しまのたかしハイブリッド人生心理学 島野隆ブログand掲示板
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*より詳しくアドバイスするとどのようなものになるのかは、
 
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返答入れて頂いた順に返していきます。日数がかかることもありますので、ごゆっくりお待ち下さい^^。


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はじめまして / serori 引用
No.542 2013/02/13(Wed) 16:39:09

 はじめまして、seroriと申します。
 当方、二年ほど前に鬱病と診断され、勤めていた会社を退職し、今は表面上問題なく生活できるため社会復帰しようとしたのですが、勤め始めたパート先で問題を起こし、すぐに辞める事になってしまいました。
 以前から、私の行動・言動が周りの人を不機嫌にしてしまうことが多々あり(理屈っぽい、糞真面目、生意気、等の理由による。自覚はしています…)その度に傷つく態度を取られることも多く、このままでは人も自分も傷つくばかりなので何とか変わらねば、と思っていたのですが、自分が変わろうとすることに対して何か「いまいち納得できない」ところがあり、なかなか良い方向に向かわずにいました。
 そんな折り、こちらのサイトと出会い、「ハイブリッド心理療法入門(2004.9.18)」を拝読したところ、「自分を傷つけていたもの」や「いまいち納得できない」の正体を知ることができ、変わりたいという気持ちを阻むものがなくなりました。ありがとうございました。

 そこで、本腰を入れて「ハイブリッド人生心理学」を実践してみようと決め、取りかかりの方針を以下のようにまとめてみました。お忙しいところすみませんが、何かアドバイス等ありましたらぜひお願いいたします。

-----
(1) 今考えられる(沸き起こってくる)自分の望み
a. 趣味の創作活動をする時間をたくさん取りたい(純粋に楽しいので)
b. 趣味以外の時間や、誰かといる時にも楽しい気持ちで過ごしたい。

(2) 現状
a. 創作活動を続けていくためにも仕事をしなければならないが、できればしたくない、という思いもある。
b. 今の性格のままでは、身近な人や他人に不快な思いをさせてしまっているのではないか?という思いがくすぶっている。気心知れていない人と接する際には、恐怖がある。
(最近は、パート先での人間関係で、自分が生意気な話し方をしてしまったのに、それに対して厳しい反応をされたことで傷つき、更に怒りをぶつけて逃げるように辞めてしまい、自己嫌悪に陥る出来事があった)

(3) 望みを阻んでいると思われるもの
a. 「仕事」に関わる対人関係への恐怖
(恐怖心が、極度の緊張や傷つけられたと感じた際の反発を生んでいると思われる)
・ 一度勤め始めたら、容易に「逃げられない」ことへの恐怖
・ 仕事や対人面で失敗し、敵意を向けられることへの恐怖

b. 理に適っていない行動をしてしまった際の罪悪感
下記のようなことを思ったとき、やらないほうが良い、と論理的に理解しているにもかかわらず、やってしまった際の罪悪感
・もっと寝ていたい
・もっと遊びたい
・もっと飲み食いしたい ※過食ではありません

(4) 上記を踏まえた上で、まずはどうしていくか
a. 「傷つけられた」と感じる原因(と思われる)「完璧」への執着、善悪の価値観解体を心がけ、なるべく傷つかない心に変えていく。
b. 読書等により対人スキルを学び、人と過ごす際の恐怖感を少なくしていく。
(仕事そのものは苦にならないため、仕事のスキルは後に回す)
c. とりあえず、仕事はやってみる。その上で、試行錯誤してみる。
-----

 長々と失礼いたしました。


 
「傷つけない・傷つかない行動の基本」^^ / しまの 引用
No.544 2013/02/14(Thu) 10:57:51

問題・課題の整理ベリー・グーだと思いますヨ^^。まずは「対人行動スキルの向上」メインテーマになりますね。
あとは昨日きてれつさんにコメント(『「逆の姿勢で取り組み開始」^^』 しまの No.543 2013/02/13)したのと同様「問題場面状況の具体的明確化」からの、一つ一つの具体的検討あるのみp(^^)q

そこで今回は、「傷つけない・傷つかない行動の基本」アドバイスなどしておきましょう。

まずは今掲載中の解説の中の、
「学びの一覧表」
の中の、
4 悪感情の克服 - 罪悪感
で書いているのが基本ポイントになります。
相手に与えた「害」を客観的に判断する対処法を学ぶのが健全であり、自己理想を満たせないことや、相手の期待にそえないことを罪悪感に感じるのは別の問題になる、と。

「相手に与えた害を客観的に判断する」とは、もちろん器物損壊身体的暴力だけの話ではなく、それを言っちゃーいけないヨという言葉の暴力、さらには相手自身についてのマイナス表現なども、相手への「害」として避け同じ内容プラス表現で言うなどの工夫をしていくことが大切です。
たとえば、相手の作業がトロイ(^^;)時、「もっと早く」という言い方マイナス表現です。「こうするともっと早くなるのでは」とか、実際にどうすれば向上するかの答えを自分でも出せるなら相手言う現実において向上する結果に導けないのであれば、何もしない、黙っているというのがのが、まずはハイブリッド心理学推奨の建設的対人行動法としては基本になります。

これをしっかり押さえていくのがまずは「傷つけない行動」であり、それができるようになれば自然から「傷つける行動」受けることもなくなっていくでしょうし、実際受けた時対処が見えてくると思います。これはまずは自分からの行動を向上させてからの検討になりますね。

これらについては、やはり具体的言動内容レベルで、一つ一つ改善策を検討していくことが取り組みになりますので、具体的材料があれば書いて頂けれればさらに具体的アドバイス可能です^^。

そのように具体的向上策検討一つ一つ積み重ねていくことで、自分としてやってはいけない行動やって良い行動についての、しっかりした考え築いていくのが取り組みになります。それがしっかりして、にさらに内面分析加えられるようになるというのは、やはりきてれつさん向けコメントで言ったのと同じです。

