しまのたかしハイブリッド人生心理学 島野隆ブログand掲示板
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●島野の著作そしてハイブリッド心理学に関する感想・質問・ご意見など投稿して頂けます^^。
●心の悩みのご相談
については、ハイブリッド心理学「取り組み実践」を進めるためのポイントヒントなどを、ここではごく簡潔アドバイスいたします。
*より詳しくアドバイスするとどのようなものになるのかは、
 
メール相談事例集実践編書籍など読んで頂くと参考になるかと思います^^。
返答入れて頂いた順に返していきます。日数がかかることもありますので、ごゆっくりお待ち下さい^^。


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一方的な暴力について / ゆうすけ 引用
No.492 2012/09/28(Fri) 08:12:55

避けられる争いは極力避けるという考えですが、もしも相手からの暴力に出くわした時の対処方が知りたいです。

私は小さい頃から「人を殴ってはいけない」と教えられて来たし、人を殴ったりした事は一度もありません。しかし、一方的な暴力を振るわれた時に「暴力だけはダメだと心に思って」一方的にやられた事があります。

その後、自分はなんて無力で、暴力に対する抵抗が全く出来なかった事にすごく、落ち込んだし、ただ怖れる事しかできない自分に無力感を感じました。

これは、万が一いざとなったら、自分を守るめに「相手を殴る事」も自分に許すのか、それとも、全く別の考え方の問題があるんでしょうか?


 
5W1Hで「人生を生きる論理的思考」を^^ / しまの 引用
No.493 2012/09/29(Sat) 06:51:37

これはまずは、なぜそんな状況に陥ったのか、また今後陥ると想像しているのか自体の方が、取り組み課題になるように見えますね。
「学びの一覧表」ですと、「3.日常生活と社会生活の向上」という柱テーマの中に入ると思いますが、「建設」のための沢山学びではなく、「破壊」のための行動法を取り上げている状況。まそれについて「学び」あるでしょう。

いずれにせよ、

>私は小さい頃から「人を殴ってはいけない」と教えられて来たし、

これは『入門編上巻』「5W1Hを欠いた情緒道徳思考」として解説しているものになると思います(P.105)「目的思考を欠いた善悪思考」『思考の素地 「目的思考」』)でもある。
しっかりと5W1Hで詳しく状況場面を把握し、そこにおいて何を目的にするかを明確に意識する「目的思考」が、「人生を生きるための論理的思考」『自分自身に対する論理的思考』)になります。

ま察するに、

>しかし、一方的な暴力を振るわれた時に「暴力だけはダメだと心に思って」一方的にやられた事があります。

これは学生の頃(今もかな?)での、未熟な年頃に起きたことではないかと。
社会での心の健康な人間集団は、まず学生社会とはとりあえず別の心の世界になります。一言でいって、そう滅多一方的な暴力というのはない^^; というか起きた時かなり異常事態として、警察なり何か相談窓口なり、また特別な対処法も出てくるものになります。
いかにそうした、学生時代的心の世界から意識を切り換える視野を持てるかという課題もあるかも知れません。

いずれにせよ5W1Hもっと詳細にすることで、大抵のことは「暴力」への対処なんて話よりも、「行動学」の学びになると思います。
5W1Hを詳細にしないまま「人を殴ってはいけない」なんて思考は、意味ありません

「行動学」もう使えず、「一方的な暴力」に対処しなければならない場面とは、まずは暴漢に襲われたり、山でクマに出会った(^^;)ような時ですね。その時は、をかけて戦うしかないと思います^^。


 
(No Subject) / ゆうすけ 引用
No.494 2012/09/29(Sat) 10:22:33

学生時代の事です。相手は父親で、元々いつも怒ってる人なんですが、私が言葉で反抗した事が気に障ったみたいです。寝ていたのですが、殴りかかってきて、しばらく頭を蹴りつけられる感じに。(弁当箱を台所へ出すか出さないかの争いです)

それから7,8年経ちますが、今もできるだけ接触を避けています。自分をかなり押し殺してるし日々ストレスを感じます。
私の望みとしては、別々に暮らすのがいいと考えるのですが、怖れが強くてそこに到る自信がありません。。
社会においても、他人から怒りを向けられる事が怖くてビクビクします。
怒りの後に、最終的に起こり得るであろう、暴力に対する抵抗のなさが、そうさせているのかと思ったんですが。

