全て「匿名性において生み出す価値の追求」と位置付けていいでしょうか?
  全て「相手の方の安らぎという感情」をゴールにした価値の生み出しといえます。
  そしてこれは人間がインターフェースでなければいけない価値の生み出しです。

  で、提供される豆の選定、抽出時間、こういったものは、味覚がデータ化されれば人工知能の方が上手く出来る
  分野になります。こっちのほうの追求は当然「匿名性において生み出す価値の追求」として位置づけられるものですよね


 
「社会を生きるスキル」・「価値」と「匿名性」 再^^ / しまの 引用
No.1155 2015/12/10(Thu) 10:06:42

遅くなりました^^。

「社会を生きるスキル」の定義

まず前半ビッグデータうんぬんについては、申し訳ないご質問テーマ何なのか僕の方でちょっと読み取れなかったです^^ゞ

まず一つ確認して頂いておくと良い点は、ハイブリッド心理学「社会を生きるスキル」という言葉言っているもの何かです。
これは、
・実際にその人が生きる社会を相手に、その人が「自分はこの社会を生きることができる」という自信を感じさせるような、さまざまなスキルの総合体
だ、と定義できます。

それは行動学であり、仕事のスキルであり、より広範囲対人的、生活的、人生的な場面の対処スキル総合体です。
自分はそれを獲得した、という自信持てるようになる、またそれが目標になる、人生の段階があるというをしています。僕の経験も踏まえると、まずは30代後半からの段階になる、と。


「スキルの構造」

つまり、「総合的スキル」と、それを構成する「素材スキル」「材料スキル」という、「スキルの構造」がある、というになりますね。
正確には、まずは以下のような3段階構造理解すると良いかと。

          (人生を生きるスキル)
              /  \(「命」につながるスキル)
   社会を生きるスキル
         /|\ ・スキルを舵取るスキル
生活のスキル 対人スキル 仕事のスキル
                     /|\ 
                  個別素材スキル
          (読み書き、身体技能、専門技術、etc)

より大きくは、「社会を生きるスキル」の上にさらに総合的「人生を生きるスキル」生まれる、という4段階があると言えますが、とりあえず今回の話の範囲ではないということでよろしいかと。

で、今回書いて頂いた話題は、個別素材スキルについてのものということになるかと。
これはもちろん、時代の流れに応じて大きく変化する、ということになります。
一方、総合的なスキルほど、その本質時代の流れ超えて不変だ、という考え「社会を生きるスキル」とは、そうして時代によって変化する素材スキルどう自分が持つべきかという、「スキルを舵取るスキル」重要な要素になると言えるでしょう。

ロボット技術などの進化に応じて変化するのは「個別素材スキル」レベルであり、それだけではまだ「社会を生きるスキル」にはなりません。そうした技術スキルどう舵取るか、から「社会を生きるスキル」関係してきます。
技術進歩によって、そうした総合的「社会を生きるスキル」にも大きな変化があるとすればロボット感情持つようになるといった事態起きた時だろうが、それは未来永劫ないだろうというのが僕の考えだというのを述べた次第です。

「個別素材スキル」個々の内容については、「ハイブリッド心理学」としてはあまり踏みこむものではありませんが、僕自身の社会経験を踏まえたアドバイスであれば、多少可能です。
ですので、

>そこから新しい問いを生み出し、またそれをビッグデータを参考に検証し、という所までもが視野に入っているのが怖いな、と感じますが。

これは実際どんな課題場面で、何に困っているというなのか、を絞ってもう少し具体的に書いて頂くと、僕としての意見アドバイスできるかも知れません^^。


「価値」と「匿名性」

>匿名性において生み出すのは、人物性を高めるための、、、またよくわからなくなってしまいました。その人に付随する能力は全て匿名性においての能力ととらえるという事でしょうか?

これもやはり、何の話をしているのかという、テーマ整理しておくのがいいですね。互いが別のものの話をしているのに気づかないまま、かみ合わない議論をしないよう。

「価値」「匿名性」については、今回のような話題範囲としては、3つテーマ事項分けることができます。

1.「価値」そのものの内容種類
「価値」そのものの内容タイプ
「容姿」「声・仕草」「文章」「曲」「デザイン」「レシピ」「製造技術」「社会行為」「品物」「制度」「手続き」エトセトラ、エトセトラ
これら全てが、「価値」あるものです。魅力価値経済価値効率性価値、などなど。

2.「価値」そのものの「人物性」と「匿名性」
上記のような「価値」社会供される時に、それが誰のものか、誰によるものかという情報同時に伴うかどうか。これを「価値の人物性」と呼べるでしょう。
逆に、誰のものか、誰によるものかという情報見えなくなる度合いを、「価値の匿名性」いう言葉呼んでいいと思います。

すると、「価値」内容種類によって、自ずとその傾向が出てきます。
上記内容種類書いたようなに、「価値の人物性」大きいと言えます。「容姿」となると、もうその人そのものですね。あとは名前出るかどうかだけ。
逆に、後ろのものほど「価値の匿名性」大きいと言えるでしょう。誰のものか、誰によるものかというのはあまり表に出なくなる。それでも場合によっては、例えば「アベノミクス」のように、誰が発案したかを冠する、「人物性」の高い「制度」があったりする。まその「価値」どう評価するかはまたによりさまざまとして。

ここまで2つ「価値」そのもの内容性質についてのであるのに対して、3つ目全く違うものになります。
それは内面の姿勢です。

3.「社会を生きる姿勢」としての「匿名性において生み出す」
ハイブリッド心理学「匿名性において生み出す」呼んでいるのは、個人内面の姿勢であり、「価値」そのもの内容性質話ではなく「価値」を生み出すことに生きようとする「社会を生きる姿勢」さらには「生きる姿勢」の、一つのあり方指しています。

前の方takaさん向けアドバイスとして書いた、
『「自己イメージ法」をはるかに超える成長へ^^』 しまの No.1147 2015/11/13
でも触れた、
『理論編下巻』
7章 人生の答え−2  −「魂の望み」への歩み−

「匿名性において生み出す」・「揺らぎない自尊心」への第一歩
での解説ベース理解頂くといいでしょう。
引用しますと、その定義とはまず、
------------
 より純粋な望みへと向かい、「生み出す価値」への目を育てることです。価値を生み出すのが「自分」だということにこだわらずに、生み出す価値そのものを、ただ高めることに意識を注ぎます。
 これを「匿名性において生み出す」と呼んでいます。
------------

とあります。つまり「価値を生み出すのが「自分」だということにこだわらずに、生み出す価値そのものを、ただ高めることに意識を注ぐ姿勢」です。これが「匿名性において生み出す姿勢」定義ということで良いでしょう。

そのきとして、以下のようにあります。重要な言葉太字にしました。
------------
 「匿名」であるとは、誰ともつかないということです。「未熟」から始まるこの道のりの常として、私たちはどうしても「自己顕示欲」の中で、「自分」がどう見られるか、一方で「誰が」どう人に見られているかという、結果イメージばかりに意識が向かいがちです。それがひいては、「こう見られなければ」「こんな風に見られてしまっては」と自分にストレスを加えるという結果を生み出すわけです。
 その視線を、価値を生み出すのが「自分」であろうと「誰」であろうと構わずに、生み出される「価値」そのものに目を向けることです。これが「人物を問わない」魂の感情に実によく馴染みます。
 これがひいては、足手まといの「自己顕示欲」によって動揺する自分を抱えながらも、それに惑わされずに安心して人と接することのできる、しっかりとした方向性を私たちに与えてくれるのです。
------------


ということで、ここで「魂の感情」という新たな視点が出てきています。
これについてはここではあまり話を膨らませずポイントは、「生み出す価値そのものをただ高めることに意識を注ぐ」という姿勢によって、「自己顕示欲による動揺を脱した、安定した対人方向性」向かうという、内面姿勢言っているものだということです。