そうして自分の考えを築く上で、特に、人に近づこうとする時と、反発感で離れたくなる時とで、やってはいけない行動やって良い行動についての考えが変わってしまうというのが起きていないかに、特に気をつけるといいでしょう。特に、反発を感じた時「やってはいけない行動」「やって良い行動」にコロっと変わってしまうなど起きていないか注意ですね^^。


 
Re: はじめまして / serori 引用
No.545 2013/02/14(Thu) 11:03:28

上記の(3)-bについてですが、少し違った見方になったので追記させていただきます。

 先程ネットサーフィンをしていた際、何気なく第三者の目を意識して「あーあ、世間から見たら今の自分はぐーたらしてるんだろうなー」と思ったのですが、更にそんな自分を客観的に見ている自分が現れ「今の考えで私は苦しくなったよ!」という声が聞こえたようでした。
 そこで「え、なんで?当たり前のことじゃない?」と問いかけてみたところ「今のこれは、先へ進むための助走期間だよ」とまあ”言い訳”のような答えが自分から返ってきたのですが、そもそもこれが”言い訳”かどうかなんて、分からないじゃないか?ということに気付きました。”言い訳”というのは、絶対的に正しい(と言われる)行動に反してしまった時に使うものなのだから、絶対的に正しいものがなければ、それはもう言い訳じゃなくてただの「意見・意思」なのではないか?と。
 そう考えると「今だらだらすることは次へ進むための助走だ」と判断したことや、その結果が例え悪くても「駄目なことをやってしまったから結果が悪くなった」ではなく「そうしたからそうなったんだ」と傷つくことも恐怖することもなく受け入れられそうです。視界がすごく明るくなったようです。

 こういった考えを定着させていくためにも、(3)-bに関しては似たような状況で同様の思考をしていきたいと思います。



どうしたら前向きに取り組めますか / ホワイトホイップ 引用
No.537 2013/01/04(Fri) 13:59:29

(島野メモ)新規トピック化のため No.535 2013/01/02 から移動しました^^。

あけましてでとうございます。
お返事頂いていたのに、間があいてしまい申し訳ありません。

12/8に書込みしてから、過食嘔吐はしていません。食べすぎは多々ありますが、過食するよりずっといいし・・・。と言う感じで「これこれしないと駄目だ、これ食べたらだ
め!」と言う物を自分に許せた感じというか、自分の固〜い枠が少しやわらかくなった感じ?です。

我慢はしていません。夕飯を食べても「お菓子食べたいなら食べていいよ」とチョコもせんべいも食べたりしてますが、「お腹一杯だし、そろそろ止めようか」と言う感じです。

>「今の生活の中」での行動法のあり方について検討するというより、そもそも自分の人生はこれでいいか(ちょっと言葉が大げさですが^^;)・・・・

視点を大きく構えなおす。これはまだじぶんの中で答えが出ません。今後の課題です。


>「心のいら立ち、不満の原因」ということであれば、一体どうなっていればそれがきれいさっぱり解消する状況になると、実は自分は絵に描いたような姿を前提に考えていたのかも知れない。しかし・・・

わかっていたつもりなのに「はっ」としました。生きていく中で毎日がすっきりとさっぱり晴天の日々ばかりではないのにそのような妄想?をしていたんだと。

実際、今過食嘔吐はなくてもバラ色の日々ではなく、毎日「あーあ」と思うこと、出来ない事が多く自己嫌悪になる日々も多いです。

今までは過食嘔吐がなくなれば・・・全てが解決するような気持ちでいました。

今と言うか前から毎日億劫で苦痛で、でもしなければならなくてどうしたら少しでも前向きに取り組めるのか質問したいことがあります。

長年の過食嘔吐で歯がボロボロで2年ほど前からネットで調べて「この先生に診ていただきたい」と思う先生の歯科医院に1時間かけて通院しています。

歯周病の治療はどんな良い治療をしても患者さんの毎日のブラッシングが熱心にできていなければ何にもならない。とブラッシングには大変力を入れている先生です。

先生には過食嘔吐のことは言っていませんが、「う〜ん、このお口の中からは様々なことが予想されますね。相当なストレスも予想されますね・・・。」と初診の時にいわれました^^;
「奥歯上下は毎日夜だけでも1時間のブラッシングをして歯茎を丈夫にしていかなければ自然と抜けるでしょう」と言われこの2年は朝、昼15分、夜1時間を過食嘔吐しながらも続け先生は歯茎を見て「すごいね〜ブラッシング熱心にがんがっているのがわかりますよ」と言っていただきましたが、なんせ重度の歯周病なので今年の夏1本は自然に抜けました・・・

良くなってきている箇所ももちろんありますが、まだまだ出血してブラシが触るだけでも痛くて痛くて出血する箇所も多いため夜の歯磨きは本当に本当に億劫でなかなか取り組むまでに時間がかかります。
汚い自分の歯を見ながらの歯磨きは情けなく痛くて痛くて辛いのです。見たくない逃げたいのです。

今までは夕飯を食べ、娘を寝かせるまで適当にお菓子も食べ、娘を寝かせて(10時過ぎから)から過食して12時過ぎに吐きそこから1時間くらい歯磨きをしていたので寝るのが2時くらいになり6時に起きるので睡眠時間を削って過食嘔吐、歯磨きをしていました。

最近は過食嘔吐はなくても夕食後適当にお菓子を食べ風呂にさっと入り(入れない日もあり)寝るまでに歯磨きをすぐ始めれば良いのですが、ここからが中々出来ないのです。
結局娘を寝かせてからゆっくり歯磨きしようと思いつつ結局寝てしまい「あーまたやってしまった・・・」となる日が週に2回くらいで。

これは自分が意思が弱いからなのか?精神論でやるしかないのか?やらなければいけないことなのにいたくて辛くて逃げています。どうしたら少しでも重たい腰を上げて見たくない自分の歯を見てブラッシングに取り組めるのでしょうか?