全身がチクチクするような恐怖に耐えられないです。


 
書き足し / ゆうすけ 引用
No.495 2012/09/29(Sat) 10:45:47

基本的に他人の事は好きだし、人に対する愛も感じる事もあります。
悩みという悩みももうほとんどなくなりました。ただ、怒りを向けられると、頭の中が凄く激しく反応する感じで、これだけが唯一の悩みかもしれません。


 
また書き足し^^; / ゆうすけ 引用
No.496 2012/09/29(Sat) 14:08:19

【母に小さい頃から「暴力はどんな事があっても絶対にダメだ」と教えられてきた。
しかし、私が父に反抗した時には、父が私を殴った。
それに対して母は、「あんたが余計な事を言うからよ」と言った。
私は、暴力はダメだと思い、堪えたのに、その私に対して、あなたが悪いと・・
確かに、私は私にも責任があったのかと思っている。父を刺激したかなと。
父は、「あんな性格だから」と、父が私を殴った事は正当化されてしまった。
母は、私に対して、「あなたがもう少し大人になればいいのよ」と、言う。
私の中で、父親の暴力は正当化されたまま、私は「耐えるしかない」「父を刺激しないようにするしかない」と思った。】

日常的に、父は暴言や暴力、暴れるといった事をしていたので、それを異常だという人もいないし、それが普通だと思っていた事が問題だったのかもしれません。

世間をそういう色眼鏡で見ているという事なんでしょうか。

これを異常な事だと考えれば世界が開けてくるような気もしなくもないような。


 
最終的に / ゆうすけ 引用
No.497 2012/09/30(Sun) 21:10:19

身の危険に際して、「暴力による自衛」を自分に許した時(心の底から選択)に、暴力的でない自衛の手段も初めて考えられました。そして、建設的ならばと考える事もできました。
その結果、父と一緒に住む事はやはり望ましくないと決意しました。避けるのではなく、適度な距離というものが必要だと思いました。

怖れはもう諦めて、自分で自分の人生を切り開く事に力を注ぎたいと思います。

そこで新たな怖れが、それはすべての他人からの愛を失って完全な孤独になり、一人で生きるという事への怖れです。

無意識のうちに、過去の体験(いじめや、家庭の関係などなど)を心の中でめぐり、最終的に心が答えを出した事は、父が私を愛する事は一度もなかったし、これからもないだろうという事。

なんだかわかりませんがこれを感じたとたん、ものすごくスッキリしたし、私の中で「愛」が深まった気がします。

長々と質問やなんや書いてしてしまって申し訳なかったです(;_;)
なんとかなりそうです。



悩ませるもの / けん 引用
No.490 2012/09/21(Fri) 21:20:34

何度も質問すいません。

島野さんとの関わりの中で思うんですが、
基本的には、気持ちは自由でいいんですよね?

普段の生活で、島野さんを思い出す瞬間があまりなかったとしても、
成長の道を進んでることになっている場合はあるでしょうか?

ここらへんは、本当に自分を悩ませるものではあります。


 
Re: 悩ませるもの / しまの 引用
No.491 2012/09/24(Mon) 18:12:48

>普段の生活で、島野さんを思い出す瞬間があまりなかったとしても、成長の道を進んでることになっている場合はあるでしょうか?

現実の行動場面で、「目的思考」によって行動法取り組む時間が、成長歩む時間です。「目的」「課題」「望み」明瞭にし、それを目的として、よりうまく対処できる行動法学び検討する。心の健康と成長向かうことができるような行動法としてです。
『「学び」への理解』として説明展開している通りです。

ですから上記質問ちょっと逆かも知れませんね^^; というか「島野さんを思い出して」いただくほどの個人的情報出していないと思います^^; 自伝小説日記引用は別として。
ですからこの掲示板なども、「島野さんとの関わり」なんてものではなく、あくまで自ら「取り組み実践」をして頂く上での助言ですね^^。

内面感情については、行動法「学び」を得る一方で、ありのままに感じ取って自分で受けとめるものです。「「学び」と「開放」と「自己分析」」などを参照のこと^^。
もちろん島野「これでいいですよね?」伺いを立てる必要もありません^^。