内面姿勢ですので、そうした姿勢持つかどうかは、人それぞれです。「価値」そのもの人物性匿名性大小関わりなく
容姿声の出し方といった、人物性の高い価値を、ここで言う「匿名性において生み出す」という姿勢追求している人もいれば、「品物」という匿名性の大きめなものを、バリバリの自己顕示欲で追求している人もいるかも知れない。
ハイブリッド心理学の取り組みとは、もちろん、「匿名性において生み出す」という姿勢知り、その選択を自分に問う、というものです。
それが「自らの人物性を高めていくかの一つの方法論」だと言うのは、「自らの人格性」という言葉の方が分かりやすいかも知れませんね。それが「価値の人物性」として人の目出るかどうかさまざまとして。これはよろしいですかな。

ということで後段のご質問についても、まずは以上どう疑問等が残る再整理して、あればまた書いて頂ければ^^。


 
Re: 社会を生きるスキルが大きく変わるのでは? / こたろう 引用
No.1157 2016/01/08(Fri) 17:46:19

前半の人工知能についてのお話、まずはありがとうございます。
納得できました。僕の疑問(というか不安?)としては、コンピュータの能力が人間の能力を現状以上に浸食することで、仕事のスキルの中の個別具体的スキルが、非常に高度な知的能力が必要とされるものと、対人の仕事における豊かな感情表現や、非マニュアル的な対人能力(内面の感情の豊かさが大きなアドバンテージになる。)に二極化する事によって、どちらもそこそこである所をスタートラインにするような仕事が減り、仕事のスキルにおける自信を培う事が出来なくなる人が非常に増えるのではないか、という事でした。
そして自らも、そこに残っていれるのだろうか・・・と。

また仮に、機械の生産能力や人工知能の能力が飛躍的に高まった時に、仕事をしなくていい人が多数派になる時代が来るかもしれませんが、その時に残っている「生み出せる価値」は、やはり自らの肉体を使って人間の感情に直接訴えかけられる事(人物性の高い価値の生み出し)が「生み出す価値」の主たるものになる、と。


「価値そのもの」と「価値を生み出そうとする姿勢」の区別については参考になりました。一応例を考えてみて確認したいのですが、人物性の高い価値を「匿名性において生み出す」というのは、例えばモデルさんや、ダンスなどのパフォーマンスをする人が、
「自分が素晴らしいと思われる」というよりは、純粋に「美しさやパフォーマンスのインパクト、相手に起こす事が出来る感嘆の感情をより膨らませるには?もっとエキサイトして楽しんでもらうためにはどういう風に表現する?」といった視線を持つ、という感じでしょうか。

そこを混同していたので、人物性の高い価値を追求している=自己顕示欲が強い、という構図がなんとなく出来てしまっていました。それが人物性の高い価値について追求する事のブレーキにもなっていたかなと。

ただやはり、人物性の高い価値の中で、自らの身体表現(声、動き、仕草、顔)が実際、価値を受け取る人の五感で感じられる「商品の一部」になる場合、感情の豊かさの土台は
非常に重大な事に思えます。
身体のパフォーマンスは、精神面と非常に関連していますよね。ある程度までは形になっても、どうしても「ふさぎこんだ」感情があると、体に固さが生まれます。
ダンスなどではその差は如実にわかります。ふさぎこんだ感情が、物理構造的に体を縮こまらせてしまいます。解放された身体から生み出されるパフォーマンスは、ただ歩いている姿を見ているだけでもうっとりしてしまいますし、見ているだけで自らの体も緩んでいきます。

有名な整体師の片山洋二郎さんという方が、書籍で、
人間の体は無意識レベルで共鳴しているという事を書かれてました。
直接触れる事がなくても、対面している状態で起こっているという事です。
怪しげなスピリチュアルの書籍であれば信頼できませんが、
長年の他者の肉体観察から導き出された答えだという事で、
なるほどなぁ、確かにそういう部分もあるだろうなぁ、と。


また、直接触れる場合は、さらにそれが顕著になります。
これは自分自身が受けたロルフィングというボディワークで起こって観察した事です。
非常に高いレベルで緩んだ体の方に触れられると、揉んだりしなくても、触れられた部分の筋肉が同期するように緩んでいくんです。施術者の技術というよりは、施術者の身体水準(脱力)が高度であればあるほど、施術効果が高まるという事です。
逆に、緊張した体を持った人に触れられると、それに対して反射的に筋肉に力が入り、
いくらマッサージされても一向に筋肉が緩まない、それどころか受ける前よりも疲れる、という事が往々にしてあるようです。


僕自身が、できることなら仕事としても追求したいなぁと思うのは、こういった「人物性の高い価値」・・・
人物性というよりは、「肉体」を伴う価値の生み出しといった方が適切かもしれないですが、そこでは「柔軟で脱力した肉体」がパフォーマンスを発揮する上での礎であるというのが現在持っている感想です。

そしてあるレベルまでは、物理構造的に適切な体の使い方を工夫したり、
脱力を体に覚えこませるようなワーク、あるいは施術を定期的に受けるなどで
身体の水準を高めていくことが可能なのですが、あるレベルを超えようとすると
やはり「精神的な緊張」が体の脱力、パフォーマンスを向上を阻みます。対人場面での自己操縦心性による圧迫、反射的に嘘の自分を演じるスイッチが入る事で、体が不自然な形に固まってしまう事。


そこに突き当たる事がわかっているので、やっぱり自分には望めないんだ・・・
という絶望感があります。ただ、これが本当に追求したい望みであるならば、
実現する上でのネックが自己操縦心性である事がはっきり見えて、そこで「崩壊」が
起きるのかもわかりませんが。


しかし、先んじて「外面的スキル」を向上させる事が必要という事なので、
やはり難しいのかな・・・と感じてしまいます。


なので、「人物性の低い価値」、「身体の緊張度などがあまりパフォーマンスに影響しない仕事」を選び、そこにおいて「仕事のスキル」の自信を身につける事によって、精神の緊張度由来の肉体の緊張を軽減させて、それからやれるなら、そっちのもっと純粋な望みとして感じられる分野を・・・という風に自分を納得させようとしています。


まとめますと、このように、

「人物性の高い価値」は、「匿名性において追求」する事はできますし望ましいですが、
需要があるのはやはり「あるレベルの精神の健康、開放度があるからこその、脱力した肉体」を身につけられた人物。
「人物性の高い価値」を「匿名性において追求」する場合は、ある時点から物理的に肉体の脱力を維持する技術だけではなく、精神面が必須になってしまう。
であればやはり、精神的不具を抱えた人物が、人物性の高い価値を仕事として
追求するのは困難である事が多いのではないか。

という質問になります。


 
「障害」による「困難」の克服探求が人生^^ / しまの 引用
No.1158 2016/01/15(Fri) 10:16:05

>精神的不具を抱えた人物が、人物性の高い価値を仕事として追求するのは困難である事が多いのではないか。という質問になります。

それはもちろん、「障害」があればそこに「困難」発生する、と言えますね。「困難」生み出すもの「障害」言うという、言葉の定義そのものでもあるでしょう。
それは人物性の高い価値仕事としようとする場合限らずにです。人物性の低い価値仕事としようとする場合でも、たとえば高度な身体障害があれば、それに見合った困難生まれる、ということになると思います。
ですのでこれは「障害」具体的かつで客観的かつ詳細な内容ごとに、検討しなければならないものになると思います。

一方、「精神的不具」というのは多少偏った自己否定イメージになると思います。『悲しみの彼方への旅』でもそうしたものとしてその言葉が出てきたります(P.332)
-------
私に残り続けた問題とは、自分には、自分を人と結びつけるための感情や意欲や性格が根本的に欠損している、自分は人と親密になったり愛情を交わしたりすることのできない、精神的不具者なのだという感情でした。
-------