取り合えず一歩一歩の向上思考を参考にと「取り合えず20時10分になったら風呂に入り20時30分に上がって歯磨きを開始して21時30に娘と寝る」と娘と寝るまでに1時間を確保できるように決めて見たのですがこれも中々できずにいます。


 
「自分を動かす心の技術」 / しまの 引用
No.538 2013/01/04(Fri) 21:22:38

>自分の固〜い枠が少しやわらかくなった感じ?です。

まずはそうして柔軟性を持たせてから、どこに行くかになりますね^^。

>実際、今過食嘔吐はなくてもバラ色の日々ではなく、毎日「あーあ」と思うこと、出来ない事が多く自己嫌悪になる日々も多いです。

まさにそこに、過食そのものとは別の取り組み材料があるんですけどね。まこれはおいおいとして、今回

>これは自分が意思が弱いからなのか?精神論でやるしかないのか?やらなければいけないことなのにいたくて辛くて逃げています。どうしたら少しでも重たい腰を上げて見たくない自分の歯を見てブラッシングに取り組めるのでしょうか?

についてアドバイスを^^。
これは「精神論でやるしかないのか」のではなく、に、どっちかというとまだ精神論で行こうとしているがために、「我慢を押して」というストレス感が起き、「逃げていたい」という気持ちも起きる、というものになっていると思います。


「自分を動かす心の技術」というになりますね。
これは大きく3つがあるという感じです。知恵を欠いたものから真髄へという順番に、

1)精神論・・・「やればできるはず」「願望実現イメージ」お勧めではないものです。ストレスと、自分への嘘だからです。

2)合理的動機づけ・・・「こうすればこうなれる」という合理的な知識と知恵を取り入れて実行する。その嘘のない着実さが、動機づけのエネルギー自然湧き出させます。自分目の前にうまくニンジンぶら下げてあげるということです。「一歩一歩の向上思考」もこれ。
ホワイトホイップさん今回学び始めているのもこれになると思います。つまり、実はまだ足りないものがあるんですね。
壁がない向上課題であれば、これでです。しかしそこかしこに出てくる課題となると、最終的「自分を動かす心の技術」必要になってきます。

3)選択肢に心を晒す
「こうすればこうなれる」という合理的な知識良しとして、それを一本ではなく、あらゆる可能性を踏まえた選択肢を知るというものに推し進めます。そのどれにしなければと自分を強制するのではなく、そのそのれぞれについて、自分はどう感じるかじっくりと向き合うわけです。これを繰り返す中で、しばしば「これがいい気がする」という心の動きにも変化起きる形で、次第に自分が成すべきこと決まってきます。あるいは、その覚悟がついてきます。
ですから、性急に結論を出さず、ある程度の期間の中で選択肢への向き合いを続けることが大切です。

今回のお話で言えば、毎日1時間のブラッシングというのは、やはりちょっとかなり面倒なものに僕も感じますね。問題は、それがどのような効果を生むのか、それが努力に見合うのかです。それが割に合わないのであれば、別の選択肢考える余地が出てくる。例えばそれを続けても歯が抜ける可能性があるのであれば、歯は抜ける前提口内より早期に健康回復させる治療法はないか。
歯周病でしたら、僕は以下の歯医者「GTR法」の手術を受けたことがあります。極めて高い技術歯医者ですので、もしいける場所であればお勧めできます。
六本木駅前歯科
ブラッシングはあくまで予防健康維持であり、「抜けそうな歯」となると話がもう違うような気もしますが・・。ネット「これ!」感じさせるというのはあくまで独自の治療主義のものである可能性もあると思いますので、あと少し幅広く調べるのも良いかと思います。

「見たくない逃げたい」については、実際のところ見ず逃げていればどうなるかという選択肢(^^;)入れなければならないですね。「逃げては駄目!」ではなくです。逃げてもいいわけです。結果を受け入れるのであれば。

苦しい問題かと思いますが、人生の中でしばしばある、ハンディからのスタートという課題の一つが、そこにあることになると思います。これを乗り越えることで、成長とは何かかなり見えてくると思いますので^^。


 
Re: どうしたら前向きに取り組めますか / ホワイトホイップ 引用
No.539 2013/01/19(Sat) 15:35:22

こんにちは。
お返事ありがとうございます。

歯医者の件は次回かかった時に先生にも治療の事を話してみたいと思います。
(長年の不妊治療から医者というのは質問したりすると不機嫌になって気まずくなるという思いがあって質問など出来ませんでした。たまたまその先生が態度に出す方だったのかと思いますが)

>2)合理的動機づけ・・・ホワイトホイップさんが今回学び始めているのもこれになると思います。つまり、実はまだ足りないものがあるんですね。
壁がない向上課題であれば、これで可です。しかし壁がそこかしこに出てくる課題となると、最終的な「自分を動かす心の技術」が必要になってきます。

>最終的な「自分を動かす心の技術」
  今は全然わからなくて身動きがとれない感じです。

ただいつも思うのは、朝(出勤前)と昼(1時間の昼休み)は限られた時間のなかなのでなんとか15分は歯磨きの時間が取れるように急いで支度をして15分は歯磨きをしています。もちろん痛くて切ないです。

だけど、夜ができないのです。
今までは過食嘔吐があるので7時から夕飯を食べ始めだらだらとお菓子を食べ娘を寝かしつけてそのまま寝てしまったり、起きてもまた食べ始めて12時過ぎに吐いてから歯磨きをしてと言う感じで、過食嘔吐がなければスムーズに歯磨きに入れると頭では思っていました。が約この一ヶ月過食嘔吐がなくても夕食後、TVを見ながらお菓子を食べ、食べてから歯磨きと思うのですが、なかなか体が動かないです。

やはり絶対的なきまり(家を8時には出る、お昼休憩は1時間等)がないと自分に甘くなってしまっています。

夕飯を食べて「お腹一杯」なのにお菓子が食べたい。これは心の空虚感からくるのか、それとも長年の過食嘔吐で摂食中枢、血糖値等の異常からなのか、両方なのかわかりません。
ただ島野さんのハイブリッド心理学を学びながら、食事の内容、仕方等も学ぶ必要があるのだろうと思いました。