まずは日々生活人生での、実際の行動場面に向かって取り組んで頂ければ^^。



(No Subject) / ゆんす 引用
No.484 2012/09/16(Sun) 21:51:59

先日は、お返事いただき、ありがとうございました。
また一つ、相談させてください。
会社での周りの様子や言動で、自分がいろいろと考えてしまい疲れています。

私の支店は、とてもフレンドリーで、学校のようにみんな喋りながら働いています。ただ、私はあまり雑談が得意ではなく、会話に入れず黙々と仕事をしています。周りは残業で遅くまで残っているなか、私はみんなよりいつも少し早く帰っています。そのことに、とても罪悪感を感じ、みんな私のことを悪く言ってるのでは、と思ってしまいます。
また、自分がすごく忙しいなか、雑務の担当を私に任されると、私が嫌われているから、押し付けられたんたんだな、と思ってしまいます。私は静かだし、目立たないし、そういう雑務をきっと押し付けやすいのだと思います。また、支店は年配が多い中、私は一番下っ端なので、しょうがないとも思い、自分にできることを一生懸命しようと思っていました。
ただ、私の少し上の先輩で、いつも明るい支店のアイドルみたいな人が、仕事が忙しいと、みんなから大変だねぇ、とか頑張るんだよ、と声をかけてもらっている中、私は何も言ってもらえないと、先輩に嫉妬してしまいます。自分にも仕事で限界があり、できないときは、周りにイライラした態度をとってしまうこともあり、すごく反省しています。
そんな中、先日ある上司Bさん(他の課の年配の方で、部内全体をよく把握していて、少し意地悪で人をからかったりしているが、実際は優しい方)から、
ゆんすさん(私)は真面目だねぇ、忙しいんだ?こんな遅くまで何してるの?  とすごく何か意味ありげな、意地悪そうな感じで言われました。
何を言わんとしているのかはわからないのですが、とりあえず私をいじめているような言い方でした。

私の課に、すごく嫌われている男性(ここではAさんとします)がいて、いつも忙しいと働いているのですが、実際はすごく暇だと影で言われている人がいます。

私は、Bさんにその意地悪なことを言われたとき、無意識に私も周りからAさんのように、思われているのではないか、、Bさんはそれを私に教えてくれているのではないか、とすごく不安になりました。
そんなことを思っていると、心がすごく苦しくなり、会社に行くのが億劫です。
先日ご相談させていただいたときや、HPを参考にして、会社は働く場なのだから、自分がその仕事の目的を理解して、業務を全うすればそれでいい、と頭では分かっているのですが、周りのことが不安になってしまいます。
何かアドバイスを頂けたり、島野さんの見解を教えて頂けたら、と思い相談しました。
よろしくお願いします。


 
「目的思考語」で問題の優先度整理から^^ / しまの 引用
No.489 2012/09/20(Thu) 11:01:03

>会社での周りの様子や言動で、自分がいろいろと考えてしまい疲れています。

これは「問題」から「答え」までを整理して解きほぐすための思考まだできていないからですね。問題をつなげてこんがらせる思考になっている^^;

要点昨日アップの、
『2.「取り組み実践」への理解  (4)「学び」への理解』 基本的な妨げへの取り組み
で書いた通りです。同じような相談例として想定の上書いていますので参考にして頂けるかと^^。

まず「気持ちの表現語」での思考を、「目的思考語」での思考に、まあ「翻訳」というか整理していく必要がありますね。

重要なのはそこで、「客観的現実問題としての優先度」判断することです。優先度の高い問題から片付けていきます。これが「いろいろ考えて疲れる」のとは逆の、「いろいろ考えてストレスを減らしていく」思考法になるわけです。

それで言うと、大きな目で見ていくと、そこで書いた判断例と同じく、「まずは今の職場で頑張ることにして、コミュニケーションについてはどこでも同じく必要になるものとして学ぶ」というのがまずは第一候補になると思います。
それでゆんすさんとしても覚悟ができるかどうかですね。

「目的思考語」捉え直すどうなるか具体的に書いてみますと、

・早く帰ってしまう罪悪感と(逆に)押しつけられる感覚
は、「仕事の役割分担・仕事量の適切さ」として、「仕事の進め方」の問題として検討できますね。問題があるとなれば、上司などに掛け合うことも検討できる。
一方、

