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WINGBEAT COFFEE ROASTERS
10 28. 2004
・掲示板メンテナンスのお知らせ★
  
・la signora
10月28日(木)の13時頃から17時頃までの間、
メンテナンスのためこの掲示板の使用ができなくなる模様です。ご了承くださいませ。
ちょっとの間見られなくなりますが、一日以内に復旧いたしますのでご心配なきよう。

写真は新潟伊勢丹の商品陳列棚の様子です。毎日品揃えが変わっちゃうんだけどね、うちの場合。
近所のお惣菜を売っているお店に、あまりにずらりと商品が並んでいたので心配になって、
「これどのくらいもつの?」と聞いたら、蟹のパスタソースは一気に仕込んで一週間もたせると言っていた。
うちのは生の毛蟹を使っているのでそんなことはできない。どんどん商品は入れ替えているよ。
「一週間もつってことは全部冷凍を使ってるってこと?」と聞いたら、当たり前だのクラッカー(古い!)という顔。
それは今回に限ったことではなく、店でも一週間分を一気に仕込んで毎日ランチで使うんだって。
おいおい、毎日調理をしろよ、と思う私たちのほうが変なんでしょうか?
このクオリティの違いを解っていただきたいのですが、なかなかね〜。
日持ちを聞かれ「今日明日中にお召し上がりください」と言うと気色ばまれることがしばしばある。
彼女たちにとってはこの店のもののように、1週間でも平気でもつ冷凍品のほうが価値があるのか。
新鮮なものを使っているからこそ、日持ちはしない。添加物も一切ないし。
美味しく召し上がっていただきたいからこそ、お早めにお願いします、と言っているのだけれど。
添加物ばりばりにして、「1週間ぐらい全然大丈夫ですよ〜♪」と言ったほうが売れるという事実。
正しいことをやっていても儲かるとは限らないのは、こういう認識の微妙な誤りに原因がある。
ただ単に価格で比較されるのも辛い。価格は常に品質と比較されるべきだと思うんだけどね。
まだまだスポークスマンである私の努力不足です。ふい〜っ、ガンバリマス。


Update:10 28. 2004 00:45 [No.110]


10 28. 2004
・閑話休題♪
  
・la signora
怒涛の連載中ですが、帰京のご報告です。
本日、臨時就航中の飛行機にて、無事東京に戻りました。
でもあまりのへとへとぶりに、私の代わりを務めてくれていたRyokoちゃんが
「今日は休んでください」という。優しいのう。
というわけで、お言葉に甘えて休みます。さすがの私も疲れました!
とりあえず、新潟伊勢丹イタリア展の店構えなどお見せしつつ。
これは、初日の前日の設営後に取った写真なので、まだ生鮮商品が全然並んでいませんが、
こんなに正面の、タイトル看板下だったよ〜、ということで。
そういえば初日は地元のTV局が取材に来てたな。生放送だったので誰も見れなかったんだけど。


Update:10 28. 2004 00:32 [No.109]


10 27. 2004
・新潟だより・8
  
・la signora
地震があったその日土曜日のLa Scoglieraは、昼も夜も満席で大変だった。カメリエーラのひとりは急に辞めてしまったし(当初は彼女に新潟に行ってもらうはずだった)、Ryokoは私の代わりに『鮨割烹・黒瀬』に行ってもらっているので、ホールは2名不足。よりによってその日は、キッチンもひとりお休み。manabuが結婚式に出席のため代休をあげる約束を前々からしていたので、計3人も不足している。そういう日に限って満席になるのは、飲食業の昔からのジンクスではある。シェフもさとちゃんも、さぞやへとへとであったであろう。なにせ二人前も働いてもらっているのだ。一週間の疲れも溜まっている。そんな状況下、徹夜で車を走らせて来させて、さらに火曜日までぶっ通しで働いてもらうというのは無理なのではないか。催事が終わったら代休をあげるつもりではいたけれども、彼女がぶっ倒れてしまったらお店が困る。お客様に迷惑が掛かってしまう。色々考えた結果、無理に私も彼女も移動することはない。日曜日も私と地元のマネキンさんのふたりでやればいいことだ。人手が足りなくて多少売り損なう部分もあろうが、そんなわずかな売り上げよりも、店やスタッフのほうがよっぽど大事だ。私はついに結論を出した。
「じゃあ、本当に車で来てくれるというのなら、シェフと船長だけでいいよ。私が最後までやるから。さとちゃんには休んでもらって。その代わり、Ryokoちゃんにはもう数日、私の代わりに向こうをお願いしなくてはならないけど。悪いけど、お願いね。シェフの料理講習の件も、伊勢丹さん側はもう来られないのではないかと半ば諦めていらっしゃるからキャンセルしても大丈夫とは思うのだけれど、そこまでして来てくれたら、それはそれで感動してくれると思う。それにご両親のお見舞いにも、ご安心なさるでしょうから行けるなら行ったほうがいい。だから船長、気をつけて運転してきてね。寝れないし、疲れているし。シェフにもしものことがあったら大変だよ。本当に無理をしないで、安全運転でね」
そして、船長たちは、店3軒分を在庫していたありったけのミネラルウオーターやら、ランタンやら、食料やらを車に積んで、赤坂を出発した。時計はもう、夜中の1時をまわっていた。 ―つづく―