ということで、「精神的不具」という漠然とした否定イメージではなく、具体的かつで客観的かつ詳細な内容ごとに、検討していきましょー、というのがまずは意見
そしてそうするならば、「障害」を克服するものとしてこそ、「知恵」と「ノウハウ」と「技術」があり、その探求こそが人生になる、というのがハイブリッド心理学からの意見です。
それは克服できるものなのか。克服不可能で終わるものなのか。それは自分にとって大きな喪失か。それとも結局大したものでもない話だったと、人生が大きく転換するか。

これはもう人それぞれ内容ぞれぞれのケースバイケースですね。たとえば人前で喋ることに緊張とどもりの傾向を抱えて社会に出ようとしたが、それを克服したい一念取り組み、やがてTVの人気司会者になってしまうケースもあるかも知れない。あるいはそうした弱点短所を抱えたまま、人と接する仕事よりも手先の技術を生かした仕事を選んで第一人者になったもいるかも知れない。
ちなみに僕の上記の言葉について言えば、結局、一人でマイペースな生活をするのがこの上なく好きな性分であり、浅く広く人と親しく接することができるような「能力」は、もうどうでもいいというお気楽能天気ほぼ完結した今日この頃です・・とこれはどーでもいい話^^;

重要なのは、結果ではなく、いかに可能性と全力を尽くしたか、になります。可能性と全力を尽くすごとに、「命」が答えを出す、ということで。
まあとにかく、お若い状況と思いますので、視野を広く持った上で、具体的かつで客観的かつ詳細なレベルで、自分の得手不得手、克服への知恵ノウハウ技術、そして望む仕事、などの分析検討をするのがお勧めになりますね。

あとはまあ、何か「人物価値」「持つ人」「持たない人」あまり単純に分けない目培うのがお勧めになりますね。でも何らかの障害ハンディを持つのがスタートです。また「持つ人」見えるのは、あくまでそうした断面があり、見る人主観からそう見えるに過ぎません。「脱力できる人」なんてのも、別の人から見れば単なる不注意人間見えるかも知れない^^;

まとにかく、視野を広く持ち、自身の問題については具体的かつで客観的かつ詳細な内容ごとに、細かく検討していくのがお勧めです^^。



はじめまして / オメガ3 引用
No.1153 2015/12/05(Sat) 17:11:54

島野さんの電子書籍を読ませていただいています。
私は短気な性格で日常でものや人に対してイラッとすることが多いもので、怒りの身体的、精神的に与える悪影響を知り改善していきたいと考えています。

そこで、実際に最近の怒りの場面において私の怒りへの対処法としていかがなものか、島野さんにコメントいただければありがたいです。


場面例「ネットで見たレシピとおりに料理をつくったがおいしくなかった」

感情:なんでレシピどおり作ったのにまずいんだ、このレシピ作ったやつばかか。ふざけんな。材料も用意して作ったのに無駄だった。

対処@自分はレシピを考えた人に対して、自分の思い通りの味にならなかったことについて怒りをもっているんだなと感情をそのまま確認する
対処Aレシピを作った人の味覚と自分の味覚は違うだろうし、作る環境の気温などで味は変わるかもしれない。と思い通りの味にならなかった理由を考える
対処B怒りの感情がでてしまったけど、なるべく怒らなくてすませるようになれたらいいなと考える


 
「生き方テーマ取り組み」として「怒り」に対処する^^ / しまの 引用
No.1156 2015/12/18(Fri) 14:57:04

たいへん遅くなりました^^ゞ

「怒りの克服」とは一言で、
心の健康と成長のための基本であると同時に、その十分な達成は極めて高度な目標であり、生涯をかけて取り組むべき、地道で壮大な取り組みになる
とでも言えるものになりますね。

そのための「最初の一歩」として、書いていただいたものについては大体よろしいかと思います^^。
これを皮切りとして、上記のように地道で壮大な取り組み向かうためのポイントは、

・実際に怒りを感じてしまった場合に、怒りを捨てるよう、心の脱力(?)を図る
というような「気持ちの持ち方」取り組みではなく

怒り感じてしまった時や、感じそうな場面都度
・怒りを持つか否かの選択を決定づけるテーマを明瞭に定め、自らにその選択を問う
という「生き方テーマ」取り組みとして、しっかり実践を続けることだ、とアドバイスできると思います。
これを、生涯続けることです。ほんの僅かでも、「怒り」片鱗自分の心見えたならば。

「テーマ」とは、『辞典』まとめ始めているように、
「行動の基本様式」「行動学」「価値観」いったものがあり、場合により何故自分は怒りを抱いたのか「自己分析」といったものが必要になることもある、といったもの

では上記ネットのレシピの話はどんなテーマになるかというと、まず「破壊から自衛と建設へ」という「行動の基本様式」テーマですかねーという感じ。
ネットでとんでもないレシピを教え込まれるという事態(^^;)に対して、自衛ができていなかったわけですね。
無防備に、材料を用意して作るところまでやってしまった。
ではこれを自衛できる、つまり事前に用心して「これはちょっと駄目っぽいぞ」判断できるためには、どんなポイントがあるか。
といった思考
でまあ僕に思いつくものとしては、やはり自分の好みの味の傾向と、人のそれとの違い自覚する、レシピとして書いてある内容が、一般に評価されている類のものか、それとも一個人の思いつきで誰もやってないようなもの書いているのか、といった情報背景次回はしっかり見なければ、などと思考したりする。

ずると次回は、似た場面でも大分違う心持と行動出てくると思います。うんこれはちょっと・・事前嗅ぎ分けそれでもやって見るか!覚悟して作ってみる。ならば結果不味くても、これも一つの勉強ぞ、ということで怒り湧いてこない、ということにもなると思います。

ということで、書いて頂いた内容材料に、ちょっと僕ならという思考内容など書いてみました^^。
そうして、「生き方テーマ取り組み」として、出会う場面全て向き合っていく。その積み重ねに、1年1年とまるで別人のように変化成長していく歩みがある、ということになりますね^^。

ぜひじっくりそうした歩み向かって頂ければと^^。



(No Subject) / 引用
No.1149 2015/11/17(Tue) 22:26:34

しまのさん、こんにちは。

現実に見合わない恐怖や動揺の克服について教えてください。

現在就職しまして、入社1ヶ月の新人です。その会社はマニュアルがなく、
すべて人に聞いたり、見て覚える方針です。
しまのさんの原理原則立脚行動法などを参考にしていたのですが、
どうしても身体に染み付いた恐怖のようなものが邪魔をして、
あまり成長できてないように感じます。

@会社では分からないことが多すぎるので質問しようと思うのですが、
あまり質問攻めになってしまうのも申し訳なく少しずつしか聞けません。
質問するまで心の準備が必要で時間がかかります。
うまい質問の方法ありますか?

Aその会社には元々入る気は無かったのですが、あっさり採用されたので入社。
周囲のやる気とのギャップを感じています。
モチベーションが上がりません。向上心が欠けているように思います。
でも、生きるために仕事は続けたいです。
やる気に頼らない成長の原理原則を教えてください。

B恐怖の原因は人の目。新人だから周りから注目されるのは当然だと腹をくくっているつもり
ですがやはり不安です。誰が相手でも大丈夫な行動(原理原則を考えて)で動く事を心がけて
いますがやはり私のような未熟者が我流で動いても不安がつきまといます。
一挙一動が注目されているような錯覚が常にあって心が休まりません。辛いです。
恐怖の克服方法を教えてください。

上記の三点が今現在気がかりなことです。自分ではどうしようもなくなったので教えてください。
身体が不調になるほど考えてしまいます。ストレスなく仕事がしたいです・・・
しまのさん、どうぞよろしくお願いします。


 
仕事における「質問の仕方」「モチベーション」「怖れの克服」^^ / しまの 引用
No.1150 2015/11/23(Mon) 11:05:31

これは仕事における「質問の仕方」「モチベーション」「怖れの克服」という3つのテーマになると思いますが、
最初のものは、仕事におけるごく入り口外面行動法テーマ
一方残り2つは、多少とも入り口より向こうの、継続的で総合的な向き合いテーマ