・アイドルみたいな同僚への嫉妬、「いじめられている感覚」
については、ちょっとそのままでは、仕事場の問題としては検討しにくいですね。もう少し具体的内容を詰める必要がある。まあ優先度低いものとして後回しでもいいかも知れませんね。

・「仕事に限界」
というのははっきり客観的現実問題として大きいので、優先度高そう

いずれにせよ全部一度に「こう考えれば」なんてまとめられる話ではなく、一つ一つじっくり解きほぐしていく問題になりますので、まずは、今の仕事の内容として「会社にいくのが億劫」という気持ちを何とか振り払って、しばらくそこで仕事をする中で、じっくり一つ一つに取り組むという腹を決められるかどうかを、判断するのが最初だと思います。

それが本当に無理そうなほど精神疲労でしたら、上記原稿でも書いたように、「自分がどれだけ弱い人間であるかをしっかり認める」中で、一時退却するのも選択肢になると思います。
その場合、やはりまず日常生活領域の中で、しっかりとした「目的思考」を「自分自身に対する論理的思考」ですること学ぶことからになると思います。それを足場仕事場での行動法もしっかりと見出していく、本当の自分のための新しい人生を始めるという姿勢でです^^。



愛に背を向けることと向かうこと / けん 引用
No.479 2012/09/12(Wed) 16:20:40

先日はお返事ありがとうございました。
ここ数ヵ月の、離人感がどんどん酷くなっている感覚があります。
僕自身は、良くなるはずのことをやっていると思ってきたので、
相当、僕は自分のことがわかっていなかったんだなと思っています。
で、何がいけなかったんだろうなんて、島野さんの著作やネット上の文章を
いろいろ見ていました。(ほんとは自分の胸に聞いてやらなきゃいけないんでしょうね)
すると愛に関する記述がありました。「写真と言葉」での「心が成長するための、最も確実な方法をお伝えしましょう。それは愛に全力を尽くすことです。」という文などです。この、無味乾燥+窮屈みたいな感覚は
愛に向かえていないせいかと思いました。
そこで、歪んでいたりしても、とにかく愛に向かってみようと思いました。


今は無職で、実家にいます。愛に向かうというイメージの方向のイメージは
母親と父親、ペットへ、があるんですが、やはり外の世界にもそうしたイメージを持てる場所を作っていった方がいいでしょうか?働くということの意義がまだ
あまり見いだせません、、、建設的ということも。
アドバイスいただきたいです。お願いします。


 
「方法論に沿った進め方」を^^ / しまの 引用
No.480 2012/09/14(Fri) 09:58:58

>ここ数ヵ月の、離人感がどんどん酷くなっている感覚があります。僕自身は、良くなるはずのことをやっていると思ってきたので、相当、僕は自分のことがわかっていなかったんだなと思っています。

「良くなるはずのこと」とはどんなことだったですかな。
基本的に、心を自分で良くしようとする行為は、逆に心を悪くします。これについては、少し前に書いた『詳説・実践のポイント』を読んで頂くと良いかと。「心に取り組もうとして心に取り組んでしまう」という間違った姿勢について詳しく書いています。

ではどうすれば本当に心を良いものにしていけるか。これはあまり断片的な感銘で考えず、大上段からアプローチ学ぶのが良い姿勢です。自分が感じている問題どう解決するのか、すぐにつながらないとしても、心の健康と成長のための、順序を踏まえた実践に向かうことがお勧めです。
それはまずは、「日常生活の向上」という、まずは心の問題には直結しないところで、自分の考えというものを持てるようになることからだというのが、
「取り組み実践」への理解(4) 基本的な流れ
でも説明しているところです。

「離人感がどんどん酷くなっている」のを治したいという「問題」について、いちばん単刀直入アドバイスするならば、諦めることです。それはもうすぐには治らないものと諦め自分の心にじっと見入るのはやめ、まず自分の日常生活自分でよりうまくこなせるよう、まずは「雑用」に向かうという、ちょっと森田療法的な姿勢が、一番いい入り口になると思います。