お正月も食べすぎることはありますが、過食の量とまでは行かずに嘔吐もなしで過ごしていました。
「食べ過ぎることは多々あるけど、今はこれでいい」と自分に言い聞かせていましたが、毎日夕食後に過食の量までは行かなくてもお菓子を食べているので痩せることはなく今の体系には不満がありました。

でもこの今の経過を飛び越えて理想になることはできないんだよ。と自分と対話していたつもりです。
前より太っているので、余裕のある黒の台形スカートをはいていることが多いですが、はけるけど以前より余裕の無くなったグレーのタイトスカートを1/7にはいて仕事へ行きました。

嘔吐はしなないけど、過食の量よりも少ないし、もしかして少しやせたりしていて?と心のどこかで少し期待もあったのでした。でもやっぱりパツパツで心はイライラ、もやもやで仕事中も気になってトイレに行くたびにガラスに映る姿が太っていて気になっていました。

その1/7の夜から食べ過ぎのラインを越えているのがなんとなくわかります。心のどこかで「吐こう」と思って食べているのです。娘を寝かしつけてから再度食べ、ソファでふて寝をして気づけば2時、3時で結局ベッドへ行って寝る感じです。
1/7から昨日まで2回吐いてしまいました。
せっかく少し前進したと思ったのに・・・

でも何となくきずいた事もあります。今までこんな小さな事(スカートが前よりきつい等)でも気になって(ストレス?)過食嘔吐していたんだろうな。と

今までは過食嘔吐は長年の癖になっているんだ。だから理由なんてないし、全くわからない。と思っていました。
でも毎日の中で起こる嫌な出来事や、スタイルの悪い自分、ちょっとでも太ったと思うといてもたってもいられない。いつも完璧でスマートでクールな人を演じようとしていました。
毎日毎日自分を否定し続けて生きて来ました。

「食べること以外で気持ちが充実するもの」今年は見つけたいと思います。

取りとめのない、長文ですみません。


 
長期の取り組みアプローチ法 / しまの 引用
No.540 2013/01/22(Tue) 11:19:53

>長年の不妊治療から医者というのは質問したりすると不機嫌になって気まずくなるという思いがあって質問など出来ませんでした。

これはちょっと損視野の偏りというものだったかもですね。医者とはどんなものか。
やはり、説明を丁寧にしてくれる医者というのが、良い医者基本的な基準だと思います。まあ無口で無愛想な、技術の高い医者もいるのかも知れませんが、やはりそれは医者のあるべき姿(こうしたテーマ特定の下には「あるべき姿」というのは出てきますね)損なっていると思います。
その点、まず出会った相手で「○○とはこんなものか」という心の視野を作ってしまうのは、視野の偏りとしてになりますね。情報を広く取り入れながら視野を広くし、より望ましいものを自分から積極的に探す姿勢重要


>最終的な「自分を動かす心の技術」 今は全然わからなくて身動きがとれない感じです。

これについては、まず選択肢を知ることからになると思います。

>歯医者の件は次回かかった時に先生にも治療の事を話してみたいと思います。

それがいいかも知れませんし、前回指摘したようにその先生特定治療法に主義的に偏っている可能性がありますので、ネットなどもっと情報を仕入れるのがいいと思います・・・とこれはすでにやったのかな・・。

そうしてまず「視野を広げる」「選択肢を知る」ことから。にそれをじっくり「どれがいい?」自分と相談していくのが最終的「自分を動かす心の技術」です。これについてはとにかくまず「視野を広げる」「選択肢を知る」です^^。


あとは、過食してしまう時の「感覚」については、まず言えるのは、心は決して一本調子では向上変化しない、ということです。
過食に駆られる同じ感覚ぶり返すこともあるでしょうし、ぶり返しの中で今まで気づかなかった過食の原因感覚気づくこともあるでしょう。
その都度都度で、過食になる「原因」の感覚見極めと、「結果」がどうなるかの自覚を、しっかり心に、というか体に刻み込んでいく。これを繰り返していきます。
これは長期の取り組みです。2、3年さらにはそれ以上やるものと腹を決めるのがお勧めです^^。

またそうした長期の取り組みとして、もちろん、

>「食べること以外で気持ちが充実するもの」今年は見つけたいと思います。

といった、「過食ではなしに心を埋めるもの」模索すること、また以前にも指摘した「精神的遠因」への取り組み重要になってきます。


>夕飯を食べて「お腹一杯」なのにお菓子が食べたい。これは心の空虚感からくるのか、それとも長年の過食嘔吐で摂食中枢、血糖値等の異常からなのか、両方なのかわかりません。

後者の話は僕には専門外なので分かりませんが、「心の空虚感」はまず間違いなく原因になっていると思います。でないと、

>娘を寝かしつけてから再度食べ、ソファでふて寝をして気づけば2時、3時で結局ベッドへ行って寝る感じです。

といった行動には多分ならない^^;
また、

>いつも完璧でスマートでクールな人を演じようとしていました。毎日毎日自分を否定し続けて生きて来ました。

といった言葉を拝見するに、自分を見失った心の惑い取り組み材料が恐らく実はてんこ盛り(^^;)にあるということになると思います。
それに対する取り組み方法は、先日アップの
「望みに向かう姿勢」を問うまでの実践作業
分かりやすいかと思います。
そうした取り組み続けることで、まず心の基盤強くしていくことが、上述の方向性全て支えるものになります。

これは取り組み方法ごくさわりの説明になりますので、取り組み方法への質問などあれば引き続きこのトピックで、また具体的な心の惑い取り組み材料についてであれば新規トピックなどで(まどっちでもいいですが^^;)ご質問相談頂くと良いかと思います^^。