Update:10 27. 2004 08:07 [No.108]


10 27. 2004
・新潟だより・7
  
・la signora
そうこうしているうちに、船長から電話が入った。「あ゛〜!!! やっと連絡がついたぁ!」ごめん、ごめん。こっちは大丈夫だから。かなり揺れはしたけど、普通に仕事もしてたから。それよりさぁ、新幹線がアウトみたいなんで、飛行機を取ろうと思ったんだけど、なかなかちょうどいいのが無くって・・・・・・。「今からLa Scoglieraに行って、シェフとさとちゃんを乗せて新潟に向かうから」え、向かうって、車で!?「そうだよ。シェフの実家が大変なんだ。一瞬連絡がついたときがあって、シェフがお父さんと話ができたんだ。幸い怪我はなく無事らしいんだけど、自宅は危険なので避難所に行くと言っていたらしい。色々と不便だろうし、ご両親二人では復旧作業も大変だろう。水とランタンと食料を積んだ。状況によっては、シェフも俺もそっちを手伝うつもりだ」え゛――!! マジで。でも、そんな、高速も波打ってて危ないらしいし、第一車でって何時間かかるのよ? 「わからない。走れる道を選びながら行くし。じゃ、ともかく向かうから。朝には着けると思う」そっかー。てっきり私のこと心配してくれて来るとか言ってるのかと思ったら、とんだ自惚れだったのね(爆)。シェフのお父様は、イベントの初日に顔を出してくれていた。こっそり、普通のお客様のふりをして買おうとしていたあたり、シェフと性格が似ていると思ったら可笑しかった。「お父様、できれば日曜日にまたお母様も御一緒にいらしてください。実は料理講習会をやるので、シェフ、来るんですよ」案の定、お父様はそのことを知らされていなかった。ふふ。ばらしちゃったぜ。日曜日、楽しみだわ。と思っていたのに、それどころではなくなってしまった・・・・・・。 ―つづく―


Update:10 27. 2004 05:57 [No.107]


10 27. 2004
・新潟だより・6
  
・la signora
ようやく目にしたニュースの様子では、明日の新幹線の復旧はかなり難しそうだ。さて、どうしようか…。当初の予定では、日曜日の朝の新幹線でシェフとさとちゃんが新潟入りし、忙しいであろう日曜日は一緒に働いて、営業を終えたら私とシェフは帰京。残りの二日は彼女に任せるという算段であった。が、私の帰りも、彼らの新潟入りも、新幹線では無理そうだ。そういえば、先日新潟駅に降り立ったとき、「新潟空港方面」という看板を目にした。「近くに空港があるのか……」と意外に(失礼)思ったものだ。ではもしものことを考えて、飛行機というルートを確保するか。ホテルで船長からの連絡を待ちながら、夕食もとらずにパソコンを立ち上げる。インターネットでの予約が一番だと思ったのだが、なぜか上手くいかない。仕方が無いので航空会社に電話をかける。
えーっと、羽田―新潟と、新潟―羽田の予約をしたいのですが。「申し訳ございません、お客様。新潟―羽田間は就航がございませんので、インターネットでの予約ははねられてしまったものと思われます」えーっ、無いの!? そうか。新幹線があるし、乗る人いなさそうだもんね(失礼)。では、大阪経由ではどうでしょう。「はい。朝7時羽田発の便にお乗りいただければ、新潟に入れます」はっやいねー。シェフが嫌がる顔が目に浮かぶ。では、私の帰りの便は?「伊丹経由ですと、そのお時間ではご無理でございますね……」では、名古屋経由はどうですか?「名古屋空港に21時にご到着になられます。その日のうちの乗り継ぎ便はあいにく羽田行きがもうございません。成田に行きならあるのですが……(苦笑)。新幹線にお乗り継ぎいただくことになります」それも結構大変な話しやね。名古屋から東京まで2時間として、いや、遅い時間はこだまになってしまうと3時間か……。ふう。 ―つづく―


Update:10 27. 2004 05:28 [No.106]