>「心が成長するための、最も確実な方法をお伝えしましょう。それは愛に全力を尽くすことです。」という文などです。

これについて言うならば、続きを言えます。

「ただし、「既知の愛」ではなく、「未知の愛」に向かってです」と。

そのためには、まず「愛」に向かうのではなく、「強さ」に向かうことです。

まここで詳しい説明を始めようとすると、結局またハイブリッド心理学の話の全部説明し始めることになってしまいますので割愛し(^^;)、まずはirohasuさんへのアドバイスと同じ、
・「これこれの克服とは・・」というテーマを文章として考える練習
などからですね。それを、
「学びの一覧表」ではどう書かれているかを見るといった、断片的感銘によってではなく、方法論に沿って考えてみるというやり方に、ちょっと転換してみることから始めてみて頂ければ^^。

「学びの一覧表」直接書かれていないこと・・つまりは内面感情の向上全体がそれになるわけですが・・について、自分で直接良くしようとして何かをすることは、逆に遠ざかることだと心得て頂ければ。結局、総合的な心の成長に向かうしかないわけです。そして総合的な成長とは、上述の通り、まずは心の問題には直結しないところから始まります。

「離人感」そのものについては、モモンガさんへのアドバイス大体そのまま当てはまると思いますので参照下さい^^。


 
Re: 愛に背を向けることと向かうこと / けん 引用
No.481 2012/09/14(Fri) 16:48:21

ありがとうございます。

ここ数ヵ月でやったことというのは、「ひたすら考えること」だったかもしれないです。
ひたすら考えて人生観を変えようとしました。「論理的とはどういうことかつかもう」「論理的に生きよう」というイメージで。
ギター教室に通おうと体験を何度かしたり、ギターを買ったり、
バイトの登録に行ったり、いろんな本を買ったり、、、というのが行動としては
あるんですが、何かほとんど思い出せず、記号的に思い出せるものを書いています。


ひとつ、

お返事の中の

「ただし、「既知の愛」ではなく「既知の愛」に向かって」

の部分は、


「ただし、「既知の愛」ではなく「未知の愛」に向かって」

となりますでしょうか?


 
Re: 愛に背を向けることと向かうこと / しまの 引用
No.482 2012/09/14(Fri) 18:07:56

その通り^^; 修正しておきました^^。


 
アスペルガー / けん 引用
No.483 2012/09/16(Sun) 21:31:46

アドバイス頂く上で一応お知らせしておきたいと思ったのですが、
一度、カウンセラーに、「アスペルガー気味の個性を持っている」と言われたことがあります。
僕自身、物事に集中しやすい、空気を読みにくいなど、納得できることはあるんですが、
あまりその認定に意味は感じていません。
ですが、一応お知らせしておきたいと思ったので書いておきます。


 
Re: 愛に背を向けることと向かうこと / しまの 引用
No.485 2012/09/17(Mon) 10:00:50

その通り、意味のない言葉だと思います。
「診断」すればカウンセリングになると思っている、というかそれを商売にすることしかできない「カウンセラー」の言葉かと^^;
まずは本当の自分の個性を見出す前提となる、建設的行動法の学びに向かうのがお勧めですね^^。



働く恐怖に関して / けん 引用
No.475 2012/09/06(Thu) 17:12:15

こんにちは。何度かコメントさせてもらっています。
何かアドバイス頂けたら有難いです。

働く、ということに対する恐怖心があります。

小さいころからずっと恐れてきました。今25歳です。今まで何度かアルバイトをしたことがあります。それでも、嫌なものとして頭に残っています。
小・中でプールの授業があったのですが、泳げない僕は、嫌で嫌で(唯一できないスポーツで、自分の地位が落ちるのを恐れたのかも)
それと同じような感覚で、仕事が嫌です。怖いです。
ずっと逃げて空想の世界にいたし、今もいるかもしれません。

なぜ周りは簡単に働いたりできるのだろう、と思ってきました。
ほとんど気持ちに変わりがなく、小さいころのままです。だけど、怖いのです。

今では鬱的な症状も出ています。

具体的に書いてみますと
・仕事をする、ということのしきたりがわからない。そのせいで怒られたりするのが怖い。
・仕事ができなくて怒られそうで怖い。 仕事を任されても、その仕事の目的や意義がわからなかったりして、オロオロしてしまい、できないと怒られるのが怖い。 例えば工場であの器材をこっちに移動しとけと言われたとして、あの器材は何に使うものなのか、とかなぜ移動させるのか、などがわからずしんどさを感じてしまう。人に聞くのも怖い。