落ち込んでいます。 / ホワイトホイップ 引用
No.523 2012/11/25(Sun) 15:09:16

こんにちは。

最近、買い物に曜日を決めて行っていましたが、やはりお徳用のチョコや菓子パンが我慢できずに買ってしまいました。
また、仕事から帰ってからはとにかく一品でいいから夕飯を作り旦那と一緒に食べる。
と決めてもご飯を食べてからプリンを食べてそこから気づいたら過食になっていたり・・・。夕飯を作れずに過食になっていることも最近は良くあります。

色々と決めても結局は過食して頭を真っ白にしていたいのか?過食を克服したいのにどうして決めたことが出来ないのか?と嫌になってきます。
8、9月は調子がよく過食も「そういえば今週は一回も過食してないかも?」なんて思っていたのに10月に入ってから連日過食が続き、一体どうしてなのか?どうしたらいいのかわからなくなっています。

もう少し細かく仕事から帰ってきてからの行動計画を立てたほうが良いのでしょうか?
最近は吐くことなくもう寝てしまっているので体重は増加してもうどうしたらいいのか。

20代のころは過食嘔吐して痩身エステに通いながら164センチ、48キロ位を何とか維持してきました。
今、39才ですが、過食しても嘔吐しないときも多く、また嘔吐しても「もういいや」と全て吐ききれていないので先日の健康診断では56キロ去年より3キロ増、さらに一昨日の骨密度検診では前日の過食もあり57.5キロになっていました。

もう鏡の自分を見るのも嫌になっています。このような状態ですが、どんなことから取り組めば良いのでしょうか?

行動計画を立ててもすぐに失敗して過食してしまいます。でも地道にこれを繰り返すことなのでしょうか?

希望はチラチラと見える現実の苦悩(自分の思い通りにいかないイライラ、悲しみ、怒り)があっても過食嘔吐を盾にして現実逃避しないで自分の日常の毎日を今を生きたい。

過去に執着して(両親への怒り等)今を生きることが出来ませんでした。今の自分を見ることも怖く、いつも過去や未来に意識が飛んでどうしようもない怒りや不安に押しつぶされそうになり、そんな私を救ってくれていたのは過食嘔吐だとも思います。


 
Re: 落ち込んでいます。 / ホワイトホイップ 引用
No.524 2012/11/28(Wed) 20:04:03

こんにちは。



相変わらず調子は悪いですが、しまのさんのアドバイスを再度読み返してみました。



>自分自身に対する論理的思考



心の成長が始まるまでの流れを、少し詳しく説明しました。

対比として、「変われない人」の姿勢を確認しておきましょう。こうした心理学なり他の取り組みなり、長く取り組もうとしていても、変われない人の原因は何か。

それは、こうして説明してきた流れの最初に来る「学び」というものを、それが自分の心をすぐ「心が落ち着き気持ちがおさまり前向きに」してくれるものと期待して学ぼうとする姿勢が、典型的なもののように思われます。そのように自分を変えてくれる、人の言葉を期待してです。・・・等



読んでいるつもりでもその場面になると頭の中からはすっかり消えてしまっているんだなぁ。と思いました。



火、木、土の買い物以外に我慢できなくてスーパーによってしまい、会社の帰りに菓子パン、菓子等を食べて「あ〜もう駄目もう過食だ」と思っても、0と100の考えはしなくていい。

 たとえ帰りの車で菓子パン1個、菓子を食べてもその後の夕飯は具だくさんの味噌汁と野菜中心にすれば大丈夫。「あーまたダメだ、もう駄目だ」と思う必要はない。

と言う風にその決まりを守れなかったとしても大丈夫なようなことも考えておこうと思いました。

でもあまり良くないでしょうか?



太っても痩せても私は私であって他人になる事はできないんだな。と思っています。

(当たり前ですが・・・)



最近、過食している最中に「もっと何か食べないと」とキッチンに行っても「なんだかもう食べなくていいし、食べたいものもない」と思う時が結構あります。

そういう思いがあると気付いた時点で過食はやめて日常の当たり前の生活(風呂に入ったり、歯磨きしたり)を出来るようになりたい。と思うのですが、どうしても「これだけたべたのだから嘔吐しないとダメ!嘔吐しやすくするにはもっとたべないと!」と言う思いからさらに食べて、嘔吐しようと思っていてもお腹がいっぱいで身体が重く、子どもを寝かしつけてから嘔吐しようと思っていても結局起きられずに朝を迎えて「あーまたやってしまった・・・もう嫌だ」となっているのが最近です。



食べる事は毎日の事なので食べない事は出来ないし、0と100の様な極端な考えをしてきた私は30とか50とか70があることが嫌でした。ちょっとでも自分の納得いかない物を食べたり、少し食べ過ぎると許せなくて、「もう過食だ!」と自己破滅的で自分の中の枠からはみ出るのが許せなく思っていました。

太っている事は「みじめで愛されない人」と言う思いがあります。



失敗しても失敗しても自分であれこれ考えて体を動かして行動して、体で知っていくしかないのですよね。

嫌だけどこの地道なことしかないのか・・・と思い知らされています。

調子は悪いですが、自分の足で歩き始めたんだと思います。

躓きは多いと思いますが、ぜひまた相談させてください<m(__)m>


 
Re: 落ち込んでいます。 / しまの 引用
No.525 2012/11/28(Wed) 20:29:31

ここ数日ちょっと手が空かずお待ち頂いていますが、また後日アドバイス入れますので^^。


 
「現実ベースの一歩一歩の向上」へ^^ / しまの 引用
No.527 2012/12/02(Sun) 12:26:50

これはアプローチの仕方内容については前回から特に新しい話はなく、アプローチの姿勢の話になってくると思います。

まずは、そもそも問題はそう簡単なものではない、という話になるかと。その覚悟が大切^^。

>過食を克服したいのにどうして決めたことが出来ないのか?