ということで、位置づけがかなり異なり並べて同じようにアドバイスを書こうとするとかなり無理がある感じのため、まず最初のものについての具体的アドバイス中心返しておこうかと思います。
つまり、「仕事」というものを初めてする段階での「質問の仕方」といった、ごく入り口課題通過しないと、その先「モチベーション」「怖れの克服」といった総合的テーマは、ちょっと手につかない状況かと。に言えば、その入り口課題通過すれば、残り2つの課題テーマについて、どのように解決が見えてくるか、それとも全く見えない妨げがあるままなのか、といったことが見えてくる、あるいはじっくり腰をすえて取り組めるようになる、という道順になると思います。


「質問の仕方」

仕事のスキルとして「価値の生み出し」という話をよく言っていますが、「質問の仕方」についてもこれが当てはまります。
つまり、「価値を生み出す質問」であれば、大いにするが良い。そうではなく「価値を生み出さない質問」は、多少控えた方が得策、というものです。

平たく言えば、「何度もそんなこと聞くなよー」思われてしまうような質問避け「おっこいつできるな♪」先輩が内心で思うであろうような質問なら、どんどんすべし
後者が、「価値を生み出す質問」であり、後者が、「価値を生み出さない質問」です。

>うまい質問の方法ありますか?

質問方法ではなく質問内容重要になる、ということですね。
では具体的どんな内容のもののことかと言うと、「価値を生み出さない質問」典型的なものとは、「何をすればいいですか」といったもの。
良くできた先輩なら、穏やかにこう言うでしょう。「何をすればいいかを考えること、探すことをしなさい」と。
で、「それが分からないから聞いているのです」返すと、先輩内心「こいつできないな」思う^^; こうなるとおざなりにされてしまう可能性がでてきます。
そうでなく、「私はこの資料に従って確認作業をすればいいですか」質問したなら、先輩内心「おっこいつできるかも」と感じ、より親切丁寧にアドバイスするよう接してくるかも知れません。

>その会社はマニュアルがなく、すべて人に聞いたり、見て覚える方針です。

とのことですが、恐らくは、マニュアルがなくても仕事ができる人材求める社会に、今なりつつあるように思えます。さらに言えば、人に聞いたり、見たりしなくても仕事ができる人材です。
そんなことができるようになる、ノウハウあるんですね。

ではそのノウハウとはどんなものかここで説明する代わりに、まずは以下事例読んで頂ければと思います。既読であれば、今回自身の問題どう応用できるかという観点から、再読頂ければ。
メール相談事例集 No.002 視線恐怖および「職場での自分の位置への不安」の克服

以上を踏まえ、今回の課題テーマでは、

>会社では分からないことが多すぎるので質問しようと思うのですが、

という、「質問しようと思うこと」内容は何か、がまさに課題材料になります。
それは質問せずともノウハウ応用により分かること(価値を生まない質問)ではないか。そうではなく、職場特有の方法について、自分から進んで確認しようとするような質問(価値を生み出す質問)か。

まずは以上の情報で、どの程度分かることがあるか確認頂ければ。その状況に応じて、また書いて頂ければさらにアドバイス追加できると思いますので^^。


「モチベーション」「怖れの克服」

残り2つのテーマについては、ごく手短に、方向性のアドバイスを書いておこうと思います。

「モチベーション」については、
・「生み出す価値」において自らのモチベーションを問う
指針になります。
「生み出す価値」としては、生活費稼ぐといった消極的なもの、自分の能力の発揮やりがいといった積極的なもの、さらには社会と人々への貢献といった、それに心を注げられることが心の豊かさと安定つながるものがあるでしょう。
そうしたものを、今の仕事でどう感じられるか問いどうモチベーションを持てるかを、自らに問う

重要なのは、最初から「モチベーションを高めるために」という意識でそうした向き合いをするのではなく、嘘偽りのない自分の本心を問う作業として、それを行うことです。場合によっては、「この仕事では自分はモチベーションを持てない」という結論アリとして。その場合は、では別の仕事を探すか、という問い出てくることになります。
でもまあ、最初の仕事での「質問の仕方」といったごく入り口課題解決してから先の話にしないと、どんな仕事でもモチベーションが見えてこないと思いますので、まずは最初の課題じっくり取り組むのがお勧めですね^^。

「怖れの克服」については、まず何を置いても「仕事のスキル」獲得すること。それへの自信が、当然「怖れ」吹き飛ばすものになる、というのがまず言えることです。
「質問の仕方」は、そのため最初の一歩といこうとで。
で、さらに進んだテーマも含めて「仕事のスキル」を得て、「怖れ」もう過去のものになったか、それとも何か内面心理的な取り組み課題いまだにあるかに、取り組めるようになる。


まずはざっとそんな方向性道順になります、ということで^^。
具体的な検討は、とにもかくにも、今の仕事の内容がおおよそどんな内容で、何が分からなくて質問の仕方に苦労しているかの、具体的内容からになると思います。差しさわりない範囲で書いて頂ければ、より具体的アドバイスも返していけるかと思いますので^^。


 
Re: / 引用
No.1151 2015/11/25(Wed) 22:46:53

アドバイス有難うございます。

広告制作の仕事をしています。
どの質問の仕方に困っているかと言うと、手が空いた時に仕事を乞うかどうかです。
自分で見当がつく仕事は一度上司に確認してから行いますが、どうしてもやる事がなくなってしまった時の手持ち無沙汰をどうすればいいのかです。入ったばかりで仕事も少なく空いた時間が多いです。
これはしまのさんの仰った「何をすればいいか分からないから聞いている」と同じですね。
価値の生み出しという事を念頭に置いて考えてみます。
今まではヒマができると、人の制作物を参考に練習したり、一旦終えた制作物の改良点を探していじってみたり、などしていました。周りのレベルに追いつく為必要だと考えたのですが、ヒマな時にやる事ではないですか?宿題としてすべきこと?

ある日上司と話す機会があり、言われた事が「あなたは新人なりにちゃんと仕事をこなせている、仕事も早くて助かっている」とのことでした。
自己評価と外からの評価が一致しないです。正直、上司は嘘をついているのではと思うほどです。
ギャップが埋まればストレスが減るのにな〜と感じる次第です・・・。
仕事のスキルを身に付けて不安を無くしていくというのは前提ですが、こうも違うと混乱します。
メール相談事例にもあった「現実を見る目」を参考にすればOKでしょうか?
他、参考になるページを教えていだたけると幸いです。


 
答えを自分で出すという基本姿勢^^ / しまの 引用
No.1154 2015/12/08(Tue) 10:45:14

大変遅くなりました^^ゞ
・・というのも、ブログ(12/1)に書いたようにかなり多忙なのと、あとアドバイスポイントちょっと難しそうだと感じたここ、また島野の頭の回転年と共に遅くなっていることのトリプルパンチ(^^;)によるものなのですが、


答えを自分で出すという基本姿勢

といった戯言はさておき、多少アドバイス文面書いてみたりしてもどうもしっくり来ないなあと練ってみて、しっくりくる短文のアドバイス文章としてこんなん出てきました、とうのをまず書いてみますと。

その不安の原因は何よりも、自分自身で決めるべきことの答えを、人から与えられるもののように感じている基本姿勢にある可能性が大きい。
外面行動法のノウハウを学んで、答えを自分で出すという基本姿勢を築くことを何よりも重視しながら、目の前の問題への答えを出していく実践をするといい。

いったものです。

つまりまず、文面拝見して僕が感じた印象とは、答えはほぼ出ているのに・・というものなんですね。

>どの質問の仕方に困っているかと言うと、手が空いた時に仕事を乞うかどうかです。
>今まではヒマができると、人の制作物を参考に練習したり、一旦終えた制作物の改良点を探していじってみたり、などしていました。周りのレベルに追いつく為必要だと考えたのですが、ヒマな時にやる事ではないですか?宿題としてすべきこと?