などです。

よろしくお願いします。


 
「仕事」は「正しい知識の備え」から^^ / しまの 引用
No.478 2012/09/10(Mon) 10:47:48

これはごく実践的ノウハウになりますね^^。

まず、「仕事」というものほど、それに備える姿勢のあり方について、誤った知識が植えつけられてしまうものはないと感じます。
このご相談も、

>小さいころからずっと恐れてきました。

なんてことにもなる。
私たちが小さい頃から、小学校中学校そして高校と、社会に出てから課せられる(^^;)「仕事」とうものは、何を置いても、

「気持ちが大切」

だと教えられると思います。それが、全く間違いなんです。
で、まだ何も分からぬ「仕事」を前にして、当然の話ながら気持ちが持ち上がることなどなく、不安で一杯になり、こんな弱い気持ちでは駄目だ、とさらに自分を責め、そして自分を責める人の目が浮び、怖くなってくる。体もよく動かないようにさえなってくる。実際それで失敗もしてしまう。怖れていた通りに、怒られる。ますます嫌になる。そんな自分をさらに責める。
・・・とまあまあ想像すると容易に一気に「うつ病」にまで坂を転げ落ちる心理のメカニズムが浮ぶわけです。で、実際そうした大量の20代30代(さらにはそれ以上・・^^;)が作り出されている昨今です。

まそんな内面描写はさておき、「仕事」というのは「正しい知識」の備えからです。飛行機操縦したければ、まずフライトシミュレータ訓練するんです。それをしてないまま、実際飛行機操縦しようとしても怖いのは当然です。

まず大きく2つ訓示など。「今まで教わった間違い」「正解」言葉にしましょう。

仕事は「気持ち」ではなく、「概念」「理念」「原理原則」で行います。
仕事においては
「モノではなく人を見よ」と教わったかも知れませんが、逆です。「人を見るのではなくモノを見よ」

社会の仕事は、大きく「モノ」を動かすためにあります。それを作ることから始まり、それを運んで、最終的に消費者届ける。そこで人と人が接する時に、いかに気持ちよく、という話も出てくる。

>仕事を任されても、その仕事の目的や意義がわからなかったりして、オロオロしてしまい、できないと怒られるのが怖い。 例えば工場であの器材をこっちに移動しとけと言われたとして、あの器材は何に使うものなのか、とかなぜ移動させるのか、などがわからずしんどさを感じてしまう。人に聞くのも怖い。

「人を見て学べ」とか言われた姿勢でそうなっていると想像しますが、まず必要な事前知識とは、そうした「器材」何のためのものとしてあるのかを、その会社のみならず、その会社通過点とした、モノできるとこから消費者届けられるところまで、まず大よその理解を得ることです。その中で、その仕事とは、何をするものなのか。はっきり言って、これが分からないとしたら、その仕事するべきではありません。
逆に、それが分かれば、そこにいる「人」などおおよそ目の端っこにでも入れておけば、自然仕事ができるようになります。
まあ「人を見て学べ」というのも正解であるのは、「その人がどのようにモノに向かっているかを見て学べ」ということなんですね。

まずは「働く恐怖」については、そうした「知識の備え」から、ということで。
そのに、その仕事うまく進める上での「概念」「理念」「原理原則」とは何か、といった本格的仕事のスキルの内実知識も出てきます。これが分かる頃には、怖くなくなるのを通り越して、信頼され自信が持てるようにもなるでしょう。
まずはこの基本的向き合い姿勢から検討してみて頂ければ。

なおあと、

>自分の地位が落ちるのを恐れたのかも

なんて言葉が出てきていますが、実はここ心の病みの根源のご本尊みたいなものがあります。
「自分の地位」なんてものは、幻想です。その幻想をめぐって、熱狂と悪感情におおわれていくのが、人間の心の病みです。
まあまずは、仕事の場面などを通して、「今を原点として成長する」ということを知った先に、その病みの根源向き合うという課題がある、と心に入れておくのが良いでしょう。まそれがハイブリッド心理学「習得達成目標」である「否定価値の放棄」「不完全性の受容」なんですけどね^^。




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