という「決めたこと」が、どれだけ容易なことかそれとも難しいことかを、自分自身の現実としてどれだけの覚悟を持って自覚して進めるか、になるかと思います。
ですからそれはむしろ、「やはりできない」と感じた時からがスタートになるわけですね。これは一体どういうことか、と。そこから、試行錯誤工夫始まり。それが成長というものです^^。

その点、

>「あ〜もう駄目もう過食だ」と思っても、0と100の考えはしなくていい。
>「なんだかもう食べなくていいし、食べたいものもない」と思う時が結構あります。

といったことに気づいたのは前進かと^^。そうした、実に細かい「感覚の差」などに向き合い、時には顕微鏡で拡大してみるような意識集中もしていくことで、自分の行動がどう変えられるかに取り組んでいく。
これはまあ例えとして思い浮んだイメージを言うと、ロッククライミングみたいな感じですね。そう絵に描いた達人のように一気にいけるものではない。自分の手と足であれば次にどこに引っ掛けることができるかから模索するわけです。人それぞれ手足の長さ違うので、人の方法自分でも同じように使えるとは限らない。自分の手足ならどこか、と模索することからです。

これが特に食事など、身体的欲求も絡む問題になると、そもそも心の問題としてだけではどうしようもない面もあるでしょうし、年齢による状況変化もある。そうしたことを適宜検討要因として追加していくのですから、これはもう一生モノの取り組み課題だと考えるのが正解だと思いますね。

ということで、「空想した通りになれる」「頭の中で考えた通りにできる」ことを求めるのではなく、「現実をベースにした一歩一歩の向上」という姿勢の違いの理解とその転換という話になりますね。ハイブリッド心理学根本テーマ一つになります^^。
参考記事として、以下など^^。
2010-01-28『「一歩一歩の向上思考」-1』
2010-01-28『「一歩一歩の向上思考」-2』
2010-01-29『「一歩一歩の向上思考」-3』


 
Re: 落ち込んでいます。 / ホワイトホイップ 引用
No.528 2012/12/08(Sat) 13:42:34

こんにちは。

『「一歩一歩の向上思考」』1〜3まで読ませて頂きました。
特に「肉はこま切れにして食え」の所は、なるほど〜そうなのか!と納得しました。

そして一歩一歩の一歩は自分の歩幅の一歩であって、歩幅さえも他人と比較してきたような気がします。

>具体的な問題場面状況において、心の健康と成長に向かうための行動の仕方はこうこうであるというはっきりとした答えがあります。について今の私はどうだろう?と考えてみると

具体的な問題場面状況=仕事の帰宅途中、帰宅後

心の健康と成長に向かうための行動の答え=日常の生活(夕飯の支度、夕食を食べる、風呂に入る、歯磨きをする等)


問題場面では、今の心のいら立ち、不満の原因はたぶんこれだろうなとわかる時と何が原因なのか分からないけど、心はモヤモヤしてすっきりしない感じです。
そしてその持って行き用の無いいら立ち、モヤモヤすっきりしなくてどうしたらいいのかわからず、それを抱えたままでいる事が出来ず、「この何か嫌な気分は見たくない」と過食に入ってしまいます。最近は「ここなんだよ、ここでこのモヤモヤの感情をありのままに流し、行動は建設的にする・・・」と思っていますが・・・

心の健康と成長に向かうための行動はこうだ。と答えがわかっているけどそれができずに「なんでわかっているのにできないの!!」と一度に全部できないとダメだと思っていたんですね。

過食しても、まだしばらくは仕方ない、自分にできる小さな一歩を考えてみます。

今週も相変わらず過食が続いています、結局お徳用チョコ、菓子パンも我慢できずに買ってしまい食べている事が多いです。
夜の過食は夕食を含めて2000〜2500カロリー取ってしまっています。最近は吐かないで寝ているので、来週は少し方法を変えて「食べたいなら食べたいものを食べていい、だけど大体いつも食べている過食の食べ物(ポテチ一袋、菓子パン1個等)を一つ減らす事をしてみます。そしてせめて2000カロリーに収まるように少しでも工夫をして食べようと思います。


 
「人生全体への取り組み」ヘ / しまの 引用
No.531 2012/12/13(Thu) 15:14:46

まあ、過食克服のための、「摂食行動」のあり方への取り組みについては、かなりの試行錯誤を長く続けるものという姿勢で当たるのが正解になると思います。

あとは、

>問題場面では、今の心のいら立ち、不満の原因はたぶんこれだろうなとわかる時と何が原因なのか分からないけど、心はモヤモヤしてすっきりしない感じです。

については、

>心の健康と成長に向かうための行動の答え=日常の生活(夕飯の支度、夕食を食べる、風呂に入る、歯磨きをする等)

といった「今の生活の中」での行動法のあり方について検討するというより、そもそも自分の人生はこれでいいか(ちょっと言葉が大げさですが^^;)という大きな視点から、いったん視点を大きく構え直して取り組み始めるのがいいかと思います。過食への直接対処とはまたの、精神的原因への長期のアプローチですね。
「心のいら立ち、不満の原因」ということであれば、一体どうなっていればそれがきれいさっぱり解消する状況になると、実は自分は絵に描いたような姿前提に考えていたのかも知れない。しかし現実の人間というのは、そんなきれいに竹を割ったように理想と堕落に分かれるのではなく、その地道に歩む成長があるわけです。

過食をなくせば・・という当座の目標取り組み平行させる感じで、そうした人生全体への取り組みという視点を持つことも始められるとよろしいかと思います^^。
そこに糸口材料が見えてくれば、恐らくそこにこそ「心の健康と成長に向かうための行動法」の学びが出てくると思いますので^^。


 
Re: 落ち込んでいます。 / ホワイトホイップ 引用
No.535 2013/01/02(Wed) 01:17:26

(島野メモ)新規トピック化のため No.537 2013/01/04 に移動しました^^。


 
Re: 落ち込んでいます。 / しまの 引用
No.536 2013/01/02(Wed) 12:11:51

あけましておめでとうございます^^。

レスが増えてきて年越しでもありますので、上記No.535内容新規トピック化してアドバイス入れたいと思いますので、ちょっとお待ち頂ければ。
新規トピック化作業も僕の方でやっておきます。とりあえず『どうしたら前向きに取り組めますか』とかのタイトルで良いかと^^。