このご質問に対し、不安解消つながるようなうってつけのノウハウというものは、それほどないんですね。というか、そこで書いていたものどれも、okなんです。

空き時間ができたのなら、過去のものを見直すなり、勉強をするなり、あるいは仕事を催促したりする。そのどれが「正しい」なんて話ではなく、そのどれをもやっていくのがまずは「順当」仕事の姿勢だと思います。
その適宜適宜の配分決めるのは、自分自身以外には不可能です。
ならば、黄さん不安原因となっている問題本質とは、そうして自分で決めるべきこと、決められることについても、人が答えを出してくれるものだと人の様子を伺おうとする姿勢あるのではないか、と感じた次第です。

これは浮かんだイメージとして、「災害救助隊」仕事仕方、というテーマです。
災害救助隊メンバーであれば、リーダーでなくとも、現地では自分で臨機応変な判断による行動求められます。常にリーダーからの指示待ちでは機能しない今置かれたその場では、自分がリーダーに順ずるものとして動くわけです。
「仕事」とは、そういうものなんですね。
それを、黄さんの場合は、災害救助隊メンバーとしてその場にいっているはずなのに、災害被災者のような姿勢なってしまっている、という印象不安に怯えている災害被災者の側に、と・・。。

まずはそんな話で、自身の姿勢見直しからできるか、ということになると思います。


「仕事場で行うべきこと」

ということで、出てきた話に触れてみますと、

>メール相談事例にもあった「現実を見る目」を参考にすればOKでしょうか?

については、ちょっとご案内が不親切だったかもですが、参考にして頂こうと思ったのは、No.002さん職場でやはり「何をしていいか分からない」状態だったのに対して、その仕事の経験がない僕かなり詳しいアドバイスをした部分の方です。
2回目および4回目アドバイスあたりになりますね。

これは上記短文アドバイスで言っている、外面行動法のノウハウ部分になりますね。
仕事場何をすべきかには、仕事内容違いに関わらず、普遍的な答えがあります。「指示された作業」論外として、作業をより質の高いものとして行うための、さまざまな調整、管理、準備(スキル向上勉強なども含む)、そしてそのためのコミュニケーションなど。結局これらがより高度に構築されていくと、企業の経営そのもの至るわけです。

今回上述のようにご自身で浮かんだ作業の範囲大体いいとして、そうした外面的ノウハウにも取り組みながら、今自分が何をしたいか、何をできるか、自分で決めるという姿勢大切、という


怖れの克服への基本

その姿勢、つまり自分で答えを出すという姿勢こそが、まずは何より仕事場での不安克服つながる、というです。

これは「怖れの克服」への基本、基礎ですね。自分から前に向かう姿勢です。
外面の困難状況同じでも、その姿勢がある時、「怖れの感情」消えます。一方、同じ困難状況でも、自分で立ち向かう姿勢失い、逃げる姿勢に回った時、「怖れの感情」によって心が押しつぶされてしまうわけです。

「怖れの克服」については、『辞典』収録「悪感情の種類別の克服対処の指針」では、
=======まず外面において正しく「安全」築き、それでも内面において残る恐怖「生きた」時、その怖れ人生でもう起きないものへと、根底から消えていく、というのが基本指針になります。=======
などと書いていますが、「自分で立ち向かう姿勢」は、「外面において正しく「安全」を築く」言葉含まれる、最初の基礎ということになりますね。

ですので、

>他、参考になるページを教えていだたけると幸いです。

については、「怖れの克服」という内面側テーマに関連しては、「現実を見る目」になったNo.002さん事例よりも、「全力を尽くして立ち向かう姿勢」になるという、
『取り組み実践詳説』
「全てを尽くして望みに向かう姿勢」という前進力
に出てくる、ネット相談女性の例(P.144)などが参考になるかも知れません。まかなり状況は違いますけど、自分から立ち向かう姿勢という基礎同じ話です。

あとはまあ「読書」一般に、心の懐を肥やしておくためのものです。
実際の問題場面への対処では、読書内容に従ってというのは無理であり、ここまで述べたような視点踏まえた上で、自分は一体何を怖れているのかという、自分自身の唯一の心のあり方しっかり向き合うことが必要になります。
まこれが精緻な「自己分析」となり、何か複雑で微妙な心理メカニズム焦点が当たってくることも、あるかも知れない。

いずせにせよ、最初に言った、
外面行動法のノウハウを学んで、答えを自分で出すという基本姿勢を築くことを何よりも重視しながら、目の前の問題への答えを出していく実践をするといい。
という前進仕方どうできそうか検討することから始めてみて頂くと良いかと^^。

あるいは、今回の話限らず「自分で答えを出す」ということへの基本的な苦手感というものがあるかもですね。答えは人が出すものと感じている心の姿勢。これは怖れの基本土壌です。
その見直しからになるかと。どう見直せば・・といったもまた出るかもですが、まずはここまでの話で、ご自身どの辺手がつきそうかなどから検討して頂くと良いかと^^。

あっあと、

>自己評価と外からの評価が一致しないです。
>ギャップが埋まればストレスが減るのにな〜と感じる次第です・・・。

自己評価外からの評価は、もともと一致など求めるべくもないものです。一致しようもない一致するとは、人の付属物になりきるような話です。まこれは多少極論ですが。
とにかくまず自分での前進の仕方を築くこと、そこにおいて自己評価を築くこと、です。上の話からも、それがお分かりかと^^。



現実場面での相談 / taka 引用
No.1145 2015/11/11(Wed) 22:36:18

島野さん、こんばんは。
今を原点に成長思考で行こうと決意しましたが、なかなか心が不安定で特に朝は絶望的な気持ちになります。
今日は現実生活で心理的に困ってるいくつかの場面を相談させて下さい。

今まで自己イメージを作り上げて接客していたため、それがないありのままの自分だとどうお客さんと接していいかわからなくなりました。
やはり接客でも自分を演じないほうがいいのでしょうか?
笑顔は必要だと思いますが、素の自分だと笑顔が出ません。
今までは心の中で「ついてるついてる」や「生きとし生けるものが幸せでありますように」といったセリフを呟いていましたがこれも感情を強制することになるんでしょうか?

お店のディスプレーを頼まれてマネキンに服を着せたりするんですが、自信がなく
作った後に自分で見るとなにか納得できず不細工な印象を受けます。
そして他のスタッフに変だと思われてるんじゃないか、他の人がやった方がいいんじゃないかといった気持ちになります。
もともとファッションに対する強い憧れがあるんですが、同時にそういう華やかさに対する恐怖心もあって服屋さんに入るのにずっと恐怖心がありました。
自分が服屋さんで働き始めてからは、だいぶ和らいだんですが
自分のセンスに自信がなく、今はもう何がオシャレなのか
お客さんが何を求めてるのかわからなくなりました。
お客さんとの会話も自信が持てないため恐怖心がでて声をかけるのに躊躇しています。

お店にたまに上層部の方が来られるのですが、その人達とうまくコミニケーションがとれません。
すごく恐怖心を感じ避けてしまいます。
その時感じるのは自分の経歴や年齢にたいする負い目です。

他のスタッフが談笑しているとき、昔はそれに愛想笑いをしていたのですが、
本心は全然楽しいと思えず、そういう場合は無理に笑う必要はないのでしょうか?
それだと場が白ける気がします。

やはり自分の経歴や年齢にたいする負い目が強いです。
もう自分は社会的に死んでるんじゃないかと。

自分は本当はファッションの華やかさや人との触れ合いが好きです。
自分は小さいときから家で疎外感を感じていて、その拗ねた気持ちがネックになって
人と素直に交流できないんだと思います。

そういう面からも、今の仕事はある意味で自分の希望する職場なのかもしれません。
ここで店長を目指して、他の人と堂々と渡り合って、同僚にも信頼され
センスも良くてお客様にも頼りにされる、そんな自分になれたらと思います。

しかしアルバイトから社員を目指すのはハードルも高くかなり成績が良くないといけません。
その試験も半年に一回でありもう集計期間も始まっているため、こんな精神状態ではだめです。


こういう悩みを解決するにはやはりコーディネートや生地の性質などをコツコツ勉強して
一歩一歩向上しているという前進感でしょうか?