10 27. 2004
・新潟だより・5
  
・la signora
気になっていることはあった。携帯がまったく繋がらなくなっていたのだ。市内の人が「大丈夫?」という電話を掛け合いすぎて回線がパンクしているのだろう、程度に思っていたのだが、それにしてはちょっと不通時間が長すぎる。まったく繋がらないのに、「留守電10件」という表示はされていく。けど、繋がらないのでメッセージは一切聞けない。公衆電話なら繋がるとマネキンさんが言ってはいたのだが、「ホテルに戻ったら、ホテルからゆっくりかけよう。売り上げもまだ計算が終わっていないし、在庫報告も書いてからのほうがいいよな」
しかし、ホテルに帰ってTVをつけたとたん、そんなのんきな気分はものの見事にふっとばされた。映像の持つちからは、ここでも凄みを見せる。亀裂が走り、うねる道路・・・、脱線した新幹線の放つ一筋の光の帯・・・。今日の地震は、震源が新潟で、かなりの大災害であり、亡くなった人までおり、たくさんの方々が避難所に身を寄せていたことを知る。そりゃ、東京のみんなが心配するわけだ!!! 早く連絡を取らないと。
まず、店に電話。無事を伝える。明日シェフと一緒に来ることになっていたカメリエーラのさとちゃんも、新潟の出身である。「ご実家は大丈夫?」と聞くと、「連絡が付かなくて、まだわかりません。でも、シェフのご実家は大変みたいですよ。棚の中のものは全部落ちたって・・・」と言う。大丈夫かなぁ・・・。東京も、携帯電話が繋がらないらしく、船長の電話も不通になっていた。次に、『黒瀬』に電話。無事を伝える。船長いる? と聞くと、板長が出てくれた。「なんだ、signora大先生、生きてたんですか! しぶといっすね。てっきりつぶされちゃったのかと思ってました」とまぁ、相変わらず彼らしい言い回しである。生きてるわよ。船長いる? 「船長は、今車を取りに行ってて、こっちに向かっているはずなんですけど、連絡つかないっすよ。こっちも携帯全然繋がらないんで。なんか、今から新潟行くって言ってたけど」え―――っ!? いくら連絡がつかなかったからって、んな大袈裟な。 「いいよ、そんなわざわざ来なくて(笑)。船長が来たら、こっちは全然大丈夫だって伝えて。ホテルの電話ならつかまるから、来たらこっちに一度電話してくださいって」「わっかりましたー」  ―つづく―


Update:10 27. 2004 05:03 [No.105]


10 27. 2004
・新潟だより・4
  
・la signora
やっぱり、地震以降すっかり客足は遠のいてしまった。最初の一発というよりも、余震による恐怖のためだ。「今日はいい感じだったのに残念だったねぇ」と皆で話していると、伊勢丹さんの担当マネージャーさんがやってきて、「明日、馬場さん来れないかもしれませんねぇ。。。さっきの地震で、長岡のほうで新幹線が脱線してしまったらしいから」との情報をもたらす。翌日の日曜日は店が定休日なので、シェフは新潟入りしてイベント会場で料理講習会の講師を務める約束になっていた日だったのだ。「え、新幹線が…? 大変じゃない!」ニュースをまったく見ていない私たちにとって、その情報ひとつでもかなり驚くべき事実だったのだが、それでもまだ「今夜のうちに直るかしらん」などと、のんきなことを考えていた。しかし、その日の仕事を終え、ホテルに帰ってTVをつけた瞬間、そんな早急な復旧などありえないということを、瞬時に悟ることになる。
その日は、仕事を終え次第すみやかに帰宅するように、との指示がしつこくあった。余震が続いているので、スタッフが使用する貨物用のエレベーターはすべて停止されており、ゴミも階段を使って下ろさなくてはならない。うちは私一人きりで片付けているために、いつも帰りが遅いほうなので、「signoraさん、今日は早く帰ってくださいね」と念を押されたが、そんなこと言ったって、お料理をきちんと片付けて、在庫を確認してシェフに報告しなければいけないし、最低限洗い物まではやっておかないといけない。売り上げ管理や細かな掃除などは翌朝にまわすことにしても、帰宅は9時半ごろにはなってしまった。  ―つづく―


Update:10 27. 2004 04:26 [No.104]