お久しぶりです / ゆうすけ 引用
No.529 2012/12/09(Sun) 18:35:11

私は恐れが強くて強くてどうしようもないと思っていましたが。
恐れを変えようとするんじゃなく、恐れを受け入れようと決意した時、私の中の怖れは、「相手を怖れさせたい。」という形に変わりました。もちろんこれを行動化するつもりもありませんが、これは自分が怖いから、相手に自分を怖れてほしいというものだと思います。
もしこれを行動化しない場合は私が怖いだけです。
その恐れを持ちつつ別の形での何かを築いていくという形になるのでしょうか。
なんとなくですが、今まで自分の作ってこなかった、人との本当の関係の築き方を学んでいく事なのかなと思っています。
なにか助言や新しい視野などがあればアドバイスいただきたいです。


 
(No Subject) / ゆうすけ 引用
No.530 2012/12/09(Sun) 23:48:08

やっぱり変わらないという絶望感を経て、また違う視点の方向の見方に変わりました。
自分は問題の本質から逃げてるだけだなぁと。もう一度、自分が本当に望んでた事を見つめ直してみます。恋愛感情の中での挫折感、自己否定感情など、私が本当に望んだ事は恋愛的な感情のこっちだったなと気がつきました。
自分が本当に望んでた事からいつの間にかずいぶん逸れて考えてしまっていたのかと思います。
なんだかさっき書いた質問も、今見てみるとなんか、ちんぷんかんぷんな事を書いてしまっているように感じます^^;


 
「現実場面における行動法の学び」を優先させる^^ / しまの 引用
No.532 2012/12/14(Fri) 10:59:29

これはまず、その「怖れのやり取り」場面についての、具体的な行動法の学びどうなるかをちょっと検討しておくのが良いかと思います^^。

ポイントは、書いて頂いた文脈ではとにかく互いの内面感情がどうかばかりに意識が向いているかも知れませんが(まあ文章表現だけの問題かも知れませんが)、心の健康と成長に向かうための行動法としては、互いの「今」の内面感情はもちろん行動への基本的材料として考慮尊重するのですが、「これから」の未来に向かう行動としては感情をあまり問わず、「現実において生み出す」という、多少とも物質的な創造生産の面が重要になってくるということです。それによって、感情「怖れ」どうこうのなどというのは実につまらないもののように、「喜び」「楽しみ」という領域での問題になってくる。そこに、「愛」生まれ育つ、ということです。

>もう一度、自分が本当に望んでた事を見つめ直してみます。

についても、そのような「現実場面における行動法の学び」を優先させてから、自分に向き合うという順序がいいかも知れません。
今回『取り組み実践とは』解説「学びとのギャップを生きる」という何度も出していますが、「望み」その中で成熟、そして純粋化していくからです。それがないと、「望み」向き合う姿勢どんなに純粋でも「望み」自分の未熟さを偽装しようとするような、偽りのものへと向かいがちです。
さらに「本当の望み」「真の望み」は、行動の前にあらかじめ向き合って見出すものではなく、行動することによって、後から見えてくるものです。しばしば、行動がうまく行かないことによってこそ、「真の望み」が向こうから見えてくるようなものとしてです。もちろんそこで、自分の「本当の望み」着実には見えないまま行動しても道を外れないためのものが、具体的行動法の学びに他なりません。

この辺の話解説の次の更新で取り上げる予定です(「真の望みへの道」とかのタイトルかなと^^)。

>恋愛感情の中での挫折感、自己否定感情など、私が本当に望んだ事は恋愛的な感情のこっちだったなと気がつきました。

恋愛感情の開放は、心の成長の中でも王道的なテーマだというのが僕の考えです。世の人が気難しいのは大抵幼少期段階で恋愛感情を封じ込めたのが原因ではないかと(←かなりの独断的見解^^;)
一方、ただ開放できればいいというものでもない。「存在の身分としての恋愛」とかの「望む資格思考」による「愛の汚染」に、闘わねばならない。この辺の話は『入門編下巻』「9章 愛への道」に詳しいですね^^(P.266あたり)
それと闘うとは、それを否定し消し去ろうとするのではなく、それと玉石混交に交じり合う感情の中の、一片の純粋な要素を見出し、それに向かうということです。そこに、「自意識」凌駕する、「魂」「命」が現れる。しばしば、「心の死」通り道にしてです。

ちょっと話が次第にちんぷんかんぷんになってきたかもですが(^^;)、結局それら全てを支えるのが「現実場面における行動法の学び」になるわけですね。その下支えがあってこそ、自分の内面への向き合いが、自ず上述のようなものへと変貌していくということです^^。


でその「現実場面における行動法の学び」具体的内容は、まさに具体的場面内容に応じたものになりますので、何かあれば具体的な場面それぞれについて大よその状況など書いて質問頂くとよろしいかと思います^^。


 
Re: / ゆうすけ 引用
No.533 2012/12/19(Wed) 13:30:49

> ポイントは、書いて頂いた文脈ではとにかく互いの内面感情がどうかばかりに意識が向いているかも

という島野さんの書かれている言葉の意味がわかりました。私は自分の「優しさ」「気遣い」「振る舞い」などにばかり集中して、実際に必要な、「現実において生み出す」という視点が欠けていました。仕事の場面において特にそう思います。

極端な話、「優しさだけじゃ生きられないんだ」とハッと気がつきました。「優しい心」だけでは、何も生まれないんだ、自分はなんて馬鹿だったんだとガックリきました。

自分と相手の心ばかりで考えているから、「現実場面における行動法の学び」という視点に切り替わらないんだなぁと思います。

でもここにきて、自分が冷酷な人間であるかのような罪悪感が生まれます。人の気持ちを考えない「冷たい人」になってしまうみたいで。

これも前回、と同じ罪悪感の質問をした時と同じように、自分の「心が自立」してないという事なんですね。幼い頃から「思いやりを考える」という思考で生きてきてましたから、その通りだなと。幼い頃からまるで成長してないだろうと思います。