アドバイスがあればよろしくお願い致します。


 
「高い自己イメージ」を追うことなく外面問題に最善を尽くす^^ / しまの 引用
No.1148 2015/11/13(Fri) 16:06:12

以下質問とも合わせてのコメントとしましょう^^。
『接客におけるプラスαの生み出し方について』 takaさん No.1142 2015/11/08

なお削除頂いたトピックにあった『「自己イメージ法」をはるかに超える成長へ^^ 』コメント記事は、
『劣等感の解消』 takaさん No.1120 2015/10/03
トピック収録する形で載せておきます^^。

で、こちらを取り急ぎ手短に。
大分混乱しておられるようですが、「感情と行動の分離」の姿勢原則から言えるのは、
・外面問題については、できる最善のことをすればいい。そこで内面感情がどう良くなるかは問わない
ということです。

ですので、

>やはり接客でも自分を演じないほうがいいのでしょうか?

は、思いっきり演じればいいと思いますヨ^^。『接客』とはそうした仕事だと思います。
そこに、

>自分は本当はファッションの華やかさや人との触れ合いが好きです。
>そういう面からも、今の仕事はある意味で自分の希望する職場なのかもしれません。ここで店長を目指して、他の人と堂々と渡り合って、同僚にも信頼されセンスも良くてお客様にも頼りにされる、そんな自分になれたらと思います。

との気持ち込めればなお良し。その気持ち大いに結構じゃないですか^^。

そのように、外面においては、そこにある問題課題ごとに、最善のことをすることです。それが何かは、おそらくはお分かりになっているのでは。
内面感情多少の揺れただ流して、それをすればいいのです。

内面まで完成された自分を、すぐに求めないことです。
それが高い自己イメージばかり追わない、ということです。お分かりですかな^^。



劣等感の解消 / taka 引用
No.1120 2015/10/03(Sat) 11:43:11

すいません。特定されると怖いので削除させて下さい。

すいません、自己イメージについてのトピックを削除したら、島野さんの記述も消えてしまいました。
せっかく書いて頂いたのに申し訳ありません。
みなさんの参考になる話だと思いますし、私自身また見返したいので
もし可能なら島野さんの記述だけでも復活させて頂きたいです。
申し訳ありません。


 
「劣等感の克服」へのハイブリッド心理学の「取り組み実践」^^ / しまの 引用
No.1122 2015/10/06(Tue) 16:53:29

「劣等感」の克服

まず、「劣等感」克服は、ハイブリッド心理学からは一言で、

・生涯にわたる成長の総合的結果として、解消されていく。
言えるかと思います。
それが、

>なんとかこの劣等感を解消したいのですが、島野さんのアドバイスを頂けると幸いです。

への、まずは基本指針になるでしょうし、「この劣等感が足を引っ張ります」について言えば、それは足を引っ張るものというより、今立っている場所の話考える方が正解ではないか、ということになると思います。それを受け入れ、原点として、前に進むしかない、と。

つまりよくやる喩え表現というので言うならば、そうした「劣等感」というのは、足にクサリでつながれた重りというよりも、寒風吹きすさぶ北の氷雪地帯にいるという場所だと言えるかと。
その寒風足を引っ張ると言って、それをクサリの先の重りを断ち切るように解消する方法というのはまずなくあるのはただ一つ地道にそこから南国の楽園まで、自分の足で地道に前進していくことだ、と。
すると重要なのは、寒風に耐え、氷雪の地を前進できるような技術と能力だということですね。それなしに、温暖な地の快適な平野前進するのと同じ様子で、前進しようとしても無理、と。


「劣等感」とは

喩えるならそんな話ということで、心理学説明をしますと、

・「劣等感」とは、「自己否定感情がまとわりついた自分と他人との比較意識」
などと定義できるかと。

すると心理学的に、心の健康と幸福にとって問題なのはあくまで「自己否定感情」であって、「比較意識」必ずしも問題なのではない、というになります。
自分他人比較してみることが役に立つテーマや場面あるのであれば、比較するのも大いに結構。たとえば各種技術習得のため、うまくできている人から学ぶとか、あるいは人権が守られてない地域の人の姿を見て、自分がいかに恵まれているかを感じ取ったり、自分が何に貢献できるかを考えるきっかけにするとか。

ですので、「劣等感」へのアドバイスと言うと、得てして「自分と他人を比較するのは無駄。人は人自分は自分」といった言葉出てくるかと思いますが、ハイブリッド心理学からは、そうした言葉は出ないです。
そうではなく、自分と他人を比較することも時に役に立てながら、いかに「成長」の全体に向かうかを自分の課題と考える、というのを、基本アドバイスにします。

それによって、当然、比較意識の解消、が目標なのではなく、自己否定感情解消目標になるわけですね。
「自己否定感情の解消」とはどういうことかとハイブリッド心理学位置づけるのかと言うと、もうこれは成長の歩みの全体だということになるわけです。


ハイブリッド心理学の「取り組み実践」へ

まずはそれを総論として、実際何をどうすればいいかアドバイスとしては、

・そのようなものとしてハイブリッド心理学の「取り組み実践」に入ることを検討なされてはいかがかと^^
というになります。

その一言に尽きます、というかその一言しか言えません・・というのではあまりにも不親切かと思いますが(^^;)、実際、「取り組み実践」に入ってみて何をどう感じたかという情報が出てきて、より具体的アドバイス言えるかと思います。
まそれだけ、ハイブリッド心理学独自の心理学の世界展開しており、はあくまでハイブリッド心理学取り組む上でのご質問ご相談へのアドバイスだけができる立場です。

・・で話を終えてまさに不親切ですので(^^;)、少し見通し持つようなをしますと、ハイブリッド心理学取り組み実践に入るとはどうすることかと言うと、

・自身の悩み問題の克服と成長のための、手がかり足がかり視点を増やす
ということから始める、ということになるかと。
具体的には、サイト冒頭
『ハイブリッド人生心理学とは』では
実践の学び
での
3.行動学
4.「愛」と「自尊心」のための価値観と行動法
5.各種悪感情への対処の理解

といったもの。
ごく簡略な説明『メール相談事例集』
はじめに・「取り組み実践」とメール相談 - 「取り組み実践」とは - 「学び」
などにありますので参照頂ければ^^。

それで言うなら例えば

>自分の過去について堂々と説明できないのです。結果的に人と深い関係を築けず、友達も恋人もいない状態です。
というのは、人との関係を築くということを、「愛」へのどのような価値観行動法持っている上での話なのか、そしてそこで起きる感情動揺悪感情詳しい内容と、その克服についての考え方どう持つか、
といった視点検討していきます。
そこにおいて、過去の話は、基本的に不要です。今、どのような価値観と行動法、そして自己理解を持つか、に取り組みます。


寒風の中を前進する技術

そうした視点持つことで、上述の、寒風に耐え、氷雪の地を前進できるような技術というもの、そしてそれを自分どうできるか能力といったものが、検討できるようになるわけです。
例えば引き続き、

>自分の過去について堂々と説明できない
について言えば、「愛」
=====
「愛」「分かり合い認め合う」ではなく、純粋「喜びと楽しみの共有」として目指す価値観

=====
立つならば、人との関係構築において、必ずしも自分の過去の説明など必要ありません。もっと重要なことがある。もちろん過去に触れることもあるでしょうが、何を重要と考えるかによって、話の仕方工夫できるでしょう。

そういったさまざまな検討を通して、

>もちろん私のような状況では厳しい道だとは思いますが、その職業を通して自分のアイデンティティを確立したいのです。そんなときこの劣等感が足を引っ張ります。

も、「引っ張られる」ものなどではない、という視野開けて来るかもしれない。
そうした「取り組み実践」を通して、「成長」が生まれ、その総合的結果として、「劣等感」などは根底からなくなっていく。これが見通しとして言える流れです。