10 26. 2004
・新潟だより・3
  
・la signora
一瞬、全部落ちてしまうかに思われた棚のワインは、無事なんとかそのまま留まってくれた。まるで、ボウリングでぐらぐらぐらと揺れてくれたのに寸でのところで倒れずに元に戻ったピンのよう。ぎりぎりだ。「今の地震大きかったね。びっくりした〜」と皆で無事を喜び合った直後2,3分後だったろうか、また大きな揺れを感じた。ちょうどそのとき、私は片方の足と手が不自由な方の接客をしていた。彼女は本当に怖そうだった。恐怖が十分に伝わってきた。「お客様、私につかまって!!!」そう言って支えてあげるのが精一杯。今回の体験でよ〜くわかったが、地震は余震のほうが怖い。いつまでもこれが繰り返されるのではないか、今度はもっと大きなのが来るんじゃないか、という恐怖にとりつかれるからだ。余震は怖いよ。神戸の震災を経験した人が、「いつも揺れているような錯覚に悩まされている」と言っていたが、私たちもそうだった。ずっと、揺れているような気がする。胃がもやもやと気持ち悪い。船酔いか? そのうち、もういい加減少しの揺れならびくともしないようになってしまった。でも情報から遮断されていた我々は、当の新潟にいながら実はのんきであった。「あ〜あ、これでお客様が怖がって退けてしまうね。残念だなぁ…」そんなことを口々に言い、実のところ命の心配より、売り上げの心配をしていたのだ。外がどんな騒ぎになっているのかも知らずに・・・・・・。ただ、携帯が使えなくなっていることには気づいていた。東京に連絡ができなくて困ったなぁ・・・。 ―つづく―


Update:10 26. 2004 05:35 [No.103]


10 26. 2004
・新潟だより・2
  
・la signora
事の顛末をここに記しておきたいと思う。
昨夜も途中まで書いたのに全部消えてしまってショックを受けたので、今度は連載方式で行くよ。

超大型台風23号と共に始まった新潟伊勢丹の「イタリア展」。ついに台風も逸れてくれ、天気も回復した土曜・日曜に、関係者の誰もが一番の盛り上がりを期待していた。実際、土曜日にご来店いただいたお客様は買う気満々で、朝一番から会場は熱気に包まれていた。集客の成功に私もやっとホッとして、張り切って仕事に励むことができた。盛り上がりも最高潮にさしかかり、ばたばたと接客に追われていた夕方6時ごろ、ぐらぐらぐらっと、徐々に横揺れが始まった。「あ、地震だ!」誰ともなしに口々に言い、みんなの動きが一瞬止まった。そのとき、どすん!!! という衝撃と共に、今度は今まで体験したことの無い大きな縦揺れ。。。何かにつかまっていないと、立っているのがやっと、という感じだ。先ほどの横揺れが、単なる序奏に過ぎなかったと知るや、誰もが凍りつくような恐怖に包まれた。このまま、全部棚のものが落ちてしまうのだろうか・・・。それとも、もう止んでくれるのだろうか・・・。ひとりふたり、女性のお客様が、黄色い悲鳴を上げながら、どこへ逃げるともなく走りだそうとしたが、足元がふらついている。La Scoglieraのブースは会場の正面玄関に当たるところに位置しており、目の前がエスカレーターだ。パニックに陥ったお客様が殺到すれば、大変なことになる。とっさにそう判断した私は、スタッフとして声を上げていた。「みなさん、落ち着いてください。大丈夫ですから、その場を動かないでください! 走ると危険です。大丈夫です。もうすぐ止みますので、その場でそのままお待ちください! 館内のほうが安全です。急に走ったりなさらないでください」
大丈夫かどうかなんて、本当はわかるはずはない。1,2本棚から落ちてしまったのであろう。どこか向こうの方でパリーンとワインの瓶が割れる音がする。でも、落ち着かなくてはいけない。私たちが慌てたら、お客様はもっと不安になるであろう。本当は心臓がバクバクしていたが、行動はいたって冷静、いつのまにか上記のような声を上げていたのはなぜだろう。ああ、そうか。これはきっと、昔TVで「スチュワーデス物語」を観ていたせいだ。我々世代はスチュワーデスでもないのに、スチュワーデスの心得をとりあえずなんとなく知っているのかもしれない。堀ちえみちゃん、ありがとう。20年後に、こんなところでちょっと役に立ったよ。 ―つづく―


Update:10 26. 2004 04:56 [No.102]


10 24. 2004
・無事です!
  
・la signora
色々な方にご心配をおかけしていたようで申し訳ございませんでした!
新潟市は、揺れは激しかったですが、被害は無かったようです。
全然まったく普通に仕事をしていたので、
こんなにすごい災害になっていたことを知ったのは、ホテルに戻ってTVを見てから。
だけど通信事情は悪く、皆さんにご連絡を返すことはなかなか困難でしたので、ここでお知らせします。
でも、シェフのご実家(栃尾市)のほうは大きな被害を受けました。
深刻な被害を受けた被災地の皆様に、心よりお見舞い申し上げます。
ともかく、火事が少なくてよかった! みんな頑張ろう! FORZA NIIGATA!


Update:10 24. 2004 08:17 [No.101]


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