 
「心の成長過程への理解」を持っておく^^ / しまの 引用
No.534 2012/12/22(Sat) 12:04:45

>「優しい心」だけでは、何も生まれないんだ、自分はなんて馬鹿だったんだとガックリきました。

これはとてもいい気づきだと思いますので、ガックリするにはおよばないと思いますヨ^^。

>自分と相手の心ばかりで考えているから、「現実場面における行動法の学び」という視点に切り替わらないんだなぁと思います。

これについては、まずは「切り替える」というよりも、自分の内面感情理解と外面行動法の学びを両方とも並行的に進めるというアプローチお勧めになります。何か一つの姿勢に切り替えるという発想は得てして「枠はめ」になりがち。
そうして外面行動法具体的に見えたならば、現実場面「切り替える」ということも出てくるかと思いますが、かなり瞬間的な話になります。線として取り組むのは2本の平行線です^^。

そんな話として、「現実において生み出す」外面行動法については、かなり具体的材料をあげて検討する。あれば質問どーぞ^^。

内面感情については、「こう感じるように」というのは「枠はめ」の誤り姿勢であり、心の成長変化についての理解を懐に入れながら視野を広げ、外面は建設的に内面はありのままに向き合うという2面で歩んでいくしかないと思います。

「心の依存」から「心の自立」への転換については、歩みのどっかで自分の心が死ぬようなことが起きる、と頭に入れておくのがいいと思います。難解な話ですが、僕の経験も踏まえ、ゆうすけさん立ち位置想定するに、そうした通り道経てしか、心が根本的に変化しない面があるんですね。

>でもここにきて、自分が冷酷な人間であるかのような罪悪感が生まれます。人の気持ちを考えない「冷たい人」になってしまうみたいで。

について「視野を広げる」とは、それについてどんな感じ方が他にあり得るかという、「全く別の感じ方」についての「知識」まず持つことだと言えます。
恐らくそこで自分が「冷酷な人間」「冷たい人」になってしまうと感じる逆にある、「暖かい人」「愛」とは、どうも「病人への愛情」のような過剰なものかも知れない。健康な人からは、言ってしまえばちょっとありがた迷惑のような^^;
「健康としての薄情」というものもある。この辺次の解説アップの中で、ちょっと僕自身の心理変遷を振り返って触れる部分がありますので参考になるかと。

そのように、外面行動法や心の成長変化についての理解視野を広げたとして、「こう感じるようになれれば」というものには、そうはならないわけです。広くしていく視野の中で、その時自分にできる最善の行動をするしかない。そこで、行動によって心が新たな局面に変化していくというのが起きるわけです。場合により、自分の心が死ぬような何かの自覚が起きることとして。

そのように、「具体的場面での行動法の学び」と、「自分が向かうであろう心の成長過程の理解」念頭に、あとは外面行動建設的に、内面感情ありのままに、という2面場面場面に向かうしかない。
これをしばらく続けて、「行動によって心が新たな局面に変化する」(はっきりとした外面行動でなくても、新たな行動法に心が近づくだけでも時にそうした変化がある)というのを実際に体験した時が、成長というものが何となく分かってきて、自分から積極的に向かうようになる、スタートラインに立つ時だという流れになります^^。



自分と向き合いたいです。 / ロバート 引用
No.522 2012/11/25(Sun) 11:07:38

こんにちは。寒くなって来ました。(寒い地域に住んでます)
昔から、自分を知りたい。
と言う思いを。持ってました。
「向き合う」というのも。近い気もします。

知る事に関しては。
表面は少し、知る事は出来たと思うのですが。
深く理解までは。「うーん?」と言う感じです。

「愛」と「真実」の混乱と喪失−1
読みました。
他の記事でもそうなんですが。
心病んでる、状態の説明を見ると。
過去、そして現在に置いての。自分の状態と感じます。

愛情要求症候では。
自分は。消極形から積極形へと変わった様な気がします。
最近は、どっちつかずの様な、気もします。

愛情要求症候の過去を、振り返ってみると。
幼児期  「全く自覚せず」消極形
子供時代 「薄々、得られ無い愛情と、感じ始めてました」消極形
思春期  「少し自覚し始めてました」無理に笑顔を作るなど。プチ積極形
青年時代 「多量の投薬の影響か。ベッドから起き上がれず」プチ積極形のまま。
現在   「投薬は無くなり。人と接していても、欲求願望を自覚。」
でもまだ「プチプチ積極形」かな?。 


 
今これからの具体的材料ベースで進める^^ / しまの 引用
No.526 2012/11/29(Thu) 17:25:49

これは今解説している『「取り組み実践」への理解』参考にして、じっくり進めるのがお勧めですね^^。

まずは「「学び」の流れチャート図」に示しているような、「現実場面における行動法の学び」から入るという流れでです。その下の「基本的な流れ」の節で説明していますが、「取り組み実践」は、
============
必ず「現実場面における行動法の学び」から入ります。具体的な問題場面状況において、心の健康と成長に向かうための行動の仕方はこうこうである、というはっきりとした答えがあります。それを知ることからです。
============

と。

ですから、今およびこれからの日常生活と人生での、どんなことを取り組む材料にするか検討し、そうした具体的材料ベースで、まずハイブリッド心理学からはどんな「学び」を出してくるかを知っていくことからという流れになります。

「自己分析」は、それとの対比進めるのが良いやり方です。今これからの、これこれの具体的行動場面で、ハイブリッド心理学からの、心の健康と成長に向かう行動法とはこうこうである。一方、自分はこう考え、こう感じる、という対比、ギャップを浮き彫りにすることで、心の変化の糸口見えてくるわけです。

まそうした進め方論ちょっと難しい話かもですが、とにもかくにも、今これからの行動場面として具体的な材料をあげて相談頂くことで、僕の方でもさらにアドバイスを加えることができるかと思います^^。




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