そんなものとして、ハイブリッド心理学「取り組み実践」に入るのを検討なされては、という提案が、アドバイスになりますね^^。
その先は、カウンセリングやセミナーなど設けているわけではなく「自己取り組み」として進めて頂くという不親切なものになりますが(^^;)(その分全部タダ^^;)自己取り組みされる方手早く情報を探せるよう、『ハイブリッド心理学辞典』整備開始したところです。

まずはこんな話で^^。細かい質問等あればまたここで書いて頂ければアドバイス返します^^。


 
Re: 劣等感の解消 / taka 引用
No.1124 2015/10/07(Wed) 11:43:45

島野さん、こんにちは。

大変わかりやすい、親切な返答をありがとうございます。
さっそくハイブリッド心理学の「取り組み実践」に入っていこうと考えています。
ハイブリッド心理学のHPや島野さんの著作を少しずつ読み進めています。


島野さんが提案してくださった実践の学びの
3.行動学
4.「愛」と「自尊心」のための価値観と行動法
5.各種悪感情への対処の理解
を取り組んでいこうと思います。

特に私は社会人経験が乏しく、3の「建設的対人行動法」「原理原則行動法」「ウインウイン行動法」という3種類の行動法、および「仕事の普遍的スキル」などは早急に取り組まなければと考えています。
実は今職場で窮地に立たされており、その面においても切実に必要性を感じています。

また島野さんが指摘してくださった愛に関する価値観についても、私自身納得するところがあり、たまにですが人との関係の中で喜びと楽しみの共有を感じることがあります。
その時は楽しく幸せであり、爽やかな気分を味わうことができました。
しかし愛とは「分かり合い認め合う」という価値観がもともと私が持ってきた価値観であり、今もその傾向は強いです。
その比重を逆転させ、喜びと楽しみの共有という価値観を強めていくことが、今の課題だと感じました。

ところで具体的な実践方法についての質問なんですが、行動学や愛と自尊心のための価値観と行動法を学ぶ方法として、読書を勧められていると思うのですが、それは基本的に自分で関心のある本を選んで読み進めていくという方法でしょうか?
もしくは、ハイブリッド心理学での推薦図書があったり、あるいは島野さん自身が行動学を直接ご教授されていたりするのでしょうか?
まだHPの内容を全部確認したわけではありませんが、今のところそういった記述は見つけられませんでした。

HPの内容を全部確認してから質問するのが、筋だとおもいますが、何分今切羽詰まった状況でして、できれば推薦図書などを示していただけると非常に助かります。

よろしくお願いいたします。


 
行動学の入り口情報など^^ / しまの 引用
No.1125 2015/10/08(Thu) 15:05:55

>HPの内容を全部確認してから質問するのが、筋だとおもいますが、

いえいえ、現在膨大なページの中に散在しているになっていますので、全部確認するなんてのは大変すぎ。で『辞典』による整理自らの急務としている次第です。

まずはざっと以下あたりを読んで頂くと良いかと。この掲示板でよく出しているリンクです。
ブログ記事
2010.05.18 3つの「行動学」
2010.05.19 「原理原則立脚型行動法」(前)
2010.05.20 「原理原則立脚型行動法」(中)
2010.05.21 「原理原則立脚型行動法」(後)

より本格的に学ぶための「ハイブリッド心理学指定の必読書」。まこれはじっくり読書向け。
ハーバード流交渉術 (知的生きかた文庫)

あと『事例集』事例No.001、No.002ぜひ読んでみて下さい。


そんなところで、ざっと雰囲気つかめてくると思います。

あとは場面状況など差し障りない範囲具体的に書いて頂ければ、それに応じ具体的なアドバイスここで返していきます。まそれが僕からの直接指導になりますね^^。
適宜新規トピックで入れて頂ければ^^。


 
Re: 劣等感の解消 / taka 引用
No.1129 2015/10/17(Sat) 12:48:14

島野さん、こんにちは。

さっそくハーバード流交渉術を買いました。
島野さんのHPと一緒に読み進めています。
どうもありがとうございました。
また具体的な場面でのアドバイスが欲しいときは
質問させていただくと思いますが、その時はよろしくお願いいたします。


 
Re: 劣等感の解消 / しまの 引用
No.1146 2015/11/12(Thu) 18:33:20

僕のコメント一緒に削除されていますが、とりあえず原稿チェックのプリント残ってますので、OCRで復活させて次のコメント時に挟み込むなど考えておきますので^^。


 
「自己イメージ法」をはるかに超える成長へ^^ / しまの 引用
No.1147 2015/11/13(Fri) 15:43:41

(親トピック削除のためコメント記事のみここに収録しています^^)

これはじっくりアドバイスを^^。


「自己イメージ法」の役割と罠

これはまず、

>コーチングなどでは理想の高い自己イメージを持つことを推奨しています。

という、「理想の高い自己イメージを持つ」ことの役割意義理解から話を始めるのが良いかと。

一言で、「自己イメージ法」とも呼べるであろう、自分を高めるための方法、というになりますね。
定義としては、「高い自己イメージを持つことによって、気持ちを持ち上げ、目標への動機づけにする」というものだと言えると思います。

これについて僕の意見簡潔に述べるならば、まず墓本的にはそれは人生で役に立つものだと思います。まずは「こんな自分になりたい」という高い自己目標像描くことから、成長への歩み始まるそれはいいと思います。
ただしそこから、大きく2つもしくはが、待ち受けている、と。


罠その1・「内実」が伴わなければ「張りぼて」

1つ目分かりやすい話だと思います。
「高い自己イメージ」として抱くものとは、基本的「人の目にこう見られる自分」という外面体裁です。
ですので、そこに「内側内面の充実」である「内実」伴わないと、そこにあるの「はりぼて」といものになる、というものです。
正真正銘の張りぼてというのは、たとえば北京五輪の時、近くのみすぼらしい貧民街を高級そうなビルの絵を描いたつい立てでおおったものなど。
職業においては、正真正銘の張りぼてだとその職業が続けられないことになるものであり(ニセ医者など)、一応はまっとうな資格として就いている職業それなりの内実があるからだという話になりますが、それでも起きてくる可能性があるのは、その職業の意義を高めるような心こもっていないこもっていない、と評されるような姿です。
これが典型的で最悪なものは、警官が起こす事件とか、消防士が起こす放火など。
そうなるとそれはもう「精神的な張りぼて」姿だと言えるものになるでしょう。
ご質問の状況も、そうした「精神的張リぼて」が、まあそうした外面的悪質性なしに、ごく内面において起きているものと言えるかも知れませんね。外面体裁のレベル魅力を感じ、目標にしようとしたものの、それを自分がやる意義とやリがいを、心底からは感じられていない、というもの。


罠その2・「高い自己イメージ」は実は「低い内実」の表現

もう一つは、多少難しい心理メカニズムになってきます。
「高い自己イメージ」実は「低い内実」表現だ、というものです。
これは分かりやすい例として、「自転車に乗れる自分」という自己イメージとして、未出版(そのうち無料電子書籍化予定^^)ですが
『理論編上巻』
7章 「自尊心」の混乱と喪失−2  −なぜ自信が定着しないのか−

「自信」と似て非なる「高い自己評価(プライド)」感情
などで説明しています,
我々まだ自転車をうまく乗リこなせていない段階で、「うまく自転車に乗れる自分」という「高い自己イメージ」描きます。それを目標とし、また自分はそんなはずだ、と自分を鼓舞することが役立ち、またそれが必要にもなります。しかし本当に乗りこなせるようになった時、それはもういらない、と。
一般的に言って、高い技能ほど、高い習熟向かうごとに、向上導くのは「自己イメージ」なんて薄っぺらい(^^;)ものではなくなってきます。内側細かい技術なり精神性なりになってくる。

冒頭に書いたように、「高い自己イメージ」役に立つのは、「目標への動機づけ」というあくまで最初の最初であって、 そこからスタートしたらなら、視点変えなければならないわけです。
一般的に言って、そこから「専門性」出てきます。内側細かい技術なり精神性なりについての。「高い自己イメージ」言っている範囲では、そうした専門性いらない
そんな状況で、「高い自己イメージ」推奨しているだけコーチングとは、それこそ内実のあまりない、張りぼてのコー チングです(失敬^^;)。まあその安直さ人受けしてセミナーにすれば売れるんでしょうけどね^^;


「高い自己イメージ」が裏に生み出す自己嫌悪

さらに一歩踏み込んで考えるならば、技能などのレベルが高い人ほど、「高い自己イメージ」よりも、「いたらない自己イ メージ」より積極的に持つようにするのでは、とも思えます。
それが「謙虚」という美徳です。それこそ自分を本当に高め、自分に利益をもたらすものであることを、高いレベル向かう人ほど、感じているのでは、と。

そしてしきりと描こうとする「高い自己イメージ」というのは、得てして北京五輪で言ったように、臭いものに盖をするための強烈な香水であったりします。
そしてがそれに駆られる、という病んだ心理メカニズム起きてくるわけです。意識の表面では燦然と輝く自己像描かれ無意識追いやられた、「みすぼらしい自己像」心の底くすぶります。この心の膿深刻であるほど、意識の表面燦然とした自己イメージ空想に駆られる度合い病的に強くなってきます。
見逃せないのは、ここで「エセで傲慢な自分」という自己嫌悪感情が、無意識用意され、そして膨張していくことです。そしてそれから逃れるために、「高い自己イメージ」不自然高潔な精神的精練性を帯びたものへと練り上げ られていくかも知れません。そして薄氷「燦然とした自己像」と、「みすぼらしくエセで傲慢な自己像」錯綜し渦を巻く。
・・と少し病的心理メカニズムまで話を膨らませましたが、こうした心理過程心の底固着してきて、「神経症的人格」出来上がる次第です。

まそこまで錯綜した心理となるとここではもうど一でもいいとして(というより結構関心度の高い話?^^;)、こうした薄氷「高い自己イメージ」脆くも崩れ「みすぼらしくエセで傲慢な自分」という自己イメージへと雪崩を打って一気に切り替わっていく様子が、『悲しみの彼方への旅』などにも出てきます。P.146からの3ページにて。

ですので、

>人にどう思われるかあまり気にならなくなりました。

もともとそう深刻な話ではないとして、それだけ心の健康度が増してきたということかと思います^^。


「自己イメージ法」をはるかに超える成長へ

ということで、

>自己イメージを意議的に高<持つという事について島野さんはどう思われますか?

については、一言で、それはあくまで「目標への動機づけ」としてはok
ただし実際何か目標向かうにおいては、さらにはその目標そのもの自分にとっての価値の妥当性再検討するにおいても、「高い自己イメージ」なんてものではなく、別の視点へと移る必要がある、ということになります。
そうした別の視点なしに、意識的に自己イメージをただ高く持とうとするというのは、あまり役に立つものではなく、があるというか、それ自体未熟病み症状のようなものだ、と。

ではその別の視点とはどんなものかというと、それがまさにハイブリッド心理学取り組み実践全てだということになリますが、ポイントまとめておきましょう。

まずスローガンとしてはこう言えます。
「自己イメ ージ法」はるかに超える成長へ、と。つまりそれは、
自己イメージを高めるのではなく、自己の現実を、そして自己の真実を、高めることです。

そうして「自己の真実を高める」ための実践とは、「感情と行動の分離」姿勢で始めるハイブリッド心理学取り組み実践です。
「外面行動は建設的なもののみ行い、内面感情はただ流し理解することのみ行う」というものです。


自己イメージは「ただ流す」内面感情側の扱い

まずポイントは、そこにおいて「自己イメージ」は、「ただ流し理解する」という、内面感情一つとして扱う、というものになります。
ですので、「意識的に高く持つ」というよりも、まずは湧くがままに湧かせ、自分がどんな自己イメージを持つのかを、まずは把握することです。高い自己イメージも、「唾棄された自己イメージ」呼べるものも。
そしてそれを鵜呑みにすることなく、自己の現実、自己の真実の全体を高めるための方向を見極めてい<


「価値」と「望み」を見極めていく

すると見極めていくものが、外面および内面双方出てきます。

一言で、外面においては「価値」を、内面においては「望み」を、見極めていく、と。

まず外面における「価値」として、
たとえば税理士一つの目標になるのであれば、それがどう華やかな職業かというイメージどうこう描けるかではなく (それは一応内面感情として流すとして)、税理士が企業や社会にどんな「価値」を生み出すか、といった命題に、「価値言葉」答えられるようになるというのが一つ目安になるでしよう。
税理士目指すことが、自分にとってどんな価値があるかを自分に問える状態になるための、目安としてです。
こうした「価値言葉」での思考については、
『入門編下巻』P.212-213で書いていますので一読頂ければ。

あとそれと重なる視点として、「匿名性において生み出す」という姿勢視点知るといいでしよう。誰ともつかない者が行う、価値あること。それを自分は行うという姿勢です。
これについては、
『理論編下巻』
7章 人生の答え−2  −「魂の望み」への歩み−

「匿名性において生み出す」・「揺らぎない自尊心」への第一歩
解説しています。

重要なのは、こうして「価値を生み出す」という姿勢こそが、来歴において華やかな知人達の世界に入れなかったというような挫折感情を、真に克服するになるということです。
それは決して、「見返せるだけの華やかな職業」なんてイメージをどう追ったところで、克服できない、と。その先にあるのは、空虚孤独だ、と。これは内面「望み」視点として、 下でまた書きますので^^。
これは上記入門編下巻続き、P.214で次のように書いている通りです。
=====
 これは特に、来歴において自らの「存在の善悪と身分」を負ったような挫析感情がある場合に、その克服のために決定的に重要になります。
 この姿勢は必ず、人からの信頼を得ることができます。それがやがて、心の傷凌駕するのです。
=====

と。


「望み」への向き合いと「人生の道理」への目

そうして、外面においては「価値」向き合う一方で、内面においては、「望み」に、深く向き合うことです。

「高い自己イメージ」であれば、それによって、自分は何が得られるものとして、望んでいるのか
そしてそれが、「現実」において起き得るものなのかを、しっかりと見据えることです。「現実」というのは、しばしばイメ ージの華やかさとは裏腹な面を、我々突きつけるものです。それをしっかりと見据え自分が何を望んでいるのか、そして何が自分に真の幸福をもたらすのか、自分は何を本当に望んでいるのかに、向き合い続けることです。

その向き合い歩みで、人生の道理を見る目を、いかに築いていくかが、問われることになリます。
薄っぺらいものに心を奪われていれば、その薄っぺらいものに、やがて滅ぼされます。深いものに心を向けることができた時、やがてその深いものによって支えられるのです。
いくら他人に浅く広くちやほやされたところで、やがては空しさ孤独訪れるのは、著名人の自殺に示されます。 やはり愛する家族を持つことが、幸福一つの道標にはなるでしよう。しかし外面体裁を材料に、いわば力づくで結婚 したところで、得られるのはもう似て非なるものになる可能性が高い。等々。
こうしてどこまで人生の道理見極めることができるかは、もうその人次第ですね。しかしそれが、結局、その人「これが自分の人生だ!」言えるものつかむための、足場になるわけですね。


そうした向き合い歩みの道があるというのが、アドバイスになりますね。
この向き合いによって何を見出すかは、一度に全ての答えが出ることは、ありません向き合いで、次第違うも のが見えるようになっていきます。そして最後には、歩み最初からは予想だにつかない、最終的な答え訪れるそんなものです。10年20年、さらにはそれをはるかに超えた人生の歳月を通して、です。
ぜひじっくり検討してみて頂ければ^^。




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